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「今週の本棚:加藤陽子・評 『中国革命と軍隊』=阿南友亮・著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『中国革命と軍隊』=阿南友亮・著
 (慶應義塾大学出版会・7140円)
 ◇共産党軍の“黎明”から現代中国を考える
 日本による尖閣諸島国有化を機に、中国では反日デモの嵐が吹き荒れた。この間、メディアの報道を注視していて気づいたことがある。『ニューヨーク・タイムズ』はじめ多くのメディアは、デモ過激化の要因につき、日中それぞれが主張する歴史的経緯や国際法的な見地からの分析や解説をおこなわなかった。それに代えて、中国共産党指導部内部の対立、具体的には、習近平副主席の権力基盤の不安定性から説明していたことに注意を惹(ひ)かれた。
 そのような搦(から)め手からの説明がなされるとき、次の国家主席とされる習近平を支える重要な政治勢力として常に言及されていたのが、中国人民解放軍の存在だった。中国において党・軍・社会の三者が形づくる関係は、政治制度を異にする日本にとって、まことに理解しにくいものではある。だが、資源の安定的確保と海洋航行の自由度を上げたい中国にとって、軍の存在価値は増しこそすれ減ることはないだろう。ここに、人民解放軍の起源をなす党軍・紅軍について、中国革命と軍隊という視角から、1920年代の広東における実像を、初めて本格的に描いた本書の意義がある。
 1945年8月の日本の降伏は、原爆を投下したアメリカ自身、日本を屈服させるのに1年半余かかると見ていた事実からも察せられるように、国民党の蒋介石率いる国民政府にとっては予想外に早いものだった。満州(中国東北地域)にいた日本軍の投降にはソ連があたり、長城以南の中国においては国民政府があたるとの連合国の決定も影響した。ここに、奥地の重慶から国民政府軍が日本軍接収に動く前、中国共産党軍が東北地域へ兵力を集中しえた要因があった。人民解放軍と呼ばれた共産党軍は、ソ連軍の黙認のもとに日本軍の兵器類を接収し、急速に軍備を増強してゆく。49年に誕生する中華人民共和国は、数では優勢だった国民政府軍を共産党軍が内戦の果てに撃破し、銃口によって生み落とされた国家にほかならなかった。
 このように、人民解放軍が勝利した最終盤の姿は、国民政府軍との軍事的競合の問題として描かれてきた。だが著者も述べるように、共産党軍が1920年代の広東で誕生し、成長した起源と経緯については、意外にも軍事面からの説明がなされてこなかった。それはなぜなのか。いくつかの「神話」が分析の目を曇らせてきたのだろう。地主から奪った土地を小作人に分配する土地革命を成功させ、農民の支持を獲得した共産党が、今度は農民を兵士として軍隊へと動員していった、との神話が。
 いったい、この神話は史料的に支持されるのか。著者の問いはここにある。たしかに、共産党自身、土地革命を通じて農民に権利を付与し、農民からなる徴兵制に近い軍隊創設を切に望んではいた。当時の中国で一般的だった軍閥の軍隊は、金で集められた傭兵からなっており、指揮官と兵は私的関係で結ばれていたからである。郷党閥をバックボーンとし、私利私欲で動くこれらの軍隊は土匪(どひ)と大差なく、国家や社会をしかと支える凝集力と基盤を持ちえない。ただ、ソ連の赤軍をお手本にしようにも、社会に対する党の監視や動員体制が整っていたソ連の真似(まね)はできなかった。また、日本のような徴兵制軍隊を作りたくとも、迅速な動員を支える兵事課や地方制度の整備は期待できなかった。
 では、どうしたらよいのか。共産党が、ある種の断念からスタートせざるをえなかったのは確かだろう。まずは最先端の軍事教育を授けられた黄埔(こうほ)陸軍軍官学校卒の士官による指導部をつくる。そして、その下で兵士となる層としては、わずかな給金や戦利品・略奪品の山分け目当てに軍に入る層をも甘受した。リアルな対応といえるだろう。
 さて、国民党との内戦が始まった1927年以降、広東省東部のある根拠地で、共産党軍が勢力拡張を図った事例の紹介がすこぶる面白い。例えば、ある地域の防衛拠点と商業経済の中心地を長らく支配してきた宗族(同一の姓を持つ父系の血縁集団)があったとする。それを仮に、呉という姓を戴く呉姓宗族とし、その呉姓宗族は国民党の側に立っていたとする。その時、勢力拡大を図りたい共産党はどう動いたか。共産党は、その地域において、呉姓の宗族支配に長年不満を抱いていた、二番手の勢力を誇る宗族と連携し、国民政府軍と呉姓宗族の二つながらの打倒を図った。共産党の内部文書を縦横に用いた著者は、共産党軍が、伝統的な宗族間の対立を利用し、武装した宗族をそのまま取り込むという、まことに大胆な戦術をとった経緯を描き出した。
 宗族対立を利用し、農民の自衛団や傭兵など既存の地域内の武力を、躊躇(ちゅうちょ)することなく自軍へ併呑(へいどん)した黎明(れいめい)期の共産党軍の姿。それは、日本軍の装備を吸収し、国民政府軍の将兵を多数寝返らせて内戦に勝利した人民解放軍の姿とダブる。すべての歴史は現代史だと気づかせてくれる本書は、中国を考えるための必須の書となった。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『中国革命と軍隊』=阿南友亮・著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121007ddm015070181000c.html
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