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覚え書:「今週の本棚:池内紀・評 『私はホロコーストを見た 上・下』=ヤン・カルスキ著」、『毎日新聞』2012年09月09日(日)付。

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今週の本棚:池内紀・評 『私はホロコーストを見た 上・下』=ヤン・カルスキ著
 (白水社・各2940円)

 ◇世界に届かなかった「虐殺」真実の証言
 ヤン・カルスキは本名ヤン・コジェレフスキ。一九一四年、ポーランド中部の工業都市ウッチの生まれ。大学で法学と外交学を専攻、優秀な成績で卒業後、ポーランド軍予備士官学校、そのあとスイス、ドイツ、イギリスに留学。ワルシャワにもどり、外務省第一級職員として同期トップで正式採用。将来を約束された俊才だった。
 「一九三九年八月二十三日、わたしはとても愉快な夜会に招かれていた」
 上下二巻、六〇〇ページ余の記録の書き出しである。ワルシャワ駐在ポルトガル大使の息子の主催。おいしいワイン、美しい女たち、ワルツやタンゴ、選ばれた若者たちの陽気なパーティ。だが、その夜にすべてが暗転する。秘密の動員命令により所属部隊に集結。九月一日、ドイツ軍、ポーランドに侵攻、第二次世界大戦が始まった。十七日、ソ連軍、ポーランドに侵攻。独ソ不可侵条約の秘密条項により、両国でポーランドを分割した。
 「事件は理解の限度を超えていて、わたしたちから意思というものをすべて奪ってしまった」
 いまやポーランド軍最高司令部もポーランド政府も存在しない。ポーランドそのものが消え失(う)せていた。「二十日間でこの変わりようは!」
 敗北、ソ連抑留、捕虜交換と脱走、荒廃のポーランド--章名は歴史的経過を告げるとともに、奪われた「意思」を取りもどす過程である。元ポーランド外務省の優等生が、たくましいレジスタンスの闘士に変貌していく。上巻の終わりは、ゲシュタポの拷問、病院にて、救出。全体の最終章は「世界に向かっての証言」。
 まさに世界に向けての証言として、この貴重な実録が生まれた。一九四四年のわずか数カ月のこと。ポーランド亡命政府から密使としてアメリカへ派遣され、滞在先のニューヨークのホテルで書いた。ヤン・カルスキは三十歳になったばかり。頼れるのは、ほとんど自らの記憶だけ。
 そのような状況で、これを書き上げた強靱(きょうじん)な精神力に驚く。当事者に被害の及ぶことを恐れ、しばしばカモフラージュをほどこした。アメリカの出版社は文体にまで介入してくる。連合国とともに戦っているソ連批判は許されない。その上で真実性を失わず、本来の証言者の役割を果たすこと。もののみごとにやりとげたのは、青年が一身におびていた強烈な使命感だったにちがいない。
 ヤン・カルスキは二つのことを克明に語っていく。一つは祖国ポーランドのこと。地図から消し去られたが、社会総体の支持を受けた亡命政府、国内にのこる政党代表、レジスタンスという戦闘軍団、すべてにおいて権威ある民主国家であること。もう一つは、ポーランドにおいて歴史上類をみないホロコースト(ユダヤ人大虐殺)が進行していることの告発。彼はワルシャワのユダヤ人代表の要請でゲットーに入り、また看守になりすまして絶滅収容所の一つをつぶさに見た。
 どちらの証言も「世界」に届かなかった。アメリカ、イギリスとも複雑な政治的思惑からユダヤ人救済に手をかそうとはしなかったし、戦争終結とともにポーランド亡命政府を無視して、親スターリン派によってワルシャワに樹立された傀儡(かいらい)政府と国交を結んだ。
 以後、ヤン・カルスキは四十年に及ぶ沈黙に入り、つましい大学教授として生きた。いちどは忘れられた記録が、詳しい注・解説つきで現われるのは二〇一〇年であって、訳書はそれによる。いうまでもないことながら、真実を知るのに遅すぎるということはない。(吉田恒雄訳)
    --「今週の本棚:池内紀・評 『私はホロコーストを見た 上・下』=ヤン・カルスキ著」、『毎日新聞』2012年09月09日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120909ddm015070019000c.html

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