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2012年10月

書評:斉藤環『世界が土曜の夜の夢なら  ヤンキーと精神分析』角川書店、2012年。

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「気合」と「いきほひ」のあいだ
 ここまでヤンキーと古事記の関係にふれてきた以上、丸山眞男の言葉にも耳を傾けないわけにはいかない。それでは、丸山は何を言ったか。彼は古事記を徹底的に読み込んで、「つぎつぎになりゆくいきほひ」の歴史的オプティミズムが日本文化の古層にある、と喝破したのだ(「歴史意識の『古層』」『丸山眞男集 第十巻』岩波書店)
 なんのこっちゃ、と思っただろうか。これは僕なりに“翻訳”するとこうなる。要するに「気合とアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ」というような話だ。これが日本文化のいちばん深い部分でずっと受け継がれてきているということ。つまり丸山というわが国でも屈指の政治思想家が、まだヤンキーという言葉もなかった戦後間もない時期に、日本文化とヤンキー文化の深い連関をみぬいていた、ということになる。
    --斉藤環『世界が土曜の夜の夢なら  ヤンキーと精神分析』角川書店、2012年、227頁。
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斉藤環『世界が土曜の夜の夢なら』角川書店、読了。「なぜ天皇を愛する人々はかくもヤンキーが好きなのか」との問いから出発し、豊富な事例から「美学としてのヤンキー」を紹介し、「ヤンキー的なイメージ」の構造を解明する。副題は「ヤンキーと精神分析」だがヤンキーの精神分析ではない。
本書に出てくるヤンキー的なるものは多種多様だ。横浜銀蠅からB'z、木村拓哉から白州次郎まで。一見するとヤンキーなのか?と当惑する事象も多いが著者が注目するのは、ヤンキーの美学であり、ヤンキーそのものではない。
さてヤンキーの美学の具体的な特徴とは何か。「気合とアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ」である。冷静な思索や分析よりも、意気込みや姿勢を重視するスタイルだ。そしてそこでは「結果」は問われず、対峙する勢いがヤンキー的リアリズムの核となっている。
そしてヤンキー的リアリズムは現実主義的な発想をする反面、「夢」を語る。日常に根ざしたリアリズムと日常と乖離したロマンティシズムの奇妙な混交が矛盾を内包することとなる。だからそれは思想ではなく「生き方」の「美学」なのであろう。
このリアリズムとロマンティシズムは立ち位置の二重性としても現出する。世間に対する反発の「自由主義」と同族共和の「集団主義」の奇妙な折衷にヤンキーは個と集団として成立するからである。ヤンキー先生の国旗・国歌容認への容認は転向ではなく必然にたどる道である。
著者が指摘するヤンキーの美学の特徴は、現代社会を考える上で示唆に富んでいる。「気合い」を示すためには、目立つしかない。時間のかかる手順や洗練を割愛する橋下氏(現象)は、潜在的な美学へのシンパシーと憧憬があればこそ人気は必然でもあるからだ。
(DQN否定と同義では全くないが)ヤンキーの美学とは反知性主義である。しかし上から目線での批判は意味をなさない。価値や根拠なしに自ら気合いを入れ、場当たり的に根拠をねつ造し、フェイクに委ね行動する力強い「生存戦略」だからだ。
この反知性主義との向き合い方は私を含め読み手それぞれの課題であろう。全体として細かい芸能ネタの確認が多いが(知識のない人にはきつい)、積極的に評価されがちな「気合い」ひとつにしても、それをきちんと検証していく著者の営為と批評には敬意を感じる。
著者の「診断」はヤンキーを語る上で、対象に向けられた著者自身の欲望とはなにか、という問いと常にリンクしており、対象化を不断に退けようとする。この点には好感を抱いた。『戦闘美少女の精神分析』(ちくま文庫)以来の幸福な再会に感謝。少し他著も読んでみようと思う。了。
(余談) まぁ、「気合とアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ」では、なんとかなりませんし、丸山眞男のいう「無責任の体系」のひとつの具現化した言い回しのひとつだと思いますし、そういう「ノリ」と、どう対峙するかだとは思います。単純な「おまえ、アホか」式なそれではなくてですね。
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覚え書:「今週の本棚:沼野充義・評 『牛乳屋テヴィエ』=ショレム・アレイヘム著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。

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今週の本棚:沼野充義・評 『牛乳屋テヴィエ』=ショレム・アレイヘム著
 (岩波文庫・945円)
 ◇「屋根の上のバイオリン弾き」原作の愉快な世界
 『牛乳屋テヴィエ』といってもぴんとこない人が多いかもしれないが、大ヒットしたあのミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」の原作である。作者はショレム・アレイヘム(一八五九-一九一六)といって、ウクライナのシュテトル(ユダヤ人集落)の貧しい家の生まれ。「ショレム・アレイヘム」とは「皆さんに平和を」を意味するユダヤ人の挨拶(あいさつ)の言葉をそのままペンネームにしたものだ。『牛乳屋テヴィエ』は連作短篇集で、イディッシュ語で書かれた。これは東欧系ユダヤ人の口語で、いまでは滅びかけたマイナー言語だが、当時はこうして優れた作家も生み出すほどの文化言語にもなっていたのである。この言葉でユダヤ人の暮らしをユーモラスに活写した彼の作品は、やがて英語を初めとする多くの外国語に翻訳され、彼は国際的人気作家になった。
 「屋根の上のバイオリン弾き」ならば、日本でもよく知られているし、その原作も英語からの重訳ではあるが、すでに翻訳されている。しかし、今回の新訳について特筆すべきは、原典から訳されているということだ。東欧を知るためにイディッシュ語は非常に重要な言語だが、日本ではその学習者はまだごく少数にとどまる。若いころから東欧ユダヤ文化に関心を持ち、この言語を学んできた比較文学者、西成彦(まさひこ)氏によって、今回この名作がついにイディッシュ語原文から訳し直されたことは、日本の翻訳文学史上の快挙といっても過言ではない。
 テヴィエはユダヤ人の伝統を重んずる貧乏な頑固おやじで、抜け目なく稼ごうとする商売っ気もあるが、たいていはうまくいかない。情にもろいところがあり、なによりもおしゃべりだ。その彼が饒舌(じょうぜつ)に、自分の身に起こったこと、特に自分の娘たちの運命について、作家のアレイヘム先生にあてて書き綴(つづ)った、という形式なので、難しいことはおいて、その言葉をまず楽しもう。イディッシュ語の愉快な語りを、新訳はそれに見合った生き生きとした日本語で再現している。テヴィエは信心深いユダヤ人なので、自分の教養をひけらかすかのように、聖書からの引用や成句をやたらに自分の文章にちりばめる。それがまた可笑(おか)しい。西氏はそういった原文の「多言語性」の襞(ひだ)にまで分け入って、原文の豊かなニュアンスを汲(く)み取っている。
 物語はおおよそのところミュージカルで知られている通りだが、この原作を読むと、アメリカ化されたブロードウェイの世界とは相当に違う「シュテトル」の雰囲気が漂ってくる。子だくさんで、多くの娘に恵まれたものの、その一人は貧しい仕立て屋と相思相愛になり、もう一人は革命家と結ばれて流刑地へと旅立ち、さらにもう一人は、こともあろうに「異教徒」のキリスト教徒と駆け落ち。
 やがて押し寄せてくるユダヤ人迫害の波の中で、テヴィエ一家は長年住み慣れた場所から追い立てられるのだが、立ち退きを命じにきた巡査に対して、彼はこれまた愉快な抵抗を試みる。「しかしね、あたしはあんたなんかよりもずっと前からここに住んでいるんですぜ、お役人さん(ヴァシェ・ブラホロディエ)」と切り出して、自分の家系を延々とたどって巡査を辟易(へきえき)させるのだ。
 テヴィエは手紙の末尾で、「もしも神がお望みなら、またどこかでお目にかかれるでしょう」と、アレイヘム先生に呼びかけるのだが、そう、百年も前にイディッシュ語で書かれた作品からテヴィエが鮮やかに立ち上がり、現代の日本の読者と出会うことになった。素晴らしいことだ。(西成彦訳)
    --「今週の本棚:沼野充義・評 『牛乳屋テヴィエ』=ショレム・アレイヘム著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121028ddm015070042000c.html
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夫婦間であれ親子間であれ、「無駄話」や「お喋り」をかわしあえる関係こそが、最も深く安定する

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 僕がギャル語に注目するのは、まさにこうした機能に特化して進化してきた言語であるという点だ。それは「会話のための会話」、いわば「純粋言語」の作法として、特異な発展を遂げつつある。ちなみに僕は、こうした会話を「毛づくろい的会話」と呼んでいる。
 断っておくが、僕はギャル語を軽んじるつもりは毛頭ない。むしろ「毛づくろい的会話」こそが最も高度な会話であり、選ばれた会話達人のみが到達できる境地である、と信ずるものだ。
 以下は余談だが、僕を含む男性は一般に、こうした「会話のための会話」がきわめて苦手である。男は会話に「情報」と「結論」を求めすぎるのだ。僕は家族円満の秘訣は、こうした「毛づくろい的会話」を日常的にかわすことだと確信している。夫婦間であれ親子間であれ、「無駄話」や「お喋り」をかわしあえる関係こそが、最も深く安定するからだ。
    --斉藤環『世界が土曜の夜の夢なら  ヤンキーと精神分析』角川書店、2012年、28頁。
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人文科学の哲学なんかを担当していると、やはり「会話」よりも「対話」を尊重してしまいます。そのまなざしから前者の「非創造性」を批判することのが商売になりますので、もはや職業病のようなものですけれども、トータルな人間の生活世界という視座から俯瞰し直すと、会話だけでも駄目でしょうし、同じように対話だけでも駄目なことは理解できます。
確かに、ソクラテスがそうであったように、目的を掲げて、他者とのやりとりのなかで、論点を整理し、なんらかの「真理」へ至ることは重要ではあります。しかしそれだけで生活が成立するのではないのも事実でしょう。そしてその逆もまた然りでしょう。
どちらか一方が先験的にエライというのではなく、そして、対決させるべきものではなく、得意・不得意というのが存在するのが実情ではないかと思います。
対話は確かに、なんらかの合意や意思形成において訳にはたちます。しかし、生活の「潤い」という分野に関してはこれは苦手であり、ここは「会話」の出番になることは間違いありません。
さて、今日は、休みでしたが、夕方から細君が所用で外出のため、息子殿とふたりで「留守番」という非常事態というorzでありましたが、ただ、ぼんやりと「目的」や「意図」もなく、言葉を交わすという「ゆっくり」とした「時間」を過ごすことができました。
別に学校で何をやっているのか聞く訳でもなく、ただ、ぼんやりと時間と空間を共有し、言葉のキャッチボールを少しやるだけで、経済的合理性という観点からは「糞の訳」にもたたない「不毛」な時間なのでしょうが、お互いの「潤い」にはなったのではないかと思います。
このところ、公私を問わず、いわゆる人間のトータルな意味での「言論空間」(言葉を交わす次元)において、一見、対話を装いながらも、詰問・恫喝・難癖のようなものがじわりじわりと拡大しているような昨今ですから、そういうものだけに占有されないように、自分自身も、人間の言語活動の両側面を大切にしていかねばと思う次第です。
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覚え書:「今週の本棚:『未解決の戦後補償』=田中宏・中山武敏・有光健ほか著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。

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今週の本棚:『未解決の戦後補償』
田中宏・中山武敏・有光健ほか著
(創史社・1890円)
 「大東亜共栄圏」を掲げた大日本帝国の戦争は、国内外に禍根を置き去りにした。被害者や遺族たちは戦争が終わって67年たった今も、補償や謝罪を求めて闘っている。
 アジアでは「慰安婦」や「強制連行」に加え、日本軍が中国に遺棄した毒ガスで被害にあった人たち。国内では東京大空襲の被害者。本書では、支援者や裁判の弁護士などが事例の経緯と展望を伝えている。
 補償問題は国同士の条約などで解決済み、というのが日本政府の原則的立場だ。司法は「戦争被害受忍論」つまり「戦争でみんな被害にあったのだから、みんなでがまんすべき」という法理を振りかざしてきた。司法から解決をうながされた立法府の、救済への動きも鈍い。
 前進している例もある。一昨年、ソ連による抑留被害者に日本政府が特別給付金を支給する「シベリア特措法」が施行された。だが、「日本人」として抑留されながら、その後、韓国や台湾籍をとった人たちは補償対象者から除外された。
 副題は「問われる日本の過去と未来」。未解決の戦後補償問題とどう向き合うべきか、考えるきっかけになる。(栗)
    --「今週の本棚:『未解決の戦後補償』=田中宏・中山武敏・有光健ほか著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。
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個人的なことは政治的なことの原点である

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 フェミニズムは、一九六〇年代以降、「個人的なことは政治的なこと」と主張して来た。このスローガンは、たとえば家事労働など個人的なことと切り捨てられていたあらゆる事象や問題には、政治的な力関係が働いていることを意味している。
 〈3・11フクシマ〉以後の現在、この言葉を「個人的なことは政治的なことの原点である」と言い換えてみたい。これまでの日本社会では、「滅私奉公」という言葉は肯定的に使われて、私を犠牲にして仕事や公に仕えることが賞賛された。そして「公私混同」という言葉は、公的なことに私事を挟んではいけないという意味で否定的に使われる。それは、個人を大切にしない社会だ。仕事を第一に優先して、一人一人の人間の顔が見えない。利益を追求するために他人を犠牲にすることに心の痛みを感じないのは、相手の顔が見えないからである。
    --中島佐和子「脱原発へのはたらきかけ --個人的なことは政治的なことの原点である」、新・フェミニズム批評の会編『〈3・11フクシマ〉以後のフェミニズム 脱原発と新しい世界へ』御茶の水書房、2012年、47-48頁。
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震災以降、「絆」が強調され、個々人のオリジナリティへの重圧となる封建的・排他的な日本的価値観が安易に持ち上げられ、気がつくと発言することも、黙っていることも許されない言論空間というものがいつのまにか支配的な「空気」となってきているように感じる。
震災は、日本という枠組みが「個人を大切にしない社会」であることを明らかにした。当然それを隠蔽しようとする・偽装しようとする工作は、その以前よりも巧妙かつ慎重に遂行されつつあるように思う。
「滅私奉公」「公私混同」……。
この言葉を誰がどのような意図で使用しているのか。
今以上に注視することが必要だと思う。
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覚え書:覚え書:「ViewPoint 宗教がリトマス紙の時代は終わった=ケント・ギルバート」、『毎日新聞』2012年10月22日(月)付。

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ViewPoint
宗教がリトマス紙の時代は終わった
ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士・タレント
 2週間後に迫った米大統領選で政権奪還を目指す共和党は今回、ミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事を正式候補に指名した。彼は4年前の大統領選にも挑戦したが、少数派宗教である末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)の教徒であるため反発を受け、党内の予備選で撤退を余儀なくされた。その彼がいま「オバマ大統領に勝てる候補」として党の期待を一身に背負っている。候補者の宗教を大統領選びのリトマス試験紙にする時代がようやく終わったことを、同じモルモン教徒である私は肯定的に受け止めている。
 私はモルモン教徒が人口の6割を占める米西部ユタ州で育ち、19歳で宣教のため来日した。現在の教徒数は日本に13万人、米国に600万人、全世界では1300万人に上る。この総数はユダヤ教の人工に匹敵する。
 しかしキリスト教プロテスタントとカトリックが大勢を占める米国で、モルモン教は長く異端扱いされてきた。ひとつには「神・キリスト・聖霊」を三位一体ではなく三位三体と捉えることや、生ける預言者が実在することなど、教義上の違いに由来する。1890年まで一夫多妻制を容認していたため、その名残でカルト教団呼ばわりもされた。だが実際に一夫多妻制だった教徒は全体の2%に過ぎない。またモルモン教会は評議会組織であり、例えば預言者である大管長が間違った行為をしたら、破門できる制度もある。教祖の暴走を許すカルトと同一視するのは間違いだ。
 モルモン教を毛嫌いするのは、共和党支持者の中でも最も保守的なキリスト教福音主義者だ。彼らが4年前の反省を生かし私情を捨て、共和党勝利という大義のもと一枚岩になれば、本選でもロムニー氏の勝利が現実味を帯びてくる。
 今回の選挙で問われるのは政府の役割の大きい・小さいと、人工妊娠中絶や同性婚の是非だ。それらの選択肢が、有権者の判断を左右するリトマス紙に取って代わった。モルモン教徒には、民主、共和両方の党員がいるので、教会が支持政党を表明することもなければ、政治献金をすることもない。日本のメディアでロムニー氏の選挙資金が教会から出ているとの報道があったが、政教分離の観点からもありえないことだ。【構成・朴鐘珠】
    --「ViewPoint 宗教がリトマス紙の時代は終わった=ケント・ギルバート」、『毎日新聞』2012年10月22日(月)付。
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モルモン教に対して神学者としていちもつは全くありませんし、ロムニー支持でもありませんが、ひとつの認識の事例として紹介しておきます。
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覚え書:「今週の本棚:張競・評 『メインストリーム 文化とメディアの世界戦争』=フレデリック・マルテル著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。

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今週の本棚:張競・評 『メインストリーム 文化とメディアの世界戦争』=フレデリック・マルテル著
 (岩波書店・3780円)
 ◇娯楽文化を巡る主導権争いの全容に迫る
 ここ十数年来、情報通信技術は文字通り日進月歩の進化を遂げており、人類文化にはまさに天地がひっくり返るような大変化が起きている。この未曽有の歴史的な大転換をいったいどのように捉えるべきか。そもそも現状はどうなっているか。全世界の娯楽文化の最先端について、現場報告してくれたのが本書だ。
 「メインストリーム」とは、本書では娯楽映画、ポピュラー音楽、テレビ番組から、通俗読物やマンガ、アニメ、ゲームにいたるまで、およそありとあらゆる種類のエンタテインメント文化を指している。ヨーロッパの知識人は従来、アメリカの娯楽産業を低俗な大衆文化と見下していたが、風向きはどうやら変わったようだ。話題となった前著の『超大国アメリカの文化力』は北米での取材にもとづいたものだが、本書はさらにフィールドワークの対象をアジア、アラブ、さらには中南米まで広げた。徹底した実地調査にもとづき、エンタテインメント文化をめぐる主導権争いの全容を明らかにした。
 二部構成の第一部では、アメリカのエンタテインメント産業がなぜ圧倒的な強さを持つにいたったかについて、幅広い取材を通して解き明かした。その理由を一言でいうならば、アメリカはハードの面においても、ソフトの面においてもつねに世界に通用するモデルを作り出したからだ。マルチプレックスと呼ばれる多スクリーン複合映画館はアメリカで発明されたもので、ハリウッド映画も、アメリカ風のテレビ番組構成もつねに外国が真似(まね)する対象であった。それができるのも多様性と創造性を尊重し、技術革新が行いやすい社会的な環境があるからだ。映画の分野で一見、大手会社に独占されているようだが、垂直統合型の産業モデルはとっくに消滅し、かわりにより柔軟で流動的なシステムが誕生した。映画会社は資金の手当てをするだけで、映画を作る具体的な作業は中小企業に委託されている。制作プロダクションは何百とあり、今やハリウッドの心臓部として機能している。そうすることで、人材を有効に活用する一方、リスク負担を軽減することができた。時代の変化を察知するのが速く、海外での興行収入が国内を上回ったのを見て、ハリウッドは「アメリカ的すぎる映画」よりも、世界共通の普遍的な映画を作るよう、心がけるようになった。グローバル化が進む中で、アメリカ文化が勝ち続けたのは、力による押しつけではなく、状況変化に迅速に対応できるからだ。
 アメリカ文化の一人勝ちに対し、インド、中国や中南米の新興国は闘志をむき出しにして挑戦してきた。第二部ではそのような「文化とメディアの世界戦争」について、臨場感あふれる筆致で描かれている。
 北京と香港は共通する目標のために、それぞれ違う役を演じている。北京はクォータ制や検閲制度を利用し、ハリウッドの影響力を最小限に喰(く)い止めようとしている。一方、香港は中国の巨大市場を手中にしただけでなく、欧米やほかの地域での商機をも虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。インドの野望はさらに大きく、長い映画制作の歴史と技術や経営資源を生かして、アメリカに追いつき追い越そうと企(たくら)んでいる。ほかの国も座視しているわけではない。日本はクールジャパンを売り出しているし、韓国は韓流ドラマに勝負をかけている。しかし、いずれもアメリカの圧倒的な文化力にはまったく歯が立たない。
 コンテンツをめぐる熾烈(しれつ)な文化戦争の現状は確かに著者が示した通りである。しかし、評者にとって文化をめぐる覇権争いよりも、世界各国の映画作り、地域文化にもとづくテレビドラマの制作事情、あるいは発展途上国のポピュラー音楽産業の足跡のほうが遥(はる)かに面白い。ボリウッド(インド映画)の運営方式や、中南米を風靡(ふうび)したテレノベラ(連続テレビドラマ)のヒットにも驚かされたが、ひと際目を引くのはアラブ世界の娯楽文化である。アメリカ映画の海賊版が横行している一方、現地のエンタテインメント産業もそれなりに健闘している。アルジャジーラの舞台裏に展開された人間ドラマはいうまでもなく、レバノンで制作された音楽、ドバイのテレビ番組、カイロのラマダン・シリーズが人気を呼んだ理由など、いずれも興味を引くものだ。
 情報通信技術が日々発展している今日、未来を予測するどころか、現状の把握さえ簡単なことではない。その意味では、複数の国や地域の文化を超えて交通整理をしてくれた本書はありがたい。取材と調査のためにまる四年もの歳月をかけたのだから、当分、その情報量を超える書物は現れないであろう。ただ、まだ「弱小」だったアメリカから希望と未来を予見したトクヴィルと違って、著者が見せてくれたのは、「世界」というマジックミラーに映し出された巨大な鏡像だ。魂の言葉よりも筋肉質の幸福感に魅惑されるのは注目すべき現象だ。ヨーロッパ的な心性の変質は果たして自己投影の産物か、はたまた物質主義のために歪(ゆが)められた自己同一性の虚像か。いずれにせよ、西欧精神史の行方を占う上で、象徴的な意味を持つ一冊だ。(林はる芽訳)
    --「今週の本棚:張競・評 『メインストリーム 文化とメディアの世界戦争』=フレデリック・マルテル著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121028ddm015070049000c.html
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覚え書:「引用句辞典 不朽版 いじめ=鹿島茂」、『毎日新聞』2012年10月24日(水)付。

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引用句辞典 不朽版 いじめ
鹿島茂
「仲良し」の産物という悲しい逆説をどうするか
 日本人は、子ども時代には特権を与えられ、心理的には気楽な気持ちでいられる。そのような経験をしているだけに、少年期以降のありとあらゆるしつけを経たあとも、依然として、「恥を知らなかった」ころの気楽な人生の記憶が残る。日本人は、将来の天国を思い描く必要はない。なぜなら、それは過去にすでに経験しているからである。(中略)やがて、六歳か七歳を過ぎると、用心深く振る舞うことと「恥を知ること」の責任を負わされる。それを支えているのは、責任を果たさなければ家族から白眼視されるという強力な拘束力である。(中略)子ども時代の後期になると、個人的な満足のうち、あきらめろと命じられるものが多くなる。だが、見返りが約束される。それは「世間」に認められ、受け入れられるということである。(中略)子どもはその後の一生を通じて、のけ者にされることを、暴力をふるわれること以上に恐れる。(ルース・ベネディクト『菊と刀』 角田安正訳 光文社古典新訳文庫)
 田中真紀子氏が文部科学相に就任してから早一カ月。役人も(そして国民も)田中大臣がとんでもないことを言い出すのではないかと戦々恐々としていたが、いまのところ軋轢は伝わってきていない。「子ども時代には特権を与えられ」て、我がままいっぱいに育てられた田中大臣もマスコミという「世間」の拘束を受け入れて、衝動を抑えつける術を学んだのだろうか?
 冗談はさておき、田中大臣と文科省が真っ先に取り組まなければならない喫緊の課題は、「いじめ」であろう。大臣は学校で一度も「いじめられっ子」になった経験のない強いお方のようなので想像力が働かないだろうが、現代日本のいじめ問題は思っているよりもはるかに深刻でえあり、大臣が役人を怒鳴りつけただけで収束するとは思えない。
 ではなにゆえに日本のいじめは深刻なのだろうか? それは「構造的」だからである。つまり、いじめは日本人の精神構造にビルト・インされているので、退治しようとしても消滅することはありえないのであえる。
 それを教えてくれるのが日本人論の古典『菊と刀』。著者のベネディクトは一度も日本に滞在したことがないのに、対日占領政策を模索していた国務省の依頼に応えて、この不朽の名著を短期間で書き上げた。『菊と刀』で問題として設定されたのは、欧米人から臆病に見える日本人がときとして大胆で無謀な行動に出るのはなぜかという謎で、ベネディクトはこれを解くカギを、日本人の子どもが体験する「しつけの劇的転換」に求めた。
 すなわち、日本人は欧米と比べると子どものころ「最大の自由」を与えられ、甘やかされて育つが、小学校入学前後から、まず親から「世間」の笑い者にならない行動を取るようにしつけられる。次いでこの「世間」という目に見えない拘束は、学校という名の相互監視的社会へと移されて、子どもを日本的な倫理体系のうちに組み込んでいったが、その「世間」がないところ、たとえば外国や占領地、あるいは捕虜収容所では、相互監視が働かないから、思いもかけぬ大胆な振る舞いに出たのである。
 戦後、親が子どもを「世間から笑われる」と言ってしつけることはなくなった。また、学校も修身を課目から外すことで、しつけ教育の役割を放棄した。にもかかわらず、がっこおうは「世間」の代わりとして機能しつづけた。相互監視の村社会は学校というトポスで生き延びて、きつい縛りで日本人の子どもを拘束しつづけている。
 現在、反いじめキャンペーンは暴力や恐喝という刑事事件的なことにのみ限定されているが、いじめの第一歩は、その対象者をクラスないしは友達グループという「世間」から「のけ者にする」ことにある。なぜなら、日本人はベネディクトの指摘するように「のけ者にされることを、暴力をふるわれること以上に恐れる」からだ。これだけは、戦後七十年近く経過したいまも変わっていない。だから、文科省がきれいごとに終始して「みんな仲良く」といった標語を掲げれば掲げるほど、「いじめ」は逆にはびこるという悪循環に陥る。なぜなら、「仲良し」のメンバーは「のけ者にされることを、暴力をふるわれること以上に恐れる」ので、自分が排除されるくらいなら他のメンバーを犠牲に差し出そうとするからだ。つまり「仲良しグループ」はなにかのきっかけで相互密告社会へと変質し、和を乱すメンバーがいれば、即座に排除の論理を始動させるのである。
 いじめは「仲良し」から生まれる。日本の悲しいパラドックスというほかない。(かしま・しげる=仏文学者)
    --「引用句辞典 不朽版 いじめ=鹿島茂」、『毎日新聞』2012年10月24日(水)付。
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覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 『38%』に働きかける工夫を=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年10月26日(金)付。

