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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『帝国主義日本の対外戦略』=石井寛治・著」、『毎日新聞』2012年08月26日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『帝国主義日本の対外戦略』=石井寛治・著
 (名古屋大学出版会・5880円)

 ◇経済人はなぜ満州事変を阻止できなかったのか
 日本の真珠湾攻撃を知ったその日、南原繁は「人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ」と詠った。無謀な戦いであり、先に待っているのは敗北だけと思われるのに、戦いが始められてしまった衝撃を詠んだものだ。政治哲学者・南原が、歌のなかで、学識とともに挙げた言葉が「人間の常識」だった点に、目を奪われる。
 いっぽう、産業革命期の日本資本主義の全体像と特質を描くことにかけて、右に出る者がいないと言われる本書の著者・石井寛治。1997年の著作『日本の産業革命』のなかで石井は、近現代史を帝国主義史として批判的に描くことを「自虐的」だとして排する史観の流行を批判し、こう述べていた。いわく、「世間の常識」を完全に無視するわけにはいかないが、研究者たるものは、常識=体制への批判精神を欠いてはならない、と。
 人間の常識に敬意を払いつつ、世間の常識を批判する--。片や政治学、片や経済史学、時代と専門領域を異にする二人の碩学(せきがく)が、混迷をきわめる世の中を生きる私たちに示してくれた精神を、こうまとめることは許されるだろう。本書を通読しているあいだ、この言葉がエールのように、私の胸のうちに響いていた。
 本書は、幕末維新の動乱期から1937年の盧溝橋事件勃発まで対象を長くとり、近代日本のブルジョアジーが、自己の経済活動をどう正当化し、どう位置づけていたかを、その行動を支えたエートスをも含めて分析したものである。
 題名に「対外戦略」とあるように、日本のブルジョアジーが、なぜ満州事変を阻止できなかったのかにつき、説得的な答えを導くべく書かれた。東大大学院で長く教鞭(きょうべん)をとって退いた後、北京大学歴史学部などで講義を行った著者は、軍部主導の、経済的には非合理な路線に、なぜ経済人が絡め取られていったのかについて、学生を十分納得させられるだけの研究が、肝心な部分で空白だということに気づき、ならば、ということで研究をスタートさせたという。
 19世紀末の日本が、外資の侵入に対抗しながら、資本主義を確立させえた背景は何なのか。ここから著者の問いは始まる。朝鮮半島を縦断する鉄道は、戦略上のみならず、経済上も重要だった。日朝間の米穀と綿布の貿易の死命を制したのは鉄道だったが、この鉄道敷設に関し、静岡・愛媛・三重など、農村県の中小商人や地主たちが積極的に民間からの資本輸出に応じていたとの、地方の豊かな実態が、まずは明らかにされる。
 その上で著者は、日清・日露二つの戦争を契機に日本が、朝鮮や満州(中国東北部)に確保した鉄道利権という、直接投資の意味に注目した。1920年代には、日本から中国へ向けた直接投資としては、満州への満鉄投資と上海への在華紡(内外綿などの紡績会社)投資の2大潮流があった。1931年の満州事変は、満鉄と在華紡、どちらの利害を選択するかを政府に迫る事件に他ならなかった。
 経済合理的には、在華紡の利益が追求されるべきだったが、そうはならない。その経緯がすこぶる興味深い。大阪における在華紡の会議と、上海における日本商工会議所の会議、この二つの会議体が対中方針を決議するにあたり、大阪でも上海でも、最も業績を悪化させていた企業の会頭が最も強硬な対中策を述べたて、在華紡の路線を自ら葬ったのである。これと似たような話が、現在の日本の経済団体のなかで、起きていやしないか。ヒヤリとさせられた。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『帝国主義日本の対外戦略』=石井寛治・著」、『毎日新聞』2012年08月26日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120826ddm015070022000c.html


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