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覚え書:「今週の本棚:鹿島茂・評 『シモーヌ・ヴェイユ--犠牲の「思想」』=鈴木順子・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。


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今週の本棚:鹿島茂・評 『シモーヌ・ヴェイユ--犠牲の「思想」』=鈴木順子・著
毎日新聞 2013年02月03日 東京朝刊

 (藤原書店・3780円)

 ◇「永遠の義務」論を説いた根源的思想家

 ミュージカル映画『レ・ミゼラブル』が大ヒットし、場内は涙、また涙だという。歌声が琴線に触れるからだといわれるが、どうもそれだけではなさそうだ。未婚の母ファンテーヌの嘆きや、孤児コゼットに無償の愛を注ぐジャン・ヴァルジャンに人が涙するのは、むしろ、哲学的な理由があるからではないか? つまり、悲惨な人々(レ・ミゼラブル)を目の当たりにしたとき、人はなぜ涙を流すのかというかたちで問いは立てられなければならないのだ。

 この問いに対して、これ以上はないというほど根源的な答えを出したのがサルトルの同時代人シモーヌ・ヴェイユである。

 高等中学で哲学者アランの薫陶を受けたヴェイユは師範学校卒業後、教職に携わるかたわら、労働運動、工場労働、スペイン内戦、レジスタンスなど様々な実践活動に加わり、一九四三年に三十四歳の若さで没したが、戦後、その膨大な覚書『カイエ』が公開されるや、世界は震撼(しんかん)した。これだけ深く考え抜かれた思想はめったにないからである。しかし、その一方、左右両翼の全体主義に対する強い批判を展開する前半生の政治的言動と、神秘体験以後の後半生の宗教的側面があまりに隔たっているように見えたため、読者は「二つのヴェイユ」が存在するかのような印象を受けることとなる。

 著者はこうした分裂したヴェイユ像を統一する視点として「犠牲」と「義務」の観念に着目し、「思想的変化のきっかけとなったと推測される彼女の神秘体験が、彼女の生涯変わらない一貫した動機」に基づいている事実を『カイエ』の検討により証明してゆく。

 著者によれば、晩年のヴェイユが集中的に批判したのは、ムーニエやマリタンなどのカトリック系知識人が展開した人格主義であったという。なぜなら、ヴェイユから見れば、「理性や自由意志を持って屹立(きつりつ)する人間主体」という意味の「人格」は恵まれた境遇の人間にだけ現れるある種の「特権」であり、不幸に打ちひしがれるレ・ミゼラブルは人格など持ちえないからだ。「人格の尊重」とは「社会においてその人が他者から優越する部分を尊敬すること」であるのだ。

 では、われわれは何を社会の基盤にすえるべきなのか? ヴェイユは人間の中の非人格的部分であると主張する。それは、「なぜ人は私を苦しめるのか」と問うイエスの嘆きであり、「ぶたないで!」と叫ぶ子供の悲鳴である。「『人間の非人格的部分』とヴェイユが呼ぶその中心には、他者からの善意を求めてやまない子供っぽい願望、他者からこの願望を裏切られれば傷つけられるであろう感受性、そしてその願望・感受性と深く結びついた善への希求とが存在する」

 そして、ここから、ヴェイユ独特の義務と権利の観念が生まれる。ヴェイユによれば、権利は人格と結びついた観念であって、特権を有する人の専有物である。たとえば、無理やり売春宿に押し込められた少女がいたとすると、この少女は「あなたがたはわたしにこんなことをする権利はない」と主張するだろうか? 決して言いはしない。「なぜか。それは、権利という言葉が、もともと周囲の他者によって認められて初めて現実的効力をもつ言葉であるにもかかわらず、この少女の置かれた状況においては、そうした周囲への期待は最初から完全に裏切られているからである」

 では、ヴェイユは権利に代わって何を社会の基礎とすべきと主張するのだろうか?

 義務である。義務こそは権利を支える観念なのである。著者は「義務の観念は権利の観念に優先する。後者は前者に従属し、依存する」というヴェイユの言葉を受けて、次のように言う。「こうしてヴェイユは『自分は義務を負った』と考える存在があって、初めて権利が存在する、その逆では決してありえない、ということを強調した」

 では、人は何に対して義務を負っているのか? 「相手を救うことができる時、飢えで苦しんでいる人をそのままに放っておかないことは、人間に対する永遠の義務の一つである」

 しかし、この「永遠の義務」を履行し、他者を生かそうとすれば、人は自身のなにがしかを犠牲にせざるをえない。ヴェイユはまさにそうした義務から発生する犠牲を、神秘体験をきっかけに内的動機として生きたのである。「徹頭徹尾『他者を生かす』思想としての犠牲論を自分でも生ききったのがヴェイユの特徴である」

 というわけで、ミュージカル映画『レ・ミゼラブル』を見て涙するわれわれは、人間が生まれながらにして負っている「義務」を無意識のうちに自覚し、ジャン・ヴァルジャンの「犠牲」に心打たれていると考えられるのである。

 一筋縄ではいかない思想家ヴェイユを「犠牲」と「義務」から一元的に捉えようとした秀作。自分の言葉を使っているのでヴェイユ論にしては非常に読みやすい。
    --「今週の本棚:鹿島茂・評 『シモーヌ・ヴェイユ--犠牲の「思想」』=鈴木順子・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130203ddm015070020000c.html


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