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「信教の自由を阻害する戦前的体質の根深さ」と「少数者の信教、思想、良心の自由に対する無神経さ」について

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 9月に開催都市が決まる2020年夏季五輪の東京招致の機運を高めようと、ロンドン五輪のメダリストらが6日、千代田区丸の内でイベントを開催した。

 新年にちなみ、ボクシング男子金メダルの村田諒太選手や、重量挙げ女子銀メダルの三宅宏実選手らは晴れやかな和服姿。会場の丸ビルに特設された「オリンピック・パラリンピック招致祈願神社」に、「2020年 強い日本を世界へ」「東京オリンピックをもう一度」などと書き込んだ絵馬を奉納、招致成功を祈願した。猪瀬知事も参加し、「五輪招致に成功すれば世界中から観光客が集まり、東京や日本の素晴らしさを海外へ伝えることができる」と述べ、近く行われる国際オリンピック委員会(IOC)の世論調査の際に、五輪開催に「賛成」と回答してほしいと改めて呼びかけた。

(2013年1月7日 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyo23/news/20130107-OYT8T00048.htm

(魚拓1)
http://megalodon.jp/2013-0114-1738-33/www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyo23/news/20130107-OYT8T00048.htm
(魚拓2)
http://megalodon.jp/2013-0114-1739-25/www.yomiuri.co.jp/zoom/20130107-OYT9I00047.htm

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少し前の報道ですが、大事な問題なので、少しブログのほうにも残しておこうと思います。

1/6の19:00のNHKニュースでの報道を見た折り、「特設神社自体に聖性はないでしょうが、こうした形式での祈願が神社非宗教という雰囲気を醸成させてしまうのでは、と。うーむ」とツィートしました。
※NHKの報道(インターネット掲載のニュース)は既にリンク切れ、……ですので、上には『読売新聞』オンラインより紹介。

人間の精神にとってもっとも大切なものは何かと考えた場合、それは人間精神の自由ではないかと思います。そしてなかでも宗教は、精神の中核をなすものだけに、宗教を信じる自由(それは同じく宗教を信じない自由を含む)の否定は、その人の人格の全否定になってしまいます。

近代日本の歩みの一つとは、まさに信教の自由を容易に踏みにじってきた歴史であり、大日本帝國憲法による制限付きの「信教の自由」から日本国憲法による信教の自由の保障への転換は、時代を画するものであったといってよいかと思います。
※日本国憲法 第二〇条 「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。何人も宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

しかし、そこに生きる人間のメンタリティーを、ざっくりと戦前・戦後と見比べてみた場合、「転換」があったのかといえば、首肯するには難しさを覚えてしまうのは私だけではないでしょう。

そうした、戦前・戦中・戦後を貫く、信教の自由に関する日本人の「世間」的空気の圧倒的マジョリティの特徴とは何でしょうか。

恩師はそれを次の二点を指摘しました。すなわち「第一に、信教の自由を阻害する戦前的体質の根深さである」。「第二に少数者の信教、思想、良心の自由に対する無神経さ」の二つです。

(実際にそれは宗教儀礼であるにもかかわらず)慣習だから従って当たり前という同調同圧効果、そして、その同調を「頼みにして」、意識的な信仰者を奇異的現象と扱い、排除していこうとする傾向としてそれは現れてくるかと思います。

そして、その中核を担ったのが、神社神道の伝統であり、この神社をめぐる表象に、その無神経さが厚顔無恥としてわき出してくることは、戦後今でも同じではないかと思います。
※加えて言えば、宗教としての神社神道すらも、国家権力の犠牲者であるとは思いますが、それはここでの本旨ではないので横に置きます。

さて……。私はうえのニュースを見たとき、そら恐ろしいものを感じてしまいました。

それは、戦前の論理の延長線上にある、宗教であるにもかかわらず「神社」への「祈願」を、文化的事象として取り扱い、そこに収斂させていこうとする無神経さのことです。

神社への「祈願」は個々人の信仰としては成立しますし、それが制限されることには、私は大反対です。しかし、戦前の苦い思い出を想起すれば、それを信仰と受容せず、それを異にするような立場を、排除していくような圧倒的な雰囲気醸成には、違和感があるという話です。

私自身は、オリンピックの東京招致には否定的な立場であります。
しかし、都知事が音頭をとって、その「願い」をもとに出発しようとするのであれば、「特設神社」ですからそこには信仰というレベルにおける「聖性」はないでしょうけれども、こうした形式での祈願というスタイルが、神社非宗教論という雰囲気を当然なものとして受け入れよという空気を醸成してしまうものであることを踏まえるならば、手法に敏感になるべきではないでしょうか。

