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覚え書:「今週の本棚:若島正・評 『新世紀読書大全 書評1990−2010』=柳下毅一郎・著」、『毎日新聞』2012年12月02日(日)付。

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今週の本棚:若島正・評 『新世紀読書大全 書評1990−2010』=柳下毅一郎・著
 (洋泉社・3990円)

 ◇世界が違って見えてくる“特殊読書人”の本棚

 書評集のおもしろさは、なんと言っても、その人の本棚の一部を覗(のぞ)き見できるところだ。不思議なもので、ばらばらな点を結んでいけば一つの形ができあがるあの絵遊びに似て、一冊一冊はばらばらでも、それをまとめて本棚にすると、一人の読者の輪郭が浮かび上がってくる。本が人間を作ってしまうということ。そういう真実を納得させてくれる書評集こそが、本当に読む価値のある書評集ではないか。

 柳下毅一郎の『新世紀読書大全』は、著者がこの二十年間にあちこちの媒体で書き散らした書評を集めたものだ。映画、SF、コミック、殺人……といったように、扱われている書物をおおまかなジャンルで括(くく)ってしまうと、それはただ単に「趣味の幅が広い」という陳腐な言葉で言い表されてしまうことにしかならないだろう。ところが本書はそうではない。「特殊翻訳家」を自称する著者にいかにもふさわしく、本書が扱っている、洋書を数多く含む書物たちは、かなり特殊である。この毎日新聞の書評欄で取り上げられそうな本はきわめて少ない。良識ある読書人なら避けて通りそうな、ヤバい本、ヘンな本、狂った本が基調である。たまに普通の本が混じっていると、ほっと安心するほどだ。なぜ狂った本なのか。それは、世界が違って見えるからだ。そうして歪(ゆが)んだ世界を見続けているうちに、柳下毅一郎という一人の特殊な読書人ができあがる。著者はこう書く。「こちらの価値判断を崩すもの、それを狂気と呼んでいい。優れた表現はつねに狂気をはらみ、世界を破壊する悪意を抱いている」

 その意味で、まえがきで著者が述懐するように、本書は「ほとんど脈絡もなく出鱈目(でたらめ)」であるかのように見えて、実は一貫している。著者が強く惹(ひ)かれるのは、「世界に満ちあふれた雑多な情報の中から特別なものを掘りだしてくる人たち」であり、「本気で道を極めている人」である。著者が信奉するSF作家J・G・バラードの名品「ウェーク島へ飛ぶわが夢」を論じた文章に出てくる「きみのオブセッションを信じよ」という言葉どおりに、たとえ世間一般にはクレージーと思われようとまっしぐらに突き進む人たちこそ、柳下毅一郎のオブセッションの対象になる。そのオブセッションを信じた結果が、この『新世紀読書大全』なのだ。

 従って、著者は決して出鱈目ではなく、むしろ生真面目(きまじめ)に見えることすらある。対象へのオブセッションやフェティシズムが感じられない本、冷ややかな批評、粗雑な仕事に対する著者の批判は手厳しい。要するに、本気度が足りないというわけだ。もちろん、熱く没入するそのかたわらで、冷静な価値判断ができないとオタクと変わらなくなってしまう。その点で、ホットでありながらクールでもあるのが、批評家として、そして特殊読書人としての柳下毅一郎の美質だ。ニーチェの超人思想を実践しようとした殺人者として有名なレオポルドが書いた本を論じた中で、「これはほぼまちがいなく殺人者によって書かれたもっとも優れた本である」というくだりは、最も印象に残った一節のひとつである。

 ゲテモノ料理のフルコースを堪能するような、六百頁(ページ)を超える本書(税別三八〇〇円という値段は信じられないほど安い。本書に収録された『紙葉(しよう)の家』に対する書評を参照すること)を読み終わった後では、たしかに世界が変わって見える。クズ本としか見えなさそうなものまでが、なにやら妖しい光輝を放って、見世物小屋の呼び込みさながらに、わたしたちを誘っているような気がしてくる。
    --「今週の本棚:若島正・評 『新世紀読書大全 書評1990−2010』=柳下毅一郎・著」、『毎日新聞』2012年12月02日(日)付。

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