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覚え書:「今週の本棚:川本三郎・評 『瓦礫の下から唄が聴こえる』=佐々木幹郎・著」、『毎日新聞』2013年01月06日(日)付。

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今週の本棚:川本三郎・評 『瓦礫の下から唄が聴こえる』=佐々木幹郎・著
 ◇『瓦礫(がれき)の下から唄が聴こえる』(みすず書房・2730円)

 ◇旅する詩人、開かれた山小屋の日々

 詩人というと孤独な書斎の人の感が強いが、この詩人は実によく旅をしている。人に会い、話を聴き、風景に目をこらす。そうやって、いわば言葉を鍛えている。

 若い頃に、友人と盲目の琵琶法師を訪ねて佐賀県の山のなかを歩き、ある村で、特攻隊の生き残りという琵琶法師に会った。メチルアルコールを飲みすぎたため戦後、視力を失なっていた。その演奏を録音した。今でも聴く。「わたしはその声を聴くたびに、わたしの詩がこのだみ声の美しさに対抗できているだろうかと思う」

 現代詩の詩人にとって民謡は難敵。それでも新潟県糸魚川市から新しい民謡の依頼があった時、引受けた。そして何度も糸魚川に行った。ある祭で「さっしゃげ(「差し上げる」の方言)、さっしゃげ」という掛け声を聴いた。現代詩人にとって新鮮だった。この言葉から新しい民謡が生まれた。旅が詩を作り出している。

 三月十一日のあとには何度も東北に行く。東北の言葉で語られる体験に心揺さぶられる。中原中也の「私が感じ得なかつたことのために、罰されて、死は来たる」という言葉を改めて強く思い出す。

 三月十一日のあと、津軽三味線の二代目高橋竹山(女性)と釜石、大船渡、陸前高田の仮設住宅をめぐり、津軽三味線の演奏と詩の朗読を行なう。誰も慰問に来ないような仮設住宅や公民館を訪ねる。毎回、五十人から百人の人が来てくれる。想像を超えた惨事に生き残った人を前にする。「毎回が緊張の連続だった」「舞台の上で身震いした」。ここでも詩人の言葉が厳しい現実に試されている。言葉は死者たちに見つめられている。詩人の言葉は「現在、この国に浮かぶ膨大な死者の霊に試されている」。

 東北各地を旅し、詩人は被災者の話に耳を傾け続ける。ある女性が語る。自分は助かった。潰れた家の下から助けを求める声が聴こえたが、自分には何も出来なかった。「どうか神様わたしを許してください」。詩人はこの体験を前に詩を作れるのか。確かなのは昨日までの言葉はもう使えないことだろう。「昨日考えていたことが今日通用しなくなる」

 旅をするだけではない。詩人は日常的に実に多くの人と交流する。活動的で、人間が好きなのだろう。

 浅間山麓(さんろく)、群馬県の嬬恋(つまごい)に山小屋を作った。そこには友人、知人だけではなく村人も気軽にやってくる。孤独な詩人の隠棲所(いんせいじょ)ではない。東京から両親に連れられてやって来た四歳の女の子は「おーい、シジン、何してるの?」と親しく声を掛ける。小屋は開かれた、小さな、もうひとつの家になっている。

 そこでは、さまざまな共同作業が行なわれる。

 クリの木にツリーハウスを作る。その外壁に土壁を塗る。窓に自分たちで作ったステンドグラスを入れる。光が差しこむ。「人は光のなかにいるとき、心を癒されるのだ」と知る。

 さらにネパールのものに倣って大きな竹を支えにしてブランコを作る。白樺(しらかば)を使ってキャンドルを作る。ススキの原を刈る。

 四季折り折り、仲間たちとの共同作業がある。東日本大震災のあと家の絆が言われた。山小屋で暮す詩人は、血のつながらない家族もありうるのではないかと考える。山小屋の体験がその考えを強めてゆく。

 この本には詩人の私性がよく語られている。詩人はいう。3・11のあと「私」そのものをもう隠すことができなくなってしまった、と。いま、これまでの言葉を失なった裸の自分が時代に向き合っている。
    --「今週の本棚:川本三郎・評 『瓦礫の下から唄が聴こえる』=佐々木幹郎・著」、『毎日新聞』2013年01月06日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130106ddm015070008000c.html

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