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覚え書:「【書評】ことり 小川洋子著」、『東京新聞』2012年11月25日(日)付。

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【書評】ことり 小川 洋子 著

◆静かに愚直に生きる幸せ
[評者]横尾 和博 文芸評論家。著書に『新宿小説論』『文学÷現代』など。

 静謐(せいひつ)な世界である。その静けさはどこからやってくるのだろうか。それは小鳥を愛し声を聞き分け、他者のために尽くし、自然の音色に耳を傾ける主人公の生き方に由来するからだ。誰にもかえりみられることもなく社会から忘れさられ、愚直に生き、人づき合いが苦手な主人公。孤独とは自身の声に耳を澄ませることの代名詞なのか。
 物語は「小鳥の小父(おじ)さん」と呼ばれていた男が、ある日自宅で孤独死していた場面から始まる。小父さんは子どものころ、両親や兄と暮らしていた。しかし兄は幼いころから失語症状態で独自の「ポーポー語」という言葉を使い、外部との接触を絶っていた。兄の言葉は誰にも理解できないが、小鳥たちとは会話が成立し、また兄の言葉を理解できるのは七歳違いの幼い小父さんだけだった。
 兄弟が若いときに両親は亡くなり、小父さんは近くの企業のゲストハウスの管理人として働き兄を養う。しかし兄は五十代で病死し、ひとり残された小父さんは、兄が愛した幼稚園の小鳥小屋の清掃を無償で引き受け、兄への鎮魂と自らの魂の拠(よ)り処とする。図書館司書の女性へのほのかな恋心、虫の声を聞く老人との出会い、メジロの鳴き合わせ会などの小さな波乱に遭いながらも小父さんは静かに生涯を終えていく。小父さんの生は孤独だが幸福である。
 言語とは伝達機能だけではなく、人が自然や生き物と感じ合うひとつの手段である。その意味で多声的な小説であり、自らの内部の声を聞くことこそが情報過多、喧騒(けんそう)の時代にあって、重要なキーワードであることを考えさせられた。著者は二〇〇三年の『博士の愛した数式』でも、世の片隅で静かに生き、傍目(はため)には自閉的で偏執的な人間と映ろうとも、自分のなかの静寂に寄り添う人物像を描いてみせた。本書はさらに磨きがかかった作品である。沈思黙考する人間こそ美しい。
おがわ・ようこ 1962年生まれ。小説家。著書に『ミーナの行進』『最果てアーケード』など。
(朝日新聞出版・1575円) 
<もう1冊> 
 稲葉真弓著『半島へ』(講談社)。東京の生活に疲れた女性が半島の別荘で一人で暮らし、その静寂と自然のなかで再生する物語。
    --「【書評】ことり 小川洋子著」、『東京新聞』2012年11月25日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2012112502000179.html

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