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覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『ピグー 富と厚生』=A・C・ピグー著」、『毎日新聞』2012年09月16日(日)付。

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今週の本棚:伊東光晴・評 『ピグー 富と厚生』=A・C・ピグー著
 (名古屋大学出版会・7140円)

 ◇信念と思想の全体像をコンパクトに
 一九世紀末から二〇世紀にかけて、世界の経済理論の中心はイギリスであり、ケンブリッジ大学のマーシャルの『経済学原理』が広く読まれていた。このマーシャルについで、一九〇八年ケンブリッジの経済学の教授職についたのが、この本の著者A・C・ピグーである。ケンブリッジ大学での経済学の教授は一人だけで、しかもピグーはこの時三十歳の若さである。
 この訳書は、かれの教授就任講演と、最初の大著『富と厚生』(一九一二年)が収められている。前者はケンブリッジ学派を貫く考え、経済学は社会的に有意な結論を導くものでなければならない--ピグーの言葉を使うならば、“経済学は果実を求めるものである”という信念が述べられ、『富と厚生』は、貧困と失業の原因を究明し、社会改良のために役立てようというものである。今日の福祉経済学をめざすものであると言ってよい。
 「思想家は、その処女作に向って永遠に完成する」という。この『富と厚生』は主著『厚生経済学』(一九二〇年)となり、第2版、3版そして最終の第4版(一九三二年)となっていくが、同時に当初の一部が、『景気変動論』(一九二七年)、『財政の研究』(一九二八年)となって独立していく。邦訳のある『厚生経済学』第4版は、それゆえに、当初の研究の一部である。
 このことについては本書の訳者の筆になる解題にあるとおりであり、それがおおうのは、資源配分論、労働経済論、分配論である。ここからわかるように『富と厚生』は、ピグーの考えの全体をコンパクトに知ることのできる本だと言ってよい。
 全体は4編からなる。序ともいうべき第1編、「厚生と国民分配分(国民所得)」、ついで「国民分配分の大きさ」、その「分配」、そして「変動」--その本論ともいうべき第2編から第4編は、それぞれピグーの名で有名な「他の事情にして等しいかぎり、国民分配分の増大は経済的厚生をます。国民分配分の改善は……国民分配分の安定は……ともに経済的厚生をます」に対応している。
 分配の改善を本書でみよう。三つの手段が示されている。労働組合の役割??師マーシャルが、シドニー・ウェッブ等の活動に期待したのと同じである。政府の政策介入??具体的には最低賃金の設定と引上げ、そして世論による社会の変化。
 ピグーのこのような主張の背後には教授就任講演でいう「社会の福利において最近見られた大前進」が存在している。これは説明を要する。それは二つである。
 第一は一九〇八~九年に問題となった、蔵相ロイド・ジョージによって提出された予算案--累進課税の導入、相続税の増額、地価の上昇への課税--である。保守党はこれを予算案ではなく革命であると言った。
 第二は、一九〇九年の王立救貧法委員会の報告にあるウェッブ等の少数派意見である。多数派意見は失業対策を恩恵としていたが、少数派意見は政府のとるべき政策として、摩擦的・季節的あるいは偶発的失業に対しては、職業紹介所の充実等、労働市場の組織化で対処し、景気変動にもとづく失業に対しては、計画された公共投資によって対処すべきとしていた。ピグーはこの立場をとっている。
 この少数派意見の考えは、ケインズ革命以前のイギリスの経済学者の間では主流で、反対者は大蔵省に所属していたホートレーぐらいであろう。訳者が解題において、ピグーもケインズと同じく不況政策として公共投資政策を重視すると書いているのは正しい。問題はなぜ二人の対立がおこったかである。対立は、マクミラン委員会で、長期構造政策として、ピグーが賃金切下げに同意したことからおこったのである。
 『富と厚生』には、市場経済がもたらすものが、社会的に見て必ずしも合理的でないという“私的なものと社会的なものの矛盾”の視点はある。かれの言葉を使うならば、“私的限界純生産物”と“社会的限界純生産物”の不一致である。これを正すために、政策介入が必要となるのであるが、両者を乖離(かいり)する現代的要因は『富と厚生』では展開されていない。それは『厚生経済学』に到(いた)って、アメリカの鉄鋼生産の街ピッツバーグを例に、今日の公害問題が展開されるのである。外部負経済の登場である。
 私の体験を書けば、第一回経済白書の著者都留重人氏は、一橋大学の経済研究所長に移り、ゼミナール講義を行った一九四九年、ピグーを引いて公害論を展開した。これに参加していた私たちは、ケインズとは異なる新古典派批判をピグーのこの外部性に見出(みいだ)した。
 最後にピグーの社会科学の体系についてふれると、教授就任講演にあるように、倫理学が基礎にあり、それが示す善を実現する手段の学として経済学があるという点で、ケインズと同じであり、両者ともアリストテレス以来の西欧学問の正流の中にあることを付け加えておこう。(八木紀一郎監訳、本郷亮訳)
    --「今週の本棚:伊東光晴・評 『ピグー 富と厚生』=A・C・ピグー著」、『毎日新聞』2012年09月16日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120916ddm015070026000c.html


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