« 覚え書:「今週の本棚:COVER DESIN 『広島、1945』」、『毎日新聞』2012年8月5日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「今週の本棚:荒川洋治・評 『若い読者のための世界史 上・下』=E・ゴンブリッチ著」、『毎日新聞』2012年08月05日(日)付。 »

「いちばん足りなかったと思うのは、原爆体験の思想化ですね。わたし自身がスレスレの限界にいた原爆体験者であるにもかかわらず」ということについて

101


-----

 爆破直後には、市民がワーッと司令部の構内に逃げ込んできましたから、塔の前の広場がまたたくまに、被爆者で埋まってしまった。足の踏み場もないくらいだった。背中の皮なんかベローッとむけちゃった人なんかザラです。女の人は半裸体で、毛布かなんかで体を隠して、何にも語らない。放心状態ですね。真夏ですから、上からカンカン日が照りつける。ヤケドの薬なんて何人分も用意してなかった。そんなに大勢の人が一度にヤケドするなんて想像もしないでしょう。ずいぶんあとになって、呉の海軍から飛行機で薬を投下してくれましたけどね。それまでほったらかしでした。そういう目をそむける後継をさんざ見てるわけですねえ。それでいて原爆の意味ということを、今日になって考えるほどには考えなかった。やっぱり、戦争がすんで、やりきれない時代が終わったって感じのほうがつよかったです。(1967年)
    --丸山眞男・鶴見俊輔「普遍的原理の立場」、『鶴見俊輔座談 思想とは何だろうか』晶文社、1996年、20頁。

-----

丸山眞男が広島の原爆の被爆者であることは、余り知られていない。

1944年、30歳の時、東京帝国大学法学部助教授でありながら、陸軍二等兵として召集を受けた。これは懲罰的召集の意味合いの強いものだったが、幹部候補生に志願するでもなく、二等兵のまま朝鮮半島へ。その後、脚気で除隊、東京へ戻るものの、1945年3月に再度召集を受け、広島市宇品の陸軍船舶司令部へ配属された。

1945年8月6日のその日、司令部から5キロメートルの地点に原子爆弾が投下された。

氏自身は、その体験については広範に書き残してはいない。

上の文章は、1967年、鶴見俊輔と『思想の科学』の対談で語った「地獄」の様子で、少し抜き書きしてみました。

状況を描写するまえに、氏は、次のように言う。

-----

わたしはね、ちょっとずれるかもしれないですが、いまかえりみて、いちばん足りなかったと思うのは、原爆体験の思想化ですね。わたし自身がスレスレの限界にいた原爆体験者であるにもかかわらず。ほかの、たとえば、戦争中の学問思想に対する抑圧についてのわたし自身の経験とか、あるいは、さかのぼれば震災体験ですね。九つのときですから、戦争体験よりもむしろ強烈なんですよ」
    --丸山、鶴見、前掲書、18-19頁。

-----

丸山は「原爆体験の思想化」が足りなかったという。
もちろん、原爆体験について語っているし、思想化は足りないどころか、様々なかたちで言説化されているとは思う。

しかし、これはやはりどこまでいっても第三者の眼差しなのかもしれない。

「スレスレの限界にいた」体験者であるがゆえに、それを何か「装飾」するということが不可能であるかも、との強烈な示唆なのじゃないのかと思ってしまう。

簡単なことではないということでしょうか。そしてそういう簡単なことではないという言語の「真空地帯」というものが、存在するということもであるのだと思う。

原爆やら、戦争はこりごりだとはほとんどの人がそう思う。それでよいと思う。

しかし、「真空地帯」にいる人間は、「語ることの地平」で言葉を失うのは事実であり、場合によって善し悪し含めて「言語」も奪われていくこともあるというのも事実なんだろう。

そして、その不幸な「真空地帯」の拡大再生産は今も続いている。


102


|

« 覚え書:「今週の本棚:COVER DESIN 『広島、1945』」、『毎日新聞』2012年8月5日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「今週の本棚:荒川洋治・評 『若い読者のための世界史 上・下』=E・ゴンブリッチ著」、『毎日新聞』2012年08月05日(日)付。 »

現代批評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/46598420

この記事へのトラックバック一覧です: 「いちばん足りなかったと思うのは、原爆体験の思想化ですね。わたし自身がスレスレの限界にいた原爆体験者であるにもかかわらず」ということについて:

« 覚え書:「今週の本棚:COVER DESIN 『広島、1945』」、『毎日新聞』2012年8月5日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「今週の本棚:荒川洋治・評 『若い読者のための世界史 上・下』=E・ゴンブリッチ著」、『毎日新聞』2012年08月05日(日)付。 »