« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »

2013年2月

覚え書:「時流底流 『ミゼラブル』な番号=小笠原みどり」、『毎日新聞』2013年02月23日(日)付。


101

-----

時流底流 「ミゼラブル」な番号
小笠原みどり ジャーナリスト

 ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」が日本で洋画久々の大ヒットとなっている。人が困難な人生を生きるのに必要なのはなによりも愛と信頼であること、理想のために闘い倒れても精神を受け継ぐ者がいることを、映画は壮大にうたいあげる。
 原作者ビクトル・ユゴーはフランス革命後の、まさに社会の底辺にいる「ミゼラブル(悲惨)」な人々を主題にした。主人公の元徒刑囚ジャン・バルジャンもその一人。飢えた子供のためにパンを盗んで19年間、監獄の鎖につながれた。「番号を与えられ、バルジャンは殺された」と自身を振り返る。
 彼の番号24601は仮釈放後も消えず、番号で呼ばれた。行く先々で身分証明書を要求され、元徒刑囚と分かるや食事も寝床も拒絶される。世間への憎しみが育った。だが銀食器を盗んだ自分を許した司祭の愛に、深く後悔し、身分証を破り捨て新たに生きる決意をする。
 生涯を縛る番号--安倍内閣は民主党政権下で廃案になった共通番号(毎ナンバー)制度法案を今国会に提出する。私たち一人一人に識別番号を振り、収入や健康といった個人情報を集め、政府や企業が本人の同意なしに使う制度だ。顔写真入りのIC身分証も発行する。自民党はこの身分証を全国民に携帯させることを主張してきた。
 学校で職場でインターネットで番号を振られることに慣れた21世紀の私たちに、番号の「鎖」は感じにくい。それどころか便利で、まさか息苦しい毎日と関係しているとは想像もしない。だが悲惨を見すえた19世紀の文豪は、番号が世を壁のない監獄に変える手段だと知っていた。
 バルジャンは幾度も「俺は誰なのか」と自問する。人はよく生きようとして悩み、アイデンティティーを自らの手で織る。個人情報を独占した政府や企業がそこへ介入し、人を「悪人」「貧乏人」「テロリスト」と決めつけてはならない。
 共通番号制は個人を疑い、データで縛る。デジタル時代にさまざまな番号が普及し、人間関係から信頼が失われているのは偶然ではない。だが「レ・ミゼラブル」に震える私たちの心は明らかに不信ではなく、愛を求めている。その感性を政治にも解き放とう。終幕、バリケードで誇らかに歌う民衆の歌のように。
     --「時流底流 『ミゼラブル』な番号=小笠原みどり」、『毎日新聞』2013年02月23日(日)付。

-----


102


103


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:湯川豊・評 『ちょうちんそで』=江國香織・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

201


-----

今週の本棚:湯川豊・評 『ちょうちんそで』=江國香織・著
毎日新聞 2013年02月24日 東京朝刊


 (新潮社・1365円)

 ◇愛しすぎた人間のなかに残ったもの

 江國香織氏の新しい長篇小説には、ずいぶん斬新な工夫がその構造の中にほどこされている。端正で落ちついた文体のせいで、ギスギスした実験のように表立たないのだけれども。

 まず、物語の始まる場所を見よう。雛子(ひなこ)という主人公は五十四歳、東京からかなり離れた所にある養老施設でひとりで暮らしている。いや、ひとりではないかもしれない。架空の妹(名は飴子(あめこ))が四六時中現われ、幻の対話の中で日々が過ぎてゆく。

 隣室で妻と共に暮らす丹野(たんの)龍次という老人が、わりとよく雛子の部屋に訪ねてくる。雛子は歓迎はしないが、拒みもしない。丹野は、かつて命をかけたような激しいドラマを体験した女性を、この若い入居者の中に嗅ぎつけていて、気になって仕方がないようだ。

 そのような雛子の暮らしがまずある。そのうえで、章が進むにつれて、説明なく様々な人物が登場し、独立した場面を作ってゆく。ちょうどハメ絵のように、断片が少しずつ人物同士を関係づけて、ゆっくりと全体像が現われる、というような構成だ。

 最初の章に、生後間もない赤ん坊を連れた、若い夫婦である正直(まさなお)と絵里子、正直の弟で大学生の誠とそのガールフレンドの亜美が、夏の海辺で遊んでいる情景がある。話が進むにつれて、正直は雛子の最初の結婚でできた子(夫は病死)、その子を連れて再婚し、誠が生まれたことがわかる(この夫は健在)。

 また次の章で、カナダのある町の日本人学校に通うなつきという少女が現われる。なつきは小島先生を特別にしたっている。なつきが小人を見たことがあるという話を、笑ったりせず、まっすぐに信じてくれた。

 この痩せて小柄な小島先生こそが、妹の飴子であることが、やがて明らかになる。飴子は三十一歳のときに妻子ある男と駆け落ちした。その時はまだ雛子と連絡があったが、男が妻のもとに戻ったとき、今度はほんとうに行方不明になった。雛子は妹がどこにいるかを知らず、現われる架空の妹は、いつも二十代とか十代の若い姿をしている。

 そのようにハメ絵の部分が少しずつ置かれていって、人間関係と、それぞれの身に起こったことが否応(いやおう)なく見えてくる。推理小説的手法の応用ともいえるが、一気に何かが解き明かされるわけではない。部分が繋(つな)がって、逆に人間存在のナゾがゆっくりと深まってゆく。斬新で趣きの深い手法だ。

 雛子は、自分にはもう記憶しかないのだ、と思う。架空の妹とのおしゃべりによって現われる、穏やかだった時代の記憶だ。二人並んで窓から顔を出してむさぼった雨の匂い。「六番街」にいたときの、町の夕方の匂い。それだけが人生の価値であるかのような思い出が、すばらしい描写によって現われる。

 しかし一方で、雛子には封印してある記憶がある。人を愛しすぎたことによる破滅的な体験があり、封印することによって自分の中に死の一部を抱えこんでしまった。それでも、痛切な悲しみが、押さえがたく心身に滲(にじ)み出てくる。

 小説の結びで、雪がひらひらと散らつく夜、架空の妹が弾くピアノを聴きながら雛子は思う。現実に存在しない音の一つ一つが降りてきて、消えてゆく、「雪のように、記憶のように」。

 この言葉、雛子が思っているのか、作者が雛子をいとおしみ、慰めているのか、混然として判断がつかない。

 愛しすぎた人間二人の、痛切で苦い人生をみごとに形象化した果てに、やさしく慰撫(いぶ)するような文章が残る。すばらしい小説の達成という以外にない。
    --「今週の本棚:湯川豊・評 『ちょうちんそで』=江國香織・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20130224ddm015070013000c.html


202


203


ちょうちんそで
ちょうちんそで
posted with amazlet at 13.02.26
江國 香織
新潮社
売り上げランキング: 1,033

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:『橋下徹現象と部落差別』=宮崎学・小林健治・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

301

-----

今週の本棚:橋下徹現象と部落差別
宮崎学・小林健治著
(にんげん出版モナド新書)

 橋下徹・大阪市長の出自を取り上げて論じた『週刊朝日』の緊急連載は、橋下氏の抗議などを受けて中止に追い込まれた。そうした報道の問題点について、作家の宮崎学氏と部落解放同盟で差別表現事件に長年取り組んできた小林健治氏の対談が収録されている。
 出自を根拠に人格を攻撃するという考え方そのものの問題をさまざまな角度から繰り返し強調。橋下氏が圧勝した2011年の大阪市長選などにも触れている。
 2人はいずれも橋下氏の政治姿勢に関しては批判的な論者。だが、この問題に対する橋下氏の対応については、一人で敢然と核心をついた反論だったと評価する。
 一方で、表現の自由や公人のプライバシーの視点から論評した多くの知識人に対しては、問題の本質を理解していないとして失望を隠さない。さらに部落解放同盟の対応についても、政治的思惑を優先させて不十分な抗議にとどまったと指摘している。
 過去の事例も取り上げられ、部落差別問題への理解が深まる一方、言論界の現状に対する2人の強い危機感も伝わってくる。(也)
    --「今週の本棚:『橋下徹現象と部落差別』=宮崎学・小林健治・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