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くらしの明日 私の社会保障論
「38%」に働きかける工夫を
湯浅誠 反貧困ネットワーク事務局長
「支えるのは誰か」という議論
 世界47カ国の人を対象に「政府は、自力で生活できない人に対応する責任があるか」と聞いた、海外機関の調査結果がある。「全く思わない」「ほとんど思わない」と答えた人の合計は、米国28%▽フランス17%▽韓国12%▽中国9%▽英国8%▽インド8%▽ドイツ7%ーーだった。
 「自力で生活できない人」と聞いて、どういう人をイメージするかで、各国の違いはあるかもしれない。ただ、おおむね1割前後の人が「思わない」と考えるのが、一般的な国のあり方なのだろう。米国が3割近くに達しているのは「さすが自己責任の国」という感じがする。
 しかし「思わない」人の比率が、米国よりもさらに高い国が存在する。私たちが暮らす日本だ。実に38%の人が「全く思わない」「ほとんど思わない」と答えている。この数字は、調査対象の47カ国でトップだった。
 この国で「自力で生活できなくなる」ということは、人々のこうした考え方にさらされながら暮らすことを余儀なくされる、ということだ。
 おそらく、主語の「政府」を「家族」に変えて「家族は、自力で生活できない人に対応する責任があるか」と尋ねれば、回答はだいぶ変わるだろう。「まずは家族で何とかするべきだ」という価値観がいかに根強いかは、芸人の母親の生活保護受給騒動でも明らかになった。
 この国で「自力で生活できない人の支援」を政策化・制度化するのがいかに難しいかは、容易に想像できるだろう。ただちに「そんなことをして何の意味があるのか」「資金は限られているのだからもっと他に使うべきだ」という批判にさらされるし、実際にさらされてきた。
 そのようななかで現在、厚生労働省を中心に「生活支援戦略」の策定が進んでいる。孤立死対策や就労支援、家計管理のサポートや貧困家庭の中高生支援などを柱とした総合的な支援体系を構築するーーというもので、来年の通常国会への法案提出を目指しているという。
 背景には、従来「自力で生活できない人」を支えてきた血縁(家族)・地縁(地域)・社縁(会社)などのコミュニティーが弱まり、「支える力」が低下している現実がある。「家族や会社が何とかしてくれる」という想定は、徐々に効かなくなってきているのだ。
にもかかわらず、政府がこうした人たちに対応する責任があると「思わない」人が、38%もいる。これでは、周囲に困難を抱えた人たちがいても、現状は放置され、状態は深刻化し、気分は沈み、社会は弱体化するだけだろう。
 その38%に働きかけ、理解を広げていく知恵と工夫が、私たちに求められている。
ことば 生活支援戦略 厚労省が9月末に素案を発表し、年内に最終案をまとめる。生活困窮者向けの「相談支援センター」設置など、生活保護を受ける前段階の支援を充実させ、保護制度も見直す。就職活動を積極的にする人には保護費を加算する一方、就労意欲の審査を厳しくするなど「アメとムチ」を使い分け、就労促進で保護費を抑える姿勢を鮮明にした。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 『38%』に働きかける工夫を=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年10月26日(金)付。
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「人あるいは政党人は国家的にではなく党派的に行動するといいてこれを難ずる。だが、それは官僚とて同じことである」

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 政党から国家への、権力の位置は大きく転換する。国家とは要するに官僚が支える国家のことである。憲法学者の宮澤俊義は官僚が台頭する政治的な背景を論じている。「満州事件にはじまるこの『非常時』のおかげでいちばん損をしたのが政党だとすると、いちばん得をしたのは官僚だといわれる。そして、官僚の復活だの、官僚政治の再生だのという文句があちこちでさかんに使われる」(1)。
 宮澤の見るところ、「政党は年来のポピュラリティを失った。政党の攻撃をする流行にすらなった。政党内閣は古い政党人であった犬養首相と共に殺されてしまった」(2)。それゆえ後継の斉藤(実)内閣は「官僚内閣」となった。
 宮澤は断じる。「『官僚』の台頭は『政党』の没落の反面である。そして『官僚』の勃興の賛成者は政党政治に対する非難によって『官僚』を弁護するであろう」。それでも矢沢は政党を擁護する。なぜならば「『官僚』はいわば選挙民の支持を欠く政党にほかならぬ……官僚政治が政党政治の欠陥を匡正しうるもののように考えるのは決して正常な見解ではない」からだった。
 宮澤は政党を擁護して止まない。「人あるいは政党人は国家的にではなく党派的に行動するといいてこれを難ずる。だが、それは官僚とて同じことである」。宮澤によれば、政治的な腐敗は官僚政治でも政党政治と同断だった。
1)宮澤俊義『転回期の政治』(中央公論社、一九三六年)一一七頁。
2)同前書、一二六頁。
    --井上寿一『戦前昭和の国家構想』講談社、2012年、164ー165頁。
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ブクログでも紹介したとおり、井上寿一先生の『戦前昭和の国家構想』は、戦前昭和の多様な歩みを簡便に概観した一冊で、いわゆる歴史教科書の描く「単純な歴史像」の襞に分け入っていく好著ですので、是非、こういう時代状況だからこそ紐解いてほしいと思う。
さて、関東大震災の三年後に始まった戦前昭和とはどのような歴史だったのでしょうか。
スタートはやはり、関東大震災への対応。それはとりもなおさず、震災復興=国家再建の歩みであったといえます。
『戦前昭和の国家構想』では、社会主義、議会主義、農本主義、国家社会主義という四つの国家構想が、勃興しては次の構想へと推移していくその展開を丁寧に追跡しております。。
さて……。
戦前昭和といえば、議会政治の崩壊から軍事独裁へという「イメージ」が定着していると思います。しかしことはそう単純でもありません。形式のみに注目するならば議会政治という意味では最後の近衛内閣まで維持されております。その意味では、単純に教科書の形成する「イメージ」に対して「然り」と頷くことはできません。
しかしながら、議会政治が内部から崩壊していったのも事実ではあります。他党批判と金権の汚辱が、次の構想へのスライドのきっかけになったのは事実ではあります。
そうした瑕疵は大いに批判されるべきであると思います。しかし、いわゆるその次の構想として準備されるなにがしが、全く批判を受け入れることのないほど「立派なもの」でもないのも事実ではないでしょうか。
昨今の、議会制民主主義オワタ式、日本国憲法爆発シロと叫ぶ一部扇動者たちは、我々こそが「時代の救世主」として振る舞っている。
しかし、ホコリはないのだろうか。
そこに目をつぶることはダブルスタンダードにほかならないし、歴史を振り返ると、威勢のいい連中を応援すると、その応援した人間そのものが、その“暁き”には、スコボコにされてしまうということを含みおくべきなのではないだろうか。
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覚え書:「書評:人と芸術とアンドロイド―私はなぜロボットを作るのか [著]石黒浩 [評者]荒俣宏(作家)」、『朝日新聞』2012年10月21日(日)付。

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人と芸術とアンドロイド―私はなぜロボットを作るのか [著]石黒浩
[評者]荒俣宏(作家)
■分身から知る「自分らしさ」
 外出することが危険になった未来社会、本人に代わって外で働くロボットが「惨殺」されると、本人までもが死んでしまうという事件が起きるのは、映画「サロゲート」である。
 ところが今、自分そっくりのロボットを開発して、逆に「人間とは何か」を探究する研究者がいる。
 本書の著者である大阪大学大学院の石黒教授は、表情から動作まで自分と同じ行動を遠隔操作で行わせることができる「ジェミノイド」、つまり双子の自分を製作した。すると、映画のようなことが次々に発生したのだ。
 実験によれば、自分の分身をカフェに座らせ人目に触れさせると、本人が街を歩いても、「ロボットが街を歩いていたぞ」と噂(うわさ)されるようになる。
 まず分かったのは、より多く社会関係を結んだ方が「本人」と認められる事実だった。したがって本人は、先に認められた分身ロボットのほうから「自分らしさ」を学びはじめ、他人からも「先生、最近ジェミノイドに似てきましたね」と言われるようになる。
 衝撃的なのは、ジェミノイドから空気を抜いて操作停止状態にするときの体験だ。
 手がだらりと垂れ、口を開けて後ろにのけぞる姿を見て、ほとんどの人が機械であることを忘れて、「ジェミノイドが死んでいく」と嘆く。
 近未来に家庭で使用される人間型ロボットが、家族のように溶け込めるためには、心を通わせる表現力が必要となる証拠だ。
 その実現には、工業技術だけではなく、芸術の感性が不可欠であり、本書にはわれわれ読者に向けた実験もさりげなく紛れ込ませている。
 本書のカバーは、夕焼けの中にたたずむ可憐(かれん)な女性のシルエット写真なのだ。いかにも文学的で人間くさいと感じさせるが、もちろん写真のモデルは人造人間なのである!
    ◇
 日本評論社・1575円/いしぐろ・ひろし 大阪大学大学院教授(システム創成)。『ロボットとは何か』。
    --「書評:人と芸術とアンドロイド―私はなぜロボットを作るのか [著]石黒浩 [評者]荒俣宏(作家)」、『朝日新聞』2012年10月21日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012102100017.html
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智を愛すること、すなわち真の哲学の姿

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 哲学は英語でフィロソフィーと言う。ソフィーは古代ギリシャ語のソピア、ラテン語のソフィアに由来して「智」を意味し、ギリシャ語のフィロスは「愛する」とか「求める」という意味なので、哲学は「愛智」の学と言い換えることができる。今回の講義は、視聴者が愛智の生き生きとした姿を見る大きなチャンスになっただろう。
 哲学者同士で、難しい術語を用いて議論を展開するのは、確かに学問的には重要だが、それでは愛智の素晴らしさは広まらない。そうではなく、優れた哲学者が学生の議論を通じて哲学を展開させていく、姿を目の当たりにすることで、議論や討論を通じて智に到達することの素晴らしさや魅力がわかり、智を愛すること、すなわち真の哲学の姿が伝わったのである。
 サンデルも語っていたが、哲学というものは、我々が常識的に当たり前だと思っていることの自明性を揺るがす。しかし、懐疑主義に陥ることなく、省察や議論を重ねていけば、結果として、より深い考え方に到達することを可能にする。学問の原点に立ち返り、このような学問を発展させることこそが、学問改革につながっていくのではないだろうか。
    --小林正弥『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』平凡社新書、2010年、27-28頁。
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昨日の哲学の授業にてなんとか古代ギリシア、すなわちソクラテスからプラトン、アリストテレスに至るまでの流れを概観することができました。
ホワイトヘッドの言を引くまでもなく西洋における哲学の基本的なところは、ソクラテスによって始まり、プラトンとアリストテレスによって開花する二つの発想にすべてが存在するといっても過言ではありませんので、この辺りを丁寧に説明させていただきました。
しかし、興味深いの古代ギリシアの哲学世界においては難解なジャーゴンや術語によって、そのやりとりを遂行していたのではなく、アカデメイアにせよリュケイオンにせよ「優れた哲学者が学生の議論を通じて哲学を展開させていく、姿を目の当たりにすることで、議論や討論を通じて智に到達することの素晴らしさや魅力がわかり、智を愛すること、すなわち真の哲学の姿が伝わったのである」という点は、哲学という学問を担当するうえでは、忘れてはいけないポイントではなかろうかと思います。
そう心がけたいものであります。
さて、授業終了後、勉強会のなかまと軽く呑むはずが、がっつり呑んでしまいました。
まあ、たまにはそういう席での哲学談義というのも大事な訳ですのでイタシカタありません。
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覚え書:「書評:官僚制としての日本陸軍 [著]北岡伸一 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2012年10月21日(日)付。

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官僚制としての日本陸軍 [著]北岡伸一
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)
■明治の政軍関係、解体の過程描く
 著者は冒頭で、本書が「近代日本における政軍関係の特質を、さまざまな角度から明らかにしようとするもの」と語る。日本陸軍の誤謬(ごびゅう)を昭和のある時期を起点に明治の建軍期にさかのぼるという手法に対して、著者は「明治国家において確立された政軍関係」がいかに解体されたのかを確認したいとの姿勢を明確にしている。
 この論点を浮きぼりにするために、本書は序章を含めて5章から構成される。1979年(第3章)、85年(第2章)、91年(第1章)にそれぞれ発表された論文に、今回新しく序章「予備的考察」と第4章「宇垣一成の一五年戦争批判」が書き下ろされた。序章では、明治憲法の不透明さが政治家や軍人によってどのように克服されていたか、なかんずく政党と軍の協調関係が一定のバランスを保っていたことを論述していく。一方で陸軍内部の派閥を具体的に説きつつ、陸軍省軍務局(陸軍大臣-次官-軍務局長-軍務課長)の主流ライン、とくに軍務局長がいかに長州出身者によって占められていたかを指摘する。
 明治陸軍の二つの顔がその後にどう影響したのか。本書の中には著者の自説が具体例を論じたあとにさりげなく書かれている。たとえば明治陸軍内部にはより軍事上の専門知識を求めるグループ月曜会が生まれるが、その過程にふれながら、統帥権の意味がヨーロッパと日本とでは逆であることに注目すべきだと説き、「近代的な軍を守ろうとする性格」の統帥権がなぜ歪(ひず)んだかを読者に考えさせる筆の運びとなっている。
 30年余も前に書かれた論考であるにもかかわらずその視点は正確で鋭い。とくに第3章で1931年9月の満州事変から36年2月の2・26事件までの4年半を丹念に論じ、宇垣一成の系譜を引く南次郎陸相の軍制改革を論じた点、第2章の1915~16年の反袁世凱政策のもとで「支那通」の軍人たちの歴史観、たとえば山県初男らの雲南援助論など辛亥革命後の中国で日本の果たすべき役割(むろん帝国主義的側面もあるが)を分析しての特徴を吟味すると、著者によって研究の枠組みが広がったことが改めて理解できる。
 本書の圧巻は、宇垣一成について著者なりの視点で描きだした軍人・政治家像にあるのではないか。この軍人についての研究は未(いま)だ充分とはいえないが、著者はこの軍人が明治陸軍の功罪を背負いながら大正時代を動かし、そしてその系譜の者が昭和で紡ごうとした流れを冷静に記述している。
 それゆえ日記をもとに昭和の宇垣の心情を解きほぐしていく第4章は首肯できる。もし東條英機でなく宇垣首相なら日米戦争は避けられたかの仮説は説得力がある。
    ◇
 筑摩書房・2730円/きたおか・しんいち 48年生まれ。政策研究大学院大教授(日本政治外交史)。立教大教授、東京大教授を経て現職。04~06年は日本政府国連代表部次席大使。著書『日本陸軍と大陸政策』『清沢洌(きよし)』『日米関係のリアリズム』など。
    --「書評:官僚制としての日本陸軍 [著]北岡伸一 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2012年10月21日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012102100010.html
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自分自身、「判断ができない」“真空地帯”ってヤツが、生活世界の中には存在するなあ

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 政治に情熱は必要だが距離をおくことが必要である。政治はきわめて厳粛〔重大〕な行動であるからむしろ生一本の情熱ではだめであるという paradox がある。 a sence of humour があるということは、観念に人間が使われず、人間が観念を使うために必要である。
    --『丸山先生・政治学』東京大学出版会教材部、1961年、17頁。
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twitterまとめで恐縮ですがとりあえず載せておきます。
ちょっと眠気いれど、そんでたぶん、あとでブログにまとめると思いますが、少しだけ。自分自身、「判断ができない」“真空地帯”ってヤツが、生活世界の中には存在するなあという話です。
まとまっていないし呑んでいるしすいません(←っていつもやねんというツッコミはナシで
市井の職場が小売りの販売職なので、まあ、対面コミュニケーションの世界です。細かくは言及できませんが、今日、少し大クレームに発展した不手際がありました。端的にいうと、規定通りの対応に対してお客様が「おい、てめぇ」ってよくある誤解のひとつです。一次対応者は状況説明したものの謝罪はせず。これが激怒へ。
はっきり言ってしまえば、まず「謝る」っていうのが「案件クローズ」の第一初動です。しかし対応者…ベテランなのですが…所作の説明はしたのですが、「申し訳ありませんでした」の一言が最初に出てこなかった。そこを突かれました。そんで機関銃のように暴言を浴びせられましたので立ちつくすのみという事態へ。まあ、氷りついてしまったという訳です。
※しかし、謝るっていうのはものすごく生命力を浪費するアレなんです。
企業社会の論理で言えば、そこで「我慢」して「申し訳ありませんでした」と言えばすんだのでしょうが、対応者は二の句をつなぐことができず、固まってしまった。そこで小さな掛け違いが大きな問題へと「炎上」という寸法です。二次対応は後日、上席者対応へ移管されました。
論理的な整合性としては、対応者の説明責任で“済む”事案でありました。しかし、自身の所作を“否定”されたと感じたお客様は、「それはともかく……」謝れよって話です。
ここで、対応者に対して、「おまえ、“仮象”にすぎない企業論理なんだから“我慢して頭さげろ”」というのもたやすい。同時に、「あなたは、“仮象”にすぎない企業論理に対して、魂の立場から“NO”をつきつけた。頭をさげる必要はない」というのも否定できない。
しかしまあ、どちらも「仮象」な訳ですけれどもネ
頭を下げた方が賢明なのか。うまく仕事をする上ではイエスだと思う。しかし論理的整合性と自身の魂に忠実であろうすれば、下げないのがイエスなのでしょう(その最悪の場合には職を失うというリスクも随伴する)。私自身は、「こうしろ」とは言い切ることができなかった(ガキだから。どちらもイエスでありノーなんです。
前者に準拠した方が、生活を遂行するという意義では「賢い」生き方であると思う。しかし、自身に忠実であろうとすると齟齬をきたす。その意義では、それは生-権力の構造に「籠絡」された生き方だから「NO!」と言うべきともいえる。しかしそれはストレートに生きる糧を失わせてしまうことにもなりかねないし、魂をゆがめてしまうことにもなる。
そうすると、「ごめんなさい」といってしまった方がはやいというのは理解できるけれども、それに問題があるから抵抗せよというのも理解できるけれども、どうすればいいのかと頭を抱えてしまう。対応者に対して私は上席者として「次は『申し訳ございません』って、お願いしますよ」と示唆すると思う。しかしその先の振る舞いも否定できない。
その所作を批判したり称揚したりすることはたやすい。しかし、生活世界においては、イエスともノーといえない「真空地帯」は存在するなあと思った。いろいろな議論が世の中には存在する。そうしたほうがいいというのはわかっていると思っていることも多々ある。しかし選択できない場合もある。
その言葉を失う地平において、どのように振る舞っていくのか。「おまえな、そうなっているからやれよ」っていうのもナンセンスで説得力がない。と、同時に、その含み置きを斟酌せずに「それは籠絡からの解放だから、がんがん攻めたほうがいい」と無責任にいうこともできない。
人間世界にはこういう局面が多いと思う。そしてその忸怩たる地平に立ちつくそうとするからオレはダメやろうだとも思う。
以上。
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覚え書:「今週の本棚:高樹のぶ子・評 『死について』=辻井喬・著」、『毎日新聞』2012年10月21日(日)付。

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今週の本棚:高樹のぶ子・評 『死について』=辻井喬・著
 (思潮社・2940円)
 ◇先立った人へ、負い目に満ちた詩の重さ
 詩集の書評は初めてのこと、しかも死がテーマとあれば、作者にとっての死、すなわちこれまで生きてきた短くはない人生すべての認識が言葉になった一冊に対して、評者に出来ることと言えば、その認識に対抗する、あるいは押し潰されて流れ出す、もう一つの詩でしかあり得ないだろう。私小説的にではなく、詩的アプローチでしか扱えないと気付いたことは発見であり、評する立場としてははなからの挫折でもあった。
 死はもとより、生者の認識だ。体験者によって検証が出来ない認識。それゆえ自分の死を語ることは、選別された「詩の言葉」の発光以外の方法では不可能になる。その死は発光体ゆえに、誰も検証はできない。検証できないが確かにそこに在る言葉。読者は手を翳(かざ)しながら、想像力をフル稼働させて受感するしかないのが死というわけだ。
 けれど自分の死への予感を通して、すでに死んだ人間の死を語るなら、そこに検証のまなざしが生まれてくる。過去の死者と未体験の自分の死を重ね合わせて、迫り来る死を実感する方法だ。そのことで死は具体的な意味を持つ。
 この詩集を読むあいだ、作者が男性であることを、常に強く意識させられた。「男の死」とはこういうものかとも考えた。
 作者は病を得て長い病院生活を送り、手術の体験を通して死を予感する。けれどそこで予感されるのは、「ぎりぎりのところで戦地に征(い)かずに済」み、「空襲、疎開、敗戦、復興闘争、反米運動と、いろいろな体験を潜り抜けてきた」「戦死できずに生き残ってしまった」自分の死なのである。詩人にとっての死は、身体に訪れる現象以上に、歴史的社会的な側面からのまなざしによって追求されていく「未知のテーマ」でもある。
 自身の身体の衰亡も含めて、死をこのような広い時空に乗せて思考するのは、詩人が男性であるからだ。女性は肉体的な実感をまず手前に置いてしか死を想像できない。本詩集に「男性の死」を直感したのは、私が女性であるからに違いない。別の表現をすれば、女性は自分の(あるいは身近な人間の)死を想像し語ることは出来るが、歴史的社会的な死を、詩の言葉に置き換えることが極めて難しいのだとも言える。
 この違いを突き詰めて行くと、実はあらゆる局面に行き着く。死の意味として大義を求める男性に対して、女性は新たな生命の循環のひとつとして死を捉えるだろう。男性が死を前にして意義や美を求めるのに対して、女性は生命が次世代に続けばその継続だけで満足する。さらに言えば、「男性の死」は単発的に独立しているのに対して「女性の死」は盛亡の現象でしかない。この違いをとことん極めて行けば、死の意味を常に噛(か)みしめて生きた武人世界と、美というものが人の死によって断絶するとは考えなかった公家文化の女性性にまで、辿(たど)り着くかも知れない。
 作者はあとがきで、「この詩集はどう生きるかではなく、美しく死ねないという枠のなかで死について考える作品集なのだ」と書く。
 誠実に、美しく死にたいと願う作者の、先に死んだ人間への負い目に満ちた言葉の重さ。
 けれど生の数ほど死は在るのだと考える女性の評者は、あえて詩の(ような)言葉を感想としてここに置くしかない。人間は考え悩み生死の意味を求める「葦(あし)」ではあるけれど、「葦」に死は無く繁茂は続くのだと。それが希望であるか絶望であるかは別にして。    --「今週の本棚:高樹のぶ子・評 『死について』=辻井喬・著」、『毎日新聞』2012年10月21日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121021ddm015070005000c.html
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覚え書:「今週の本棚:『幸福度をはかる経済学』=ブルーノ・S・フライ・著」、『毎日新聞』2012年10月21日(日)付。

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今週の本棚:『幸福度をはかる経済学』=ブルーノ・S・フライ・著
 (NTT出版・3570円)
 このところ、幸福をめぐる本が目につく。あえて幸福を論ずることが求められる時代とは、はたして何なのだろうか。本書の原著名も『幸福』、そしてサブタイトルが「経済学の革命」。経済学の歴史で、これまで「革命」と称されたのは、一八七〇年代の「限界革命」と、一九三〇年代の「ケインズ革命」だ。著者の意気込みのほどがうかがわれる。
 戦後の経済学の歴史は、それこそ数学的精緻化と計量化を軸に疾走してきた。でも、それが人間とどう結びついてきたのかと問われれば、きっと多くの経済学者は、言いよどんでしまうのではないか。
 著者はすでに同じテーマの共著『幸福の政治経済学』(邦訳はダイヤモンド社)があるが、今回は、もっと包括的で、幸福をめぐる経済学の現在位置を確かめるように議論が進められている。所得、失業、インフレ、格差、公共財等々、経済分野はもちろん、民主主義、ボランティア、結婚等々、学問分野を越境して議論は進む。決して読みやすいとは言えないけれど、お手軽に幸福が解明できるはずなどないのだから、ここはじっくりと味わうことにしよう。=白石小百合訳(達)
    --「今週の本棚:『幸福度をはかる経済学』=ブルーノ・S・フライ・著」、『毎日新聞』2012年10月21日(日)付。
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もし我々がピカソとダリのどちらかを選ぼうとすると、この世で理想的な絵がモナリザだという診断(たとえそのような先験的診断が可能であるとしても)を行っても何の役にも立たない。

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 先験的アプローチの問題は、単に正義の評価にとって適切だと主張しうる、競合する原理が複数、存在しうるということのみから生じるのではない。完全に公正で特定可能な社会的取り決めが存在しないという問題は重要であるが、正義の実践理性に向けての比較によるアプローチを指示する決定的に重要な議論は、単に先験的理論の実行不可能性にあるのではなく、その過剰性にある。もし、ある正義論が理に適った政策や戦略や制度の選択に導いてくれるなら、完全に公正な社会的取り決めを特定するなどということは必要でもないし十分でもない。
 例で示せば、もし我々がピカソとダリのどちらかを選ぼうとすると、この世で理想的な絵がモナリザだという診断(たとえそのような先験的診断が可能であるとしても)を行っても何の役にも立たない。それは聞いておもしろいかもしれないが、ダリかピカソを選ぶという問題にとっては何の関係もない。実際、我々が直面している二つの絵のどちらかを選ぶために、何がこのせかいで最も偉大な、あるいは最も完全な絵かについて語ることは全く必要なことではない。また、選択が実際にはダリかピカソの間で行われるとき、モナリザがこの世で最も完全な絵であることを知ったところで十分ではないし、実際、特に役に立つわけでもない。
 このことは、ちょっと見た目には簡単に見えるかもしれない。しかし、先験的な選択肢を特定するための理論が、その過程を通して、相対的な正義について知りたいことをも語ってくれるということはないのだろうか。その答えは「ノー」であり、そういうことにはならない。
    --アマルティア・セン(池本幸生訳)『正義のアイデア』明石書店、2011年、50-51頁。
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センの『正義のアイデア』(明石書店)、春先にざっくり読んだのですが、今週から読み直し中。ロールズを意識しながら、不正義を減らすことによる正義の確立を論じたものですが、「正義論」の良書ですね。600頁の大部ですが、読みやすくおすすめですよ。
先験的アプローチが無益ではないけれども「もし我々がピカソとダリのどちらかを選ぼうとすると、この世で理想的な絵がモナリザだという診断(たとえそのような先験的診断が可能であるとしても)を行っても何の役にも立たない」。
たしかに、ピカソかダリか議論しているところに、モナリザこそが最高善なのですよ、と言われても困ると言えば困りますよね。
センは不正義を逓減させることに注目しようと説きますが、それまさにピカソかダリかという議論と同じでしょう。しかし、人は、現実をかけ離れて(これも単純な現実か理念かの二元論ではありませんが、傾向として)、最高善をどうしても目指してしまう。そしてそれを把持してから判断を下そうとする。
これはもはや性(さが)なのかもしれませんし、探求が無益というわけでもありません。
ただそれはそれとふまえたうえで、相対的レベルと嘲笑われるかもしれませんが、どちらかが価値的なのか、という生活世界での判断を簡単に切り捨てないようにはしたいものですね。
昨今、そういう「ウエメセ」な議論ばかりですから……。
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覚え書:「今週の本棚:白石隆・評 『世界政治と地域主義』=ピーター・J・カッツェンスタイン著」、『毎日新聞』2012年10月21日(日)付。

