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2012年11月

覚え書:「【書評】わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か 平田オリザ著」、『東京新聞』2012年11月25日(日)付。

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【書評】わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か 平田 オリザ 著
◆演劇使う授業の効用
[評者]土佐 有明 ライター。音楽・演劇・文芸などの分野で論評を執筆。

 文科省のコミュニケーション教育推進にもかかわった演出家が、演技論、日本語論、教育論などを横断しながら、異質な他者とどう対話すべきか、という今日的な問題を炙(あぶ)り出した労作である。
 論の起点となるのは、公教育の現場で著者が抱いた違和感。教師が「正しい」言葉遣いを唯一の「正解」として用意し、それを生徒が言い当てる授業に著者は疑義を呈する。また、日常生活では多様な社会的役割を演じている子供たちに、「本当の自分を見つけなさい」と教えることには無理がある、とも言う。
 そこで著者は、演劇的手法を用いた授業の効用を説く。簡単な脚本を子供に渡し、あとは自分の言葉で自由に喋(しゃべ)ってもらう。演劇では喋らないことも表現のひとつであり、うまく嘘(うそ)をつくことが良しとされる。「正しさ」や「正解」を意識して萎縮(いしゅく)することもない。
 すべての人間が見知らぬ誰かと滑らかに喋り交感することは不可能だし、それを強要する社会など息苦しいだけだ。それでも苦手な他者の心理を汲(く)み取り、対話を迫られる局面はどうしても訪れる。確かに人間はそう簡単に「わかりあえない」。が、だからこそ、異なる価値観を摺(す)り合わせる最低限のレッスンは必要だ。無論、求められるのは「正解」がない中での手探りのレッスンだろう。
ひらた・おりざ 1962年生まれ。劇作家・演出家・大阪大教授。著書に『芸術立国論』など。
 (講談社現代新書・777円)
<もう1冊> 
 竹内敏晴著『からだ・演劇・教育』(岩波新書)。演劇による<身体をひらく>教育を定時制高校で実践した記録。
    --「【書評】わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か 平田オリザ著」、『東京新聞』2012年11月25日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2012112502000177.html

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過去は大家族で、現在存在する「核家族」はずっと昔から変わってこなかったのか?

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(6)皆が結婚するべきだという規範
 中世におけるロマンティック・ラブは、騎士と貴婦人という限られた階層だけに許された存在だった。しかし近代におけるロマンティックラブを特徴づけるのは、ロマンティックラブが全てのひとに起こると考えられ始めたことである。
 例えば、日本の中世ではどうだったのか。服藤早苗は『家族と結婚の歴史』において、中世には自分の意志とは関係なく、身分や階層によって結婚しない男女が多くいたことを指摘している(服藤 1998)。むしろ結婚して妻の呼称を得る女性達は、特権層だった。
(中略)
 このように大量に独身者が存在するという事情は、江戸時代に入ってもそれほど変化がなかった。また、ヨーロッパにおいても同様だった。僧籍に入ったり、学問をしながら生涯独身をつらぬく人間は、ヨーロッパにも存在したのである。日本では、貧農の二、三男に結婚が許されなかったことが日本の「封建制」の特徴のように考えられてきたが、耕地が限られている場合には特別のことではない。相続によって耕地の分割を防ぐ意味があったのだ。さらに商家においても、商家に仕えながら独身のまま生涯を終える人間は、多数存在した。
    --千田由紀『日本型近代家族』勁草書房、2012年、22-23頁。

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「過去の家族って、今の家族と同じ? それとも、違うと思いますか?」

授業で久しぶりに学生さんたちに聞いてみた。
現在の家族の単位の大多数が「核家族」というイメージだから、戦前の地方の大家族を思い浮かべるような「大家族」を思い浮かべ、現在の家族とは「違う」という認識が多かった。

確かに、一昔前に「大家族」は多かったかも知れないが、現在の家族と違うそれは、近代以前の社会において「ずーっとそうだった」かと問い直してみるとどうやらそうではない。


最初の質問は、「世帯」に関するイメージの問いでしたが、では、たとえば、「太古の昔から男と女はつがって子どもを産み、社会生活を男が担い……」という内実についてはどうだろうか。

時代劇では、身分を問わず「夫婦」が描かれる。もちろん、そのなかには、共働きもあれば、専業主婦も現れる。その意味では、世帯の内実に関しては、だいたい変わっていないのではないか……という認識が多かった。

工業化される以前の前近代の社会は大家族かといえば、実際はそうではない。そして、現在のように、多くの男と女がつがって「一世帯」をみんなが構成するかといえば、そうではない。

大家族は存在しなくはないが、血縁だけでなく住み込み奉公人というケースがあったり、夫婦が「世帯」を構成するかといえば、実際は、単身で亡くなっていくなっていくケースが多いという。

では、誰が一対のカップルとその子どもを基準とする「家族」をプロモートするのか。それは国民国家というエージェントだ。国民国家が「国民」をつくりだすと同時に「家族」が創造されていく。そして「世帯単位」で把握された「家族」が国家を支える兵士や労働者の生産・供給元として管理されていくのである。

さて、最初に言ったとおり、家族についての変化の面と連続の面について、現代に生きる私たちは、例えば、「大家族から小家族へ」、「世帯を構成するのは人間の本性」のような認識を「あたりまえ」のものとして抱いている。

しかしその「あたりまえ」のものと呼ばれるものは、「家族」についてのイメージでも分かるとおり、少し点検してみると、極めて「誤ったもの」であることが浮かび上がってくる。

こうした、本当は「誤っている」認識像を「あたりまえ」だと錯覚して生きていることのほうが実際には多いのではないかと思う。

哲学は驚きから始まると喝破したのは古代ギリシアのプラトンである。
自明のことだから検討するに値しないとすれば、日常生活には驚きや喜びは存在しない。どれだけ意識的に、その薄皮を派がしていくことが出来るのか。

そこに「哲学する」ことが存在する。

……まあ、そんな話を少々した訳ですけれども。

「自明のことを疑え」です。

しかし、このゆがみを意図的に流布するのはいったい誰なんだろうかといえば、先に行ったとおり、それは国民国家であり、政府である。

そのことは忘れてはいけないでしょうね。


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 これらの事情が一変したのが、明治以降の近代社会である。生涯にひとりは運命の相手があらわれ、とにかく全員が結婚するべきであると考えられるようになったのである。いわゆる「適齢期」をすぎると「どうして結婚しないの」とたずねられ、結婚しない言い訳を必要とするようになる社会というのは、歴史を振り返ってみれば珍しい社会だということができる。これを「再生産の平等化」(落合 1994)と考えるか、「再生産の義務化」と考えるかは、立場によって異なるだろう。

(7)ロマンティックラブと異性愛規範
 近代社会にはいってから「一対の男女が恋に落ちて結婚する」というストーリーが崇高なものとされるようになった一方で、それ以外の関係はあまり重要視されなくなった。わたしたちは、男女の一対の関係を当たり前のものと自明しがちであるが、歴史を振り返ってみれば、けっしてそうではない。
    --千田由紀『日本型近代家族』勁草書房、2012年、24頁。

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覚え書:「今週の本棚:『韓国における日本文学翻訳の64年』=尹相仁ほか著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。

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今週の本棚:『韓国における日本文学翻訳の64年』
尹相仁ほか著
(出版ニュース社・4200円)

 隣国では日本文学はどう受け入れられてきたのか。韓国で出版された日本文学の翻訳の実態を論文と詳細な書誌目録で明らかにする一冊だ。
 日本文学が戦後、韓国に再登場するのは1960年の4月革命以後だった。強力な排日政策を進めていた李承晩が失脚し、対日文化政策が変化したためだ。かつて日本が自分たちを植民地支配していたことから文学者や知識人には警戒する声もあったが、読み物に植えていた一般読者が日本文学の復権を求め、出版資本がそれに応えたという。
 その後、いくつかの波があるが、目立つのは60年代半ばに三浦綾子『氷点』がベストセラーになったことと、90年代以降に村上春樹が人気を集め、大きなブームになっていることだ。三浦人気は、戦後にキリスト教が韓国社会に対して果たした役割と重ねて論じられている。一方、経済成長後の韓国の若者たちが、村上作品の主人公たちに自身の自画像や理想型を見いだしたという指摘も興味深い。翻訳された作品の目録は貴重なデータだ。一つ一つの書名を追ううちに、韓国の文学読者たちの息遣いが伝わってくるような気持ちに襲われる。=館野晳・蔡星慧訳(重)
    --「今週の本棚:『韓国における日本文学翻訳の64年』=尹相仁ほか著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。


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書評:ノーマン・M・ネイマーク(根岸隆夫訳)『スターリンのジェノサイド』みすず書房、2012年。

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 スターリンは大量殺人者として生まれたのでもなければ、そうなるように育てられたのでもなかった。コーカサス地方とグルジアで受けた教育では、かれのソヴィエト制度への君臨を特徴づけた極端な暴力を説明できない。スターリンは時間をへてジェノサイド実行者になった。そしてその人格形成にはいくつもの重要な契機があった。グルジアにおけるむずかしい家庭環境と青春時代、革命運動参加にいたる契機、レーニンとボルシェヴィズムへの献身、地下活動と流刑の経験、のちに来るべきことをそれとなく予感させた革命と、とくに内線で演じた役割、1920年代の権力闘争との関わりがそれである。1930年代初期の農業集団化運動で流された血でもさえ、スターリンとその配下のあいだで大量殺人をよしとする傾向を強めた。かれの経験と人格との累積効果は、前に立ちはだかって自分の成果を批判する人びとにたいする激しい憤怒と敵愾心を生んだ。ひとたび工業化と農業集団化の全国計画を開始すると、その避けがたい失敗は、政治的反対者にたいして抱いたとおなじ憎悪と敵愾心をもってソヴィエトの住民の全集団のせいにされた。
    --ノーマン・M・ネイマーク(根岸隆夫訳)『スターリンのジェノサイド』みすず書房、2012年、145頁。

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本書は新しい史料を元に、独裁者スターリンが数百万におよぶ自国民を冷酷に殺した、いくつもの大量殺戮の歴史を浮かび上がらせる最新の研究だ。

著者のネイマークは冒頭で、国際法における「ジェノサイド」を取り上げる。国連は国連ジェノサイド条約を1948年に採択し、条約は1951年に発効した。ナチスによるユダヤ人の大量殺戮を契機とした法制化である。しかしジェノサイド対象からは、「政治的集団」や「社会集団」は排除されている。条約成立に際して当時のソ連が反対したためである。成立に至る経緯を振り返りながら、著者は政治・社会集団を盛り込むべきとの態度を主張する。現在の国連の定義では、スターリンのクラーク迫害、ホロドモル(飢餓殺人)、大粛正は、ジェノサイドの対象とはなっていない。評者はまずこのことに驚いた。

さて著者はジェノサイドの定義の拡大解釈の正当性を論じたうえで、1930年代のスターリンの大量虐殺のひとつひとつがそれに当てはまるのか検証する。それぞれの内容に応じて、ジェノサイド、ジェノサイド的、ジェノサイドに当てはまらない大量殺人と分類する。しかし、一貫してその背後に存在するのはスターリンの姿である。

20世紀は革命と暴力、そしてユートピア幻想にとりつかれた世紀であった。右の雄・ヒトラーの暴力については、おびただしい検証が積み重ねられ、当事者であるドイツ本国では、今なお、ナチ時代のドイツにいて国民が学習するという根気強い営みが続いている。しかし、それとは対照的に、ロシアではそんなことはないと訳者はいう。確かに言論の自由も情報の公開もない没後のソ連において歴史の見直しを進めるのは無理難題である。しかし「今世紀に入ってからも歴史教育の指導要領で、スターリンの恐怖粛清政策は進歩と国防強化からみれば合理的だったとされているくらいだ」(訳者あとがき)とのことだ。

しかし、このドイツとの対比は、他人事ではないだろう。我が国において、先の大戦、そして戦争に限らず大日本帝国時代の負の遺産を根強く検証する営みは続けられているだろうかと誰何した場合、ロシアの現状を笑うことは決してできない。

スターリン時代の延長線上にロシアは存在する。だとすればスターリンとスターリン主義を理解することは現代を理解するうえでも必要不可欠である。だとすれば、私たち自身が歴史を検証することも同じように必要不可欠である。

ジェノサイドは決してなくなっていない。ルワンダやコソボの虐殺を例証するまでもない。そしてその検証をおこたることが何をもたらすのか--。考えておくべき今日的喫緊の課題である。

本書は翻訳で200頁と満たない薄くて軽い一書だが、その内容は重くのしかかってくる。


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覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『ノーベル経済学賞の40年 上・下』=トーマス・カリアー著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。

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今週の本棚:伊東光晴・評 『ノーベル経済学賞の40年 上・下』=トーマス・カリアー著
 (筑摩選書・各1890円)

 ◇歴代受賞者64人の業績、逸話を率直に

 受賞第一回(一九六九年)から二〇〇九年までの受賞者六四名の、受賞業績、簡単な経歴のほか率直な評価が下されている。

 序ともいうべき第1章では、三つのことが述べられている。

 第一は、業績も、知名度も充分で、当然受賞となるべき二人が選ばれていなかったこと。選考委員会は偏見が強いと。二人は、ケンブリッジのジョーン・ロビンソンとハーバードのガルブレイスである。正論である。私はこの二人にケンブリッジ分配理論のカルドアと一格上のオックスフォードのハロッドを加えたい。

 第二は、自由な市場に経済を委ねればよいとする市場主義者、新古典派と、数学利用重視に偏っている、と。そのとおりである。

 第三は、この賞はスウェーデン国立銀行がつくったもので、ノーベル財団も公式には「経済学賞」とよび「ノーベル賞」を省いているという。

 本論の最初の章は「自由市場主義者の経済学」と題され、戦後のその中心、俗にシカゴ学派とよばれている三人がとりあげられる。

 まず、自由主義者の世界的集まりであるモンペルラン協会初代会長のハイエクである。政府の経済への介入は、やがて全体主義に行きつくとした『隷属への道』で有名であるが、現実はそうはならなかった、と。ハイエクには今に残る経済学の業績はないのではないか。

 ついで、フリードマン−−戦後のシカゴ学派の中心である。通説どおり『合衆国貨幣史』と変動相場制の主張を評価するが、かれの予測の誤りやチリ独裁政権とのつながりが批判される。

 三人めはシカゴ学派の財政学者ブキャナンである。かれのケインズ批判には一理あるが、受賞業績である公共選択論の本書の説明を読んで、それに感心する人はほとんどいないだろう。それよりも、アメリカの財政学界の中心であるマスグレイブに賞を与えず、ブキャナンに与えたのはミスというほかはない。

 著名なサムエルソンについては、その広範な研究を、物理学における「統一場理論」とか、アインシュタインに匹敵するとする『ニューヨーク・タイムズ』からの引用を行う一方、現実の政策提言はケインズ派、理論は市場主義の新古典派としている。この点はソローも同じだと。ジョーン・ロビンソンがかれらを偽りのケインジアンと言う所以(ゆえん)である。

 オックスフォードのヒックスについての記述は正確である。受賞理由とした業績は、ヒックス自らが否定した過去の業績であること、また、サムエルソンや自由主義者たちが、ヒックスを、自らの先達としているが、ヒックスは、かれらが反対するロビンソンやカルドアを正しいと考えていた、と。こういうことを書くアメリカの経済学者は珍しい。

 経済学賞の最大の失態は、一九九七年、金融工学のショールズとマートンを選んだことである。この二人がつくり、その理論にしたがって運営されたファンドが倒産した。その贖罪(しょくざい)のためか、発展途上国の貧困をとりあげたセンが選ばれる。

 マートンはサムエルソンに学んだ。サムエルソンの師であるシュンペーターは“玩具の鉄砲を持って実戦の塹壕(ざんごう)にとび込んではなりませんぞ”と教えたはずである。

 著者が、賞に値するものとして考えているのは、国民所得をどのようにして推計していくかに努力したクズネッツや、「産業連関分析」のレオンチェフなど、経済の現実と格闘し、その成果が広く利用されるものである。二人とも自らの成果の限界も充分知っている。

 読んで面白いのは知られざるエピソードであろう。アメリカのケインジアンの中心ともいえるトービンの妻は、受賞で集まった新聞記者に、夫が大学に通う自転車が盗まれて困っていたが、これで買えると言い、あらゆる経済政策の有効性を否定した「合理的期待」の理論のルーカスの妻は、離婚の条件に賞金の半分を求めたという。ちなみに賞金は本物のノーベル賞にくらべ、たいした額ではない。“ノーベル賞なんて忘れてくれ、大したことじゃない”と、集まる新聞記者をふりきったのは、サイモンである。

 新古典派、自由市場主義者は、人間の経済行動は合理的であるとしている。サイモンはこれを否定し、直観と経験をたよりにしているという「限定合理性」を主張した。

 それにしても、経済学を学んだことがほとんどない人や、数学や統計学を専門にする人が受賞しているのは不可思議である。つまらぬ業績も多い。今年の受賞も同様だ。

 賛否はあるにしろ、経済学者としての大物はすでに受賞者となっている。「太い樅(もみ)の木はすべて切り倒された。あとには藪(やぶ)だけが残された」、受賞者なしの年をつくれ、これが著者の結論である。私は、ノーベル家の関係者が言うように、経済学賞は廃止すべきだと思っている。(小坂恵理訳)
    --覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『ノーベル経済学賞の40年 上・下』=トーマス・カリアー著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20121125ddm015070005000c.html


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ポスト・モダンか、モダンなポストかよく存じませんけど、五年や十年そこらでコロコロ変わってたまりますか。

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 世界はどこまでも戯れであって決定不能であるなどということは、真剣に考えるほどニーチェも狂う恐ろしい事態であるのに、「戯れ」というその言葉だけが妙に口当たりが良くって、それであれらの戯れの知識人たちは、折しもバブル期、世間と戯れて回っていたのだ。そうは言っても彼らは、哲学などというものを、実はまだ信じているのだ。哲学はそも、まさに「抹消記号」の下ー、哲学(引用者注ーー哲学の文字のうえにバッテン)としてしかあり得ないものということを、理屈(アタマ)でしか理解できていないのだ。そうでなければ、「哲学の死」を華々しく触れて回ることの理由がない、ひとり密かに御焼香するべき筋のことのはずだ。当のデリダは来日した際、先日お亡くなりになった言語哲学の最高峰井筒俊彦氏を、敬して「巨匠」と呼んでいたそうだが、その氏は、この国には自分の頭で考えられる思想家がおらんと、以前仰言っておいでだった。人は自分の頭で考えられるようになるほど、考えていることの確かさの手応えについて、誰の権威も必要と感じなくなるものである。(当たり前だ。) チャート式現代思想カタログなど真に受けているようなチャート式オツムにはオシャレな前衛ジャック・デリダと、日本の重鎮井筒俊彦の考え方の連関など、決して理解できまいよ。フーコー言う如く、「人間」の考えは、人間の「考え」に決まっているんだから、ポスト・モダンか、モダンなポストかよく存じませんけど、五年や十年そこらでコロコロ変わってたまりますか。なんたってプラトンという偉大な先達が、そこからは、ほぼ、逸脱不可能な、言わば「哲学の台本」を、二千年前に書き上げてしまってるんだから。
    --池田晶子「フーコー、デリダ、レヴィナス 語らずに語れ、語れぬを語れ」、『考える人 口伝西洋哲学史』中公文庫、1998年、95ー96頁。

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誰がそうなんだけれどもというような野暮なことは指摘しませんが、いわゆる論壇のエッジとよばれる天才とか、現代思想の最前線と目される多士済々の論客たちが、おしなべて、右傾化といいますか、保守化していくことに驚いてしまう。

確かに現在の状況を変えなければならないことは、専門の思想家や論客だけに限定される「感情」ではないと思う。

ポピュリズム乙の形で、一般人の“愚かな”そうした傾向は、知識人から高踏的に批評されることは、現在だけでなくこれまでもあったと思う。

しかし、例えば、「ノーサイド!」なんて言葉で、まさに立ち位置を「脱構築」という言葉をつかってすり替えながら、何かしなければいけないから、保守の力を借りてしまうという安易さが、最近多いように感じている。

こうした現象をみるにつけ、太平洋戦争初頭に開催された「近代の超克」と呼ばれる座談会を想起してしまう。

「知的協力会議」と銘打たれたこのシンポジウムは、日米開戦の勃発を契機に、日本の近代化、すなわち西洋受容の総括を標榜して、「近代の超克」をさまざまな観点から論じた。

もちろん、西洋思想が百点満点のすばらしいものではない。しかし、そこで行われた言説とは、ルサンチマンに裏打ちされた、西洋に対する脊髄反射的否定であり、返す刀で、精査されないまま東洋の宣揚という醜い言説であったといってよい。そしてそれが聖戦を美化するために動員された。

そしてそこで議論し合ったのは、当時の「論壇のエッジ」たちである。

だとすれば、「右傾化するポスト・モダン」というこの現状を振り返るに、この国は、いまだ「自前で思考すること」(鶴見俊輔)以前ということではあるまいか。

そんな気がしてならない。


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覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 『2100年の科学ライフ』=ミチオ・カク著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。

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今週の本棚:海部宣男・評 『2100年の科学ライフ』=ミチオ・カク著
 (NHK出版・2730円)

 ◇気鋭の理論物理学者が挑む、未来予測の迫力

 未来論は、当たらないのが相場である。まして今は未来を論じにくい時代。かつてのユートピアは、地球規模の資源枯渇、格差の拡大、戦争、災害、環境問題などの前に色褪(あ)せている。

 それを承知で百年の未来予測に挑んだ著者は日系三世のアメリカ人理論物理学者、テレビの科学番組や一般向け著書でも人気である。未来を驚くほど言い当てた例に、一九世紀のジュール・ヴェルヌや一五世紀のダ・ヴィンチを、著者は挙げる。自然の法則を踏まえれば、未来予測もかなり可能なはずではないかと。そこで日本も含め未来科学・未来技術の創出に挑む世界の研究現場を訪ね、三百人以上の科学者らと議論を重ねて書かれたのが、本書である。

 予測する範囲は、広い。

 1・コンピュータ、2・人工知能、3・医療、4・ナノテクノロジー、5・エネルギー、6・宇宙旅行、7・富、8・人類。

 それぞれを近未来、世紀の半ば、遠い未来の三つの時期に分け、見通し良くまとめている。個々の分野予測に留(とど)まらず、経済や社会、未来論に話は拡(ひろ)がる。

 コンピュータの近未来を、ちょっと覗(のぞ)こう。メモリなど部品密度が一八カ月ごとに倍になる「ムーアの法則」が五〇年も健在で、コンピュータチップは加速度的に小さく安くなった。画像モニタも紙のように薄くなって、衣服や生活道具のあらゆるところにチップやモニタがちりばめられるようになる。眼鏡やコンタクトレンズに埋め込んだ半透明のチップとセンサがワイヤレスでインターネットにつながり、瞬きひとつで見たい画像を見、話したい人と話し、調べたいことを調べられる。端末も携帯もいらなくなる。

 そんな生活はイヤですって? でも、子供はすぐに使いこなし、生活の一部になるでしょう。

 問題は、ムーアの法則があと一〇年位で頭打ちになること。チップサイズが原子の数倍になると、今のテクノロジーでは原理的にもう小型化できない。原子一個を素子にする量子コンピュータのようなブレークスルーが必要だが、すぐには実現できない。巨大なコンピュータ産業は試練に直面する。

 脳で考えるだけでコンピュータを操作する実験は、身体不随や重い脳障害の患者への朗報だ。今や、ちょっと訓練すればできるという。時代を先取りするこうした実験や研究の進展には驚かされるし、それが本書の予測を迫力あるものにしている。コンピュータとインターネットと遠隔操作は渾然一体(こんぜんいったい)、私たちの生活を大きく変えて行くらしい。

 分子レベルのナノ粒子や遺伝子治療、再生医療は、医療と健康管理に大変な革命をもたらす。画期的な長寿も、技術的には夢ではない。……すると、どんな社会になるのだろう。

 エネルギーは、今世紀では核融合が本命と著者は言うが、どうか。脳の研究は飛躍的に進んでいるが、意識を持ったロボット=人工知能への道は、まだはっきりしない。その理由は?

