書評:「吉野孝雄『宮武外骨伝』(河出文庫)、『第三文明』2012年9月、92頁。
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吉野孝雄『宮武外骨伝』河出文庫
権力と戦った“操觚者”の稀有なる魂の軌跡
本書の主人公・宮武外骨(がいこつ)ほど型破りな人間はそうそう存在しない。反骨のジャーナリスト、著述家、明治文化・風俗史・新聞雑誌研究家……。巨人を形容するには、どれも不足となってしまう。
では何と呼ぶべきか。外骨の自認通り「操觚者(そうこしゃ)」と表現しよう。操觚者とは古来、文筆を生業(なりわい)として生きる者のことである。明治前期のジャーナリストは操觚者と名乗ったというが、それは、あらゆる手段で籠絡(ろうらく)しようとする権力に対して命がけで攻撃し続ける人間の異名でもある。
外骨の武器はユーモアとウイットである。『滑稽(こっけい)新聞』『面白半分』など百編を超える雑誌や書籍で権力の老獪(ろうかい)さをあばき出す。筆禍(ひっか)による罰金・発禁は二十九回、入獄は四回、のべ四年間に及んだ。
「自分は旗印として平民主義を掲げるのではなく、平民主義を生きるのだ。頓智(とんち)と諧謔(かいぎゃく)で人間の平等を主張するのだ。それが操觚者としての自分の生き方だ」
明治維新は四民平等を唱えたが、その旗印はだいぶ色褪(いろあ)せてきた。平民主義を唱えた先達(せんだつ)が次々と懐柔(かいじゅう)されていくなかで、外骨だけは人間を非人間として扱う権力の魔性とは徹底して「生き方」として戦い続けた。その軌跡は「虚偽を排し形式を打破し、露骨正直天真爛漫(らんまん)、無遠慮に大胆に猛烈に其(その)虚を訐(あば)き実を写し以(もっ)て現代社会の指導者たり革命者たらん」生きざまである。
外骨が標的にしたのは、虚偽を容認する人間の憶病な心である。魂と社会の変革は別々のものではない。そこに目を向けよ!
そして、何をどう「笑い飛ばすのか」。これは極めて現代の課題でもあろう。最も信頼できる評伝の新装新版の文庫収録を寿(ことほ)ぎたい。
--拙文「吉野孝雄『宮武外骨伝』河出文庫 権力と戦った“操觚者”の稀有なる魂の軌跡」、『第三文明』2012年9月、92頁。
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