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今週の本棚:白石隆・評 『世界政治と地域主義』=ピーター・J・カッツェンスタイン著
 (書籍工房早山・2625円)
 ◇米国の力の下で「地域」はどう編成されるのか
 冷戦が終わって20年余、世界はどう変わりつつあるのか。新興国が台頭し、米国の力が相対的に低下しても、グローバル・ガバナンスのシステムはそれなりに頑丈だという論者もいれば、この20年余、新興国の台頭によって多極主義(マルティラテラリズム)なき多極化が進展し、いまはG0(ゼロ)の時代だという論者もいる。そういう中で、本書は、米国の力はまだまだ強い、しかし、世界は欧州、東アジア、中東等、それぞれに違うかたちで編成された地域から成っており、世界政治を理解するには、それぞれの地域を丁寧に分析しなければならない、という。本書の原題は「地域からなる世界」、まさにそういう見方を直截(ちょくせつ)に表現したものである。
 本書の主旨は、あえて単純化すれば、次のように言えるだろう。米国の力には軍事力のような領域的な力と科学力、技術力のような非領域的な力がある。世界はこういう米国の力の下にあり、それによって支えられている。その意味で、世界は、わたしであれば、米国のヘゲモニーの下にあるというだろうが、著者は、これをアメリカインペリウムと呼ぶ。このアメリカインペリウムの下、地域は、米国の力に浸潤されている。つまり、地域は、砦(とりで)のように高い堅牢(けんろう)な障壁で守られた地域ブロックとしてではなく、海綿のようにいっぱい孔(あな)があいた、多孔的な地域として組織されている。
 しかし、これは、すべての地域が同じように組織されているということではない。それを見るには、欧州と東アジアの地域的な通貨金融秩序を考えればよい。1990年代、欧州でも東アジアでも通貨危機があった。グローバルな金融市場が、安定的な自己調整機能をもたないまま、急速に拡大したからである。しかし、それでも、危機における各国政府の対応には、欧州と東アジアで大きな違いがあった。欧州では各国政府は通貨同盟へ向けて通貨政策の自立性を放棄するのを厭(いと)わなかった。東アジアでは、アジア通貨基金構想は米国によってつぶされ、日本はきわめて限定的な通貨金融協力をチェンマイ・イニシアティヴというかたちではじめることになった。
 なぜ、こういうことになったのか。欧州ではドイツ、東アジアでは日本が、米国のパートナーとして、アメリカインペリウムを支えている。しかし、ドイツは欧州の政治・経済に埋め込まれて、「欧州の中のドイツ」となっている。それに対し、日本は、そういうかたちでは東アジアに埋め込まれていない。その意味で、日本と東アジアの関係は「アジアの中の日本」というより「アジアと日本」、あるいは訳者の工夫した表現では「アジアの横の日本」となっている。そして、これが、米国の力の浸潤の仕方の違いとともに、二つの地域の組織のされ方に決定的な違いをもたらしている。本書はこれを地域的な生産システム、安全保障政策と治安政策、文化について検討し、アメリカインペリウムの下、グローバル化、国際化、地域化の相互作用の中で地域がどう編成され、また変容しつつあるかを明らかにする。
 決して読みやすい本ではない。しかし、内容はひじょうに豊かで、読むたびに新しい発見がある。翻訳は信頼できる。現代世界における米国の力をどう理解するか、日本とドイツは東アジアと欧州でどのような位置を占めるか、そういう大きな問いについて、多くの示唆を与えてくれる良書である。(光辻克馬・山影進訳)
    --「今週の本棚:白石隆・評 『世界政治と地域主義』=ピーター・J・カッツェンスタイン著」、『毎日新聞』2012年10月21日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121021ddm015070021000c.html
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政治はそもそも絶対的に異なっている者を相対的な平等という点で組織するのであって、相対的に違っている者を組織するのとは区別されるのである。

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 すべての人間は、お互いに絶対的に異なっているのであり、この差異は、民族、国民、人種という相対的な差異より大きなものである。その場合、神による《人間》の創造は、複数性のなかに含まれている。しかしながら、政治はこの点ではまるで何も関係ない。政治はそもそも絶対的に異なっている者を相対的な平等という点で組織するのであって、相対的に違っている者を組織するのとは区別されるのである。
    --ハンナ・アーレント、ウルズラ・ルッツ編(佐藤和夫訳)『政治とは何か』岩波書店、2004年、6頁。
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主著『人間の条件』(1955年)と平行して計画されていたのがアーレントの『政治学入門』で、未完のそれの草稿・断片集を編んだのが『政治とは何か』です。
『人間の条件』で展開される議論を「政治とは何か」という根源的問いという立場から、つねに真理に忠実であろうとしたアーレントの整理された筆致に驚くばかりですが、冒頭に引用したのは、その最初の箇所のまとめの一節です。
まずアーレントの出発点とは何かと考えると、20世紀の二つの事件がその出発に位置しております。一つは、全体主義の成立であり、ひとつは原子爆弾の登場です。彼女のいう「戦争と革命が我々の正規の基本的な政治経験をなしている」という点でしょう。
どのようなイデオロギーに準拠しようとも全体主義の成立とは、人間の自由を完膚無きまでに廃絶するものであり、技術的手段としての原子爆弾の登場は、存在そのものを脅かすものとして人間に対峙している。
こうした状況を前に、アーレントは、ギリシアのポリスの伝統へ立ち戻りながら、自由と同義である政治という観念を新しくしようと試みる。
「政治とは人間の複数性という事実に基づいている」。
政治とは、「違った者たちが共生する」ことに意義がある。だとすれば。「違った者たちが共生する」こととは、同質な者の共生を組織することには基づいていない。
「政治はそもそも絶対的に異なっている者を相対的な平等という点で組織するのであって、相対的に違っている者を組織するのとは区別されるのである」。
そして、アーレントが強調するのは、政治は人間「の中に」ではなく、人間「の間に」生じるものということ。異なる人間の自由と自発性は、人間の間の空間が成立するための必要な前提となってくる。その空間の中において、本当の意味での「政治」が可能になる。
「政治の意味は自由である」。
アーレントの政治理解をふまえた上で、現在の日本の状況を振り返ってみるとどうだろうか。
「政治の意味は自由である」ではないし、「違った者たちが共生する」ことに意義をおいていないことだけは確かであろう。
ふぅ。
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覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評 『肯定の心理学--空海から芭蕉まで』=熊倉伸宏・著」、『毎日新聞』2012年10月21日(日)付。

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今週の本棚:村上陽一郎・評 『肯定の心理学--空海から芭蕉まで』=熊倉伸宏・著
 (新興医学出版社・2625円)
 ◇自他を超えて響き合う「開き」への誘い
 自殺願望の女性がひとり。幼児体験の問題を抱えていた上に、最近最も親しくしていた友人を突然失った結果である。ハイデガーを含む哲学・思想に沈潜し、研ぎ澄まされた知性と感性を備えている。「あなたを愛している人がいるから」、「あなたの命はかけがえのないものだから」。こうした「やさしい言葉」は、その女性のこころに響かない。親友が死んでも、自分は「生きている」。とすれば、それらの言葉の真実はどこにあるのだろう。
 この女性と業務上向き合わなければならなかった精神科医がひとり。永年すぐれた臨床家として経験を積みながら、このクライアントを前に、かなりな時間沈黙せざるを得ない。心の治療の専門家としての、あらゆる可能な技術も言葉も、ここでは相手に届かない。この絶体絶命の立場に立たされた医師は、最後に、素直にこう言う。「死にたいと聞くと私には生きたいと聞こえるのだよ」。この医師の反応を、相手の言葉を逆手にとった説得の、あるいはまして、多少の皮肉を込めたやりこめの言葉ととってはならない。そのとき医師は、一切の技巧無く、相手と一体化し得ており、その状態から自動的にあふれてきた言葉が、その反応だった。
 その医師が、本書の著者である。著者は、そのときの状況を、空海の世界観を使って理解しようとする。空海とは突然のようだが、最新の科学的精神医学に立ちながら、著者の思想遍歴は長い。万巻の哲学書に接するのはもとより、師と仰ぐ土居健郎を通じたキリスト教への関心、あるいは四国での遍路をやり遂げた経験など、宗教的境地への理解も深い(自身は今でも、どの宗教の信徒でもない、と言われるようだが)。そうしたなかで、空海の『声字実相義(しょうじじっそうぎ)』に出会う。
 難しそうで、実際難しいはずだが、著者は、自分の臨床体験と重ねながら、空海の言葉を、自分の言葉に置き換えて、平明に述べていく。その言葉一つ一つが、それ以外にはあり得ない思いで綴(つづ)られていると思われるので、ここで、さらに評子が、解説的に読み替えるのは憚(はばか)られるし、結果はある意味で陳腐なものになる懼(おそ)れが大きい。つまりは本書(大きなものではない)に直接あたって戴(いただ)くほかはないのだが、それでは役目が果たせないので、ごく簡単な骨子を述べてみよう。近代的個我の成立によって、人間は「他者」と切り離される。このとき「他者」とは、必ずしも「人間」だけを意味しない。むしろ「自然」全体と言ってもよい。ここでも「自然」は本来「人間」と対立させられたものではなく、要するに「全世界」とでも言うべき何かであろう。「閉ざされた自己」を世界に向かって開くとき、自他の区別を超えたすべてが響き合う状態が生まれる。
 閉ざされた自己に向き合う世界は、いやでも、自己に対して死を考えさせる。しかし、開かれた世界のなかでは、自他、否定と肯定の対立を超えた「全肯定」の契機が生まれる。
 こんな風に纏(まと)めてしまうと、その話ならハイデガーにある、とか、この言い分ならフロイトが、ユングがすでに、という反応があるに違いない。確かに、別に空海を通じなくとも、同じような境地へと誘うものは、多々あるのかもしれない。しかし、本書における著者は、空海の書のなかに、この、一言で言ってしまえば「開き」を得たのであり、その経緯は極めて説得的である。つまり、最初に述べた女性のクライアントに対する医師の言葉は、まさに、この「開き」のなかで生まれたものだったのである。
 本書の後半は、芭蕉の生涯を、「憂さ」から「寂しさ」へのこころの変遷という形で、病跡学的な手法によって追いながら、「寂しさ」に対抗するために、近代人は「自立した自己」、「自我の確立」で武装したことを指摘する、ユニークなエッセーになっている。エッセーと書いたが臨床家にとっては、大切な指針ともなるのでは、と思う。俳句との関連では、黒田杏子氏との交遊から、アビゲール・フリードマンの『私の俳句修行』(中野利子訳、岩波書店、二〇一〇年)を取り上げたエッセーが付されている。これもユニークな視点が盛られた、すぐれた書評になっている。書評欄で、扱う本のなかの書評を紹介するのも、いささか興味ある体験となった。
 最後に、評子自身は、キリスト教の片隅に身を置く人間だが、仏教への関心も決して希薄ではなかったつもりである。とりわけ道元の書は座右にあると言ってもよい。それなりに、理解も届いている、と思ってきた。しかし、本書を読んで、自分の仏教への理解が、やはり机上のものでしかなかったと思い知らされた。著者の空海へのアプローチを、仏教の専門家がどのように評価されるか、評子には皆目判(わか)らない。しかし、少なくとも評子は、本書によって、仏教の根本に、大きく啓(ひら)かれた、という思いしきりである。その意味で、熊倉さん ありがとう。
    --「今週の本棚:村上陽一郎・評 『肯定の心理学--空海から芭蕉まで』=熊倉伸宏・著」、『毎日新聞』2012年10月21日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121021ddm015070030000c.html
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覚え書:「みんなの広場 歴史的な友好関係を壊すな」、『毎日新聞』2012年10月20日(土)付。

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みんなの広場
歴史的な友好関係を壊すな
主婦63(東京都板橋区)
 11日の発信箱の「急ぐと悪魔が手伝う」という格言を読み、ガンジーの「善きことはカタツムリの速さでくる」という言葉を思い出した。
 今、領土をめぐり隣国との関係が危うくなっている。私は日中の交流がまだ行われていなかった1968年、19歳の時に「日中国交正常化の提言」が行われた場所にいた。そのことにどのような意味があるのかも理解できなかったが、隣国との交流がいかに大切かが、時を経るごとに分かるようになった。
 日ごろ手にする商品は中国製が圧倒的に多く、長男は日中の貿易を行う会社に勤務している。日常的に中国語や韓国語が飛び交い、周りにも中国人や韓国人の友人、知人が少なからずいる。
 飛行機に乗って下を見下ろすと、どこにも境界線などは見えない。そこにいるのはさまざまな生き物だけである。長い月日をかけてできた関係を壊してはならないと痛切に思う日々である。
    --「みんなの広場 歴史的な友好関係を壊すな」、『毎日新聞』2012年10月20日(土)付。
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覚え書:「今週の本棚:昭和後期の家族問題=湯沢雍彦」、『毎日新聞』2012年10月21日(日)付。

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今週の本棚:昭和後期の家族問題
湯沢雍彦
(ミネルヴァ書房・3675円)
家族の姿が、戦後から昭和末期までどのように変わってきたかを経済、教育、文化などの側面から浮き彫りにする。データと資料は膨大だが、かみくだかれた文章でわかりやすい。市井の人の声も丁寧に拾い集められ、お茶の間の風景が静かによみがえる。
著者は御茶の水女子大名誉教授で、家族研究の第一人者。本書は『大正期の家族問題』『昭和前期の家族問題』に続く完結編。
終戦直後は食糧難とともに結婚難でもあった。世話を焼いてくれた地域、親戚づきあいが戦争で壊されたからだ。そこで盛んだったのが「集団見合い」というのだから現代の“婚活”を重ねてしまう。渋谷にはラブレターを代筆する店のある恋文横丁もあった。昭和60年代になると、結婚しない女・したくてもできない男が増えていくが、ある地域は「結婚と無縁」だった。その分析は、今の社会に大いに参考になりそう。
 ラジオドラマ「君の名は」、小津安二郎の映画「東京物語」などを、社会状況に照らして鑑賞するひと味違った文芸評も楽しい。昭和生まれなら「そんな時代だったなあ」とほろ苦く振り返ることができる。(真)
    --「今週の本棚:昭和後期の家族問題=湯沢雍彦」、『毎日新聞』2012年10月21日(日)付。
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ひとりのふたをする者(リッダイト)および覆いをかける者(キャピスト)として

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 彼ら(一パーセント)は、私たちに要求が欠けている、などと言っています……たぶん彼らは知らないのでしょう、私たちの怒りだけで十分に彼らを破壊するに足りるということを。それでもここで私はいくつかの「革命を前にした」考えを皆さんに提示して、ともに考えていただきたいと思います。
 私たちは、不平等を生産するこのシステムにふた(リッド)をしたいリッダイトだ。
 私たちは、企業と個人による富と財産のとめどない蓄積に覆い(キャップ)をしたいキャピストだ。
 ふたをして覆いをかけたい者(リッダイトとキャピスト)として、私たちは次のことを要求します。
 一つ。企業活動における重複所有の禁止。たとえば、武器生産企業がテレビ局を所有した入り、鉱山会社が新聞を発行したり、企業が大学に資金を提供したり、製薬会社が公共の福祉健康予算をコントロールしたりすることがあってはならない。
 二つ。企業活動における独占所有の禁止。つまり、ひとつの企業は市場で一定の株しか所有することができない。
 三つ。天然資源や基本的な社会設備、たとえば、水の供給や、電気、健康、教育などは私有化されてはならない。
 四つ。あらゆる人に住む場所と、教育と健康保障の権利が認められなくてはならない。
 五つ。親の富が子どもに引き継がれてはならない。
 この戦いは、私たちの想像力をふたたび喚起してくれました。どこかでいつのまにか資本主義は、正義の概念をたんに「人権」を意味するものに矮小化してしまい、平等を夢見ることを罰当たりだと貶めてきました。私たちが戦っているのは、システムを改良しようとしていじくるためではない、このシステムそのものを置き換えるためなのです。
 ひとりのふたをする者(リッダイト)および覆いをかける者(キャピスト)として、私は皆さんの闘いに挨拶を送ります。サラーム、そしてジンダーバード。
    --アルンダティ・ロイ(本橋哲也訳)「帝国の心臓に新しい想像力を--ウォール街占拠運動支援演説」、『民主主義のあとに生き残るものは』岩波書店、2012年、5-6頁。
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インドの作家・アルンダティ・ロイ女史が、2011年11月16日、「帝国の心臓に新しい想像力」と題し、ウォール街選挙運動を支援するスピーチをしました。
冒頭に掲載したのはその末尾からです。
日本では、不正義を指摘する「声」を「流行性感冒」の向きに受容するきらいがありますが、それはまさに「帝国」によって利益誘導された見方でしょう。
人権が意味する者はたんなる“パイ取りゲーム”としての「正義」概念とは異なるし、平等を夢見ることは「罰当たり」なことではない。
想像力を更新する必要がありますね。
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覚え書:「JA全中・万歳会長:脱原発へ 農業用水で水力発電」、『毎日新聞』2012年10月19日(金)付。

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JA全中・万歳会長:脱原発へ 農業用水で水力発電
 脱原発を決議した全国農業協同組合中央会(JA全中)の万歳章(ばんざい・あきら)会長は18日、毎日新聞のインタビューに答え、太陽光発電や小水力発電など再生可能エネルギーの事業化に取り組む考えを明らかにした。JA全中などによると、全国の農村部にある農業用水路の総延長は40万キロあり、原発1基分に当たる100万キロワットの発電が可能。万歳会長は、政府の再生可能エネルギー固定買い取り制度を活用し、電力会社に売電する考えを示した。
 農業用水を利用した小水力発電は、年間を通して安定した発電が可能で、JAグループでは広島県など中国地方を中心に38施設が稼働している実績がある。万歳会長は小水力発電について「まだまだ拡大できると思っている。原発のように後始末ができないエネルギーよりも、代替エネルギーの方向に行くべきだ」と述べ、脱原発への取り組みを強調。「潜在的な資源はあり、農業復権のひとつの力にしたい」と、再生可能エネルギーの可能性に期待を示した。【川口雅浩】
    --「JA全中・万歳会長:脱原発へ 農業用水で水力発電」、『毎日新聞』2012年10月19日(金)付。
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http://mainichi.jp/select/news/20121019k0000m020131000c.html
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覚え書:「書評:茂吉 幻の歌集「萬軍」―戦争と斎藤茂吉 [編著]秋葉四郎 [評者]出久根達郎(作家)」、『朝日新聞』2012年10月14日(日)付。

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茂吉 幻の歌集「萬軍」―戦争と斎藤茂吉 [編著]秋葉四郎
[評者]出久根達郎(作家) 
■戦争歌は「時が批判する」
 戦争末期、歌人の斎藤茂吉は、出版社の「決戦歌集」シリーズに応じて、自ら詠んだ戦争歌の中から、二百二十余首を選び浄書した。『萬軍(ばんぐん)』と命題し、原稿を送った。
 ところが程(ほど)なく終戦となり、これは「幻の歌集」となった。原稿は茂吉の高弟が預かった。ふしぎなことに、いつからか謄写刷りの『萬軍』が、古書店に出回り始めたのである。安い金額ではない。何者の手になるものか。全くわからない。やがて、同歌集は同じ書名で公刊された。
 本書は茂吉の自筆原稿と、二種の歌集及び茂吉全集収録の作の差異を検証したものである。歌の場合、一字違っても意味が変わってしまう。「敵」のルビも全集では「あた」だが、原稿は「てき」である。
 謄写本と公刊本に「あなあららけし」とある語は、原稿では「あなあきらけし」だ。
 本書には自筆原稿の写真版が載せられている。自分の戦争歌は「時が批判する」と茂吉は言った。字句の正誤の次は、内容の再検討だろう。
    ◇
岩波書店・2205円
    --「書評:茂吉 幻の歌集「萬軍」―戦争と斎藤茂吉 [編著]秋葉四郎 [評者]出久根達郎(作家)」、『朝日新聞』2012年10月14日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012101500014.html
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デモクラシーの理念には指導者のないことが適応している

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 デモクラシーの理念には指導者のないことが適応している。プラトンがその『国家篇』(第三篇九章)で、理想国家では卓越した素質をもつ人物、天才がいかに遇せられねばならないかとの問いに対し、ソクラテスをして答えしめた言葉はまさにこの精神から発したものである。「われわれは彼を崇拝に値いし、驚嘆すべくかつまた敬愛すべき人物として尊敬するであろう。しかしわれわれは、このような人物はわれわれの国家に存在しないし、まだ存在してはならないことを彼に気づかせたのち、彼の頭をオリーブ油で塗り、花環で飾りつつーー国境の彼方へ見送るであろう。」指導者的性格をもつ人物は、理想的デモクラシーでは占めるべき場所がない。しかしデモクラシーの自由理想、支配のないこと、従って指導者のないことは、いまだかつて近似的にも実現せられたことはない。何となれば、社会的現実は支配であり、指導であるからである。
    --ケルゼン(西島芳二訳)『デモクラシーの価値と本質』岩波文庫、1966年、108頁。
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このところ物騒な発言をよく耳にする。しかもそのほとんどは、公僕と呼ばれる立場の人々から発せられるものだから、余計に驚いてしまう。、
民主主義社会においては、立法を担当する政治家にしても、行政を担当する公務員においても、ともに民主主義の主人公である主権者の「公僕」にすぎないし、日本国憲法によれば、彼らは、憲法遵守義務が課せられている。
*ちなみに日本国憲法の遵守義務は、国民には課せられていない。
さて、権力の遂行を付託された代理者にすぎない人たちの見解で最近よく耳にするものの一つが、「現行の制度に問題があるから改革しなければならない」というリードではじまる言説であろう。
そのことはよくわかる。しかしそのあとが問題である。すなわち「問題があるから、いっそうのこと、その制度やシステムまでぶっ壊してしまえ」という威勢のよい言説である。
都合よくメディアによって「ヒーロー」にされた彼、彼女たちは、最近その辺りまで踏み込み、拍手喝采を受けることが多いようだ。
問題解決に向けて、制度設計の見直しや再建は必要である。しかし、自身が立脚している最高規範や民主主義のそのものを否定する言辞は、必要ないし、そもそもそのこと自体が、主権者に対する造反行為であろう。
拍手を送りひとたちも、そして愚言を弄するエラいひとたちも、その言葉そのものを精査して欲しい。
民主主義とはそもそも、一部のエラいひとや有名人によって「指導」される制度やではない。そして代議制は、丸投げでもなければ、disりのネタでもない。
こうした基本的ルールを、相互に無視し、「やいのやいの」と床屋談義に熱を入れる結果はどうなるのだろうか。
詳しく言及するまでもあるまい。
冷静になれ!ということではない。不義に対する怒りをどのように筋道をつけていくのか。
そのことを考える必要はあると思う。そして言説空間を保障する肝を忘れてはいけない。いまは前世紀と違い総言及社会かつ炎上社会である。「毒」がまわるのは前世紀以上に早いから。
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覚え書:「メインストリーム 文化とメディアの世界戦争 [著]フレデリック・マルテル [評者]渡辺靖」、『朝日新聞』2012年10月14日(日)付。

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メインストリーム 文化とメディアの世界戦争 [著]フレデリック・マルテル
[評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)

■文化の向かう先、巨視的な視点で
 低迷を続ける政治や経済を横目に、マンガ・アニメからファッション、料理まで、日本文化はこの10年で影響力を飛躍させた。
 しかし、市場の細分化と国際競争が進むなか、10年後には日本を取り巻く文化の地政学が激変している可能性も少なくない。
 世界の文化の潮流はどこに向かっているのか。日本の強さと弱さとは。巨視的な視点から考えさせてくれる力作が現れた。
 著者はフランスの元・文化外交担当官。世界30カ国を訪れ、ボリウッドからアルジャジーラ、韓流ドラマ、Jポップまで、1200人以上の関係者を取材した。
 見えてきたのは米文化のしなやかな底力と、その覇権に挑むアジアやアラブ、中南米の国々のしたたかな世界戦略だ。
 米文化については「アメリカ人は見事な文化モデルを築き上げた」とし、たとえば大学やコミュニティー、非営利部門が果たしている役割に注目する。
 テレビから映画、演劇、音楽、出版まで、米国が文化大国となった理由を巨大資本の存在のみに帰結させるのは「うわべしか見ない人々の批判」だと一蹴する。
 また、米国が他国に文化を一方的に押し付けているとする「文化帝国主義批判」についても、文化の受容をめぐる複雑な現実を示しながら疑問を呈している。
 米国赴任中の4年間に全米35州の110都市を踏査した著者の実感だけに説得力がある。
 本書の後半は身が引き締まるエピソードの連続だ。
 たとえば、韓国は北朝鮮の世論に働きかけるべく「中国の闇市場を経由して韓国ドラマを北に送り込む迂回(うかい)戦術」をとっているという。
 中東ではサウジアラビアの放送局が同国と冷戦状態にあるイラン向けの放送をドバイ経由で活発化している。イランとのつながりが深いドバイは、欧米の国際放送局にとっても戦略的な拠点だ。
 文化に国際政治の厳しい現実が重くのしかかっている点は日本では見過ごされがちだ。
 もちろん、文化とはエンターテインメントでもある。
 著者によれば、10代前半に声や外見でスカウトし、一人何役もこなせる多目的な「アイドル」として養成するのは日本や韓国に特有の現象だという。
 Kポップを代表する「少女時代」のように、世界展開を見据えて複数の言語に対応させる近年の傾向は、グローバル化の実像や本質を読み解くうえでも含蓄深い。
 ルポルタージュとしても優れた本書に触れることで、日本の中だけでは気付くことのなかった、もう一つの「AKB白熱論争」も可能になるはずだ。
    ◇
林はる芽訳、岩波書店・3780円/Frederic Martel 67年生まれ。作家・ジャーナリスト。『超大国アメリカの文化力』でアメリカ・フランス文学賞。パリ政治学院で教えるかたわら、書評・文化情報サイト(nonfiction.fr)を主宰。ラジオでトーク番組の司会も。
    --「メインストリーム 文化とメディアの世界戦争 [著]フレデリック・マルテル [評者]渡辺靖」、『朝日新聞』2012年10月14日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012101500005.html


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覚え書:「ニュースの本棚:デモと代議制 宇野重規さんが選ぶ本 議会制と民主主義は異質か」、『朝日新聞』2012年10月14日(日)付。

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デモと代議制 宇野重規さんが選ぶ本
[文]宇野重規(東京大教授〈政治思想史〉)
■議会制と民主主義は異質か
 首相官邸と国会議事堂を包囲するかのように集まった反原発デモに対し、あたかもそれがなかったかのように振る舞う首相と議員たち。このコントラストはあらためて私たちに民主主義とは何かを考えさせた。
 国民の代表である議員を通じて意志決定を行うことを、代議制民主主義という。教科書的にいえば、すべての国民が集まることが不可能である以上、その代替策として採用されたのが代議制である。しかしながら、国会は本当に国民の多様な声を反映しているといえるのか。誰しもがそのような疑問を抱いた瞬間であった。
 そもそも議会制と民主主義は異質だという議論がある。古代ギリシャでは、すべての市民が集まって決定を行う民会の制度に加え、あらゆる公職は抽選によって選ばれていた。それと比べれば、選挙によって選ばれる議員たちによる議会制は、元々民主主義とは別のものだというわけだ。
■「喝采」と討論と
 このような議論をもっとも先鋭化させたのが、ドイツの思想家カール・シュミットの『現代議会主義の精神的地位』である。シュミットにいわせれば、議会制の本質は独立した議員による公開の討論にある。これに対して民主主義とは、一つにまとまった人々の声であり、いわば喝采である。
 両者は本来異質であると考えたシュミットが、いまや矮小(わいしょう)な取引の場と堕した議会に対し、直接的行動主義が台頭しつつあると警告したのは1920年代のことであった。議会制の精神的基盤を問い直したシュミットの議論は古くなっていない。
 代議制民主主義の危機を考察した古典といえば、カール・マルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』がある。労働者の貧困が深刻な問題になっていた19世紀半ばのパリに、マルクスは滞在する。不満を募らせる議会外の人々と、党派対立に明け暮れる議会の対立が、結果的にナポレオン3世のクーデタをもたらしたとマルクスはいう。
 立ち上がった労働者たちの蜂起に対し、議会内諸政党は秩序派を形成してこれを弾圧する。とはいえ、その秩序派もやがて自滅の道を歩む。両者の共倒れを利して台頭したのが、ナポレオン1世の甥(おい)であった。いわば、社会の諸対立をよく代表しえなかった代議制の矛盾がこの事件をもたらした。そう読み解くマルクスの分析は鮮やかである。
 ある意味で、自らを批判する外部の声を否定したときに議会制は自壊する。かといって、立ち上がった人々の思いも、それが政治的に適切に反映されることがなければ、いつか行き詰まる。代議制と直接民主主義が相互を否定し合うとき、民主主義そのものが危機となるという過去の教訓から何かを学ばなければならない。
■面倒と向き合う
 その意味で、年越し派遣村で知られる湯浅誠の『ヒーローを待っていても世界は変わらない』は興味深い。官邸での経験を踏まえ、現在の拠点である大阪の現状を論じた湯浅は、民間の運動と行政の論理の違いや、利害を調整する民主主義の面倒くささを強調する。
 それでも湯浅は、「自分たちで決める」のが民主主義だと説く。主権者である私たちが自ら動き、社会をつなぎ、政治家や行政を動かしていく。そこにしか答えはないだろう。
 ◇うの・しげき 東京大教授(政治思想史) 67年生まれ。著書に『〈私〉時代のデモクラシー』など。
    --「ニュースの本棚:デモと代議制 宇野重規さんが選ぶ本 議会制と民主主義は異質か」、『朝日新聞』2012年10月14日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/column/2012101500003.html
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西洋におけるヒューマニズムの源泉となったギリシア哲学においては知性も或る直観的なものであった