 そのほか、デザイン遺伝子による身体改造、無限に自己増殖するナノロボットなど、ちょっと怖くなる未来予測もある。著者は新技術に伴うリスクも紹介するが、姿勢はあくまで楽天的である。社会を変えるような新しい発展には時間がかかるのだから、対応する時間はあると著者は言う。議論も反論もあろう。

 著者が科学者の目で展開する経済論や文明論など刺激は盛りだくさんで、未来へのさまざまな視点がちりばめられる。情報過多と感じるなら、興味次第でこれはと思う項目をまず読むのがよさそうだ。(斉藤隆央訳)
    --「今週の本棚:海部宣男・評 『2100年の科学ライフ』=ミチオ・カク著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20121125ddm015070035000c.html

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憲法は国家権力側を制限して国民の自由を守るもの

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 さて、国家権力によって統治していくわけですが、好き勝手にやられたのでは、それはたまったものではありません。ケース(引用者注……*)にある新治安維持法というような法律が勝手に作られて、「政府を批判できなくなってしまう」なんてことになったら、私たちの日常生活はたいへん窮屈なものになってしまいます。国家は国を治めるために、国民に対してその権利自由を制限していく必要はあるのですが、まったく好き勝手にそれが行われたのでは人権が侵害されて「まずいぞ」ということは、容易にイメージを持てると思います。そこで、国家が好き勝手をしないように、国家権力の行使に歯止めをかけるもの、国家を制限していくものが必要となります。それが実は「憲法」なのです。繰り返しますと、法律による人権侵害がなされることのないように、一定の歯止めが必要になり、それこそがまさに憲法の役割となります。憲法というものによって、国家権力に歯止めをかけるのです。したがって、法律が国民の自由を制限するものであるのに対し、憲法は国家権力側を制限して国民の自由を守るものなのです。よろしいでしょうか、憲法は国家権力の側を規制するものなのです。

*ケース5
 20XX年、挙国一致体制により治安の回復を図り長引く不況を乗り切ろうという目的のもとに、国家に対する批判的な言論については、厳しい罰則を科すという新治安維持法というものが制定された。その際ある国会議員がこう語った。「私たちは正当な選挙によって選ばれた国民の代表である。立法権を担っている。したがっていかなる法律を制定しようと自由であり、国民はそれを遵守しなければならない。それが法治国家というものだ」(31頁)
    --伊藤真『伊藤真の憲法入門』日本評論社、2004年、32-33頁。

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話題になっている自由民主党憲法草案を読んでみた。
※(自由民主党による紹介)以下からpdfにリンクが張られております。
http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/116666.html

醜悪としか表現しようない、お粗末な作文としか表現できないけれども、そのお粗末な作文が効力をもって、基本的人権の尊重が踏みにじられようとする方向性へ、にわかに舵が切られようとする現在の風潮に驚いてしまう。

表現の自由も保障されているから、憲法について正反合わせて議論することは保障されているし、検討されてしかるべきであろう。

しかしながら、そうした議論することすらも容易に制限してしまう憲法への「改正」に安易に拍手を送ってしまうものはいかがなものだろうか。

確かに、形式としては合衆国からという契機であることは否定しない。しかし、言論の自由を含めた人間精神の自由を保障する憲法の立場は、戦前日本での不幸な事例への深い反省の意義が込められたものでもある。

確かに改正草案では、様々な自由を保障するとは謳っている。試みに、第二十一条の「表現の自由」をひいてみると、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する」と規定されている。しかしつづく2項では、次のような表現がしれっと落とし込まれている。

「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」。

以上のような条件に「自由」は拘束されているという寸法です。しかも「公共の福祉」ではなく「公益及び公の秩序」と恣意的な表記になっている。公共の福祉には、相互生成の感覚が伴っている。しかしここで出てくる「公益」やら「公」は、政府と国民による相互生成による「公共」という立場よりも、政府が独占的に設定する公共“感”“観”が濃厚だ。

こうしたまなざしをみるにつれ、思い返すのは、大日本帝國憲法の「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ」(第二十八条)という付帯条項だろう。自由は建前としては保障される。しかし、何かあると簡単に奪われてしまうというのが近代日本の歴史だったのではあるまいか。

だから、繰り返しになるが、こうした論調に歩調を取ることに恐怖してしまう。

現行の日本国憲法は、第九十九条(「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」)によって、公僕の遵守義務が規定されている。

しかし、ドイツと違って日本国憲法では、国民一人一人に対して遵守義務を要求してはいない。建前としては、憲法に忠誠するのは、個々人の自由となる。

現行の憲法が「完全無欠の最高傑作」とは思わない。しかし、「遵守義務」を規定しないほど、自由を尊重するものでもある。

私は、自民党憲法草案にどうしても賛同することはできない。

「国家を制限していくものが必要となります。それが実は『憲法』」なのでしょう。しかし彼らの改革案は「国家を制限するものをとっぱらい、国民の自由を制限していくもの」であるようだ。

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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『治安維持法』=中澤俊輔・著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『治安維持法』=中澤俊輔・著
 (中公新書・903円)
 ◇「稀代の悪法」をめぐる人々、全体像をつぶさに
 治安維持法といわれてすぐに思い出されるのは、1933年2月、築地警察署で拷問死したプロレタリア作家小林多喜二と、翌月の文芸時評でその死について触れた川端康成の名である。川端は「小林氏の作家離れのした『急死』」と書いた。慎重に表現を選びながら、その奥にある法の存在をしかと伝えたその筆力に感じ入る。
 30歳を超えたばかりの若き書き手は、護憲三派と呼ばれた憲政会・政友会・革新倶楽部(クラブ)を与党とした加藤高明連立内閣のもとで25年に公布され、敗戦後の45年10月に廃止された治安維持法の過不足ない像を豊かに描いた。同法は、国体の変革または私有財産制度の否認を目的として、結社を組織あるいは加入した者を、未遂も含めて罰する法だった。
 治安維持法を共産党弾圧の側面から描くのはやさしい。だが著者は、法の誕生から終焉(しゅうえん)までの全体像を描く。ここに著者の一つめのオリジナリティがある。二つめは、稀代(きたい)の悪法とされた本法が、なぜ、よりにもよって、慣習的二大政党制の始まる前夜、戦前期の日本にあって政党が最も元気だったと思われる時代に成立したのか、との問いを出発点にしたことにあるだろう。答えを導くために著者がおこなったのは、本法が「結社」取締まりを目的として成立したとの事実に補助線を引くことだった。
 法案作成を始めた司法省は、内に普通選挙法、外に日ソ国交樹立が予想されるなか、当初は、共産主義思想の「宣伝」取締まりを目的とする法を準備していた。だが時代は大正デモクラシー期のさなかである。思想戦は思想が担い、言論の自由は保護すべきとの正論が通った時代だった。こうして、宣伝か結社かで内閣は揺れたが、個人の言論活動に立ち入らないとの方針が選択された、と著者はみる。ソ連やコミンテルンの影響力を恐れつつも、処罰対象の限定化を図った加藤内閣の慎重さは記憶に留(とど)められてよいだろう。
 例を挙げれば、法制局の準備した草案を見ると、「国体」の変革といった拡大解釈を招く語句は採られず、国体の語句を採る代わりに「憲法上の統治組織又(また)は納税義務、兵役義務」の変革、との表現を用い、処罰対象を具体的に明示していた。しかし、共産主義思想の影響力拡大への対処としてなされた28年の「改正」、戦争の長期化に伴う厭戦(えんせん)気分の蔓延(まんえん)を恐れてなされた41年の「改正」により、処罰の対象は、自由主義者、親米派、宗教団体、民族独立運動へと無限に拡大されていった。どうして、そうなってしまったのか。
 著者は、リベラルな評論家として知られた清沢洌(きよし)が、その死の前年の44年、サイパン陥落を知って遺(のこ)した言葉を引く。新たに作られるであろう日本国憲法に、言論の自由(個人攻撃には厳罰を科す)と、暗殺に対する厳罰主義の二つの明文を入れて欲しい、と。政党は、言論の自由を守るためとするならば、共産主義思想よりもまずは不法な暴力の排除をめざすべきであった、との著者の思いが伝わる。
 本書はまた、同法の起草、修正、審議、実施にあたった当事者の名を、役職とともに明記した点に特徴がある。いわく、28年の改悪に消極的だったのは司法省刑事局長泉二新熊(もとじしんぐま)であり、小林多喜二の拷問に立ち会っていたのは警視庁特高課労働係長中川成夫(しげお)というように。
 政党が内務省や司法省に影響力を及ぼせなくなった時代に、顔の見えない中堅官僚がなした国家と国民への功罪。それを冷静に自覚的に描いた著者の姿勢に感銘を受けた。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『治安維持法』=中澤俊輔・著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121125ddm015070037000c.html
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覚え書:「東日本大震災:福島第1原発事故 脱電力会社依存 契約打ち切り生活見直し/東京」、『毎日新聞』2012年11月26日(月)付。

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東日本大震災:福島第1原発事故 脱電力会社依存 契約打ち切り生活見直し 国立の織物・染色作家、藤井智佳子さん実践 /東京
毎日新聞 2012年11月26日 地方版

 ◇原発に頼る危うさ痛感

 東京電力福島第1原発事故と計画停電をきっかけに、「脱電力会社依存」のライフスタイルを始めた女性が国立市にいる。織物・染色作家の藤井智佳子さん(52)だ。9月に東電が家庭向けの電気料金を値上げしたことに伴い、契約を打ち切った。「反原発を叫ぶだけでなく、できるところから暮らしを変えたかった」と語る藤井さん。不便はほとんど感じないという。【平林由梨】

 今月中旬、都営アパート3階の藤井さんの自宅を訪ねた。玄関横のメーターからは電気を供給していた太いケーブルが3本、抜かれていた。部屋に上がると「寒いでしょ」と七輪が差し出され、その上で玄米が入った土鍋がコトコトと音をたてていた。

 東日本大震災後に計画停電を経験し、電気に依存する生活のもろさと原発に頼る危うさを痛感した。大学進学で今年4月に長女が自宅を出たのを機に本格的に生活を見直したという。

 テレビは押し入れにしまい、冷蔵庫は処分した。スーパーが近いため買い置きの必要がなく、食生活は野菜中心に変えた。南北の窓を開ければ風が通るため、夏はエアコンなしで過ごせた。

 風呂や暖房はガスを使う。本業の染色で使うアイロンは電気から炭で温めるものに変えた。震災前までは夏で1万円、安くても2500円はかかった電気代が今はゼロだ。

 浮世離れした暮らしをしているわけでもない。パソコンでメールを送り、インターネットの情報を印刷することも。携帯電話の充電も必要だ。電源は、昨年8月と今秋にベランダに設置した120ワットと50ワットの2枚のソーラーパネル。蓄電池をつないで室内に電気を通す仕組みで、インバーターなどは秋葉原で購入して接続した。初期投資として約14万円をかけたが、天気に応じて使う家電を工夫する生活を「楽しい」と言い切る。

 ぜんそくだった長女は小学校3年生まで呼吸器が手放せず、電気の重要性は身に染みている。藤井さんは「だからこそ、全ての電気を一つの電力会社に頼ることに疑問を感じる。いまだに原発を維持しようとする電力会社の姿勢に一石を投じたいという気持ちもある」と話した。
    --「東日本大震災:福島第1原発事故 脱電力会社依存 契約打ち切り生活見直し 国立の織物・染色作家、藤井智佳子さん実践 /東京」、『毎日新聞』2012年11月26日(月)付。

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http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20121126ddlk13040115000c.html


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覚え書:「今週の本棚:江國香織・評 『自殺の国』=柳美里・著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。

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今週の本棚:江國香織・評 『自殺の国』=柳美里・著
 (河出書房新社・1470円)
 ◇途方に暮れた“普通の少女”の可憐な青春
 随分恐(こわ)い表紙(とタイトル)なので、恐がりの私としては、最初、読むのがためらわれた。けれど読んでみてわかった。これはとても可憐(かれん)な本だ。顔の見えない他人と(ときに陰湿な)やりとりをする「ネット」、そこで「自殺」を計画したり、一緒に死ぬ仲間を募ったり、実行したりする人々、という道具立てはたしかに不穏で毒々しいが、背景に惑わされずにまっすぐ読めば、そこにはごくありふれた、一人の、少女がいる。
 ごくありふれた少女、というのは繊細な少女のことだ。繊細で、当然ながら独特で、知識も経験もすくなく、だから自信は持てず、不安で、でも自意識は余るほどあり、周囲を観察し、観察すれば失望したり批判的になったりせざるを得ず、けれど周囲を気遣う術(すべ)も心得ていないわけではないので、陽気にふるまったり、迎合するふりをしたりも、する少女。
 本書の主人公、市原百音(もね)は、そういう普通の少女である。小説を読む限り、家族とも仲がよく、友達もいる。私はそこをおもしろいと思った。すくなくとも他者から見る限り、彼女には「自殺」する理由がないのだ。そして、本人もそのことを知っている。
 ここには、勿論(もちろん)テーゼが含まれている。自殺する理由がない、ということが、自殺しない理由、すなわち生きる理由になるのかどうか−−。さらに、仲のいい家族というものの、仲はほんとうにいいのか、友達だと言い合っている人間を、信じる根拠はどこにあるのか。そんなことを考え始めれば、少女でなくとも途方に暮れる。何かを考えるのは危険なことだ。でも、考えない危険より、はるかに安全な危険だ。
 市原百音は途方に暮れている。「自殺」という考えを玩(もてあそ)んでいるし、そこに逃げ込みもする。悪いことだろうか。少女というのはそもそも概念を玩ぶのが好きな生き物だし、安全だと感じられる場所に、逃げ込むのも大好きな生き物なのだ。
 そういう生き物の生態が、ここには書きつけられている。女子高校生の生活様式、行動範囲、交友範囲、そのディテイル。たとえば、「一人暮らししたら、部屋をデコったりしない。なぁんもない空っぽの部屋で暮らす。テレビとか電子レンジとか食器とかも要(い)らない。ベッドと枕とお布団だけあればいいや」という一節や、「タバコ吸いたい。でも、クマたんたちがタバコ臭くなるのは、イヤだ」という一節から透けて見えるもの。カラオケ屋で友人たちと「写メ」を撮る場面の痛々しさ。十代の女の子たちの、多分に強迫的な友情の、残酷さや虚(むな)しさや。変らないんだなあと私は思った。そして、大変だなあと同情した。
 それにしても柳美里の文章は、やすやすと巧みだ。この本には一人称と三人称が混在するのだが、どこで切り替わったのかわからないくらいいつのまにか(、、、、、、)切り替わっている。一人称と三人称がこれほど自然に、まったく違和感なく混在する本を、私は他に知らない。
 読者はその巧みさにあやつられ、気がつくと市原百音と一緒に電車に乗っている(この本には、電車のなかの場面が多い。読む乗車体験(、、、、、、)といっていいほどの、その臨場感には驚く)。百音という少女は電車のなかでも死を想(おも)い、どんどん死に近づいていくのだが、同時に、たとえば自分の奥歯の「銀の被(かぶ)せ物」を「舌の先で舐(な)め」、「就職して自分でお金稼げるようになったら、最初のお給料で、この奥歯を白くしてやる」と考えたりもする。
 これは可憐な青春小説だと私は思う。不穏で毒々しい社会にあって、彼女はしっかりまっとうなのだ。
    --「今週の本棚:江國香織・評 『自殺の国』=柳美里・著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121125ddm015070004000c.html
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覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 大きな社会構想の選択を=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年11月23日(金)付。

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くらしの明日 私の社会保障論
大きな社会構想の選択を
湯浅誠 反貧困ネットワーク事務局長
注目したい「政策のパッケージ化」
 衆院が解散された。総選挙は12月16日投開票のため、東京都は知事選とのダブル選挙となる。
 政党や議員の集合離散に、つい目を奪われがちになるが、いずれは徐々に収束するだろう。その時の「軸」を、今から考えておく必要がある。
 社会保障については「自助」と「共助・公助」のぢちらを重視するかが一つの軸となるだろう。自助は家族などの結びつきを軸に、自力で自立を促す。共助や公助は他者の支え合いを重んじる。共助は地域や社会の責任で、公助は政府の責任で個人を支える。
 ただ「自助」を強調すれば個人や家族が自立できるとは限らない。干ばつで枯れつつある稲に「頑張れ」と声をかけても、ピンと立ち直るわけではない。水をやらねばならないのだ。
 干ばつでも水を絶やさないためには、ため池を整備するなどの工夫が必要だ。ため池は地域の「共有財産」。地域や社会の支え合いと行政の後押しが加わることで、個々の稲はたくましく育ち、豊かな穂をつける。
 問われるべきは「自助」か「共助・公助」かではない。個々人がそれぞれの能力を最大限に発揮し、全体最適に達するためには、自助・共助・公助をどうミックスさせるべきか、ということだ。
 例えば、子育て中のお母さんが働きに出る。3世代同居なら、子どもの面倒をおばあちゃんに見てもらえるが、それができず、かつ保育サービスもなければ、母親は子育てノイローゼに陥るかもしれない。そんな時に母親に「頑張れ」と声をかけても無意味だ。分かっていても、力尽きることもある。それが人間だ。
 だとすれば、税制上の優遇措置などで3世代同居を促進する(公助)か、保育サービスを拡充する(公助)か、地域に「子育てサロン」のような場を作る(共助)などのサポートが必要だ。その結果、母親と子どもの健全な関係が保たれ、自立が可能となる(自助)。
 自助とは、共助や公助との相互作用によって初めて機能するものだ。自助を強調するだけで自助が果たされるなら、社会も政府も不要だ。
 注目したいのは、「自助」を唱える人々が、外交では強硬路線、経済では競争至上主義、組織論ではトップダウンを主張する一方、「共助・公助」を唱える勢力は、外交で強調路線、経済では創意工夫・内発的発展・環境調和、組織論では多様性の尊重を唱え、政治理念や路線、政策の「パッケージ化」が進みつつあることだ。
 今回の総選挙がこうした大きな社会構想の選択につながることを、私は望んでいる。
ことば 自助・共助・公助 過去の社会保障政策に目を向けると、障害者自立支援法や生活保護費削減などは、当事者に自力での自立を求める自助に傾きがちな施策。「社会で子どもを育てる」を理念に掲げた子ども手当制度や最低保障年金制度は公助を強調した。一方、東日本大震災で全国から集まったボランティアや義援金による被災地支援は共助に当たる。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 大きな社会構想の選択を=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年11月23日(金)付。
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書評:今野真二『百年前の日本語  --書きことばが揺れた時代』岩波新書、2012年。

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 言語は時間の経過とともに、何らかの変化をする。なぜそのような変化をしたのかが比較的わかりやすい。説明しやすい場合もある。変化が最初から言語に内包されているとしかいえない場合もある。そうであれば、言語はもともと「揺れ」るということをそれほどきらってはいないともいえる。時間の経過とともに、「揺れ」の幅が小さくなり、ある種の収斂をみせることももちろんある。しかし、だからといって、「揺れ」がまったくなくなるわけではない。
    --今野真二『百年前の日本語  --書きことばが揺れた時代』岩波新書、2012年、70頁。
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明治期の日本語を、漱石の原稿など一次史料をもとに分析し、現代の日本語になりゆく変遷を辿る一冊。明治期の日本語は、表記の仕方が複数あったり、旧字新字の混在を許容している。ことばに「揺れ」が存在する。それが大きな特徴である。
現代の日本語はどうだろうか--。
できるだけ「揺れ」を排除する方向へ収斂してきたことが分かる。使用する文字、表記とその規則。私たちの使う使う日本語表記の運用が統一された現状、そして明朝体の手本通りに書くことは、歴史的には特殊な状況といってよい。
明治期の出版物は「書くように印刷」されていたが、運用の統一化は「印刷するように書く」という転換となる。私たちは印刷された手本通りに文字を書く。しかしこれは実際には逆であった。日常生活の自明は、たった百年程度の「伝統」しかない。認識を新たにさせる一冊である。
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1209/sin_k668.html 
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覚え書:「書評:核の海の証言―ビキニ事件は終わらない [著]山下正寿 [評者]上丸洋一」、『朝日新聞』2012年11月18日(日)付。

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核の海の証言―ビキニ事件は終わらない [著]山下正寿
[評者]上丸洋一(本社編集委員)
■高校生らと続けた被曝調査
 ビキニで被災したのは第五福竜丸だけではなかった。米国の水爆実験に遭って被曝(ひばく)した日本船の乗組員の多くが、若くして病に倒れ、補償も受けられないまま亡くなっていった。しかも、今日にいたるまで日本政府は、船員の健康状態の追跡調査ひとつ実施することなく、問題を放置してきた。
 こうした実態を明らかにしようと、高知県の高校教師だった著者は、1980年代半ばから、教え子らとともに活動を続けてきた。元船員らへの聞き取り調査によって、深刻な健康被害が次第に明らかになっていった。地道な調査活動が、先輩から後輩へと30年近く受け継がれ、今に続いている。
 そうした活動の成果が本書にまとめられた。そこで改めて問い返されるのは、日本政府の姿勢だ。
 54年3月に第五福竜丸が被災したあと、5月までの間に、米国は6回の水爆実験をビキニ海域で繰り返し、のべ約1千隻の日本船が被曝した。
 ところが、日本政府は、この海域で水揚げされたマグロの放射線検査を、その年の12月末で打ち切ってしまう。そして翌年1月、米国が日本に200万ドルの見舞金を払うことで両国政府が合意し、事件に幕が引かれた。米国は事件の法的責任を認めず、放射線の害は小さいと強調した。
 「いつの時代もしわ寄せが来るのは底辺にいる者、いつの時代も一緒や」
 被災した元漁船員の妻は、そう語る。
 福島の原発事故によって放射能の災いにまたも見舞われた私たちが、こうした歴史的事実や被災者の体験に向き合うことの意味は小さくない。
 同じくビキニの被災船のその後を描くドキュメンタリー映画「放射線を浴びた【X年後】」(伊東英朗監督)も各地で上映されている。高知と福島の高校生の交流も始まっている。
    ◇
 新日本出版社・1890円/やました・まさとし 45年生まれ。太平洋核被災支援センター事務局長。
    --「書評:核の海の証言―ビキニ事件は終わらない [著]山下正寿 [評者]上丸洋一」、『朝日新聞』2012年11月18日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012111800019.html
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研究ノート:関東大震災下における中華民国の救護支援

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 一九二三年九月一日、日本で世界を震撼させる関東大震災が発生した。その翌日、上海の『申報』はいち早くこの地震のニュースを報道し(1、地震発生三日後には中国の主要新聞が相次いで関東大震災を大きく報道し、日本が蒙った大きな災害に、異口同音の同情の意を寄せている(2。
 関東大震災は緊迫した日中関係について一つの転機をもたらした。九月三日、北京政府が以下のような震災救援措置を取ることを閣議決定した。すなわち、①被災者の慰問、②震災状況の調査、③義援金二〇万元の拠出、④各地の紳商に対する義援金拠出の呼びかけ、⑤救援物資の輸送、中国赤十字代表の派遣などである(3。九月六日、互いに対立する各派の軍閥が代表を北京に送って「救済同志会」を結成し、具体的な救援方法をめぐって討議した(4。清朝最後の皇帝溥儀は数回にわたって北京の日本大使館に金品を寄附し、京劇の著名な俳優・梅蘭芳は上海で慈善公演を行った。
 中国各界による関東大震災救援の中で、これまでにほとんど注目されてこなかったのが紅卍字会の活動である。同年一一月、世界紅卍字会中華総会は侯延爽ら三人を日本に派遣し、米二〇〇〇石と五〇〇〇ドルを送った。紅卍字会の救援活動活動は紅卍字会関係の資料の中でしばしば言及されるが、その具体的な内容については不明な点が多い(5。
1)「日本地震大火災」『申報』一九二三年九月三日。
2)「日本大震災」『晨報』一九二三年九月三日社説。
3)「中国軍民救済恤民」『盛京時報』一九二三年九月七日。
4)「段張競因日災会合」『盛京時報』一九二三年九月八日。
5)世界紅卍字会中華総会編『世界紅卍字会史料氵匸編』香港:二〇〇〇年八月、一三三頁。
    ーー孫江「地震の宗教学  ーー一九二三年紅卍字会代表団の震災慰問と大本教」、竹内房司編『越境する近代東アジアの民衆宗教 ーー中国・台湾・香港・ベトナム、そして日本』明石書店、2011年、83ー84頁。
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論文の趣旨は副題の通り「一九二三年紅卍字会代表団の震災慰問と大本教」についての研究ですが、関東大震災下における当時の中華民国の震災救援活動に関してはほとんど紹介されておりませんので、冒頭に掲げさせていただきました。
たとえばWikipediaで「関東大震災」を引くと、欧米の支援は写真入りで紹介されており、中国に関しては、清朝最後の皇帝溥儀の個人的活動に関しては言及がありますが、中国政府の支援に関しては記述がありません。
当時の日中関係は、4年前の五四運動にみられるように、日本の大陸進出の傍若無人ぶりから、きわめて良好なものではありませんでした。しかしながら、震災下においては、「互いに対立する各派の軍閥が代表を北京に送って「救済同志会」を結成し、具体的な救援方法をめぐって討議」し、中国政府は救援の手をさしのべております。
こうした友誼を忘れてしまうことこそ、歴史に対する健忘症であり、現状の誤解と混乱を助長させる一部政治家たちを利することになってしまうのではないかと思います。
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覚え書:「書評:私とは何か―「個人」から「分人」へ [著]平野啓一郎 [評者]福岡伸一」、『朝日新聞』2012年11月18日(日)付。

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私とは何か―「個人」から「分人」へ [著]平野啓一郎
[評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)
■自分の中に自分はいない
 学生時代、京都に住んだ時、興味深いことに気づかされた。東京では道路に囲まれた領域が町名・番地だったのに、京都では道を挟んで両側に町がある。社会が人と人の相互作用の上に成り立っているならば、これはとても合理的なこと。タイルでなく、目地に意味がある。
 同じことは個人にもいえる。人は内部に実体があるのではなく、関係性の中にその都度、可変的なものとして現れる。そう考えたほうがよいのではないか。個人は、それ以上、分割できないもの(in—dividual)ではなく、無限に分割可能な、動的なもの(dividual)としてある。
 言葉の使徒として、芥川賞作家はこれに「分人」と名づけた。なかなかすごい発明である。自分の中に自分を探すな。自分は他人とのあいだにある。著者の小説『ドーン』のやさしい攻略本としても読める。平野啓一郎は小難しい人ではなく、実はユーザー・フレンドリーな分人だったのだ。
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 講談社現代新書・777円
    --「書評:私とは何か―「個人」から「分人」へ [著]平野啓一郎 [評者]福岡伸一」、『朝日新聞』2012年11月18日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012111800021.html
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覚え書:「【書評】 団地の空間政治学 原武史 著」、『東京新聞』2012年11月18日(日)付。

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【書評】 団地の空間政治学 原 武史 著
◆家族の壁 乗り越える思想
[評者]藤井 淑禎 立教大教授、日本近現代文学。著書『名作がくれた勇気』など。
 近年の団地居住者の高齢化の実態の紹介から、本書は始められている。本書の底流をなすのは団地再生への熱き思いだが、その答えの一つが、最終章で紹介される「地域社会圏」モデルであり、その核となっているのが「一住宅=一家族」の壁を乗り越えようとする思想=行動なのである。
 かつて「団地が輝いていた時代」にも、「『一住宅=一家族』を仕切るコンクリートの壁を越える形で」住民たちの交流や自治活動が展開されていたことを著者は重視する。
 書名の「空間政治学」とは、高度成長期の「政治思想を団地という空間から考察しよう」という意味である。「団地という空間」が「下からの政治思想を生み出していく」過程を、本書は大阪(香里)、多摩(多摩平とひばりケ丘)、千葉(常盤平と高根台)といった主要団地を例に、硬軟とりまぜた史資料を駆使して、描き出していく。
 「団地の根底に流れていた思想」を「私生活主義」と「地域自治」との双方から捉(とら)えるために、著者は、後者に関しては安保闘争から民主化運動への推移、政党の介入と自治の問題、通勤・保育・教育といった生活問題を取り上げ、前者に関しては「団地と性」の問題に肉迫(にくはく)する。もちろん本書の中心をなすのは後者だが、前者の圧巻は、高根台団地においてルポライターの竹中労が、生殖や性を突破口として庶民の崇高さに気づかされていくくだりであり、それが見事に活写されている。
 史資料の博捜や援用マナーを見ても、本書はこのサイズにしては考えられないほどの堂々たる「研究書」(自身そう言い切っている)である。著者には西武鉄道沿線のひばりケ丘団地と滝山団地とに絞って考察した『レッドアローとスターハウス-もうひとつの戦後思想史』(新潮社)という、より研究書に近い新刊書もあるが、それと比べてもなんら遜色(そんしょく)がない。併せて読むべき二冊と言えよう。
はら・たけし 1962年生まれ。明治学院大教授、日本政治思想史。著書に『大正天皇』など。
(NHKブックス ・ 1260円)
<もう1冊>
 石本馨著『団地巡礼』(二見書房)。東京・埼玉・広島などに残る団地とその空間を撮った写真文集。壁画やオブジェや遊具も撮影。
    --「【書評】 団地の空間政治学 原武史 著」、『東京新聞』2012年11月18日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2012111802000162.html
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覚え書:「【書評】 昭和戦前期の政党政治 筒井清忠 著」、『東京新聞』2012年11月18日(日)付。

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【書評】 昭和戦前期の政党政治 筒井清忠 著
◆二大政党制の失敗に学ぶ
[評者]井上 寿一 学習院大教授、日本政治外交史。著書『戦前昭和の国家構想』など。
 長く続いた保守一党優位体制は三年前に終わった。政権交代によって日本の政治はよくなるのではないか。期待が高まった。しかし今、失望と落胆が広がる。つぎは自民党政権に戻る可能性が高いという。
 何のための政権交代だったのか。自民党化が著しい民主党と古い体質が残存する自民党との二大政党制に意味はあるのか。これからの日本の政党政治はどうなるのか。考える手がかりを歴史書に求めると、本書に行き着く。
 本書は今日的な問題関心と斬新な分析手法によって、戦前昭和の政党内閣の歴史を再現する。一九二四年から三二年までの約八年間の政党内閣の時代(そのうちの政友会と民政党の二大政党制は約五年間)は今のことかと錯覚するほど似ている。
 類似点の第一は劇場型政治、第二はメディア政治、第三は政党の危機意識の欠如である。劇場型政治の始まりは小泉純一郎内閣ではなく、一九二六年の第一次若槻礼次郎内閣だった。三年前の政権交代はメディアが促した。同様に政友会と民政党の二大政党制の展開は、メディアの役割が大きかった。一九三一年の満州事変の勃発にもかかわらず、政争に明け暮れる二大政党は今の二大政党と二重写しである。 
 ここまで似ていると、歴史は繰り返すのかと思わざるを得なくなる。著者は指摘する。「“内輪の政争に明け暮れ、実行力・決断力なく没落していく既成政党と一挙的問題解決を呼号しもてはやされる『維新』勢力”という図式が作られやすいという意味で、歴史は繰り返す」
 戦前昭和の失敗の歴史からどのような教訓を学ぶことができるのか。大衆迎合政治に陥ることなく、二大政党は政策を競う。国民は自分の頭で考えて判断する。危機意識を持つべきは政治家も国民も同じだ。
 あきらめるのは早すぎる。複数政党制の時代は始まったばかりである。
つつい・きよただ 1948年生まれ。帝京大教授、日本近現代史。著書に『帝都復興の時代』など。
(ちくま新書 ・ 945円)
<もう1冊>
 川田稔著『満州事変と政党政治』(講談社選書メチエ)。戦前の政党政治が軍部とどのように闘い、なぜ敗れたかを綿密に検証。
    --「【書評】 昭和戦前期の政党政治 筒井清忠 著」、『東京新聞』2012年11月18日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2012111802000163.html
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覚え書:「今週の本棚:『文体練習』=レーモン・クノー著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。