-----


302


303

橋下徹現象と部落差別 (モナド新書 6)
宮崎 学 小林 健治
にんげん出版
売り上げランキング: 4,352


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評+研究ノート:シーナ・アイエンガー(櫻井祐子訳)『選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義』文藝春秋、2010年。


101_3


-----

 コカ・コーラは一八八六年に発明されて以来、攻撃的でしばしば巧妙な広告戦略を通じて、消費者の心とアメリカ文化の中にしっかりと根を下ろしてきた。コカ・コーラ者は、イメージが製品そのものより重要だということに、いち早く気がついた企業だ。この一世紀の間に数十億ドルもの資金を投じて、あのどこでも見かけるトレードマークと、特別な色合いの赤で塗られたおなじみの缶を、テレビ・コマーシャルや雑誌、広告、そして特にハリウッド映画に登場させてきた。コカ・コーラの看板は一九三二年以来、マンハッタンのツー・タイムズスクエア・タワーの看板の下段を占めている。同社は第二次世界大戦中、前線の後方でコーラを瓶詰めするために、二四八人もの「技術顧問」を海外に送った。また人気画家のノーマン・ロックウェルに、アメリカの農場の少年たちが海水浴場でコーラを飲んでいる絵を描かせた。世界中から集まった若者たちが丘の上で「世界にコーラをおごりたい」と歌った七〇年代のコマーシャルを覚えている人がいるだろうか? あの歌は、トップテン・ヒットになった。人々はお金を払ってまで、コカ・コーラのCMソングを聴いていたのだ! コーラは単なる飲み物以上の存在なのである。
 サンタの服がコーラのラベルとまったく同じ色の赤だということに、あなたは気づいていただろうか? それは偶然ではない。コカ・コーラ社はこの色の特許を取得している。サンタクロースは明らかに、コカ・コーラの宣伝マンなのだ。
 それだけではない。わたし自身の経験から言えば、コーラは自由を象徴する。わたしがベルリンに行ったという話は前にした。一八九八年一一月のベルリンの壁崩壊に続く祝典では、缶コーラが無料で配布された。それから何年もたった頃、コカ・コーラのマーケティング・キャンペーンについて研究しているとき、初めて無料コーラのことを思い出したのだった。そうだ、自由の象徴として讃えられたあの日、わたしはたしかにコーラを飲んだのだ。壁から削り取った色とりどりの破片を左手に持ち、右手にはコーラ缶を握っていた。もしかしたらわたし自身のコーラ好きも、そのとき動かぬものになったのかも知れない。わたしの中ではこのとき、コーラが、自由やそのほかのアメリカの理想と結びついたのだ。
 二〇〇四年にタイムズスクエアの新しいコカ・コーラの看板がお披露目されたとき、ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグは、テレビの全国放送でこう言った。
 「この看板は、何よりもアメリカを象徴しています……。コカ・コーラ社は、これまでずっとニューヨーク市の偉大なるパートナーであり、アメリカの偉大なるパートナーでした。コカ・コーラ社は、すべての善きものを守るために戦ってきたのです」
 わたしたちはこうしたメッセージに絶えずさらされており、その結果として、コカ・コーラのロゴを見るたびに良い気分になる。そしてこのような良い感情が、飲料の味にふくらみを持たせる。コーラの味は砂糖と天然香味料だけではない。自由の味がするのだ。
    --シーナ・アイエンガー(櫻井祐子訳)『選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義』文藝春秋、2010年、200-202頁。

-----

シーナー・アイエンガー『選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講演』文藝春秋、読了。本書は盲目の女性シク教徒の著者が「選択」をテーマに、社会心理学における知見をまとめた一冊。根本的には、自分の選択に責任をもつことの重要性を各種、実験から明らかにする。

選択肢の過多は必ずしも合理的選択とはならないし、一見すると強制に見えるものが、かえって選択者を活かすこともある。人生は、運命、偶然、選択という3つの観点で語ることができると著者は言う。本書で紹介される豊富な実験は、流行本ながら思考をリセットするうえで有効か。

個人的には……おそらく文脈からはずれるであろうが……野家啓一さんの『物語の哲学』(岩波書店)で語られる「物語論的歴史哲学」を想起。選択の意義を問う(=責任を持つ)とは、物語ることの普遍的意義とも連関か。これは後日の課題。

選択後の自己認識を、今のご時世は全て「自己正当化乙」式で片づけてしまう早計さがあるような気がする。勿論パターナリズムにみられる「正当化」は不要ですけど、自分自身のなかで、価値的に整合性をつけていく「物語る」力には、人間をよりよく活かす力があるような気がしてほかならない。

何らかの失敗をしたとき、それを吟味することは必要不可欠だと思う。しかし、なにぶん、現在は「早急な社会」--。そういう反芻すらも「言い訳探しかッ ゴルァ」ってなってしまうと不毛な気がする。失敗したときだけでなく首尾よくいったときも検討することは必要なのではないでしょうか……ね。

http://hon.bunshun.jp/sp/sentaku-kagaku


102_3

選択の科学
選択の科学
posted with amazlet at 13.02.25
シーナ・アイエンガー
文藝春秋
売り上げランキング: 872

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:持田叙子・評 『冥府の建築家-ジルベール・クラヴェル伝』=田中純・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

201_3


-----

今週の本棚:持田叙子・評 『冥府の建築家-ジルベール・クラヴェル伝』=田中純・著
毎日新聞 2013年02月24日 東京朝刊


 ◇持田叙子(のぶこ)評

 (みすず書房・5250円)

 ◇「骸」をひきずり「不死」の建築をのこした男の生涯

 これは、生れつき重い宿痾(しゅくあ)をかかえて肉体の苦痛になやみ、それゆえに全霊をこめて美に焦(こが)れ、原始の匂う海と岩、洞窟を愛し--とうとうイタリアのアマルフィ海岸に古代と近未来をワープする超時空的な芸術住居をつくって夭折(ようせつ)した、ある未完の建築家そして思想家にかんする評伝である。

 つねに死とのせめぎあいにあった彼のいのちの体現ともいえる「洞窟住居群」は、ヴェスヴィオ火山の領するソレント半島の古い漁師町ポジターノの断崖に残り、今も奇怪な姿を濃密な潮風にさらしつづけている。

 彼の名はジルベール・クラヴェル。初の評伝と銘うつ本書の前半はまず、スイスとイタリア各地に残る彼の日記や書簡を探して彼のことばによりそい、この知られざる芸術家の内なる世界を深く掘りおこす。著者の緻密な調査と誠実な筆致ゆえに、療養と独学の中でジルベールがはぐくむ特異な生命観や身体意識は、決して有閑階級の畸人(きじん)の特殊なものと思われず、むしろ清冽(せいれつ)な抒情(じょじょう)性と哀(かな)しみをおびて私たちの身心の生死の核にも突きささる。

 スイス、バーゼルの資産家の生れ。入院と手術の連続で「人生全体が瓦礫(がれき)」と絶望する中、死を新たな生への復活とする古代芸術にあこがれた。病む肉体にはらむ愛情もゆたかで、弟を熱愛し、男女問わず恋した。忘れえぬ人アーシアへの恋情をつづる日記のくだりは圧巻。「きみはいつぼくの孤独のなかへ来てくれるの?」「ああ、風と波をとどめようとする、われら所有欲に駆られた人間たち」などのことばは、虹色に響くこだまのよう。