為政者たちが特定の道筋に全ての議論を収斂させていこうとする“なりふりかまわず”さの1つであり、まさに信教の自由に対する「無神経さ」の表れなのでしょうが……、こうした一つ一つの積み重ねが何かを形成するか想像すると、私自身は危惧してしまいます。

この手の話は、「まあ、どうでもよくね?」とか「考えすぎじゃねぇの?」って反応が多いのですが、極端に言えば、「まあ、どうでもよくね?」とか「考えすぎじゃねぇの?」と反応することも制限される出発点であることはお忘れなく……。


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 「町のヤスクニ」

 確かに新憲法による信教の自由の保障により、散発的なテロとみられる攻撃はあるが、戦前にみられた国家権力や公的権力による組織的な信教の自由に対する抑圧は大幅に姿を消した。しかしながら、この信教の自由を単に占領軍による一時的な押しつけとして、戦前の宗教のあり方を伝統的なよきものとする声も絶えない。
 なかでも顕著な動きは、靖国神社の国営化とも受け取られる政治的な活動であった。これは、必ずしもキリスト信徒にのみ限られた問題ではないので、ここでは、「町のヤスクニ」とされた事件をみておこう。
 前述の「神道指令」のあと、翌年一一月、連合軍最高司令部から「町内会、隣組による神道の後援及び支持の禁止」の通達が出された。これは、日本の太平洋戦争の推進に、思想的に大きな役割を果たした国家神道、神社神道の下部組織として、町内会や隣組を、今や一宗教にすぎない神道からの独立を図るためであった。ところが、神社が地域共同体と深い関係にあって、地域共同体がそのまま地域の神社の氏子とされていたところでは、この通達は徹底しなかった。一時的には通達を念頭においていた地域でも、占領時代が終わると旧に復した。
 一九五五(昭和三〇)年、浜松市に教員として移り住んだ一キリスト信徒は、その町内に設けられていた自治会に加入したところ、町内の神社の祭りが、その自治会によって営まれ、自治会員は祭りへの参加をなかば強制されるほか、祭典費用も自治会費に含まれることに疑問をもつ。一般の住民は、それが戦前からの慣習であったから、「つきあい」として受け入れていた。
 そのキリスト信徒は、機会のあるたびに自治会の役員に、そのようなことが信教の自由に反することを語るが反応がないまま時が過ぎる。とうとう自治会の役員会に呼び出され、会の方針を受け入れないならば退会するように迫られた。キリスト信徒は、心ならずも自治会に退会届を出さざるをえなくなる。一九七三(昭和四八)年のことであり、この間一八年という歳月が過ぎていた。
 自治会を退会するということは何を意味するのか。それは自治会を通じて行われてきた広報紙の配布や回覧板による案内の停止だった。健康診断の案内もゴミの収集カレンダーも受け取れなくなる。キリスト信徒は、前もって困る事態を予想して市当局に不利益を与えない処置を依頼していた。ところが、悪い予想は的中して不利益をこうむる事態が生じた。
 自治会がそのまま特定の神社の維持団体であることは、その自治会は宗教団体になる。そうであるならば、特定の宗教団体に公金を支援として支出している市当局は政教分離の憲法違反を犯していることになる。そのうえ、靖国神社への遺族の参拝にも補助金が支出されていることが判明。キリスト信徒たちは市に対して監査請求を提出した。
 ところが、これも却下されてしまい、最後の手段として「浜松市自治会補助損害賠償請求等住民訴訟」と「浜松市靖国神社参拝費補助損害賠償等住民訴訟」を静岡地方裁判所に提出した。第一回公判が予定されていたところ、浜松市および自治会連合会側に変化が起こる。それが原告側の要求にほぼ応じた変化であることを確認、一九七四(昭和四九)年一〇月二三日に両者は覚書を交わして告訴は取り下げられた(溝口正『自治会と神社 --「町のヤスクニ」を糾す』すぐ書房、一九七五)。
 この事件からわかることは、第一に、信教の自由を阻害する戦前的体質の根深さである。第二に少数者の信教、思想、良心の自由に対する無神経さ、それにもかかわらず第三に、憲法の規定が最後のとりでになった点である。
    --鈴木範久『信教自由の事件史 日本のキリスト教をめぐって』オリエンス宗教研究所、2010年、236-238頁。

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