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西洋におけるヒューマニズムの源泉となったギリシア哲学においては知性も或る直観的なものであった。直観的な知性を認めるのでなければプラトンの哲学は理解されないであろう。ルネサンスのヒューマニズムにおいても同様である。デカルトは近代の合理主義の根源といわれるが、彼においても知性は一種の直観だったのであり、直観の知的性質を明らかにしようとする現代の現象学はデカルトを祖としている。正しいものと間違ったもの、善いものと悪いものとを直観的に識別する良識 bon sens というのも出かるとの理性 raison といったものから出ていると見ることができる。知性と直観とを合理的なものと非合理的なものとして粗野に対立させることは啓蒙思想の偏見であり、この偏見を去って直観の知的性質を理解することが大切である。しかし今日特に重要な問題はデカルト的直観でなくむしろ行為的直観である。行為的直観の論理的性質が明らかにされると共に人間というものの実在性が示されねばならぬ。近代のヒューマニズムは個人主義であることと関連して人間を単に主観的なものにしてしまった。新しいヒューマニズムは行為の立場に立ち、従って人間をその身体性から抽象することなく、そしてつねに環境においてあるものと見ることから出立して、人間の実在性を示すことができる。しかるに身体性の問題はパトスの問題である。パトスは普通いうように単に主観的なものでなく、それなしには人間の実在性も考えられないようなものである。
    --三木清「新しい知性」、『哲学ノート』新潮文庫、昭和三十二年、16ー17頁。

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単純に主観と客観を対立させ、主観なるものを恣意的なもの、そして客観なるものを厳正な立場と割り切ることは、哲学的思索とは無縁なものではあるまいか。

ちょうど、今日の授業ではソクラテス・プラトンの前史となるソフィストあたりのお話しをしましたものですから、そう思わざるを得ないと感じます。

そのように単純な二元論として人間の営みとしての主観的なるもののと、その成果としての客観的なるものを割り切ることこそソフィスト的立場であり、ソクラテスやプラトンといった西洋哲学の源流とは無縁なものであろう。

冒頭にはそうした消息を物語る三木清の文章を紹介しましたが、最終的にはイデア論というひとつの「試論」へ行き着くプラトンにしても、その探究の出発は、直観的な知性から。

行為的直観から出発する知的格闘が、挑戦と応戦を経て、論理的性質が鍛えられ、ひとつの合理的な考え方へと精錬されていく。

このことを失念してはならないだろう。

さて、そんな話をしながら、帰りのバスで久しぶりにF先生と同道しましたので、そのままかるくいっぱい。

学問の話をできることほどうれしいことはありませんね。


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覚え書:「書評:戦後日本の人身売買 [著]藤野豊 [評者]上丸洋一(本社編集委員)」、『朝日新聞』2012年10月14日(日)付。

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戦後日本の人身売買 [著]藤野豊
[評者]上丸洋一(本社編集委員)

■実態と政治の対応たどる
 1948(昭和23)年12月3日の毎日新聞に「子供を売歩く男」という見出しの記事が載った。東京の上野駅に暮らす24歳の男が、10代前半の子供3人を栃木県の農家に売り込んでいた、と記事は伝えた。この記事をきっかけに、戦後、潜在していた人身売買が大きく社会問題化した。
 警察庁のまとめでは、54年に検挙した被疑者は5511人、被害者は8635人。このうち売春に関係のある人身売買が85%を占めた。
 本書は、冷害にあえぐ農村地帯や、不況下の炭鉱地帯などにみられた人身売買の実態を当時の新聞報道などから描き出し、これに政府や国会がどう対応したかをたどる。
 日本は人身売買に甘いという海外の批判を受けて、刑法に人身売買罪が新設されたのは、ようやく7年前のこと。国際的な売買組織によって外国人女性が日本に連れてこられる事件が今も後を絶たない。人身売買は政治の問題であり、現代日本の問題である、と著者は強調している。
    ◇
大月書店・4095円
    --「書評:戦後日本の人身売買 [著]藤野豊 [評者]上丸洋一(本社編集委員)」、『朝日新聞』2012年10月14日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012101500015.html



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覚え書:信教の自由と現代日本,阿満利麿『宗教は国家を超えられるか』

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 近代日本が、思想信条、「信教の自由」について、どれほど強固な合意をつくってきたといえるか、もしうまくそれがつくられていないとすれば、その原因はなにか、を検討する必要がある。とりわけ「信教の自由」についての検討が重要だと私は考える。なぜなら、信仰は、いかなるものにも売り渡したり、妥協することが不可能な世界であり、しかも、その自由が奪われることは、その信仰者の死を意味するからである。もちろん、思想信条についても、同じであろう。だが、その自由がなければ死を意味するかという点で、「信教の自由」は、もっともラディカルな自由であり、人間の根元にかかわる権利といえる。
 日本人は、宗教について淡泊であるから、ということがしばしばいわれるが、それゆえに、「信教の自由」についての考察をあいまいにしておいてよいということにはならない。だいたい、日本人の宗教心が淡泊だというのは、一種の迷信なのであり、もうそろそろ、そうした偏見から抜け出てもよいのではないか。そして、近代日本における「信教の自由」がどのような運命をたどってきたかについて、正確な認識をもつことが必要ではないか。
 というのも、私の脳裏には、一九八八年九月一九日からはじまり、一九八九年一月七日にいたる、昭和天皇の重病、危篤、死去をめぐってくりひろげられた、日本社会の異様な反応、あり方が、まだ鮮明に焼きついているからである。はたして、日本社会には、思想信条の自由が、どれほどの力をもって存在していたのであろうか。「事大主義」の風潮は、柳田の期待どおり、まったくすがたを消していたのであろうか。
 読者の記憶にも新しいであろうが、天皇の容体急変以来、日本列島は、あげて「自粛」列島と化してしまった。「自粛」とは、まことにもってよくいったものだ。官憲の強制ではなく、謹慎に反すると自主的に判断された事柄が、速やかに、どんな些細なことでも中止、禁止された。
 多数の祭りや催し物が中止になったことはよく知られているが、たとえば、こんな事件もあった。ある落語家のCD、カセット・テープが発売直前に回収され、「不謹慎な」箇所がカットされたのである。カットされた部分は、五臓六腑の説明に関するくだりで、「いまはやりの天皇陛下の膵臓というのは、これに入っておりませんがね云々」という話であった。会社は、時期が時期だけに「とがめる方の耳にはいるとまずいという意見が内部に出たため」、カットにふみきったという(一九八八年一二月一三日付、朝日新聞朝刊)。また、スーパーの店頭から「赤飯」が姿を消したり、ある私鉄では駅員や乗務員のネクタイを紺系統に統一した(中島三千男『天皇の代替りと国民』)。
 もちろんこうした自粛ムードに危機感をいだいた人々が、天皇報道のあり方や今こそ天皇制を考えるべきだとして、街頭行動に出ることもあったが、そのデモの参加者に、お前たちは日本人ではない、日本から出てゆけ、と野次る通行人も少なくなかったという。また、天皇の戦争責任を追及する大学人や、長崎市長が右翼の襲撃を受けたのも、この時期であった。
 こうした状況をふりかえると、長いものには巻かれろ、ではなく、自分の自主的な判断で行動すること、自分と意見はちがっても、その人を追放したり、抹殺しようとするのではなく、その人の存在をまず認めること、そうしたことが実現していたとは、残念ながらいうことはできない。いまもって「事大主義」は、健在なのである。
 「自粛」列島のもとでは、官憲による露骨な弾圧や人命を奪うということはなかった。だが、国家のイデオロギーと異なる思想、信条、信仰をもっていたがために、苛烈な弾圧や拷問、はては死を招くにいたる事件、たとえば共産党の弾圧、大本教の弾圧などが、一九二〇年代から三〇年代にわたって日本列島にあったことを思い起こす必要がある。
 言論の自由を謳歌しているように見える現在の日本であるが、「言論の自由」が、もともと権力批判の自由であることを自覚している人が、マスコミ人のなかでもどれだけいるかは心もとないし、まして「信教の自由」になると、裁判官のなかでも、その本質を理解している人は、きわめて少数だという印象を禁じえない。
 どうして、このような状況が生じたのであろうか。問題は、やはり、近代の天皇制国家の歩みのなかにあるように思う。あらためて、近代日本における「信教の自由」の足跡をたどり、そこに未解決のままに残された課題がなんであったかを確認したい。そうすることが、文化の多元性に根ざした新しい共同体をつくる条件を引き出す、一つの試みになると考える。
    --阿満利麿『宗教は国家を超えられるか 近代日本の検証』ちくま学芸文庫、2005年、190-193頁。

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覚え書:「書評:大川周明 アジア独立の夢―志を継いだ青年たちの物語 [著]玉居子精宏 [評者]中島岳志」、『朝日新聞』2012年10月14日(日)付。

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大川周明 アジア独立の夢―志を継いだ青年たちの物語 [著]玉居子精宏
[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)
■二元論に収まらぬ若き主体性
 アジア主義者であり、革命家だった大川周明。彼は5・15事件に関与し、獄中生活を送った。そして出所後の1938年、東亜経済調査局附属(ふぞく)研究所(通称、大川塾)を設立し、教育活動を開始する。ここで学んだ若者たちは、卒業後アジア各地に渡り、戦争の裏面や独立運動の展開に関与した。本書は、その若者たちの足跡を追う。
 大川は人材育成にこだわった。日本がアジアと共に生きるためには、現地の言葉が出来なければならない。大川塾では、アジア主義の教示と共に、徹底した語学教育がなされた。
 学生はすべて寄宿生活。学費は無料で、小遣いまで支給された。大川には子供がいなかった。そのため、学生たちを殊のほか可愛がり、時に寝顔を見て回った。
 大川は「正直と親切」の重要性を語り、アジアへの不遜な態度を諫(いさ)めた。学校では精神の鍛錬と体力の強化が図られ、分刻みのプログラムが課された。
 卒業した若者たちはアジア各地に派遣された。語学が堪能で現地に順応した彼らは、戦争がはじまると工作の最前線で活躍するようになる。そこでは、アジア連帯の理想と軍事戦略の乖離(かいり)に直面し、憤りや不満、葛藤を抱えた。
 彼らは、日本をアジアの指導者と見なさなかった。現地社会に埋もれ、主役ではなく媒介となることが、彼らの教えられた生き方だった。
 大川は、塾の運営の一方で、密(ひそ)かに対米工作を進め、戦争を回避しようとしたが、努力はむくわれなかった。彼は「あと10年早く、大川塾を始めたかった」と嘆いた。
 塾生たちは「戦争のために教育を受けたわけではない」と考えたが、否応(いやおう)なく時代の波にのみ込まれた。そこには「侵略か解放か」という二元論からこぼれる若き主体性があった。
 アジア主義の功罪を静かに問い直す好著。
    ◇
平凡社新書・924円/たまいこ・あきひろ 76年生まれ。ベトナムにあった外地校「南洋学院」などを調査。
    --「書評:大川周明 アジア独立の夢―志を継いだ青年たちの物語 [著]玉居子精宏 [評者]中島岳志」、『朝日新聞』2012年10月14日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012101500007.html
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「頂点に位置したのは日本本土から来た日本人、中間に位置したのが沖縄人」って大日本帝国時代以来の認識

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 頂点に位置したのは日本本土から来た日本人、中間に位置したのが沖縄人と朝鮮人、最底辺に位置したのが島民である。沖縄人と朝鮮人には島民よりも高い地位が与えられたが、彼らの職業や教育程度は、島民から見るとうさん臭い感じに映った。たとえば、多くの沖縄人が従事したある種の肉体労働は、島民のエリート層からみればやや軽蔑すべき職業であったし、かなり上手に日本語を操れた若い島民にとっても、朝鮮の田舎から来た朝鮮人が文化の片鱗も感じさせず、日本語もほとんど話せないのは全くの驚きだった。観察眼の鋭い島民は、朝鮮人や沖縄人の中に見られる文化的な劣等性と、それにもかかわらず彼らが島民には与えられない特権を享受していることを、鮮やかに対照的な印象として深く心に刻んだ。
    --マーク・ピーティー(浅野豊美訳)『植民地帝国50年の興亡』読売新聞社、1996年、299頁。

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沖縄県でまたしても在日米軍の兵士・軍属による事件が起きたようだ。

領土をめぐる問題では、「開戦やむなし」とまで扇動しつづけた政治家(屋)たちと、それを「リード」で垂れ流すメディア界隈のひとびとは一切無言だがどのように理解するのだろうか。

「領土を守れ」というロジックには……現実は詭弁であり、“建前”に過ぎないけれども……その領土に住む「国民」を「守る」ことがそれに正当性を与えている。

だとすれば、「外」から来た人間に無辜の“民草”がボコられて、「これは、いかがなものなのか」と声を上げることも必要なのではないだろうか。

生活保護バッシングもそうだけれども、威勢のいい連中というのは、得てして、人間を人間として扱わない。カントに従えば、目的せず手段として扱っているということだ。

無辜の民草がボコボコにされようとも、海外での企業活動に大きな損失がでようが、かまったことではない。自分自身の「利益」に誘導されるのであれば何ンでもやろう、しかし責任はとらないという寸法なのだろう。

唾棄すべき事柄である。

しかし、リアルな話、沖縄では、酷使様が奉る「日本国民」の「利益」が損害を受けているのは事実であろう。しかし、それは、領土を守るためには、沖縄県やその他日本に駐留する「在日米軍」は「必要」なのだと弁解するのだろうか。

おそらく沈黙のままであろう。なにしろ、本土の認識とは、つまるところ大日本帝国時代以来「頂点に位置したのは日本本土から来た日本人、中間に位置したのが沖縄人」であるからだ。

英エコノミスト誌は、10月6日に東京から発信した記事の中で、石原慎太郎を「右翼のゴロツキ」(rogue of the right)と呼んで批判した。

http://www.economist.com/node/21564263

東アジアの緊張関係を高めるだけ高めた、都知事閣下はどう発言するのでしょうかねぇ。

自国の国民を守ることのできない政治家として振る舞うおつもりでしょうか?








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覚え書:「今週の本棚:鹿島茂・評 『夢の操縦法』=エルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵・著」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。

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今週の本棚:鹿島茂・評 『夢の操縦法』=エルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵・著
 (国書刊行会・4725円)

 ◇思念により現実と結ばれる「夢」探究の書
 著者のエルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵(1822−1892)はコレージュ・ド・フランス教授にまで上りつめた十九世紀の高名な中国学者だが、その一方で徹底した夢の研究を行った「夢学者」としても知られる。きっかけは十三歳のときにつけはじめた夢日記だった。
 「夜毎(ごと)の夢を記録し始めたとき、私は十三歳であった。その記録は、彩色された絵入りのノート二十二冊に及び、千九百四十六夜、つまり五年以上の記録となっている」
 最初、日記には欠落があり、夢を覚えていない夜もあったが、日を追うごとに欠落はなくなり、百七十九夜目には完全な夢の記述に成功する。そして、夢を記憶するには夢を見ていると意識していることが不可欠だと悟る。
 この意識夢の体得により、夢の三つの原理が明らかになってくる。第一は夢のない眠りはないということ。第二は見たことのあるものしか夢に見ないということ。人の記憶はカメラの乾板(陰画紙)のようなもので、人はみな「ネガを収蔵する大きな整理箱があるように、膨大な記憶が収納される抽斗(ひきだし)を持っている」。見覚えのないものが夢に出てくるのは、ネガの解像度が撮影状態により異なるように、「夢の材料となった記憶の陰画紙(・・・・・・)がつくられたときの記憶が失われているだけである」。
 第三の原理は「1、夢に現れる像は、思念を占めていたものが形となって現れただけである。2、ある思念が浮かぶと、その思念と結びついた視像が直ちに現れる」というもの。
 この第三の原理を発見したことで、エルヴェは夢を自在に操る方法を発見したと自負するに至る。それは嗅覚(香水)や聴覚(音楽)などの外部刺激によるものと、思念の操作による内部刺激によるものとに分けられるが、より根源的なのは、自分は夢を見ていると強く意識化することで夢の操縦が可能になるという後者の方法だろう。というのも、これなら悪夢を見ずに済むからだ。「私は快適な夢を見る方法について述べてきたが、その一方で、悪夢の幻想をたちどころに消滅させるには、それが幻想だとわかれば、たいていは(夢を見ながら)眼を閉じるだけで十分だと述べてきた」。ただ残念ながら、エルヴェはそれをわれわれも実践できるように明示的なかたちで示してくれてはいない。しかし、それでも、夢は思念によって現実と連結されたものであるという視点は新鮮である。
 一八六七年に匿名で出版された本書の初版はフロイトもハヴロック・エリスも見つけることのできない稀覯(きこう)本だったが、どうもプルーストはこれを読んでいたふしがある。『失われた時を求めて』の最後に中国学者としてのエルヴェ・ド・サン=ドニに言及があるばかりか、その死後、プルーストは未亡人と知己になったからである。また次の本書の一節を読んで『失われた時を求めて』を思い出さない読者はいないのではなかろうか? 「眠りの中で動き出す無意志的記憶(レミニサンス)は、覚醒時には完全に隠れているが、遠い昔の記憶の倉庫の隅に眠っているのである。気まぐれな観念連合は、この記憶に稲妻のような閃光(せんこう)を不意に投げかけ、光が通り過ぎるとその記憶も再び失われるが、それは、あたかも、嵐の夜に雷に浮かび上がる灌木(かんぼく)の茂みが、一瞬にして闇の中に消えてしまうようなものである」
 夢という観点から文学芸術を見直すために不可欠な一冊。澁澤龍彦が『悪魔のいる文学史』で紹介して以来、名のみ高かった古典の待望の翻訳である。(立木鷹志訳)
    --「今週の本棚:鹿島茂・評 『夢の操縦法』=エルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵・著」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20121014ddm015070008000c.html



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研究ノート:上杉思想の本質的な点への批判を怠った結果は、国民にとってよいことはすべて国家が引き受けるという官僚的国家主義への批判の弱さにつながった。

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 美濃部にせよ吉野作造にせよ、大正デモクラットは、国家的な規範価値が国民の内的要求と一致すべきことを要求した。そしてこの「民心」は二〇世紀欧米自由主義のなかに準備されているものと同質であると信じた。だから彼らは、官僚層もまたこの自由主義に同化すべきことを要求し、これに逆らって古い思想に固執するものを攻撃した。ところがこの時代を見直してみると、官僚のある部分が、吉野らに教えられて欧米デモクラシーに学びながら、そのデモクラシー的価値を国家規範に実現する過程を独占しようとしていたことに気づく。官僚主導の労働組合法や小作法の推進などはその例である。これらに登場する官僚は多少ともデモクラットであって、この時代における現実の「哲人」としてふるまったのである。
 デモクラシー運動からする批判は、官僚層の抱くべき規範内容を民主化することにとどまらず、彼らの国家をつうずるヘゲモニーの伝統を攻撃するべきであった。この伝統こそ自由主義派を含む官僚層が上杉慎吉と、たがいに意識せずに共有したものである。だから上杉の思想は、二〇世紀に議会主義と並んで進行していたもう一つの現実、行政国家の成熟に、官僚層が自己適応する過程のイデオロギーという面ももつのである。
 つまり、上杉思想の本質的な点への批判を怠った結果は、国民にとってよいことはすべて国家が引き受けるという官僚的国家主義への批判の弱さにつながった。三〇年代の労働運動について一言すると、二〇年代の運動が力で叩きつぶされ、政治的に解体されたあと、労働者大衆は個別企業コーポラティズムとでも呼ぶべきものに分断されるが、天皇主義にかつてなく浸されたこの企業別労資一体は、やがて産業報国体制にみずから流入していくことになる国家的権威主義を、はじめからもっていた。
    --伊藤晃「上杉慎吉論」、富坂キリスト教センター編『近現代天皇制を考える2 大正デモクラシー・天皇制・キリスト教』信教出版社、2001年、90-91頁。

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上杉慎吉の思想の問題点は、その天皇親政論にみられる専制擁護だけではないかも知れない。

上杉の主張は「前時代的」であり、イデオロギー性を批判し、超克していくことは必要だと思われる。しかし、その点にのみ惑溺するならば、上杉思想は形をかえて蘇ってしまうかもしれない。

上杉は確かに「天皇親政」を主張したが、前時代的王政復古を目指したわけではない。近代国家の形成において、天皇が体現する民本主義を主張している。この点に留意することは必要だろう。

上杉の説く絶対君主主義とは、「エゴイスト」の君主主義の再来ではない。天皇を紐帯とした疑似家族主義に粉飾した「よいことはすべて国家が担当する」という倫理国家である。

問題に対する批判とは、おうおうにして、それがよいことか悪いことかが論点となる。しかし、それと同じように大切なことは何か。

「よいことであれ、そもそもそれをなぜ彼らがやるのか」。

歴史を振り返るとこの批判が脆弱だったことは否めないし、そうした精神的態度は今も続いている。「何か上から来るものを媒介として自分の生活と意識を作る人びとが天皇の存在を疑問」としないのは、当然であるし、「そもそもそれをなぜ彼らがやるのか」と口を挟む事態が憚れる「世間」を形成するのであろう。

しかし、この態度こそ、共同体の欺瞞を加速させるものであるゆえ、たえず問い直す必要があると思われる。

吉野作造は民本主義を説く中で、整備の充実よりも、民衆の「元気」自体を常に気にかけた。制度論や事案の真偽論は大切だ。しかし、そこのみに拘泥しないようにありたい。


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覚え書:「今週の本棚:中村達也・評 『縮小社会への道』=松久寛・編著」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。

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今週の本棚:中村達也・評 『縮小社会への道』=松久寛・編著
 (日刊工業新聞社・1680円)
 ◇今世紀後半の高齢化・人口減少社会を透視する
 今からもう一八年も前のことだが、衝撃的な一冊の本に出会った。マテリアル・ワールド・プロジェクト編『地球家族』(TOTO出版)。「申し訳ありませんが、家の中の物を全部、外に出して写真を撮らせて下さい」と断った上で撮影した、世界三〇カ国の人々の暮らしぶりが紹介されている。例えば、最初の頁(ページ)には西アフリカのマリ共和国のナトマさん一家の写真。ナトマさんと奥さんと子供たち。なんとも和やかな表情でカメラに収まっている。そして家の前に並べられているのは、食器や壺(つぼ)や腰掛けなど、およそ四〇くらいの品目。これだけで家族九人の生活が営まれているのである。
 頁を繰ると、次第に物の数が増えてゆく。スペイン、イタリア、ドイツ、イギリス、アメリカ……そして日本。品目数は、おそらく五百を超えているだろうか。人間がどこに写っているのか探すのが困難なほどだ。物を使っているというよりは、物に押しつぶされそうな気さえしてくる。いっそのこと、あり余るほどの物をそぎ落とし、もっとシンプルに、物に支配されるのではなく物を使いこなすような生活に組み替えることができないものなのか。そうした文脈で『縮小社会への道』を読んでみると、とても印象的である。小さな本だが、投げかけるメッセージは重い。
 今から四年ほど前に、京都大学のメンバーを中心に「縮小社会研究会」なるものが結成されたのだという。GDPのプラス成長はもちろん、ゼロ成長でもなく、マイナス成長をこそ目指すのだという。地球上の資源存在量や環境制約を考えれば、いずれは「縮小社会」を本気で考えなければならないと見るからである。そして本書には、「縮小社会研究会」の五人のメンバーの試論が繰り広げられている。ただし、画一的で統一的な見解が示されているというのではない。脱原発論、資源論、交通論、再生可能エネルギー論、技術論、日本経済縮小論、社会保障論等、こもごもに「縮小社会」の構想が語られている。
 それぞれに個性的な試論だが、とりわけ興味をそそられたのが、第七章「日本経済の縮小」だ。『地球家族』は、いわば情緒に訴える作品であったが、こちらは論理で押してくる。二〇世紀の百年間で日本の人口は三倍に膨らんだ。そして、二一世紀の終わり頃にはそれが三分の一にまで減少する。豊かさを表現するのはGDPそのものではなく、人口で割り算した一人当たりGDPである。だとすれば、人口減少が進む日本では、GDPそのものは減少してもかまわないことになるのか。しかし、事はそれほど単純ではない。高齢化率が上昇しながら人口が減少するからだ。現在すでに世界最高の高齢化率にある日本だが、二一世紀の半ばには、人口に占める六五歳以上の比率が四割を超える。年金、医療、介護など高齢化に伴うコストが増えてゆく一方、生産を担う現役世代が減ってゆく。
 そうした状況の下で、どのような選択が可能なのか。女性と高齢者が労働に参加できるような仕組み・制度の構築、少ない人口で生産性を上げるための改革。四つのケースを想定して、ひとつひとつ可能性を確かめてゆく。決して容易ではないが、乗り越えられない課題ではないことが示される。政府は、二年ほど前に「新成長戦略」を発表し、二〇二〇年度まで実質GDP成長率二%を目指すとしたが、果たしてどんな根拠があってどの程度実現可能性があるものなのか。そんなことをも改めて考えさせる、人口減少社会のこれからを透視するための貴重なたたき台になる一冊。
    --「今週の本棚:中村達也・評 『縮小社会への道』=松久寛・編著」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121014ddm015070051000c.html
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覚え書:「時代の風 原発事故と安全対策=ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。

