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覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 生活保護『見直し』の意味=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年8月31日(金)付。

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くらしの明日 私の社会保障論 生活保護「見直し」の意味
湯浅誠 反貧困ネットワーク事務局長

「生きられる社会」をあきらめない
 8月17日に、13年度予算の概算要求基準が閣議決定された。その中に次の一文がある。
 「特に財政に大きな負荷となっている社会保障分野についても、これを聖域視することなく、生活保護の見直しをはじめとして、最大限の効率化を図る」
 「見直し」が、生活保護予算の削減・抑制を意味することは明らかだ。
 削減・抑制の手段として、三つの可能性が想定される。基準の切り下げ、医療費の自己負担導入、現物給付の導入だ。


 生活保護基準は平均的な世帯の生活水準の70パーセント程度となっているが(水準均衡方式)、デフレが続いて平均世帯収入が減少し続ける中、保護を受ける世帯の収入が結果として浮き上がってしまっている可能性が高い。年金受給額や児童扶養手当ての支給額なども、物価スライドの影響で今年度から切り下げられており、生活保護だけ基準を死守するのは困難だと言われている。
 医療の自己負担導入は従来、生活保護予算削減の「切り札」とされてきた。保護費の約半分を医療費が占めるためだ。医療費が無料だから、医者も患者も支出に無頓着になる。自己負担を導入すれば、患者は不要な薬を断てるようになる、という論理だ。
現物給付は、保護費がパチンコや酒代に浪費されるのを防ぐためだと主張されている。使途を食費や日用品に限る券の発行も、選択肢にあるのかもしれない。
 背景には、生活保護受給者が増えているのは「受給者のモラルが低下しているからだ」という憶測がある。受給者の増加については、「もらわなければ損」と考える「便乗組」が増えた結果だと少なからぬ人たちが見ており、生活保護制度は便乗組にたいして無防備な、欠陥のある制度だという見方をされてしまっている。
 保護費の削減・抑制策には、モラルの低下に対する対抗措置の色合いがにじむ。こうした見方に乗じて有権者の支持を得ようとする政治家もいる。その「勢い」というのは恐ろしいものだ。私には、その「見え方」と切り結び、うまく対話する方法が見つからない。


 だが、人は生きなければならない。雇用と社会保障、収入と支出の両面から、いかに「生きられる社会」を担保するが大切だ。
 国民生活基礎調査の結果では「生活が苦しい」「やや苦しい」と答えた世帯は過去最高を更新し続けている。その苦しさと向き合えなければ、やがては他者と事故を傷つけるに至るほかない。
 ともに生きられる社会を「共生」社会という。その難しさを受け入れつつ、いらだちに任せず打開策を探り続けたい。

水準均衡方式 生活保護のうち、食費や医療費、光熱水費などとして支給される「生活扶助」の基準額を改定する際に用いる算定方式。一般世帯の前年度までの消費実態や、その年度に想定される消費動向を踏まえて調整する。84年からこの方式が採用されている。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 生活保護『見直し』の意味=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年8月31日(金)付。

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