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国民が自分の方からわれわれに委任したのだ。……つまりは自業自得ということだ

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……自分は、国民に同情はしない。国民がみずからこの運命を選択したのであれば、なおのことだ。一九三三年、ドイツの国際連盟脱退の是非を問う国民投票が行われた時、国民は自由投票によって隷属の政治を捨て、果敢な挑戦の政治を選ぶ決断をした[この投票では四五〇〇万人の有権者の九五%が脱退に賛成したとされる]。その挑戦が今や挫折したのだ。こう述べるとゲッベルスは席から立ち上がって、つけくわえた。
 「確かにこのことは少なからぬ人々にとって驚きだろう。……しかし思い違いをしないでもらいたい。われわれはドイツ国民に無理強いしてきたわけではない。同じように私はいかなる人間に対しても、自分の部下になるよう無理強いした覚えはない。国民が自分の方からわれわれに委任したのだ。……つまりは自業自得ということだ」。
    --ヨアヒム・フェスト(鈴木直訳)『ヒトラー最期の12日間』岩波書店、2005年、65頁。

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近頃、タカ派の政治家たちが「白紙委任」という言葉を頻繁に使っていることに驚いてしまう。民主主義の手続きによって「選ばれたこと」は、イコール「白紙委任」されたということではない。

選ぶチャンスというのは、数年に一度の選挙という窓口を通してしか存在しないが、選挙で選ばれて「お任せ」されたということは、何も好き勝手をやっていいという意義ではない。
※もちろん、お任せ民主主義、ヒーロー民主主義は問題なのは言うまでもないけれども。

そもそも、政治家とは、お任せされて恣意的に動いてよいわけではない。日本の場合、憲法遵守義務が課せられているし、そもそも、有権者の「下僕」に過ぎないわけだから、有権者からの、投票行動以外のチェック機能や異議申し立てを無視してよいわけではない。

そのことを意図的に誤解して「維新」だのなんだのと甘言を弄する連中が目立つことに危惧してしまう。

さて思い出すのは、第二次世界大戦最終盤のベルリン市街戦においてのゲッペルスの言葉だ。

「確かにこのことは少なからぬ人々にとって驚きだろう。……しかし思い違いをしないでもらいたい。われわれはドイツ国民に無理強いしてきたわけではない。同じように私はいかなる人間に対しても、自分の部下になるよう無理強いした覚えはない。国民が自分の方からわれわれに委任したのだ。……つまりは自業自得ということだ」。

小気味よいものいいの政治家たちを信任するのがどういう結末を迎えるのか、ひとつの重大な事例なのではないだろうか。

「自業自得だ」なんて言われて死んでいくというオチとか嫌ですな。

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