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常識と倫理のどちらにも関心を向けなければなりませんが、同時にこの二つをたがいに無縁なものとして扱うべきではありません

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倫理と常識
 知覚でとらえたものには、欺かれることがあります。一般に強力な武器--なかでも核兵器が、その保有者の力をかならず強めて、勢力を拡大させるものだと考えてよいとは言えません。これは〔自己の利益を考慮する〕常識がかかわる重要な問題です。また、特に核政策の是非については〔人類共通の〕利益にもとづいて問わなければなりません。一国が特定の政策によってこうむる実際的な利害では計りきれないものがあります。常識と倫理のどちらにも関心を向けなければなりませんが、同時にこの二つをたがいに無縁なものとして扱うべきではありません。
 私たちが他人にたいする態度を決める場合、おたがいの活動の倫理性をどう判断するかを抜きにしては考えられません。結果として倫理上の根拠にも、常識としての重要性が含まれることになります。こうした観点から、私はインド亜大陸において核政策がかかえる問題一般について、また、特にインドの核政策について、検討していきたいと思います。
 強力な武器がはたして国力を高めるのか、あるいはどの程度その効果があるのか、という疑問は古くから存在します。それどころか、核武装の時代が到来するはるか以前から、ラビンドラナート・ラゴール〔インドの詩人・思想家。アジア人初のノーベル文学賞受賞者〕は、軍事力がもたらす効果を疑問視していました。一九一七年にタゴールはこう述べています。ある国民が「権力を求めるあまり、心を犠牲にして武器を増強させるなら、より危険な目におちいるのは敵ではなく自らである」と。タゴールはマハトマ・ガンディ〔インド独立の父〕のような徹底した平和主義者ではありません。それでも、より多くの、より強力な武器を手に入れることで国力を増強できるという主張は危険であるし、武器がはたす役割を倫理面から検討する必要もあると警告しました。タゴールはまた、こうした武器を厳密にどう利用すべきか、それにたいする他国の反応と反発が実際にどれだけあるのかも検討すべきだと主張しました。タゴールが「心」と呼んだものには、彼の説明によれば、人類愛の必要性と国際関係における理解も含まれています。
    --アマルティア・セン(東郷えりか訳)「インドと核爆弾」、『人間の安全保障』集英社新書、2006年、100-102頁。

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1998年、安全保障についてタカ的動向をとるバジパイ政権の成立は、懸念事項の一つであるパキスタンとの緊張を高めることとなり、恣意的効果を目的に5月、インドは2回の核実験を行った。パキスタンもそれに対抗して核実験を行うが、この行為が国際社会の非難に晒されることになる。

ただ、その批判は、核不拡散条約(インド、パキスタンの両国は署名していない)という「核保有国」“クラブ”という国際社会のルールという欺瞞を浮き彫りにすることになったことも記憶に新しいのですが、だからといって、“クラブ”外のそれも肯定できるものでもありません。

さて……。
ちょうどそれから2年後の2000年、経済学者・アマルティア・センは「第50回科学と国際問題に関するパグウォッシュ会議」のドロシー・ホジキン記念講演を行います。その全文が『人間の安全保障』に収録された「インドと核爆弾」(原題は INDIA AND THE BOMB)
その冒頭を上に紹介しました。

アマルティア・センは、核の力によって国力を発揮しようとするナンセンスさを、この講演で手厳しく批判しております。

タゴールの言葉に耳を傾けながら、常識と倫理がまったく関係のないものとして独立に存在して「計算」することが「落とし穴」であること、その両者には相関関係があることを指摘しております。

ある国民が「権力を求めるあまり、心を犠牲にして武器を増強させるなら、より危険な目におちいるのは敵ではなく自らである」と。

これは核兵器の問題だけではないですよね。

「たしかにそれは正論だ。しかしねー、現実を見てくださいよ」ってフレーズをよく聴く。これこそ倫理と常識の二律背反なのではないでしょうか。

たしかにそれは正論であることと、現実を見ることは、二つの関係を別個の問題と考えることではないわけでして……ねぇ。

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