« 敵味方と分れても、彼我の交争を超越する最高の原理を共同する所から、互に尊敬し合ふといふのは、昔からの日本民族の誇りとした精神ではないか。 | トップページ | 書評:奥田博子『原爆の記憶 ヒロシマ/ナガサキの思想』慶應義塾大学出版会、2010年。 »

覚え書:「今週の本棚:富山太佳夫・評 『出版と政治の戦後史』=アンドレ・シフリン著」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。

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今週の本棚:富山太佳夫・評 『出版と政治の戦後史』=アンドレ・シフリン著
 (トランスビュー・2940円)

 ◇激動を追い求める編集者の目線
 「しかし、多くの人にとって、仕事や年金を失うかもしれないこと、とくに中高年になってそうした目にあうというのは、じゅうぶん恐ろしいことだった」。その次は、こんな文章--「アメリカの爆撃戦略は日本に対する空爆に似て、後にベトナム戦争の全期間に使用されたよりも大量のナパーム弾が、不幸な朝鮮人の頭上に投下されたのだった。しかし、アメリカの新聞を読む限り、こうしたことはいっさい知りようがなかった」。

 この二つの文章が同じ一冊の本の中に、わずかに数頁(ページ)間隔で並んでいると言ったら、果たして信じてもらえるだろうか。まあ、信じてもらえないとしても、事実は事実である。問題は、このような異質の方向に眼を向け換えながら平然と仕事をしていくのは一体どのような職業の人物なのかということである--勿論(もちろん)、編集者だ。この本を書いたアンドレ・シフリン(一九三五年、パリ生まれ)は間違いなくこの何十年かの世界最高の編集者のひとりであって、国際的な出版賞の他に、フランスのレジオンドヌール勲章も授与されている。

 あれこれのコミックスを出版しただけでなく、サルトルやボーヴォワール、フーコーの英訳、ギュンター・グラスの英訳、そしてチョムスキーやE・P・トムソン、エリック・ホブズボーム等の歴史書の出版に関与した編集者でもあるし、アン・モロー・リンドバーグ、アニタ・ブルックナーの小説をヨーロッパに紹介した人物でもある。これには少し嫌な気がしてこないでもない。私のような大学紛争世代が大なり小なり愛読した本がずらりと並んでいるのだ。その編集者の自伝である。そこには彼の個人的な人生のことの他に、この何十年かの政治・経済の変動が書き込まれ、そのようなコンテクストの中で、英米仏における出版史の激動ぶりが追求されていくのである。
 この手の本は、普通、自分の関与した出版物や著者をめぐる裏話的な秘話混りのものになることが多いのに対して、この本は秘話を充分に含みながらも、それを越えて行く。なぜなのか。

 彼の父は一八九二年に、ロシアのカスピ海沿いのアゼルバイジャンの首都バクーで生まれている。しかし、のちに「ロシアの革命政府が一家の財産を国有化してしまった」。ユダヤ系であった父はのちにパリに移り、小説家アンドレ・ジッドと親交を結び、なんと、あのプレイアッド叢書(そうしょ)を始めたのだ。だが、ドイツによるパリ占領が始まる。一家は難民としてニューヨークに逃れるしかなかった。「十三歳になる頃には、私は自分が完全にアメリカ人になったと感じていた」

 彼は苦労しながらも勉学を続ける。そしてイェール大学に進み、政治活動に関わり(CIAに利用されるほどであった)、最優秀の成績で卒業。奨学金で、イギリスのケンブリッジ大学に二年間学び、一九五九年に帰国後はコロンビア大学の大学院へ(この部分は大学教育論としても興味深い)。そのあとの編集者としての人生はまさしく眩(まぶ)しいほどのもので、パンセオン社等で重要な仕事をすることになる。そして文学から思想にいたるまでの良書を次々に世に問うことになる。

 しかし、そのあとの挫折。それこそ「収益性」万能の時代が来てしまったのだ。「出版社は『娯楽産業』の一部であると自己規定をし、テレビや映画とタイアップしたものを大量に出すようになった」。日本でも起きたそうした激変の中で、われわれは今本を読んでいるのだ。(高村幸治訳)
    --「今週の本棚:富山太佳夫・評 『出版と政治の戦後史』=アンドレ・シフリン著」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120930ddm015070030000c.html


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