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今週の本棚:『文体練習』=レーモン・クノー著
(水声社・2310円)
 レーモン・クノー(一九〇三―一九七六)は、映画の原作『地下鉄のザジ』などで知られるフランスの作家。『文体練習』は異色の代表作だ。バスに乗っていた男が、二時間後、友人から「コートにボタンをもう一つつけさせた方がいい」と言われてる。この二五〇字ほどの単文を、「ねちねち口調」「巻きもどし」「オレ語り」「怪談風」「公的書簡」「田舎ことば」「幾何学的に」など、九十九通りの文体で書き分ける。
 たとえば「二重でダブル」は「一日の真ん中そして正午のこと」と始める。「イタリア語かぶれ」は「コートにもうひとつポットーネをつけろとラガッツォにペル・ファヴォーレ!」。これには思わず笑ってしまう。「英語な漢学」は、「ある出胃(ディ)の縫(ヌ)ーンごろ」(ある日の正午ごろの意味)。「短歌」は、「あらし立つ田舎バスに長くびの啼くやぼたんの散るぞかなしき」。至れり尽くせり。すみずみに遊び心をちりばめた、楽しい本だ。現代の文章は画一化したが、本来はこのように多種多様なのだ。言語表現のゆたかさ、まばゆさを指し示す名著。選集『レーモン・ルノー・コレクション』(全十三巻)の最新刊。=松島征ほか訳(門)
    --「今週の本棚:『文体練習』=レーモン・クノー著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。
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覚え書:「今週の本棚:中村達也・評 『ブータン --「幸福な国」の不都合な真実』=根本かおる・著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。

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今週の本棚:中村達也・評 『ブータン --「幸福な国」の不都合な真実』=根本かおる・著 (河出書房新社・1575円)
 ◇難民問題で知る「国民総幸福」のもう一つの意味
 この数年来、ブータン本がブームである。先進諸国が経済成長にいささか疲れて低迷していることもあろう。そもそも経済成長が豊かさや幸せに結びつくのかといった疑問が繰り返されてきたこともあろう。そんな中で、すでに一九七〇年代に、先代のブータン国王が提唱したGNHが改めて関心を呼んでいる。
 経済優先ではなく国民の幸福こそが第一、GNP(国民総生産)ではなくGNH(国民総幸福)が重要との宣言であった。今にして思えば、まさに先進諸国が抱える今日的な課題への一つの答えだったかもしれない。さらに昨年、東日本大震災後に来日した若い新国王夫妻が、同行した僧侶たちと共に震災犠牲者に祈りを捧(ささ)げた姿が印象に残っている人も多いにちがいない。民族衣装に身を包んだ国王の国会での魅力的な英語演説を思い起こす人もいるだろう。
 それにしても、世論調査で国民の九七%が「幸福」と答える国とは、一体どのような国なのか。何冊ものブータン本で紹介されているように、なんとも穏やかな笑顔の子供たちや大人の表情を見て、救われた気持ちになる人も多いにちがいない。関心の高まりを受けて、旅行会社によるパックツアーの企画も出始めているようだ。まるで桃源郷のような「幸福の国」のイメージが一人歩きしているような気さえする。
 ところで、本書のサブタイトルは、「幸福な国」の不都合な真実、である。ただし断っておくが、本書は決して反ブータン本ではない。多くのブータン本が指摘しているようなこの国の魅力を著者が否定しているわけではない。ただ、これまでほとんど触れられることのなかった問題に真っ正面から取り組んだほとんど唯一の著書ではあるまいか。その「不都合な真実」とは、実は難民問題である。人口六十数万人のブータンが十万人を超える難民を生み出しているのである。
 ブータンからの難民となった人々が、ネパールの難民収容所に身を寄せている。著者は、国連難民高等弁務官事務所の現地事務所所長としてネパールでの難民支援の現場にいた。国民総幸福という場合の「国民」とは、いうまでもなくブータン国民のことである。そしてブータン国民であることの要件は、五〇年代の国籍法で定められたのだが、七〇年代、八〇年代になってそれが改正され、その要件はいっそう厳しくなった。国語であるゾンカ語の読み書きができること、ブータンの歴史と文化を理解していること等々に関して資格試験を課しそれにパスすること、さらに国際結婚に関する厳しい条件、等々。そうした要件を満たさない場合には国籍が認められず、ブータンを離れることを余儀なくされる。
 そうした政策推進の背景には、実は西に隣接していたシッキム王国の滅亡という歴史の苦い経験があった。ブータンと同様にチベット仏教を国教とするこの小王国が、ネパール系の住民との民族対立を機に政治が混乱し、七五年についに滅亡、インドの一つの州として併合されるにいたった。ちなみにシッキム国王は先代ブータン国王の縁戚に当たるという。それだけに、ブータン南部の亜熱帯ジャングル地帯に住むネパール系住民の存在は、シッキム王国の滅亡と重ね合わせて大いに気がかりな存在であったにちがいない。こうして見ると、国民総幸福という世界中の関心を集めている理念は、GNPやGDPに代わる指標としての意味合いだけではなく、中国やインドという大国に挟まれ、多くのネパール系住民を抱えるブータンが、その存続を賭けた国際社会へのメッセージでもありそうだ。
    --「今週の本棚:中村達也・評 『ブータン --「幸福な国」の不都合な真実』=根本かおる・著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121118ddm015070031000c.html
http://www.japanforunhcr.org/act/a_asia_nepal_01.html
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書評:田野大輔『愛と欲望のナチズム』講談社、2012年。

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田野大輔『愛と欲望のナチズム』講談社、読了。ナチズムは性愛の乱れに厳しく、大戦後の道徳の復興を掲げたというイメージが強いし、それを証左する研究には類挙の暇がない。しかし、実際のところ、ナチスの「性」政策は多様である。本書は一枚岩ではないその実態を明らかにする。
確かにナチズムは出産奨励を掲げ、性生活に介入した……。しかし、不倫や婚前交渉を肯定する一派も存在したのである。「性」の容認は、兵士供給に必要不可欠である。しかし、それは同時に抑圧された民衆のガス抜きとしても位置づけられている。性のみだれを批判しつつも、ヌード雑誌に寛容であった。
そもそも性愛とは人間の根源的欲望の一つといってよい。それを動員することでナチズムという非人間的な体制が成立したのである。もっとも性愛に寛容といっても、風紀は国家が規定する。人口増加に直結しない同性愛を一層したように、ナチズムの目的にそむかないかぎりでの「性」の容認である。本書は、このホンネと建前の言論を一次資料から丹念読み解みといていく。イメージを一新する好著である。
(以下、蛇足)
戦時下の出産奨励と出産に直結しない性愛の制限を見ていると、ここには「生産性」のある「人間」が「国家」にとって「有益」であるという発想が存在することが理解できる。唾棄すべき考え方だと思う。しかしそうした人間観は今なお根強く残っている。人間の存在は階層秩序化されるものではなく、そもそも「ありてあるもの」だ。
先だって、猪瀬直樹副知事がマイノリティの人権を「認める」と発言した。本来人権とは「ありてある」もので、誰かが「認める」ものではない。ここにも同じような、人間を「つかえる存在」と「つかえない存在」に建て分ける発想がある。そしてその「認める」と仰る副都知事閣下が表現の自由の「制限」に吝かではないことは留意すべきではないだろうか。
https://twitter.com/inosenaoki/status/269493886378971137
有用性の論理と、人間の自由を制限ないしはコントロールしようとする発想は、実のところ、極めて親近性が強いのではあるまいか--。
性愛とは人間の根源的欲望の一つである。そしてその根源的欲望とは、人間精神の自由が土壌として存在しないかぎり十全なものとはなり得ない。両者を押(抑)さえることが為政の「要」の歴史であったことを踏まえると、こうした生-権力とどう対峙していくか。
決して過去の話ではない「ことがら」として、ナチズムの歴史とは向き合っていかなければならない。
「生めよ増やせよ」は、「生めよ」、「増やせよ」ができない「人間」を非・人間として扱う二律背反でもあるわけだ。
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覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『新しい市場のつくりかた』=三宅秀道・著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。

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今週の本棚:松原隆一郎・評 『新しい市場のつくりかた』=三宅秀道・著
 (東洋経済新報社・2100円)
 ◇新たなしあわせへ「問題開発」の経営書
 日本経済が不調をきたして久しいが、それでもシャープやパナソニック、ソニーの凋落(ちょうらく)ぶりを聞くと耳を疑うところがある。いずれも「改革」しようとして方向を見失った結果ではあるものの、以前は数年に一度は打ち出せていた画期的な新商品の開発が途絶えていることが大きい。それら栄光ある製造業が「大企業病」を患っているとみなすなら、どこに問題があるといえるのか。
 著者はここ十五年で中小企業を中心に千社を訪ね聞き取りを行ってきたという気鋭の研究者である。経営学の学会では理論モデルを統計に照らして検証するようなアメリカ型の研究が王道とみなされるようだが、著者は地道に「アイデア社長」の語りに耳を傾ける帰納法タイプ。しかも根っからそうした話が好きなのだろう、楽しい余談を豊富に交えつつ、「読んで全く難しいところがない」平易な文章で、なぜ日本の大企業が新製品の開発でつまずいているのかを解き明かしている。
 著者の観察によれば、ポイントは「日本の産業はすごい技術が支えている」という「技術神話」にとらわれ、薄型テレビをさらに薄くする効率化や同一商品のコストダウンに邁進(まいしん)し、素朴な技術を使いこなしてもできるような新商品を開発しなくなった点にある。
 効率化にせよコストダウンにせよ、大企業はアッという間にやり遂げる。けれどもそれはサーフィンで用いられるボードの素材や形状を緻密に点検するタイプの技術開発、すなわち「問題解決手段の改善」にすぎない。「板を使って波に乗れば面白い」と思いつき、サーフィンという市場そのものを創り出すようなダイナミックな「問題開発」ではない。
 サーフィンというレジャー・スポーツの一分野を開発することで消費者に新たなしあわせを提供するのではなく、社内の同僚に目を向けて競い合うのが効率化やコストダウンである。それは新市場が開発された直後には有効だが、市場が成熟したのちには病でしかなくなる。大企業に蔓延(まんえん)する病とはそれだ、というのだ。
 なるほどスティーブ・ジョブズの伝記を思い出せば、この説には納得がいく。同じ会社に籍を置くならジョブズほど嫌な同僚はいない。彼はマイクロソフトのビル・ゲイツからは「技術を知らない」と批判されるが、細かな技術の改善よりもユーザーにとって快適で美しく感じられる商品開発にこだわった。技術者の日夜の工夫も、彼の美意識に寄与しなければ口を極めて罵倒される。ソニーがウォークマンで音楽の聴き方を根本から変え、ネットワークとアーチストの囲い込みまでは先行しながらもiTunesとiPodが生み出せなかったのは、仲間内の雰囲気をぶち壊してまで商品開発の鬼となるジョブズがいなかったからではないか。
 ジョブズにとっての「問題開発」はシンプルな美観とユーザーの暮らしへの浸透だったが、著者はそれをより広く、「ライフスタイルの構想」「文化開発」と呼ぶ。エジソンが生きた時代、すでに技術としてはウォシュレットは製造可能だった。ではなぜ「エジソンにウォシュレットが作れなかったか」といえば、「おしりだって洗ってほしい」というライフスタイルないし文化が開発されていなかったからだ。そして「問題開発」で日本企業のすべてが劣るのではない。中小企業に目を向ければいまなお成功例が満ちており、本書はそれを余談も交えて多々紹介する。
 古くは阪急電鉄の小林一三(いちぞう)。彼はたんに電車を人を運ぶ手段とはとらえず、「駅前スーパー」や「宅地造成」、はては「宝塚歌劇」までも含めて開発した。鉄道を便利さや暮らし、レジャーに及ぶ文化産業とみなしたのだ。
 興味深いのは、脳性まひを患った障害者が快適に座れる車椅子の例。健常者が座る「座面・背面」からなる椅子に車をつけると、身障者には痛々しいほど座りづらいものとなる。そこで医療研究者が発見したのが、障害者は「胸郭を支える力が弱い」ということ。こうして「胸郭も支える椅子」は、健常者にとっても快適な商品となった。健常者にいくら調査をかけても得られない視点が、障害者から得られたというのだ。
 バイク市場は縮小しているが、高級バイクであるハーレーダビッドソンは売れ行きを伸ばしている。「交通手段」ではなく「ステータスシンボル」とみなし、家族公認のお父さんの趣味として売り出したからだという。
 もっともこの話はすでにドラッカーが一九五四年の『現代の経営』で、コストダウンや燃費向上に努めたものの一向に売れ行きの上がらなかったキャデラックを、交通手段ではなくミンクのコートに匹敵する「贅沢(ぜいたく)品」とみなすという例で紹介している。そうした発想がいまなお通用するほど、技術神話は日本経済の足かせとなっているということか。
 要は新しいライフスタイルに気づくかどうかだが、著者によれば、得てしてヒットを飛ばす商品開発者は気配りの人だという。他人への気配りが消費者の新たなしあわせに気づかせるというわけだ。この結論には救われる。ほのぼのと前向きになれる経営書である。
    --「今週の本棚:松原隆一郎・評 『新しい市場のつくりかた』=三宅秀道・著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121118ddm015070037000c.html
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書評:原武史『団地の空間政治学』NHK出版、2012年。

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 本書で縷々明らかにしてきたような各団地での自治会や居住地組織の多様な活動は、「私生活主義」に収まらない「地域自治」の意識を目覚めさせるとともに、プライベートな空間の集合体である団地と社会主義の親和性をあぶり出した。それが「私生活主義」へと大きく傾くのは、一方で高島平団地のようにエレベーター付きの高層棟が主流となり、他方で多摩ニュータウンに代表されるニュータウンの時代が本格的に訪れる七〇年代になってからだ。
 五〇年代から七〇年代にかけて、コンクリートの壁を打破するために住民が取り組んできた団地の政治思想史から学ぶべきものは多いはずである。
 団地の時代はまだ終わったわけではない。東日本大震災の被災地に建てられた仮設住宅という名の集合住宅で、集会所や共有スペースが欠くべからざる役割を果たしているのを見るにつけ、ますますその感を深くする。
    --原武史『団地の空間政治学』NHK出版、2012年、267頁。
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高齢化の進む大都市圏の住宅団地も高度成長期にかけ、元気な時代があった。東西の大型団地を取り上げ、その歴史的成り立ちと住民意識、団地自治の生成とその“革新”性の政治意識を明らかにする。本書は戦後庶民史を新しく照らすフィールドワークである。
旧体制との断絶を強調する社会主義や全体主義は「政治」が「空間」を形成する。それに対して日本では、「空間」が「政治」を形成した。古くは宮城前広場、近くは団地がそれである。成長期の革新「意識」は団地で熟成されるが、その経緯と挫折の分析は興味深い。
サルトルとボーヴォワールの香里団地訪問(劣悪な環境と指摘)、竹中労が高根台団地自治会長だったエピソードには驚愕した。自治会長時代に培われた人間観察とひとびととの交流は、竹中の柔軟なアナキズムを生成する土台になったようである。次は『レッドアローとスターハウス』新潮社を読もう。
(以下、蛇足)しかし、団地で面白いなあと思ったのは、集合住宅の家屋設定として日本で初めて「プライバシー」が守られた空間が団地であったということ(屋内の風呂場設置とシリンダー錠の採用)。しかし、その極めて個の世界としての個々の世帯が、団地という共同の「枠」で協同していったということ。全般としては隆盛から挫折への流れだけど、留意すべき学ぶべきものはあると思う。
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覚え書:「今週の本棚・本と人:『水のかたち 上・下』 著者・宮本輝さん」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『水のかたち 上・下』 著者・宮本輝さん
 (集英社・各1680円)
 ◇善き人々がもたらす幸福--宮本輝(みやもと・てる)さん
 近年テーマにしてきた「歳月の尊さ」や「善き人々のつながり」をさらに突き詰めている。月刊の女性誌に2007年から5年間連載した長編小説。スタート直後に思いがけない再会があり、物語の形がかわったという。小説家になる前、勤めたことがある会社の経営者の妻から、三十数年ぶりに連絡があったのだ。
 「お父さんの遺品を整理していたら、手記や、まだ5歳だった自分に持たせたリュック、手紙が出てきたというんです。長時間話を聞きに行きました」。終戦後の混乱期、33歳の日本人青年が、家族や同胞150人を連れて朝鮮半島の38度線を越えた体験を知った。人のつながりや、人知を超えた力が命を救っていた。実話のまま織り込み、作品のなかで重要な位置を占めた。
 『水のかたち』の舞台は、東京の下町・門前仲町。主人公は50歳の女性、志乃子。偶然手に入れた骨董(こっとう)品をきっかけに、彼女の元には価値あるものが次々舞い込み始める。人との出会いが広がり、思いがけずもたらされた幸福が連なる。困難を乗り越え人生が深まる。
 骨董品やジャズ、クラシックの「定番」が多く登場するのが印象的だ。10年に毎日新聞で連載した『三十光年の星たち』では、主人公が志ん生の落語を聞いていた。「古くて、いいものには、歳月に耐えうるだけの価値があるということです。志乃子の元にはいろんな形で、古いものが集まってくるようになります」。ここに「歳月」というテーマが浮かび上がる。
 <石に一滴一滴と喰(く)い込む水の遅い静かな力を持たねばなりません>
 作品を象徴するようなロダンの名言を引用した。作家デビューから35年。短編から長編まで幅広く読者を得てきた作家は、小説が書き進められないとき、この言葉を噛(か)みしめるという。「焦るな、と常に言い聞かせます。僕の場合は一字一字の積み重ね。その静かな力を持とうと思うのです」
 一滴一滴の水が小川になり大河につながる。一瞬一瞬の時間が重なり歳月を形作る。『水のかたち』の物語には、著者のそんな思いが表れている。<文・棚部秀行/写真・長谷川直亮>
    --「今週の本棚・本と人:『水のかたち 上・下』 著者・宮本輝さん」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121118ddm015070038000c.html
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一人の人間が同時に所属するすべての集合体がそれぞれ、この人物に特定のアイデンティティを与えている

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 単眼的なアプローチは、世界中のほぼすべての人を誤解するには、もってこいの方法となるだろう。通常の暮らしでは、われわれは自分がさまざまな集団の一員であると考えている。そのすべてに帰属しているのだ。一人の人間がなんら矛盾することなく、アメリカ国民であり、カリブ海域出身で、アフリカ系の祖先をもち、キリスト教徒で、リベラル主義者の女性であって、かつ菜食主義(ヴェジタリアン)、長距離ランナー、歴史家、学校の教師、小説家、フェミニスト、異性愛者、同性愛者の権利の理解者、芝居好き、環境活動家、テニス愛好家、ジャズ・ミュージシャンであり、さらに大宇宙に知的生命が存在し(でえきれば英語で)緊急に交信する必要があるという考えの信奉者となりうるのである。一人の人間が同時に所属するすべての集合体がそれぞれ、この人物に特定のアイデンティティを与えているのだ。どの集合体も、この人物の唯一のアイデンティティ、または唯一の帰属集団と見なすことはできない。人のアイデンティティが複数あるとすると、時々に応じて、異なる関係や帰属のなかから、相対的に重要なものを選ばざるをえない。
    --アマルティア・セン(大門毅・監訳、東郷えりか訳)『アイデンティティと暴力 運命は幻想である』勁草書房、2011年、3頁。
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市井の職場の都合で、指定休を出勤しなくならなくなったので、その振り替え休として18日の日曜日はお休みしました。ひさしぶりの日曜の休日でしたので……仕事柄基本的には祝祭日は出勤パターンorz……家族で少し、ぶらっと街を散策してきました。
ちょうど結婚して11年になったというのもあり、問題なく生活がつづいてきなあと思いまして、少し早い時間からですが、ささやかな祝杯を挙げてきた次第ですん。
そりゃ人間ですので、お互いに頭にくるような事柄もありますが、ということは、そうではない事柄もたくさんありますので、人間の全人性を一点を見て判断しないように心がけてはおりますが、今後も、そのことを留意しつつ、相対(あいたい)できればいいのではないかと思っております。
ともあれ、「ありがとうございました」
……って何じゃソレ。
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覚え書:「今週の本棚:『「橋下維新」は3年で終わる』=川上和久・著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。

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今週の本棚:『「橋下維新」は3年で終わる』=川上和久・著
 (宝島新書・780円)
 新党「日本維新の会」を率い、来月投開票の総選挙に向けた動向が注目される橋下徹・大阪市長。その名をタイトルに掲げた、示唆に富む政治と世論の分析書である。
 著者の専門は政治心理学と戦略コミュニケーション論。研究対象としてきたプロパガンダや情報操作を手掛かりにして、カエサル、ナポレオン、ヒトラーという3人の名だたる独裁者と橋下氏との相違点を探る。
 いずれも転換期、混乱期に人々の前に現れた「何かをやってくれそうな政治家」たち。独裁者3人の宣伝の技術は、閉塞感に覆われた現代の日本で、瞬く間に名を上げた橋下氏のやり方とも重なるという。
 わかりやすい“敵”を想定する「ネーム・コーリング」をはじめ、典型的なプロパガンダの手法を駆使した巧みな世論掌握術が見えてくる。
 著者によれば、強いリーダーシップを求める「ふわっとした民意(ポピュラー・センチメント)」としての世論を味方につけたところから“橋下ブーム”は始まった。「民衆に消費され」て消えてしまわないためには何が必要なのか。巻末には、橋下氏と3人の歩みを年齢で比較した表が用意されている。(井)
    --「今週の本棚:『「橋下維新」は3年で終わる』=川上和久・著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。
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書評:小熊英二『社会を変えるには』講談社現代新書、2012年。

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かかわりと運動のなかで変化していく
 マルクス主義の経済分析や革命理論は、いまではあまり使えないとされています。しかし上記のような物象化と弁証法、そして現象学の考え方は、このように応用できます。
 まず、「AとBが対立する」という個体論的発想を、見直す必要があります。「労働者」と「資本家」、「男」と「女」、「私」と「あなた」は、関係が物象化している、事後的に構成されているにすぎません。対立してどちらかが勝つということはないのですから、関係を変えなければなりません。
 そういう意味では、女が「企業戦士」になり、男が「専業主夫」になっても、社会を変えたことにはなりません。いまの非正規雇用労働者が正社員になり、いまの正社員が非正規になっても、対立が止揚されたことにはなりません。
 一例としてオランダでは、フルタイムの正規雇用をむりに増やすのではなく、九六年の労働法改正でフルタイムとパートタイムを均等待遇にしました。労働時間が違うだけで、同じ労働なら同じ時間給、社会保障制度も適用され、解雇条件も同じとされました。育児期間はパート労働に就く女性は多いですが、不満や問題は小さくなり、パートタイムでも問題が少ないのでそれを選ぶ人も増え、失業率も低下しました。
 同じように、たとえば事故がおきたとき、補償をもらえる人と、もらえない人が対立しても、意味がありません。分断と対立という関係をもたらしているものを変えないと、解決はありません。巧妙な統治のやり方のなかには、分割統治といって、わざと被統治者どうしを対立させ、対立をもたらしている制度や政策に、目がむかないように仕向けたりする方法さえあります。
 またこうした考え方からすれば、一人で山の中で修行しても、「自己」などは確立されないことになります。社会とかかわって関係をもたないと、自己など現象するはずがない。
 逆に言うと、「私は社会とは関係ありません」とか「私が動いても社会は変わらない」というのは、悲観でも楽観でもなく、単に不可能です。自分が存在して、歩いたり働いたり話したりすれば、関係に影響をおよぼし、社会を変えてしまいます。政治に無関心な人、不満があっても動こうとはしない人が増えれば、確実に社会を変えます。自分が望む方向に変えるように行動するか、自分が望まない方向に変えてしまう行動をとり続けるのかの違いです。
    ーー小熊英二『社会を変えるには』講談社現代新書、2012年、367ー368頁。
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「社会は変えることができない」と嘯く前に手にとって欲しい現代批評。まず戦後日本の社会運動を概観し、特徴と問題を指し示す。次にプラトンに始まり、ロック、ルソーへと続く社会思想史の流れから、代議制民主主義(自由主義と民主主義)を検討する構成になっている。
成立史と運用から、代議制民主主義は条件がそろうと機能し、90年代までの日本型工業化社会においては一定の成果も収めてきた。しかしその条件の破綻は、限界を示すことにもなる。もはや「社会を変える」ことは不可能なのか--。筆者は先ず認識構造の転換を促す。
利益配分によって調整が機能していた日本型工業化社会は、「近代」という認識構造に準拠している。近代の認識構造とは何か--。真理の実在論(個体論)である。しかし、調整不可能となった社会においては従来の対処では応じることはできない。
近代批判の道具として、筆者はフッサールの現象学、ハイゼンベルクの不確定性原理、そしてマルクスの物象化論に注目する。そこから見えるのは、個体論(真理の実在論)から関係論へのパラダイムチェンジである。
私は24時間一生「父親」である訳でない。かつては24時間一生「父親」であることでそれでうまくいったのであろうが、今はうまくいかない。だとすれば、認識の地平から相互の関係性に注目するしかない。これは代議制民主主義の否定ではない。苦手部分を異なるアクセスで引き受けることだ。
個体論に基づく社会変革の理論は「お前、変われよ」という人間が「変わらない」というシステムだった。しかし、不確定性原理のように相互に影響をあたえる「関係世界」が私たちの生活世界の実像である。だとすれば“共に”「変わっていく」オプションは必要だろう。
筆者はギデンズの社会分析を元に、「参加すること」に注目する。参加において大切なことは何か。それは「楽しく」参加することである。勿論それは投票だけでもデモだけでもない。その様態を「鍋を囲む」と形容する。楽しく参加しお互いに変わっていくこと。
この本には「社会を変えるには」の万能薬は書かれていない。筆者は「楽しく参加」し「対話」することの多様な展開にそれを展望する。参加と対話を否定したのがこれまでのありかただ。だとすれば一つのヒントになり得よう。
余談ですが、新書として500頁を超える大著ながら、社会思想史として「自由主義」「民主主義」の系譜をざっくり概観することができるという意味ではお得です。特に、若いひと、高校生や大学生1~2年生に読んで欲しい。そしてお互いに「創造」したい。
筆者のインタビュー記事ですが、、『社会を変えるには』のアウトラインが見事に紹介されております。
「社会を作る楽しさを人々は忘れかけている--『社会を変えるには』を書いた小熊英二氏(慶応義塾大学総合政策学部教授)に聞く」:東洋経済 http://toyokeizai.net/articles/-/11223
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 人間が楽しいときは、どういうときでしょうか。あれを買って楽しい、あきたら次を買う。政治家がだめだから、こんどはこの人に期待する。この運動に参加してみたいがいまひとつなので、ほかへ行ってみる。自分が持っている者を自慢して、他人を批判する。こういうのは、じおつはあまり楽しくありません。
 なぜかといえば、自分が安全地帯にて、相手をパーツとしてとりかえているだけだからです。手間がかからず、自分が傷つく恐れがないかもしれませんが、人間は欲深いもので、受け身で消費しているだけでは満足しません。自分で何か作ってみたり、行動してみたり、関係してみないと、なかなか満足できないものです。
 動くこと、活動すること、他人とともに「社会を作る」ことは、楽しいことです。すてきな社会や、すてきな家族や、すてきな政治は、待っていても、とりかえても、現れません。自分で作るしかないのです。
 めんどうだ、理想論だ、信じられない、怖い、という人もいるでしょう。そう思う人は、いまのままでやっていける、このままで耐えられると思っている人なのでしょうから、これからもずっとそうして過ごしてください。いつまで続けられるかは、わかりません。あとはなたが決めることです。
 境を変えるには、あなたが変わること。あなたが変わるには、あなたが動くこと。言い古された言葉のようですが、いまではそのことの意味が、新しく活かしなおされる時代になってきつつあるのです。
    --小熊英二『社会を変えるには』講談社現代新書、2012年、502-503頁。
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覚え書:「今週の本棚:『僕の知っていたサン=テグジュペリ』=レオン・ウェルト・著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。