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時代の風
原発事故と安全対策
ジャック・アタリ 仏経済学者・思想家
規制強化を地球規模で
 東西冷戦が終わって、旧共産圏を自由市場経済に移行させるため1991年、ロンドンに欧州復興開発銀行が設立され、私が初代総裁を務めた時、東欧諸国の原子力発電所をすべて改修させる計画を発表した。チェルノブイリ原発事故から約5年後のことだ。計画はほぼ実施された。
 原子力は危険で、例外的な安全対策が必要なエネルギーだ。福島第1原発の事故は、原子力が扱いにくいものだと改めて教えてくれた。今なお福島第1原発2号機、3号機で実際に何が起きているのか分かる人はいないし、4号機の使用済み核燃料プールにある燃料棒を取り除く前に、再び大地震が起きれば大惨事になる。日本の対策は遅れており、今後も影響が心配だ。
 日本は原子力の不幸な運命を背負っている。地震が多く、歴史的にも原子力を利用するのに最適な国とは言えない。日本政府の「脱原発」方針は理解できるが、それにはコストを考えねばならない。石油輸入や代替エネルギーを見つけるには莫大な費用がかかる。日本には他の潜在的なエネルギー源も少ない。しかも、世界各国で電力需要は増え続け、ガソリン車に電気自動車が取って代わろうとしている現実もある。
 フランスは1960年代、電力の石油依存から脱するために、大量の原子力エネルギーが必要だと考えた。隣国ドイツは世論の支持を得られず、原子力の比率を低く抑える方向に向かったが、フランスは世論の説得に成功した。科学的合理主義的な国であるという文化的な理由に加え、70~80年代に非常に大きな議論が行われたからだ。反原子力の運動が起き、あらゆる場所で原発の役割や機能、安全性、雇用などをめぐる深い論争があった。フランスでは、国民の意思に反して建設された原発は一つもない。現時点でフランスは、 他の欧州諸国と逆に、原子力には多くの利点があると評価している。
これに対し、日本の原子力の問題は、すでに知られているように管理が非常に悪く、腐敗し、不透明だったことである。重大な不注意があっただけでなく、電力会社と監視機関のもたれ合いがあり、政府は職務を怠った。日本では近年、小さな原発事故が相当数起きており、原発の品質が維持できていなかったと推測される。使用済み核燃料再処理工場やプルサーマル原発で使うMOX(プルトニウム・ウラン混合酸化物)燃料工場すら稼働していない。日本の原子力産業は、生産という意味でも点検、管理という意味でも良質は言い難い。
 フランスの再処理施設はうまく稼働しているが、MOX燃料については安全対策が難しい。輸送の安全が確保されなければ、深刻なテロを引き起こしかねない。1~2回処理した後、地下に埋めなければならないが、フランスのような原発先進国でも最終処理の方法は持っていない。
 たとえ原発をやめるとしても、原子力に関する専門知識は非常に長い間、何世紀もの間、維持しなければならないし、発展させ続けなければならない。処理しなければならない廃棄物が残るからだ。ロケットで月に運んだり、経済的な必要から、「ゴミ捨て場」になるリスクを受け入れる国があれば別だが。
 私は15年以上前に、著書で国際原子力機関(IAEA)の能力不足を指摘したが、今も職務を遂行するのに(有効な)手段も資金も専門技術もないのが実情だ。日本は安全性に関する海外の知見を十分受け入れてこなかったと指摘されている。IAEAは、そうした国に圧力をかける手段を持つべきだった。そうすれば、福島の事故は起こらずに済んだはずだ。
 日本が原発を海辺に無防備のまま建設しているとは知らなかった。私はフランス東部にある国内最古のフッセンハイム原発についてずっと批判している。ライン川沿いにあるからだ。わずかな放射能漏れで川全体が汚染される可能性があり、その川は欧州経済の主要な源だ。
 福島の自己は、原子力そのものの事故ではなく、発電所が非常に悪い場所に設置されたために起きた。原発の建屋が爆発したのであり、損傷をもたらしたのは津波だった。もし原発が他の場所に設置され、過去の津波を考慮して高い防護壁が造られていれば、原発は損傷しなかったと私は考えている。安全対策があまりに低劣で、小さな事故にも脆弱だったのだ。IAEAは地球規模のすべての原子力問題に対応する国際的な手段と、そのための地球規模の財源を持つことが必要だ。
 福島の事故で私が一番に考えたのは、日本には原子力とは別の危険があるということだ。もし津波が福島ではなく東京湾を襲っていたら、東京が破壊されただろう。それは原子力よりも恐ろしい。私が日本人なら、原発に不安を抱くと同時に、津波が東京の街を襲ったらどうなるかと不安になるだろう。東京にはほとんど何も準備もないのだろうから。【構成・宮川裕章】
    --「時代の風 原発事故と安全対策=ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。
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元フランス環境大臣が明かす、フランス原子力政策の暗闇
フランスの原子力発電「界隈」の脅威の実態を告発した一書が元・環境大臣コリーヌ・ルパージュ女史(大林薫訳『原発大国の真実: 福島・フランス・ヨーロッパ ポスト原発社会へ向けて』長崎出版)。
同書は原発先進国・フランスの原子力政策の暗闇にメスを入れる一冊だけれども、邦訳本の裏表紙には、アインシュタインの言葉が刻まれている。
いわく……
「この世界は危険に満ちている! 悪いことをする人間がいるからではない。 それを見て見ぬふりをする人間がいるからだ」
見て見ぬふりを加速させるのは、欺瞞の話法だろう。ひさしぶりに私自身、おなかいっぱいになったですだよ。
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覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『先哲の学問』=内藤湖南・著」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。

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今週の本棚:井波律子・評 『先哲の学問』=内藤湖南・著
 (ちくま学芸文庫・1470円)
 ◇傑出した事績の輪郭を鮮やかに
 本書『先哲の学問』は、中国史学者内藤湖南(一八六六−一九三四)が、先哲すなわち江戸時代のすぐれた学者九人に、スポットを当てた講演集であり、没後十二年、一九四六年に初版が刊行された。初版刊行からすでに六十六年の歳月が経過しているとはいえ、躍動的な語り口で、江戸時代における独創的な学者の学問方法について解き明かす本書は、時の流れを超えた「生きのよさ」があり、読者に驚きに満ちた発見の喜びを与えてくれる。
 対象とされる九人は、山崎闇斎(あんさい)(一六一九−一六八二)、新井白石(一六五七−一七二五)、富永仲基(なかもと)(一七一五−一七四六)、中井履軒(りけん)(一七三二−一八一七)、山片蟠桃(やまがたばんとう)(一七四八−一八二一)、慈雲(じうん)尊者(一七一八−一八〇五)、市橋下総守(しもうさのかみ)(一七七三−一八一四)、賀茂真淵(かものまぶち)(一六九七−一七六九)、山梨稲川(とうせん)(一七七一−一八二六)という顔ぶれである。このうち、幕政に関与した新井白石と江戸に移り住んだ賀茂真淵以外の七人は、京都、大坂、近江、駿府に住んだ民間学者である。著者がこれら知られざる大学者の傑出した事績を敬意と共感をこめて語り、その輪郭を鮮やかに浮かび上がらせるさまは圧巻というほかない。
 京都の山崎闇斎は儒学(朱子学)、神道、仏教に通暁した学者だが、著者は、「朱子の原本を読んで、その後々にいろんな人のやったことは、みなその根本の朱子より劣って居るということを考えられたのであります」と述べ、朱子学者として闇斎の傑出した点は、こうして原典を重視し、根源に回帰したことだと、ずばり指摘する。
 富永仲基、中井履軒、山片蟠桃は、江戸時代中期の享保九年(一七二四)、五人の大坂商人が設立した学問所、懐徳堂とゆかりの深い人々である。なかでも富永仲基は、著者が敬愛してやまない学者だが、仏典を研究するにあたり、「加上」の原則を発見したことで知られる。加上の原則とは、後から説を立てる者が先行する説の上をゆくべく、天についてならば二十八天、三十三天というふうに、上へ上へと付けくわえ、だんだん複雑化してゆくことをいう。
 この原則は仏典研究のみならず歴史研究にも適用されるものであり、著者は、富永仲基がこうした論理的基礎の上に研究方法を組み立てたことを高く評価する。
 また、近江の小藩の藩主だった市橋下総守は学者であると同時に、すぐれた書物コレクターだった。さらに、彼は収集した漢籍の善本のうち、とりわけ貴重なもの三十種を生前、幕府の昌平坂学問所に寄贈した。著者はこのみごとな蔵書家、市橋下総守を「本を後世に伝えるという上においても非常に思慮の深かった人である」と称(たた)える。
 このほか、駿府の山梨稲川は中国古典の研究は漢字研究を基礎とすべきだと考え、中国の古い字書『説文(せつもん)』を字形と音韻の両面から徹底的に解析した。著者は、漢籍も資料も十分見られない駿府にいながら、新しい研究方法を編み出し、本家本元の中国の学者と肩を並べる偉業をなしとげた山梨稲川に、深い敬意を捧(ささ)げるのである。
 本書において、著者内藤湖南は、根源への回帰、原則の発見、従来とは異なる角度からのアプローチ等々、自分の頭で考え抜いた手法によって、新たな学問的展開を果たした「先哲」を忘却の彼方(かなた)から掘り起し、いきいきと甦(よみがえ)らせた。ここで語られる先哲の軌跡は、真に独創的な思考方式とはいかなるものか、如実に示すものであり、示唆に富む。
    --「今週の本棚:井波律子・評 『先哲の学問』=内藤湖南・著」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121014ddm015070012000c.html
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iPS細胞に関する「騒動」について

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iPS細胞に関する「騒動」については、ほとんど論点が出てきたみたいだけれども、自分自身もそれについて、少しだけ言及しておこうと思う。

まず、最初に渦中の氏自身がトンデモなことをやったことを「スキャンダル」として受容することには関心がない。

私の関心は、彼の「暴挙」がいわば必然だったと思われるからだ。

その「暴挙」を必然させた要因とは何か。はっきり言ってしまえば、この国のアカデミアを巡ると環境とエートスに他ならない。

先に“「スキャンダル」として受容”と言及した。最初に注目されたのは「成功」の発表が事実なのかどうかという点である。それがボロボロとなし崩しになってきた。そうするとメディアは、渦中の人物の身辺動向まで「のぞき見」“趣味”であばき出すことにしのぎを削るようになって来た。

前者は必要だとしても、後者は必要な筈はない。そこで出てきたのが、職歴が転々としたあやしい奴という人物像だ。しかし、アカデミアをめぐる環境の下部のまだ“ましな部類”としての不安定な任期職や特任職を積み重ね「しのぎを削る」人間はたくさん存在するし、専任職の研究者よりも、優秀な人間は掃いて捨てるほど存在するだろう。

そう、アカデミアの環境とは、日本で最も前近代的な「ギルド社会」であり「我慢構造」であるということ(※もうひとつ踏み込んで言及すると、最強の口利き社会でもあります)。

だからといって功績を急いで下手を打ったことは許されるものでないことは言うまでもないし、これは学問における研究倫理に限定される話題ではなく、あらゆる人間の「倫理」における問題である。

その意味では、非専任を続けてきた渦中の人物を「いつまでも専任につけない程度のひくい怪しい人間」とストレートに答えを導くことには反対したい。

※勿論、氏のサイコパス的な言動や欺瞞ゆえにそういう環境に定位したと推論することは可能でしょうが、非専任=「程度の低い」「怪しい」人間と見なす論理構造は破綻していることはいうまでもない。

その意義では、人物スキャンダルに「歪曲」し「ネタw」として「消費」するのではなく、アカデミアの環境のもつ前時代性、そして現実の構造としての「非正規雇用」のうえに「あぐらをかく」構造の見直しへの「きっかけ」となって欲しいとは私は考える。

次にエートスに関して。先に「アカデミアの環境とは、日本で最も前近代的な「ギルド社会」であり「我慢構造」であるということ」と紹介した。このギルドの我慢社会とは、実際には、「真理の探究」という手垢にまみれない「無菌室」的客観公平世界のように“夢想”されがちだが、それは全くの誤りといってよいだろう。

無菌室どころか細菌が満ちあふれ、客観どころから親分の一声が真理をねじまげる恣意的世界であり、公平とは程遠いのが現実だと思う。勿論、それがすべてではありませんが、体質として色濃くあるのは事実である。

修学時代の個人的経験としては、優れた先生に恵まれたし、昨今話題になるような、一般世界では考えられないような「アカデミック・ハラスメント」のニュースを耳にすると、自分自身は幸福な環境だったと思う。しかし、現実には業績よりも、出自や考え方で大きく左右される世界でもあることは、教える立場になってから色濃く感じるようになった。このことは否定できない。

で……戻ります。

独学で仏教を研鑽し、男性としてはじめて御茶ノ水女子大学で博士号の学位を取得したフリーの研究者・植木雅俊氏は、学問を導いてくれた恩師・中村元博士のことばを次のように記している。


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 中村先生は、「思想・心情・性別・国政・年齢・学歴などを一切問わない」「学びたい人が学び、教えたい人が教える」ということをモットーとされ、誇りを持って“財のない財団法人”“寺子屋”と称しておられた。また、講義の際は「人文科学では、優れた論文を書いても、“偉い先生”が『これは駄目だ』と烙印を押すと、その人は二度と浮かばれない。学問においてそんなことがあってはなりません」と、力説されていた。

    --植木雅俊『思想としての法華経岩波書店、2012年、30頁。

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現象の一端を示した文章ではないかと思う。だからこそ中村先生は、大学の「アカデミズム」というカテゴリーや語彙を使わず、敬意を込めて「学問」という言葉で、その本来性を言及されておりますが、うえでいうような体質は、何も「人文科学」に限定されるものではない。

その意味では、ここ数年「ブラック企業」という言葉が注目を集めましたが、アカデミアの世界とは「ブラック企業」的なところでありますから、人間の精神に「歪み」が出てくるのは必然と考えたほうがいいでしょう。

加えて、渦中の人物は、ご自身からメディアにアプローチしたと報じられておりますが、なんらその内容を精査せず、ネタとして飛びつき「特ダネ」として報道したメディアの罪が大きいことは言うまでもありません。その意味では、そのことに「蓋」をして(=テケトーな「誤報でごめんちゃい」の三行広告で済ませる)、その人間を人類の敵のように扱い、やいのやいのと関係のないことまで「ほじくりだす」のは見苦しいし、辞めて欲しい。私たちが報道に必要としているものはそういう性質の「ニュース」ではない。


まあ、ながくなりましたが、渦中の人物に同情する余地は全く存在しない。しかし、そういう現実を振り返ると、iPSをめぐる「騒動」を決して「騒動」で終わらせてはいけないと思う。そう考えて、少し私自身の実感を書きつづってみました。

まあ、そういうお前も非常勤とはいえ「欺瞞の帝国」の住人だろうといわれればそれまでですが、それでも、学問世界奈落のパン屑拾いの自覚ぐらいはありますよ。それから籠絡されないように生きている「矜持」もありますよ。

以上。




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「みんなの広場 橋下市政の校長公募に反対」、『毎日新聞』2012年10月11日(木)付。

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みんなの広場
橋下市政の校長公募に反対
元教員 70(大阪府河内長野市)
 大阪市教委が全国公募していた私立小中学校の校長に1300人近い応募があったという。募集定員は約50人で競争倍率は25倍を超えた。報道によると、橋下徹市長は「心強い。教育改革が賛同を得ているのだろう」と歓迎しているが、私は校長公募には反対だ。
 橋下氏は校長を教師の単なる管理者としか捉えていないのではないか。応募者の中には、これまで児童や生徒との直接交流もあまりない人や生きた教育現場を体験していない人もいるだろう。そんな人を選んで、学校全体を管理させるのは不適切だと思う。
 橋下氏はかつてツイッターで「教育は2万%強制」と書いたそうだ。この考え通りなら、「校長公募は橋下氏の教育目標を上意下達で貫徹させるのが狙いだ」と思われても仕方がない。公募は現場の教師を支配することになり、民主教育の破壊につながらないか。教師を信頼し、教育の自由を与えないと真の良い教育はできないと思う。
    --「みんなの広場  橋下市政の校長公募に反対」、『毎日新聞』2012年10月11日(木)付。
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次代を担う子供や青年たちに、どのような価値を引き継がせるのか、それは、本来国家の仕事ではない。

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 詳しいことは、本文にゆずるとして、問われているのは、単に宗教にとどまらず、一つの文化現象を、国家の意志にあわせて都合よく分断し、変形して怪しまれない精神そのものである。教育に対する国家の、過度ともいうべき干渉を例にあげれば、読者もすぐに納得されるであろう。次代を担う子供や青年たちに、どのような価値を引き継がせるのか、それは、本来国家の仕事ではない。市民の広範囲なコンセンサスによって決められるべきことであろう。だが、日本は、近代以来、道徳的価値にいたるまで、国家が面倒をみてきたのである。そしてそうした国家の関与を当然とする風潮が日本には存在したし、今もある。いったい、これはどうしたことなのか。
 もちろん、問題は日本に限らない。国民の統合を前提とする近代国家は、人々の生活や文化のすみずみにまで関与し、そこに国家の意志を貫徹しようとする。それは、近代国家の宿命なのかもしれない。だが、そうした国家のあり方がなにをもたらしたかは、植民地支配や戦争などから十分に学んだはずである。
 これからの人類社会は、思想、信条、信仰のちがい、あるいは、文化の相違を当然の前提とした、多元的な社会である以外には、道はない。それは、多くの人々が、歴史に学ぶことによって手にした貴重な合意である。そこでは、国家のあり方も、本質的に転換されねばならないであろう。およそ市民の生活から遊離した、国家意志などというものが独り歩きすることがあってはならないし、国家は、多元的な社会を保障するための最低限の機構に縮小されるべきであろう。資本家の側も、不当な利益を、国家という隠れ蓑を使って強引に得ることは、やめるべきであろうし、もはやそういう国家利用は、市民のゆるすところではないであろう。国家中心主義は、終焉を迎えつつあるはずなのである。
    --阿満利麿『宗教は国家を超えられるか  近代日本の検証』ちくま学芸文庫、2005年、13ー14頁。
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ねむいのですこしだけ。
宗教に限らず、人間の精神に関わる現象というものは、必ず内心に留まることなく、外へと創造の翼を広げてゆくものです。
しかし、なんだろう……。
この国のひとびとは、みずから、支配を欲するといいますか、そのことによって自身の承認欲求をみたそうとする傾向が強いように思われる。
これまで国家がトータルに支配してきたということは、誤りにすぎないことは明白だし、もはや、そういう時代でもないのは事実なのだから、そのことを真正面から受け入れるべきなのではないだろうか。
まあ、そのことを受け入れるのが「コワイ」からなんでしょうけれども。
合意形成のコンセンサスというプロセスへの参加も苦手だから、国家、国家と大声をがなり立てるだけとは……、ホント、とほほのほい。
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覚え書:「みんなの広場 永遠の日中友好を願う」、『毎日新聞』2012年10月10日(水)付。

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みんなの広場
永遠の日中友好を願う
無職67(福岡市東区)
 私が通った小学校は長崎市の新地中華街に近かったせいか、クラスには数人の中国人がいました。が、日本人と中国人の別なく、皆友人でした。そんな環境で育った私にとって、日中友好は当然のことでした。
 大学でも中国語を学びました。在学当時、中国では文化大革命が起こりましたが、私は日中国交正常化を願う運動に微力を尽くしました。そしてあらゆる障害を乗り越え、1972年に正常化が実現しました。
 あれから40年。当時先頭を切って両国友好のために活動した名士、学者、文化人の大半は鬼籍に入りました。私は正常化後も友好運動と学術交流を続けたので、中国には古くからの友人がたくさんいます。また、日本に留学した人たちとの付き合いも続いています。
 今後、日中関係は冬の時代に入るでしょう。しかし、私は憂慮していません。厳寒の中で梅が馥郁と咲かせるように、両国の青年は心と心を通わせて、友好は永遠に続きます。
    --「みんなの広場 永遠の日中友好を願う」、『毎日新聞』2012年10月10日(水)付。
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覚え書:「書評:2050年の世界 英「エコノミスト」誌は予測する [著]英「エコノミスト」編集部 [評者]原真人(本社編集委員)」、『朝日新聞』2012年10月7日(月)付。

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2050年の世界 英「エコノミスト」誌は予測する [著]英「エコノミスト」編集部
[評者]原真人(本社編集委員) 
■「未来」からみる「現在」の課題
 40年後の世界を言い当てることなど、当たるも八卦(はっけ)当たらぬも八卦のたぐいだろう。だが、英エコノミスト誌のダニエル・フランクリン編集長によると「来週や来年を予測するよりたやすい」そうだ。構造変化に最も大きく影響する人口動態が、かなり高い精度で予測できるからという。
 本書は、日常的に膨大なデータから世界情勢を分析している同誌の執筆陣が、経済や科学、病気、環境などについて描いた40年後の世界だ。
 たとえばこんな具合に。
 ・高齢化と肥満化が世界の流れとなる。それに伴って途上国でがんや糖尿病が増える。
 ・経済成長を続ける新興国で宗教が弱体化する。
 ・世界中で製造業が縮小するが、サービス業が増大する。
 ・国際言語としての英語の一極集中は崩れない。ただしコンピューターによる翻訳能力が飛躍的に向上し、外国語学習はペン習字のように時代遅れになる。
 専門的で、鋭い理由づけもあるから、それなりに説得力もある。それでもこれは記者たちが書いたSF小説のようなものだ。額面通りに受け止めすぎるのは危険だ。
 と同時に、ないがしろにも出来ない。なにしろ同誌は世界中のエリートたちに最も読まれている国際政治経済誌なのだ。たとえSFであってもこれが標準的な世界観として広がらないとは限らない。
 40年後に予測された日本の姿は、超高齢化の末に影響力も豊かさも失った、並以下の国だ。勃興したアジア経済は世界経済の半分の規模を占めるまでになっている。日本はひとり存在感が薄い。1人当たり国内総生産(GDP)は韓国の半分になってしまう。
 いささか悲観的にすぎると思う。ただ、裏返せばそれが「現在」の日本が直面する課題ということなのだ。対策を怠れば、そういう「未来」がやってくるかもしれない。それを知るには、うってつけの教科書だと言える。
    ◇
東江一紀・峯村利哉訳、文芸春秋・1838円/「エコノミスト」は1843年に英国で創刊された週刊誌。
    --「書評:2050年の世界 英「エコノミスト」誌は予測する [著]英「エコノミスト」編集部 [評者]原真人(本社編集委員)」、『朝日新聞』2012年10月7日(月)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012100700017.html
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専門分化(スペシアライゼーション)と専門主義(プロフェッショナリズム)を退けつつ、同時に「ああ、こんなこといちいち考えるまでもないや」を排していく意義について

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 専門分化(スペシアライゼーション)と専門主義(プロフェッショナリズム)について、ひきつづき考察してみたい。そして、知識人はどのように権力と権威の問題にかかわるかについても考えてみたい。一九六〇年代なかば、ヴェトナム戦争反対の声が高まりと広がりをみせはじめる直前の頃のこと。コロンビア大学でわたしのセミナー希望の学生に面接をおこなった際、わたしは、ふけた感じのする学部学生と相対(あいたい)することになった。その学生について知りえたことは、彼が退役軍人であり、ヴェトナムで空軍に勤務していたということである。彼との雑談のなかで、わたしは、プロフェッショナル--この場合は熟練パイロット--の陥穽とはいかなるものかについておぞましくも魅力的な実例を垣間みることができた。なにしろ自分の仕事について語る彼の語彙たるや、まさに「隠語」と称してかまわない体(てい)のものであったのだから。そんななか、「軍隊で君は実際になにをしてきたか」というわたしの執拗な問いに対して、彼がいきなり「目標捕捉」と答えたときの衝撃を忘れることはないだろう。彼が爆撃手であり、その職務は、まあ、いうなれば爆弾を落とすことだとわかるまでに、わたしはさらに数分を要した。この単純な事実を、彼は専門用語にすっぽりとくるんで語ったわけで、専門用語とは、ある意味でアウトサイダーのあけすけな詮索をこばんだり、はぐらかすために意図されたものといえよう。ちなみに、わたしは彼をセミナーに入れることにした--彼について観察できるという心づもりがあったのかもしれないし、できるならば、その恐るべき専門用語癖を棄てさせようと考えたのかもしれない。まさに「目標捕捉」である。
    --エドワード・サイード(大橋洋一訳)『知識人とは何か』平凡社、1995年、133-134頁。
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今日の授業は、大学祭明けで一週飛んでの授業でしたが、なんとか「哲学とは何か」という導入部分の講座のまとめが終了しました。
参加された皆様ありがとうございます。
いろいろと話をしましたが、そのなかのひとつは、哲学という学問は「専門」“学”ではなく「根本」“学”だという話をしましたが、そのことについて少しだけここでも話をしておこうと思います。
古代ギリシアにおいては、「哲学」という学問しか存在せず、数学も天文学も、そして音楽も哲学のなかにふくまれる諸学として位置づけられ、その翠点として「哲学」が存在しました。学の近代的な分化は18世紀まで待つほかありませんが、以降、「学」の細分化が始まると同時に、哲学の「凋落」もはじまります。
その意味では、「第一学」と任じた哲学の驕りと負荷は確かに反省されてしかるべきでしょうが、「根本」学としての意義を否定することはできません。
それを象徴するのが、カントの次の言葉でしょう。すなわち「哲学を学ぶことはできない。ただ哲学することを学びうるのみである」。
諸学を「学ぶ」ことは可能です。しかし「哲学」に関して言えば、その意義での「学ぶ」は、哲学を学ぶことの本質ではなく、中心命題は「ただ哲学すること」を学ぶことであるという点は留意して欲しいと思います。
※とはいえ、哲学も「学」として「確立」するなかで、「専門用語覚えて理解しろや、ゴルァァァ」が現状ですよね!ってツッコミは、ちょっとこの場合、お許し下さいませ(汗
だからですけれども、プラトンやアリストテレスの著作をひもとくと、ギリシア語特有の言い回しや意義は散見されますが、特定のジャーゴンはほとんど出てきません。専門学ではありませんから、専門用語は不必要な訳です。
しかし、現代は、専門化(専門家)の時代。
あらゆる議論が専門用語によって煙に巻かれる時代といっても過言ではないと思います。それがすべて諸悪の根元だ!と20世紀の革命家になろうとは思いません。しかし、仮象にしか過ぎないこととして相対化することは必要だと思います。それが籠絡から解放される流儀になりますから。
サイードの指摘する通り、専門分化(スペシアライゼーション)と専門主義(プロフェッショナリズム)は、容易に権力におもねります。それは必然といってよいでしょう。
その意味では、専門用語に頼らず、日常言語で思索を深め、他者とのやりとりを深めていくという「哲学」の原初の意義は、それにあらがう行為でもあります。そこに哲学を学ぶ意義が存在することを、ポケットのどこかに入れておいて欲しいとは思います。
そして、専門用語の権力性の問題だけでなく、哲学を学ぶもうひとつの意義がどこにあるのかといえば、今日は、皆さんと「こんなこと、考えるに値しないや」と思われることをあえて、一緒に考えてみましたよね。
例えば「鉛筆とは何か」、「りんごとは何か」からはじまり、「美とは何か」、「正義とは何か」に至るまで、「自明の事柄」として流通している事物や概念というものが山のように存在します。
「ああ、こんなこといちいち考えるまでもないや」
ってものが沢山存在します。
しかし、それを①あえて自分で考えてみる、②そして他者とそのことをすり合わせてみるってことは大事です。
先に哲学の対極に存在する専門化(専門家)の陥穽を指摘しましたが、実は、この「ああ、こんなこといちいち考えるまでもないや」と考察を「中断する」ことも、実は同じ落とし穴なんです。
自明のように思われている事柄にこそ、権力性や現在の不正や不義を隠蔽する小細工が仕込まれております。だからこそ、あえて考えてみる挑戦というものは大切になってきます。
そしてそういうひとびとが、横断的に繋がることが可能となれば……。
それは新しい時代の始まりでしょう。
ということで「哲学を学ぶ」ではなく「哲学すること」を深めていきたいと思います。
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覚え書:「ひと 『同性婚合法化』に向け世界を飛び回る ボリス・ディトリッヒさん」、『毎日新聞』2012年10月10日(水)付。

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ひと
「同性婚合法化」に向け世界を飛び回る
ボリス・ディトリッヒさん(57)
 01年、世界で初めて同性婚を認めたオランダで、その法案を成立させた立役者。現在11カ国となった同性婚合法化の先がけとなった。同性婚問題を議論している国々の国会から呼ばれ、世界中を飛び回っている。
 LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの略で、いわゆる性的少数者のこと)の問題は人権の問題であり、差別は許されない、と主張する。弁護士、裁判官時代にゲイであることを公表、国会議員になって最初に取り組んだのが同性婚の法整備だった。
 「もちろん反対されました。何でオランダが最初なんだと。世界の物笑いになるとまで言われました」。そこで、夫婦に準じた権利を同性カップルに認める「登録パートナーシップ法」制定に尽力する。既にデンマークなどで施行されていたため、ハードルは低かった。
 「パートナーシップ法があれば、同性婚まではすぐだった」と言う。
 「世界にはゲイであることが犯罪とされる国が81もある。一方、オランダでも未成年の自殺者の45%がLGBTだというデータがある。宗教や無知が原因だ」と話す。
 今回は日本IBMの招待で来日、来年は野村ホールディングスでセミナーを開く。日本でもLGBTの社員に理解を示す企業が増えている。
 「LGBTにフレンドリーな企業は生産性や利益が上がる、というのはとっくに証明されています。日本でも同性婚が実現できるよう国会での議論を期待します。
Boris Dittrich 06年までオランダ下院議員。07年からNGO「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」で活動。男性と結婚。
    --「ひと 『同性婚合法化』に向け世界を飛び回る ボリス・ディトリッヒさん」、『毎日新聞』2012年10月10日(水)付。
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覚え書:「書評:死体は見世物か 「人体の不思議展」をめぐって [著]末永恵子 [評者]中島岳志」、『朝日新聞』2012年10月7日(日)付。

