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「やつらは気に入らない、だから『より悪いほうが、よりまし』という理屈」

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 私や他の少なからぬ人がそう考えるように、国家が不当な制度であるということに全然異論はありません。しかし、そのことをもって国家を支持すべきではないということにはなりません。不当な制度を支持しないにしても、ときには、それに取って代わる、もっと不当な制度が存在するのです。民衆についての関心がもしあるなら、具体的に、アメリカをとりあげてみましょう。恐るべき国家領域は存在します。しかしそれは、はからずもよいこともします。何世紀にもわたる熾烈な民衆闘争は、貧しい母親や子供を支援する最低限の福祉制度をもたらしました。それが今、国家〔機能〕を縮小しようとする攻撃にさらされています。アナキスト達は、自分たちがそれを支持していることに気づいているとはとても思えないのです。だからかれらは、公衆にまったく説明責任を負わない、純然たる全体主義である私的専制権力の手に、さらなる権力をゆだねることを意味する「そう、私たちは小さな国家をつくるのだ」という極右の言説に歩調をあわせるのです。
 それは三〇年代初頭の共産党の「より悪い方が、よりまし」というスローガンを思い起こさせます。共産党が、ファシズムと闘えば、社民と手を結ぶことになるが、やつらは気に入らない、だから「より悪いほうが、よりまし」という理屈で、ファシズムとの闘いを拒否した時期がありました。私が子供の頃にあるスローガンです。そしてかれらはより悪いもの、つまりヒトラーを手に入れたわけです。七歳の子供たちがご飯を食べられるかどうかを気にかけるならば、長い目でみれば不当なものだとわかっていても、現時点では国家の役割を支持するでしょう。多くの人が、国家が扱いづらいものと感じていることは認識していますし、個人的には私は左翼から無原則だとつねづね批判されてきました。かれらにとっての原則とは、国家が役割を果たすことに反対するというものであり、飢えた子を目の当たりにして嬉々として私的全体主義組織の手に権力がゆだねられることになる局面であっても、国家が役割を果たすことには反対するというものなのです。未来の諸問題を積極的に構想しようとするなら、こうした考え方に留意しなければならないと、私は思います。実際のところ、今日、国家の役割を擁護するということは、限られた範囲とはいえ人びとが参加し、有機的に結合し、政策に影響を及ぼすことが可能な、公共の領域を支えるということなのですから、国家の廃絶にすすむ一歩なのです。これが取り除かれたならば、私たちは解放にすすむとはとてもいえない独裁へと、あるいは私的独裁へと逆行することになるでしょう。
    --ノーム・チョムスキー(木下ちがや訳)『チョムスキーの「アナキズム論」』明石書店、2009年、368-369頁。
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原発問題をはじめ、差別や貧困といった現実世界の不正や虚偽に対して、するどく洞察し、「なんとかしなければ……」と百家争鳴な議論が喧々囂々と喧しく続き、その議論に、深く「ああなるほど」と頷くことが多い。
しかし、不正や虚偽に対する認識や方法論をめぐって、その正邪を競う議論もそれと同じぐらい多い。
確かに、「なんとかしなければ……」ならないから具体的にそのアプローチを巡って「検討」することは大切だと思う。
しかし、その整合性に「のみ」に惑溺してしまうことは、「なんとかしなければ……」という事柄を、置き去りにしてしまい、結果としてその「なんとかしなければ……」を引き起こしている当事者をスルーしてしまうことになるのではあるまいか。
もちろん、具体的にそのアプローチを巡って「検討」することが無駄という訳ではないし、これまでの失敗や成功をきちんと精査して向き合っていくことが全く無用だということと同義ではない。
しかし、議論に熱心になればなるほど、どんどん、事柄から遠ざかっていく事態が割合と多いように思う。
どちらが先で、どちらが価値あることというわけではないンだけどね。
ただ、「やつらは気に入らない、だから『より悪いほうが、よりまし』という理屈」は、たいていの場合、ろくなことにはならないのではないだろうか。
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