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覚え書:「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『abさんご』=黒田夏子・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

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今週の本棚:鴻巣友季子・評 『abさんご』=黒田夏子・著
毎日新聞 2013年02月10日 東京朝刊

 (文藝春秋・1260円)

 ◇翻訳文法を思わせる日本語“侵犯”文学

 芥川賞受賞の表題作は、ひらがなを多用した横書きである点などで話題になっている。

 横書き文学というと、石黒達昌の通称「平成3年5月2日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士、並びに、……」、水村美苗の『私小説 from left to right』、福永信の『アクロバット前夜』等がある。しかし『私小説』はバイリンガル小説、「平成……」は科学論文の体裁なので横書きの必要があり、『アクロバット……』は装幀(そうてい)家の意向で横組みにされた。どれも、やむなく横を向いたのだ。「abさんご」の横書きの必然性は後述する。

 (和製)漢語、やまとことばの別なく、ランダムにひらがな表記が採られている、と読者の目には映るだろう。「おぼめかせる」といった古語もあれば、「そのうっくつを賃金のたかでおぎなう」と書かれれば、「鬱屈」するより生々しく感じもする。「ひかり」「ふろがま」「どろぞこ」という字面を見れば、長いこと漢字に身を窶(やつ)していたことばが音や響きそのものに返っていくような錯覚もあり(錯覚である。漢字からひらがなが出来たのだから)、また、そこに長らく被(かぶ)さり続けた漢字が競うように前に出てきてひらがなとぶつかる、というようなスリルを味わいもした。

 固有名詞も性別も一切出てこない。朝、目覚めて鳥の声を耳にした語り手の脳裏に失われた半世紀の歳月と幾たびかの岐路が甦(よみがえ)る。五歳のころ片親が没し、遺(のこ)された親子が「三そうの家」から「小いえ」に引っ越して十年後、新しい住込みの「家事がかり」が来る。この人物はいきなり親子の食卓に交ってきて退こうとしない。自分も家族と思っているはずがないが、どういう立場のつもりか? 親子は雇い入れた外部者に闖入(ちんにゅう)されるという奇妙な不条理に陥る。この闖入者はすぐに雇い主を好きになり、やがて家計管理、家の改装などにも手を出し、子が二十代前半に家を出て十年ほどすると、雇い主の「法的配偶者」に納まり、主人が没した後も家で暮らし続ける。一方、子は住居と職を転々と変え、充分に喪服も調わない暮らしを送る。

 もちろん、こんな時系列順にも書かれておらず、「ふつう」のことばや文法も使われていない。なかでも興味深いのは「まさぐりとどく」「からめきおちる」「匂いさざめく」のような造語めいた複合動詞や、「このおもいちがいもとっさにあきらめられた」といった不思議な受け身の多用、または「もっとしたたかな死のけはいを、無いことのうちに顕たせたはずの夏は、そのことじたいをさえ見さだめきれなさのおぼろの中へ翳りかすませる」といった生硬な感じすらする独特の構文である。

 違和感のあるこれらのことばや文が、日本語の規範を引っ掻(か)きながら小さく破っていく。あるいは、「正しい日本語」という芝生に外からやって来て--ことばは悪いが--ちょっと踏み拉(しだ)いていく。このようなささやかなトレスパス(侵犯)を繰り返しながら日本語を変えてきたのは、翻訳という行為である。翻訳文学が担ってきたことを、黒田夏子の「abさんご」は行っている。大江健三郎、片岡義男、村上春樹、池澤夏樹といった作家が翻訳と接しながら日本語を変えてきたように。

 本作は古風・和風に見えて、そのことば、言い回しの少なからぬ部分は西洋語を源とし(題名はabcを意識し「さんご」にはcoralの頭文字が潜んでいる)、構文的にもその翻訳文のシンタクスに強く統べられているようだ。何度も「原文」を想像しながら読んだ。いっそ、外国語文学といってもいい。だから、自然と横書きになったのかもしれない。
    --「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『abさんご』=黒田夏子・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130210ddm015070008000c.html

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