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死体は見世物か 「人体の不思議展」をめぐって [著]末永恵子
[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)
■死者と生者の関係 問い直す
 90年代から全国で開催され、話題となった「人体の不思議展」。近くて遠い人体の展示は、多くの観客を動員した。しかし、展示された人体は、特定の誰かの死体である。「その人」は人格を持ち、他者と関係してきた具体的存在だ。その死体が皮膚を剥ぎ取られ、本人の望むはずのないポーズで展示された。著者はこの展覧会に、死体への冒涜(ぼうとく)を読み取る。
 展示会のきっかけは、ドイツのハーゲンスが開発したプラスティネーション標本という死体長期保存技術にあった。日本の解剖学者はこの技術に注目し、日本での製作を熱望。その啓蒙(けいもう)活動として、展覧会を企画した。1995年、日本解剖学会は創立100周年記念行事として「人体の世界」展を開催。これはプラスティネーション標本を一般公開した世界最初の機会で、注目を集めた。
 展覧会の成功に目をつけたのは起業家たちだった。彼らは死体の商業展示をビジネスチャンスととらえ、「人体の不思議展」を開催。学者のみならず、行政やマスコミも後援し、全国を巡回した。
 そもそも展示された死体はどこから来たのか。当初はハーゲンス作製の標本が使用されたが、興行会社との金銭トラブルで関係は決裂。すると、主催者は入手先を中国に求めたが、ここで疑惑が浮上する。死体の出所が不透明なのだ。標本となった死体は誰なのか? 本人は生前、確かに献体の意思を示したのか?
 商品化された死体と、それを見世物的に消費する来場者。会場には慰霊碑・献花はなく、死体の尊厳への配慮は見られない。一方で、我々は博物館でのミイラ展示をあまり問題視しない。死体展示が許容されるボーダーラインはどこにあるのか。
 この境界を見定める作業は、必然的に死者と生者の関係の問い直しにつながる。本書は、極めて重要な哲学的問いを投げかけている。
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大月書店・1890円/すえなが・けいこ 65年生まれ。福島県立医科大学講師。『烏伝神道の基礎的研究』。
    --「書評:死体は見世物か 「人体の不思議展」をめぐって [著]末永恵子 [評者]中島岳志」、『朝日新聞』2012年10月7日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012100700008.html
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「内に立憲主義、外に帝国主義」から「内に立憲主義、外に国際的民主主義」へ

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 国内政治に向けての民本主義の唱道は、国際政治に向けての態度に変化をもたらした。初め、内に立憲主義、外に帝国主義の立場を免れていなかった吉野は、第一次世界大戦(一九一四-一九一八年)後、「帝国主義より国際的民主主義へ」というふうな講演をするようになる。民族自決の叫びへの、日本で数少ない理解者の一人となった。
 一九一九年、朝鮮に三・一独立運動が起きると、「朝鮮統治の改革に関する最小限度の要求」をものして、差別的待遇の撤廃や同化政策の放棄を求めた。つづく中国での五・四運動に当たっては、「北京学生団の行動を漫罵する勿れ」を書いて、彼らの行動を、「日本を官僚軍閥の手より解放せん」とする「吾人とその志向目標を同じうする」とした。帝国日本にいて、脱帝国主義への途を示す論議であった。これらの論議は、「我文部省の目的は、青年師弟の思想感情を一定の鋳型より打ち出さんとするに在り」(「精神界の大正維新」一九一六年)という、文教政策批判ともども忘れがたい。
 後年に吉野は、中心となって明治期の文献を掘り起こし、『明治文化全集』を完成させる。そこには、政治思想の変遷を明らかにし、「今のデモクラシー」に歴史的根拠を与えたいとの考慮が働いていた(「明治文化の研究に志せし動機」)(以上『吉野作造選集』各巻)。
    --鹿野政直『日本の近代思想』岩波新書、2002年、36頁。
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大正時代の宗教界や思想世界を研究していると、その教科書的「断定」や「認識」の錯誤に驚くことが多々あります。例えば、当時の知識人のダブルスタンダードを批判する標語の一つが「内に立憲主義、外に帝国主義」という言葉。
これは浮田和民の造語と言われますが、その浮田自身を含めてもそうですが、簡単に「内に立憲主義、外に帝国主義」と断定することは不可能だと思います。
確かに、そういう主張で“立て分け”ていた知識人が多いのは事実です。しかし十把一絡げしてしまうと、大切なことを見落としてしまうのも事実です。
自分自身が研究している吉野作造もそのひとりでしょう。
いわゆる「民本主義で当時の論壇をリードし、大正デモクラシーの醸成に寄与した」人物です。その民本主義において、内政を立憲主義を軸にした実質的デモクラシーの要求を突きつけながらも、「外」に対してはどうであったのか。
吉野の評価も割れるところはありますが、彼の場合、そのまま「外に帝国主義」で終生あったわけではありません。
冒頭の引用の通り、吉野作造の出発は素朴なナショナリズムから発します。しかし、知見の深化やひとびととの交わりは、それを相対化させていくのがその歩みであり、植民地支配されているひとびとを劣ったひとびとと見なすのではなく、対等な他者として尊重していく実践でもありました。
そしてその内と外の立場というものは、吉野作造においては、「別々の事柄」ではなく、両者がいわば密接に相互に影響を与えながら醸し出されたものというのがその消息でしょう。
まさに「国内政治に向けての民本主義の唱道は、国際政治に向けての態度に変化をもたらした」通りで、吉野においては「内に立憲主義、外に帝国主義」ではなく「内に立憲主義、外に国際的民主主義」というのが精確だと思います。
そしてその当時のデモクラシーを根拠づけるために、晩年は、明治文化への研究も併走させていきます。大正デモクラシーは、ふって沸いた「熱病」ではなく、その助走があったこと。そしてそれを新しく時代に即して展開していく。これが吉野の晩年の挑戦になります。
戦後の民主主義の確立は、切断面だけが強調され(確かにそれはそうなのですが)、萌芽の限界が指摘されるばかりです。
しかし、その萌芽の積極的にも注目しない限り、それはひとびとにとって内在的開花とはなり得ません。その場合、それは、どこまでも「ふって沸いてきた」ものとして受容される訳ですから、簡単にひっくり返ってもしまうというのも事実だと思います。
まあ、ひっくり返されても困るわけですので、接ぎ木としてそれを受容するのではなく、開花として私自身は、受容したいと考えます。
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覚え書:「今週の本棚:小西聖子・評 『子どもの共感力を育てる』=D・ペリー、サラヴィッツ著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。

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今週の本棚:小西聖子・評 『子どもの共感力を育てる』=D・ペリー、サラヴィッツ著
 ◇小西聖子(たかこ)評
 (紀伊國屋書店・2100円)
 ◇脳科学で見定める人間的な感情の動き
 「いじめられている人の立場に立って」というのは、いじめ防止キャンペーンの中でもいつも語られてはいるが、実は簡単なことではない。自分とは違う体験をしている人を思いやるには、感情が豊かでかわいそうと感じられるだけでは足りない。必要なのは、相手の視点に立って世界の見方を転換することである。
 「共感力の本質とは、相手の立場になりきる能力、相手の身になったらどうかを感じとり、それが辛(つら)いものならば辛さを軽減してやろうと思いやる能力である。」と著者はいう。
 この本は、共感という「あまりに人間的で優しい感情を冷徹な科学の目で眺め、共感するには何が必要か、病気や状況によって共感はどう歪(ゆが)んでしまうのか」について説明する。
 今までの心理学の本ならば、共感性の起源を早期の親子関係や、遺伝や環境要因に求めるところだ。が、この本はさらに先へと進む。なぜ多くの母親は子どもに特に共感的になるのだろうか。子どもが特定の養育者と強いつながりを作るのはなぜか。乳児や社会にこの条件が欠けた時どうなるのか。極めて人間的な感情の働きでさえ、ついに脳科学が説明をするようになったと言うべきか。
 キーワードの一つは、オキシトシンである。オキシトシンは、脳下垂体後葉から分泌されるホルモンで、子宮を収縮させたり、乳汁分泌を促進する。陣痛促進剤として使われることはよく知られているだろう。このホルモンは最近の研究によると、人への信頼感を増し、先行きの不安を低減し、特定の人とのかかわりを増すことがわかっている。
 動物を使ったオキシトシンの研究は一九七〇年代から行われているが、オキシトシンが、子育てやつがいのあり方に大きな影響を与えていることを明らかにした。一雌一雄制を取るタイプのハタネズミのメスでは、オキシトシンの受容体が喜びを感じる脳の領域に密集している。単純に考えれば特定の同じ相手といることが、より強く快感と結びつくということになる。もし人間にも同じような機構が存在するなら、オキシトシン分泌が増えることで、私たちは一人の人を好きになり、ずっと一緒にいることに安心や快感を感じるというわけだ。
 もう一つのキーワードはストレス反応システムだろうか。子どものころの強烈なストレスは心身のシステムにも根本的な影響を与える。子ども時代に、性的虐待や親の薬物乱用、家庭内暴力など過酷なストレスを複数--たとえば四つ以上--受けた人は、ストレスがなかった場合と比べると、自殺未遂が一二・二倍、うつ病が四・六倍となる。心疾患、糖尿病、違法薬物使用などのリスクも著しく高くなる。肥満も増える。
 またストレスにさらされる子どもは、動物でも人間でも、性的に早熟となり、早く子どもを産む傾向があるという。生命の危機が続く時に生き延びるためには、早熟は合理的な反応だろう。
 オキシトシンにしてもストレス反応にしても、動物にも人間にも共通するシステムが動いているのだが、その一部が人間的な感情や行動として認識されるに至る、と言ったほうがいいかもしれない。
 著者は新しい知識をもとに自由に書いているので、今のところ推測にしか過ぎない話もある。でも、確かな結論が一つある。のんびり安心できる子ども時代を過ごす人を増やすことが、世界の平和にも人類の幸福にも、確実に役に立ちそうだということである。(戸根由紀恵訳)
       ◇
 小西聖子さんは、今回で書評執筆者を退任します。
    --「今週の本棚:小西聖子・評 『子どもの共感力を育てる』=D・ペリー、サラヴィッツ著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121007ddm015070013000c.html
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「これから講義を始めます。体の具合が悪いのでこのままで失礼します」

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中村元先生の“最終講義”
 中村先生が亡くなられたのは、一九九九年一〇月一〇日のことだった。享年八六歳。猛暑で倒れられた先生は、亡くなられる少し前から昏睡状態が続いていた。そんなとき、先生の口から「これから講義を始めます。体の具合が悪いのでこのままで失礼します」という言葉が出てきた。訪問看護の看護婦さんは驚いた。見ると昏睡状態のままである。その場には、看護婦さんしかいなかった。聞きなれない言葉(サンスクリット語やパーリ語であろう)、それに専門用語が出てきて、その看護婦さんは「よく分かりませんでしたが……」と奥様の洛子婦人に報告された。講義は四五分続いたそうである。それは、東方学院での講義の様子のままであった。
 松尾芭蕉は、旅先で、
  旅に病で夢は枯れ野を駆けめぐる
と詠んだ。先生は、最後まで東方学院での講義に心を駆けめぐらせておられたのであろう。
    --植木雅俊『仏教、本当の教え インド、中国、日本の理解と誤解』中公新書、2011年、206頁。
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1999年の10月10日のその日。
仏教・印度学の大家、そして希代の大哲学者・中村元先生がお亡くなりになりました。
もう13年になります。そして今年2012年は、生誕百年でもあるそうです。
私的なことを振り返れば、今となっては、神学研究者として学問活動に従事しておりますが、もともとは、中国仏教(華厳学)をやろうと志したことがあり、印度学・仏教学の基本となるサンスクリット語を自習せねばと思い、学部の講座を履修すると同時に、中村先生の私塾といってよい「東方学院」の「サンスクリット初級」を受講したことがあります。
※記憶によれば確かゴンダの『サンスクリット語初等文法』(春秋社)が教科書だったのですがあれがいいのかどうなのかは、うーむ。
で……。
いまはどうか知りませんが、そのときは、受講の可否を決定する「面接」というものがありました。もちろん、それは大学受験や資格試験に見られるような「落とすぞ! ゴルァ」っていうものではなく、「顔合わせ」のような雰囲気だったと僕は記憶しております。
大会議室のようなところでブースに分かれて、面接者と受講予定者が、一対一でそのときは行われましたが、たまたまというか僥倖でしょう--、僕を担当してくれた面接官が中村元先生でした!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
時間にして5~10分程度だったと思っております(中村先生だったのでびびって、記憶違いはあるでしょうが)。
中村先生とは、履修する志望動機や近況をやりとしつつ、たった数分です。
20ちょっとの洟垂れ学生を相手に「真剣」に「親身」に、言葉を交わしてくれた「知の巨人」の振る舞いに圧倒されたと同時に「人間はかくあらねば」と襟をただしたことが懐かしい思い出です。
その時ですが、僕は学部でドイツ文学専攻だったので、そういう話もしたのですが、中村先生は、
「ドイツ文学を勉強しているのですか。ドイツは、東洋学の先輩です。きっと、これまで勉強してきたドイツ語やドイツ文化と、そしてこれから学ぼうとするサンスクリットは全く無関係ではありませんよ。世の東と西を架橋する挑戦は素晴らしいですね。がんばってください」
……と激励してくださいました。
そのことは、懐かしいだけでなく、僕自身の宝物になっております。
東方学院での勉強は、通年で履修せず、半期で終了しました。中村先生が、学部で履修しているなら、その助走ができれば、後期はその段で考え直したほうが、価値的だよと示唆してくれたからです。
結局、今となってみれば、サンスクリットはローマナイズを辞書片手になんとか読める程度で……水準は保っていますが……、進路もキリスト教神学になりましたが、貴重な10分、そして半期にはなったと思います。
僕の履修したサンスクリット語の初級は、その時、たしか5名程度(希望曜日でわれますから)。
学部の学生だったので、そのとき、おどろいたのは、主婦の方やサラリーマン、いろんなひとと一緒に「研鑽」できたことです。関心や目的は千差万別でした。しかし、そういう多様なひとと学びあえたことは、大学という閉鎖的集団が基本的に「同質」人間を閉鎖的空間でブロイラーする現状であることを鑑みれば、その一コマというのは、そのときの僕に対してはカルチャーショックであったし、そのもたらされた動執生疑は、かけがえのないひとときであり、自分自身の財産になったと思います。
後日、通信教育部で教鞭を執ることになったのですが、そこでの多様な世代や人々との交流においても、それは一つの範型になったと思います。
さて……。
冒頭で紹介した一節は、中村先生の最後の最大のお弟子さんといっていい植木先生の著作から、その最後を紹介しましたが、非常勤とはいえ、学問に関わる人間としては、かくあらねばと襟をただす次第です。
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覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 『ヒトはなぜ難産なのか』=奈良貴史・著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。

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今週の本棚:海部宣男・評 『ヒトはなぜ難産なのか』=奈良貴史・著
 (岩波科学ライブラリー・1260円)
 ◇人類学の視点で「お産」という大事と向き合う
 お産が女性にとって大変な難事業だということは、男性でもみな知っている。けれど、数多(あまた)の哺乳類の中で人間の難産が際立っていることをこの本で知ったら、何やら、いろいろなことが一度に見えてくるような気がしてきた。
 何よりも、この大きな頭だ。何枚もの頭骨が複雑な縫合線で付着し、しっかり脳を守っている。でも、生まれて間もない我が子の頭に触れてその柔らかさに驚いたお父さんも、多いのでは。私も、その記憶は生々しい。このふにゃふにゃの頭は生後一年で三倍になり、二歳児にしてようやく固まる。こんなに頼りない未熟児で生まれるのは、ヒトの一大特徴だ。それでも新生児が生まれるときは、頭の直径を三分の二近くに縮め、身体の位置や方向を何度も変えながら、やっと出て来るのだという。何と大変な。
 ヒトがかくも難産になったのは、直立歩行と大きな頭に直接の原因がある。直立したおかげで骨や内臓の配置・構造が複雑になり、お産には不向きになった。三百万年くらいも前から直立して歩いていた猿人やホモ属はみな、難産だったのだろうか。さらに、大きな頭が、直立歩行の結果として進化した。
 頑丈で頭も現代人なみだったネアンデルタール人は、難産だった可能性が高いという。ネアンデルタール人の研究者でもある著者は、彼らはお産でやや有利だった現代人に負けていったのかもしれないと、想像を巡らせる。つまりヒトは、文明を持てる知能を、子孫を残せるギリギリのところで獲得したのだろうか? ネアンデルタール人は、もう少しのところでそれに失敗したのかもしれない。
 ……とすると宇宙のほかの星の「文明人」のお産はどうなっているのかなあ、などつい想像は駆け巡るが、閑話休題。
 昔からお産は本当に大変なことだったという事実も、重い。お産で母親が亡くなることは珍しくなく、産むことは女性の命がけの大事だった。平安時代の『栄華物語』では、出産する女性四七人のうち四人に一人弱の一一人がお産で死ぬとのこと。若干誇張はあろうけれど、江戸時代のある推定では、やはり女性の死因の四分の一がお産だという。でも怖いと言って産んでくれなかったら、人類も日本も私もないわけだ。女性とは、実に偉大な存在である。
 そして昔から、また世界中で、お産という大仕事を本人任せにしないで周りが助ける工夫や仕組みが多様に発展していることを、本書は丁寧に紹介する。これも、人間なればこそ、である。
 現代のお産での死亡率は、戦前に比べてもほぼ百分の一と、百パーセント安全とはいえないにせよ劇的に下がっている。目出度(めでた)いことだが、難産であること自体が変わったわけではなく、助産の制度や施設での医療分娩(ぶんべん)が整ったためである。しかしいっぽうで著者は、産婦が「産む人」から「産まされる人」になったと指摘する。アメリカなどで多い不必要な帝王切開の適用や、フランスで著しい麻酔による無痛分娩についてその弊害を語り、「必要な場合に限る」ことが大事と説いている。
 学生や聴衆に歓迎された講義・講演を基にした本というが、さもありなん。目配り気配りが行き届いて、読んでいて気持がよい。とりわけ人類学の視点からヒトの難産を取り上げたことで、ぐっと視野が広がった。例えば著者は、動物も昔の人も自分で産んできたのだからもっと自然に任せるべきだという「自然分娩派」にも、そういう立場から警鐘を鳴らしている。
 広い科学に立脚して重要な視点を提供するのは、科学者が果たすべき役割の一つだろう。
    --「今週の本棚:海部宣男・評 『ヒトはなぜ難産なのか』=奈良貴史・著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121007ddm015070038000c.html
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「観る」とはすでに一定しているものを映すことではない。無限に新しいものを見いだして行くことである

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 「観る」とはすでに一定しているものを映すことではない。無限に新しいものを見いだして行くことである。だから観ることは直ちに創造に連なる。しかしそのためにはまず純粋に観る立場に立ち得なくてはならない。
    --和辻哲郎『風土』岩波文庫、1979年、106頁。
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三連休の最終日は、仕事が休みでしたので(ものすごいことなんですがw、勤務校の大学祭へ家族とお出かけということになりました。
まあ、仕事で居ないあいだ、どこかへ遠出したわけでもありませんし、せっかくの休日に休日がとれましたので、出かけるという話をしておりましたのですが、まあ、細君もそこの出身で、もう4-5年はこの季節に行ってないようなので、出かけた次第です。
※個人的には、少し進めたい仕事があったのですけれどもネ(涙
さて、ざっくり、構内の展示を見てから、大学を家族で散策。
細君がいうには、息子殿が私に対する認識を改めていたそうな(笑
要するに、家では、リアルな話、ぐうたらだらしない「糞おやじ」なのですが、まあ、大学へ出かけると、非常勤ではありますが、それでも「せんせい」と呼ばれるので、そのことに息子殿は「驚いた」ようです(苦笑
※いうまでもありませんが、その立場に安住したりっていう意味での教員の権威主義「どや」ではありませんよ、念のため。現実は権威主義として流通してる事例には事欠きませんが、そう他者から表象されるということへの「責任」は大切にしたいと思います。まあ、もっとも「先生」という自覚すらないわけですけれども。
「へぇ、吃驚したかw」
……と聞き返すと、
「1mmぐらい」
……と照れ隠し。
秋晴れの涼しい武蔵野の大地で、少しリフレッシュできたということにしておきましょう。
“「観る」とはすでに一定しているものを映すことではない。無限に新しいものを見いだして行くことである”


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覚え書:「今週の本棚:辻原登・評 『屍者の帝国』=伊藤計劃、円城塔・著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。

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今週の本棚:辻原登・評 『屍者の帝国』=伊藤計劃、円城塔・著
 ◇『屍者(ししゃ)の帝国』
 (河出書房新社・1890円)
 ◇執拗な思考が冒険活劇に絡みつく「現代の奇書」
 一八七八年ロンドン。優秀な成績でロンドン大学医学部を出た青年がある任務に就く。
 時は、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、そして最大の陸軍大国にのし上がったロシアが加わって「グレート・ゲーム」のまっ最中。陸軍(ランド・パワー)が最強になれば、必らず海軍(シー・パワー)の強化へと向かう。とりわけ不凍港を持たないロシアはインド洋に出ようとして、中央アジアでヨーロッパ列強と一触即発の危機にあった。これが「グレート・ゲーム」と呼ばれる戦いだ。
 <わたし>(ジョン・ワトソン)が女王陛下の諜報(ちょうほう)機関<ウォルシンガム>から命ぜられたのは、このゲームにプレーヤー(諜報員)として参加し、アフガニスタンのどこかにねじろを持つとされる「屍者の帝国」を探ることだった。
 諜報機関の責任者Mは諮問(コンサルタント)探偵(スルース)シャーロック・ホームズの兄。出だしからして人を喰(く)った設定だ。
 屍者とは何者か? ヴィクター・フランケンシュタインが怪物(クリーチャ)を創造して百年。いまや、死体に疑似霊素をインストールして生き返らせた死体ロボット=屍体が大量に生産され、3K労働や兵士として活用されている。そして、より性能の良い屍体製造をめぐって、各国は鎬(しのぎ)を削る。
 作者はここで、いわば原SFたるメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』の続篇、というより「第二の小説」を物しようとしているのだ。
 ロシアには、すべての死者を復活させて人類を救済し、ユートピアをめざす結社があった。ロシア皇帝の暗殺を目論(もくろ)む彼らは、アフガンの深奥部コクチャ川の源流にひそんでいた。どうやらこの結社が、屍体製造の奥義書「フランケンシュタイン文献群」を保持しているらしい。結社の指導者の名前はアレクセイ・カラマーゾフ。ご存知『カラマーゾフの兄弟』の末弟アリョーシャ。
 ドストエフスキーが『カラマーゾフ』の続篇を構想していたことは知られている。そこでは、アリョーシャは皇帝暗殺者となって登場する。
 ここで、作者のさらなる野心が明らかになる。ドストエフスキーに代わって、「第二の小説」を物する。
 噂(うわさ)によると、カラマーゾフはアフガンの奥地の古い鉱山跡を巡り、選(え)りすぐりのラピスラズリを採掘して、送って来るらしい。このあたりは、コンラッドの『闇の奥』のクルツを思わせる。
 <わたし>はカラマーゾフを追い求めて、コクチャ渓谷を溯(さかのぼ)る。
 ついに<わたし>はカラマーゾフの国に入る。二人の邂逅(かいこう)の場面。
 あくまで穏やかにカラマーゾフは掌(てのひら)で椅子を示した。
「ワトソン。ジョン・ワトソン」
「アレクセイ・カラマーゾフ」
 わたしたちは見つめ合う。澄んだ瞳がわたしの裡(うち)を覗(のぞ)き込む。
 これらの出来事・物語を書きとめたのは<わたし>ではない。<わたし>の従者・書記フライデーだ! かつてのロビンソン・クルーソーの忠実な従者。いまは物言わぬ屍者。
 屍者は魂を持つのか?
 「グレート・ゲーム」という大冒険活劇に、魂と物質をめぐる深く鋭く、執拗(しつよう)な思考が、まるでスイカズラのようにびっしり絡みついためくるめくような小説だ。ラストで、フライデーが静かに目を開き、<ぼく>と語り出す部分は感動的ですらある。
 現代の奇書と呼んでいい。
    --「今週の本棚:辻原登・評 『屍者の帝国』=伊藤計劃、円城塔・著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121007ddm015070040000c.html
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人間を支配することの合法性は、支配者がもはや自分のことはすこしも念頭になく、もっぱらすべての人のしもべとなることにある