 著者はいとも繊細に、彼の脳裏をただよう詩想や芸術観のおもかげを捉える。もっぱら人生軸の事実を追う通常の評伝とはかなり異質だ。夢の交錯する心象世界に深く分け入る。

 とともに著者の筆は平面にも広くのびる。二〇世紀初頭のデカダンスからアヴァンギャルド芸術運動の中に彼を置き、周囲にピカソやキリコ、リルケ、神話学者バッハオーフェン、舞踊芸術家ディアギレフらを配す。

 ジルベールを支える古代へのあこがれは、ある意味で当時の前衛。二〇世紀初頭は、神話学や民俗学が台頭した古代研究の時代。彼もエジプトに旅し、周囲の砂岩、自然と同化する遺跡に<建築>の本質をみた。不死を志向する古代の円環的思想を現代芸術にいかすべく、小説や舞台装置も手がけた。しかしやはり、岬にそびえる岩石建築こそが彼の最高傑作……。

 本書後半は禁欲的な筆致から一転、はげしく華やかにポジターノの土地の魔力、洞窟住居の謎と神秘に迫る。このあたりは、澁澤龍彦や種村季弘の評論の蠱惑(こわく)的手法を受け継ぐか。

 一九〇九年、岬に朽ちる石の塔に魅せられピラミッドに模して改造したジルベールは、以来約二〇年かけ周辺の断崖に岩室群をつくり、さらに岩盤を爆破、地下迷宮を築き、すべてを回廊でつなぐ。地下中心に卵形のホールを設ける。これは手術で失われた彼の睾丸(こうがん)か、あるいは安らげる子宮の象徴か--? まるで肉体のような建築。とともにそれは地底から天空に炎上する火山の喩(たとえ)であり、彼がつねに幻視していた死後の世界、冥府の喩でもある。

 多彩な読みが展開される。「骸(むくろ)」の肉体をひきずりジルベールが海と大地のはざまに築いた「不死」の建築が、あざやかに可視化される。ひっきょうそれは、彼が生涯をかけて書いたすばらしく甘美なメルヘンであるのにちがいない。本書は、古代神話の地層を掘って再生された、新しい神話のものがたりでもある。
    --「今週の本棚:持田叙子・評 『冥府の建築家-ジルベール・クラヴェル伝』=田中純・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20130224ddm015070034000c.html


222


223


冥府の建築家―― ジルベール・クラヴェル伝
田中 純
みすず書房
売り上げランキング: 34,379

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『残すべき建築』=松隈洋・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。


301_3


-----

今週の本棚:松原隆一郎・評 『残すべき建築』=松隈洋・著
毎日新聞 2013年02月24日 東京朝刊


 (誠文堂新光社・1890円)

 ◇モダニズムの“初心”から解体の無頓着に抗する

 日常の生活で出会う、ちょっとした風景に愛着を覚えることは、誰もが経験しているだろう。誰かのものかもしれない家屋や道が重なるようにして、その合間でいつのまにか熟成してできたかのような情景。

 思えば東北の大震災で、かけがえのない人を失ったこととともに悲痛なのは、町の日常が一瞬にして失われたことだった。建物は新たに建つ。それが復興と呼ばれるが、かつての情景が戻るわけではない。

 私たちも、震災の被災者が、物理的に家屋を失っただけでない辛さを心にしまい込んでいることは理解できている。けれどもこの著者のように感じ、行動する人は少数派だろう。著者が保存に奔走するのは、名建築と称(たた)えられるが老朽化した公共建築や都心のビルだからだ。

 1990年代から、ビルが矢継ぎ早に取り壊されている。2002年に小泉構造改革の一環として「都市再生特別措置法」が制定されたからで、曲がりなりにも景観をコントロールしてきた規制が「開発を阻害する」として大幅に緩和され、超高層ビルが続々と都心に建ち始めた。

 同法が一昨年に改正されると、アベノミクスもあり勢いは加速して、道路上にも建築が可能になったり民間ディベロッパーが開発推進に加わったりしている。そこで多く解体の的となっているのが、著者が訪ね歩き紹介する「モダニズム建築」である。

 ここで言うモダニズムは、1920年代から60年代にかけ鉄やガラス・コンクリートなど工業化された材料を使いながら、生活空間を機能的かつ合理的に再編成する建築運動のことである。それはデリケートな工業化素材を用いただけに竣工(しゅんこう)当時の清新な姿は大きく損なわれたり、普段使いにされて日常的に改変が重ねられたりした。

 そこで機能が古くなったり耐震性に難があったりし、ある日突然に取り壊しと超高層ビルへの建て替えが発表されるわけだ。東京駅近くの東京中央郵便局(吉田鉄郎)、銀座の親和銀行東京支店(白井晟一)、大阪駅南の新朝日ビルディング(小川正)などがすでに解体され、街のたたずまいも損なわれた。

 近々、解体が予定されているものにも、公団阿佐ケ谷団地(前川國男)や法政大学55・58年館(大江宏)がある。

 著者はそうした建築物の保存を訴え、過去に訪ねたが現在は失われた建築物や、幸いにも現存する建築物を『建築ジャーナル』誌で紹介してきた。本書はその後の情勢に細かく注をつけながらまとめた一冊。名建築への愛情と無頓着な解体への怒りが、控えめで端正な文章から伝わってくる。

 とはいえモダニズム建築といえば、画一性や標準化、単一部材の繰り返しが基本とされたため、バブル時代には他との違いを奇矯(ききょう)なまでに誇示するポストモダンの傲岸な建築思想から攻撃を受けた。これに対し本書は、モダニストに分類されるはずの上記建築家や坂倉準三、吉村順三らが、むしろ初心として「人にとって居心地のよい」「街を豊かにする」「材料との対話」「周囲との調和」「立派でなくとも一輪の花のような」脱モダニズム建築を志していたことを跡づけている。

 これらの建築物が「残すべき」とされるのは、既得権のためどころか、そうした初心を公共のではなくとも共有されるべき地域資源とみなすからだ。

 機能が劣れば修復は不可避になる。しかし初心を残さねば何もかも洗い流してしまう。建築物にとっての復興とは、そうした心の持続性であるはずだ。そう諄々(じゅんじゅん)と説く本書を手に、名建築巡りがしたくなる。
    --「今週の本棚:松原隆一郎・評 『残すべき建築』=松隈洋・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20130224ddm015070038000c.html


322


233


残すべき建築: モダニズム建築は何を求めたのか
松隈 洋
誠文堂新光社
売り上げランキング: 8,717

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「みんなの広場 『無知の知』を友人関係が外交に」、『毎日新聞』2013年02月20日(水)付。


101_2


-----

みんなの広場
「無知の知」を友人関係や外交に
高校生 17(東京都清瀬市)

 先哲ソクラテスの「無知の知」という言葉を学校で知った。この言葉は、自分の知恵が完全でないことに気がついている、言い換えれば無知であることを知っている点において、知恵者と自任する相手よりわずかに優れているという意味だそうだ。思えば、友人関係において私は相手のことを知った気になって、失礼な態度をとってしまうことが時々ある。お互いが、相手の虚像を勝手につくりだし、それが原因で争ってしまっては非常に残念だ。まずは相手と対話し、理解し合うことが大事だと思う。相手を理解すれば、尊敬の念が湧く。尊敬の念が湧けば、そこに和が生まれる。
 尖閣諸島をめぐる中国との関係にも共通点があるのではないかと私は思う。自らの国、また相手の国の歴史、そこで暮らしている人々を理解し、お互いに歩み寄っていくその過程の中に、両国の和、そして繁栄も続いていくのではないだろうか。そのためにも、まずは目の前の友人との和を大事にしたい。
    --「みんなの広場 『無知の知』を友人関係が外交に」、『毎日新聞』2013年02月20日(水)付。

