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書評:「植木雅俊『思想としての法華経』(岩波書店)、『第三文明』2013年2月、95頁。

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法華経の神髄をえぐりだし、研究史を画する一書

 著者は、サンスクリット原典から『法華経』、『維摩経』の画期的な訳業を世に送り、その明晰(めきせき)な訳文と創意に富む訳注は仏教学に新たな息吹(いぶき)を吹き込んだことで知られる。
 本書は、これまでの成果をもとに、『法華経』を「思想」として読み解き、主要なテーマを詳細に論じた一冊だ。
 法華経の神髄とは何か--。「真の自己に目覚めること」である。この認識から他者への目覚めへと展開するダイナミズムが可能となる。認識における止揚(しよう)の論理と実践における寛容の思想の解明が本書の圧巻であろう。
 宗教の歴史とは、権威化・硬直化という必然にどのように応答していくのかという歩みといってよい。欺瞞(ぎまん)の襞(ひだ)に分け入る応答がなくなれば、「人間のために」という溌剌(はつらつ)さは人間を差別するイデオロギーとして機能する。このことは学問についても同じである。往々にして文献学は煩瑣(はんさ)な訓詁学(くんこがく)へ傾き、思想家は文献を疎(おろそ)かにしがちだ。著者は梵漢和(ぼんかんわ)のテクストに一字一句忠実である。同時に、そのアクチュアリティ(現実性)を浮かび上がらせるから驚くほかない。
 著者は環境と時間に恵まれた研究者ではない。仕事のかたわら、稀代(きだい)の碩学(せきがく)・中村元博士のもとで修学を重ね、穴を穿(うが)つような研鑽(けんさん)を続けてきた。著者の半生が序章で語られるが、それは真理に蓋(ふた)をする「虚栄心」との戦いでもあったという。原典と素直に対話する。そこから文献に裏打ちされた思想が初めて立ち上がるのだ。
 本書の出現は、学芸の歴史において一つの「快挙」「事件」といってよい。通読する中で、法華経のイメージが一新される。多くの人に手にとって欲しい。
--拙文「植木雅俊『思想としての法華経』(岩波書店)、『第三文明』2013年2月、95頁。

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