« 書評:原武史『団地の空間政治学』NHK出版、2012年。 | トップページ | 書評:田野大輔『愛と欲望のナチズム』講談社、2012年。 »

覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『新しい市場のつくりかた』=三宅秀道・著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。

201_2

-----
今週の本棚:松原隆一郎・評 『新しい市場のつくりかた』=三宅秀道・著
 (東洋経済新報社・2100円)
 ◇新たなしあわせへ「問題開発」の経営書
 日本経済が不調をきたして久しいが、それでもシャープやパナソニック、ソニーの凋落(ちょうらく)ぶりを聞くと耳を疑うところがある。いずれも「改革」しようとして方向を見失った結果ではあるものの、以前は数年に一度は打ち出せていた画期的な新商品の開発が途絶えていることが大きい。それら栄光ある製造業が「大企業病」を患っているとみなすなら、どこに問題があるといえるのか。
 著者はここ十五年で中小企業を中心に千社を訪ね聞き取りを行ってきたという気鋭の研究者である。経営学の学会では理論モデルを統計に照らして検証するようなアメリカ型の研究が王道とみなされるようだが、著者は地道に「アイデア社長」の語りに耳を傾ける帰納法タイプ。しかも根っからそうした話が好きなのだろう、楽しい余談を豊富に交えつつ、「読んで全く難しいところがない」平易な文章で、なぜ日本の大企業が新製品の開発でつまずいているのかを解き明かしている。
 著者の観察によれば、ポイントは「日本の産業はすごい技術が支えている」という「技術神話」にとらわれ、薄型テレビをさらに薄くする効率化や同一商品のコストダウンに邁進(まいしん)し、素朴な技術を使いこなしてもできるような新商品を開発しなくなった点にある。
 効率化にせよコストダウンにせよ、大企業はアッという間にやり遂げる。けれどもそれはサーフィンで用いられるボードの素材や形状を緻密に点検するタイプの技術開発、すなわち「問題解決手段の改善」にすぎない。「板を使って波に乗れば面白い」と思いつき、サーフィンという市場そのものを創り出すようなダイナミックな「問題開発」ではない。
 サーフィンというレジャー・スポーツの一分野を開発することで消費者に新たなしあわせを提供するのではなく、社内の同僚に目を向けて競い合うのが効率化やコストダウンである。それは新市場が開発された直後には有効だが、市場が成熟したのちには病でしかなくなる。大企業に蔓延(まんえん)する病とはそれだ、というのだ。
 なるほどスティーブ・ジョブズの伝記を思い出せば、この説には納得がいく。同じ会社に籍を置くならジョブズほど嫌な同僚はいない。彼はマイクロソフトのビル・ゲイツからは「技術を知らない」と批判されるが、細かな技術の改善よりもユーザーにとって快適で美しく感じられる商品開発にこだわった。技術者の日夜の工夫も、彼の美意識に寄与しなければ口を極めて罵倒される。ソニーがウォークマンで音楽の聴き方を根本から変え、ネットワークとアーチストの囲い込みまでは先行しながらもiTunesとiPodが生み出せなかったのは、仲間内の雰囲気をぶち壊してまで商品開発の鬼となるジョブズがいなかったからではないか。
 ジョブズにとっての「問題開発」はシンプルな美観とユーザーの暮らしへの浸透だったが、著者はそれをより広く、「ライフスタイルの構想」「文化開発」と呼ぶ。エジソンが生きた時代、すでに技術としてはウォシュレットは製造可能だった。ではなぜ「エジソンにウォシュレットが作れなかったか」といえば、「おしりだって洗ってほしい」というライフスタイルないし文化が開発されていなかったからだ。そして「問題開発」で日本企業のすべてが劣るのではない。中小企業に目を向ければいまなお成功例が満ちており、本書はそれを余談も交えて多々紹介する。
 古くは阪急電鉄の小林一三(いちぞう)。彼はたんに電車を人を運ぶ手段とはとらえず、「駅前スーパー」や「宅地造成」、はては「宝塚歌劇」までも含めて開発した。鉄道を便利さや暮らし、レジャーに及ぶ文化産業とみなしたのだ。
 興味深いのは、脳性まひを患った障害者が快適に座れる車椅子の例。健常者が座る「座面・背面」からなる椅子に車をつけると、身障者には痛々しいほど座りづらいものとなる。そこで医療研究者が発見したのが、障害者は「胸郭を支える力が弱い」ということ。こうして「胸郭も支える椅子」は、健常者にとっても快適な商品となった。健常者にいくら調査をかけても得られない視点が、障害者から得られたというのだ。
 バイク市場は縮小しているが、高級バイクであるハーレーダビッドソンは売れ行きを伸ばしている。「交通手段」ではなく「ステータスシンボル」とみなし、家族公認のお父さんの趣味として売り出したからだという。
 もっともこの話はすでにドラッカーが一九五四年の『現代の経営』で、コストダウンや燃費向上に努めたものの一向に売れ行きの上がらなかったキャデラックを、交通手段ではなくミンクのコートに匹敵する「贅沢(ぜいたく)品」とみなすという例で紹介している。そうした発想がいまなお通用するほど、技術神話は日本経済の足かせとなっているということか。
 要は新しいライフスタイルに気づくかどうかだが、著者によれば、得てしてヒットを飛ばす商品開発者は気配りの人だという。他人への気配りが消費者の新たなしあわせに気づかせるというわけだ。この結論には救われる。ほのぼのと前向きになれる経営書である。
    --「今週の本棚:松原隆一郎・評 『新しい市場のつくりかた』=三宅秀道・著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。
-----
http://mainichi.jp/feature/news/20121118ddm015070037000c.html
202_2
203_2

|

« 書評:原武史『団地の空間政治学』NHK出版、2012年。 | トップページ | 書評:田野大輔『愛と欲望のナチズム』講談社、2012年。 »

覚え書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/47910946

この記事へのトラックバック一覧です: 覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『新しい市場のつくりかた』=三宅秀道・著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。:

« 書評:原武史『団地の空間政治学』NHK出版、2012年。 | トップページ | 書評:田野大輔『愛と欲望のナチズム』講談社、2012年。 »