-----


102_2


103_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:養老孟司・評 『アリの巣の生きもの図鑑』=丸山宗利ほか著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

201_2


-----

今週の本棚:養老孟司・評 『アリの巣の生きもの図鑑』=丸山宗利ほか著
毎日新聞 2013年02月24日 東京朝刊

 (東海大学出版会・4725円)

 ◇たがいに関わり合って生きる者たちに学ぶ

 とても面白い図鑑である。アリの巣に住んだり、アリの巣となにか関係を持って生きている生きものばかり集めてある。

 ずいぶん変わった、特別な主題を扱っているなあ。そういう印象があるかもしれない。でもアリを知らない人はないと思う。しかもアリと仲良くしている生きものは、古くからよく知られている。アリマキはその典型である。アリの巣をのぞいたら、ほかにどんな生きものがいるのだろうか。

 この図鑑は、日本国内でアリの巣と関わって生きている生きものの図鑑である。アリに関わる生きものが古くから知られているわりには、よく調べられていなかったことが、この図鑑でもわかる。だから載せられた写真の中には未記載種、つまり学名がつけられていない、いわゆる新種がいくつも含まれている。著者は九州大学の博物館で、そういう生きものを調べている専門家である。

 ヒトは社会生活をする典型的な動物だが、アリもそうである。そういう社会には多くの生きものがなんとなくか、絶対的にか、さまざまな関係を作って生きている。ヒト社会なら、家畜やペットが典型である。生きものどうしの関係は、思えばなんとも興味深い。

 アリは小さいという印象があると思うが、虫としては平均の大きさである。その巣に住み着く虫は、アリくらいかアリより小さいことが多いから、観察がむずかしい。でも近年の映像関係の技術の進歩はすごいので、おかげでこんな図鑑ができる。皆さんの自宅の近くでも、アリの巣を見かけるはずである。そこにアリと関わっている生きものがいないだろうか。

 この図鑑を手にとって、まず虫の名前だけでも見てほしい。アリヤドリ、アリノタカラ、コブナシコブエンマムシ。笑ってもいいけれど、これっていったいなんだろう。そう思いませんか。アリの巣には甲虫類ではハネカクシ、エンマムシ、アリヅカムシなどがいる。蝶(ちょう)ではキマダラルリツバメやムモンアカシジミ。アブやハエの仲間。アブの幼虫にはアリの巣の中に住んで、アリの幼虫や蛹(さなぎ)を食べるのがいる。小さなナメクジみたいで、専門家にナメクジだと思われた時代もあったという。昆虫にかぎらない。クモやダニもいるし、ヤスデもいる。付録として、シロアリの巣に住む生きものも載せられている。

 こういう生きものは、アリとどう関わっているのだろうか。どうしてアリに捕まらないのか。そういう疑問を持ち出すと、どんどん面白くなる。現代人はどんなことにも正解があると思いがちだが、自然を相手にしていると、そんな傲慢な、という感じがする。さまざまな疑問に対して、「わかりませんねえ」と答えるのがふつうなのである。

 生きものどうしがたがいに関わり合って生きている。それは当然で、ヒトだって、かならず生きものを食べる。アリとアリノタカラはおたがいに離すことができない。どちらも生きるために、相手がかならず必要である。これははたして例外だろうか。生きものどうしの関係の研究は、始まったばかりだと評者は思う。十九世紀以来の近代生物学は、欧米社会の思想を反映して、独立した個や種をなんとなく重視してきた。でも生きものは、自分だけでは生きられない。たがいの関係性の中で生きる。この図鑑は、その意味で二十一世紀の生物学のあるべき姿をも、よく示しているのである。
    --「今週の本棚:養老孟司・評 『アリの巣の生きもの図鑑』=丸山宗利ほか著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

-----

[http://mainichi.jp/feature/news/20130224ddm015070004000c.html:title]


202_2


203_2


アリの巣をめぐる冒険―未踏の調査地は足下に (フィールドの生物学)
丸山 宗利
東海大学出版会
売り上げランキング: 20,065

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:歴史の愉しみ方=磯田道史・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

301_2


-----

今週の本棚:歴史の愉しみ方
磯田道史
(中公新書・777円)

 人は齢を重ねるとともに古の出来事に関心が出てくるもの。自分自身にも歴史が刻まれて行くのだから、自然の理である。だが、ときには天賦の才に恵まれ、幼児のころから過去の事象に異常なほど興味をいだく人がいるらしい。
 著者は小学生になるかならないころ美術全集にあった上古の出雲大社の想像設計図をたよりに材木の切れ端で庭にその模型を建てたという。台風で吹っ飛んでしまい、出雲大社倒壊の伝承に納得したというから、ぶっとんでしまいそうになる。
 学者なら敬遠しがちな忍者の伝承にまじで取り組んだり、武家のちょんまげが毛を抜くという血のにじむ苦行だったことを明らかにしたりする。それらも自分で漁った古文書史料に裏づけられているから、説得力がある。
 東日本大震災後、著者は将来に起こりうる地震や津波の危険を歴史をさかのぼって調べる気になったという。国立大学を辞して東海地震への警戒がつのる浜松の私大に転職したのだから、子供心の初志をつらぬく心意気やよし。歴史学の在り方を考えさせる迫力もあり、心から楽しめる歴史書である。(凌)
    --「今週の本棚:歴史の愉しみ方=磯田道史・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

-----


302_2


303_2


歴史の愉しみ方 - 忍者・合戦・幕末史に学ぶ (中公新書)
磯田 道史
中央公論新社
売り上げランキング: 3,969

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「みんなの広場 『無知の知』を友人関係が外交に」、『毎日新聞』2013年02月20日(水)付。


101_2


-----

みんなの広場
「無知の知」を友人関係や外交に
高校生 17(東京都清瀬市)

 先哲ソクラテスの「無知の知」という言葉を学校で知った。この言葉は、自分の知恵が完全でないことに気がついている、言い換えれば無知であることを知っている点において、知恵者と自任する相手よりわずかに優れているという意味だそうだ。思えば、友人関係において私は相手のことを知った気になって、失礼な態度をとってしまうことが時々ある。お互いが、相手の虚像を勝手につくりだし、それが原因で争ってしまっては非常に残念だ。まずは相手と対話し、理解し合うことが大事だと思う。相手を理解すれば、尊敬の念が湧く。尊敬の念が湧けば、そこに和が生まれる。
 尖閣諸島をめぐる中国との関係にも共通点があるのではないかと私は思う。自らの国、また相手の国の歴史、そこで暮らしている人々を理解し、お互いに歩み寄っていくその過程の中に、両国の和、そして繁栄も続いていくのではないだろうか。そのためにも、まずは目の前の友人との和を大事にしたい。
    --「みんなの広場 『無知の知』を友人関係が外交に」、『毎日新聞』2013年02月20日(水)付。

-----


102_2


103_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

絶望工場日記(2)


101


-----

 ごく一般的な話として、あらゆる種類の領域において全面的もしくはほぼ全面的に技術(テクニーク)が支配するとき、いたるところで悪が優勢になることは避けられない。
 技術者はかならず支配者たらんとする。自分たちこそ問題を熟知する専門家だと感じているからだ。彼らの側からみればごく正当な要請である。彼らが首尾よく支配者となりおおせたとき、その不可避の帰結である悪の責任は、彼らにやりたい放題をさせた人びとにもっぱら降りかかる。人びとが彼らにやりたい放題をさせてしまうのは、あれやこれやの技術が従属すべき個別の目的について、明晰かつきわめて厳密な構想をたえず想起するのをおこたったからに他ならない。
    --シモーヌ・ヴェイユ(冨原眞弓訳)『根をもつこと (下)』岩波文庫、2010年、37頁。

