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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『治安維持法』=中澤俊輔・著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『治安維持法』=中澤俊輔・著
 (中公新書・903円)
 ◇「稀代の悪法」をめぐる人々、全体像をつぶさに
 治安維持法といわれてすぐに思い出されるのは、1933年2月、築地警察署で拷問死したプロレタリア作家小林多喜二と、翌月の文芸時評でその死について触れた川端康成の名である。川端は「小林氏の作家離れのした『急死』」と書いた。慎重に表現を選びながら、その奥にある法の存在をしかと伝えたその筆力に感じ入る。
 30歳を超えたばかりの若き書き手は、護憲三派と呼ばれた憲政会・政友会・革新倶楽部(クラブ)を与党とした加藤高明連立内閣のもとで25年に公布され、敗戦後の45年10月に廃止された治安維持法の過不足ない像を豊かに描いた。同法は、国体の変革または私有財産制度の否認を目的として、結社を組織あるいは加入した者を、未遂も含めて罰する法だった。
 治安維持法を共産党弾圧の側面から描くのはやさしい。だが著者は、法の誕生から終焉(しゅうえん)までの全体像を描く。ここに著者の一つめのオリジナリティがある。二つめは、稀代(きたい)の悪法とされた本法が、なぜ、よりにもよって、慣習的二大政党制の始まる前夜、戦前期の日本にあって政党が最も元気だったと思われる時代に成立したのか、との問いを出発点にしたことにあるだろう。答えを導くために著者がおこなったのは、本法が「結社」取締まりを目的として成立したとの事実に補助線を引くことだった。
 法案作成を始めた司法省は、内に普通選挙法、外に日ソ国交樹立が予想されるなか、当初は、共産主義思想の「宣伝」取締まりを目的とする法を準備していた。だが時代は大正デモクラシー期のさなかである。思想戦は思想が担い、言論の自由は保護すべきとの正論が通った時代だった。こうして、宣伝か結社かで内閣は揺れたが、個人の言論活動に立ち入らないとの方針が選択された、と著者はみる。ソ連やコミンテルンの影響力を恐れつつも、処罰対象の限定化を図った加藤内閣の慎重さは記憶に留(とど)められてよいだろう。
 例を挙げれば、法制局の準備した草案を見ると、「国体」の変革といった拡大解釈を招く語句は採られず、国体の語句を採る代わりに「憲法上の統治組織又(また)は納税義務、兵役義務」の変革、との表現を用い、処罰対象を具体的に明示していた。しかし、共産主義思想の影響力拡大への対処としてなされた28年の「改正」、戦争の長期化に伴う厭戦(えんせん)気分の蔓延(まんえん)を恐れてなされた41年の「改正」により、処罰の対象は、自由主義者、親米派、宗教団体、民族独立運動へと無限に拡大されていった。どうして、そうなってしまったのか。
 著者は、リベラルな評論家として知られた清沢洌(きよし)が、その死の前年の44年、サイパン陥落を知って遺(のこ)した言葉を引く。新たに作られるであろう日本国憲法に、言論の自由(個人攻撃には厳罰を科す)と、暗殺に対する厳罰主義の二つの明文を入れて欲しい、と。政党は、言論の自由を守るためとするならば、共産主義思想よりもまずは不法な暴力の排除をめざすべきであった、との著者の思いが伝わる。
 本書はまた、同法の起草、修正、審議、実施にあたった当事者の名を、役職とともに明記した点に特徴がある。いわく、28年の改悪に消極的だったのは司法省刑事局長泉二新熊(もとじしんぐま)であり、小林多喜二の拷問に立ち会っていたのは警視庁特高課労働係長中川成夫(しげお)というように。
 政党が内務省や司法省に影響力を及ぼせなくなった時代に、顔の見えない中堅官僚がなした国家と国民への功罪。それを冷静に自覚的に描いた著者の姿勢に感銘を受けた。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『治安維持法』=中澤俊輔・著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121125ddm015070037000c.html
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