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書評:奥田博子『原爆の記憶 ヒロシマ/ナガサキの思想』慶應義塾大学出版会、2010年。

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奥田博子『原爆の記憶 ヒロシマ/ナガサキの思想』慶應義塾大学出版会、読了。本書は著者のいう通り「戦後日本の『平和と経済成長』神話と表裏一体にある『唯一の被爆国/被爆国民』神話の解体をめざすもの」。「唯一の被爆国・被爆国民」の「脱構築」の可能性を探る歴史的考察。おすすめ☆4

著者が注目するのは1945年、敗戦で始まる政府とメディアのレトリック戦略を腑分けする。「聖断」に端緒する「敗戦」から「終戦」へ、そして「国難」意識の創造。この戦略が加害責任や戦争責任とは反対の被害者意識に重心移動する原点となる。

1945年とは、アジアにとって「戦争の終焉であり、独立をめぐる闘争の始まり」、日本は「『廃墟からの復興』という『大きな物語』のなかで、戦争の歴史の消失点であり続けている」。広島・長崎の惨事も被害・受難と復興・平和の象徴へ転位される。

都合のよいナショナルな「唯一の被爆国・被爆国民」の眼差しは、朝鮮人・中国人をはじめとする外国人被爆者の存在をスルーする。当然、偏頗な被害者意識に準拠する内向きの反核・平和運動にも限界が存在する。

「私たち一人ひとりがヒバクシャであることを自覚する時、…人類という連帯の輪を拡げる原点になるだろう」。大部で難解な著作だが、筆者の検討と指摘は、広島と長崎の意義を人類史的文脈に正しく定位させようとする挑戦である。了。

奥田博子『原爆の記憶 ヒロシマ/ナガサキの思想』慶應義塾大学出版会、2010年。慶應義塾出版会による作品案内。→ http://www.keio-up.co.jp/kup/sp/genbaku/

 「なぜ、いま、原爆をあらためて考える必要があるのか?」との著者による特別寄稿があります。

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