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十月八日
 神の秩序にしたがって考えれば、人間を支配することの合法性は、支配者がもはや自分のことはすこしも念頭になく、もっぱらすべての人のしもべとなることにある。これ以外の合法性はことごとく誤りである。また、すべての支配者は、これにしたがって批判されねばならない。
ヒルティ(草間平作・大和邦太郎訳)『眠られぬ夜のために』岩波文庫、1973年、279頁。
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このところ、威勢はいいけれども、結局は尻ぬぐいをしないエライひとだとか、問題を指摘する相手にのみ脊髄反射するけれども、議論が二転三転するエライひとだとか、いわゆる脚光を浴びている政治家連中にそういう御仁が多くなったような気がします。
まあ、「多くなった」というよりも昔から存在はしていたけれども、今日の場合、ニュースで報道されるのもそうした「御仁」ばかりだから、政争報道にのみあけくれ、受けの取れる「絵」と、キャッチコピーににた「弾嘩」のみ切り取り報道するメディアの責任も多いのですが、そんなことを言い出しても始まらないので、「おいおい、またかよ」ではなく、対峙し続けるほかありません。
しかし、選挙で支持を獲得したから「白紙委任だ!」と錯覚する市長閣下、自分できな臭い種を東アジアにばらまいて煽るだけ煽ったあげく、実質としての民力の根こぎをもたらしたことを「屁」とも思わない都知事閣下やその金魚の糞たち……。
その様をみるにつけ、ほんと、民主主義の意義を理解していないなあとは思うばかりです。
スイスの公法学者・ヒルティは“慎ましく”「神の秩序にしたがって」と前置きしましたが、形而下の手続きとして考えても「人間を支配することの合法性は、支配者がもはや自分のことはすこしも念頭になく、もっぱらすべての人のしもべとなること」にありますよね。
そんでもってヒルティのように「支配者がもはや自分のことはすこしも念頭になく」というのは過度の倫理要求とは思うけれども、現実は「自分のことには隙もなく配慮」というのをみると、もっぺん、そうした基礎概念を学びなおしてこい!とは思いますが、そういう手合いに拍手喝采をおくってやまない連中もたた存在するのが現実であるとすれば、そう思うだけでなく、自分自身、法律や法哲学に関する基礎的な知識を習熟しつつ、それを広く自分の関わるひとびとと共有していかなければならないなあと思う次第です。
……ってことで、今月から、憲法をはじめ、自分には割合と縁遠い……というか「倫理学」を担当しているので、その両者の交渉史はやりますが、まあ、「形而上」的ですかね(涙……そのへんのジャンルを勉強し始めました。
学部以来のことですが(文学部出身なので一般教養で履修程度)、学び始めると面白いものですね。
そして、付け加えると、「おいおい、またかよ」って暴言を憚らないひとびとの欺瞞が浮かび上がることに驚きです。
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「今週の本棚:加藤陽子・評 『中国革命と軍隊』=阿南友亮・著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『中国革命と軍隊』=阿南友亮・著
 (慶應義塾大学出版会・7140円)
 ◇共産党軍の“黎明”から現代中国を考える
 日本による尖閣諸島国有化を機に、中国では反日デモの嵐が吹き荒れた。この間、メディアの報道を注視していて気づいたことがある。『ニューヨーク・タイムズ』はじめ多くのメディアは、デモ過激化の要因につき、日中それぞれが主張する歴史的経緯や国際法的な見地からの分析や解説をおこなわなかった。それに代えて、中国共産党指導部内部の対立、具体的には、習近平副主席の権力基盤の不安定性から説明していたことに注意を惹(ひ)かれた。
 そのような搦(から)め手からの説明がなされるとき、次の国家主席とされる習近平を支える重要な政治勢力として常に言及されていたのが、中国人民解放軍の存在だった。中国において党・軍・社会の三者が形づくる関係は、政治制度を異にする日本にとって、まことに理解しにくいものではある。だが、資源の安定的確保と海洋航行の自由度を上げたい中国にとって、軍の存在価値は増しこそすれ減ることはないだろう。ここに、人民解放軍の起源をなす党軍・紅軍について、中国革命と軍隊という視角から、1920年代の広東における実像を、初めて本格的に描いた本書の意義がある。
 1945年8月の日本の降伏は、原爆を投下したアメリカ自身、日本を屈服させるのに1年半余かかると見ていた事実からも察せられるように、国民党の蒋介石率いる国民政府にとっては予想外に早いものだった。満州(中国東北地域)にいた日本軍の投降にはソ連があたり、長城以南の中国においては国民政府があたるとの連合国の決定も影響した。ここに、奥地の重慶から国民政府軍が日本軍接収に動く前、中国共産党軍が東北地域へ兵力を集中しえた要因があった。人民解放軍と呼ばれた共産党軍は、ソ連軍の黙認のもとに日本軍の兵器類を接収し、急速に軍備を増強してゆく。49年に誕生する中華人民共和国は、数では優勢だった国民政府軍を共産党軍が内戦の果てに撃破し、銃口によって生み落とされた国家にほかならなかった。
 このように、人民解放軍が勝利した最終盤の姿は、国民政府軍との軍事的競合の問題として描かれてきた。だが著者も述べるように、共産党軍が1920年代の広東で誕生し、成長した起源と経緯については、意外にも軍事面からの説明がなされてこなかった。それはなぜなのか。いくつかの「神話」が分析の目を曇らせてきたのだろう。地主から奪った土地を小作人に分配する土地革命を成功させ、農民の支持を獲得した共産党が、今度は農民を兵士として軍隊へと動員していった、との神話が。
 いったい、この神話は史料的に支持されるのか。著者の問いはここにある。たしかに、共産党自身、土地革命を通じて農民に権利を付与し、農民からなる徴兵制に近い軍隊創設を切に望んではいた。当時の中国で一般的だった軍閥の軍隊は、金で集められた傭兵からなっており、指揮官と兵は私的関係で結ばれていたからである。郷党閥をバックボーンとし、私利私欲で動くこれらの軍隊は土匪(どひ)と大差なく、国家や社会をしかと支える凝集力と基盤を持ちえない。ただ、ソ連の赤軍をお手本にしようにも、社会に対する党の監視や動員体制が整っていたソ連の真似(まね)はできなかった。また、日本のような徴兵制軍隊を作りたくとも、迅速な動員を支える兵事課や地方制度の整備は期待できなかった。
 では、どうしたらよいのか。共産党が、ある種の断念からスタートせざるをえなかったのは確かだろう。まずは最先端の軍事教育を授けられた黄埔(こうほ)陸軍軍官学校卒の士官による指導部をつくる。そして、その下で兵士となる層としては、わずかな給金や戦利品・略奪品の山分け目当てに軍に入る層をも甘受した。リアルな対応といえるだろう。
 さて、国民党との内戦が始まった1927年以降、広東省東部のある根拠地で、共産党軍が勢力拡張を図った事例の紹介がすこぶる面白い。例えば、ある地域の防衛拠点と商業経済の中心地を長らく支配してきた宗族(同一の姓を持つ父系の血縁集団)があったとする。それを仮に、呉という姓を戴く呉姓宗族とし、その呉姓宗族は国民党の側に立っていたとする。その時、勢力拡大を図りたい共産党はどう動いたか。共産党は、その地域において、呉姓の宗族支配に長年不満を抱いていた、二番手の勢力を誇る宗族と連携し、国民政府軍と呉姓宗族の二つながらの打倒を図った。共産党の内部文書を縦横に用いた著者は、共産党軍が、伝統的な宗族間の対立を利用し、武装した宗族をそのまま取り込むという、まことに大胆な戦術をとった経緯を描き出した。
 宗族対立を利用し、農民の自衛団や傭兵など既存の地域内の武力を、躊躇(ちゅうちょ)することなく自軍へ併呑(へいどん)した黎明(れいめい)期の共産党軍の姿。それは、日本軍の装備を吸収し、国民政府軍の将兵を多数寝返らせて内戦に勝利した人民解放軍の姿とダブる。すべての歴史は現代史だと気づかせてくれる本書は、中国を考えるための必須の書となった。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『中国革命と軍隊』=阿南友亮・著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121007ddm015070181000c.html
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書評:中野敏男『詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」』NHK出版、2012年。

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中野敏男『詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」』NHK出版、読了。白秋を素材に、戦前日本社会の民衆のメンタリティーの変遷を批判的に考察する一書。童謡で人気を獲得した白秋が、なぜ戦争賛美を歌いあげ愛国心を鼓舞するようになったかを検証する。
白秋の底流にあるのは「郷愁」。これが関東大震災を契機に変貌する(震災後、新民謡にも参加しブレイク)。故郷を懐かしむ思いは、童謡が媒介だから、還元不可能な体験から「無垢」な世界へと変質する。同時にそれは故郷のイメージの改変へ必然する。
白秋の核にある童心主義とは「子供に還ることです。子供に還らなければ、何一つこの忝(かたじけな)い大自然のいのちの流れをほんたうにわかる筈はありません」。本来パティキュラルな郷愁が、童心との融合で「無垢な世界」という普遍に転位される。
この白秋の変化は、彼の詩歌を愛唱した日本人のメンタリティーの変化そのものである。童謡の無垢は、郷土愛を純粋無垢な心情と同義され、それが時勢にのり愛国心として燃え上がる。これは大正デモクラシーの多様性から戦前日本の一本化への収斂の道の一つ。
では、この歪みは敗戦によって解消するのか。著者によれば否である。敗戦後もこの無垢な愛国心は消えず、復興への道の原動力として機能した。最終戦争への総力戦と経済の総力戦。先の震災で露わになったのは、歴史を振り返らないことだと指摘する。了。
以下、余談ですが、想起するのは、森脇佐喜子(解説・高崎隆治)『山田耕筰さん,あなたたちに 戦争責任はないのですか』(梨の木舎)。これもいい本です。それから(先の『詩歌と戦争』の中野さんの議論を誤読されると厭だから、強調するとパトリオティズムも結構「糞」だとは思います。
https://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=C5010101&webCode=00911912012
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覚え書:「みんなの広場 私は人間の良心を信じたい」、『毎日新聞』2012年10月5日(金)付。

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みんなの広場
私は人間の良心を信じたい
会社員58(兵庫県伊丹市)
 最近の社会の関心事は「いじめと領土問題」ではないだろうか。まったく関連がなさそうな両者だが、根本は同じだと思う。解決のキーワードは「対話」だろう。人間は生まれなあらに慈悲と寛容を備えている。良心と呼んでもよいかもしれない。「人は憎むことを学ぶ。憎むことが学べるなら、愛することだって学べるだろう」とは南アフリカの元大統領、ネルソン・マンデラさんの言葉だ。
 子どもは周りの大人の姿やいろいろな情報に触れて育つ。いじめをなくすには、子ども同士、親や教師それぞれの対話が必要だ。対話などを通じて互いを理解し、互いの心の中の良心を見つける。そして尊敬し合い、一人一人が大切な存在だと知る。
 領土問題も同じではないだろうか。思想も文化も風土も違う国同士だが、そこには同じ「人間」がいる。首脳をはじめ、経済人、芸術家、民衆らがそれぞれ対話することだ。解決への道はそこにあると私は思う。私は人間を信じたい。
    --「みんなの広場  私は人間の良心を信じたい」、『毎日新聞』2012年10月5日(金)付。
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覚え書:「異論反論 餓死や孤立死が相次いでいます=雨宮処凛」、『毎日新聞』2012年10月3日(水)付。

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異論反論 餓死や孤立死が相次いでいます
寄稿 雨宮処凛
SOSを発し得る社会に
 毎週水曜日、首相官邸前には消費税増税や社会保障切り下げに疑問をもつ人々が集まり、生活保護の改悪に反対する声を上げている。
 8月に閣議決定された来年度予算の概算要求には「生活保護の見直し」という言葉が盛り込まれ、最後のセーフティーネットの切り崩しが今まさに進められようとしている。
受給者が200万人を超えた頃からバッシングは強まり、時にそれは「財源」という言葉でお荷物のように語られる。が、受けられる人がどれくらい受けているかを示す捕捉率は、わずか2、3割だ。
 一方で、今年に入ってから、家族ごとの餓死や孤立死が相次いでいる。1月には札幌市で40代姉妹の遺体が発見され、2月には、さいたま市で30代息子と60代夫婦が餓死遺体で発見されるという事件があった。これまで「孤立死」=単身高齢者というイメージが強かったが、まさに今、家族が共倒れするような形での困窮の果ての死が、じわじわとこの国に広がっているのだ。私が把握している限りでも、そのような事件は今年だけで十数件、起きている。
 札幌の姉妹は、区の福祉事務所に3度、生活保護の相談に訪れていた。しかし、典型的ともいえる「水際作戦」に遭い、申請には至らず、最後の相談から半年後に変わり果てた姿で発見されている。一方、さいたまで亡くなった親子3人は、行政などにSOSを発していない。「助けて」と言うことさえもできない困窮者の存在。
貧困が自己肯定感を奪い
社会や他人を信頼できず
 貧困の取材をしていて思うのは、人がSOSを発信するには、最低限クリアしていなければいけない条件がふたつあるということだ。
 ひとつは「自分には生きる価値がある」「助けられるに値する人間で、生きていいのだ」という自己肯定感があること。しかし、貧困は時に自己肯定感を簡単に奪い去る。「どうせ自分は生きる価値などないのだ」と思っている時、人は決して助けなど求めない。この問題は高齢者の間で進んでいるといわれる「セルフネグレクト」にも通じるだろう。自らの生活に極度に無関心となり、健康状態を悪化させてしまう自己放任の状態。
 そしてもうひとつは、社会や他人への信頼感が残されていることだ。が、困窮に至る過程で、多くの人が社会や他人に手ひどい裏切りを受けている。「SOSを発したところで貧困ビジネスのカモになるだけ」「どうせ誰も助けてくれるわけがない」。社会や他人への信頼が欠片ももてなければ、「助けて」と言うことは時に「危険なこと」ですらある。
 生活保護改悪の背景には、当事者がなかなか声を上げづらい、という状況があることも指摘されている。確かに、言いづらいことではあるだろう。しかし、そうした声を封じていく世間の空気が、回り回って誰かのSOSを踏みにじり、命を奪うことに荷担していないか、一人一人が問われていると思うのだ。
あまみや・かりん  作家。反貧困ネットワーク副代表なども務める。今月、「14歳からわかる生活保護」(河出書房新社)を出版予定。「なかなか正確な情報が伝わらない生活保護について、かみ砕いて書きました。入門書的な一書です」
    --「異論反論  餓死や孤立死が相次いでいます=雨宮処凛」、『毎日新聞』2012年10月3日(水)付。
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覚え書:「記者の目 生活保護バッシング」、『毎日新聞』2012年10月2日(火)付。

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記者の目 生活保護バッシング
東京社会部 遠藤拓
寛容な視点で考えよう
 もしかして、日本社会は生活保護を受給者ごと切り捨てようとしているのか。春先から続くバッシングはそんな危うささえも漂わせている。
 生活保護は6月時点の受給者が211万人超と過去最多を更新し、今年度は3・7兆円の税金が投入される見通しだ。減らせ、との大合唱はあちこちから聞こえてくる。蔑称の意味を込め「ナマポ(生保)」という言葉を使ったひぼうや中傷がネットの世界でもあふれている。だが、まん延する貧困問題への処方箋なしに当事者を締め付けたら、社会はどうなるのか。生活保護を受けられるのに、受けていない「漏給」の問題も根が深い。ムードに流されて「最後のセーフティーネット」を無惨に切り刻むのではなく、寛容な視点で考えて欲しい。
 ざっとおさらいをしよう。バッシングのきっかけは、お笑い芸人が生活保護を受ける母親に扶養義務を果たしていないと批判された問題だ。独立した子から親への仕送りの有無は、個々の人間関係など多分に道義的責任に関わる問題だが、あたかも犯罪行為に当たるかのように非難する声が相次いだ。
 こうした中、政府は8月、13年度予算は生活保護費「削減」方針で当たるとした概算要求基準を閣議決定。次期衆院選では、自民党や日本維新の会が給付の大幅カットや現物給付を掲げる見込みだ。
病人や失業者切り捨ては酷
 「酒やパチンコに明け暮れる」「働けるのに働かない」。生活保護にこんなイメージがつきまとっていないだろうか。今春から更正労働者を担当して取材を重ねてきたが、これまで出会った当事者の大半は、ひっそりとつましく日々を過ごし、いわれのない中傷に胸を痛めていた。
 「仲間を一人でも多く救いたい」。こう話すのは、東京都内に住む元路上生活者の40代男性だ。幼少期から精神疾患の治療を受け、仕事を転々としているうちに無一文となり、7年ほど前、福祉団体の助けで生活保護にこぎ着けた。今はアパート暮らしで、かつての自分と同じ境遇にある路上生活者を支援する。
 首都圏で子供と2人暮らししている50代女性は、体調を崩して失業し、15年前に生活保護を受け始めた。就職活動をしているが、面接で暮らし向きを聞かれると口ごもる。「血税で食べているので、バッシングのさなか、堂々と振る舞うことはできません」と話す姿が痛々しい。
 確かに、昼間から酒を飲んで過ごすなど、働く意欲がみられない当事者もいる。だから、日々の生活を切り詰め、身を粉にして働く人々が「楽して金をもらうのはけしからん」「不公平だ」と憤るのも分からないではない。
 だが、厚労省によると、6月時点の受給世帯は、高齢者4割、傷病者と障害者を合わせて3割。稼働年齢層を含む「その他世帯」は、2割に満たない。大病や失業など人生の節目を乗り越えられず、その後も立ち直りのきっかけをつかみ損なった人たちを切り捨てて良いのだろうか。
 今年1月以降、札幌で40代姉妹の死亡が発覚したのを皮切り、餓死や孤立死が各地で相次いだのを思い出して欲しい。私たちはその度に驚き、世の無情を嘆いたのではなかったか。社会との接点が薄れ、生活保護の申請すらしていない人たちも多い。
 生活保護の受給資格があるのに受けていない漏給者の数は不明だが、一説には800万人以上ともいわれる。「211万人」の陰に、恥の意識に邪魔されて申請を控えたり、自治体側の「水際作戦」で窓口を体よく追い返されたりした人々が大勢いることは確かだ。
水準下げなら社会全体に報い
 貧困問題の根は深く広い。「転落」は誰にでも起こりうる。想像してみよう。ふとしたきっかけで、今の住まいが、財産が、家族が失われ、ぼうぜんと立ち尽くす自分を。命からがら、生活保護にたどり着いた自分を。何が起こるか分からない人生、平穏な暮らしがずっと続くと言い切れる人が、果たしてどれだけいるのか。生活保護水準の切り下げは、最低賃金の引き下げや就学援助制度の対象世帯縮減にもつながりかねない。安全網を傷めれば、報いは社会全体にはね返るのではないか。
 厚労省は年内にも、生活に困窮する人々の自立を促す「生活支援戦略」を策定する。9月28日に公表した素案は働こうとする人に手厚く、そうでない人に厳しい内容だ。5年に1度の保護水準の見直しも並行して進めている。求められているのは、必要とする人が受けやすく、少しでも立ち直りやすい制度の再構築だろう。バッシングに惑わされず、当事者に資する結論を出してほしい。
    --「記者の目 生活保護バッシング」、『毎日新聞』2012年10月2日(火)付。
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中沢新一は、一種の超越なきパラダイス論

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超越なきパラダイス
竹田 中沢新一は、一種の超越なきパラダイス論*を立てていると思うんです。彼は天国のことや無限に微分化され続ける差違の領域というようなことを言うわけです。それは要するに、差違のパラダイスですね。ところが、それは全然まずいんです。
 なぜかというと、たとえば共産主義というのは一種のユートピア思想です。ユートピア思想というのはパラダイス思考の近代化された形態なんです。パラダイスというのは天国や夢幻郷のことで空間的な疎外感です。ユートピアは時間の果てにやってくるに違いない理想世界なんです。最後の審判なんてのもそうです。ヘーゲル的な歴史もそうですが、人類の未来に人間が参与することによって、いつかパラダイスに到達できるというのが、マルクス主義のユートピアだと思うんです。
丸山 ユートピアを将来に置く場合もあれば過去に置く場合もある。僕は進歩史観やダーウィニズムと、一見正反対の逆ダーウィニズムという言い方をするんですが、どちらも根っこは同じなんですね。
竹田 共産主義というのは、基本的にそうした人間の理想へのあこがれを組織する性格を持っていると思うんですが、これが現在はほぼ崩壊してしまった。そこで、中沢新一は、今更時間的に人間がたどりつくべき理想として、そういったユートピアを師弟できないために、人間の存在そのものの自由という形で存在論的パラダイスを持ってきたという面があるわけです。ところが、まずいと思うのは、超越論がないんですよ。で、「超越なきパラダイス」と言っているんですが、ぼくの問題意識では超越論はどうしても立てなければいけないものなんです。なぜかと言うと、人間は幻想的身体という形でエロス化された精神を持っているために、現実世界のむこう側に精神的な欲望の対象、言い換えれば審美的なものを求めざるを得ないわけです。つまり、人間の欲望の対象は、じつは〈意味〉なんです。それをぼくは超越論的な欲望と呼んでいるわけです。ぼくの言う超越とはそういうものですが、そうした人間の超越論的欲望が神様になったり、形而上学になったり、パラダイスになったり、理想社会になったりしてきたと思います。
丸山 そうすると、竹田さんはやっぱり絶対者を立てるわけですか。
竹田 いや、超越というのは絶対者ということとは全然違います。そこが超越という言葉につきまとっている誤解され易い面なんですね。それは人間においては欲望の対象が、いわゆる現実社会のむこうに〈意味〉として成立してしまうということです。だから、絶対者を対象として立てると、そのとたんに、なま臭くなって、頽落してしまうんです。
*超越無きパラダイス論 超越の領域は、ロマン的世界、イデアの世界、真理の世界である。これは、事実あるいは現実という領域からは、“幻想”に近いが、それでも、現実と同じ権利で存在しているのである。中沢新一は、この超越の領域を現代思想の考え方で説き直そうとしているが、そのことで、超越世界の領域を論理世界に対する感覚世界への領域へ還元してしまう気配がある。
        --丸山圭三郎、竹田青嗣「ソシュールとフッサールの位相」、丸山圭三郎、竹田青嗣『〈現在〉との対話2 記号学批判/〈非在〉の根拠』作品社、1985年、199-201頁。
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このところ、忙しく時間が無くて本当にスイマセン。
今日もほぼ、覚え書のような内容になってしまいますが、一応紹介しておきます。
言語学者の故・丸山圭三郎さんと、思想家の竹田青嗣さんの対談のなかで、中沢新一さんの思想に内包される問題を端的に指摘した一文が上記の引用箇所です。
※もっと紹介すべきなのですが、時間の都合上ご了承下さいませ。
私自身、中沢さんの思想における恣意性や自身の言説に対して責任を引き受けない態度(←ここでの責任とは字義通りです)にいつも「んんん????」となることが多く、そのことは、生き方の問題だけでなく、思想性にも反映しているのではないかと、著作を読むたびに思っていましたし、最近はいくつかの批判的検証を行う作品も登場し始めましたので、ああ、なるほどね!と思っておりましたが、うえにあげた批判というのも、そうした氏の思索のいくつかある陥穽を衝くもので、ほぼその初手に当たるものだと思いますので、紹介した次第です。
※また、丸山さんのソシュール解釈(→ソシュール解釈というよりも、丸山言語学なのですが)や、竹田さんの現象学も「竹田現象学」という側面がありますが、これは本論ではないので横に置きます。私自身は、負荷を踏まえた上で、その独創性は積極的に評価してよいと思っておりますが・・・
……って注で云々かんぬんしてもはじまらないので戻ります。
さて、竹田氏が端的に指摘するのは、「一種の超越なきパラダイス論」。
*の脚注の方が本文よりズバリその本質を衝いておりますが、「一種の超越なきパラダイス論」とは何か。
すなわち、「超越の領域は、ロマン的世界、イデアの世界、真理の世界である。これは、事実あるいは現実という領域からは、“幻想”に近いが、それでも、現実と同じ権利で存在しているのである。中沢新一は、この超越の領域を現代思想の考え方で説き直そうとしているが、そのことで、超越世界の領域を論理世界に対する感覚世界への領域へ還元してしまう気配がある」。
日本の思想世界、とくに現代思想を扱うジャンルの問題と併走・同根だと思います。
日本における哲学的思索の端緒は、西洋における営為の移植から始まりますが、これを明治に設定しても、そして仏教や儒教の受容に設定しても同じなのですが、結局は、(一般論としてですが、個別の例外は勿論あります)、その翻訳・紹介に熱心になりすぎるあまり、受容・咀嚼がおろそかにされ、新しい思想が次々と入ってくる、そして先端にいることが「エライ」と錯覚された問題がまずあると思います。
その場合どうなるのか。結局は思想・哲学というものはブームに過ぎませんから、「古く」くなると棄てられていく。対峙が欠如してしまう訳です。
明治以降、西洋の近代設計が国家を挙げて導入される。しかしその近代設計とは、本家においては、キリスト教会からの独立、国民国家の創造、そして啓蒙主義による世界理解、それへの反発としてのロマン主義、そしてその反省としての現代思想という流れがあります。
が、その反発・受容・展開というものがばっさり抜けおちたまま、導入された故でしょうか--。どの批判も結局は「新しい」が規準になりますから、咀嚼がなされないまま次へ「移項」する。
だから、本物の啓蒙的思索もなければ、ロマン主義的反動もなければ、本質主義批判としての「脱構築」もブームにすぎない「軽薄」なものとなってしまう。
中沢さんの思索はその意味では、独創的なものはあったと思う。しかし、なぜか時流の影響をもろにうけ、右にふれては、左に旋回する。そしてその転回点における決着と出直しという心機一転のまき直しの「説明責任」はスルーされたまま。
そうした日本的態度というものもモロにうけているからそうなるのでしょうか。
確かに「超越の領域」は、世俗世界における認識と存在の交差という意味では、「ロマン的世界」、「イデアの世界」(「真理の世界」)から設定可能である。しかし生活世界(フッサール)の眼差しからは「幻想」と定位されるでしょうが、だからといって、それは、ひとつもののウラとオモテにすぎないから同じ権利で存在している。しかし中沢さんの場合はどうか。ひとつもののウラとオモテという認識よりも「対(抗)」概念的受容が濃厚だから、「超越世界の領域を論理世界に対する感覚世界への領域へ還元してしまう気配」となってしまう。
まさに「論理世界」に「対する」ではないが故に、「超越世界」と「事実あるいは現実という領域」は「同じ権利で存在している」。
しかしながら、そこを「感覚の世界」でやられてしまいますと・・・ね。
……ってことです。
この本が出版されたのは、1985年。この時点で中沢さんの代表的著作は、1983年の『チベットのモーツァルト』(せりか書房)、1981年の翻訳、『虹の階梯ーチベット密教の瞑想修行』(平河出版社)になります。
しかし、竹田さんの批判は、両書に対する早い段階での応答だけれども、ある意味でひとつの本質を衝くものじゃないのかとは思います。
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覚え書:「今週の本棚:山崎正和・評 『ヴァーチャル・ウィンドウ--アルベルティからマイクロソフトまで』=アン・フリードバーグ著」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。

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今週の本棚:山崎正和・評 『ヴァーチャル・ウィンドウ--アルベルティからマイクロソフトまで』=アン・フリードバーグ著
 (産業図書・3990円)
 ◇視覚と知性の近代史 一貫性の再確認
 人の心は外へ開かれた窓であり、その窓枠が現象を切り取り、窓の外側に自然界、内側に自己が生まれたときに認識が成立する、というのは広く認められた常識だろう。著者はほぼこの常識に沿いながら、しかし関心の的を自然界でも自己でもなく、中間に立つ窓そのものに絞りこみ、彼女が「ヴァーチャル」と呼ぶその性質を徹底的に分析する。
 「ヴァーチャル」はとかくコンピュータ技術との関連で、電子的に造られた映像だけをさすように思われがちだが、著者はそうした現代を特別視する歴史観を厳しく退ける。この語のラテン語の語源に戻り、十七世紀以後の光学の術語も参照しながら、独特の定義を提唱する。それは純粋に観念的なイメージでもなく、かといって混沌(こんとん)たるなまの現実でもなく、ある物質的な基盤のうえで整理され形成された認識像にほかならない。
 十五世紀のアルベルティの『絵画論』は建築の窓を重視し、絵画の矩形(くけい)の外枠を開かれた窓と見なすよう画家に教えた。やがてガラスが進歩すると窓は外と内とを分ける手段になり、遠近法はその外界を幾何学的に整理する方法として完成した。その過程で生まれたカメラ・オブスクーラ(暗箱)は、針穴からはいる外景を映すスクリーンを生んだ。
 こうして近代的な視覚と、デカルト的な世界観が確立したという見解は目新しくないが、瞠目(どうもく)すべきは著者の博識と先行研究の渉猟ぶりである。遠近法の成立を論ずれば、D・フライやE・パノフスキーはもちろん、それに反論したルー・アンドルーズにも言及する。カメラ・オブスクーラからそれと逆の機能を持つ幻灯機が派生した事情にも詳しいし、デカルトがじつは実験科学者であって、人間の眼球の解剖すら知っていたという史実も見逃さない。
 アルベルティの窓は見る人のまえに垂直に立っていたが、そういえば絵画のイーゼルも映画のスクリーンも、テレビやパソコンの画面も垂直に立っているという指摘は、たんに著者の機知を示すものではない。著者は近代という文明の一貫性の確信者であって、俗にいう「ポスト近代」もその一部にすぎないことを再確認しているのである。巻末に近く著者はマクルーハンの有名なポスト近代的な警句、「メディアはメッセージである」をあえて思いだし、それを否定して情報の内容を重視しているところからも明らかだろう。
 著者によれば歴史はむしろ循環している。十九世紀にガラスが建築の主要材料となり、建築の四方が透明になったとき、枠組みとしての窓の機能は失われたようにみえた。並行して絵画も一方向的な遠近法を棄(す)て、多方面からの対象の姿を同時に重ね描くキュービズムを生みだした。だがそこに映画が誕生すると、建築は一転して窓のない暗黒の箱に変わり、観客は固定された座席から一方向にスクリーンの枠内を見る旧態へと戻された。
 さらに現代、テレビやパソコンはマルチ・スクリーンを開発し、人は同時に複数の文脈を持つ情報に接することができる。だがそれは前世紀のパノフスキーがすでに映画について述べた特性、「空間の動態化と時間の空間化」の自然な延長にすぎない。しかも著者は意識してかせずにか、アルベルティ時代までの矩形画面に遠近法的な統一はなく、しばしば複数の物語場面が一図に描かれていたことを、本の冒頭で述べているのである。
 物質的基盤のうえに形成された認識像という定義から、当然、ヴァーチャルの歴史は知識社会学的な歴史になる。マルクスが観念論を攻撃したとき、彼が観念に喩(たと)えたのはカメラ・オブスクーラの虚像だったし、ベルクソンが記憶の「ヴァーチャル」な性格に言及したとき、念頭にあったのはおりから出現した映画の画像だった。そしてハイデガーを絶対的な存在の探究に駆り立てたのは、近代工業がすべての自然物を複製化し、ヴァーチャル化したことへの彼のいらだちであった。
 哲学的に見れば、ヴァーチャルはかねての感性、想像力、悟性を一括して捉え、芸術と科学的認識を連続的に理解するうえで便利な概念だろう。だがその反面、わからなくなるのは言語の位置づけであって、他のすべてのヴァーチャルな媒体と結ばれうる言葉は、それ自体がヴァーチャルと呼べるのかどうか、著者みずからは明らかにしていない。
 またこの本が視覚と、それにもとづく知的認識に焦点を絞った結果、それ以外の感覚を伴って動く身体を度外視していることは残念である。著者が前著『ウィンドウ・ショッピング』で描いた都市の遊歩者、風を感じ、香りを嗅(か)ぎ、身軽さを愉(たの)しむ肉体的人間は姿を見せない。著者の息子が列車の車窓の風景を喜び、「だって映画みたいなんだもん」と述懐した逸話が紹介されているが、はたしてそういう感受性が幸福かどうかも書かれていない。望蜀(ぼうしょく)の感が募るにつけ、本書が遺著となった著者の早世が惜しまれてならない。(井原慶一郎・宗洋訳)
    --「今週の本棚:山崎正和・評 『ヴァーチャル・ウィンドウ--アルベルティからマイクロソフトまで』=アン・フリードバーグ著」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20120930ddm015070197000c.html
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覚え書:「ネアンデルタール人 奇跡の再発見 [著]小野昭/化石の分子生物学 [著]更科功、評者・福岡伸一」、『朝日新聞』2012年9月30日(日)付。

