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覚え書:「著者・秋尾沙戸子さん=スウィング・ジャパン(新潮社)」、『毎日新聞』2012年8月26日(日)付。+α

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著者・秋尾沙戸子さん=スウィング・ジャパン
新潮社・1890円

日系ジャズ奏者と占領の時代
 第二次大戦後、占領下の日本に米軍将校として赴任、ジャズを広めたジミー・アラキーー。日系二世として・高校時代を収容所で過ごし、米軍に召集されて両親の祖国と戦い、ジャズの道には進まず、日本文学の研究者となった1人の男性の生き方を通して、戦中戦後の日米関係を読み解いたノンフィクション。
 彼との出会いは、前作『ワシントンハイツ』(日本エッセイスト・クラブ賞受賞、新潮社刊)の執筆中だった。
 「日系人はひどい目に遭ったと聞かされてきた収容所で、クラリネットやサックスを独学で覚えたと知り、驚きました。それを許す生活、コミュニティーがあったのです」
渡辺貞夫、北村英夫、ジョージ川口、日野皓正ら錚々たる巨人たちを魅了した存在だが、音楽分野で脚光を浴び続けた人ではない。的確な資料が見つからず苦労も多かったという。「当初、本人の肉声が少なくて……。ただ、日本文学を読み込んだ人でもあり、残された文章は、言葉の選び方や伝えたい内容を鋭く言語化できる才能にあふれていて、光を放っています」
 音楽評論家の油井正一さんへの手紙や全米日系人歴史協会ーのアンケートなどアラキの残した言葉を織り混ぜ、肉親や関係者へのインタビューを重ねて才気あふれる人物像を描き出した。
「 米軍にからめとられない頭の良さと芯の強さが、彼にはあった。興味を持ったことは、とことん極めないと気がすまない人だったと思います」
 評伝の中には、歴史を複眼的に眺めたいという覚悟が随所にちりばめられている。
 日系人収容所は占領のシュミレーションの場だったのではないか。日系二世たちは、収容所での生活を移植するかのように「日本のアメリカ化」を推し進めたのでは……。
「スウィング・ジャパン」というタイトルは、こういう問題意識から生まれたようだ。
「アメリカに踊らされ(スウィングさせられ)た日本の戦後。アメリカ的な価値の中にどっぷり漬かり、右肩上がりの経済成長だけを信じてほんわかと生きてきた日本人に対する、ちょっとした皮肉を込めたつもりです」
文・桐山正寿 写真・手塚耕一郎
    --「著者・秋尾沙戸子さん=スウィング・ジャパン(新潮社)」、『毎日新聞』2012年8月26日(日)付。

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スウィング・ジャパン―日系米軍兵ジミー・アラキと占領の記憶 [著]秋尾沙戸子
[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)

