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「今週の本棚:鹿島茂・評 『ジャン=ジャック・ルソー』=永見文雄・著」、『毎日新聞』2012年12月02日(日)付。

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今週の本棚:鹿島茂・評 『ジャン=ジャック・ルソー』=永見文雄・著
 (勁草書房・7770円)

 ◇分裂の思想家像、解釈への決定版

 ルソーはラディカル(根源的)な思想家である。ゆえに歴史の曲がり角でしばしば召喚され、フランス革命では「人民主権」が、スターリニズムとファシズムの時代には「一般意志」が、それぞれ援用されたし、また現代ではエコロジスムや反原発のルーツとして持ち出されている。しかしそのために党派別のルソーが存在するかの観を呈して、ルソーの実像が見えにくくなっているのも事実である。ルソー生誕三〇〇年を期して刊行された本書はこうした「分裂したルソー像」を一つのキー概念の導入で「統一的に解釈するひとつの試み」である。では、そのキー概念とは何なのか? それは「自己充足」という概念である。

 著者は、ヨハネ=パウロ二世の言葉を「人間は自ら充足しえない」ととった記事の見出しに霊感を受け、これをパスカルが『パンセ』で展開した「神なき人間の悲惨」という考えと結びつけながら、次のようにルソー思想の独創性を説明する。

 パスカルによれば、気晴らしのない人間は自らの無力に耐えきれず悲惨な状態に陥るが、それは人間が原初から非充足性(永遠に満たされない思い)を運命づけられるという「原罪」を負ったためであり、その悲惨を免れるには神の恩寵(おんちょう)にすがるしかないが、著者は「これに対しルソーは、人間の本源的善性(bont〓 originelle)を主張することで、原罪を徹底的にしりぞけた」と考える。

 すなわち、ルソーは、原始の自然人は身体的必要の満足で充足する動物的状態にあったがゆえに他者に依存しない孤独で自由な存在であり、それゆえ幸福な存在であったという仮説を設けて神の自己充足性に代えたが、では、こうした幸福な自然人が社会状態への移行と同時に不幸になったのはなぜかといえば、それは次のような「自己完成能力」が人間に備わっていたためであると考えた。

 「人間には自己完成能力がある。それは人間を自然状態から逸脱させ、社会状態の一切の悲惨を生む原因になったものであり、この能力はひとたび顕在化すれば無限に発展する恐ろしい能力だ。しかしながら、もし人間に自己救済が可能だとすれば、人間にはこの能力をおいて頼るものは何もないのであって、したがって自己完成能力は自己救済の可能性を人間に保証するものともなるのである(自己完成能力の両義性)。ルソーはいわばこの人間の自己救済の側に賭ける新しいタイプの人間なのだ」

 以上が本書の言わんとすることだが、しかしルソーの著作はおいそれとこうした結論が導き出せるようには書かれてはいない。逆に『人間不平等起源論』や『社会契約論』を表面的に読むとルソーの複雑な思想を「自然に帰れ!」というような単純な惹句(じゃっく)に落とし込みかねない。ルソーは「自然に帰れ!」などとは一言も述べておらず、一貫して「自然には戻れない」と主張しているにもかかわらず、である。左右の全体主義や過激エコロジスムの歪曲(わいきょく)されたルソー像もこうした還元的な読み方から来ている。

 これに対して、著者はルソーを理解するには生涯と著作を関連させながら統一的に読み解く以外にはないとし、第一部でルソーの生涯を詳細に検討したあと、第二部ではその全作品を深く分析し、メインの「思想の検討--自己充足の哲学」を第三部としてもってくるという三段構えの構成にした。これが、本書を紀要論文の集成を超えたルソー解釈の決定版にするのに役だっている。ルソー初心者からルソー専門家にまで、広く推薦できる一冊。
    --「今週の本棚:鹿島茂・評 『ジャン=ジャック・ルソー』=永見文雄・著」、『毎日新聞』2012年12月02日(日)付。

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