-----

twのまとめの加筆訂正ですが、正直なとろなので載せておこうと思います。

……ということで。

工場の仕事+市井の仕事が終わってから・・・・

「やっと仕事が終わった。パン工場+接客のロングラン。工場の方は、ナンというかペストリー地獄。最近、きつくて危険なところに配属されるパターンが多いけれども、新人が多くなってきたからか。2カ月で古参というのも……ここはベトナム戦争かw。さて還りますか」(私)。

そろそろ絶望工場日記その2を書かないといけないのだけれども、いわゆる工場のライン作業についてのお話。

みなさんがおそらく想像している以上に、「ひと」がそろわないとベルトコンベアのライン作業は、「仕事」にならないということに驚きます。例えば、材料を「捏ねる」のは機械でもできる。しかし、捏ね機ひとつとっても材料を投入するのは人間なんです。

捏ね機から出てきた生地をベルトコンベアで流し、ベストリーなら、それにひねりを加えるのも「人間」。それをオーブンの台に載せるのはコンベアと連結した機械だけど、バラバラになるからそれを「成形」(という)するのも「人間」。イチゴの「ヘタ」取りやケーキのサイニング添付も機械にはできない。

確かに捏ねられた材料をオーブンに入れればパンになり、ケーキの生地になります。しかし、それを順番に商品にしていくのは、機械だけでなく「人間」の存在がなければ、可能ではないという話なんです。

説明が難しいのですが、縦6列で流れてくる、捻ったあとの素材を、オーブンの台に乗せるためにに2列に「並び替える」作業が今日の担当でした。頭ではわかるのだけど、今日はこれができなかった。正直くやしいものでもある。一緒にやっていたベテランのおっちゃんは、「あれは最初からできないよ」と言うけどね。

言い方が微妙だけど、確かに、製造工場のライン作業は、「機械的」な作業。要は同じことを繰り返す。しかし、それが一番うまくできるのが「人間」であるということ。これは案外、灯台もと暗しだった感。

もちろん、立ちっぱなしなのできついのではありますがね。

( ほんとはそんなことをしている時間があれば、論文の1本でも書くべきですけど、食べていくためにはいたしかなしなのですが、……うまく表現できないけど……工場労働者はもっとリスペクトされてしかるべきだとは思いますよね 仕事していて )

僻みも入っているけど、「ぐろーばるなびじねすまん」が先験的に「エライ」訳じゃないわけよ。


----

みんなの広場
生活保護問題の本質は「低賃金」
嘱託職員 64(堺市北区)

 生活保護費の減額が政治議題となっています。背景には、まじめに働いているのに生活保護受給者よりも所得が低いといったことに対する怨嗟の声もあると報道されています。しかし、これは政治家や一部マスコミのデマゴギー(民衆扇動)に乗せられてしまっていると思うのです。
 生活保護制度は憲法で保障されている生存権を守るために設けられているものと理解しています。きちんと働いていながら生活保護受給者より所得が少ないとすれば、生存を維持するための賃金や報酬が支払われていないということです。問題とすべきは、生活保護制度ではなく、最低限の生活もできないほどの低い賃金や報酬、それを支えている制度です。
 まじめに働けば豊かで充実した生活が築ける賃金制度の確立こそが問題の本質だと思います。声なき弱者、少数者に怒りの矛先を向けさせ、事の本質を隠そうとするのは為政者の常とう手段です。ごまかされてはいけません。
    --「みんなの広場 生活保護問題の本質は『低賃金』」、『毎日新聞』2013年02月20日(水)付。

-----

102


103


根をもつこと(上) (岩波文庫)
シモーヌ・ヴェイユ
岩波書店
売り上げランキング: 129,009

根をもつこと(下) (岩波文庫)
シモーヌ・ヴェイユ
岩波書店
売り上げランキング: 124,696

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「悼む 病と闘いながら歌い続け=熊谷たみ子さん アイヌ民族のジャズ歌手」、『毎日新聞』2013年02月23日(土)付。

301


-----

悼む 病と闘いながら歌い続け
熊谷たみ子さん アイヌ民族のジャズ歌手
大腸がんのため 1月2日死去・60歳

1枚のCDが手元にある。東日本大震災後、被災者支援を目的に有志で自主制作した。タイトルは「大地よ」。
同じくアイヌ民族の宇梶静江さん(79)が津波や地震で犠牲になった人々を思って詠んだ詩に曲をつけ、たみ子さんが日本語とアイヌ語で歌った。収録は発生から3カ月後。記録係を頼まれた私は都心の小さな庭でジャケットの写真を撮影した。たみ子さんは静江さんと寄り添い、空のかなたを見つめていた。
「命の重みを感じている日々。ささやかでも未来をつくる子どもたちの役に立てば」。たみ子さんはそう語り、売り上げを毎日希望奨学金に寄付した。
映画「TOKYOアイヌ」(10年公開)に登場する一人に「アメージング・グレース」をアイヌ語で歌うたみ子さんがいた。大腸がんを患い、4年前に再発。がんと闘うアイヌ民族の歌手の存在を知り、すぐに会いに行った。
 北海道本別町生まれ。「子どものころ、アイヌが来たと石をぶつけられてね」と記憶のふたを開けた。中学卒業後、集団就職で上京。渋谷の繁華街でスカウトされ20歳で歌手デビューした。「出した歌謡曲のレコードは売れない。心機一転、渡米してオーディションを受け、実力不足を思い知った」。帰国後、結婚し、一人娘を育てながら地道に歌ってきた。
 「がんを公表したことがある意味で転機だった」と夫の龍児さん(60)は言う。自然や神(カムイ)に感謝する先住民の精神文化を見つめ直し、アイヌ語で歌い、容体が悪化する昨秋までステージに立った。日々を精いっぱい生き、病気を乗り越えようとした。ふくよかな笑顔をみんなに向けて。【明珍美紀】
    --「悼む 病と闘いながら歌い続け=熊谷たみ子さん アイヌ民族のジャズ歌手」、『毎日新聞』2013年02月23日(土)付。

-----


https://www.youtube.com/watch?v=ytyhBNGtVS


https://www.youtube.com/watch?v=_cxFfl9mcyU

202


203

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「異論反論 安倍首相が沖縄を訪問しました=佐藤優」、『毎日新聞』2013年02月20日(水)付。

201


-----


異論反論
安倍首相が沖縄を訪問しました
寄稿 佐藤優

「沖縄の主権」直ちに認めよ

 2日、安倍晋三首相が日帰りで沖縄を訪問し、仲井真弘多県知事と会談した。報道から判断すると、MV22オスプレイの沖縄配備強行問題、米開閉隊普天間飛行場の辺野古(同県名護市)への移設問題について、首相と知事の見解は平行線だったようだ。ただし、中井真発言で少し気になる部分がある。
 <知事は普天間問題について「一日も早い移設返還をお願いした。県民には、なるべく県外移設してほしいという強い気持ちがある」と述べた。オスプレイについては「安全確保は当然だ。県民の不安が非常にあるので、不安の払しょくに力を入れてほしい」と求めた。今後の沖縄振興に向けては「日本の発展のために貢献できる。もうしばらく力添えいただきたい」と求めた>(2月2日「琉球新報」電子版)。普天間飛行場の移設について、知事が「なるべく県外移設してほしい」と、「なるべく」という留保をつけていることだ。外務官僚、防衛官僚は、この「なるべく」を突破口にして、知事に辺野古移設という「苦渋の選択」を迫っていくことになると思う。オスプレイについても「不安の払しょく」という知事の発言を利用し、運用改善によって問題解決が可能という論理を展開するであろう。
 しかし、中央政府の一方的な都合を沖縄に押しつけることはもはやできない。安倍首相の訪問を受けた翁長雄志・那覇市長の発言が重要だ。<(2日、翁長市長は)米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設計画や日米合意違反を繰り返し市街地上空を飛ぶオスプレイなどに触れ「首相は『誠心誠意ご理解を願いたい』と言うが、既定路線を歩んでいる」と指摘した。「懸念している事項について、僕らの理解を得られるような内容のある行動をしてほしい。論より証拠だ」と強調した。/辺野古移設に向けた公有水面埋め立て申請について、安倍首相が訪米前に申請しない考えを示したことには「タイミングを計っている感じだが、埋め立て申請をやると、政府は大きな試練に立たされると思う」と、沖縄が強い反感を示すとの認識を示した>(2月3日「琉球新報」)

