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覚え書:「今週の本棚:富山太佳夫・評 『コルヴォーを探して』=A・J・A・シモンズ著」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。

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今週の本棚:富山太佳夫・評 『コルヴォーを探して』=A・J・A・シモンズ著
 (早川書房・2205円)
 ◇丸谷才一の愛した“詐称と異形の英作家”を追う
 『書かれざる本の書評集』--もしこんなタイトルの本が、何処(どこ)にあるのか誰も知らない出版社から出されて、私の眼(め)の前に来たとしたら、一体どうすればいいのだろうか。ニンマリすべきなのか、それとも憮然(ぶぜん)とすべきなのか。
 実はこれは冗談ネタではないのだ。実際にこのタイトルの本を構想し、何本かの原稿を雑誌に発表した男がいたのである。その書評の対象となった(あるいは、なりかけた)のはマキャヴェルリの『報道・南アフリカ遠征』、キケロ『ジャンヌ・ダルク弁論』、一八世紀英国の評論家ジョンスン博士が同国の一九世紀の批評家を論じた『カーライル伝』等々。あきれた悪ふざけと言うしかないのだが、こんなことを平然とやってのけるのは、常識的には英国の作家にきまっている。彼の名前はフレデリック・ウィリアム・セラフィーノ・オースティン・ルイス・メアリ・ロルフ。少し長すぎるので、普通はFr・ロルフと呼ばれたり、コルヴォー男爵と呼ばれたりする(男爵というのは勿論(もちろん)詐称である)。同時代の小説家D・H・ロレンスに愛された作家であった。愛されたとは言っても、勿論文学的な意味においてであるが、但(ただ)しロルフ本人は性的な意味において男を愛したことが分かっている。
 ともかく、その生涯は一八六〇年から一九一三年までであった。かつて彼を手厳しく批判したことのある『アバディーン自由新聞』は、その死亡記事を次のようにしめくくっているとのこと。「ロンドンでは文学的素養とライターとしての技術で高く評価された。多様な才能を持つ非凡な天才であり、優れた作家、音楽家、そしてアーティストだった」。代表作は『ボルジア家の歴史』、『ハドリアヌス七世』、『ドン・タルクイニオ』等。そして、死後に遺(のこ)されたあれこれの原稿。そうか、「イタリアの農民生活を巧みに描き出している短篇集」の『トト物語』も挙げておくべきかもしれない。
 ただ、この作家についての最大の問題点は、このような説明によってはその実像がほとんど見えてこないということかもしれない。実際の彼は、その作品にも登場しないほどの異様な人生を送っているのだ。一九一三年一〇月二九日号の『スター』紙は次のように書いている。「ロルフ氏はハンプシアのクライストチャーチにコルヴォー男爵の名で数年過ごし、見事な浪費ぶりと極度な禁欲とを突発的に交互に見せるので有名だった。後にヴェネチアでこの後者のタイプの極端な生活を送っている」。更に彼はみずからが書いたものの著作権をめぐって何度も訴訟トラブルに巻き込まれている。いや、本当にこんな人生があるのかと、何度も、何度も、絶句するしかない。
 『コルヴォーを探して』(一九三四年)はそんな作家の評伝である??異形の、驚くべき評伝である。ためしに第八章(全体は二〇章)を開いてみるといい。いきなり(註(ちゅう)記)がまるまる一頁(ページ)を占めていて、「伝記作家の特権の一つは、主題に関してすべてを知り尽くしているという前提に立っていることである……私のこの評伝は、違うやり方をしている」とあるのだ。A・J・A・シモンズのこの評伝は実はロルフの資料探しの記録でもある。なんとも異様な……いや、読者はその資料探しのプロセスについて行きながら、著者と同じような眼でロルフを、そして時代と文化を追体験していくことになるのだ。日本でこの作家を誰よりも愛したのは、この訳者と、丸谷才一氏だった。(河村錠一郎訳)
    --「今週の本棚:富山太佳夫・評 『コルヴォーを探して』=A・J・A・シモンズ著」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121111ddm015070027000c.html
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