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とにかく迎合するまえに批判せよ

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 とにかく迎合するまえに批判せよが、簡にして要を得た解答となる。知識人にはどんな場合にも、ふたつの選択肢したかない。すなわち、弱者の側、満足に代弁=表象(レプリゼント)されていない側、忘れ去られたり黙殺された側につくか、あるいは、大きな権力をもつ側につくか。
    --エドワード・W・サイード(大橋洋一訳)『知識人とは何か』平凡社、1995年、61-62頁。

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必要な資料を探すために本棚をひっくり返しているうちに、気が付くと夕方でして……、ほとんど進展のない無益な一日を送ってしまったのですが、学生時代に読んで、非常に啓発を受けた一書も出てきたので、少しだけ抜き書きして紹介しておきます。

『オリエンタリズム』で有名な思想家サイードのBBC講演(6回)をまとめたのが『知識人とは何か』。サイードが望ましいと考える知識人とは、専門知識で重武装したエキスパートではなく、アマチュアですが、このアマチュアというのは、ひとつの分野に呪縛され、何かに集中的に奉仕する専門家ではありません。むしろ各分野を自在に横断できるアマチュアこそ、次代を切り開く開拓者というわけです。

冒頭に紹介した一節は、このちょうど2回目にあたる「国家と伝統から離れて」というところからです。

知識人はどこに立つべきか。サイードによれば「弱者の側、満足に代弁=表象(レプリゼント)されていない側、忘れ去られたり黙殺された側につくか、あるいは、大きな権力をもつ側につくか」という二者択一になります。

いうまでもない選択肢だと思いますが、これがそううまくいかないのが現実だと思います。

わたし自身、別に知識人を気取ろうとは思いませんが、各分野を自在に横断するアマチュアの自認と誇りはあります。

だとすれば、前者の立場に常に立ちたいとは思います。

そして、これだけ情報と知のネットワークが進展した現在の特質を考えれば、丸山眞男が「一国の学問をになう力は--学問に活力を賦与するものは、むしろ学問を職業としない『俗人』の学問活動ではないだろうか」と呟いた通りのリアリティが進行しているのも事実であるとすれば、一部の専門家だけでなく、「俗人」としての一人一人も、どうその知と向かい合い、どこに立脚するのかというのも重要になってくる気がします。

そんなことを15年ぶりに再読したサイードに諭されたような訳ですが、結局は本棚から必要な書籍は見つからず・・・。

さてと……。

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