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「人あるいは政党人は国家的にではなく党派的に行動するといいてこれを難ずる。だが、それは官僚とて同じことである」

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 政党から国家への、権力の位置は大きく転換する。国家とは要するに官僚が支える国家のことである。憲法学者の宮澤俊義は官僚が台頭する政治的な背景を論じている。「満州事件にはじまるこの『非常時』のおかげでいちばん損をしたのが政党だとすると、いちばん得をしたのは官僚だといわれる。そして、官僚の復活だの、官僚政治の再生だのという文句があちこちでさかんに使われる」(1)。
 宮澤の見るところ、「政党は年来のポピュラリティを失った。政党の攻撃をする流行にすらなった。政党内閣は古い政党人であった犬養首相と共に殺されてしまった」(2)。それゆえ後継の斉藤(実)内閣は「官僚内閣」となった。
 宮澤は断じる。「『官僚』の台頭は『政党』の没落の反面である。そして『官僚』の勃興の賛成者は政党政治に対する非難によって『官僚』を弁護するであろう」。それでも矢沢は政党を擁護する。なぜならば「『官僚』はいわば選挙民の支持を欠く政党にほかならぬ……官僚政治が政党政治の欠陥を匡正しうるもののように考えるのは決して正常な見解ではない」からだった。
 宮澤は政党を擁護して止まない。「人あるいは政党人は国家的にではなく党派的に行動するといいてこれを難ずる。だが、それは官僚とて同じことである」。宮澤によれば、政治的な腐敗は官僚政治でも政党政治と同断だった。
1)宮澤俊義『転回期の政治』(中央公論社、一九三六年)一一七頁。
2)同前書、一二六頁。
    --井上寿一『戦前昭和の国家構想』講談社、2012年、164ー165頁。
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ブクログでも紹介したとおり、井上寿一先生の『戦前昭和の国家構想』は、戦前昭和の多様な歩みを簡便に概観した一冊で、いわゆる歴史教科書の描く「単純な歴史像」の襞に分け入っていく好著ですので、是非、こういう時代状況だからこそ紐解いてほしいと思う。
さて、関東大震災の三年後に始まった戦前昭和とはどのような歴史だったのでしょうか。
スタートはやはり、関東大震災への対応。それはとりもなおさず、震災復興=国家再建の歩みであったといえます。
『戦前昭和の国家構想』では、社会主義、議会主義、農本主義、国家社会主義という四つの国家構想が、勃興しては次の構想へと推移していくその展開を丁寧に追跡しております。。
さて……。
戦前昭和といえば、議会政治の崩壊から軍事独裁へという「イメージ」が定着していると思います。しかしことはそう単純でもありません。形式のみに注目するならば議会政治という意味では最後の近衛内閣まで維持されております。その意味では、単純に教科書の形成する「イメージ」に対して「然り」と頷くことはできません。
しかしながら、議会政治が内部から崩壊していったのも事実ではあります。他党批判と金権の汚辱が、次の構想へのスライドのきっかけになったのは事実ではあります。
そうした瑕疵は大いに批判されるべきであると思います。しかし、いわゆるその次の構想として準備されるなにがしが、全く批判を受け入れることのないほど「立派なもの」でもないのも事実ではないでしょうか。
昨今の、議会制民主主義オワタ式、日本国憲法爆発シロと叫ぶ一部扇動者たちは、我々こそが「時代の救世主」として振る舞っている。
しかし、ホコリはないのだろうか。
そこに目をつぶることはダブルスタンダードにほかならないし、歴史を振り返ると、威勢のいい連中を応援すると、その応援した人間そのものが、その“暁き”には、スコボコにされてしまうということを含みおくべきなのではないだろうか。
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