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覚え書:「今週の本棚:鹿島茂・評 『夢の操縦法』=エルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵・著」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。

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今週の本棚:鹿島茂・評 『夢の操縦法』=エルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵・著
 (国書刊行会・4725円)

 ◇思念により現実と結ばれる「夢」探究の書
 著者のエルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵(1822−1892)はコレージュ・ド・フランス教授にまで上りつめた十九世紀の高名な中国学者だが、その一方で徹底した夢の研究を行った「夢学者」としても知られる。きっかけは十三歳のときにつけはじめた夢日記だった。
 「夜毎(ごと)の夢を記録し始めたとき、私は十三歳であった。その記録は、彩色された絵入りのノート二十二冊に及び、千九百四十六夜、つまり五年以上の記録となっている」
 最初、日記には欠落があり、夢を覚えていない夜もあったが、日を追うごとに欠落はなくなり、百七十九夜目には完全な夢の記述に成功する。そして、夢を記憶するには夢を見ていると意識していることが不可欠だと悟る。
 この意識夢の体得により、夢の三つの原理が明らかになってくる。第一は夢のない眠りはないということ。第二は見たことのあるものしか夢に見ないということ。人の記憶はカメラの乾板(陰画紙)のようなもので、人はみな「ネガを収蔵する大きな整理箱があるように、膨大な記憶が収納される抽斗(ひきだし)を持っている」。見覚えのないものが夢に出てくるのは、ネガの解像度が撮影状態により異なるように、「夢の材料となった記憶の陰画紙(・・・・・・)がつくられたときの記憶が失われているだけである」。
 第三の原理は「1、夢に現れる像は、思念を占めていたものが形となって現れただけである。2、ある思念が浮かぶと、その思念と結びついた視像が直ちに現れる」というもの。
 この第三の原理を発見したことで、エルヴェは夢を自在に操る方法を発見したと自負するに至る。それは嗅覚(香水)や聴覚(音楽)などの外部刺激によるものと、思念の操作による内部刺激によるものとに分けられるが、より根源的なのは、自分は夢を見ていると強く意識化することで夢の操縦が可能になるという後者の方法だろう。というのも、これなら悪夢を見ずに済むからだ。「私は快適な夢を見る方法について述べてきたが、その一方で、悪夢の幻想をたちどころに消滅させるには、それが幻想だとわかれば、たいていは(夢を見ながら)眼を閉じるだけで十分だと述べてきた」。ただ残念ながら、エルヴェはそれをわれわれも実践できるように明示的なかたちで示してくれてはいない。しかし、それでも、夢は思念によって現実と連結されたものであるという視点は新鮮である。
 一八六七年に匿名で出版された本書の初版はフロイトもハヴロック・エリスも見つけることのできない稀覯(きこう)本だったが、どうもプルーストはこれを読んでいたふしがある。『失われた時を求めて』の最後に中国学者としてのエルヴェ・ド・サン=ドニに言及があるばかりか、その死後、プルーストは未亡人と知己になったからである。また次の本書の一節を読んで『失われた時を求めて』を思い出さない読者はいないのではなかろうか? 「眠りの中で動き出す無意志的記憶(レミニサンス)は、覚醒時には完全に隠れているが、遠い昔の記憶の倉庫の隅に眠っているのである。気まぐれな観念連合は、この記憶に稲妻のような閃光(せんこう)を不意に投げかけ、光が通り過ぎるとその記憶も再び失われるが、それは、あたかも、嵐の夜に雷に浮かび上がる灌木(かんぼく)の茂みが、一瞬にして闇の中に消えてしまうようなものである」
 夢という観点から文学芸術を見直すために不可欠な一冊。澁澤龍彦が『悪魔のいる文学史』で紹介して以来、名のみ高かった古典の待望の翻訳である。(立木鷹志訳)
    --「今週の本棚:鹿島茂・評 『夢の操縦法』=エルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵・著」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20121014ddm015070008000c.html



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