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覚え書:「今週の本棚:張競・評 『メインストリーム 文化とメディアの世界戦争』=フレデリック・マルテル著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。

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今週の本棚:張競・評 『メインストリーム 文化とメディアの世界戦争』=フレデリック・マルテル著
 (岩波書店・3780円)
 ◇娯楽文化を巡る主導権争いの全容に迫る
 ここ十数年来、情報通信技術は文字通り日進月歩の進化を遂げており、人類文化にはまさに天地がひっくり返るような大変化が起きている。この未曽有の歴史的な大転換をいったいどのように捉えるべきか。そもそも現状はどうなっているか。全世界の娯楽文化の最先端について、現場報告してくれたのが本書だ。
 「メインストリーム」とは、本書では娯楽映画、ポピュラー音楽、テレビ番組から、通俗読物やマンガ、アニメ、ゲームにいたるまで、およそありとあらゆる種類のエンタテインメント文化を指している。ヨーロッパの知識人は従来、アメリカの娯楽産業を低俗な大衆文化と見下していたが、風向きはどうやら変わったようだ。話題となった前著の『超大国アメリカの文化力』は北米での取材にもとづいたものだが、本書はさらにフィールドワークの対象をアジア、アラブ、さらには中南米まで広げた。徹底した実地調査にもとづき、エンタテインメント文化をめぐる主導権争いの全容を明らかにした。
 二部構成の第一部では、アメリカのエンタテインメント産業がなぜ圧倒的な強さを持つにいたったかについて、幅広い取材を通して解き明かした。その理由を一言でいうならば、アメリカはハードの面においても、ソフトの面においてもつねに世界に通用するモデルを作り出したからだ。マルチプレックスと呼ばれる多スクリーン複合映画館はアメリカで発明されたもので、ハリウッド映画も、アメリカ風のテレビ番組構成もつねに外国が真似(まね)する対象であった。それができるのも多様性と創造性を尊重し、技術革新が行いやすい社会的な環境があるからだ。映画の分野で一見、大手会社に独占されているようだが、垂直統合型の産業モデルはとっくに消滅し、かわりにより柔軟で流動的なシステムが誕生した。映画会社は資金の手当てをするだけで、映画を作る具体的な作業は中小企業に委託されている。制作プロダクションは何百とあり、今やハリウッドの心臓部として機能している。そうすることで、人材を有効に活用する一方、リスク負担を軽減することができた。時代の変化を察知するのが速く、海外での興行収入が国内を上回ったのを見て、ハリウッドは「アメリカ的すぎる映画」よりも、世界共通の普遍的な映画を作るよう、心がけるようになった。グローバル化が進む中で、アメリカ文化が勝ち続けたのは、力による押しつけではなく、状況変化に迅速に対応できるからだ。
 アメリカ文化の一人勝ちに対し、インド、中国や中南米の新興国は闘志をむき出しにして挑戦してきた。第二部ではそのような「文化とメディアの世界戦争」について、臨場感あふれる筆致で描かれている。
 北京と香港は共通する目標のために、それぞれ違う役を演じている。北京はクォータ制や検閲制度を利用し、ハリウッドの影響力を最小限に喰(く)い止めようとしている。一方、香港は中国の巨大市場を手中にしただけでなく、欧米やほかの地域での商機をも虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。インドの野望はさらに大きく、長い映画制作の歴史と技術や経営資源を生かして、アメリカに追いつき追い越そうと企(たくら)んでいる。ほかの国も座視しているわけではない。日本はクールジャパンを売り出しているし、韓国は韓流ドラマに勝負をかけている。しかし、いずれもアメリカの圧倒的な文化力にはまったく歯が立たない。
 コンテンツをめぐる熾烈(しれつ)な文化戦争の現状は確かに著者が示した通りである。しかし、評者にとって文化をめぐる覇権争いよりも、世界各国の映画作り、地域文化にもとづくテレビドラマの制作事情、あるいは発展途上国のポピュラー音楽産業の足跡のほうが遥(はる)かに面白い。ボリウッド(インド映画)の運営方式や、中南米を風靡(ふうび)したテレノベラ(連続テレビドラマ)のヒットにも驚かされたが、ひと際目を引くのはアラブ世界の娯楽文化である。アメリカ映画の海賊版が横行している一方、現地のエンタテインメント産業もそれなりに健闘している。アルジャジーラの舞台裏に展開された人間ドラマはいうまでもなく、レバノンで制作された音楽、ドバイのテレビ番組、カイロのラマダン・シリーズが人気を呼んだ理由など、いずれも興味を引くものだ。
 情報通信技術が日々発展している今日、未来を予測するどころか、現状の把握さえ簡単なことではない。その意味では、複数の国や地域の文化を超えて交通整理をしてくれた本書はありがたい。取材と調査のためにまる四年もの歳月をかけたのだから、当分、その情報量を超える書物は現れないであろう。ただ、まだ「弱小」だったアメリカから希望と未来を予見したトクヴィルと違って、著者が見せてくれたのは、「世界」というマジックミラーに映し出された巨大な鏡像だ。魂の言葉よりも筋肉質の幸福感に魅惑されるのは注目すべき現象だ。ヨーロッパ的な心性の変質は果たして自己投影の産物か、はたまた物質主義のために歪(ゆが)められた自己同一性の虚像か。いずれにせよ、西欧精神史の行方を占う上で、象徴的な意味を持つ一冊だ。(林はる芽訳)
    --「今週の本棚:張競・評 『メインストリーム 文化とメディアの世界戦争』=フレデリック・マルテル著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121028ddm015070049000c.html
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Terry M. Gray

投稿: Terry M. Gray | 2012年10月30日 (火) 17時55分

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