県民大会実行委の建白書が
信頼回復の現実的なシナリオ

 翁長市長も仲井真知事も「沖縄の死活的利益にかかわる事柄は、沖縄人の同意なしに進めることはできない」と、「沖縄の主権」という視座から考え、行動している。1月28日、オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会実行委員会の代表が安倍首相に手渡した建白書に記された<(1)オスプレイの配備を直ちに撤回すること。また嘉手納基地への特殊作戦用垂直離着陸輸送機CV22オスプレイの配備計画を直ちに撤回すること(2)米軍普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設を断念すること>という要請に直ちに応じること。それが中央政府と沖縄の信頼を回復する現実的なシナリオと筆者は考える。
さとう・まさる 1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官。「1944年に米軍が作成した沖縄関連の資料『民事ハンドブック』『琉球列島の沖縄人』を読んでいます。米軍がインテリジェンス(情報)の手法を用いて日本と沖縄の文壇を考えていたことがわかります。
    --「異論反論 安倍首相が沖縄を訪問しました=佐藤優」、『毎日新聞』2013年02月20日(水)付。

-----

-----

首相、仲井真知事と会談 「普天間」の辺野古移設へ理解要請
2013年2月2日

  安倍晋三首相は2日来県し、仲井真弘多知事と那覇市のホテルで会談した。知事は沖縄振興予算3001億円がついたことに謝意を示した上で、米軍普天間飛行場の県外移設とオスプレイ配備による県民の不安の払しょくを求めた。安倍首相は「普天間の固定化はあってはならない。米国との合意の中で進めたい」と、日米合意に従って辺野古移設を進める考えを示した。オスプレイについては「住民生活の影響や不安の払しょくに意を尽くしたい」と述べた。
 会談後、首相は記者団に対し、「訪米前の埋め立て申請は考えていない」と明言した。
 会談で首相は「沖縄の基地負担軽減は政権の基本方針だ」と強調。民主党政権で国と沖縄県の関係性が悪化したとし「この3年間で信頼関係が壊れた。信頼関係を構築したい」と述べた。嘉手納基地より南の基地返還について「統合計画の作成を加速させる」と答えた。
 知事は普天間問題について「1日も早い移設返還をお願いしたい。県民には、なるべく県外移設してほしいという強い気持ちがある」と述べた。オスプレイについては「安全確保は当然だ。県民の不安が非常にあるので、不安の払しょくに力を入れてほしい」と求めた。今後の沖縄振興に向けては「日本の発展のために貢献できる。もうしばらく力添えをいただきたい」と求めた。
 会談は冒頭のみ公開された。
    --「首相、仲井真知事と会談 「普天間」の辺野古移設へ理解要請」、『琉球新報』2013年02月02日(土)電子版。

-----


http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-202136-storytopic-3.html

-----

首相来県 辺野古を堅持 訪米前埋め立て申請否定
2013年2月3日


 安倍晋三首相は2日、第2次安倍内閣発足後初めて来県し、仲井真弘多知事と那覇市内のホテルで会談した。知事は3001億円となった2013年度沖縄振興予算に謝意を示した上で、米軍普天間飛行場の県外移設を求めた。首相は「米国との合意の中で進めたい」と日米合意に沿って名護市辺野古移設を進める考えを示した。会談後、首相は記者団に対し、今月下旬の訪米前に辺野古沖の公有水面埋め立てを申請することについて「考えていない」と否定した。会談は冒頭のみ報道陣に公開された。首相と知事はその後別室に移り、約30分間2人で会談した。
 知事は、米軍の垂直離着陸輸送機オスプレイについて「県民は非常に不安を持っている」と配備撤回を求めた。首相は「安全確保は当然だ。住民生活への影響や不安の払拭(ふっしょく)に意を尽くしたい。訓練等をなるべく県外に移すことにも努力したい」と答えた。嘉手納基地より南の米軍施設返還については「統合計画の作成を加速化させる」と調整を急ぐ考えを示した。
 首相は民主党政権が県との関係を悪化させたとの認識を示し「この3年の間に国と沖縄との信頼関係が壊れてしまった。われわれはまず信頼関係を構築することから始めたい」と強調した。
 首相は那覇空港第2滑走路増設事業の予算化と工期短縮をアピールし「何とか予算に盛り込むことができた。未来への投資であり大きな経済効果を生む。安倍政権の経済政策の柱にもなる」と経済効果に期待感を示した。沖縄科学技術大学院大学については「国の成長戦略の一つになる」と国の施策として推進する姿勢を示した。
 首相は知事との会談のほか航空自衛隊那覇基地や沖縄科学技術大学院大学などを訪れ、宜野湾市の嘉数高台から普天間飛行場を視察した。同日夜に帰任した。
    --「首相来県 辺野古を堅持 訪米前埋め立て申請否定」、『琉球新報』2013年2月3日(日)付電子版。

-----

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-202151-storytopic-53.html


302


303


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 対人支援インフラ整備を=湯浅誠」、『毎日新聞』2013年02月22日(金)付。

101


-----

くらしの明日
私の社会保障論
対人支援のインフラ整備を
湯浅誠 反貧困ネットワーク事務局長

自殺対策が生み出した利益3000億円

 お金の話をしたい。
 交通事故で人が亡くなると、加害者は被害者遺族に対して賠償する。その金額は逸失利益を踏まえて算出される。その人が生き続けたら生み出されたであろう利益が亡くなることによって失われた、だからそれを保障すべきだ--という考え方だ。
 命はお金では償えないし、逸失利益の考え方にはさまざまな批判もある。しかし、ここでは一つの算出方法として現実に機能していることを確認するにとどめる。本題は別にあるからだ。
 昨年の自殺者数が15年ぶりに3万人を割り込み、2万7766人となった。09年の3万2845人から約5000人減少したことになる。もちろん、亡くなった人がよみがえることはないが、「生きる支援」という自殺対策が進んだ結果、例年に比べて5000人の方が「命拾い」したことも間違いない。
 自殺により逸失利益が生じることは、交通事故と変わりない。厚生労働省は、09年の自殺による経済的損失を1・9兆円と推計した。3万人余りが亡くなって喪失が1・9兆円とすれば、5000人なら約3000億円。自殺対策によって約5000人の方がより多く生きられる状態を実現した結果、私たちは約3000億円の損失を免れたことになる。言い換えれば、社会に3000億円分の利益がもたらされたということだ。
 09年以降、自殺対策は「地域自殺対策緊急強化基金事業」によって予算措置されてきた。09~12年度で137億円。私たちの社会は137億円の支出で約3000億円のリターンを得たことになる。費用対効果は約22倍だ。
 実際には、この事業の範囲外でも大勢の人たちが直接・間接に自殺対策に取り組み、結果としてこれだけの利益を生んだ。現代の日本社会でここまで費用対効果の高い事業があったかと言えば、そう多くはないだろうと私は思う。


