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覚え書:「今週の本棚:中村達也・評 『世界しあわせ紀行』=エリック・ワイナー著」、『毎日新聞』2013年01月20日(日)付。


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今週の本棚:中村達也・評 『世界しあわせ紀行』=エリック・ワイナー著
 (早川書房・2415円)

 ◇生活の中に「幸福の形」を訪ねる

 この数年、社会科学の分野で幸福研究がにぎやかだ。経済があるレベルに到達すると、それ以上成長を続けても、生活満足度や幸福感がさして改善されないことが分かってきた。改善どころか低下することさえあるとの指摘もある。とはいえ、まだまだ多くの疑問を残していて、研究は発展途上にある。

 ところで、本書の著者はジャーナリスト。NPR(全米公共ラジオ)の特派員として、イラク、アフガニスタン、エルサレムなどを回り、紛争と悲惨と不幸の修羅場を見てきた。そうした活動を続けているうちにふと、今度は逆に幸福の国を見てみたい、という思いに駆られるようになった。そして生まれたのが本書。それぞれの国に暮らす人々と直(じか)に交わって話を聞き、表情を観察し、彼らの心の奥にあるものを粘り強く探り当てる。ジャーナリスト魂が存分に発揮された一冊だ。

 最初に訪れたオランダでは、幸福学研究の世界的権威、フェーンホーヴェン教授にインタビュー。「世界幸福データベース」を作成し、幸福度の世界ランキングを発表している人物である。でもインタビューの様子から察するに、どうやら著者は、幸福度を数値化するなどということには、大いにわだかまりを感じたようだ。著者の流儀は、人々の実生活の中に自ら立ち入ってゆくこと。それも駆け足旅行のついでにというのではなく、十分な日数をそれぞれの国に費やしてである。

 オランダの次に訪れたのは、幸福度ランキングでも上位にあるスイス。何人ものスイス人と接触し、行動をともにして見出(みいだ)したのは、この国の人たちが、どうやら幸福と嫉妬の関係を意識しているらしいということ。幸福を損ねるのは嫉妬であり、だからこそそれが現れないように押さえ込んでいるのではないのか、と。そのあとに飛んだのが、これまた幸福度ランキングで上位を占めるアイスランド。冬期には、終日、太陽が昇らない漆黒の世界の中で、人々は予想に反して朗らかで幸せそうなことに著者は驚く。そしてこの国では、失敗に対して実に寛大であることを知った。

 続いて、ブータン。「幸福の国」としてすっかり有名になった国だが、一人当たりGDPでみると、世界ランキングで百位以下だし、平均寿命も長くはない。しかし、憲法第九条に「国民総幸福」を目標に掲げる国。そして、出会った人々はみな和やかな表情を湛(たた)えている。これはきっと国教であるチベット仏教が関係しているにちがいない。

 さらに、カタール。幸福度ランキングで中の上に位置するこの国を選んだのは、世界で最も裕福な国の一つだからだ。何しろ一人当たりGDPが世界の一、二位を争う国だ。ところが予想に反して、人々の表情は、おしなべて幸せとはほど遠いものであった。高級車を乱暴に運転し、表情も言葉も硬い。そして気づいたのが、つながりの欠如。石油産出のおかげで砂漠の中で突如裕福となったこの国には、歴史とのつながりが欠けている。歴史の時間軸の中でのアイデンティティを欠く人々の表情に著者は衝撃を受ける。さらに、タイ、インド、イギリス、アメリカ、モルドバへと足を運ぶ。

 トルストイの『アンナ・カレーニナ』の冒頭には、「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」という一節があるが、それとはちょうど逆に、「不幸な国はどれもみな同じように見えるが、幸福な国にはそれぞれ幸福の形がある」というのが、どうやら著者の到達した結論のようである。(関根光宏訳)
    --「今週の本棚:中村達也・評 『世界しあわせ紀行』=エリック・ワイナー著」、『毎日新聞』2013年01月20日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130120ddm015070018000c.html

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