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覚え書:「今週の本棚:養老孟司・評 『豊かさのなかの自殺』=C・ボードロ、R・エスタブレ著」、『毎日新聞』2012年07月29日(日)付。

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今週の本棚:養老孟司・評 『豊かさのなかの自殺』=C・ボードロ、R・エスタブレ著
 (藤原書店・3465円)

 ◇社会学の視点で発生率変動の要因を探る
 自殺に関する書物は二つに大別される。一つは精神医学・心理学に基づき、もう一つは社会学に基づく。本書は後者の典型といっていいと思う。その範例になっているのは、十九世紀末に書かれたエミール・デュルケームの『自殺論』である。著者たちはデュルケームと同じフランス人で、その文化的伝統を継ぐものであろう。
 デュルケームは十九世紀の欧州諸国では、経済的な豊かさが進むとともに、自殺が増加することを、統計的に明瞭に示した。本書はそこから説き起こす。現在の世界でも、横軸に一人当たりGDP(国内総生産)をとり、縦軸に自殺率をとると、右肩上がりの回帰直線が描かれる。日本はその右端近くに位置し、日本より右よりになるのは、一人当たりGDPがより高いスイスだけである。たしかに豊かさには自殺を生み出す傾向があるらしい。
 それならデュルケームが述べたように「貧困が人々を自殺から守る」のであろうか。それは違う。著者たちはそう結論する。じつは経済的に豊かな国で自殺率が最高になるのは「中心部や都市部ではなく、最も貧困な都市周辺部において」なのである。米英仏、日本などのデータがそれを示している。それならいわゆる「格差の増大」が自殺の増加を引き起こしたのではないか。この仮説はデータによって明らかに否定される。現代の「豊かな」社会では、むしろ社会内部の格差は縮小する傾向にある。さらに世界的に貧困な国では自殺が少ないが、格差はきわめて大きいのが常である。
 本書の第二章以下で、順次この問題のより詳細な解析が示される。十九世紀の欧州ではたしかに豊かさの増大と自殺率の増加には、みごとな相関関係があった。しかし二十世紀に入った頃から、事情が異なってくる。むしろ自殺率は横ばいの傾向になってくるのである。とくに大都市では自殺率が下がる。十九世紀には自殺は大都市の現象であり、田舎は安定していた。それが逆転するのである。
 自殺率の変動について考慮すべき事柄は、むろん経済だけではない。まず戦争は例外なく社会の自殺率を低下させる。出生率が高いほど、自殺率は下がる。高齢化するほど、自殺率は高くなる。本書の中ほどは、そうした現象の解析に当てられる。それぞれについて検討すべきことがたくさんある。たとえば高齢化と自殺の関係について、著者たちは日本の例を取り上げている。一九五〇年と一九九五年の日本での男女それぞれの年齢別自殺率がグラフで示される。一九五〇年では若者の自殺が多く、さらに六十代以降の自殺は強い右肩上がりとなる。しかし一九九五年ではそれがはるかに平坦化し、軽い右肩上がりを示すのみとなる。他方、九五年と二〇〇〇年を比較するなら、とくに男性で後者の自殺率はほぼ各年齢層を通じて高くなった。この傾向がなかなか止まらないことはご存知のとおりか。
 自殺の国際比較もさまざまな示唆を与える。最初のGDPと自殺率の関係では、旧ソヴィエト圏諸国がGDPが低いにも関わらず、自殺率は異常に高い。グラフ上では特異なブロックをなしていることが一目でわかる。また男性の自殺率が女性の数倍高くなるのが一般だが、中国では男女の自殺率がほぼ等しい。これは女性のいわば抗議自殺に基づく。お嫁さんが大変なのは、過去の日本に限らない。
 評者は医学系の出身なので、自殺を著者たちのいう「身体パラダイム」から見る習慣がある。たとえば自殺の原因をうつ病のような身体的基盤に求めようとする。本書のような社会的な取り扱いは、そうした個人からの見地と相補的なものである。いわば顕微鏡による見方と、患者さんを全体として診る見方の違いといってもいい。本書から評者が学んだことの一つは、日本はけして特異的に自殺が多い国ではない、ということだった。むしろ自殺という点では、当たり前の、国際的には「常識的」な国といってもいい。端的にいえば、一人当たりのGDPがこれだけ高いと、このくらい自殺が多くなるのだという典型なのである。それでも旧ソヴィエト圏に比較したらはるかに少ない。
 自殺にはまず個人的要因があり、そのあとに環境要因のような二次的な要因が来る。年齢や「自殺は月曜日に多い」といった時期の問題は、三次的な要因となる。著者たちはそう指摘する。現在、いじめと自殺の話題が大きく取り上げられている。いじめられるから自殺するとは限らないという主張は一次要因を指しているが、話題の多くは二次要因に集中しているように思われる。自殺は複雑な問題であり、議論は単純ではない。だから訳者が「あとがき」に書いているように、多くの人に読んでもらいたい書物として本書を推薦したい。ただしそれなら日本語としての読み易さには、まだ改良の余地があると感じられる。読者代表としての編集者の努力に期待したい。日本語として読みにくい部分を指摘するのは、編集者の重要な仕事の一つだと信じる。(山下雅之ほか訳)
    --「今週の本棚:養老孟司・評 『豊かさのなかの自殺』=C・ボードロ、R・エスタブレ著」、『毎日新聞』2012年07月29日(日)付。

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