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今週の本棚:『僕の知っていたサン=テグジュペリ』=レオン・ウェルト・著
 (大月書店・2100円)
 「小さな男の子だった時のレオン・ウェルトに」--。この一節にハッと思い当たる人は少なくないのではないか。本書の著者は、サン=テグジュペリの『星の王子さま』冒頭にある献辞の相手なのだ。
 2人は無二の親友だった。ドイツによるフランス占領の時代、コルシカ島から出撃したサン=テグジュペリの偵察機は、地中海上空で消息を絶つ。ニュースが伝えられた1944年8月9日のウェルトの日記には「彼が死んだことを思うこと、それは彼を疑うことであり、彼を裏切ることだ」とある。沈痛な思いがにじむ。
 サン=テグジュペリがウェルトに宛てた手紙が印象深い。『星の王子さま』でおなじみの絵とともに、出撃前のひととき、再会を切望する言葉が添えられる。「48時間の休暇をもらったしがない軍人が一食の自費を請うています……」
 本編では、批評家ウェルトが未完の遺稿『城砦』を論じる。亡き友との「中断された対話」を再開するかのように。サン=テグジュペリの温めた思想が浮かび上がる。
 池澤夏樹氏の巻頭エッセイと詳細な脚注がより深い理解へと導いてくれる。=藤本一勇訳(卓)
    --「今週の本棚:『僕の知っていたサン=テグジュペリ』=レオン・ウェルト・著」、『毎日新聞』2012年11月18日(日)付。
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書評:アントニー・ピーヴァー、アーテミス・クーパー(北代美和子訳)『パリ解放 1944ー49』白水社、2012年。

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 ひとたび喝采が消え去ったあとも、自らの解放者を愛し続ける国はほとんどない。自分たちの国家と政治制度とを、実質的にゼロから立てなおすという気の重くなる現実と向き合わなければならないのである。かたわらでは、私たちが今日「政権交代」と呼ぶ混乱期に乗じて、ヤミ商人とギャングとが跋扈している。このことは、人びとが独裁政権下だろうと的の占領下だろうと、道徳を犠牲にし、怯懦によって生き延びなければならなかった屈辱を忘れたがっているときに、集団的な恥の感覚をいっそう強める。つまり解放とは、なににも増して扱いにくい借金を作り出す。それが満足のいく形で全額返済されることは決してない。自負心とはとても傷つきやすい花なのだ。
    --アントニー・ピーヴァー、アーテミス・クーパー(北代美和子訳)『パリ解放 1944ー49』白水社、2012年、9頁。
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A・ビーヴァー、A・クーパー『パリ解放 1944-49』白水社、読了。ナチ占領から戦後復興までのフランス現代史が舞台。本書は米ソ二大国に翻弄されながら、戦勝国として歩み出すまでを描く歴史ノンフィクションの傑作。一筋縄ではいかない権力闘争の末に“葦”のように第四共和政は確立される。
ドゴールの自由フランス軍ですら寄せ集め。共和派、王党派、共産主義者、反ユダヤ主義者……一枚岩ではない。対して、レジスタンスの主導権を取った共産党は、スターリンから見放され、社会党と泥仕合である。
著者は混乱期のパリを、様々な階層の人々の手記や肉声から、その重奏な歴史を立体的に浮かび上がらせる。知識人や芸術家の動向が変奏曲のように挿入され、復興期フランスの政治、経済、文化がいきいきと甦る。
売り出し中のサルトルがスターリンの無謬性を信じていたり、米軍と騙し合いを繰り返すパリの芸術家たち。戦勝国なのに米軍はパリでも「進駐軍」だった。苦渋に満ちたフランスの歴史は、戦後日本の苦渋を新たな視座から照射する。
久しぶりに500頁近い戦史ノンフィクションを読んだが、非常に面白く、頁をめくる手が止まらなかった。戦後史のウラを証言からたどる好著。
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「……だからあいつらは~なんだ」という図式で全てを判断する噴飯さについて

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平田 ただ当然そうは言っても是々非々の関係です。例えば、僕の考える外交政策と前原(誠司)さんのものは、まったく違います。でも、前原さんはプロの政治家であり、僕は演劇人なので、その部分で違うから嫌だと言ってもあまり意味がない。一方、文化政策については、彼はそんなに詳しくありません。だから、その点について、僕の意見があれば言うし、聞かれれば答えるという関係です。「絶対信用できない」という人を別にすれば、オール・オア・ナッシングで付き合うのではなく是々非々で、個別の政策で付き合っていくという態度を、これからの日本の芸術家は身に付けていかないといけないと思う。この党の人だからよい、あの党の人だからダメというのは、まさにイデオロギーです。そうではない関係性で付き合っていきたいと思います。
当事者か消費者か
想田 その問題の背景には、当事者性の希薄さがあるように思います。湯浅誠さんが「あっち側とこっち側」という言い方をしています。つまり、活動家はある要求を呑ませるためにいろいろ画策するけれども、あとは永田町という「ブラックボックス」の中で政策が決定される。そして、その政策が自分たちに望ましい方向に決まらなければ文句を言うし、決まれば拍手喝采する。しかし、そうした方法だけでは「自分も決定のプロセスの当事者である」という意識が、なかなか生まれない。その結果、サービス提供者(あっち側)と消費者(こっち側)みたいな関係になるように感じます。
 つまり、民主党政権を選んだのだから、あとは頼むよって任せてしまうのが今までの日本人のやり方だった。政治サービスというものをプロの人たちに任せて、そこに対価としての票なり献金なりをする。だけど当事者として積極的にかかわるのは良くない。こういう人任せの感じがありますよね。
    --「対談 民主主義を諦めないために 芸術から見た政治のいま 平田オリザ×想田和弘」、『世界』2012年11月、岩波書店、190頁。
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信仰に関する議論は、自身と異なる信仰を持つ他者に対して、その信仰の立場から、「あの信仰の連中は絶対信用できない」だとか、「あの信仰の人だからダメ」という、その人物や内実に即した判断をするよりも、イデオロギー的に精髄反射する現象がまあまあ散見されます。
もちろん、このことは一慨には言えないし、経験上、そうではない人の方が多いし、そうした眼差しは信仰者から異なる信仰者に対する現象だけに限定される問題でもありません。非信仰者から特定の信仰者に対する現象として多見されるとも思います。
今日は、少し変則的だったのですが、授業のなかで、そうしたものの見方をとることのナンセンスさを少しお話しました。
しょうじき、ひかれるかなーと思いましたが、これはやはり大事な問題だから少し話をしましたが、リアクション・ペーパーを拝見するに、反発は全くなく、それなりに刺激になったような反応が多く、一安心もしました。
結局のところは、自分自身が何かを大切にしているということは、同じように、他者も何を大切にしているというところから出発するしかありません。
そしてそこで大切なことは、自ら検証することなく、出来合いのフレーズやスローガンで判断したり、本の帯だけ見て、そのすべてを語るようなやり方を思想・信条に関して向けることほど愚かなことはありませんから。
勿論、人間ですから好き・嫌いはあります。しかし、「……だからあいつらは~なんだ」という図式で他者を判断する限り、それはどこまでいっても無用な敵意や誤解を増幅するだけになってしまいます。
気にくわないとか、面白くないとか、趣味じゃないっていうのはやっぱりあるでしょう。しかし、同じ人間であるとすれば、いろいろな局面において、まさに是々非々で向かいあっていくしかありません。どこかに集めてホロコーストなんてできませんし、そんなことはしたくもありません。
そしてたいての場合「やつらは~だ」という出来合いのフレーズやスローガンというものは、実態と乖離した、「為にする」ものになっているのがほとんどです。
そういう何かによって、その人間の全人性を全否定するようなことこそ、オカシイことがらだと理解して欲しいなと、まあ、思った次第です。
さて、16日に国会は解散とのこと。
「この党の人だからよい、あの党の人だからダメ」という騒音を耳にすることが多くなりましたが、これも「もう、勘弁してくれ」というのが僕のしょうみなところです。
文句を言いたくなるのはわからないわけではありませんし、「オワタ」と思うことはよくありますが、「オワタ」で片づくものでもないだろうと思うわけで、それがまあ、よくないのでしょうなあ。
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覚え書:「ナショナリズムを考える B・アンダーソンさんに聞く」、『朝日新聞』2012年11月13日(火)付。

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ナショナリズムを考える B・アンダーソンさんに聞く(ナショナリズム研究の第一人者)
「排外主義や人種差別は、ナショナリズムとは本来、別のものなのです」=米ニューヨーク州イサカ、増池宏子氏撮影
ベネディクト・アンダーソンさん
米コーネル大名誉教授、ベネディクト・アンダーソンさん
(ナショナリズム研究の第一人者)
 急に燃え上がったり、刺激し合ったり、ときに暴走して好戦的になったり。扱いを誤るとたいへんなことになるのがナショナリズムだと思っていた。国民とは「想像の共同体」であると唱えて世に衝撃を与えた、米コーネル大名誉教授のベネディクト・アンダーソンさんに聞いた。私たちは、これをどう扱えばいいのでしょうか。
■本来は社会つなぐ欠かせない接着剤 差別的思想とは別
 ――日本で、いや中国でも韓国でも近頃、国家の誇りやナショナリズムを強調する言葉が目立ちます。
 「確かに、みんな大声を張り上げていますね。日本では例えば、石原慎太郎さんですか。都知事を辞職して、きっとさらに大声になるのでしょう。安倍晋三さんも再び、自民党の総裁になりましたし」
 「彼らは、もっと強硬な外交政策を採るべきだと主張しています。しかし、これは本来のナショナリズムとは違うものです。彼らのような主張が受け入れられるようになったのは、この15年ほどの間、自民党にしろ民主党にしろ、政治が機能しなかったことに原因がある。不安や自信喪失といった感情が、こういった現象を呼び起こしています。日本はもはや大国ではないという思いが、人々に大きな声を上げさせるのです」
 ――石原前知事の言うようなことは、本来のナショナリズムではないということでしょうか。
 「ええ、違います。自分の国がどうもうまくいっていないように感じる。でも、それを自分たちのせいだとは思いたくない。そんな時、人々は外国や移民が悪いんだと考えがちです。中国、韓国や在日外国人への敵対心はこうして生まれる。これはナショナリズムというよりは、民族主義的、人種差別的な考え方です」
 「米国でも同じことが起きています。国民の多くが、米国の優位性が弱まり、下り坂になったと感じているからこそ、新しい敵は中国だというプロパガンダが横行するのです。過去には、この役回りをネーティブアメリカンやファシスト、共産主義者、イスラム教徒がしましたが」
 ――国民は、近代になって「創作」されたものだと主張されていますね。では、ナショナリズムとは、いったい何なのでしょうか。
 「通常のナショナリズムは、日常生活の一部であり、習慣やイメージであり、空気のようなものなのです。例えば、テレビで天気予報を見るとします。その際、どうして日本各地の天気しか予報していないのか、などとは誰も疑問を抱きません。テレビのコマーシャルが、すべて日本人を対象にしていることについても、誰も注意を向けない。誰もが、『日本人』であることを当たり前に受け入れています」
 「ですが、日本が国民国家としてスタートしたのはほんの百数十年前、明治時代です。それまでは、自分は『日本人』だとは誰も思っていなかったはずです。象徴的なのはアイヌ民族と沖縄の人々です。日本政府は明治時代になって初めて、彼らを『日本人』に組み入れた。江戸時代より前は、自分たちとは違う民族だと区別していたのに」
 ――日本では、ナショナリズムは鬼門です。明治以降、国家の名の下に植民地政策を推し進め、最後に破局が訪れました。
 「ナショナリズムそのものが悪なのではありません。それは、いわば社会の接着剤であり、人々に『自分は日本人だ』と感じさせるものです。決して石原さんの威勢のいい演説が示しているようなものではない。そして、この当たり前の感覚が崩れるとしたら、それは社会の危機を意味します。まるで人がマラリアなどの病気にかかったときのように、すべての悪い症状が一気に噴き出てくるでしょう」
 「『上からのナショナリズム』と『下からのナショナリズム』を考えてみましょう。戦前の日本や、領土欲を隠そうとしない今の中国は、上からのナショナリズムに分類されるでしょう。一方で、過去に東南アジアなどにおいて起きたナショナリズムの勃興は、植民地支配からの独立を促し、抑圧された人々を解放する役割を果たした」
 「中国を例にすると、共産主義が事実上、過去のものとなり、中国共産党はいま、国家を統治し続ける根拠を問われています。経済成長は、その理由のひとつでしたが、右肩上がりも続かない。今まで、政府はうまくナショナリズムをはけ口にすることに成功してきましたが、いずれ袋小路に陥ります」
 「他の国と同様、中国でも人々は自分と子どもの未来を考え、どう生きて行くべきかを考えます。一党独裁で言論の自由もないような政治体制でいいのか。私たちは何をすべきなのか。こんな問いを抱かせないために、国家が民衆に暴動を起こすことを認めているのだと思います」
 「そんな人々は容易に抵抗者へと変わりうるでしょう。だから政府はすぐに抑圧します。下からのナショナリズムは、体制をひっくり返すことがある。ベネズエラのチャベス大統領の行動や、イランのイスラム革命にも、そんな側面がありました」
■国家が続く確信が偏見を乗り越え、未来への行動生む
 ――戦後日本では、ナショナリズムをやっかいなものだと考え、遠ざけて考えないようにしてきました。
 「本来、ナショナリズムは未来志向なんです。考えてみてください。私たちはなぜ税金を払うのか。それは、例えば公園や美術館を維持するためだと考えて納得します。その前提となっているのは、国家は将来も存続し続け、自分の孫や子たちもきっとこの国で生き続けるという揺るぎない確信です。私たちは、国家があるからこそ、未来のため、まだ生まれもしていない子たちのために行動することができる」
 「米国の例を挙げましょう。1960年代に黒人解放運動が盛んになりました。その潮流はフェミニズムや同性愛者の権利擁護にもつながる。その際に大きな役割を果たしたのが実はナショナリズムなのです」
 「私が言いたいのはこういうことです。黒人の権利、同性愛者の権利を認めるとき、人々は『彼らだって同じ米国人なんだから、同じに扱わなければ』と考えたはずです。国家という概念が、こんな考え方を可能にする。ナショナリズムは、人種偏見や性差別を乗り越えるのです」
 「一方で、排外的な人種主義、民族主義は、過去にとらわれる思考です。旧ユーゴスラビアの分裂は、その好例でしょう。クロアチア人、セルビア人らは第2次大戦前から一つの国家として共に暮らしていたにもかかわらず、過去に拘泥して悲惨な内戦を戦い、『民族浄化』すら起きた。過去に目を向けているという点では、中国で清朝時代を美化したドラマに人気が集まっていることも気がかりです」
 ――日本でも中国でも、インターネットが排外主義的なナショナリズムをあおっている面がありますが。
 「ネット上には、差別を助長するような内容の情報が漂っています。米国ではオバマ大統領は実はイスラム教徒だとか、日本でも嫌韓、嫌中などの情報が真偽もあいまいなまま、あふれています」
 「人は、自分が信じたいものを信じるものです。ネットでは、自分のお気に入りのリンクだけ見ていれば、他のニュースは見ずに過ごすことができる。政治、経済、国際などのニュースが一つになっている新聞とは正反対のメディアです。『リンクの世界』では24時間、特定の情報にだけ接して過ごすことができるし、グーグルで検索すれば何もおぼえる必要がない。コンピューターの前に座るだけの生活はもうやめたほうがいいと若者たちには言いたい」
 ――私たちはナショナリズムとどう付き合えばいいのでしょうか。
 「いくつか、ヒントがあると思います。スポーツの例は重要です。印象に強く残っているのは、2002年の日韓サッカーW杯で、日本が敗退した後に、多くの日本人が韓国の応援をしていたことです。米国もサッカーが強くないので、2番目にひいきのチームを応援する人が大勢います。自国のチームが負けたから無関心になるのではなく、別の国を応援する。ナショナリズムは、こんな形で昇華することもあるのです」
 「ナショナリズムを中和するような情報についても考える必要があります。日本では韓流ドラマや歌手が人気ですが、米国人はハリウッド映画ばかり見ていて多様な文化に触れる機会が少ないのは問題でしょう。さらに重要なのは、移民の存在だと思います。グローバル化が進み、今後は多くの労働者が外国に移り住むようになります。日本政府の移民政策は評価できませんが、『外人が来たら、日本らしさが失われる』というような議論が出始めたら危険です。それはナショナリズムなどではなく、単なる差別主義なのです」
■取材を終えて
 「国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体である」。アンダーソンさんの名著「想像の共同体」の一節だ。国民は創作物なのかと驚いたのを覚えている。だからこそ、国家を維持するためにナショナリズムが不可欠だという。日本では負の印象がつきまとう存在だが、問題はどう飼いならすか、なのだろう。(真鍋弘樹、中井大助)
     ◇
 Benedict Anderson 1936年、中国・昆明生まれ。コーネル大名誉教授。専門は東南アジア。
    --「ナショナリズムを考える B・アンダーソンさんに聞く」、『朝日新聞』2012年11月13日(火)付。
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http://www.asahi.com/news/intro/TKY201211120380.html
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誤った文明と正しい文明というまことしやかなナンセンス:どんな文化も、文明も、単独では存在しない

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 ここで品格や尊厳(ディグニティー)について話したい。言うまでもなくこの観念は、歴史学でも、人類学でも、社会学でも、人文科学でも、およそすべての文化に特別な位置を与えられている。まっさきに指摘しておきたいのは、アラブ人でも、ヨーロッパ人やアメリカ人とは違って個人という感覚をもたず、個々の人生に対する尊重がまったく欠けており、愛情や親密さや理解の表現には価値を認めない(そういうものはルネッサンスや宗教改革や啓蒙主義を経験したヨーロッパやアメリカのような文化だけがもつ資質なのだとされている)と理解するのは、根本的に間違った、オリエンタリズムの、本当に人種差別的な命題だということだ。その筆頭に挙げられるのが、教養のない、幼稚なトーマス・フリードマンだ。この男が広めてまわっているこういうばかげた命題を、自分のものとして取り込んでいるのは、情けないことに、フリードマンに負けぬほど無知で自己欺瞞的なアラブ知識人たちだ。具体的に名を挙げる必要はないだろうが、彼らは、9・11の残虐行為は、アラブ世界やイスラーム世界がどういうわけか他の世界よりも病んでおり、より重症の機能不全に陥っていることの兆しであると考えており、またテロリズムは、他の文化よりも大きな歪曲が起こっている兆候であるとみている。
 だが両者を比較してみれば、ヨーロッパとアメリカのほうに、二十世紀に発生した暴力による死者の圧倒的多数についての責任を帰すことができ、それに比べればイスラーム世界のものなどほんの小さな部分にすぎない。この誤った文明と正しい文明というまことしやかなナンセンスの背後には、偉大な偽預言者サミュエル・ハンティントンのグロテスクな影法師が見え隠れする。この世界は相異なる個別の文明に分割することができ、それは互いに永遠の抗争をつづける運命にあるという考えを、彼は多くの人々に吹き込んだ。だがハンティントンは、その主張のどのポイントにおいてもことごとく間違っている。どんな文化も、文明も、単独では存在しない。個人主義や啓蒙主義といった完全に独占されたものだけで成り立つような文明など存在しないし、共同体や愛情や生命の価値などといった人間の基本的な特質を欠いた文明も存在しない。この逆のことを示唆するのは純粋な人種差別であり、アフリカ人は生まれつき劣った頭脳をもつとか、アジア人は隷属するために生まれてきたのだとか、ヨーロッパ人は生まれつき優れた人種であると主張するような人々と同類だ。これは一種のヒトラー流の科学のパロディーが、今日ではもう他にみられないようなかたちでアラブ人とムスリムを攻撃するために用いられたものであり、そんなものに対しては論駁の形式さえとらないほど断固として退けなければならない。愚にもつかないたわごとなのだから。一方、もっと信頼できる本格的な記述によれば、アラブやムスリムの生活には、他のすべての人類の場合と同じように固有の価値観や品格があり、それはアラブやムスリムの独特の文化的なスタイルの中に表現されている。そのような表現が、誰もが見習うべきだとされる一つのモデルに似ていたり、そっくり真似たものである必要はない。
 人間の多様性の本質は、つまるところ、互いに大きく異なった個性や経験が互いに深く関わりあいながら共存する形式にある。一つの優越した形式の下にすいべてを還元してしまうことなどできはしないのだ。そういうものはアラブ世界における発達や知識の秩序を嘆く物知り顔の連中が、わたしたちに押しつける偽りの議論だ。
エドワード・W・サイード(中野真紀子訳)『オスロからイラクへ  戦争とプロパガンダ 2000ー2003』みすず書房、2005年、404ー406頁。
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文明だけに限らず、考え方や何らかの概念の衝突を煽る連中というは、その「違い」や「違い」に起因することがらを、しらーっと「説明」するふりをして、(実際のところは何の根拠がないにも関わらず)当人たちが優越的と思う規範を押しつけてくるパターンが多いのかもしれない。
異なるものは異なるものとして存在しております。その事実は否定できません。しかしながら、その異なるもの同士がまったく無関係に定位するわけでもありません。
認識の地平において、ハイゼンベルクの不確定性原理は、観測者の完全な記述が不可能であることを明らかにしましたが、まさに対象を観察する、言及するという行為ひとつとってみても、それは記述する側、される側になんらかの影響を及ぼすわけですから、完全に何かと独立した「当体」というものが垂直的に自存しているわけではありません。
その意味では、文化や生き方に関しても、全く異なる何かが、それぞれ別個に展開しているように見えながらも、実際のところはそうとは言い切れない部分があるのではないでしょうか。
サイードは、西洋における特権的なまなざしを「オリエンタリズム」と造語しましたが、これは単純に西洋と東洋における関係だけに限定される問題ではないと思います。
「わしゃ、外国語も読めないし、外国にいったことないし、世界には関心がない」という方であったとしても、同じような認識構造を知らず知らずに押しつけていったり、実際のところは歪曲された認識像にすぎず、何かに都合のいいイデオロギーのようなものを、「はあ、そうか」と生活の中で遂行されている場合が多いのではないかと思います。
しかし、人間に対する暴言やヘイト的なるもののほとんどは、「文明の衝突」というマヤカシの論理に似たものがあるのじゃないかと思うことが多々ある。
別段に、人間の共通性と差異の両方を強調しようとは思いません。共通性もあれば違いもあるとは思うが、それはありてあるということがらにすぎない。
人間として同じであるという「同化」の過度の強調も不要でしょうが、人間として「違う」ことを何らかの序列にしてみせたりすることも同じように不要じゃないでしょうか。
だいたい、「あいつらには人間性のかけらもない」などとのたまう連中ほど、ブーメランな訳ですが、最近は、そういう手合いの怒声ばかりが目に付き、辟易としてしまいますが、まあ、放置するわけにもいかないわけですよね。
ふぅ。
……というこでボジョレー・ヌーボーでも呑みますか。
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覚え書:「今週の本棚:藤森照信・評 『歴史をどう見るか』=粕谷一希・著」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。

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今週の本棚:藤森照信・評 『歴史をどう見るか』=粕谷一希・著
 (藤原書店・2100円)
 ◇さめた眼と言葉の力で過去を捉える
 近代前を宗教の時代とするなら、近代以後はイデオロギーの時代と言っていい。人の心を左右のイデオロギーが動かし、その結果、個人も社会も政治もそして国の歴史も左右に激しく振れながら進んだ。
 そうした中で、イデオロギーから距離を置き、この世の動きを見ることは可能なのか。もし可能なら、どのように映るのか。この本は、われわれの近過去の歩みをそうしたさめた眼(め)で眺め、その光景を描いたスケッチブックのような一冊。
 著者の眼はさめて(、、、)いるが、イデオロギー好きの者には冷めて(、、、)感じられようし、イデオロギーから離れた者には覚めて(、、、)、または醒めて(、、、)いるように思える。
 さめた眼は科学者の観察と同じだが、しかし自分たちの歩んできた道を、科学のように数式や図形で表すことは出来ない。言葉によるのが一番いい。言葉は、抽象能力と同時に、言外の余情のような温かいふくらみを持つことも可能だからだ。
 著者は、さめた眼で事態を観察する一方、その表現に当たっては、言葉の深く広く温かい力に頼る。
 「学者の場合は実証史学といって、様々な資料を精緻に吟味しなければなりません。そういう手続きがあるために研究の過程で色々な資料を批判的にみていくうちに、だんだん文章が抑制されてくるのです。ところが、読んでみると学者が書いたものは作家が書いたものほど面白くないということが起こります」
 学者のように調べ、作家のように書く。なぜなら、「歴史(ヒストリー)は物語(ストーリー)である」から。
 一冊の内容は、明治維新から第二次大戦と戦後の東京裁判まで。やはり面白いのは戦乱の時代の人の動きとその評価で、たとえば、第二次大戦における軍の横暴と敗戦時の無責任さについて具体的な事例を紹介するが、その一方で柴五郎大将の最期を記す。私なんか学生時代に出た『ある明治人の記録--会津人柴五郎の遺書』(一九七一)を読んで、幕末・明治の動乱の中をこんなに立派に身を処した明治の人がいたんだと深く感銘を受けたが、その柴が第二次大戦を見届けたとは知らなかった。会津藩の敗戦と日本の敗戦の二つを体験し、二つ目の敗戦に対しどうわが身を処したか。
 「八十五歳と高齢でした。大将を最後に予備役になっていて、自分は何も悪いことをしたわけではないのに、戦争に負けたのは軍人が悪かったせいだ、と言って切腹してしまいます」
 歴史スケッチの所々には本質論が挟まれている。たとえば、
 「明治維新の戦死者は一〇万人。アメリカの南北戦争で死んだ数が七〇万人。ロシア革命とか中国革命では何百万人を数える。比べて明治維新は犠牲者の数が少ない。どうしてそうなのかといいますと、日本人というのはある段階にくると非常にあっさりしているということです」
 「純粋な人が革命家になると危ないということは世界中、いや人類に共通している歴史的事実だと思います」
 「西郷さんは人気がある。西郷さんの人気の原因は何かという問題は日本の歴史を考えるうえで難問であります」
 「国際政治において、外交は最終的には軍事力が決定する。それから経済力。ただ、三番目に国際政治を動かす要因として世論、国際世論があります」
 国際世論も、国際政治を動かす時は決まってイデオロギーを濃く含むことで現実を動かしてきた。言葉は、イデオロギーから離れながら現実と関われるのか。難問である。
    --「今週の本棚:藤森照信・評 『歴史をどう見るか』=粕谷一希・著」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121111ddm015070004000c.html
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覚え書:「今週の本棚:山崎正和・評 『中国は東アジアをどう変えるか』=白石隆、ハウ・カロライン著」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。

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今週の本棚:山崎正和・評 『中国は東アジアをどう変えるか』=白石隆、ハウ・カロライン著
 (中公新書・882円)
 ◇言語的変化が「新民族」を生み出す
 現代の中国は世界最多の人口と最強の経済成長力を擁し、一党独裁のもとで軍事的な拡張をめざす帝国である。ローマ帝国を超えるこの超大国の将来は、国際政治のみならず、文明史にとっても最大の関心事だろう。
 本書は東アジアを研究する専門家が、多年の成果を新しい視点からまとめ直し、この重大な問題に画期的な回答を示唆した希(まれ)に見る業績である。中国をまずその周辺諸国から観察しようという手法は、多くの日本の読者に目から鱗(うろこ)の落ちる思いをさせてくれる。
 著者は歴史や地政学的地位の異なる諸国をとりあげ、それぞれが中国の重圧にどう対処してきたかを精査する。すると意外にも、これら弱小に見える周辺国が強靱(きょうじん)な交渉力を駆使し、国の独立を維持してきたし、将来も維持し続けるだろうということがわかる。
 たとえばタイは大陸部東南アジアのハブの地位を占め、流通の出入口としての地位を固めつつある。安全保障では米国と同盟を結び、経済的にも世界市場に参入して中国への過度の依存を防いでいる。インドネシアは宿痾(しゅくあ)の内戦を終わらせて全国土の安定を確保し、経済発展の助力は借りながらも、中国との関係には伝統的な警戒心を失っていない。
 ヴェトナムは中国との数次の戦争の経験を持ち、昨今の貿易量の増大にもかかわらず、中国への危機意識を忘れていない。カムラン湾という要衝を開いて、仇敵(きゅうてき)米国を含む諸外国を迎えたのもその証拠だろう。ミャンマーのような最新途上国も例外ではなく、中国の多大な支援を利用しながら迎合はしていない。中国への巨大な石油・ガスパイプラインの計画と符牒(ふちょう)を合わせるように、この国が民主化と自由化を表明したのも象徴的かもしれない。
 東アジアの地域システムは柔軟かつ多角的であり、これが逆に中国を取り込み、構造的な緊張を解こうとしていると著者は見るのである。
 ここで著者は中国の歴史に目を転じ、かつての朝貢貿易が再現しえないことを説いたうえで、翻って文明統一における言語の重要性を指摘する。そしてこれこそ独創的な見解だが、現在、東アジアでは中国語を話す民族に言語的な変化が生じていると力説する。
 それが著者のいう「アングロ・チャイニーズ」の誕生であって、従来は華僑、華人、中国系などと呼ばれてきた人びとである。彼らはさまざまな世代に分かれ、移住先の文化へのなじみ方も多様だが、ほとんどが中国語と英語と居住国の言語の三つを話す。彼らの多くは東南アジアの政界、経済界で絶大な力を揮(ふ)るい、互いの情報網も緊密である。
 彼らは英語を話すことで、もはや価値観や生活感覚のうえでも純粋な中国人ではなく、新しい独自の文化的民族性を生みつつある。しかもこの新興の民族は今や東南アジアだけでなく、中国本土の沿海都市部にも続々と誕生しているという。この指摘は斬新だが、近年、共産党の最高幹部の子女が多く米国に留学しているという報道を思えば、十分に説得的だといえる。
 中国の政治的な将来は、このアングロ・チャイニーズと頑迷な党指導部との相克の時代にはいるのかもしれない。スリリングな予感だが、たとえそうならなくとも、この新しい民族の興隆はそれ自体、文明史的に見て私には胸躍る事件である。かねて民族は天与・生得の存在ではなく、形成され変容される人為の産物だと考えてきた私にとって、この本はこの上ない例証を与えてくれた。
    --「今週の本棚:山崎正和・評 『中国は東アジアをどう変えるか』=白石隆、ハウ・カロライン著」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121111ddm015070007000c.html
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覚え書:「みんなの広場 過激な政治家の発言が怖い」、『毎日新聞』2012年11月13日(火)付。