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ネアンデルタール人 奇跡の再発見 [著]小野昭/化石の分子生物学 [著]更科功

評者・福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)

■あり得たもう一つの「人類」

 人権、人命、平等の尊重。我々人類にとってあまりにも普遍的な規範は、実は意外なことに2万数千年ほど前に起きたある偶然の上に成り立っている。ネアンデルタール人の消滅。化石が発見された当時、学者たちは、ヒトの祖先のものだとみなした。

 しかしここ十数年のあいだに事態は大きく展開した。全く不可能だと思われていた化石中の残存DNAを解析する方法が編み出されたのだ。

 ドイツではネアンデルタール人再検討の機運が高まった。博物館秘蔵の国家的至宝クラスの化石をくり貫(ぬ)いて、DNAを取り出したいと考えた。成功する確率は極めて低い。言ってみれば、日本なら金印の一部を削って元素分析にかけたり、箸墓古墳の発掘を行ったりするような大英断である。情熱が道を開いた。

 結果は驚くべきものだった。ネアンデルタール人はヒトの祖先ではない。両者は、並行して進化してきた異なる種。つまり交配は不可能。

 発掘された遺構には花が供えられていた。死を悼み、来世を信じるような知性と文化を持ちながら、異なる種としての人類がもう一つ現存していたら。クラスに数人のネアンデルタール人が交じっていたら。世界は全く違ったものになっていただろう。

 しかし話はこれで終わらない。広範なDNA解析の結果、ネアンデルタール人とヒトとの間にはわずかな混血の痕跡が明らかになりつつある。一体何を意味するのか。アフリカから旅だったヒトはヨーロッパでネアンデルタール人と出会った。そのとき交流があり、極めて稀(まれ)な確率で、子供ができたということである。しかしその後、ネアンデルタール人は消えた。なぜ。かくして最新科学は私たちの出自と原罪に、新たな問いを投げかけた。『ネアンデルタール人』は若き考古学者の活躍を中心に、『化石の』はDNA解析の現場を丁寧に記述して、どちらも極めてスリリングな本。

     ◇

 『ネアンデルタール人』朝日選書・1365円/おの・あきら▽『化石…』講談社現代新書・798円/さらしな・いさお

    --「ネアンデルタール人 奇跡の再発見 [著]小野昭/化石の分子生物学 [著]更科功、評者・福岡伸一」、『朝日新聞』2012年9月30日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012093000018.html

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社会が先か、個人が先か、という問題は、鶏と卵の問題と同じ

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 社会が先か、個人が先か、という問題は、鶏と卵の問題と同じことです。これを論理的な問題として扱うにせよ、歴史的な問題として扱うにせよ、反対の、同じく一面的な主張によって訂正されないで済むような主張をすることは出来ません。社会と個人とは不可分のものなのです。互いを必要とし、互いに補い合うもので、敵対するものではありません。
    --E・H・カー(清水幾太郎訳)『歴史とは何か』岩波新書、1962年、41頁。
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古来より現代にいたるまでこのアポリア(「社会が先か、個人が先か」)という議論ほど無益なものはないにもかかわらず、どちらかの先天的優位を主張してやまない暴論の喧噪が、社会と個人の両方を圧殺しているのが現状でしょうか。
かつ、両者は不可分だとしても「敵対」するものでもなく、互いを必要とし、互いに補い合う「性質」であることを理解し、その両方の要素が、「固定化」した事物として捉えることをさけていかなければならない筈なのですが……。
ふぅ。
このところ疲れることが多くて・・・。
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覚え書:「今週の本棚:中村桂子・評 『弱いロボットーシリーズ ケアをひらく』=岡田美智男・著」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。

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今週の本棚:中村桂子・評 『弱いロボットーシリーズ ケアをひらく』=岡田美智男・著 (医学書院・2100円)

 ◇何もできない存在が人との関係を生み出す
 「弱いロボット」という標題と帯の「ひとりでできないもん」という文字がなんだか気になった。ロボットと言えば、十万馬力で七つの威力をもつ凜々(りり)しい鉄腕アトムが眼に浮かぶ。宇宙や深海や危険な場所などで人間には難しい作業をテキパキ片づけて欲しいと期待する。それなのに弱いロボットとは何だろう。
 学生時代じゃんけんに負けて行くことになった研究室での音声認識研究が面白くなった著者は、自然言語処理の世界に入る。そしてこれまた偶然の関西転勤で、この地域独特の「しゃべり」に刺激され、雑談の研究を始めた。研究所のオープンハウスへの参加を求められ、コンピュータの中にトーキング・アイと名づけた目玉一つの仮想生き物を作り、勝手におしゃべりをさせてみた。これがなかなかの人気で研究も進んだのだが、自分との関わりが生まれず、なんだかつまらない。
 その時、アシモ(二足歩行ロボット)が登場、倒れそうになると思わず手が出る感じを味わい、身体にはたらく重力、支える地面、足を動かす行為が一緒になって「なにげない歩行」が作り出されていることに気づいたのである。「歩くのは足を動かすだけじゃない」。この発見を機に「モノ」に移り、発泡ウレタンゴムで目玉一つ(ここにカメラが入っている)の「む~」を作る。名前は有名なアニメーション「ピングー」の、喃語(なんご)のような「むー」という言葉を話させたところから来る。雑談はあらかじめ話すことがきまっているわけではなく、他者との関係からその場で生まれるものなので、むーというあいまいな言葉がうまく機能するのである。こうして、はたらきかける“賭け”に対し、必ず“受け”があり、その“受け”がとても大事なのだということが分かる。
 ところで、地面は私たちの一歩を支える責任を感じてはいないけれど、他者は応答しようとする。これが生きもののもつ特徴であり、社会性、関係が重要なのである。「む~」が目玉一つ、手も足もないロボットであったことが生み出す関係を見ているうちに、「一人では何もできないロボット」、つまり「いつも他者を予定しつつ、他者から予定される存在」というこれまでにない考え方が出てきた。もっと人間に似せようとか、動きを滑らかにしようという足し算でのロボット設計に対し、引き算としてのデザインが生まれたのである。子どもたちに囲まれている「む~」は楽しそうで、働き盛りの技術者の中では「む~」らしさが出ないというのも面白い。

 弱さの魅力を確認するために、弱者とされている障害児や高齢者のところへ「む~」を連れていった。「む~」がうまく答えられずグズグズしていると、子どもやお年寄りが「む~」にやさしく、教えるように話しかけるようになる。そこにはゆっくりした時間が流れる。弱さが人の関心をひき、お互いをつなぎ合わせていくのである。

 次に著者は「ゴミ箱ロボット」なるものを作る。自身はゴミが拾えず、子どもに拾ってもらおうとするロボットだ。引き算ロボットそのものである。ロボットを使ってコミュニケーションの研究をしようとしているうちに、いつのまにか、人間との間でコトを生み出すデバイスとしてのロボットが生まれてきた。「む~」も「ゴミ箱ロボット」も可愛い。一人ではできない存在が生み出す関係づくりは、今の社会での大事な課題である。「弱いという希望、できないという可能性。」帯にはこんな言葉もある。
    --「今週の本棚:中村桂子・評 『弱いロボットーシリーズ ケアをひらく』=岡田美智男・著」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120930ddm015070194000c.html

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書評:奥田博子『原爆の記憶 ヒロシマ/ナガサキの思想』慶應義塾大学出版会、2010年。

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奥田博子『原爆の記憶 ヒロシマ/ナガサキの思想』慶應義塾大学出版会、読了。本書は著者のいう通り「戦後日本の『平和と経済成長』神話と表裏一体にある『唯一の被爆国/被爆国民』神話の解体をめざすもの」。「唯一の被爆国・被爆国民」の「脱構築」の可能性を探る歴史的考察。おすすめ☆4

著者が注目するのは1945年、敗戦で始まる政府とメディアのレトリック戦略を腑分けする。「聖断」に端緒する「敗戦」から「終戦」へ、そして「国難」意識の創造。この戦略が加害責任や戦争責任とは反対の被害者意識に重心移動する原点となる。

1945年とは、アジアにとって「戦争の終焉であり、独立をめぐる闘争の始まり」、日本は「『廃墟からの復興』という『大きな物語』のなかで、戦争の歴史の消失点であり続けている」。広島・長崎の惨事も被害・受難と復興・平和の象徴へ転位される。

都合のよいナショナルな「唯一の被爆国・被爆国民」の眼差しは、朝鮮人・中国人をはじめとする外国人被爆者の存在をスルーする。当然、偏頗な被害者意識に準拠する内向きの反核・平和運動にも限界が存在する。

「私たち一人ひとりがヒバクシャであることを自覚する時、…人類という連帯の輪を拡げる原点になるだろう」。大部で難解な著作だが、筆者の検討と指摘は、広島と長崎の意義を人類史的文脈に正しく定位させようとする挑戦である。了。

奥田博子『原爆の記憶 ヒロシマ/ナガサキの思想』慶應義塾大学出版会、2010年。慶應義塾出版会による作品案内。→ http://www.keio-up.co.jp/kup/sp/genbaku/

 「なぜ、いま、原爆をあらためて考える必要があるのか?」との著者による特別寄稿があります。

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覚え書:「今週の本棚:富山太佳夫・評 『出版と政治の戦後史』=アンドレ・シフリン著」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。

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今週の本棚:富山太佳夫・評 『出版と政治の戦後史』=アンドレ・シフリン著
 (トランスビュー・2940円)

 ◇激動を追い求める編集者の目線
 「しかし、多くの人にとって、仕事や年金を失うかもしれないこと、とくに中高年になってそうした目にあうというのは、じゅうぶん恐ろしいことだった」。その次は、こんな文章--「アメリカの爆撃戦略は日本に対する空爆に似て、後にベトナム戦争の全期間に使用されたよりも大量のナパーム弾が、不幸な朝鮮人の頭上に投下されたのだった。しかし、アメリカの新聞を読む限り、こうしたことはいっさい知りようがなかった」。

 この二つの文章が同じ一冊の本の中に、わずかに数頁(ページ)間隔で並んでいると言ったら、果たして信じてもらえるだろうか。まあ、信じてもらえないとしても、事実は事実である。問題は、このような異質の方向に眼を向け換えながら平然と仕事をしていくのは一体どのような職業の人物なのかということである--勿論(もちろん)、編集者だ。この本を書いたアンドレ・シフリン(一九三五年、パリ生まれ)は間違いなくこの何十年かの世界最高の編集者のひとりであって、国際的な出版賞の他に、フランスのレジオンドヌール勲章も授与されている。

 あれこれのコミックスを出版しただけでなく、サルトルやボーヴォワール、フーコーの英訳、ギュンター・グラスの英訳、そしてチョムスキーやE・P・トムソン、エリック・ホブズボーム等の歴史書の出版に関与した編集者でもあるし、アン・モロー・リンドバーグ、アニタ・ブルックナーの小説をヨーロッパに紹介した人物でもある。これには少し嫌な気がしてこないでもない。私のような大学紛争世代が大なり小なり愛読した本がずらりと並んでいるのだ。その編集者の自伝である。そこには彼の個人的な人生のことの他に、この何十年かの政治・経済の変動が書き込まれ、そのようなコンテクストの中で、英米仏における出版史の激動ぶりが追求されていくのである。
 この手の本は、普通、自分の関与した出版物や著者をめぐる裏話的な秘話混りのものになることが多いのに対して、この本は秘話を充分に含みながらも、それを越えて行く。なぜなのか。

 彼の父は一八九二年に、ロシアのカスピ海沿いのアゼルバイジャンの首都バクーで生まれている。しかし、のちに「ロシアの革命政府が一家の財産を国有化してしまった」。ユダヤ系であった父はのちにパリに移り、小説家アンドレ・ジッドと親交を結び、なんと、あのプレイアッド叢書(そうしょ)を始めたのだ。だが、ドイツによるパリ占領が始まる。一家は難民としてニューヨークに逃れるしかなかった。「十三歳になる頃には、私は自分が完全にアメリカ人になったと感じていた」

 彼は苦労しながらも勉学を続ける。そしてイェール大学に進み、政治活動に関わり(CIAに利用されるほどであった)、最優秀の成績で卒業。奨学金で、イギリスのケンブリッジ大学に二年間学び、一九五九年に帰国後はコロンビア大学の大学院へ(この部分は大学教育論としても興味深い)。そのあとの編集者としての人生はまさしく眩(まぶ)しいほどのもので、パンセオン社等で重要な仕事をすることになる。そして文学から思想にいたるまでの良書を次々に世に問うことになる。

 しかし、そのあとの挫折。それこそ「収益性」万能の時代が来てしまったのだ。「出版社は『娯楽産業』の一部であると自己規定をし、テレビや映画とタイアップしたものを大量に出すようになった」。日本でも起きたそうした激変の中で、われわれは今本を読んでいるのだ。(高村幸治訳)
    --「今週の本棚:富山太佳夫・評 『出版と政治の戦後史』=アンドレ・シフリン著」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120930ddm015070030000c.html


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敵味方と分れても、彼我の交争を超越する最高の原理を共同する所から、互に尊敬し合ふといふのは、昔からの日本民族の誇りとした精神ではないか。

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 且つ亦、仮令国法を蹂躙し、正面から我々に反対するものでも、之を無下に敵視するのは古来の武士道の精神でもない。敵味方と分れても、彼我の交争を超越する最高の原理を共同する所から、互に尊敬し合ふといふのは、昔からの日本民族の誇りとした精神ではないか。昨年の十二月帝劇に於て「安宅の関」といふ芝居があつた。義経弁慶は頼朝に取つては不倶戴天の敵である。富樫左衛門は時の政府の命令を受けて国賊を逮捕するの任務を負ふて関を守つて居る。其処へ義経弁慶の一行が飛び込んで来た。富樫は行政上の職責として、此の国賊を是非とも逮捕すべき責任のあるのに、臣として義経に対する弁慶の忠誠に感激して、遂に之を免してやつた。其上諸国の関所に対するパツスさへ贈つた。今日の乾燥なる法律論から云へば、飛んでもない不都合な役人と云はねばならぬが、富樫左衛門彼自身は、其の間に何等の煩悶をも感じない。見物人も亦寧ろ富樫に同情して居る。何故かといふに、即ち彼は敵味方の区別を超越した最高の道徳即ち君臣の義といふものを弁慶に認めて、之に無限の感懐と尊敬を感じたからではないか。今日の言葉で申すならば、国家を超越する所の最高の正義は、国法以上に尊敬すべき者であるといふ考を現はしたものに外ならない。であるから、富樫左衛門は弁慶の縄を解いた後、「斯かる剛勇無双の忠臣に非道の縄を繋けたる罪、弓矢八幡赦させ給へ」と述懐して居る。即ち此の最高の道徳に対しては、彼は行政上の職務を完うするが為めに縄を掛けたことさへ、一種の罪悪と観ずるに至つた。若し斯ういう思想が日本古来の精神であつたとするならば、例へば先達にて日本に来た呂運亨君の如き、形の上に於ては逆賊に相違無いが、彼の抱懐して居る所の正義の観念に対しては、我々は之に無限の尊敬を払ひ、彼を優遇したやつたといふことに、日本国民として何等反感を有つべき筈は無いと思ふ。
 要するに、朝鮮人を適当に扱ひ朝鮮問題を適当に解決するが為めには、今日少なくとも富樫左衛門以上の雅量を国民全体が有つことを必要とする、少なくとも当局始め天下の識者がこれだけの雅量を有つてなければ、どうしても茲に満足の解決を見ることが出来ないと思ふ。
    --吉野作造「朝鮮青年会問題」、『新人』一九二〇年三月。)

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うえの文章は1919年11月、「呂運亨事件」が起こった際、吉野作造がそれに対する論評を加えておりますが、その幾つかの内で比較的最後の方に言及された一文です。

「呂運亨事件」とは、三一独立運動の勃発した19年の冬、時の原内閣は組合教会朝鮮伝道部の牧師を使い、上海臨時政府の要人・呂運亨を招き、田中義一陸相らと会見させ、日本政府は呂運亨を何とか懐柔しようと試みます。

しかし、呂の方が「役者が上」だったのでしょうかw

呂はこの機会を利用して、公然と朝鮮半島の独立要求を内外の新聞記者に公然と訴えます。結果、野党やメディアは、朝鮮半島の独立を主張して宗主国・日本とその国法に背く「反逆者」を優遇したとして政府を攻撃しました。
※これもいつものパターンですね、現在でも拝見しますが。

さて、吉野は、呂が来日中、数回面会しておりますが、その会談を踏まえ、「所謂呂運亨事件について」(『中央公論』一九二〇年一月)等一連の論評を発表しております。

吉野は「朝鮮独立の計画は日本の国法に対する叛逆の行為たるに相違ない」と前提しつつも、「国法の権威よりも、国家其物は遥かに重い」と説き、野党とメディアの「ネガティブ・キャンペーン」を一蹴します。

なぜなら、朝鮮半島の将来についての問題は、国法違反云々で議論すべき些事ではなく、国家の大事であるからです。だとすれば、独立運動の人間と胸襟を開いてあらゆる可能性を相談することの何が「不逞」なのか!ということです。

もちろん、吉野は「朝鮮半島の独立」を声高に主張している訳ではありません。しかし、朝鮮半島の未来を政争の道具として利用する政治家とメディアを批判する構成をとりながらも、実際問題として、朝鮮半島の独立を視野も含めた議論が必要であること、そして、それは「国法違反」云々の足の引っ張り合いを越えた問題であると説きました。

さて、原則論としては、日本人とカテゴライズされる植民地化の朝鮮人の独立要求は、確かに国法違法でしょう。しかし「国家を超越する所の最高の正義は、国法以上に尊敬すべき者である」とすれば、それは否である。

それを読み手に分かりやすく紹介するために、有名な「安宅の関」で弁慶の縄を解く富樫左衛門を紹介しております。それが上に引用した箇所です。

舞台でも有名なように、富樫は、弁慶・義経の一行を放免してしまいます。それは国法を越えた道義心ゆえの放免です。そしてその普遍的道理・道義心に従うことこそが「日本の伝統」であるともいいます。
※吉野の日本批判は、西洋を範にした普遍主義からの特殊批判と誤解されがちですが、実際、必ず伝統の文脈に即して批判するから上手い。

「祖国の恢復を図る」のは普遍的な立場であり・かつ日本の伝統に則するものだとすれば、先の呂運亨は「形の上に於ては逆賊に相違無いが、彼の抱懐して居る所の正義の観念に対しては、我々は之に無限の尊敬を払ひ、彼を優遇したやつたといふことに、日本国民として何等反感を有つべき筈は無いと思ふ」。

独立や自治自体を「悪」と見なす短絡的な思考を否定する吉野の主張には、朝鮮の独立や自治を言葉にすること自体が憚れる世相であることを勘案しても、これは慎重な議論の組み立てながらを装いながらも、本質を付く勇気ある提言だと思います。

そして、興味深いのは、単純な言葉の応戦に終始する政治言説を一切退けながら、根源的探究という立場から、有象無象をばっさりと斬っていくということ。

こういう創造的言説は今の時代にも必要かも知れませんね。

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覚え書:「みんなの広場 沖縄県民の不安を無視するな 主婦 45(埼玉県川口市)」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。

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みんなの広場
沖縄県民の不安を無視するな
主婦 45(埼玉県川口市)

 結婚して本土に暮らす私は、いつも沖縄にいる親、兄弟、親戚の幸せを祈っている。9日のオスプレイの配備反対の県民大会に兄弟たちも参加し、10万人余り集まったそうだ。政府もきっと動いてくれると期待したが、口先だけの「安全宣言」に、怒りとも悲しみともいえぬ気持ちでいっぱいだ。
 アメリカはハワイへの配備を断念したという。なぜ、沖縄への配備を断念させられないのだろう。どうして、沖縄県民が不安に思っている気持ちを無視するのだろうか。沖縄県民の多くは「もう基地はいらない」と思っている。愛する子供たちのためにも武力のない解決をしてほしい。
 野田佳彦首相は、国民をよく見て、国民を守るという覚悟をもって魂からの政治をしてほしい。沖縄も自分のふるさとのひとつだと思って、決断して欲しい。
    --「みんなの広場 沖縄県民の不安を無視するな 主婦 45(埼玉県川口市)」、『毎日新聞』2012年9月30日(日)付。

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覚え書:「村上春樹さん寄稿 領土巡る熱狂『安酒の酔いに似てる』」、『朝日新聞』2012年9月28日(金)付。

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村上春樹さん寄稿 領土巡る熱狂「安酒の酔いに似てる」

 作家の村上春樹さん(63)が、東アジアの領土をめぐる問題について、文化交流に影響を及ぼすことを憂慮するエッセーを朝日新聞に寄せた。村上さんは「国境を越えて魂が行き来する道筋」を塞いではならないと書いている。
 日本政府の尖閣諸島国有化で日中の対立が深刻化する中、北京市出版当局は今月17日、日本人作家の作品など日本関係書籍の出版について口頭で規制を指示。北京市内の大手書店で、日本関係書籍が売り場から姿を消す事態になっていた。
 エッセーはまず、この報道に触れ、ショックを感じていると明かす。この20年ほどで、東アジアの文化交流は豊かになっている。そうした文化圏の成熟が、尖閣や竹島をめぐる日中韓のあつれきで破壊されてしまうことを恐れている。
 村上作品の人気は中国、韓国、台湾でも高く、東アジア文化圏の地道な交流を担ってきた当事者の一人。中国と台湾で作品はほぼ全てが訳されており、簡体字と繁体字、両方の版が出ている。特に「ノルウェイの森」の人気が高く、中国では「絶対村上(ばっちりムラカミ)」、台湾では「非常村上(すっごくムラカミ)」という流行語が生まれたほどだ。韓国でもほぼ全作品が翻訳され、大学生を中心に人気が高い。東アジア圏内の若手作家に、広く影響を与えている。(村上さんの寄稿エッセー全文は以下)


     ◇
 尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている。それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚げなのか、詳細はまだわからない。だからその是非について意見を述べることは、今の段階では差し控えたいと思う。
 この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。そのような状況がもたらされた大きな原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能になり、多くの文化的成果(知的財産)が国境を越えて行き来するようになった。共通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消し(あるいは数を大幅に減じ)、アドバンス(前渡し金)や印税も多くの場合、正当に支払われるようになった。
 僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、「ここに来るまでの道のりは長かったなあ」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが(これ以上問題を紛糾させたくないから)、最近では環境は著しく改善され、この「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。まだいくつかの個別の問題は残されているものの、そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。
 たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。
 このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けてきたし、このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。
 今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。
 国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。
 そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。一九三〇年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。
 僕は『ねじまき鳥クロニクル』という小説の中で、一九三九年に満州国とモンゴルとの間で起こった「ノモンハン戦争」を取り上げたことがある。それは国境線の紛争がもたらした、短いけれど熾烈(しれつ)な戦争だった。日本軍とモンゴル=ソビエト軍との間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢(やっきょう)や遺品がいまだに散らばる茫漠(ぼうばく)たる荒野の真ん中に立ち、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われたものだった。
 最初にも述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。それはあくまで中国国内の問題である。一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。
 安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲(にじ)むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。
     ◇
 むらかみ・はるき 1949年生まれ。早稲田大卒。著書に「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」「ノルウェイの森」「アンダーグラウンド」「1Q84」など。レイモンド・チャンドラー「リトル・シスター」など翻訳書も多数。読売文学賞、フランツ・カフカ賞、朝日賞、エルサレム賞など国内外の賞を受賞。
    --「村上春樹さん寄稿 領土巡る熱狂『安酒の酔いに似てる』」、『朝日新聞』2012年9月28日(金)付。

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http://www.asahi.com/culture/update/0928/TKY201209270753.html


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覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 『つどい』に行けない人たち=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年9月28日(金)付。

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くらしの明日
私の社会保障論
「つどい」に行けない人たち
湯浅誠 反貧困ネットワーク事務局長

「当事者参加」をどう確保するか
 本当に子育てで大変な人は、子育て製作を考えるつどいには来られない。本当に介護に追われている人は、介護保険のあるべき姿を考えるつどいには来られない。一日のほぼすべてが、子育てや介護で占められてしまうからだ。
 子育てや介護の当事者が、身近な人のケアに追われて社会とのかかわりを築けない姿は、現象だけとらえれば、社会参加や政治参加からの「撤退」と映る。
しかし、安心して子どもやお年寄りを委ねられる子育て・介護支援があれば、つどいに参加もできるだろう。支援に向けた制度的、社会的整備が十分に追いついていないことで、肝心の当事者が「排除」されている。それを「社会的排除」と言う。
私はさまざまなつどいで話をするが、手話通訳や保育スペースが確保されているつどいはまれだ。「必要なら介護スタッフを派遣します」という用意をしているつどいは皆無と言っていい。手間とお金がかかるためだ。
 つどいを開いている人たちは、多くの場合、手弁当に近い。そこまではできない、というのが正直なところだろう。しかしそこでは、時に子育てや介護の「あるべき姿」が語られている。
 私はしばしば、奇妙な感覚に陥る。「あるべき姿」は、当事者がその場に来たくても来られないような状態に手をつけることからしか始まらないのではないのか。
十分な手間とお金をかけられないのは、今や行政も同じだ。行政も民間も手が及ばない領域に落ち込んでいる人たちがいるのであれば、それをどうすべきか、お互いの知恵を出し合うことが最初の議題になるべきだろう。「おまえのせいだ」と言っている場合ではないのではないか。


 私が気になるのは、子育てや介護に追われている人たちが来られない状態のまま行われている「あるべき姿」のつどいが、当事者からどう見えるか、ということだ。「余裕のある人間が気楽なことをいっている」と見られてしまっては、残念極まりない。一方、そのあり方が当の本人たちに「自分の方を向いてくれている」と本当に感じられるかと言えば、それも疑問だ。
 格差や貧困の拡大する社会は、さまざまな火とから社会参加や政治参加のための時間的、精神的余裕を奪っていく。多くの人が仕事と生活に追われる社会では、市民運動も民主主義も停滞する。「排除」wされ「撤退」する人たちが増える中で、いかに「参加」を確保するか。社会保障の未来は結局、その手間とお金を誰が引き受けるかにかかっていると思う。
ことば 社会的排除と包摂 失業や病気、障害、差別などで生活に困窮し、社会参加の機会から排除される(社会的排除)人々に対し、精神面も含めて包み込むような支援を行い、孤立を防ごうとする(社会的包摂)考え方。欧州で広まった概念で、日本でもさまざまな困難を抱える人の相談をワンストップで受け、支援者が寄り添いながら問題解決を目指す事業などの取り組みが始まっている。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 『つどい』に行けない人たち=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年9月28日(金)付。

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