■ジャズと日本文学、才磨いた人生追う
 太平洋戦争の勃発によって、在米日系人は「敵性国人」となり、強制収容所(キャンプ)へ隔離された。その数11万余人。多くは米国で生まれた2世たちで、17歳のジミー・アラキもその一人である。本書は、アラキの起伏に富んだ旅路をたどった人物ノンフィクションである。
 アリゾナ州ヒラリバー。有刺鉄線で囲まれた不毛の地で、日系人は農産物を育て、学校を開いた。ダンス教室もあって、アラキはバンドのメンバーとなる。音楽的才は天賦のもので、母の琴でポップス演奏をやってのけたとある。
 合衆国に忠誠を誓うか--。アラキはイエスと答える。「この国で生まれたアメリカ人だから」。陸軍情報部日本語学校の教官となり、終戦後、連合国翻訳通訳部の一員として来日する。
 夜はジャズメンとなる。あらゆる楽器をこなし、編曲し、レコードを制作した。日本人ミュージシャンたちは、フレンドリーなアラキを「神様」と敬愛した。
 除隊時、軍での評価は「性格」「体力」が優秀、「知識」「任務遂行」は最優秀。エリートへの道が開け、高名な楽団からの誘いもあったが、アラキが選んだのは日本の中世文学を学ぶ道だった。
 カリフォルニア大学バークレー校大学院に在籍しつつ、京大などで学び、信長が舞った「幸若舞(こうわかまい)(敦盛)」を郷土芸能として残す福岡地方も訪れている。「日本人の血には何か不思議な魔力がある」。それは自身のアイデンティティーを探る歩みでもあったろう。
 研究は能、文楽、芭蕉へ、現代文学へと広がる。ハワイ大学教授時代には、川端康成、井上靖らと親交を深め、井上の『天平の甍(いらか)』などの英訳も手がけている。
 著者は、埋もれた資料を掘り起こし、日米各地に足を運んでいる。収容所や敗戦の日々を語れる人は少なくなったが、フットワークの良さで困難をカバーしている。「アラキの目線に沿いながら、北米移民に特化して現代史を複眼的に捉え直す試み」は、その目的を十分達成している。
 日系2世の奮闘では、ハワイの志願兵たちによる「442歩兵連隊」を想起する。欧州戦線でドイツ軍と戦い、米陸軍最強とまでうたわれた。自らの血によって〈祖国〉への忠誠を明かした。本書によって収容所世代のもうひとつの航跡を知る思いがする。
 ジミー・アラキとは何者だったのか。日系2世で、ジミーと離婚しつつも最期を看取(みと)ったジャネット夫人の「ロマンチスト」という言葉が印象的だ。時代が、彼をジャズと日本文学へと導いた。選択を促したのはロマン的な資質であろう。才は磨かれ、〈二つの祖国〉に恩恵をもたらした。源はともにアリゾナの砂漠に発している。
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 新潮社・1890円/あきお・さとこ 名古屋市生まれ。テレビキャスターを経てノンフィクション作家に。ジョージタウン大学大学院外交研究フェローとして米国に滞在したのを機に占領研究を始める。『ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後』など。
    --「スウィング・ジャパン―日系米軍兵ジミー・アラキと占領の記憶 [著]秋尾沙戸子 [評者]後藤正治(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2012年08月12日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012081200005.html


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スウィング・ジャパン 秋尾沙戸子著  古典研究とジャズの二刀流
(新潮社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 ジェームズ・T・アラキは、日系アメリカ人の古典研究者として、知られている。室町時代に成立した幸若舞をおいかけたことで、名をはせた。私じしん、百合若大臣説話の成立にせまった論文を、おもしろく読んだことがある。まあ、したがえはしなかったが。
 井上靖の文学作品を、英語に翻訳していったのも、この人であった。井上にノーベル文学賞の可能性がささやかれたのも、その下ざさえがあったからである。
 敗戦直後のジャズシーンをふりかえる読みものは、しばしばジミー荒木に言及する。ビ・バップの奏法を日本人におしえてくれたのは、ジミーさんだ、と。渡辺貞夫やジョージ川口らが、そんな証言をのこしている。
 そのジミー荒木と古典学者のジェームズ・T・アラキは、同一人物であった。私はこの本でその事実を知り、衝撃をうけている。また、幾何学の課題で、あざやかな補助線をしめされた時のような爽快感も、いだいた。
 日米戦争期に、アメリカの日系人たちは、強制収容を余儀なくされている。その収容所は、しかしかがやかしい人材をそだててもいた。そこに複雑な感慨をおぼえる。(風俗史家 井上章一)
    --「スウィング・ジャパン 秋尾沙戸子著  古典研究とジャズの二刀流」、『日本経済新聞』夕刊、2012年8月15日(水)付。

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http://www.nikkei.com/article/DGXDZO44975170U2A810C1NNK001/

http://www.shinchosha.co.jp/book/437003/


http://www.youtube.com/watch?v=325u1TbKvKw

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