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覚え書:「今週の本棚:鹿島茂・評 『パリ解放 1944-49』=A・ビーヴァー、A・クーパー著」、『毎日新聞』2012年9月9日(日)付。

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今週の本棚:鹿島茂・評 『パリ解放 1944-49』=A・ビーヴァー、A・クーパー著
 (白水社・4410円)

 ◇大国に翻弄された仏秘史を綴れ織りに
 ベルリン陥落やスペイン内戦のノンフィクションで知られるイギリス人歴史家が夫人の作家アーテミス・クーパー(イギリス人外交官ダフ・クーパーの孫)と組んで書きあげた本書は、ナチ占領からマーシャル・プランによる戦後復興までの時代を重層的に描いたフランス現代史の傑作だが、類書と違うのはソ連解体でアクセス可能となった共産党の秘密文書の解読でこの時代のフランスがソ連とアメリカという二大国の思惑で翻弄(ほんろう)されていた事実を明るみに出したことだろう。
 一九四〇年六月一七日、ドゴール准将はペタン元帥がラジオで国民に停戦を呼びかけていたとき、対独戦継続のためロンドン郊外に着陸しようとしていた。これを境にフランスは「仏・仏戦争」の時代に入る。それはヴィシー政権とドゴールの「自由フランス」との戦いのこともあれば、ドゴール派と共産党との戦いのこともあったが、いずれも国際政治が大きく関与しており、単純なドゴール神話やレジスタンス神話では解釈できない。
 たとえば、ドゴールの「自由フランス」はローズヴェルト大統領から相手にされず、ルクレール将軍の戦車部隊はパリを目の前に足踏みを強いられた。「アメリカ人司令官たちは、市に向かって前進する意欲をまったく見せていない。(中略)しかし、ドゴールとルクレールにとってパリはフランスの要であり、ふたりは共産党率いる蜂起が新たなパリ・コミューンに帰結することを恐れていた。そうしたら、アメリカが介入し、AMGOTをフランスに押しつけてくるだろう」。ちなみにAMGOTとは占領地域連合軍政府の略号。ドゴールの懸念はアメリカが「自由フランス」を正式政府と認めず、軍政を敷くことだった。ドゴールはドイツや共産党と戦う以前にアメリカと戦わなければならなかったのである。
 ドゴールのこの突っ張りはフランスを戦勝国にすることに貢献したが、一方で戦後の回復を遅らせる原因ともなった。ドイツ軍がインフラ網を破壊したのに加えてヴィシー派官僚の追放でフランスは解放直後から敗戦直後の日本にも劣らない社会的混乱に陥ったが、ドゴールを嫌うアメリカは援助に本腰を入れなかったのだ。悪いことに一九四四年の冬は猛烈な寒さだった。「解放直後、アメリカ提供の小麦粉のおかげで白パンがふたたび姿を現し、自分でなんとかするよう臨時政府の手に任されたとたんにまた消えた。食糧不足はあまりにも深刻になったので、ドイツ支配下のほうが楽だったと言われたほどだ」
 社会的危機はFFI(フランス国内軍)を支配していた共産党にとって革命のチャンスだったが、革命は不発に終わる。フランス人を軽蔑していたスターリンが共産党に革命のゴーサインを与えなかったためだ。スターリンが「悪人」として唯一評価していたのはドゴールだった。ドゴールは英米を牽制(けんせい)するためモスクワに飛んでスターリンと会談し、フランス軍を脱走してソ連に逃げ込んでいた共産党書記長トレーズへの恩赦と交換にFFIの解体を要求して共産党軍事組織の骨抜きを図る。「モーリス・トレーズは、ドゴールの留守中にフランスに到着していたが、一一月三〇日の重要な演説でフランス共産党をバリケードに召集はせず、だが、血と汗と生産力増加と国家の統一を要求した」
 冷戦開始後、スターリンは方針転換してフランス共産党に革命活動を指示したが、EUの生みの親ジャン・モネの忠告に従ったアメリカがマーシャル・プラン(ヨーロッパへの無償援助)をもって全面介入し、フランスは危機を脱する。その結果、ドゴール派も共産党も退潮に向かう。ドゴールの復活にはアルジェリア危機を待たなければならない。
 しかしながら、本書の真の魅力は、以上の概略よりも、社会のあらゆる階層の人の日記や回想から作り上げた歴史の綴(つづ)れ織りにある。解放後の対独協力者やヴィシー派への粛清は酸鼻を極めたが、その主体となったFFIには似非(えせ)レジスタンスや対独協力者が大量に紛れこんでいた。悪名高い連続殺人鬼であるペティオ医師はパリ地下鉄駅で逮捕されたときには「FFIの制服を着ていた」。
 元国際旅団の共産党員カドゥは共産党系の義勇遊撃隊の少佐から聞いた恐るべき話を書き留めている。「リヨンの法廷で無罪とされたヴィシー派の囚人は、裏切り者に対する適切な処罰として拉致される。手足を縛られ、猿轡(さるぐつわ)をはめられて、日没後、飛行場に連行され、機体の爆弾倉の爆弾の上に押しこめられる。そのあと、次の出撃中に『友人たち』の上に落とされる。(中略)不気味な暴露話だったのか、それともただ人を驚かすための話だったのか、カドゥにはわからなかった」
 スターリンの無謬(むびゅう)性を信じて「論理というものが知ったもっとも恥ずべき操作」を行った知識人の醜態も容赦なく暴かれる。サルトルやボーヴォワールとて例外ではない。
 パリは解放されたが、代償はあまりにも大きかった。フランスは今日でも解放の負の遺産をひきずっているのである。(北代美和子訳)
    --「今週の本棚:鹿島茂・評 『パリ解放 1944-49』=A・ビーヴァー、A・クーパー著」、『毎日新聞』2012年9月9日(日)付。

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