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みんなの広場
過激な政治家の発言が怖い
無職 66(大阪府)
 何とも“過激”な人たちがそろって政治の表舞台に出てきたものだ。しかも、この人たち、日本の明日を決めることになるかもしれないというものだから、怖いような気もする。
 “右寄り”の言動で知られ、東京都知事を電撃辞職し、国政進出を表明した石原慎太郎氏。一度、政権を投げ出しておきながら、自民党総裁に返り咲いた安部晋三氏。テレビタレントの頃から世間の耳目をひくことに巧みだった大阪市長の橋下徹氏らである。
 「官僚支配の打破」に「現憲法の破棄」「外交安保や領土問題に毅然とした対応」。「日本再生のために国の仕組みをリセット」などは実に大仰で勇ましい。日ごろからマスコミでの露出度が高い人たちからの発信だけに、理屈抜きに私たち国民の中に浸透しやすい。だから、なおさら怖いと感じるのだ。私たちは、平和や暮らしの視点から、政治家たちの発信を検証する必要があるのではないだろうか。最近、特に、そう思う。
    --「みんなの広場 過激な政治家の発言が怖い」、『毎日新聞』2012年11月13日(火)付。
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覚え書:「今週の本棚:富山太佳夫・評 『コルヴォーを探して』=A・J・A・シモンズ著」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。

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今週の本棚:富山太佳夫・評 『コルヴォーを探して』=A・J・A・シモンズ著
 (早川書房・2205円)
 ◇丸谷才一の愛した“詐称と異形の英作家”を追う
 『書かれざる本の書評集』--もしこんなタイトルの本が、何処(どこ)にあるのか誰も知らない出版社から出されて、私の眼(め)の前に来たとしたら、一体どうすればいいのだろうか。ニンマリすべきなのか、それとも憮然(ぶぜん)とすべきなのか。
 実はこれは冗談ネタではないのだ。実際にこのタイトルの本を構想し、何本かの原稿を雑誌に発表した男がいたのである。その書評の対象となった(あるいは、なりかけた)のはマキャヴェルリの『報道・南アフリカ遠征』、キケロ『ジャンヌ・ダルク弁論』、一八世紀英国の評論家ジョンスン博士が同国の一九世紀の批評家を論じた『カーライル伝』等々。あきれた悪ふざけと言うしかないのだが、こんなことを平然とやってのけるのは、常識的には英国の作家にきまっている。彼の名前はフレデリック・ウィリアム・セラフィーノ・オースティン・ルイス・メアリ・ロルフ。少し長すぎるので、普通はFr・ロルフと呼ばれたり、コルヴォー男爵と呼ばれたりする(男爵というのは勿論(もちろん)詐称である)。同時代の小説家D・H・ロレンスに愛された作家であった。愛されたとは言っても、勿論文学的な意味においてであるが、但(ただ)しロルフ本人は性的な意味において男を愛したことが分かっている。
 ともかく、その生涯は一八六〇年から一九一三年までであった。かつて彼を手厳しく批判したことのある『アバディーン自由新聞』は、その死亡記事を次のようにしめくくっているとのこと。「ロンドンでは文学的素養とライターとしての技術で高く評価された。多様な才能を持つ非凡な天才であり、優れた作家、音楽家、そしてアーティストだった」。代表作は『ボルジア家の歴史』、『ハドリアヌス七世』、『ドン・タルクイニオ』等。そして、死後に遺(のこ)されたあれこれの原稿。そうか、「イタリアの農民生活を巧みに描き出している短篇集」の『トト物語』も挙げておくべきかもしれない。
 ただ、この作家についての最大の問題点は、このような説明によってはその実像がほとんど見えてこないということかもしれない。実際の彼は、その作品にも登場しないほどの異様な人生を送っているのだ。一九一三年一〇月二九日号の『スター』紙は次のように書いている。「ロルフ氏はハンプシアのクライストチャーチにコルヴォー男爵の名で数年過ごし、見事な浪費ぶりと極度な禁欲とを突発的に交互に見せるので有名だった。後にヴェネチアでこの後者のタイプの極端な生活を送っている」。更に彼はみずからが書いたものの著作権をめぐって何度も訴訟トラブルに巻き込まれている。いや、本当にこんな人生があるのかと、何度も、何度も、絶句するしかない。
 『コルヴォーを探して』(一九三四年)はそんな作家の評伝である??異形の、驚くべき評伝である。ためしに第八章(全体は二〇章)を開いてみるといい。いきなり(註(ちゅう)記)がまるまる一頁(ページ)を占めていて、「伝記作家の特権の一つは、主題に関してすべてを知り尽くしているという前提に立っていることである……私のこの評伝は、違うやり方をしている」とあるのだ。A・J・A・シモンズのこの評伝は実はロルフの資料探しの記録でもある。なんとも異様な……いや、読者はその資料探しのプロセスについて行きながら、著者と同じような眼でロルフを、そして時代と文化を追体験していくことになるのだ。日本でこの作家を誰よりも愛したのは、この訳者と、丸谷才一氏だった。(河村錠一郎訳)
    --「今週の本棚:富山太佳夫・評 『コルヴォーを探して』=A・J・A・シモンズ著」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121111ddm015070027000c.html
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省察をおこなうには、まず隣人のところへ行って、隣人が生活するために、また生き延びるために、どのような仕方を採用しているかを見にいかねばならない

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 省察をおこなうには、そして自分について省察をおこなうには、まず隣人のところへ行って、隣人が生活するために、また生き延びるために、どのような仕方を採用しているかを見にいかねばならない。選ぶべき隣人はどんな隣人でもかまわない。というのも人文科学を学ぶというのは、失われた巨大な知を再びわがものとすることであり、異郷に生きるという経験を、深みをもっておこなうことだからである。
 それぞれの人間は、自分の生まれ故郷の風景について、日々の偶然によって与えられるままに集められた、無秩序な、数え切れないほどの所与を所有しているのだが、それらの所与が再検討されることは滅多にない。そうした所与でもっとも強い力を持つものは、往々にして、幼年時代に獲得された、胸を刺すような獲得物まで遡るものであり、それゆえにそれに触れられるとひとびとは敏感に反応する。他の所与は、日常生活の磨滅の埃の下にかき消されてしまう。
    --ティヨン(小野潮訳)「北アフリカを対象とする民族学への序説」、ツヴェタン・トドロフ編(小野潮訳)『ジェルメーヌ・ティヨン  レジスタンス・強制収容所・アルジェリア戦争を生きて』法政大学出版局、2012年、372-373頁。
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誰もが「人間のために」と語るし、そう語ることはたやすい。
しかし、それが実際のところ、「人間のために」なった話は、話された分量のうちごくわずかではないかと思う。
策戦的「利用」は除外するとしても、その残った内を検討してみた場合でも、そしてそれが「善意」が発露であったものであったとしても「人間のために」が「人間のために」なることは困難を極めることが多く存在するように思われる。
なぜそうした本末転倒になるのでしょうか。
様々な要因は考えられますが、その一つとして指摘できるのは、「人間のために」と発話する側が、その「人間のために」として扱われる「人間」を形而上的に規定し、そこから溢れてしまう多様な「人間」を非・人間として分断的に扱ってしまうからではあるまいか。
カントの理性の二律背反を想起するまでもないし、レヴィナスの「全体性と無限」を引用するまでもない。しかし、そうした定義の分断と、同化の暴力は、おうおうにして「善意」からほとばしるものでもあるからこそ、そこに関しては慎重にありたい。
こんな話をするとどうするの? などとよく聞かれるけれども、結局は、人間観を不断に更新するわけしかないのですが、では、それを具体的にはどこから始めるのか。
結局の所は、どこか遠くから始めるのでも、ポリティカリィー・コレクト・トークンを発話することで「はい、OK」とするのでもないところにあるのではないかと思う。
それは、どこなのでしょうか。
希有の、そして本物の人間主義者・ティヨン女史の語る通りではないでしょうか。
そう、それは……
「省察をおこなうには、そして自分について省察をおこなうには、まず隣人のところへ行って、隣人が生活するために、また生き延びるために、どのような仕方を採用しているかを見にいかねばならない。選ぶべき隣人はどんな隣人でもかまわない。というのも人文科学を学ぶというのは、失われた巨大な知を再びわがものとすることであり、異郷に生きるという経験を、深みをもっておこなうことだからである」。
……なんだと思う。
詮索やら興味本位では、相互理解とは、自身の世界環境における、私とは何か、他者とは何かを、その生活の息吹の中で、絶えず認識を新たにしていくところからしか始まらない。
そこを、みんな失念して、喧々囂々しているような気がする。
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覚え書:「今週の本棚:中村桂子・評 『動物に魂はあるのか』=金森修・著」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。

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今週の本棚:中村桂子・評 『動物に魂はあるのか』=金森修・著
 (中公新書・924円)
 ◇「機械論」から「現代の霊魂論」への科学思想
 「恐らく、多くの読者は<動物機械論>についてならどこかで聞いたことがあっても、本書の主題<動物霊魂論>などは、ほとんど知らなかっただろう」とある。その通り。私の場合、ほとんどどころかまったく知らずにきた。不勉強を恥じながらも、科学を学ぶ時に教えられるのは十七世紀のデカルトの機械論であり、霊魂については聞いたことがないと教育のせいにしている。
 科学思想史の先生である著者も「昆虫はほとんど機械のようなもの、神様が創ったロボットのようなものなのだから『蝉(せみ)が死んだ』ではなく、『蝉が壊れた』と述べてもいいのだ」と学生に話していたという。しかし最近「蝉は実は<土の精>ではなかろうか。普段、人々に踏みしだかれているだけの土が、夏のごく短い間だけほんの一瞬、羽と声をもらい、楽しげに飛び回って、やがては元の土に戻っていく」と考えたのだそうだ。この二つは、死を悲しまないという点で同じだが背後の哲学は正反対であり、この間で揺れていた著者は今「蝉は壊れた」に醜さを感じるようになったと語る。その著者が、科学化された現代の中で、動物の意識でも認知能力でもなく「霊魂」を主題に、動物について自然科学以外の様式で語ろうという実験が本書である。
 出発はアリストテレス。生物学、博物学の基礎論としての「霊魂論」で栄養的霊魂(植物)、感覚的霊魂(動物)、思考的霊魂(人間)の三段階を示す。以後動物に霊魂があることを前提とした議論が、ストア派のセネカ、帝政ローマ期のプルタルコスなどを経て十六世紀モンテーニュの動物礼賛へと続く。彼は人間だけが持つとされる知性や理性が動物にもあり、人間が技術を持つのは、それがないとうまく生きていけないからだと説くのだ。西洋文化の底には、常にアリストテレスの霊魂論が流れている。
 そこにデカルトが登場し、人間の思惟(しい)の卓越性と独自性を守るために動物は機械だという印象を与える文を書いたと著者は分析する。その影響は大きく、デカルト信奉者のマルブランシュは、妊娠している雌犬を蹴り「あれは別に何も感じないんですよ」と言ってのけたのだそうだ。「機械論」はパリのサロンなどの話題だったとのことで、それを巡る多くの議論が紹介されている。その中に、動物を機械と強弁し続ける気持には身障者や他民族などを見下す眼差(まなざ)しが内包されているという指摘があり、考えさせられる。
 私たちはなぜかヨーロッパでは機械論がそのまま続いていると思っているが、実はその後『<常識派>への揺り戻し』、『論争のフェイド・アウト』があると著者は教えてくれる。常識派として登場するのがライプニッツとヴォルテール。もちろんこの問題は複雑なので黒か白かとはならないけれど、議論は中庸に戻る。こうして機械論が説得力を失なうにつれて霊魂論も存在意義を失なってきたというのが歴史の流れである。
 そこで現在。問題は<現代化された動物機械論>である。科学が進展し生き物を機能だけで見がちな時代の中に大規模で系統化されたある種の動物虐待があることは否定できない。個人の考えを越えて社会化されたものだ。ここで著者は、霊魂論の歴史を踏まえ、常識を生かした<現代の動物霊魂論>の必要性を語る。この世界にはいろいろな魂があり、その中で人間は少しだけ特別な魂を持つが故に、他人にも他の生物にも気遣いできるのだとも。霊魂論の歴史は、平凡だが大事なことを教えてくれた。自分でも考えてみたい。
    --「今週の本棚:中村桂子・評 『動物に魂はあるのか』=金森修・著」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121111ddm015070028000c.html
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「やつらは気に入らない、だから『より悪いほうが、よりまし』という理屈」

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 私や他の少なからぬ人がそう考えるように、国家が不当な制度であるということに全然異論はありません。しかし、そのことをもって国家を支持すべきではないということにはなりません。不当な制度を支持しないにしても、ときには、それに取って代わる、もっと不当な制度が存在するのです。民衆についての関心がもしあるなら、具体的に、アメリカをとりあげてみましょう。恐るべき国家領域は存在します。しかしそれは、はからずもよいこともします。何世紀にもわたる熾烈な民衆闘争は、貧しい母親や子供を支援する最低限の福祉制度をもたらしました。それが今、国家〔機能〕を縮小しようとする攻撃にさらされています。アナキスト達は、自分たちがそれを支持していることに気づいているとはとても思えないのです。だからかれらは、公衆にまったく説明責任を負わない、純然たる全体主義である私的専制権力の手に、さらなる権力をゆだねることを意味する「そう、私たちは小さな国家をつくるのだ」という極右の言説に歩調をあわせるのです。
 それは三〇年代初頭の共産党の「より悪い方が、よりまし」というスローガンを思い起こさせます。共産党が、ファシズムと闘えば、社民と手を結ぶことになるが、やつらは気に入らない、だから「より悪いほうが、よりまし」という理屈で、ファシズムとの闘いを拒否した時期がありました。私が子供の頃にあるスローガンです。そしてかれらはより悪いもの、つまりヒトラーを手に入れたわけです。七歳の子供たちがご飯を食べられるかどうかを気にかけるならば、長い目でみれば不当なものだとわかっていても、現時点では国家の役割を支持するでしょう。多くの人が、国家が扱いづらいものと感じていることは認識していますし、個人的には私は左翼から無原則だとつねづね批判されてきました。かれらにとっての原則とは、国家が役割を果たすことに反対するというものであり、飢えた子を目の当たりにして嬉々として私的全体主義組織の手に権力がゆだねられることになる局面であっても、国家が役割を果たすことには反対するというものなのです。未来の諸問題を積極的に構想しようとするなら、こうした考え方に留意しなければならないと、私は思います。実際のところ、今日、国家の役割を擁護するということは、限られた範囲とはいえ人びとが参加し、有機的に結合し、政策に影響を及ぼすことが可能な、公共の領域を支えるということなのですから、国家の廃絶にすすむ一歩なのです。これが取り除かれたならば、私たちは解放にすすむとはとてもいえない独裁へと、あるいは私的独裁へと逆行することになるでしょう。
    --ノーム・チョムスキー(木下ちがや訳)『チョムスキーの「アナキズム論」』明石書店、2009年、368-369頁。
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原発問題をはじめ、差別や貧困といった現実世界の不正や虚偽に対して、するどく洞察し、「なんとかしなければ……」と百家争鳴な議論が喧々囂々と喧しく続き、その議論に、深く「ああなるほど」と頷くことが多い。
しかし、不正や虚偽に対する認識や方法論をめぐって、その正邪を競う議論もそれと同じぐらい多い。
確かに、「なんとかしなければ……」ならないから具体的にそのアプローチを巡って「検討」することは大切だと思う。
しかし、その整合性に「のみ」に惑溺してしまうことは、「なんとかしなければ……」という事柄を、置き去りにしてしまい、結果としてその「なんとかしなければ……」を引き起こしている当事者をスルーしてしまうことになるのではあるまいか。
もちろん、具体的にそのアプローチを巡って「検討」することが無駄という訳ではないし、これまでの失敗や成功をきちんと精査して向き合っていくことが全く無用だということと同義ではない。
しかし、議論に熱心になればなるほど、どんどん、事柄から遠ざかっていく事態が割合と多いように思う。
どちらが先で、どちらが価値あることというわけではないンだけどね。
ただ、「やつらは気に入らない、だから『より悪いほうが、よりまし』という理屈」は、たいていの場合、ろくなことにはならないのではないだろうか。
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覚え書:「今週の本棚:リアル30’s “生きづらさ”を理解するために=『リアル』30’取材班」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。

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今週の本棚:リアル30’s  “生きづらさ”を理解するために=『リアル』30’取材班
(毎日新聞社・1365円)
「失われた20年」に青春期を過ごし、就職氷河期を経験した30歳世代。彼らの多くが感じる「生きづらさ」とは一体何かを、同世代の記者たちがていねいに掘り下げた。
登場する「30’s」は1978~82年ごろに生まれた世代。彼らがちょうど思春期を迎えたころバブル経済が崩壊し、日本の社会・経済構造は大きく変わった。合理化・効率化が進み、非正規雇用が増え、社会から急速に余裕が失われていった。この世代が今、仕事や結婚、出産、育児など人生の大きな選択を迫られる局面を迎えている。先の見えない時代だけにその選択とは先行世代とは比べようもなく難しく、重い。
彼らの迷いや葛藤、希望は多種多様だ。正規か非正規か、未婚か既婚か、都会か地方かーー一つとして同じものはなく、一くくりにできない。だから思いを共有できず分断される。「これこそが生きづらさではないか」と同世代の記者は見る。
しかし、絶望や苦悩だけではない。自分たちで社会を変えようとする果敢な試みと希望も提示する。毎日新聞紙上での同名連載を書籍化。ツイッターに寄せられた声も多数収録している。(山)
    --「今週の本棚:リアル30’s  “生きづらさ”を理解するために=『リアル』30’取材班」、『毎日新聞』2012年11月11日(日)付。
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覚え書:「異論反論 男女格差の大きさが指摘されました=雨宮処凛」、『毎日新聞』2012年11月08日(水)付。

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異論反論
男女格差の大きさが指摘されました
寄稿 雨宮処凛
国のためにも女性活用を
 日本は先進国・主要国の中で、もっとも男女格差が開いている国。
 10月24日、スイスのシンクタンク「世界経済フォーラム」が発表した「男女格差報告」の評価だ。調査対象135カ国中、日本は101位。先進諸国の中では最低の評価である。
 理由は、議員や企業幹部に女性が少なく、教育レベルの高さにもかかわらず労働市場でうまく活用されていないことなど。
 「働く」ことにまつわる数字をざっと出すだけでも、残念感は満載だ。例えば労働者に占める女性の割合は42%なのに、その半分以上が非正規雇用。賃金格差も大きく、非正規まで含めると、女性には男性の約半分の賃金しか支払われていない。従業員100人以上の企業でも、女性の課長職は7・2%。
 そんな「男女格差」が指摘された数日後、仙台で開催された「日本女性会議」に参加した。私は「女子の生きづらさ」と名付けられたシンポジウムに登壇したのだが、ここで「困難すごろく」というものが参加者に配布された。1人の女性がこの世に生まれてから老年に至るまでを、すごろく形式にしたものだ。コマを進めるたびに、進学したり就職したり、結婚したりしなかったり、働き方が正規と非正規に分かれたりという形で進んでいく。「上がり」というものはない。
 そんなすごろくのコマの周りには「求人格差」「セクハラ」「家庭内役割分担」「DV(配偶者暴力)」「母子家庭」「孤独死?」といったキーワードが並ぶ。そして人生のあらゆる場面に登場するのが「貧困」という言葉だ。正社員になれなかった時、失業した時、離婚した時、親の介護が始まった時。眺めているだけでも「女性」がこの国でいきることの困難さに、頭を抱えたくなってくる。
 どうしてこんなことになっているのか。「現代思想」11月号の特集は「女性と貧困」だ。ここで多くの著者が指摘しているのが、この国に蔓延する「女は男に養ってもらうもの」という意識だ。女は子どもの頃は父親に、結婚すれば夫に、そして老後は子どもに扶養してもらうもの、という根拠のない「常識」。確かに、ある時代まではそれでなんとかなったのかもしれない(それでも結婚しない女性や母子家庭の困難はずっとあったわけだが)。
「男に養ってもらう」意識
解消が「貧困」脱出のカギ
 しかし、未婚率が上がり続ける現在、単身女性の3人に1人が「貧困」という現実がある。いいかげん、「女は結婚して男に養ってもらうもの」という意識から脱却しない限り、女性の貧困はますます深刻化するだろう。
 「世界経済フォーラム」は、男女格差をなくすことで日本の国内総生産(GDP)は16%増えるという研究結果を紹介している。少子高齢化社会で労働人工が減り続ける中、「女性の活用」は以前から叫ばれているものの、進んでいるとは言い難い。先進国で最も女性が「差別」されている国、なんてカッコ悪い。
    --「異論反論 男女格差の大きさが指摘されました=雨宮処凛」、『毎日新聞』2012年11月08日(水)付。
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覚え書:「著者来店 『フクシマの正義』=開沼博さん」、『読売新聞』2012年11月04日(日)付。

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著者来店 「フクシマの正義」=開沼博さん
現場を見つめ、考える
 東日本大震災前に福島を歩き、地方と中央の関係から原発を考察した『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』で毎日出版文化賞を受賞した1984年生まれの社会学者である。本作は、震災後に発表した評論などをまとめ、原発事故後の正義を考え直した。
 福島県いわき市出身。今も週の半分をフクシマで過ごす研究者の目には、震災後の原発議論も沖縄の基地問題と同じく、知識人にとっての「流行のネタ」に映る。ネタは消費され、忘却される。その繰り返しの帰結が原発事故だと指摘。そして、「危険な福島にとどまるのはおかしい」といった「善意」や、「美しき東北の善良な人々」といった「支配するまなざし」の欺まん性を問うた。『「フクシマ」論』をわかりやすく解説した作品といえる。
 高校時代から研究者をこころざしたが、狭き門だと現実をシビアに見つめた。「就職できるのは40歳近く」と、東大学部生時代から実話誌などを舞台にライターとして働き、“手に職”をつけた。社会や現場に出る姿勢は、東大博士課程に在籍し、福島大特認研究員となった今もそのまま。偽装結婚などの現場を取材し、ネットや雑誌に記事を書き続ける。「社会の周縁を捉えないと、根本から社会を見つめ直すことはできない。それは、中央と地方の関係にもつながるし、原発問題そのものと言える」
 これからも知に足をつけて考え、若いうちは現場感のある仕事をやりつくすつもりだ。「善意だけでは大きな理想を実現できない。言葉やイメージからこぼれ落ちた『もやもや』をいかに言葉にするかが研究者の仕事です」(幻冬舎、1800円)  小林佑基
    --「著者来店 『フクシマの正義』=開沼博さん」、『読売新聞』2012年11月04日(日)付。
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覚え書:「今週の本棚・本と人:『赤猫異聞』 著者・浅田次郎さん」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『赤猫異聞』 著者・浅田次郎さん
 (新潮社・1575円)
 ◇罪人解き放ちの中にみる「礼」−−浅田次郎(あさだ・じろう)さん
 明治元(1868)年暮れに東京の町を襲った火災。この時、伝馬町牢(ろう)屋敷で行われた罪人の解き放ちについて、「後世司法ノ参考ト為(な)ス」ために7年後に役人が関係者に聞き取りをするという体裁の長編小説。ここにあるのは公文書ではなく、「異聞風説ノ類」だと断って、物語の幕が開く。
 通じていた奉行所の内与力にはめられた夜鷹(よたか)の元締め、親分の身代わりに捕まった博徒、官兵を辻斬りしていた旧幕軍の旗本。理不尽な仕打ちを受け、意趣返しに向かいそうなこの3人は果たして帰ってくるのか。
 3人それぞれに事情があるものの、「法」は個別ケースに冷淡だ。「『法』とは何かがテーマ。儒教の言う五常の徳『仁義礼智信』に『法』はない。孔子の時代、社会を維持していたのは『礼』によって。これは人間としてやるべきこと、行動規範です。礼が廃れ、法ができた。江戸時代は法の基に礼があった。明治以降、法に触れなければ何をしてもいいという考えが広まったが、礼を失するのは法を犯すより劣っている」
 5章構成で、登場人物が何があったのかを次々に語る。語りの中から義理、人情、人間の誇りが浮かび上がる。語りを駆使した大作に『壬生義士伝』『一刀斎夢録』(ともに上・下巻)などがある。今回は300ページに満たない作品だが、心に残る余韻は大きい。小説巧者が、おいしい料理を食べさせてくれた感がある。簡にして要を得た文章が、かえって感情を揺さぶる。
 短歌、俳句を「日本語の法典」と呼ぶ。「一つの文章修業だよね。どうすれば最少の日本語で最大の世界を見せられるか、という芸術だから」
 「余韻」をこんなふうに説明してくれた。「ドラマのあて書きでなく、ゲームや漫画の代償でない、小説でしか表現できない世界がある。それが『コク』というもの。僕もそういう小説を食って生きてきた。いい小説は考えさせられるので、体の中に居座るよね。折に触れ、思い出すから」
 ところで、明治元年の大火は史実だろうか。「ん? うそだよ」<文・内藤麻里子/写真・猪飼健史>
    ーー「今週の本棚・本と人:『赤猫異聞』 著者・浅田次郎さん」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121104ddm015070027000c.html
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書評:山崎正勝『日本の核開発:1939~1955 原爆から原子力へ』績文堂、2012年。

