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覚え書:「今週の本棚:中村桂子・評 『弱いロボットーシリーズ ケアをひらく』=岡田美智男・著」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。

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今週の本棚:中村桂子・評 『弱いロボットーシリーズ ケアをひらく』=岡田美智男・著 (医学書院・2100円)

 ◇何もできない存在が人との関係を生み出す
 「弱いロボット」という標題と帯の「ひとりでできないもん」という文字がなんだか気になった。ロボットと言えば、十万馬力で七つの威力をもつ凜々(りり)しい鉄腕アトムが眼に浮かぶ。宇宙や深海や危険な場所などで人間には難しい作業をテキパキ片づけて欲しいと期待する。それなのに弱いロボットとは何だろう。
 学生時代じゃんけんに負けて行くことになった研究室での音声認識研究が面白くなった著者は、自然言語処理の世界に入る。そしてこれまた偶然の関西転勤で、この地域独特の「しゃべり」に刺激され、雑談の研究を始めた。研究所のオープンハウスへの参加を求められ、コンピュータの中にトーキング・アイと名づけた目玉一つの仮想生き物を作り、勝手におしゃべりをさせてみた。これがなかなかの人気で研究も進んだのだが、自分との関わりが生まれず、なんだかつまらない。
 その時、アシモ(二足歩行ロボット)が登場、倒れそうになると思わず手が出る感じを味わい、身体にはたらく重力、支える地面、足を動かす行為が一緒になって「なにげない歩行」が作り出されていることに気づいたのである。「歩くのは足を動かすだけじゃない」。この発見を機に「モノ」に移り、発泡ウレタンゴムで目玉一つ(ここにカメラが入っている)の「む~」を作る。名前は有名なアニメーション「ピングー」の、喃語(なんご)のような「むー」という言葉を話させたところから来る。雑談はあらかじめ話すことがきまっているわけではなく、他者との関係からその場で生まれるものなので、むーというあいまいな言葉がうまく機能するのである。こうして、はたらきかける“賭け”に対し、必ず“受け”があり、その“受け”がとても大事なのだということが分かる。
 ところで、地面は私たちの一歩を支える責任を感じてはいないけれど、他者は応答しようとする。これが生きもののもつ特徴であり、社会性、関係が重要なのである。「む~」が目玉一つ、手も足もないロボットであったことが生み出す関係を見ているうちに、「一人では何もできないロボット」、つまり「いつも他者を予定しつつ、他者から予定される存在」というこれまでにない考え方が出てきた。もっと人間に似せようとか、動きを滑らかにしようという足し算でのロボット設計に対し、引き算としてのデザインが生まれたのである。子どもたちに囲まれている「む~」は楽しそうで、働き盛りの技術者の中では「む~」らしさが出ないというのも面白い。

 弱さの魅力を確認するために、弱者とされている障害児や高齢者のところへ「む~」を連れていった。「む~」がうまく答えられずグズグズしていると、子どもやお年寄りが「む~」にやさしく、教えるように話しかけるようになる。そこにはゆっくりした時間が流れる。弱さが人の関心をひき、お互いをつなぎ合わせていくのである。

 次に著者は「ゴミ箱ロボット」なるものを作る。自身はゴミが拾えず、子どもに拾ってもらおうとするロボットだ。引き算ロボットそのものである。ロボットを使ってコミュニケーションの研究をしようとしているうちに、いつのまにか、人間との間でコトを生み出すデバイスとしてのロボットが生まれてきた。「む~」も「ゴミ箱ロボット」も可愛い。一人ではできない存在が生み出す関係づくりは、今の社会での大事な課題である。「弱いという希望、できないという可能性。」帯にはこんな言葉もある。
    --「今週の本棚:中村桂子・評 『弱いロボットーシリーズ ケアをひらく』=岡田美智男・著」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120930ddm015070194000c.html

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