 私たちの社会はいま、対人社会サービスに飢えている。これを最も軽視してきたからだ。道路基盤整備、農業基盤整備、施設基盤整備はやってきたが、いわゆる対人支援基盤整備はやってこなかった。そこは家族(血縁)と地域(地縁)と会社(社縁)でやるものとされてきたが、「無縁社会」という言葉に象徴されるように、その機能は弱まっている。介護、育児や、さまざまな生活困難に追われている人たちは、十分な社会参加を妨げられ、社会は富を失い続けている。
 かつては山道に道路を通すことが高い費用対効果をもたらした。だが今は、対人支援を強化することが、社会を強くする重要なインフラ整備となる。
 いまを生きる人々のニーズに即した財政を望みたい。
ことば 自殺対策 06年に制定された自殺対策基本法は、自殺の「社会的な要因」に目を向けて対策を講じる必要性がうたわれ、これに基づき国の対策の指針となる自殺総合対策大綱が策定された。09年には地域自殺対策緊急強化基金を設置。市町村や民間団体による相談事業など財政面で支援してきた。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 対人支援インフラ整備を=湯浅誠」、『毎日新聞』2013年02月22日(金)付。

-----

102


Resize0590


ヒーローを待っていても世界は変わらない
湯浅 誠
朝日新聞出版 (2012-08-21)
売り上げランキング: 21,623

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)
湯浅 誠
岩波書店
売り上げランキング: 8,105

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:『フィールドワークの戦後史』 坂野徹著 評・開沼 博」、『読売新聞』2013年02月10日(日)付。

201


-----

『フィールドワークの戦後史』 坂野徹著

評・開沼 博(社会学者・福島大特任研究員)
「辺境」で見えた関係性


 戦後復興期、「日本の辺境」に向かった研究者たちはそこに何を見出そうとしたのか。

 敗戦の後、人類学・社会学・地理学・宗教学など幅広いジャンルに跨る九つの学会によって結成された「九学会連合」は、1950年から90年まで日本列島各地で計11回にわたる調査を行った。本書は、対馬(50~51)、能登(52~53)、奄美(55~57)の初期3調査の実態を最新の研究も踏まえながら振り返る。

 まず研究者たちが調査地に見出そうとしたのはそこに残る「日本人」「日本文化」だった。当時の日本は生々しい戦争の傷跡を各地に抱えていた。当然、その「傷の痛み」は「植民地の喪失」にもあった。失われた「領土」との境界である「島」や「半島」を調べ、そこが確かに日本であることを自己証明する。それを調査する側=研究者も、調査される側=地元住民も意識せざるをえなかった。宮本常一が調査開始と同じ50年に開戦した朝鮮戦争の砲撃の音を対馬調査の最中に聞いたとする記録が残る。事実か創作か議論の余地は残るが、そのエピソードが一定程度の真実味を持つ中で記録は重ねられた。

 一方、調査する側/される側の意識や利害の溝も露わになっていく。住民を詰問するような強引な調査、持ち出した古文書の未返却などの「調査地被害」。何か地域振興に役立つのではないかと調査を受け入れる地元の期待と、「古いもの」や「郷愁」を見出す対象として調査地を消費していく中央から来た研究者の「学究心」。

 当初、新聞・ラジオ・テレビ等でその成果が全国に報じられるほど盛り上がった調査は、その後急速に勢いを落としていく。高度経済成長の結果、地域文化の均質化は進み、研究者が期待する「辺境」の魅力は失われていったからだ。

 調査後もその地域に持続的に関わり「恩返し」をする者は少数にとどまった。調査する側/される側の関係は、60年後に再来した「復興期」の中で問われ直すことになるだろう。

 ◇さかの・とおる=1961年生まれ。日本大経済学部教授。著書に『帝国日本と人類学者 1884-1952年』など。

 吉川弘文館 2800円
    --「書評:『フィールドワークの戦後史』 坂野徹著 評・開沼 博」、『読売新聞』2013年02月10日(日)付。

-----

http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130214-OYT8T00979.htm


Resize0591


フィールドワークの戦後史: 宮本常一と九学会連合
坂野 徹
吉川弘文館
売り上げランキング: 71,437

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:『「加藤周一」という生き方』 鷲巣力著」、『読売新聞』2013年02月10日(日)付。


301


-----

『「加藤周一」という生き方』 鷲巣力著

評・岡田温司(西洋美術史家・京都大教授)

 文系と理系の最先端の知に通じ、古今東西の古典を渉猟し、英仏独語を母国語のように自在に操り、サルトルら世界の第一線の知識人たちと対等に渡り歩き、欧米の名門大学で教鞭をとり、最晩年まで精力的に著作活動を展開し、左派・右派を問わず数々の論客と論陣を張り、不屈の批判精神を貫いた加藤周一。

 この不世出の「知の巨匠」がいかに誕生し、スケールの大きい思想と行動がいかに形成されたのか。その著作のみならず、加藤が17歳の時から書きつづったという膨大な量の「ノート」を駆使して、本書はその過程をダイナミックに辿る。早熟ぶりを示す初々しい10代の詩から、医学研究のためのパリ大学への留学、恋愛、戦中の逡巡、「知識人の責任」をめぐる論戦など、話題は多岐に及ぶ。加藤の「生き方」の根底にあるのが、諧謔と風刺、遊び心と独特の美意識だという指摘も新鮮に響く。加藤への敬愛の念がじわじわと伝わる。

 実学志向のなか「教養」の意義が軽んじられる今日、真の「自由学芸(リベラル・アーツ)」の精神を生き抜いた加藤周一に学ぶべきものは大きい。(筑摩書房、1700円)
    --「書評:『「加藤周一」という生き方』 鷲巣力著」、『読売新聞』2013年02月10日(日)付。

-----


http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130213-OYT8T00955.htm

Resize0592


「加藤周一」という生き方 (筑摩選書)
鷲巣 力
筑摩書房
売り上げランキング: 22,824


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:『政治はなぜ嫌われるのか――民主主義の取り戻し方』 コリン・ヘイ著 評・宇野重規」、『読売新聞』2013年02月10日(日)付。


301

-----

『政治はなぜ嫌われるのか――民主主義の取り戻し方』 コリン・ヘイ著

評・宇野重規(政治学者・東京大教授)
世界共通の気分


 まずはテストをしていただきたい。あなたは次の三つの言明をその通りだと思うか。

 第一、政治家はいくら建前で公共を語っても、実際には自分の利益しか考えていない。第二、政治家は自分の狭い利益を追求することで、最終的には(企業などの)大きな利益にからめとられている。そして第三、政府はせっかくの税金を無駄に使っている。

 もし、三つともイエスと答えたなら、あなたは現代の典型的な有権者である。いや、実際その通りではないかと怒らないでいただきたい。著者に言わせれば、現代世界の多くの民主主義国家の有権者が、同じように考えていることが問題なのである。

 言い換えれば、このような意見は、各国ごとの政治の評価というより、世界共通の気分である。そして、この気分は1970年代以降に顕著になるが、この時期に一斉に政治家の資質が悪くなったとは考えにくい。だとすれば、むしろ人々の政治への見方が変わったのではないかと著者は考える。

 変化の原因は何か。意外な真犯人として浮上するのが、政治学における公共選択論である。このモデルによれば、政治家や公務員は、他の個人と同様、費用と効果を計算し、自己利益を合理的に最大化しようとする存在である。

 公共選択論は、市場化や民営化を推進する新自由主義とも相性がいい。結果として、学界のみならず、社会一般の考え方、そして政治家自身にも影響を及ぼすことになった。

 が、問題なのは、この考え方が自己実現的であることだ。つまり、人々がそう思えば思うほど、実際になってしまう。政治はますます嫌われ、棄権者が増大するという悪循環となる。

