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人類を愛するなんてね……、そんなことはできないですよ。隣のオッサンだって愛せないことがあるのに(笑)

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加藤 これは『夕陽妄語』に書いたこともあるし(「近うて遠きもの・遠きて近きもの」、『朝日新聞』一九九九年一〇月二〇日付夕刊)、書かなかったこともあるんですが、核エネルギー、原子力の問題は「戦争」か「平和」か、という単純な図式に当てはまらないと考えたわけです。
 反核兵器運動がそのまま戦争がない平和に結びつくかといえば、戦後、核兵器なしの戦争が何度起きたでしょうか。核廃絶は、戦争一般の否定にはつながらない。
 それから、いきなり、「世界平和」に話を持っていくと、本当の問題から話をそらすことにつながる可能性がある。「世界平和」の実現は、ほとんど不可能でしょう。不可能なことを抽象的に掲げることで、具体的に可能なことへ努力を集中することを妨げてしまう。
 二一世紀の日本人および日本政府の使命は、例えば、東アジアの安全への努力でしょう。中国や韓国、朝鮮半島との間の緊張関係をやわらげる。そして、例えば、国境付近の領土問題で仮に紛争が起こっても、どちらも武力を持ち込まないという程度に、国家間の信頼関係を築くことに全力を尽くすべきである。こういう具体的な目標はいいと思うんです。
 ところが、そういう具体的に取り組める問題に触れることなく、「世界平和」と来ると、現実には、話をそらすことに作用するんじゃないかと思うんです。「世界平和」は、ほとんど可能性がない。現にいまでも地球上では戦争が進行している。すると、「世界平和」という抽象的な理念は、事実上は何もいっていないことに等しいんじゃないでしょうか。
 それから、「人類皆兄弟」とか、「人類は皆愛し合う」というのも怪しいですね。人類が愛し合うなんていうことは永久に来ないんじゃないでしょうか。少なくとも、われわれが努力して達成できる範囲ではない。計画にはある程度の実現性がともなわなくてはならない。
 人類を愛するなんてね……、そんなことはできないですよ。隣のオッサンだって愛せないことがあるのに(笑)。いやなヤツはいくらでもいるでしょう。隣人の話をすっとばして、いきなり人類愛というのは、ずいぶん遠いですからね……。
    --加藤周一、凡人会「原子力と『世界平和』」、『いま考えなければならないこと 原発と震災後を見据えて』岩波ブックレット、2012年、19-20頁。

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中央線沿線の市民の読書座談会に呼ばれて、今から10年以上前に、加藤周一さんが語った文章を読んでいます。

ちょうど阪神・淡路大震災、それから東海村JCO臨界事故を受けて、こうしたものにどう向き合っていくのか、という点を論じたものですが、その切れ味に驚いてしまいます。

加藤さんは別に、「世界平和なんてザレゴトですよん」と世の中を斜視しているわけではありません。言うまでもない話ですけれども。

しかし、その純粋な「希求」“だけ”というのは、往々にして、「不可能なことを抽象的に掲げることで、具体的に可能なことへ努力を集中することを妨げてしまう」というのは、怜悧な現実ではないでしょうか。

その意味で、釘刺すアイロニーとしての「いま考えなければならないこと」は、真剣に引き受ける必要があると思う。

たしかに、「『人類皆兄弟』とか、『人類は皆愛し合う』というのも怪しいですね」。

レヴィナス老師が喝破した通り、愛とは序列を生むものであり……誰かを愛するということを想像してみてください……必然的に全員を等しく愛することなんて不可能です。しかし、だからといって、ケ・セラ・セラ~♪というのが加藤さんやレヴィナス老師の本意ではありません。

ケ・セラ・セラ~♪は論外ですけれども、それでも稚拙に「世界平和ガー」と熱くなっても、「現実には、話をそらすことに作用する」……。

とすれば、どうするか……って話になります。

具体的な目標と、抽象的な目標を私たちは相互に関係し合わない別々のものと考えてはいないでしょうか。

本来それは両者が双発的に影響を与えることで、有効に機能する筈ですから、理念に惑溺する熱血革命家のお花畑でもなく、シニシズムで嘯くのでもない、毎日できるような地に足をつけた挑戦をやっていくしかないんだろうと思う。

これは、平和だけの問題ではないですよね。

3.11以降の高踏的批評の限界は……もちろん、それが全て無意義という短絡ではありませんので、念のため……実際のところ、20世紀の変革理論の隘路から抜け出せていないのではないか、そういうことを最近、痛感いたします。

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