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書評:小林ソーデルマン淳子・吉田右子・和気尚美『読書を支えるスウェーデンの公共図書館 文化・情報へのアクセスを保障する空間』新評論、2012年。


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 あらゆる方法で図書館の魅力を子どもたちに示すことができるのは、小学校から中学校までの九年間にかぎられている。というのも、フィンスカテバリには高校がないため、高校に進学した子どもたちはべつのコミューンまで通学するようになるからである。
 九年間、一生懸命図書館利用教育に取り組んできた司書としては、子どもたちがそれぞれの高校にある学校図書館へ行くことを期待したいところではあるが、高校生にとっては図書館以外にも面白いところがたくさんあるし、進学するとやらなくてはいけないこともぐっと増えてしまう。いつのまにか、。公共図書館からも、読書からも離れていってしまう・・。この傾向はフィンスカテバリにかぎったことではなく、高校生の図書館離れはスウェーデン全体を覆っている。
 図書館離れと読書離れが一気に進む高校生に向けて、二〇一〇年に通学バスを使ったユニークなサービスがはじまった。それが「ライン500:通学路の本」である。「ライン500」とは、ヴェストマンランド・レーンとダーラナ・レーンにある五つの町を通るバスルートのことで、毎日、多くの高校生を乗せて走る路線バスのルート名をそのままプロジェクトの名前にした。
 若者の読書離れを食い止めるためには、高校生が気軽に本を手にとる状況をつくりだすのがよいのではないかという発想が、このプロジェクト誕生のきっかけとなった。バスの中に図書コーナーを設けて、「走る図書館」としたのである。図書館と違うのは、読んで気に入った本を自分のものにしてもよいことである。もちろん、読了後バスに返却してもよいし、友達に貸してもよいことになっている。バスが通る五つの町の図書館では、バスに置いてある本を推薦するためのブログを作成し、本を読んだ高校生の感想も掲載している。ちなみに、このプロジェクトには文化評議会が助成金を出しており、地域図書館とヴェストマンランド公共交通がプロジェクトの実施にあたっている。
    --小林ソーデルマン淳子・吉田右子・和気尚美『読書を支えるスウェーデンの公共図書館 文化・情報へのアクセスを保障する空間』新評論、2012年、123-125頁。

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小林ソーデルマン淳子・吉田右子・和気尚美『読書を支えるスウェーデンの公共図書館 文化・情報へのアクセスを保障する空間』新評論、読了。

スウェーデンの公共図書館の伝統を言い表す表現に次のようなものがある。すなわち「人は誰しも本を読む権利があり、それを保障する場所が公共図書館である」。本書は百年以上にわたる公共図書館の伝統と今を報告するドキュメント。意義と可能性を示唆する一冊だ。

公共図書館の源流はどこにあるのか?それは生涯学習のさかんなお国柄。百年前からはじまる自主的学習サークルの読書会に由来する。読書会は校舎なき学校の役割を果たし、移民受け入れと教育について、自己認識と他者認識の「平等」の場として図書館が機能した。そのことに驚く。

今日では、単なる資料提供の場にとどまらない。映画会、コンサートから語学講座まで。地域コミュニティの中核としての「総合文化センター」と呼べるほど多様なものになっている。

読書離れに対しては駅構内図書館や「走る図書館」(図書コーナー設置バス)など新しい挑戦も。「公共図書館とは社会を映し出す鏡のようなもの」。施設内の椅子や机、書架にも使いやすさと意匠にも工夫を凝らす。

生涯学習を縦糸に異文化コミュニケーションを横糸に独自の進化を遂げる図書館。本書は、スウェーデンの図書館制度と歴史、法律、サービス・プログラム・施設の今を報告する好著。

http://www.shinhyoron.co.jp/cgi-db/s_db/kensakutan.cgi?j1=978-4-7948-0912-4


蛇足:大阪市長・橋下徹さんが、図書館のあり方をめぐり喧々囂々だ。氏の手法は主として「民間では……」というブラック企業におけるうさんくさい「費用対効果」を「対案」として持ち出すのだけれども、図書館は単に「本を読む」「学習する」施設ではない。地域の文化コミュニティーとの位置づけから再考察しなければならない。中之島図書館の運用転換指示もそのひとつでしょう。

加えて氏は、自身を誹謗中傷した雑誌・書籍の閲覧禁止(該当箇所のみ)を指示した前科の持ち主だ。次は何を指定するかわかったものではない。

結局の所、書物という人類の知的財産を、自身をためにする「モノ」としてしか理解できない精神とは、人間精神に対する「不敬」であり、それは「本を焼く者は、やがて人間も焼くようになる」(ハイネ)になると思う。

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