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山崎正勝『日本の核開発:1939~1955』績文堂、読了。戦時下日本の旧陸海軍の原爆開発から1955年の原子力基本法成立へ至る日本の核開発の歴史をたどる一冊。開発から挫折、平和利用で導入へという経緯が詳しく、専門的書物ながら資料としてきわめて価値の価値たかい労作である。
第1部は戦前・戦中編。発端と研究の動向と原爆の投下とその調査。分離方法、サイクロトン建設、そしてウランの入手経緯や取得量など、驚くべきデータでその実体を明らかにする。原爆投下後の広島での調査は、戦後の米軍による調査よりはやいもので、ここで紹介される証言は貴重である。
第2部は戦後編。合衆国による占領と核開発の凍結。第五福竜丸事件と「平和利用」への筋道を明らかにする。54年3月16日の第五福竜丸事件をスクープするのは『読売新聞』。そして直後の22日、来日した米国防長官補佐官アースキンが反米世論を抑えるために、日本に原子炉を建設するよう進言する。そしてそのキャンペーンをはるのが読売新聞を率いる正力松太郎である。
他にも、戦後における原爆投下の正当化論の生成過程や「周辺諸国からみた日本の核問題」は新鮮な観点である。。日本への原爆投下を韓国ではどうみているか。日本からの独立、そして朝鮮戦争と北朝鮮の核開発と連動しているが、省みられなかった点だけに考えさせられる。
執筆中に東日本大震災を経験した筆者の筆致は、全体として抑制のとれたものであり、評者は好感を抱く。通例、原水爆の開発は「核開発」、原子力の開発・利用は「原子力開発」と区別される。しかし、筆者はあえて「核開発」の用語で両者をまなざすことも留意しておきたい。史料・資料に裏打ちされた歴史の証言として、深い意義のある一冊ではないだろうか。
さて、戦中日本で開発されたサイクロトンが戦後GHQによって破壊されるが、その折り、米国の科学者たちはこぞってその破壊に対して強く抗議したという。科学の自立性(自律性)について考えさせられる。
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 GHQのサイクロトン破壊(引用者注……理研のサイクロトン)は、米国で科学者たちからの強い抗議を読んだ。11月24日の『ニューヨーク・タイムズ』紙にUP通信の東京電でサイクロトン破壊が報じられると、プルトニウム生産のための実験用原子炉が置かれていたオークリッジのクリントン研究所の科学者協会は、25日にパターソン陸軍長官に電報を送り、第2次世界大戦中のナチス・ドイツによるベルギーのルーヴァン大学の図書館焼打ちのような不名誉な劫だと抗議した(185)。
1945年11月24日
テネシー州オークリッジ
ロバート・パターソン閣下
陸軍長官 ワシントンDC
 戦争の機械として使用される可能性のない日本のサイクロトンが野蛮にも破壊されたことに、全ての科学者は驚くだろう。1914年および1940年のドイツ人たちによるルーヴァンの図書館の焼打ちの残忍な行為を、アメリカは超えてしまった。多くのアメリカ人や関係する大学は、それらを尊敬の念を持って利用することができただろう。
チャールズ・D・コリエル
(翌日に同様な内容の長文の電報がクリントン研究所の科学者協会のメンバーからパターソン陸軍長官に送られた。)
ついで26日には、レーダーの研究開発を行っていたマサチューセッツ工科大学の放射線研究所の科学者たちも、陸軍長官へ抗議電報を送った(186)。
1945年11月25日
マサチューセッツ州ケンブリッジ
ロバート・パターソン陸軍長官
 陸軍が日本のサイクロトンの破壊の命令を下したというニュース報道に、物理学者たちは深い驚きを感じている。その唯一の価値が基礎研究にある科学器械を破壊することによって、考えられうるどんな軍事的目的も達成することはできない。多くの科学者を代表して、科学装置の破壊を目的とした全ての命令を取り消し、すでに破壊された装置を使用できるように復元するように強く要請する。
ドゥブリッジ放射線研究所
(186)1945年11月24日付 Charles D. CoryellからHon Robert Paterson陸軍長官への電報 H-B Files.Folder no.70, Interim Committee,Miscellaneous。
(186)1945年11月26日付 L.A.Dubridge Radiation Lab, Canbridge,Mass.から陸軍長官への電報,H-B Files.Folder no.7S-1.Miscellaneous。
    --山崎正勝『日本の核開発:1939~1955 原爆から原子力へ』績文堂、2012年、85-86頁。
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覚え書:「書評:東と西 横光利一の旅愁 関川 夏央 著」、『東京新聞』2012年11月4日(日)付。

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東と西 横光利一の旅愁 関川 夏央 著 
◆狭間で生きる作家の苦闘
[評者]菅野 昭正
 文芸評論家。著書に『横光利一』『明日への回想』など。
 大正末から昭和初年にかけて、モダニズムへの志向が文学・芸術の世界で、異例な高まりを見せた時代、横光利一はその先頭に立っていた。西欧の動向に触発されて時代の尖端(せんたん)に立とうとするモダニズムは、当然、私小説や古い自然主義的リアリズムの側から、強い逆風を受けることになる。そんな状況のなかで、新しい作家たろうとする横光は、悪戦苦闘を強いられたのだった。
 やがて昭和十一(一九三六)年、横光は西欧に旅行する。そして西欧の文物を直接に見聞して、西欧の文明を受容しながら生きなければならない日本人の問題と、正面から取りくもうと考える。旅の翌年から書きはじめられた『旅愁』は、それを実践に移した壮大な野心作になるはずであった。
 本書は、題名に掲げられているとおり、東洋と西洋との狭間(はざま)で生きる難しい問いと、誠実に向かいあった作家の苦闘の軌跡を、見とどけられるところまで見とどけようとする試みである。その目標にあわせて、『旅愁』をはじめ横光の作品から必要な部分を引きだして問題のありかをさぐろうとする。一方、横光の作家生活の閲歴を追いながら、それを作品につなぎあわせる手法が見える部分もある。昭和十年代、戦雲がたちこめるなか、横光が超国家主義の方向に傾斜して、『旅愁』があえなく挫折する悲劇を明らかにするのに、その叙述の方向は効果的だったと思われる。
 また、横光の生涯と作品だけに的を絞るのではなく、遠くは明治時代から、西と東との交渉につきまとう、協和と違和との錯雑なからまりあいと向かいあった先人たちの事例にも、著者は眼をとどかせている。そういう歴史を思いあわせるとき、敗戦までの昭和日本の悲劇を体現した横光利一を、どんな場所に位置づければよいのか。その解答を見つけだすよう、この本は読者に呼びかけているのである。
せきかわ・なつお 1949年生まれ。作家。著書に『家族の昭和』『子規、最後の八年』など。
(講談社・2310円)
 もう1冊
 保昌正夫『横光利一見聞録』(勉誠社)。昭和文学に大きな足跡を残した作家の実像を、当時の文壇状況も踏まえて多角的に検証。
    --「書評:東と西 横光利一の旅愁 関川 夏央 著」、『東京新聞』2012年11月4日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2012110402000175.html
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覚え書:「新宿、わたしの解放区 [著]佐々木美智子 [聞き書き]岩本茂之 [評者]出久根達郎」、『朝日新聞』2012年11月04日(日)付。

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新宿、わたしの解放区 [著]佐々木美智子 [聞き書き]岩本茂之
[評者]出久根達郎(作家)  [掲載]2012年11月04日
■酒場と映画と、女傑の一代記
 「女傑」一代記である。
 そう言い切ったら、単純すぎる。一人の女の生き方を通して見た戦後史。おおげさすぎるか。一九六、七〇年代の盛り場文化史。いや、文化人酔態録か。まてよ、政治もからむから激動の時代史か。
 庶民生活史。学生運動史。映画裏面史。酒場経営史……。
 何も定義する必要はあるまい。以上のすべてが納まっていると言えば、間違いない。
 北海道根室の裕福な家庭に生まれ、結婚し離婚する。昭和三十一年、二十二歳で上京、新宿でおでんの屋台をひく。
 日活に就職、映画編集をする。裕次郎の全盛期である。写真を学び、日大闘争の始終を撮る。「カメラはわたしのゲバ棒みたいなもの」。記録写真で飯は食えない。新宿のゴールデン街にバーを開く。
 三坪の店だが、ここを解放区と称した。全共闘の学生や役者が集まった。サバ缶に缶切りを添えてもてなす。おミッちゃん、と呼ばれた。酔客同士の喧嘩(けんか)は日常茶飯だった。
 一方で、黒木和雄監督の「竜馬暗殺」製作に参加、スチールを撮る。原田芳雄、石橋蓮司、松田優作らと意気投合する。ブラジルに渡って水商売する。繁盛をねたんだマフィアに襲われ、店の入り口に冷蔵庫でバリケードを築き(わたし学生運動で慣れてたでしょ)、派手な銃撃戦をする。
 勇ましいだけがおミッちゃんの身上ではない。日本の本に飢えている日系人のために私設図書館を造ってしまう。趣旨に賛同した沢木耕太郎氏が、二万冊の蔵書を寄贈してくれた。ミモザ館と名づけた。
 本書はかくの如(ごと)く破天荒な女性の半生記である。いっそ痛快なのは、人に媚(こ)びない生き方だからである。岩本氏の聞き書きも秀逸で、どうでもいい挿話をそつなく拾いあげ、臨場感を演出した。七十八歳にして尚(なお)、老人が気軽に飲める「解放区」を開きたいと抱負を語る。「本棚を店のうしろに置いたりしてね」。この一言が彼女の真骨頂である。
    ◇
 寿郎社・2625円/ささき・みちこ 34年生まれ。写真集『日大全共闘』。岩本茂之は北海道新聞文化部の記者。
    --「新宿、わたしの解放区 [著]佐々木美智子 [聞き書き]岩本茂之 [評者]出久根達郎」、『朝日新聞』2012年11月04日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012110400013.html
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試験のための読書だった。人と会話するときの話題のための読書だった。知識のための読書だった。それが、ここでは楽しみのために読書するようになった。

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 ベイトマンはどさりと椅子に座り込んだ。
 「君が理解できない」
 「変化は僅かずつやってきたんだ。ここの生活が次第に気に入ってきた。のんびりとして気楽だ。住民は人がいいし、幸福な微笑をいつも見せている。僕は考えるようになった。以前は考える余裕がなかったね。読書も始めた」
 「君は以前だって読書していたよ」
 「試験のための読書だった。人と会話するときの話題のための読書だった。知識のための読書だった。それが、ここでは楽しみのために読書するようになった。話すことも学んだ。会話が人生で最大の楽しみの一つだって、君知っている? でもね、会話を楽しむには余暇が要る。以前はいつも忙しすぎた。すると次第に、大切に思えていた人生がつまらない、下卑たものに見えだした。あくせく動き回り懸命に働いて、一体何になるというのだろう? 今ではシカゴを思うと、暗いー灰色の都会が目に浮かぶよ。全て石で出来ていて、まるで牢獄だな。絶え間ない騒音も聞こえてくる。頑張って活躍して、結局何が得られるというのだ。シカゴで最善の人生を送れるのだろうか? 会社に急ぎ、夜まで必死に働き、急いで帰宅して夕食を取り、劇場に行くーーそれが人がこの世に生まれてきた目標なのか?  僕もそのように若い時期を過ごさねばならないのか? 若さなんて、ごく短い間しか続かないのだ。年を取ってから、どういう希望があるのだろう? 朝家から会社まで急ぎ、夜まで働き、また帰宅して、食事をして劇場にゆくーーそれしかないじゃないか! まあ、それで財産を築けるのなら、それだけの価値があるのかもしれないね。僕には価値はないけれど、人さまざまだな。だが、もし財産を築けないなら、あくせくすることに価値があるのだろうか? とにかく、僕は自分の一生をもっと価値あるものにしたいのだ」
 「君は人生で何が価値あるものだと思うかい?」
 「笑わないでくれよ。真善美だ」
    --サマセット・モーム(行方昭夫訳)「エドワード・バーナードの転落」、行方昭夫編訳『モーム短篇選 上』岩波文庫、2008年、58ー59頁。
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今日の哲学の授業では、読書をする意義について1コマ割いてお話をしました。
どうして哲学で?
……というような野暮なツッコミはご容赦くださいませ。哲学にせよ、そして文学にせよ、歴史にしてみても、人文科学(のみらず総じて学問)とは、対象を丁寧に読まないと「はじまらない」からです。
ですから、時間を割いて、どうして読む必要があるのか、何をよむべきか、そして読むうえでの留意点を少々、紹介した次第です。
さて、学生さんたちと……
「今までで読んだものののなかで、友人に一番すすめたいものはどれ?」
「その理由は?」
「いい本とは何だろう?」
「わるい本とは何だろう?」
……さまざまなやりとりをしながら、そういうことをお互いに考えてみました。
さて……
必要性とかコツに関してはこれまで何度も言及しているので再論しませんが、今回は別の角度から少し読書事情を伺ってみようかと思います。
総じていえるのは、やはり学生さんたちは、読む子も読まない子も含めて「読んだ方がいい」というのは何となくわかっている……この認識だけはいつも「ああ、やっぱりそうなんだな」と毎年思います。
単純に「読まないよりは読んだほうがいい」ことは、それが功利的な動機であれ、何かのステップアップのため……というキャリア的な眼差しは大嫌いなのですが……であろうが、はたまた純粋に「読むのがすき」という立場であれ、「まあ、そうなんだよな」というのは一人一人が理解している。
しかし、やはり、そこには、……そしてそれを全否定するわけではありませんが……「功利主義的打算」が大きく働いていることは否めないようなことも実感します。たしかに、人間をつくるという上では「読書」は必要不可欠です。しかし、人間がつくられるということによる「利益」を意識したものであることは、その動因として否定することもできません。
まあ、とにかく読めばいいんだろ、ドヤっていわれてしまうとそれまでなのですが、思い返せば、授業中に、学生のみなさんと、ただ「本」について話あう時間を、今回は何度かもうけましたが、そのとき、私自身もそうですが、後からリアクションペーパーを確認すると、「ただ、楽しかった」という反応が予想以上に多くありました。
何らかの利益によって読むのではなく、ただ純粋に「本のお話」ができたことは、私にとっても学生さん一人一人にとっても「楽しかった」のではないかと思いました。
その意味では、功利主義的な事実に誘発された場合であろうが、道学的教養主義の人間形成論の発露であったとしても、ひとまずは、読む中で、「読む楽しみ」というものを大切にすることも必要なのではあるまいか……などと思った次第です。
これまでの読書経験は「試験のための読書だった」し、社会に出てからは「人と会話するときの話題のための読書」や「知識のための読書」の比重が大きくなることは否定できません。
だとすれば、「読書する暇を」とよく言われますが、大学時代ぐらいは、その「暇」すらをも大切する時間であって欲しいなーなどと考えた次第です。
冒頭に掲げたのはサマセット・モームの傑作短編集の中からのご紹介。
知人が、再起を決意し南島へ移り住んだものの、そこでがむしゃらサラリーマンを超脱して、自由人になってしまった。そこへ「あいつ、どうしてるんだ?」と訪ねていくわけですが、そこでのやりとりです。
もちろん、文明orz、非文明万歳という単純な認識や一方の全否定がモームの真骨頂ではありません。どこにいようとも、何かを、そして自分自身を相対化してしまうような「暇」を、せめて大学在学中ぐらいは、読書時間の中につくっていきたいものではあります。
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覚え書:「今週の本棚:川本三郎・評 『泉鏡花 -百合と宝珠の文学史』=持田叙子・著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。

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今週の本棚:川本三郎・評 『泉鏡花 -百合と宝珠の文学史』=持田叙子・著
 (慶應義塾大学出版会・2940円)
 ◇知られざる鏡花像をたおやかに
 明晰(めいせき)であるだけではない。評論の世界でめったに見られない美しい文芸評論。
 泉鏡花への深い愛情に支えられ、これまであまり語られてこなかった鏡花の魅力を、次々に発見してゆく。何よりもまずイメージ。
 暗く湿った森。女どうしのひそやかな睦(むつ)み合い。神秘的なりんどうの花のなかを走る鉄道。貴婦人がまとう紫色の服。駒下駄(げた)を履いた愛らしい芸妓(げいぎ)の買い求める飴(あめ)細工。旅する青年に見知らぬ美女が口うつしする栃(とち)の実の餅。優しい姉の指にはめられた裁縫指輪。雛(ひな)祭りに娘たちが飾る雛と緋毛氈(ひもうせん)。
 鏡花の作品を小品に至るまで丁寧に読みこみ、これまで隠されていた香りや匂いを感じ取ろうとする。みごとなイメージの万華鏡。性急に作品を解釈するより鏡花文学という秘密の花園に静かに入り込み、そっと花を摘み取る。まるで鏡花に捧(ささ)げられた花束のよう。
 鏡花文学における水の重要性はつとに指摘されているが、著者は一歩踏み込む。鏡花の描く森は暗く湿っていて、そこには苔(こけ)や茸(きのこ)が隠れるように息づいていることに着目する。そして、この森の描写は、同時代の南方熊楠(みなかたくまぐす)と明らかに交感しているという。
 鏡花と熊楠が同じ流れで語られるだけではない。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、鏡花の短篇『魔法罎(びん)』に影響を受けたのではないかという驚くような推論もある。
 とかく前近代的、日本的と思われている鏡花だが、意外なことに鉄道(汽車)をよく描いたという(知らなかった)。鏡花の主人公には汽車から降り立つ旅客が多い。その汽車はしばしば異界へと通じている。
 一見、前近代に浸されているように見えながら鏡花には近代人の視点がある。主人公に目立って科学者や医者が多いのはそのあらわれ。湿った森を描きながら他方、虫眼鏡で花を観察する科学少女も登場させる。科学の知と神秘への畏(おそ)れが溶け合う一瞬こそを鏡花は大事にする。
 明治期の文学者の多くが男女の情愛、あるいは男性どうしの友情を描いたなかで、ひとり鏡花は女性どうしの友愛に着目したという指摘も新鮮。姉と慕う女性に優しくされたいと思う年下の女性の愛らしさ。姉妹愛はときには同性愛の匂いにも包まれる。
 花柳小説の名手といわれながら鏡花は、男女の「閨(ねや)の中」は描かない。「美男と艶な芸妓をしきりに描きながら実は、鏡花は世間一般の異性愛にはかたく背をそむけている」。男女の性愛にかわって鏡花が描くのは、女性どうしの邪心のない共寝。
 長篇『星女郎』の姉妹愛について著者は書く。「特に撫(な)で、さすり、ささやきあいキスする姉妹のふとんの中の体温は、彼(鏡花)が唯一みずからに許す肉欲的な描写として、注目される」。確かにその通りだ。
 純日本的と見られがちな鏡花だが、子供の頃、ミッションスクールでアメリカ人の女性にキリスト教を教えられた。そのためだろう、鏡花作品には意外なほどキリスト教、聖書の影響が見られるともいう。
 『夜叉(やしゃ)ケ池』は、シェンキーヴィッチの歴史小説『クォ・ヴァディス』を下敷きにしているのではないかという大胆な推論にも驚く。
 他方で鏡花文学は『源氏物語』の影響も濃く、次々に人妻との密通の物語が生まれてゆく。ただ惨劇にせよ、密通にせよ、それがあくまでも耽美(たんび)的に描かれてゆくのはいうまでもない。
 著者のたおやかな文章によって新しい鏡花像が立ち上がってくる。出色の文芸評論。
    --「今週の本棚:川本三郎・評 『泉鏡花 -百合と宝珠の文学史』=持田叙子・著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121104ddm015070011000c.html
http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766419726/
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覚え書:「今週の本棚:養老孟司・評 『構図がわかれば絵画がわかる』=布施英利・著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。

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今週の本棚:養老孟司・評 『構図がわかれば絵画がわかる』=布施英利・著
 (光文社新書・1092円)
 ◇美術作品への感動から解剖学の根本に迫る
 絵がわからない。そういう人はかなりいるのではないか。私はそう疑っている。私自身が絵心がないからである。どのくらいないかというと、小学生の時になにを思ったか、母親が絵の先生に入門させたが、一回で終わった。描いた絵が色が変だというので、家族のなかで議論が生じたからである。私もそれ以上、描く気がなくなった。高校生のときの図画の授業ではデッサンのモデルにされた。椅子に座っていただけ。先生は私に絵を描かせるだけムダだと思ったに違いない。
 でもこの本を読み終わったら、見る風景がことごとく構図に見えだした。レストランで席をとるのも、部屋のなかのどの椅子に座るのかも、そこから見える風景の構図で決めようとしている。そんな気がしてきた。
 構図を理解させるために、まず本の章立てがきちんとしている。平面、奥行き、光、人体という大分けがあり、それがさらに平面なら点、垂直線、水平線という小分けになる。それぞれについて、たとえば古今東西の名画を利用した解説がある。若いときにこの本を読んでいたら、もっと絵がわかったのに。
 芸術がわかるためには、まず作品に感動する必要がある。感動すれば、なぜすぐれた作品か、それを自然に考える。私は感動しなかったから、考えなかった。人の創ったものに興味はない。そう思っていた。でも自然が創ったものだと、相手が虫でも感動する。
 著者は違う。作品を見て感動する人である。つまり絵画や彫刻や庭園や建築である。これらは「見る」もので、見たものがなぜ感動を生むか、それを自分で理解しようとする。それがこういう本になる。
 この分析の力は鋭い。著者が若いときは、解剖図の研究で学位を得た。これはすぐれた仕事で、そういう見方をすればいいのかと私は驚いた。著者の専門は美術解剖学で、これは絵画や彫刻をやる人にとって、人体解剖の知識が必要であることから生じた学問である。レオナルドやミケランジェロの時代には解剖を学ぶことがほぼ必須だった。
 解剖学は見たものを概念化し、論理化する学問の「方法」である。現代風にいうなら見えた人体あるいは生物体を情報化する。言葉にしたり、論理にしたりすれば、他人に伝えることができるからである。
 その意味では著者の方法はまったく解剖学と同じである。相手が美術作品だというだけのこと。解剖する対象で学問を分ければ、人体解剖学は人体そのものを扱うことになる。でも解剖を方法と考えたら、なにを解剖したっていい。見たものを精密に分析して、伝達可能にする。だからこの書物は、右の意味では「美術作品の解剖学」である。
 解剖学が別な形で固定してしまったのは、組織的に学問をするからである。大勢の人が研究をしていけば、自然に常識ができてしまう。そこで忘れられるのは、見たときの感動である。それが根本にあって、もっと見たい、調べたいという欲求が生じる。この本はその解剖学の根本を、美術を通してよく伝えてくれる。
 われわれは見たものをたえず吟味する。絵画はそれを人の作業として、みごとにまとめて示す。著者はいう。われわれの周りには宇宙がある。芸術作品とくに構図はそれを要約し、目に見えるもの、耳に聞こえるものにしてくれるのだ、と。
 最後に本書そのものの構図はどうなっているだろうか。終章にはなんと釈迦(しゃか)の一生が書かれている。それを著者の構図にどうはめ込むか。それが読者に与えられた謎ときである。
    --「今週の本棚:養老孟司・評 『構図がわかれば絵画がわかる』=布施英利・著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121104ddm015070020000c.html
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覚え書:「みんなの広場 石原氏の都知事辞職は非常識」、『毎日新聞』2012年11月05日(月)付。

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みんなの広場
石原氏の都知事辞職は無責任
税理士  81(大阪府吹田市)
石原慎太郎氏が東京都知事を辞職した。近く新党を結成し、党首として次期衆院選の比例代表に立候補する意向を表明している。
彼は私より1歳下の80歳。体力面を考えると、衆院議員の激務に耐えるのは無理のように思われる。現に都庁に毎日は出勤せず、その勤務ぶりへの批判もある。任期を約2年半も残して国政に転身するより、自ら打ち上げた東京五輪招致などの仕事もまだ残っているではないか。
現在、日本と中国が40年前に国交を回復して以来、最大の摩擦が起きている。その原因といえば、石原氏の東京とによる尖閣諸島購入という意思表示にある。このことを全く反省しようとせず、日中両国の国民や企業に与えた被害についてどう考えているのか。これを放置して、都知事辞職、衆院選出馬とは非常識も甚だしい。
    --「みんなの広場  石原氏の都知事辞職は非常識」、『毎日新聞』2012年11月05日(月)付。
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覚え書:「今週の本棚:五味文彦・評 『足利義満 --公武に君臨した室町将軍』=小川剛生・著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。

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今週の本棚:五味文彦・評 『足利義満 --公武に君臨した室町将軍』=小川剛生・著
 (中公新書・945円)
 ◇いかにして室町殿は朝廷に入ったのか
 室町時代三代将軍の足利義満は、それまで源頼朝によってつくられた鎌倉殿という将軍の型を大きく変えて室町殿の将軍の型をつくり、それは二百年にわたって継承されることになった。
 その義満の近年の研究には目覚ましいものがあり、それは次の四点に集約される。
 第一は、日明貿易を開始したことに絡んで、義満が「日本国王」と号した点
 第二に、義満が皇位の簒奪(さんだつ)を計画したとする点
 第三は、義満が太上(だいじょう)天皇となって院政を行ったとする点
 第四は、義満の造営した北山第をめぐる新見解が次々に出されている点
 それぞれに魅力的で、刺激的な説が提出されてきているが、今、改めて義満の全体像を探ることが求められており、そうしたなかで登場したのが本書である。
 著者は、『二条良基研究』や武家の和歌に関する注目すべき研究で知られる、気鋭の国文学者であり、その鋭い感性と卓越した学識を生かし、まずは義満の成長期を二条良基との関係から探ってゆく。
 室町幕府と朝廷との関係を前史として探り、いかに義満が朝廷の官職につき、朝廷の内部に入りこんでいったのか、右近衛大将や内大臣などの官職の持つ意味を明らかにしつつ、考察を進める。
 当初、公家の儀礼などに尻込みしていた若き義満を、良基が朝廷の場に引き込んでゆく様が活写されている。義満には自身を語る言説がほとんど残されていないため、周辺の人物の日記を丹念に読み込んでゆき、義満の学識や人となりに迫ってゆく。ことに醍醐寺(だいごじ)三宝院の光済(こうさい)や新熊野社別当の宋縁(そうえん)の活動に注目した点は秀逸である。
 経済力が著しく低下し、財源を義満に握られた貴族たちは、義満の威に恐れを抱きつつも、義満に仕えてゆくなか、したたかに動く様を克明に追ってゆき、義満のみならず、そのとりまきの正体を追及してゆく。なかでも義満の意外に皮肉っぽく、歴史に詳しいところの指摘は興味深い。
 室町殿を直接的に支える武家についても目配りをして、管領となった細川頼之(よりゆき)や斯波義将(しばよしゆき)の動きをはじめとして描いているが、『難太平記(なんたいへいき)』の著者である今川了俊については、歌人であっただけに分析は手厚く、これまでの研究をこえた、新たな一面を炙(あぶ)り出している。
 こうして文学作品に始まり、公家の日記や紙背文書などの様々な史料を博捜し、それらに丁寧な分析を加えてゆくなかで、はじめにあげたこれまでの研究上の論点にも的確に答えてゆく。
 それらの論点のうちとるべき点はとり、否定すべき点は否定する。第四にあげた、最近の新たな見解についても、きちんと位置づけており、本書はまさに義満を知る上での最良の入門書となっている。
 史料の性格をしっかりと捉えて、正確に読み取ってゆくことにより、新事実を次々と明らかにしている点は、今後の研究にとって極めて有益であるばかりか、読んでいて何とも心地よい。
 もし本書に注文をつけるならば、義満自身は何を求めていたのか、より義満に寄り添った分析がほしかったということになろう。無い物ねだりというべきかもしれないが、もう少し踏み込んで探ってもよかったように思う。
    --「今週の本棚:五味文彦・評 『足利義満 --公武に君臨した室町将軍』=小川剛生・著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121104ddm015070005000c.html
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個人がなし得ることは小さい。世界全部を変革することを個人は要求されているのではない

