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覚え書:「今週の本棚:三浦雅士・評 『空海と日本思想』=篠原資明・著」、『毎日新聞』2013年01月27日(日)付。


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今週の本棚:三浦雅士・評 『空海と日本思想』=篠原資明・著
毎日新聞 2013年01月27日 東京朝刊


 (岩波新書・798円)

 ◇変奏されて生き続ける「思想の基本系」

 二十年以上も昔の話になるが、四国善通寺の戒壇めぐりを体験して驚愕(きょうがく)したことがある。予備知識もなく地下に降りて、突然、真っ暗闇に立ち、ほとんど恐怖を覚えた。いわゆる感覚遮断である。光もなく音もないと、足を前に踏み出すことさえできなくなる。左手の人差し指で壁のへこみに触り続けよ、という事前の注意の意味が、闇の中で初めて分かった。思想を体感させる装置である。ディズニーランドと似たようなものだが、ディズニーランドのほうは思想を体感させはしない。

 善通寺は空海の誕生地として知られ、善通は空海の父の法号である。戒壇めぐりは空海の思想を強く感じさせる。あるいは空海の着想ではないのかもしれない。だが、日本全国いたるところに空海すなわち弘法大師の事績とされるものがあって、それらはみな同じような思想を感じさせる。精神と身体、人間と自然の接点を強く意識させるのである。大師に帰せられる土木事業にいたるまでそうだ。支配するものと支配されるものの調和を意識させる。

 篠原資明(もとあき)は哲学者。だが同時に詩人でもある。ユニークな詩集を何冊も上梓(じょうし)している。この詩人哲学者という立場が本書の魅力の核心である。冒頭、プラトン哲学の基本系は「美とイデアと政治」にあると述べ、「思想の基本系」という考え方を提示する。思想の基本的なありようという意味だが、この基本系は音楽のように変奏されて、歴史を転生するというのである。変奏され、生き続けてこそ基本系なのだ。それでは空海の基本系とは何か。「風雅、成仏、政治」だという。風雅すなわち詩。プラトンの美の位置に坐(すわ)るのが詩なのだ。

 空海は詩人であり、芸術家であった。これが出発点である。それは宗教家であることと矛盾しない。真言密教の宇宙観に著者は詩を見る。のみならず、鎮護国家というかたちで政治を支えることとも矛盾しない。調和を乱す悪を退けることが政治だからである。美と政治と言えばなにやらキナ臭いが、著者は誤解を恐れない。天皇制が国家の四分五裂を回避させてきた事実に注意を喚起する。そして天皇制の核心に潜むのは、権力である以上に詩歌であると喝破するのである。日本思想の核心をなすのもまた詩歌なのだ。

 空海の思想の基本系はどのように変奏されてきたか。西行、慈円、京極為兼、心敬、芭蕉、宣長と、吟味されてゆくのは思想家でも政治家でもない。みな、歌人であり文学者である。著者は、いわゆる思想家に思想を見る以上に、歌人や俳人、すなわち広義の意味での詩人に思想を見てゆく。それは現代になっても変わりはしない。西脇順三郎や宗左近の詩に、空海の基本系がどのように変奏されているかを見るのである。哲学者で紹介されるのはほぼ九鬼周造ひとりだが、九鬼もまたその文芸評論家とでもいうべき側面が高く評価されているのだ。

 とはいえ、語られているのはあくまでも思想である。とりわけ、著者自身の造語として紹介される現代思想を読み解くキーワード「ありなし間(かん)」「いまかつて間」は面白い。前者は存在と無の間を、後者は現在と過去の間を思想の基本にする立場。二十世紀以降の哲学の動向は前者から後者への転回として記述されうるというのである。典型的なのはハイデガーの存在論からデリダの憑在(ひょうざい)論への転回。説得力がある。

 注目すべきは柔軟な思考と軽快な文体。哲学も変わった。尼ケ崎彬や鷲田清一もそうだが、日本の思想の担い手がいまやまったく新しくなったのだと強く思わせる。
    --「今週の本棚:三浦雅士・評 『空海と日本思想』=篠原資明・著」、『毎日新聞』2013年01月27日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130127ddm015070016000c.html


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