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書評:ニーアル・ファーガソン(仙名紀訳)『文明 西洋が覇権をとれた6つの真因』勁草書房、2012年。


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 「いったいどのようにして……ヨーロッパはこれほど強大になり得たのだろうか。ヨーロッパ人は交易や征服のためにアジアやアフリカをたやすく訪れることができるのに、アジア人やアフリカ人がなぜヨーロッパの沿岸や港湾を侵略して植民地を築けないのだろうか。どうしてヨーロッパの王室に、自分たちの法律で枠をはめることができないのだろう」。
 老哲学者イムラックは、知識は力だからと答えるのだが、ではなぜヨーロッパ人の知識がその他の地域の知識よりすぐれていたのか。ここまで読んでこられた読者諸賢は、ラセラスにもう少し具体的な賢答を与えられるはずだ。なぜ西洋がその他の地域を支配し、その逆は起こらなかったのか。私が立証してきたことを、おさらいしてみよう。西洋は六つのキラーアプリケーションを持っていたのだが、その他の地域は持っていなかった。総括すれば、次の通りだ。

①競争 ヨーロッパ全土が、政治的に細分化され、国家形態が王政であっても共和制であっても、競争に熱心な企業がひしめいていた。
②科学革命 一七世紀の西ヨーロッパでは、数学・天文学・物理学・化学・生物学などの分野で画期的な進展が見られた。
③法の支配と代議制 まず英語圏で、社会的・政治的秩序の最善と思われるシステムが確立された。その根底には私的所有権という概念があり、資産所有者が政治的代表に選出されるようになった。
④現代医学 医療の面で一九世紀、二〇世紀には目覚ましい進展が見られ、西ヨーロッパや北米の人びとによって多くの熱帯病などが制圧された。
⑤消費社会 産業革命の結果、大量生産をうながす技術が開発され、需要が喚起された。綿製品をはじめとして、安くていい商品が供給可能になった。
⑥労働倫理 西洋では大量の労働力が集約的に合理化され、貯蓄が増え、資本蓄積が継続的に進められるようになった。
    --ニーアル・ファーガソン(仙名紀訳)『文明 西洋が覇権をとれた6つの真因』勁草書房、2012年、484-485頁。

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N・ファーガソン『文明 西洋が覇権をとれた6つの真因』勁草書房、読了。東洋の後塵を拝していた西洋は、なぜ、16世紀に、形成逆転に成功したのか。本書は覇権を可能にした6つの真因=キラーアプリ(The Six Killer Apps of Western Power)で説明する。

本書の指摘する6つのキラーアプリとは、競争、科学、所有権、医学、消費社会、労働倫理のこと。6つはそれぞれ東洋社会が先にリードしたものでもある。しかし、西洋社会が覇権に成功したのは、この6つのアプリを相互連関として有機的に使いこなしたことだ。


文明論といえば、地政学や軍事力・経済力といった力関係に目が向きがちだが、公衆衛生からジーンズに至るまで複眼的な視座で本書は文明を叙述する。加えて(反知性主義といってよい)西洋中心主義を退けるとともに、その脊髄反射としての反西洋主義も一蹴する。


文明をいわば複雑系として捉える著者の視点はユニーク。「私がこの本でお伝えしたかったことは、文明とはきわめて複雑で、数多くの構成要素が不規則に絡み合ったもの、エジプトのピラミッドよりもナミビアのアリ塚に近いことだ」(475頁)。

「ある意味では、アジアの世紀はすでにやってきている」(487頁)。時代のシフトは否定できない。しかし、6つの要因を抽出する筆者の筆致に見え隠れするのは、アプリを使いこなした人間がいたことだ。勢者必衰は時代の常としても、認識のアプデは必要であろう。

先に指摘したとおり、概念を自明のものと扱う視座には不安を覚える点は否めない。しかし、「近代とは何か」というダイナミックな流れを理解する上では好著。西洋法制史研究の大家山内進先生の近著『文明は暴力を超えられるか』(筑摩書房)を次に読みたい。

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 だが西洋文明のパッケージは、二一世紀が直面する問題の解決にあたって、各人が持つ創造性を最も効果的に発揮できる最善の経済的、社会的、政治的制度を生み出してきたように思える。この五〇〇年あまりにわたり、埋もれた天天才を発掘して教育していくうえで、西洋文明ほど効果的に人間社会に寄与してきた文明はほかに見当たらない。難題は、この優越性をこれからも認識していけるかどうかだ。文明がその住民にとってどれほどすばらしいものであるかを決めるのは、都市の中心部にどれほどりっぱなビルが林立しているかではなく、ビルに入っている期間がどれほど機能しているかでもない。文明の核心は、学校で教えられ、生徒や学生が学び、試練を受けた際に思い出す、教科書の内容にある。中国の文明は、かつて孔子の教えである儒教が中心だった。イスラム文明は服従崇拝だが、コーランに基づいている。では、個人の自由を至上とする西洋文明の基礎教材は何だろう。それは、現在の教育理論は知識の詰め込みや暗記には消極的だが、これらの知恵をどのように教えていくべきか。ひょっとすると私たちにとって本当の脅威は、中国の台頭やイスラム過激派の行動、二酸化炭素の増大などではなく、私たちが先祖伝来の自らの文明に自信を失っていることなのではあるまいか。
 この章の冒頭でP・G・ウッドハウスのジョークを紹介したが、私たちの文明は素人劇とは対極にある以上のものだ。チャーチルは西洋文明の本質をしっかり見きわめていて、その中心原則を「支配階級の人びとに定着した習慣や憲法に表明された意見に隷属すること」と定義して、さらに次のように述べている。

 どうして国ぐには合併して大きくなり、みなが利益を得るような法の支配を作るべきではないのか。それは確かに、求めるべき至上の希望であるべきなのに。……
 だが正しい原則は宣言するだけではまったく価値がなく、市民の徳と勇気に支えられなければ意味がない。しかり。力と科学を備えた道具や組織が、正義と理性を守る最後の砦だ。
 人類の大多数が結束して守らない限り、文明は永続には続かないかもしれないし、自由は失われてしまうかもしれないし、平和の維持もむずかしいだろう。結束した人びとが守護者であることを示せば、野蛮で粗野な暴力も立ちすくむはずだ。

 一九三八年に、その野蛮で粗野な暴力が、外国、とくにドイツで興隆した。これまで見てきたように、これも西洋文明の産物だ。チャーチルが大切にしたいと考えた自由や法に基づいた政府の価値と同じように、だ。その当時と同じく現在でも、西洋文明にとって最大の脅威はほかの文明ではなく、自らが内包する臆病さや気弱さによってもたらされる。--そして歴史への無知もその原因になり、自信を失わせていく。
    --ニーアル・ファーガソン(仙名紀訳)『文明 西洋が覇権をとれた6つの真因』勁草書房、2012年、511-513頁。

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