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 個人がなし得ることは小さい。世界全部を変革することを個人は要求されているのではない。世界全部を変革するのでなければ思想でないという考え方は、有効性をテコにとって簡単に自分が転向してしまうか、あるいは非常に残虐な思想に向かわせます。
 残虐行為をした人もいる。これも昨年だが、私は仁木靖武という人の『戦塵』という本を読んだ。私は偶然、ここにその本を一冊もっていますから、欲しいといわれる方は最初の方に差し上げます。(申し出た方にあげました)軽くして京都に帰りたいので……。この人は徳島の生まれです。彼は中国戦線に行ってこの戦争の空気の中で捕虜虐殺をする。そのことをすらっと書いている。ふつう、この虐殺のことを書く人は、自分がすまなかったとか、人道にもとるとか、今の思想に立っていろいろな言い訳を書く、その記憶が何となく、文章として具合が悪くなるんですが……。この人は自分のしたことをすらりと書く。
 なぜ、こんなことを書いたのか。この人は戦争から帰って来た。そうしたら自分のいとこの結婚した相手が死んでいたので、その人と結婚した。そして、その人には既に子供が二人いた。自分自身の子供が生まれたら、必ずその方へわけへだてするようになるから、自分の子供はつくらないと決心して、そのいとこの子供を育てた。その子供二人、自分の血のつながらない子供です。子供二人にいつか読ませたいと思い、この記録を書いたんです。その動機は、出版社に頼まれたとか、原稿料が入るとか全く関係がない。自分がそういう残虐行為をしたということは別に人に広告する必要はないでしょ。だまっていれば誰も知らない。だいたいがだまっているんです。しかし、その人は書いた。なぜか。自分の子供に戦争とはどういうものか読んでもらいたかったからです。これは驚くべき行為だと思います。こういう人がいるんです。残虐行為をその時、しなかったということだけが大事なんじゃないんです。もちろん、しない方がよいが、したことの記憶を戦後も保ち続けるということ、これは、思想のたる詰を超える行為です。
 どうして、こういうことがあり得るのか。一人の大衆としてそのことをわれわれは思想的に成し得る。塊としての大衆はあるが、完全に固まって蟻の抜け出るすき間もないというふうではない。塊としての大衆には必ずひび割れがある。そこから一人の大衆として抜け出ることができる。一人の大衆というのは矛盾した概念だが、大衆の一人といったら具合が悪い。むしろ、矛盾を避けるためにいえば、一人の普通人といっていいかもしれない。
 大衆は本来たる詰の思想として定義することもできます。そういうふうに使う人もいます。しかし、私は、そういうふうには使わない。一人の大衆という考え方を持っているから。塊の大衆とバラバラの大衆と二つの矛盾概念があると私は考えます。
    ーー鶴見俊輔「昭和精神史」、『思想の落し穴』岩波書店、2011年、13ー15頁。
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鶴見俊輔さんは「哲学とは生きるしるべ」であるという。だから「ミミズにも哲学がある」。しかし、日本はそれを受容する経緯において、「一晩で言葉を作ってしまった」。だから哲学用語に限らず学問の言葉としての「抽象語」には、生活に根がない。
対して西洋ではどういう経緯で抽象語が出てくるのか。鶴見さんは、ハーバードへ留学中、日米開戦となったため(直接にはアキナキストの嫌疑だったと記憶する)、留置場へ入れられたが、知人が暇だろうからと、プラトンの『国家』の英訳本を差し入れしてくれたそうな。
留置場では、イタリア人とドイツ人の水夫と一緒で、そのドイツ人が「おもしろそうだから貸してくれ」というので、『国家』を渡すと、その水夫は徹夜して読み切り、「おもしろかったよ」といって返してくれたという。
プラトンの『国家』なら、義務教育を受けた人間でも理解することができることに鶴見さんは驚いた。
そう。西洋において学問の言葉は2500年かけて生活世界の日常語からゆっくりと蒸留されてきた。だから、読んで理解することができる。そう、どのような抽象語でも生活に根があるということです。
それに対して、一晩で抽象語を作った日本はどうなのか。その受容と理解はうすっぺらいものとならざるを得ない。
大学の教員が、講義で平和を論じ、カントを読んでいても、いざ、兵隊にとられると、平気で二等兵をぽかぽかなぐるようになってくる。そういうことがふつうに招来されてしまう。カントを読んでいるからイコール平和主義者であるというわけではないわけだ。
*もちろん、カント主義者は、定言命法どおり、いついかなるときも正義を履行せよ、といううすっぺらい意味ではありませんので念のため。
しかし、不思議なことに、戦場では無学な人間であったとしても、虐殺を拒否した人間もちらほらでてきてくると鶴見さんはその事例を紹介します。
もちろん、これも考え方の「たる詰」を回避できた稀有なる魂の軌跡でしょう。しかし、大多数の場合はそうではない。
では、そうであるとすれば、「個人がなし得ることは小さい。世界全部を変革することを個人は要求されているのではない」として諦めることがよいのでしょうかーー。それとも思想の整合性に集中し、いっぱしの運動家きどりで「世界全部を変革するのでなければ思想でない」と言い切ってしまってもよいのでしょうか--。
鶴見さんは、もちろん、諦めと極端な考え方を退けます。なぜなら「有効性をテコにとって簡単に自分が転向してしまうか、あるいは非常に残虐な思想に向かわせます」からです。
では、どうしようもない現場に飲み込まれてしまった場合、どう振る舞うべきかーー。
上の文章で鶴見さんが紹介している仁木さんの歩みに……おそらく仁木さんは何か特別なことをなしているという意識はないと思うのですが、それが大事だと思います……その一つの見本を見いだすことができるのではないでしょうか。
たとえば、戦時下における残虐行為に荷担したことは「黙っていた」ほうがいいし、「おれはなんて怒クソなんだ!」と後出しじゃんけんをする必要もない。そんなことをやってしまえば、「今の思想に立っていろいろな言い訳を書く」虚偽を積み重ねてしまうことになる。またその対局にある頭デッカチの思想の整合性の追求にのみ専念することは……その専念が悪いわけではないのはいうまでもない……かえって「有効性をテコにとって簡単に自分が転向してしまうか、あるいは非常に残虐な思想」に転じてしまうことが多い。
※勿論、盟友・丸山眞男さんが強調したように、この国土世間は、理念的なものを軽視するから「戦略」としてそちらに軸足をおくことは必要不可欠だけれども、それは「戦略」にすぎず、それを「本質」として受容してしまうと、それが嫌悪すべき対象と同じコトにもなってしまう。
だとすれば、そうではなく、その記憶をたもちつづけ、塊から抜け出していく選択をとっていく。ここに光明が見えるのだろうと思います。
鶴見さんは慎重に言葉を選びながら、「一人の普通人」として生きることと表現しますが、そのことにより感傷的な諦念に陥るのでもなければ、思想性に惑溺するのでもない、現実と理想的なるものをつないでいく創造的な挑戦ができるのでは……。
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覚え書:「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『2666』=ロベルト・ボラーニョ著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。

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今週の本棚:鴻巣友季子・評 『2666』=ロベルト・ボラーニョ著
 (白水社・6930円)
 ◇涯てしない「極上の悪夢」、恐るべき物語
 気が早いが、今年の翻訳小説では断トツのベスト1だ。ドストエフスキー、プルースト、ジョイス、ガルシア=マルケス……その巨編の読み解き・謎解きに人々が永年を費やす作家たちがいる。ボラーニョも間違いなくそうした作家の一人に名を連ねるだろう。
 得体(えたい)の知れない狂気の気配、世界のあちこちに現れる奇妙で不吉な啓示と暗合。この世を覆うヴェールがときおり唐突に破れ、その奧にある「世界の秘密」が剥(む)きだしになる。死後出版となった『2666』は五部から成る、涯(は)てしなく続く極上の悪夢のような小説だ。作中作があり、伝聞が重なり、エピソードは入れ子状に増殖して交差し、いきなり途切れたかと思うと思わぬラインに繋(つな)がる。イギリス、ヨーロッパ大陸、チリ、米国と舞台を移しつつ展開するが、五部すべての磁場となるのが、米国との国境にあるメキシコ・ソノラ州「サンタテレサ」という架空の町。実在のシウダー・フアレスをモデルとし、そこで起きた女性連続殺人事件に材を得ている。そして、何百人という膨大な登場人物を擁する本作(ディケンズの長編に五十六人の登場人物がいると驚かれた十九世紀は遥(はる)か昔!)の中心にいるのが、ノーベル賞候補に挙がりながら消息不明とされるドイツの覆面作家アルチンボルディである。
 それにしても、現代文学におけるミメーシス(描写)礼讃(らいさん)を軽ーく蹴飛ばすようなこの怒濤(どとう)の「語り」ときたらどうだろう。各国のアルチンボルディ専門家四人を主役に、本作のキーとなる様々な布石が打たれる第一部<批評家たちの部>では、男女の多角関係が生じるが、恋愛の手順なぞ具体的に何も描写されずして鮮やかな映像として結晶する。四人がブレーメンで夜の河畔を歩くヴィジョンの美しさよ。
 作中には日本のホラー映画、ウディ・アレン、リンチ、ロドリゲス等々、映画への言及が鏤(ちりば)められボラーニョ流シネマテークの様相を呈するが、本作自体が「写実」の対極にありながら映画の手法をとりいれ効果をあげているのが魔術的だ。第一部の終盤では、女性批評家が恋人たちに宛てた手紙が徐々に明かされ、その間に、手紙を読んだ男二人の何日間かの行動--一人は民芸露店の少女とつきあい、一人はひたすらホテルで本を読む--が挟まれていく箇所がある。三つのシークェンスをぶつ切りで並べたようにも見える構成だが、手紙を声にして男たちの場面にオーバーラップさせカットバックで進行させるという映画的技法にまとめてみるとしっくり来る。また、第二部<アマルフィターノの部>では、チリ人教授がデュシャン風に洗濯紐(ひも)に吊(つる)した本が折々に映しだされ、パーティでなぜか教授の姿に怯(おび)えた老メイドが盆を取り落としかけるなどの挿入場面がある。やがて教授は不思議な声を聞くようになる。
 全編が夢とその暗示に彩られている。第三部<フェイトの部>は新聞記者の見るアステカの湖の夢で幕を開け、しかし「悪夢」は眠って見るとは限らない。二人の批評家はあるとき恋愛の鬱憤からタクシー運転手に突発的な暴力を加えるが(「偶然と暴力」も本作のモチーフ)、この行動は別の場所で別の人物たちによりほぼ正確に反復され、二人はその悪夢を見せられることになる。覚醒して見る悪夢。この小説そのものだ。また、謎の作家の従軍を含む生涯を辿(たど)り、人々の意外な身元や過去が明らかになる第五部<アルチンボルディの部>のあるパートは、よく読むと、ある男の「夢(想)」の一部かもしれない。なにせ文中の手記に出てくる小説の一部は、それを読むある男がモデルみたいなのだから。現実は夢の水際(みぎわ)にちろちろと洗われ、境を揺らがせ、突如、「舞台装置のように、現実というものに裂け目が生じた」りする。
 殺人事件の犯人は誰なのか? アルチンボルディとは誰なのか? 世界の秘密とは? 形をとらない巨大な不安を、無形のまま差しだした恐るべき黙示録的傑作だ。
 ちなみに、タイトルは先行作群に由来する年号であり、アルチンボルディについても先行作『野生の探偵たち』で言及されており、「謎の作家捜し」というモチーフ自体、伝説の詩人を求めてソノラ砂漠へ分け入った『野生の探偵たち』と共通する。また、レイプ殺人事件が延々と記録される第四部<犯罪の部>では、ラロ・クーラなる少年が夢うつつに一族の歴史を一八六五年まで溯(さかのぼ)って「思い出す」が、彼の母親はメキシコシティから来た二人の学生と砂漠で出会い懐妊したらしい。と聞くと、『野生の探偵たち』のあの二人のどちらかが父親か?という説が浮上したり、その後、同名人物の外伝が『ニューヨーカー』に載るとまた議論が起きたり、とにかくボラーニョの作品群はたがいに有機的な連繋(れんけい)をもって作者の死後も膨らみ続け、世界の読者に話題を提供している。優れた邦訳が出た今、日本語読者もこの豊饒(ほうじょう)なる混沌(こんとん)のなかへ、いざ参戦!(野谷文昭・内田兆史・久野量一訳)
    --「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『2666』=ロベルト・ボラーニョ著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121104ddm015070024000c.html
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書評:アルンダティ・ロイ(本橋哲也訳)『民主主義のあとに生き残るものは』岩波書店、2012年。

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本書は、大企業(市場主義)ヒンドゥー原理主義(ナショナリズム)が民主主義の名のもとに人々を抑圧するインドの苛烈な現状を告発するインド人作家の政治エッセイ集。そしてこの現実はインドだけでなく世界各地で現在進行形のことであると著者は指摘する。
進歩と開発は人々に生活の安心をもたらすのだろうか--。
かつての植民地支配の掲げたその理念は、民主主義世界において「新帝国主義」という形で数倍の悲劇を招来している。本書は、その矛盾に立ち向かう筆者の精神の軌跡と表現できよう。困難な現実に目を背けないというのは簡単だ。しかしそこへの取り組みには困難がつきまとう。しかし、その一歩とは以外と近くに存在することにも驚くばかりである。
筆者は昨年3月10日に初来日し、翌日、東日本大震災を東京で経験した。講演はキャンセルされたが、表題作がその予定稿である。巻末には来日時のインタヴューも収載されている。『誇りと抵抗 ―権力政治を葬る道のり』(集英社新書)と併せて読むことで立体的に理解することができる。
「インドは世界の縮図」との言葉が重い。
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 私たちの惑星の死滅が確実に思えるときに、そもそもこの危機を招いた想像力から何らかの解決策が生まれることを期待できるだろうか?  どうもそうは言えない。もし別の選択肢が可能だとすれば、それは資本主義と帝国主義の覇権に協力した場所や人びとからではなく、それに抵抗したところから生まれてくるのではないだろうか。
 ここインドでは、すさまじい暴力と貪欲のさなかでも、大いなる希望がある。誰かにできることなら、私たちにだってできる。ここには、消費の夢によってまだ完全に植民地化されていない人たちがいる。私たちの周りには、ガンディーの思想であった持続可能で自給自足の生活のために闘ってきた人びとの伝統が生きており、平等と正義という社会主義の理想がまだ息づいている。私たちには、ガンディー主義者にも社会主義者にも真剣な問いを突きつけるアンべードカル〔社会改革運動家で政治家。不可触民出身でカースト改革に専心した。一八九一~一九五六〕の思想がある。豊かな経験と理解と思考にあふれた抵抗運動の見事な連帯があるのだ。
 一番大事なことは、インドには一億人ものアディヴァシの人たちがいまだに生存しているということだ。彼ら彼女らは持続可能な生き方の秘密をいまだに知っている。もしこの人びとが消滅してしまえば、その秘密も消えうせる。「緑の捕獲」作戦のような戦争は、彼女たちを消滅させてしまうだろう。だからこうした戦争の実行者に勝利がもたらされることがあれば、それは、自分たちの破滅の種を蒔くことであり、アディヴァシだけでなく、いずれ人類全体の破壊につながる。だからこそ中央インドの闘いが重要なのだ。この戦争に抵抗しているあらゆる政治的な団体のあいだで早急に対話が実施される必要があるのも、このゆえである。
 資本主義がそのただなかに非資本主義社会を認めざるをえなくなる日、資本主義が自らの支配には限度があると認める日、資本主義が自分の原料の供給には限りがあると認識する日、その日こそ変化の起きる日だ。もし世界になんらかの希望があるとすれば、それは気候変動を議論する会議の部屋も高層ビルの立ち並ぶ都会にもない。希望が息づいているのは、地表の近く、自分達を守るのが森や山や川であることを知っているからこそ、その森や山や川を守るために日ごとに戦いに出かける人びとと連帯して組む腕のなかである。
 ひどく間違った方向に進んでしまった世界を再想像するための最初の一歩は、異なる想像力をもつ人びとの絶滅を止めることだ。この想像力は資本主義のみならず、共産主義にとっても外部にある。それは何が幸福や達成を構成するかについて、まったく異なる理解を示す想像力である。このような哲学に場所を与えるためには、私たちの過去を保持しているように見えて、実は私たちの未来の導き手であるかもしれなし人びとの生存のために物理的な空間を提供することが必要となる。そのために私たちは支配者たちにこう問わなくてはならないーー水を川に留めおいてくれるか?  木々を森に留めおいてくれるか?  ボーキサイトを山に留めおいてくれるか?  と。それはできないと、もし彼らが答えるのであれば、彼らは自分が起こした戦争の犠牲者に説教をたれることを即刻やめるべきだ。
    --アルンダティ・ロイ(本橋哲也訳)「民主主義のあとに生き残るものは」、『民主主義のあとに生き残るものは』岩波書店、2012年、41ー42頁。
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http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0248650/top.html
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覚え書:「ひと 『戦争柄の着物』を収集し、研究する=乾淑子さん」、『毎日新聞』2012年11月03日(土)付。

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ひと
「戦争柄の着物」を収集し、研究する
乾淑子さん(60)
 軍艦旗や大砲の間を縫って「占領」の文字が躍る絣(かすり)、満州建国を伝える新聞記事を染めた羽織の裏地--。戦争をモチーフにした柄の着物を収集・研究して12年。コレクションは500枚を数えた。「これだけの枚数を集めた人も、研究しているのも相当珍しいでしょう」と苦笑いする。
 民族芸術研究のため古い布を探していて、ネットオークションで一枚の着物が目に留まった。日の丸を振る唐子人形を御所人形が見下ろす図柄。
 「母親の愛情を感じさせる可愛らしい着物」と説明されていたが、明らかに題材は日中戦争。平和な場面と解釈され、それが子どもの着物であることに衝撃を受け、探し続けた。日清、日露、東郷元帥……次々見つかった。
 「これだけの史料を放ってはおけない」。私財をつぎ込み、落札した。
 軍事史研究家の助言を受け一枚一枚読み解いた。集めた戦争柄の着物は1895~1942年に造られ、国策や戦争宣伝と直接には無縁に流布していったと分かった。「百貨店などの業者が売れそうなデザインとして時流の戦争を選び、消費者が最新トレンドとして受け入れたのです」。戦時体制が再生産される原理を見いだした。
 米ボストン美術館が戦争柄の着物を集め始めたと聞き、海外流出への危機感を抱いている。
 「戦争美術の研究は進んでいますが、日用品に描かれた戦争は埋もれたまま。しかし、そこにこそ『市民が見た戦争』が残されているのです」
文・上杉恵子 写真・梅田麻衣子
    --「ひと 『戦争柄の着物』を収集し、研究する=乾淑子さん」、『毎日新聞』2012年11月03日(土)付。
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http://www.htokai.com/kimono/
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覚え書:「今週の本棚:『SF挿絵画家の時代』=大橋博之著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。

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今週の本棚:『SF挿絵画家の時代』=大橋博之著
(本の雑誌社・1890円)
 小松崎茂から加藤直之まで、総勢71名の日本の挿絵画家を追った「SFアート史」にして「SFイラストレーターガイド」が刊行された。
 できるかぎり本人に会うことを基本原則とし、故人の場合は家族に話を伺い、膨大な史料を猟歩し、ときには探偵顔負けの調査を経て、異色かつ異彩を放つSF挿絵の世界を紹介する。「労作」の一言で片づけてしまうのは申し訳ないとおもうくらいたいへんな仕事だ。
 『SFマガジン』や『奇想天外』などのSF雑誌が生まれた「SF黎明期」、『SFアドベンチャー』や『SF宝石』が登場する「SF興隆期」、サンリオSF文庫がスタートした「SF浸透期」、角川スニーカー文庫や富士見ファンタジア文庫が出た「SF新生期」……。SFの読者の幅が広がるにつれ、SF挿絵のヴィジュアルも変遷していく。
 「どの作家も全てSFを書けたわけではないのと同じように、SFを描いた挿絵画家にはSFを描く資質が必要だったのだ」
 絵の魅力もさることながら、挿絵画家たちの仕事ぶりや自らの作風を確立するための試行錯誤など、それぞれの経歴も味わい深い。(魚)
    --「今週の本棚:『SF挿絵画家の時代』=大橋博之著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。
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覚え書:「みんなの広場:日中韓学生会議で感じたこと」、『毎日新聞』2012年11月2日(金)付。

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みんなの広場
日中韓学生会議で感じたこと
大学生 20(横浜市青葉区)
 尖閣諸島や竹島をめぐり、日中韓の3国の関係が険悪化するが、お互いの国に同じ価値観を共有できる個人がいることを忘れてはならない。
 9月、韓国で開かれた日中韓の学生会議に参加し、私が強く感じたことである。メディアによって私たちが受け取るイメージは、物事の一面しかとらえていない。フォーラムに参加する前日、中国で大規模な反日デモが起こり、フォーラムに参加することに危惧を覚えた。中国と日本の学生の間で対立が起こらないか懸念したからである。
 しかし、フォーラムの中では、互いの文化や言語に関心を膨らませ、3国の平和を望む学生の姿がそこになった。日本車を破壊し、日本企業を襲撃するイメージだけが、中国人のすべてでない。
 私たちがテレビや新聞を通して知る情報は事実であるが、一部であって全体ではない。過熱する3国の関係の中で、私たちにもとめられている冷静さはそれを知ることである。
    --「みんなの広場:日中韓学生会議で感じたこと」、『毎日新聞』2012年11月2日(金)付。
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覚え書:「大阪の神さん仏さん [著]釈徹宗・高島幸次 [評者]中島岳志」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。

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大阪の神さん仏さん [著]釈徹宗・高島幸次
[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)  [掲載]2012年10月28日
 住吉大社、四天王寺、大阪天満宮、石山本願寺……。大阪という都市の形成には、思いのほか、社寺が深く関わっている。本書は、仏教・神道のスペシャリストであり、生粋の大阪人である二人が、縦横無尽に宗教都市・大阪を語り尽くす。
 大阪は全国で二番目に寺の数が多く、中でも浄土真宗の寺が多い。釈は大阪商人の勤勉・節約といった商業倫理の源泉を、真宗の教えの中に見出(みいだ)す。
 真宗は、しばしばプロテスタントと類似していると言われる。商いに従事し、職務を全うすることこそ凡夫の仏道と説いた蓮如の教えは、プロテスタンティズムの倫理が資本主義の精神を生み出したとするウェーバーのテーゼと重なる。実際、大阪では真宗の寺内町ネットワークが職業共同体を構成し、繊維業や製薬業などを発展させた。
 大阪人の気質に宗教的基層を見出す議論は、ユニークかつスリリング。目から鱗(うろこ)の一冊だ。
    ◇
 140B・1575円
    --「大阪の神さん仏さん [著]釈徹宗・高島幸次 [評者]中島岳志」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012102800019.html
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覚え書:「ヒトはなぜ神を信じるのか 信仰する本能 [著]ジェシー・ベリング [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。

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ヒトはなぜ神を信じるのか 信仰する本能 [著]ジェシー・ベリング
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]2012年10月28日
■神を論じる新世代の知性
 宗教書ではない。「神」を求める心理(進化心理学という語が用いられている)を解きほぐそうというのが著者の意図である。本文中に「私たちはヒトという種の歴史において、個人的な神を不必要で、ありえないものにする重大な科学的議論に初めて直面する世代である」との一節を見いだし、緊張させられる。
 1975年生まれのこの心理学研究者は、70年代後半からの学術用語「心の理論」をキーワードに文学、哲学、社会現象、歴史、さらには自らの周辺の人間像などを次々に語り続ける。神は人間心理のどのような状況のときにあらわれるのか、神の存在を納得させようとする自らの感情に抗する無神論者サルトルの生き方、進化論を説いたダーウィンが死の床で回心したと信じたがる人びと、傑出した哲学者や科学者の中に自然神学を支持する人がいることを「心の理論」で説く斬新さ、などの記述に魅(ひ)きつけられる。
 神を論じる新世代の知性に新たな地平が開けてくる。
    ◇
 鈴木光太郎訳、化学同人・2415円
    --「ヒトはなぜ神を信じるのか 信仰する本能 [著]ジェシー・ベリング [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012102800020.html
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学ぶべき価値のある言葉は、日本語と英語だけだと考えているような人は間違っています。…英語ではだめなのです。保証しますよ。

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多数言語によるコミュニケーションの重要性
 最後にもう一言申し上げたいと思います。
 当時においても、現在においても、別の言語で学んだり話したりすることを学ぶために注がれるエネルギーの量には驚くべきものがあります。情報を伝え、効用を伝え、考えを伝え、感情を伝える。一つの言語から別の言語へ。それはとても感動的なことです。
 たとえば、フィリピンのナショナリストたちが一九世紀の終わりに出した通信文を繙いてみましょう。それは、スペイン語で書かれていることもありますが、日本人に対しては英語で、フランスの同志に対してはフランス語で、かれらの支援者であったドイツの学者にはドイツ語で、書かれていたものです。
 かれらは、懸命に世界に訴えかけようとしていたのです、そしてそれは日本でも、中国でも、他の多くの国々の人々に関しても、おそらく同じことが言えるでしょう。かれらは、ビジネスのための支配的な言語の習得に興味を持っていたわけではありません。かれらは、他の言語集団に属する人々との感情的なつながりを得るためにこそ、言語を習得し、その精神世界に入り込むことを望んだのです。
 これはいまでもとても重要なことです。学ぶべき価値のある言葉は、日本語と英語だけだと考えているような人は間違っています。そのほかにも、重要で美しい言語がたくさんあります。
 本当の意味での国際理解は、この種の異言語間のコミュニケーションによってもたらされます。英語ではだめなのです。保証しますよ。どうもありがとうございました。
    --ベネディクト・アンダーソン「アジア初期ナショナリズムのグローバルな基盤」、梅森直之編『ベネディクト・アンダーソン グローバリズムを語る』光文社新書、2007年、99-100頁。
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『想像の共同体』でナショナリズムの認識を一変させたベネディクト・アンダーソンは2005年4月に来日し、早稲田大学で2日に渡って講演しました。『グローバリズムを語る』は、その講演録で、冒頭に紹介しているのはその末尾の部分です。
ここで言及されているフィリピンのナショナリスト云々とは、2012年の本年、邦訳された、山本信人訳『三つの旗のもとに アナーキズムと反植民地主義的想像力』(NTT出版、原著は早稲田大学講演と同じ2005年の出版)で詳論された19世紀末期のホセ・リサールを中心とするフィリピンの独立運動の闘志たちのエピソードからです。
19世紀末とは「グローバルなアナーキズムとローカルなナショナリズムがときに対立しながらときに連結するという独特な政治空間を醸しだした時代」。フィリピンのスペインからの独立運動は、19世紀末期のこの世界において突発的におこった現象ではなく、深く世界各地の運動と連携した浮かび上がってきたことを丹念にその作品でアンダーソンは描いており、「一九世紀末の二〇年間に『初期グローバリゼーション』と呼びうる兆候が始まっていたからである」と特徴を指摘しております。
いわば、通信、交通の発達が世界を「狭く」し、それにのってアナーキズムが世界へ広まった。そしてその延長線上にフィリピンの運動もネットワーキングされるという寸法です。だからこのアンダーソンの論考に目を通すと「読者は、アルゼンチン、ニュージャージー、フランス、バスクの内地でイタリア人と出会う」し、「プエルトリコ人やキューバ人にはハイチ、アメリカ合州国、フランス、フィリピンで、スペイン人とはキューバ、フランス、ブラジル、フィリピンで、ロシア人とはパリで、フィリピン人とはベルギー、オーストリア、日本、フランス、香港、イギリスで、日本人とはメキシコ、サンフランシスコ、マニラで、ドイツ人とはロンドンとオセアニアで、フランス人とはアルゼンチン、スペイン、エチオピアで出会う」ことになる。
さて、早稲田大学の2日目の講演では、当時執筆中の『三つの旗のもとに』の意図とあらすじを紹介しながらうえのように講演をまとめております。
ホセ・リサールの生涯を縦糸とすれば、アナーキズムと半植民地的ナショナリストの交流を横糸としてみるならば、その織物こそが19世紀後半のグローバルな「重力場」となるでしょうが、そこで「外国語」はどのように機能したのかと考えた場合、これは興味深い話題ですけれども、「多数言語によるコミュニケーションの重要性」はいうまでもないこととしつつも、言語を習得する、そして伝え・合うことが「感動的ななこと」と捉えております。
ホセ・リサールの時代から百年を経過した現在。軽薄にグローバルというものが叫ばれ、英語をとにかく拾得することが要求されるのがわたしたちのくらす21世紀の特徴でしょう。
もちろん、英語を習得することはいうまでもなく大事でしょう。しかし、グローバルな出会いにおいて外国語を習得し、それを使いこなすことは、百年前であろうが現在であろうが、「ビジネスのための支配的な言語の習得に興味を持っていたわけではありません」。否、「他の言語集団に属する人々との感情的なつながりを得るためにこそ、言語を習得し、その精神世界に入り込むことを望んだ」のではないでしょうか。
アメリカなるものへの不信は強いし、そしてマルチリンガルなアンダーソンの講演は反語のようなフレーズでおわりますが、そう、すなわち、
「学ぶべき価値のある言葉は、日本語と英語だけだと考えているような人は間違っています」。
「英語ではだめなのです。保証しますよ」。
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もちろん、英語はできないよりもできた方にこしたことはないし、必須の要件でしょう。そして英語を学習することが無駄だという断定ではありませんので念のため。
しかし、それで「事足りる」ないしは「感情的なつながり」をえることなんてどうでもいい、とにかく「つかえればいいんだ」とガムシャラにやっても、それはただのアンドロイドのようなものかもしれません。
そして「支配的な言語」にしか関心がないのでは、本当のところでの地に足のついたローカルな「接続」は不可能だろうと思います。
「当時においても、現在においても、別の言語で学んだり話したりすることを学ぶために注がれるエネルギーの量には驚くべきものがあります。情報を伝え、効用を伝え、考えを伝え、感情を伝える。一つの言語から別の言語へ。それはとても感動的なことです」。
教訓チックかもしれませんが、外国語を習得する意義として、このアンダーソンの言葉は銘記しておきたいものです。
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覚え書:「異論反論 沖縄で米兵による性暴力事件が起きました=佐藤優」、『毎日新聞』2012年10月31日(水)付。+α

