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書評:柴原三貴子『ムスリムの女たちのインド 増補版』木犀社、2012年。


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 幼いころ両親を亡くし親戚の家で育った夫と結婚したチャビーラおばさんは、舅や姑との関係に苦労しなかった代わりに、夫が親から受け継ぐ農地も住む家もなかった。マクドゥミアを家に建てるだけの小さな土地を買い、ボンベイで働く夫の帰りを待ちながら、男三人、女三人の子供を育てた。
 誰もが銀行などの口座を持つわけでなく、現在でも村へ確実に送金するのは難しいインド。夫が村へ戻ったときに渡されたお金が底をつくと、彼女は近所の農家の手伝いをして食いつないだ。子供だけに食べさせて、自分ひとり空腹のまま布団にはいる日も少なくなかったそうだ。
 その当時、チャビーラおばさんを助けたのは、同じマクドゥミアに住むサーヴィトリーディーディーだった。ディーディーというのは、目上の女性への敬称で、歩いて三十分ほどの小学校で長年教師をしている彼女を、村の人たちは親しみと尊敬を込めてディーディーと呼んでいる。いつも趣味の良いサリーを、きれいに着付けている彼女が村を歩くと、子供たちの「ディーディー、ナマステー!」という元気が声が響く。
 ディーディーの家は、ブラフマンというヒンドゥーの上位カーストに当たる。彼女は十代で結婚したが、子供をもうける前に離婚してマクドゥミアの実家に戻り、その後再婚せず、ずっと教師を続けてきた。
 この村に限らず、周辺のむらむらには、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒が、その割合の差はあれ、交じり合って住んでいて、ディーディーの家は私がお世話になっている家と直線にすると数十メートルしか離れていない。
 完全に菜食のディーディーの家、豚以外の肉を食べるムスリム、豚を家畜として放牧しているカーストの違うヒンドゥー教徒、小さな村にさまざまな食習慣、服装、宗教を持つ家々がひしめき合い暮らしていることに、私は初め本当に驚いた。アヨーディヤーにある「バーブルのモスク」はもともとヒンドゥー教のラーマ寺院があった土地だと主張する暴徒が、モスクを破壊したことに端を発し、インド各地で多数の死者を出す大規模な暴動に発展した一九九二年のアヨーディヤー事件は、ヒンドゥーとムスリムの対立面ばかりが強調され、報道されていた。しかも、マクドゥミアとアヨーディヤーは五十キロメートルほどしか離れていないこともあり、両教徒は住み分けているものだとばかり、私は思い込んでいたのだった。
 村では、ムスリムの子供たちはヒンドゥーの目上の人には「ナマステー」と挨拶し、フセイン氏の両親はマッカ(メッカ)巡礼を終えた人として尊敬を受けていて、ふたりに対しては、宗教に関係なく村の誰もがイスラーム式の挨拶をする。
 そして、隣人を不快にさせない気遣いは自然で、細やかだ。たとえば、ムスリムの家で肉を調理するときはいつも開け放しの玄関を閉め、菜食の人びとがふいに訪ねていやな思いをしないようにする。また、どこで誰と擦れ違ってもいいように、肉を近所のムスリム同士で分けるときは器を布で覆う。豚を家畜にしている人は、豚がムスリムの敷地にはいらないように注意して放牧している。
 生まれたときから異なる宗教や習慣と並んで、穏やかに暮らす知恵や気遣いを身につけてきた村の人びとと接していると、「都市部で暴動があっても、村の中にいれば安心だから、九二年の暴動のときにはデリーに住む家族を村へ疎開させようかと本気で考えた」と、友人のフセイン氏が以前語っていた言葉が理解できるのと同時に、外国人を見たこともなかった人たちが、私を村の一員としてとても自然に受け入れてくれたことにも納得がゆくのだった。
柴原三貴子『ムスリムの女たちのインド 増補版』木犀社、2012年、64-67頁。

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柴原三貴子『ムスリムの女たちのインド 増補版』木犀社、読了。本書は1999年の秋から1年間、写真家の著者がインド北部の小さな村で村人と一緒に生活した記録である。人柄のしばれる文章と眼差し、そして数々の写真は、現地の女性たちの優しさや愛情、暮らしぶりをを生き生きと描き出す。

世界中で最も宗教間対立の激しい地域がインドである。そのインドにはカースト制度が存在し、ムスリムの女性は自由ではない。それはイエスであり、同時にノーである。私たちは一つの言葉に対して一つのイメージを抱きがちだが、それが全てではない。本書はそのことをそっと教えてくれる。

確かに宗教間対立は存在し、カーストや女性の自由の問題は歴然と存在する。しかし、そのなかで、人種や宗教の違いに囚われない人々も存在する。誇大でも貶下でもない庶民の息遣い。本書は画一的なイメージを一新してくれる。

筆者は本書を執筆後、ムスリムの男性と結婚する。「私は普通の日本人よりもイスラーム教を知りすぎてしまっていた。教義をきちんと守れないことは自分が一番分かっている」。そのときの知人の説得が面白い(増補版終わりに)。

「あなたは無神論者ではないでしょう? あなたが信じる神にアッラーという名前を付ければいいだけなのよ。改宗してから、礼拝をするとか断食をするとか巡礼へ行くとかは個人の判断なのだから、やってもやらなくても誰も文句は言いません」と。

「単眼的なアプローチは、世界中のほぼすべての人を誤解するには、もってこいの方法となるだろう」と指摘するのはインド出身の経済学者・アマルティア・セン。認識を新たにする一冊です。了。


国際交流基金のwebに著者のインタビュー→ http://www.jpf.go.jp/jfsc/topics/fr-0805-046.html


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……女性でも男性でもイスラーム教徒と結婚するならば、原則として相手がイスラーム教に改宗しなければ結婚できない。私はムスリムになるつもりはなかった。何も知らないほうが簡単だったかもしれないが、私は普通の日本人よりもイスラーム教を知りすぎてしまっていた。教義をきちんと守れないことは自分が一番分かっている。
 「あなたは無神論者ではないでしょう? あなたが信じる神にアッラーという名前を付ければいいだけなのよ。改宗してから、礼拝をするとか断食をするとか巡礼へ行くとかは個人の判断なのだから、やってもやらなくても誰も文句は言いません」と、Kさんは私を説得する。これが切り札とばかりに「私は今年三十九歳になります。子供ができるかどうか分かりません。甥御さんは一人息子だし、後継ぎを残せないのは困りますよね」と言うと、「私の知り合いに十七歳で結婚して子供のいない人もいる、子供を授かるか授かれないかはアッラーが決めることで、結婚してみないと分からないでしょ?」と返してくる。私はかなり形勢が不利になってきた。
    --柴原三貴子「増補版終わりに」、『ムスリムの女たちのインド 増補版』木犀社、2012年、286頁。

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