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覚え書:「今週の本棚:荒川洋治・評 『若い読者のための世界史 上・下』=E・ゴンブリッチ著」、『毎日新聞』2012年08月05日(日)付。

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今週の本棚:荒川洋治・評 『若い読者のための世界史 上・下』=E・ゴンブリッチ著
 (中公文庫・上巻800円、下巻700円)

 ◇やわらかく簡潔に、歴史を表現する
 ウィーン生まれの高名な美術史家ゴンブリッチ(一九〇九−二〇〇一)が、原始から現代(第一次大戦まで)の歴史を書き表したもの。上下、二巻。
 二十五歳(一九三五年)のときに書いた。ウィーン大学を出ても仕事がない。ある日友人が英語の本「子どものための歴史書」のドイツ語訳をゴンブリッチに勧めた。彼は「自分ならもっと良いものが書ける」といって、短い期間で書きあげた。歴史を学んだ人ではない。でも歴史の魅力を伝える本になった。
 「ナイル川のほとり」「日月火水木金土」「だれもが読める文字」「けたちがいの戦争」など親しみやすい題で、全三十九章。たとえば第九章「小さな国のふたつの小さな都市」は、古代ギリシアの部族のこと。
 「これら部族は、ことばや姿ではたがいに大きなちがいはなく、話すことばは、耳をかたむければたがいに理解できる、同じ言語のなかの方言であった。しかし彼らは、しばしば、たがいに耳をかたむけることをしなかった。」
 彼らを結びつけるものは「共通の信仰と共通のスポーツ」。いまちょうど開催中のオリンピックの起源だ。それにしても「耳をかたむけることをしなかった」という表現は楽しい。同じ章。紀元前四八〇年テルモピュレーの戦いで、スパルタ人は教育された通り、勇ましく死んだ。アテナイ人はどうか。
 「武にかけて死ねることは、小さなことではない。しかし真に生きることは、おそらくもっとむずかしい。アテナイ人がえらんだのは、このよりむずかしい道であった。楽しく、快適に生きることではない。意味をもつ生き方である。」
 ああ、そうだったのかとぼくは思い、このあとのギリシアの哲学、建築、演劇(悲劇・喜劇)を語るところも理解できる。こんなことは知っているよと知識のある人はいうかもしれない。でも著者のやわらかい、はずむような文章で、ことの輪郭を知る。それがこの本を読む人のよろこびだ。
 第十一章「大きな民族の偉大な教師」では、アジアの「偉大な教師」孔子、老子を素描。つづく十二章は「偉大なる冒険」。アレクサンドロスの遠征が、世界を変える話だ。
 これ以上遠くには行きたくないよと、兵士たち。アレクサンドロスはしぶしぶ帰郷に同意。だが「ひとつのわがままを彼はつらぬいた。きたのと同じ道をもどらないことであった」。そのため、さらに「新しい世界」を見ることができたのだ。
 下巻(ルネサンスから現代)では宰相ビスマルクと社会主義の係わりに目をとめるなど、より激しくなった歴史の節目と流れを簡潔に、印象的に描く。また、「かつてのアテナイの市民のように、自由で独立していた」「ハンニバルも越えたであろうモンスニの峠を越えた」というように以前の章の舞台を再現しながら読者を導く。世界史の概略がこの一冊でわかるというわけにはいかないが、想像以上に充(み)ち足りた思いになる。
 美術史の人なのに、その方面の知見を披露する箇所は、とくに見あたらない。ゴンブリッチ青年は、ひろいところで、歴史を書きたかったのだ。こうした総合的な意識と能力をもつ書き手は、いまの時代も、とても少ない。その意味でこの本は、ひとつの歴史を示す。
 日本のことは少ない。開国に至る流れを記す場面で「日本人は、世界史のもっともすぐれた生徒であった」。日本はあまり出てこないけれど、世界の歴史のなかでは、これくらいがちょうどいいかも。(中山典夫訳)
    --「今週の本棚:荒川洋治・評 『若い読者のための世界史 上・下』=E・ゴンブリッチ著」、『毎日新聞』2012年08月05日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120805ddm015070004000c.html

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