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異論反論
沖縄で米兵による性暴力事件が起きました
寄稿 佐藤優
「事故」とする政府の不誠実
 16日、沖縄で発生した米兵2人よる集団強姦致傷事件によって、日本の国家統合が揺らぎ始めている。事件自体の悪質性だけでなく、それに対する中央政府の対応が不誠実だからだ。沖縄の感情をとりわけ逆なでしているのが森本敏防衛相だ。森本氏は、今回の事件について繰り返し「事故」であるという認識を示してる。
 22日付琉球新報は、社説で〈事件の重大性を薄めて国民の印象を操作することは、加害者側をかばうような行為であり、言語道断だ。/森本防衛相は、記者団から事件の受け止め方を聞かれ、「非常に深刻で重大な『事故』だ」と発言した。二度、三度繰り返しており、吉良州司外務副大臣も同様に使っている。米軍基地内外で相次ぐ性犯罪を米政府は申告に受け止めている。これに比べ日本側の対応は浅はかとしか言いようがない。/防衛相は、仲井真弘知事の抗議に対し「たまたま外から出張してきた米兵が起こす」と発言した。/しかし、在沖米軍の大半を占める海兵隊は6カ月ごとに入れ替わる。移動は常態化しており、「たまたま外から出張してきた」との説明は言い訳にすぎない。そのような理屈が成り立つなら「ローテーションで移動してきたばかりで沖縄の事情を知らない兵士がたまたま事故を起こした」といくらでも正当化できよう。防衛相は詭弁を弄するのではなく、無責任な発言を直ちに撤回すべきだ。〉と述べるが、その通りだ。無責任な発言を撤回するだけでは不十分で、謝罪した上で森本防衛相は辞任すべきだと思う。こういう人が防衛相の椅子にしがみついていると、沖縄で日本からの分離を求める運動が始まりかねない。
日本から独立の動きに
外務官僚は危機感抱く
 マスメディアはほとんど取り上げられていないが、7月31日、日本政府(担当は外務省)が国連人種差別撤廃委員会(CERD)の情報提供要請に応じ、「日本政府は、この情報の提供により、普天間飛行場の辺野古移設計画は同飛行場の危険性の除去、沖縄の負担軽減及び我が国の安全保障上の要請によるもの、また、高江チクヘリパッド建設計画は土地の大規模な返還による沖縄の負担軽減及び我が国の安全保障上の要請によるものであり、両計画とも差別的な意図に基づくものでは全くないことを強調する」(外務省ホームページ)と回答した。差別が構造化されている場合、差別者はその現実を認識していないのが通例だ。なお、この回答には〈一般的に言えば、沖縄県に居住する人あるいは沖縄県の出身者がこれら(引用者注*人種差別撤廃条約の対象となる)諸特徴を有している、との見解が我が国国内において広く存在するとは認識しておらず、よってこれらのひとびとは本条約にいう人種差別の対象とはならないものと考えている〉と記されている。「沖縄人が他の日本人と異なる独自性をもつ」という認識が拡大すれば、深刻な事態に発展するという危機意識を、外務官僚は明らかにもっている。
さとう・まさる 1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官。「アルバニアの作家イスマイル・カダレの『後継者』(未邦訳)を英訳で読み、強い衝撃を受けました。最も親しい友に猜疑(さいぎ)を向ける独裁者の心理が見事に描かれています。近未来の日本で、この小説の世界が現れるのではないかと不安になってきました」
    --「異論反論 沖縄で米兵による性暴力事件が起きました=佐藤優」、『毎日新聞』2012年10月31日(水)付。
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防衛相「事故」発言 人権感覚を欠く妄言
2012年10月22日         
 米海軍兵による集団女性暴行致傷事件を森本敏防衛相が繰り返し「事故」と表現している。これが国民を守るべき立場の閣僚の人権感覚か。妄言のそしりを免れない。
 通りすがりの女性を路上で暴行した行為は容疑通りなら、凶悪犯罪だ。蛮行を「事故」と矮小(わいしょう)化し表現することで被害女性をさらに傷つけ、苦しめてしまうとの想像力は働かないのか。女性全体を侮辱する発言でもあり断じて許せない。
 いま国がやるべきことは、米軍に対して毅然とした態度で被害女性に対する謝罪や賠償、ケアを求めることであり、実効性ある再発防止策を打ち出させることだ。事件の重大性を薄めて国民の印象を操作することは、加害者側をかばうような行為であり言語道断だ。
 森本防衛相は、記者団から事件の受け止め方を聞かれ、「非常に深刻で重大な『事故』だ」と発言した。二度、三度繰り返しており、吉良州司外務副大臣も同様に使っている。米軍基地内外で相次ぐ性犯罪を米政府は深刻に受け止めている。これに比べ日本側の対応は浅はかとしか言いようがない。
 防衛相は、仲井真弘多知事の抗議に対し「たまたま外から出張してきた米兵が起こす」と発言した。
 しかし、在沖米軍の大半を占める海兵隊は6カ月ごとに入れ替わる。移動は常態化しており、「たまたま外から出張してきた」との説明は言い訳にすぎない。そのような理屈が成り立つなら「ローテーションで移動してきたばかりで沖縄の事情を知らない兵士がたまたま事故を起こした」といくらでも正当化できよう。防衛相は詭弁(きべん)を弄(ろう)するのではなく、無責任な発言を直ちに撤回すべきだ。
 復帰後、県警が認知しているだけでも127件の女性暴行事件が起きた。認知に至らず事件化していない事案も含めると女性の尊厳がどれだけ踏みにじられたことか。
 政府に警告する。米兵犯罪が後を絶たないため仲井真知事をはじめ多くの県民が、「諸悪の根源」は米軍の特権を認め占領者意識を助長している日米地位協定にあるとの認識を一段と深めている。
 県民からすれば凶悪犯罪を「事故」と認識する不見識な大臣、副大臣を抱えたことこそ「事故」だ。米兵犯罪や基地問題と真剣に向き合えない政務三役は、政権中枢にいる資格はない。日米関係を再構築する上でも害悪だ。
    --「社説:防衛相『事故』発言 人権感覚を欠く妄言」、『琉球新報』2012年10月22日(月)付。
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http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-198321-storytopic-11.html
外務省:人種差別撤廃条約第9条、及び人種差別撤廃委員会手続規則第65条に基づく2012年3月9日付け人種差別撤廃委員会からの情報提供要請に対する回答(2012年7月31日)
仮訳(PDF)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/pdfs/req_info_120731_jp.pdf
英語正文(PDF)
http://www.mofa.go.jp/policy/human/pdfs/req_info_120731_en.pdf
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覚え書:「踊ってはいけない国、日本 風営法問題と過剰規制される社会 [編著]磯部涼 [評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。

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踊ってはいけない国、日本 風営法問題と過剰規制される社会 [編著]磯部涼
[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)  [掲載]2012年10月28日
■人類的行為を抑圧する不均衡
 一般に風営法と呼ばれる法律によって、特にここ数年、大阪を中心としてクラブが摘発され続けている。主に若者を顧客として持ち、DJによる大音響での音楽再生によって踊りを楽しむ方のクラブだ。
 これまでも“午前零時、条例によっては午前一時を過ぎて客を踊らせていた”罪での摘発はあったが、運用は比較的穏やかだった。それが今、どういうわけか一気に厳格化されつつある。
 なぜ踊ってはいけないか。法の運用に恣意(しい)性はないか。表現の自由を抑圧していないか。そうした疑問から「レッツダンス署名推進委員会」が立ち上がり、私も呼びかけ人の一人となっている。
 そのような流れの中、本書では多種多様な意見を持つ言論人が風営法の由来や現在でのあり方、時には署名運動の妥当性をも含めて考える。
 例えば宮台真司は、地域共同体の空洞化によって、あらゆる事柄に行政による抑制を求めるクレージークレーマーが現れ、いわば監視社会を生んでいると言う。そのひとつの延長がクラブ摘発だというわけである。
 「規制内容の曖昧(あいまい)さは、警察にとっては都合がいい」と書くのは松沢呉一で、「ゴミや騒音は条例など別の法律で規制すべきこと」だと冷静に述べながら、このままではカウンターのあるバー、小料理屋、スナックにも摘発の手は伸ばし得ると指摘する。第二条の中に「客の接待をして客に遊興又は飲食をさせる営業」が入っているからだ。
 また思想家・千葉雅也は個々の「ダンス」自体に、規律訓練による支配から身体を奪い返す闘いを見る。折しもダンスは学校で必修になったが、それは規律訓練であって真の「ダンス」ではあるまい。
 百家争鳴の中、ともかく私たちは「踊る」という人類的行為を夜中以外に、管理下で行うよう指導されている。規制社会の不均衡な現状が、この本で端的にわかる。
    ◇
 河出書房新社・1680円/いそべ・りょう 78年生まれ。音楽ライター。『音楽が終わって、人生が始まる』など。
    --「踊ってはいけない国、日本 風営法問題と過剰規制される社会 [編著]磯部涼 [評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012102800010.html
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濡れてほす 山路の菊の 露の間に いつか千歳を 我はへにけむ

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仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる 
濡れてほす 山路の菊の 露の間に いつか千歳を 我はへにけむ 素性法師
『古今和歌集』「巻五 秋歌下」(273)
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先日、非常勤先の大学へ出講しましたら、正門のよこで15回目になる「菊花展示会」を開催しておりました。地域の方々がたんせいを込めてつくられた花々だと伺っております。
iPhoneの写真で恐縮ですがご紹介しておきます。
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覚え書:「書評:東京満蒙開拓団 [著]東京の満蒙開拓団を知る会 [評者]出久根達郎(作家)」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。

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東京満蒙開拓団 [著]東京の満蒙開拓団を知る会
[評者]出久根達郎(作家)  [掲載]2012年10月28日
■大陸へ移住した江戸っ子たち
 「目からウロコ」とは、このことだろう。
 満蒙開拓団とは旧満州農業移民であるから、長野県や山梨県など農村部の人たちで組織された、と思っていた。事実、そうなのだが、初めての開拓団は東京から送られたのである。これは、知らなかった。
 昭和初めの世界恐慌の不況で失業者が増大、農村は冷害による凶作である。人々は都会を頼って流入する。当時は屋外居住者と呼んだホームレスのために、深川の埋め立て地に無料宿泊所が設けられた。農民として更生させる目的で、軍の協力を得て収容者を満州に送り込んだのが昭和七年、これがのちに国策となる満蒙開拓団の最初である。
 新聞は、「ルンペン美談」と大きく取り上げる。彼らは地方の次男坊以下がほとんどで(原籍東京は一割未満)、しかし東京発の農業移民ということで注目された。
 国策で転業開拓が推奨されると、配給制で商売が立ちゆかなくなった商店街の人たちが、「江戸っ子開拓団」とはやされて満州移住を決意する。
 一方、十四歳から十九歳の「青少年義勇軍」が送られる。彼らは「江戸っ子部隊」と称された。満蒙開拓団や青少年義勇軍は、昭和二十年五月までに、全国からおよそ三十二万人が送りだされた。このうち東京からは一万一千人である。これは県別にみると九位の人数である。
 このほか義勇軍や独身開拓者のために、「大陸の花嫁」募集があり、国と東京がその養成所「多摩川女子拓務訓練所」を開設した。娘たちには、姑(しゅうとめ)のいない気楽な生活ができる、と暗に謳(うた)い文句にした。開拓団には「東京の女」を売りにしたのではあるまいか。「東京」は宣伝に恰好(かっこう)だったろう。最後の開拓団も東京で、内実は大空襲による疎開だ。
 本書は一般の人たちの努力で成った。画期的な研究である。昔の話ではない。原発事故と「棄民」。開拓団の結末同様、国策の怖(おそ)ろしさは今も。
    ◇
 ゆまに書房・1890円/著者は地域ミニコミ誌「おおたジャーナル」編集責任者の今井英男と多田鉄男、藤村妙子。
    --「書評:東京満蒙開拓団 [著]東京の満蒙開拓団を知る会 [評者]出久根達郎(作家)」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012102800018.html
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覚え書:「書評:団地の空間政治学 レッドアローとスターハウス [著]原武史 [評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。

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団地の空間政治学 レッドアローとスターハウス [著]原武史
[評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)  [掲載]2012年10月28日
■戦後の地下水脈、掘り起こす発見
 昨年まで大阪の千里ニュータウンに暮らしていた。単身赴任ということもあって、10年暮らしても、その地域コミュニティの一員であるという感覚に浸ることはついになかった。床屋の親父(おやじ)とは昵懇(じっこん)になったが、スーパーマーケットのレジ係やキヨスクの店員さんと立ち話をすることもなく、隣人と接触するのは、ゴミ収集日という、よりによって行政によって設定された機会だけだった。関係を紡ぎだそうと動かなかったら、どんどんじぶんのうちに陥没してしまいそうな、そんな生活だった。
 こうした暮らしのなかでなんかヘンだなと思いながら問いつめられなかった二つの通説、それがこの本を読んで氷解した。一つは、団地やニュータウンの生活は、コンクリートの壁とシリンダー錠で私的生活を隔離することによって人びとをしがらみから解き放ったが、それとともに地域コミュニティを修復不可能なまでに崩壊させてしまったという説。いま一つは、スーパーマーケットに象徴されるモダンで快適な消費生活が、アメリカの中間階級の暮らしぶりをモデルに構築されたという説。
 これに対し著者が提示するのは逆方向からの視点だ。一つは、室内だけでなく団地という空間の全体を見ること。いま一つは、同型の棟の林立する風景が、アメリカの郊外のそれとはまるで違い、旧社会主義国のそれに酷似していること。こうした視角から、自治会報など膨大な資料をもとに実地調査したのは、大阪の香里団地、東京のひばりが丘団地、多摩平団地、千葉の常盤平団地など、賃貸中心の大型団地である。
 初期の団地には、私生活主義とは逆ベクトルの自治活動がしかと芽生えていた。働く女性たちによる保育所開設運動から、都心部への通勤手段である鉄道の運行改善要求、さらには行政・公団・電鉄に対する提案や批判へと展開してゆく地域民主主義の活動である。これらは、町内会や隣組などかつての「上」からつくられた組織とは違い、住民自身による「下」からの運動であった。
 そこには沿線の「知識人」たちを核とする無党派の市民運動と、支持基盤を炭鉱労働者から新中間階層へ移そうとしていた革新政党の仕掛ける運動とがあったが、いずれも沿線の立地と深く連動していた。とくに共産党細胞の活動と西武資本による独占的開発とが皮肉にも重なり合う西武沿線についての詳細な記述には、これまで語られてこなかった「戦後思想史の地下水脈」をのぞき見るかのような、いくつかの発見がある。
 これらの地域はいま住民の高齢化という「過疎」問題を抱える。その取り組みへの「空間政治学」からの提言を次に聴きたい。
    ◇
 『団地の空間政治学』NHKブックス・1260円、『レッドアローとスターハウス』新潮社・2100円/はら・たけし 62年生まれ。国立国会図書館職員、日本経済新聞社会部記者などを経て、現在、明治学院大学教授。専攻は日本政治思想史。
    --「書評:団地の空間政治学 レッドアローとスターハウス [著]原武史 [評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012102800012.html
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知識や経験の蓄積を通して行為をすること、そしてもうひとつは、蓄積することなく、生きるという行為のなかでつねに学んでゆくこと

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……私たちが話しているのは二つの種類の学ぶことについてです。ひとつは知識や経験の蓄積を通して行為をすること、そしてもうひとつは、蓄積することなく、生きるという行為のなかでつねに学んでゆくことです。片方は技術的なことには絶対に必要なものですが、関係、人に対する態度は技術的なことではありません。それらは生きているものなので、それらについてはつねに学ばなければならないのです。もし人に対する態度について学び、その知識に基づいて行為をすれば、それは機械的になり、それゆえ関係は型にはまったものになってしまいます。
 そこからもうひとつ、きわめて重要なことがあります。蓄積と経験の学習の場合、それにそそぐ情熱は、そこから得られる利益によって決められます。しかし、利益という動機が人間関係のなかで働くとき、それは孤立や分離をもたらし人間関係を破壊します。経験と蓄積の学習が、人間の行動という領域、すなわち心理的な領域に入り込むとき、それは必然的に破壊をもたらすのです。利己心に長けることはある面では進歩をもたらしますが、ほかの面では、不幸や苦悩や混乱の温床となるのです。どんな種類のものであれ、利己心のあるところには関係が開花することはできません。関係が経験や記憶の領域内で開花することがないのはそのためです。
    --クリシュナムルティ(松本恵一訳)「学ぶこと」、『自己の変容 クリシュナムルティ対話録』めるくまーく、1992年、224-225頁。
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今日の哲学の授業では、古代ギリシア以降の流れを現代までざっくり紹介するというきわめてアクロバティックな構成になってしまいましたが……来週以降はテーマに従ってそれぞれ深化させるために……、なんとか無事完了。我ながらよくやるわなw と思いつつ、それでも少し手順が良くといいますか・悪くといいますか、時間が微妙に余ってしまいましたので、学生さんたちと「教養とは何か」について考えてみました。
基本的には阿部謹也さんの教養論と中世における大学の意義を紹介しつつ、その知識や方ではない「人間」の問題として浮上するものとの認識を共有することができたと思います。
しかし、こちらから何かを提示するまえに、私の場合、じゃあ、みなさんはどう考えるのか?お互いに話しあってみましょうというスタイルを取り、そのフィードバックのやりとりで進行するようにしておりますので、学生さんの意見を聞くと、
やはり……
「知識もその一つだけれども、知識とイコールではない何かが加える」
……という認識が多くありました。
たとえば教養を身につけるために遂行するのは「学習」ではなく「学問」という行為になると思います。知識の習得といった場合、学習で事足りますが、そうではないものが「学問」という行為になると思います。
もちろん、学問の「作業」のなかには、その営為のひとつとして「学習」は含まれますから、学習を含め、実験や観察、読書やひととのすりあわせのなかからそれをやっていくのですが、要は知識の当体となる「人間」自身をそれによってカルチベートしていくことにより、その何かが身に付くと捉えるべきでしょう。
そしてその学問の現場はどこにあるのでしょうか。たとえば大学での1コマ90分の教室もそのひとつでしょうけれども、それだけではないと思います。この生きている世界の全ての事象から、自分自身が「問い」、「学(まね)び」往復関係の中からそれを様式として「暗記」するのではなく、いきたものとして、自身を薫蒸させるものとして受容していく。そこにこそあるのではないでしょうか。
たとえば、人間関係における「枠」というのもその「何か」のひとつでしょう。葬式に白いネクタイを締めていく人間はおりませんし、奇を衒った挑戦をする必要もないでしょう。たしかに「生活儀礼」として受容することは必要でしょう。
しかし、そうしておけばまあ「大丈夫」という認識と、弔問の意を衷心より表現するひとつの方として認識して創造的に受容するのでは大きな開きがあるでしょう。
そのあたりの二重の契機というものを踏まえながら、すべてのものから学んでいく……私自身含めて、まあ、そうありたいなあとは思う次第です。
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覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『ガルブレイスを読む』=中村達也・著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。

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今週の本棚:伊東光晴・評 『ガルブレイスを読む』=中村達也・著
 (岩波現代文庫・1491円)
 ◇現代資本主義の特質を知る手引書
 二〇世紀の経済の歴史をふりかえると、先進国での巨大企業体の出現が浮びあがってくる。それは電機、化学、石油、自動車など、新産業だけでなく、製鉄や食品などにも及びそれらの企業が各国の中枢に位置し、経済をリードしている。だが、これを分析するはずの経済理論の多くは、小規模の、多数企業からなる競争的市場を前提にしている。前提が、現実と異なるのである。アメリカの新古典派経済学がその典型である。
 だが、例外はガルブレイスであり、その主要著作は、巨大企業の行動とそれがつくりだす現代資本主義の特質を明らかにしようとするものである。しかも、その著書の多くが大部で、ベストセラーとなっている。
 大部というのは、読み通すのが難しいことでもある。それゆえ、本書のような手引書があると便利である。
 この本の構成は次のようなものである。ガルブレイスの三部作--主著『ゆたかな社会』(一九五八年)、巨大企業の解剖である『新しい産業国家』(一九六七年)、そしてこれらを総括する『経済学と公共目的』(一九七三年)--のそれぞれについて、まずそれらの本から注目すべき一節を“ガルブレイス語録”として並べ、ついで執筆当時のアメリカ経済ないし経済学の状況を概説し、そのうえで主要内容を記述していく。そしてこの三部作の前後の章に同じ構成で『アメリカの資本主義』(一九五二年)と『権力の解剖』(一九八三年)を置いている。
 ガルブレイスの巧みさは、出版社から“アメリカの貧困”についての本をたのまれ、『ゆたかな社会』という表題にし、かつての物質的貧困の減退にかわり、大企業の広告・宣伝による欲望造出によって、充(み)ち足りない大衆の精神的窮乏感が生れ、欲望が生産に依存するという意味で、“依存効果”という新しい用語をつくるところにある。経済理論上は、新古典派の消費者主権の否定である。
 同時に、不況対策をうつと静かなインフレがおこり、利潤を求める私的産業部門の成長に対し、教育、インフラ等に関係する公共部門がおくれるという“社会的アンバランス”を強調する。
 『新しい産業国家』では、経営における権力の所在が、経営者から、それを支える各部門の専門家集団へ移りだしたことを明らかにし、かれらに“テクノストラクチュア”なる新語をつけていく。そしてその経営は、長期視点での投資を必要とするところから、計画的に行われ、製品価格も当の企業が決定していく“計画化体制化”にあるとする。そのいずれもが、新古典派の経済学者の通念を刺戟(しげき)し、反論をうけた。
 この本は一九八八年に出版されたものに加筆・改訂を施し現代文庫に収めたものである。主な加筆は、ガルブレイスの最初の本ともいえる『アメリカの資本主義』までの間に出た二十七本の論文内容を説明し、九〇年代以降の論文とガルブレイスの考えに言及した補論である。これによって文字どおり、“ガルブレイスを読む”になった。つけ加えたいのは二点。
 『大恐慌』(一九五五年)を章としてとりあげてほしかった。それは八〇万部出ただけでなく、ニューディールに先立つアメリカでの大崩壊の定説をつくりだしたからである。第二はサムエルソンとガルブレイスの対比を--本書にあるように、互いの評価だけでなく、理論、分析武器の違いで論じてほしかった。費用曲線の違い、労働市場分析の比較等である。
    --「今週の本棚:伊東光晴・評 『ガルブレイスを読む』=中村達也・著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20121028ddm015070016000c.html
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覚え書:「書評:民主主義のあとに生き残るものは [著]アルンダティ・ロイ [評者]柄谷行人(評論家)」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。

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民主主義のあとに生き残るものは [著]アルンダティ・ロイ
[評者]柄谷行人(評論家)  [掲載]2012年10月28日
■インドにおける恐るべき抑圧
 本書は、インドにおける政府、大企業、財団、ヒンドゥー原理主義者による恐るべき抑圧を伝えるものである。たとえば、カシミール地方では大量のイスラム教徒が、また、中部山地では、強制的な開発に抵抗する貧農や被差別民が虐殺されている。インドは警察国家になった、と著者はいう。外国人には、こんなことは初耳であろう。なぜなら、いつもインドは、「世界最大の民主主義国家」として広く称賛されているからだ。
 中国のことなら何でも大げさに取り上げるマスメディアが、インドに関して沈黙するのはなぜか。米国にそういう報道規制がある、と著者は語っている。日本の企業は、インドに今後の望みを託しているようだが、その経済発展がいかにしてなされているのかを承知しておくべきである。
 著者は1997年に詩情あふれる処女長編小説によりブッカー賞を受賞し、同作が世界中でベストセラーとなると共に、インド国内でもアイドルのような人気者になった。ところが、第二作目を嘱望される中、インドがおこなった核実験に抗議するエッセーを発表したことによって、彼女の進路は大きく変わった。以来、小説を放棄し、ダム建設反対、カシミール問題ほか、社会運動に奔走しつつ、政治的エッセーを発表してきた。その間には、法廷侮辱罪、扇動罪などで投獄されたり、終身刑の危機に直面したりした。にもかかわらず、彼女は本性的に作家だ、といってよい。
 彼女の行動や著述は、世界が置かれている状況に対する鋭い洞察にもとづいている。それは、現在の世界は新自由主義ではなく、「新帝国主義」だという認識に集約される。インドは世界の縮図だ、と彼女はいう。2011年に彼女は来日したが、その日は3月10日であった。直後の講演が中止になったかわりに、本書が生まれた。フクシマを経験した日本人にとって、本書は身近にある。
    ◇
 本橋哲也訳、岩波書店・1680円/Arundhati Roy 61年インド生まれ。『小さきものたちの神』でブッカー賞。
    --「書評:民主主義のあとに生き残るものは [著]アルンダティ・ロイ [評者]柄谷行人(評論家)」、『朝日新聞』2012年10月28日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2012102800009.html
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覚え書:「書評:『思想としての法華経』植木雅俊著」、『中外日報』2012年10月23日(火)付。

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『思想としての法華経』
植木雅俊・著
(岩波書店・3150円)
平等や寛容 現代に意義
女性差別批判の再考なども
 著者は独学で仏教学の広大な宇宙に踏み込み、中村元博士との出会いに励まされて地道な研究を継続し、8年がかりで『法華経』のサンスクリット原典からの翻訳を果たした実績を持つ。その成果の上に鳩摩羅什の漢訳と自らの現代語を対照させた『梵漢対照・現代語訳法華経』上・下巻(岩波書店)を出版した苦学の人である。
 本書は、著者が初めて『法華経』を「思想」として読み解いたもの。序章の「『法華経』との出会い」には自らの思索の遍歴や、仏教への関心を深めた契機がつづられており、学問への情熱や生きる姿勢がうかがえる。
 全10章にわたり『法華経』成立の思想的背景、平等の根拠としての一乗などを論じ、また人間信頼の思想、女性差別批判の再考、寛容の思想とセクト主義の超越、『法華経』に反映された科学思想--といった視点から『法華経』の現代的な意義を問うている。
 随所に所論への確信を示す論述が見られる。中でも「善男子・善女子」を多用したことは、大乗教団の在家的性格を示すものとした平川彰博士の説に真っ向から反論し、また「変成男子」を女性への差別とする解釈にも「(法華経は)小乗仏教の女性に対する差別と、時代思潮の制約から完全に自由になっていない限界に対してアンチテーゼを突きつけていた」と反証している。これらがどんな議論を呼ぶかが注目される。
    --覚え書:「書評:『思想としての法華経』植木雅俊著」、『中外日報』2012年10月23日(火)付。
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http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/5/0258570.html
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覚え書:「今週の本棚:『私とは何か』=平野啓一郎著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。

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今週の本棚:『私とは何か』
平野啓一郎著
(講談社現代新書・777円)
 著者が近未来長編小説『ドーン』で提示した「分人主義」という概念をかみくだいたのが、この本だ。
 〈本書の目的は、人間の基本単位を考え直すことである。〉と冒頭にある通り、社会を構成する最小単位と考えられている「個人」をさらに分割し「分人(ぶんじん)」という単位でものごとをとらえることの必要性を説く。
 〈一人の人間の中には、複数の分人が存在している。……あなたという人間は、これらの分人の集合体である。〉というのが分人主義。「相手によってキャラを使い分けるのは当たり前」という反論は織り込み済み。著者が問題視しているのは、「本当の自分」があるという思い込みが多くの人にとって生きづらい社会を生んでいるという構造なのだ。
 その時どきの環境によって分人の比率は変化し、その構成比率が個性になるという指摘は、自身の経験がいくつも語られて説得力がある。
芥川賞受賞時の「難解な小説」のイメージが強い著者だが、死者への思いをめぐる哲学的考察から現代のコミュニティーやいじめ問題への言及に至るまで、新書という体裁でシンプルにまとめている。(さ)
    --「今週の本棚:『私とは何か』=平野啓一郎著」、『毎日新聞』2012年10月28日(日)付。
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