 政治を否定すれば、私たち自身の未来の選択能力を否定するばかりだ。今こそ悪循環を断つべきだという著者の考えは一考に値する。吉田徹訳。

 ◇Colin Hay=1968年生まれ。シェフィールド大教授。著書に『Political Analysis』など。

 岩波書店 2800円
    --「書評:『政治はなぜ嫌われるのか――民主主義の取り戻し方』 コリン・ヘイ著 評・宇野重規」、『読売新聞』2013年02月10日(日)付。

-----


http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130214-OYT8T00985.htm

302


政治はなぜ嫌われるのか――民主主義の取り戻し方
コリン・ヘイ
岩波書店
売り上げランキング: 48,449


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:ニュートンと贋金づくり [著]トマス・レヴェンソン [評者]荒俣宏(作家)」、『朝日新聞』2013年02月17日(日)付。

201_2

-----

ニュートンと贋金づくり [著]トマス・レヴェンソン
[評者]荒俣宏(作家)  [掲載]2013年02月17日   [ジャンル]歴史 


■「怖い官僚」になった大科学者

 あの大科学者ニュートンは「金」に縁がある。長年ひそかに研究したのは錬金術だったし、当時の錬金術は「贋金づくり」と同義語に考えられた危ない探究だった。また晩年、彼は大バブル事件として有名な「南海泡沫(ほうまつ)事件」に乗っかり、長年蓄えた財産を投資してみごとに失敗した。
 だが、王立造幣局の官僚となったニュートンが、英国経済を銀本位制から金本位制に変える方向付けを行ったことはほとんど知られていない。
 30歳以前に科学上の大発見を連発したニュートンも、さすがに後半生は静かな思索生活に飽きあきしたらしく、名誉職であり実入りもいい王立造幣局監事という「閑職」を受けるのだが、あいにく当時の英国経済は崩壊の瀬戸際にあり、贋金づくりが横行していた。ハンマーで手打ちされた粗雑な古い硬貨は、縁や表面を削り取れば銀がいくらでも掠(かす)め取れるし、機械で打ちだす新たな硬貨も、肝心の金型がロンドン塔内の造幣局から盗み出されていく。
 さらに、金属としての銀も値段が海外よりも安かったので、銀貨が溶かされ国外へ流出しつづける。国内には銀貨が尽き商売もできないのだ。ニュートンは就職早々、英国経済の救世主として陣頭指揮をとらざるをえなくなる。
 厳格で完全主義者、しかも信仰あつい英国紳士ニュートンは、ここではじめて天職を得たといえる。いきなり造幣局の全システムを改革し、硬貨の改鋳にとどまらず事実上の紙幣発行を軌道に乗せ、ついに金本位制への転換も視野に入れていく。この改革は役人の生産性など綱紀粛正にも及ぶが、それを阻む最大の敵がいた。怪しげな性具の販売人からのしあがって官僚をも牛耳る贋金づくりのボスとなった悪党である。
 ニュートンはこの黒幕を死刑台に送るべく恐ろしいほど執拗(しつよう)な捜査を開始する。
 こんな怖い官僚、見たことない!
    ◇
 寺西のぶ子訳、白揚社・2625円/Thomas Levenson マサチューセッツ工科大教授、サイエンスライター。
    --「書評:ニュートンと贋金づくり [著]トマス・レヴェンソン [評者]荒俣宏(作家)」、『朝日新聞』2013年02月17日(日)付。


http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013021700009.html

203

ニュートンと贋金づくり―天才科学者が追った世紀の大犯罪
トマス・レヴェンソン
白揚社
売り上げランキング: 1,690

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「みんなの広場 軍隊で受けた恐怖の体罰体験」、『毎日新聞』2013年02月18日(月)付。


101_2


-----

みんなの広場
軍隊で受けた恐怖の体罰体験
無職 86(山口県光市)

 連日のように体罰に関連する話題がマスメディアで取り上げられている。大阪市立桜宮高校バスケットボール部主将の男子生徒が顧問の体罰を受けた後に自殺したことが燎原の火のように全国に広がり、女子柔道ではロンドン五輪代表ら選手15人が、暴力を振るったり暴言を吐いたりした代表監督を告発した。
 思うに、体罰や暴力によって競技の練度を高めるなどもってのほかである。この老骨は太平洋戦争中に軍隊経験があるが、初年兵の頃は全体責任と称して整列させられ、ビンタをくらった身だ。古参兵は平手ではなくスリッパを使った。ビンタで戦意を高揚するなど論外で、毎日が恐怖だった記憶は今も消えない。
全 国のあらゆるスポーツ指導者に申し上げたい。手を上げる前に、選手それぞれの個性に合った言葉を考えるべきではないか。体罰ではなく、言葉で選手たちの心を動かす努力が必要だ。喫緊の課題だと老骨は思っている。
    --「みんなの広場 軍隊で受けた恐怖の体罰体験」、『毎日新聞』2013年02月18日(月)付。

-----

102_2


103


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:地図をつくった男たち―明治の地図の物語 [著]山岡光治 [評者]楊逸(作家)」、『朝日新聞』2013年02月17日(日)付。

201_2


-----

地図をつくった男たち―明治の地図の物語 [著]山岡光治
[評者]楊逸(作家)  [掲載]2013年02月17日   [ジャンル]歴史 


■当たり前の裏側に先人の努力

 日本の近代地図の始まりは伊能忠敬の「大日本沿海輿地(よち)全図」いわゆる「伊能図」なのだが、これは大変精度の高い日本地図だと評価された一方、海岸線や主要な街道以外は、点検に用いた遠方の島や高山が描かれているだけで、内陸は埋められていない、とも言われた。つまり「測量しなかったところは、空白のままとした」のだ。
 明治維新後の新政府は、欧米諸国に追いつくための改革を模索する中で、もっとも基本的な情報基盤である地図の脆弱(ぜいじゃく)さに直面し、国家の急務として「地図づくり」に取り組み始めた。
 より正確な地図を作るためには優れた人材が欠かせない。緯度経度といった地球上の位置を正確に求める測量を日本で最初にした福田半(はん)をはじめ、伊能忠敬以来となる日本領土の実測図「小笠原嶋総図」の作成に活躍した小野友五郎、北海道最北端の聲問(こえとい)でもっとも過酷とされる基線測量の作業をやり遂げた杉山正治など、明治の地図づくりに携わった技術者の群像を取り上げ、数々のエピソードとともに資料写真も添えて語る。
 地図作成を担当する陸軍参謀局地図課で、技術者の指導に当たっていた川上冬崖(とうがい)が、のちに清国へ地図情報を売り渡したと嫌疑をかけられる「地図密売事件」の巻き添えとなり、自殺したという一節もある。地図づくりは国家機密として扱われるようになり、終戦後には多くが焼却されたため、大正昭和以降のそれについては取り上げられなかったと著者はいう。
 明治維新からの140年の間、世界の先進国へとまっしぐらに突き進んできた日本、その陰で地図が大きな力を発揮していたことは言うまでもなかろう。まさに著者があとがきで述べたように、現在では「あって当たり前」だと思われている地図の裏側には、「時代や社会の制約を受けながらも」努力を重ねてきた先人たちの豊かな成果がある。
    ◇
 原書房・2520円/やまおか・みつはる 45年生まれ。元国土地理院中部地方測量部長。『地図に訊け!』など。
    --「書評:地図をつくった男たち―明治の地図の物語 [著]山岡光治 [評者]楊逸(作家)」、『朝日新聞』2013年02月17日(日)付。

-----


http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013021700010.html


202_2

地図をつくった男たち: 明治の地図の物語
山岡 光治
原書房
売り上げランキング: 3,866
地図に訊け! (ちくま新書)
山岡 光治
筑摩書房
売り上げランキング: 131,534

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:写真家 井上青龍の時代 [著]太田順一 [評者]後藤正治(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2013年02月17日(日)付。

301_2

-----

写真家 井上青龍の時代 [著]太田順一
[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年02月17日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 

■ドヤ街に住み、撮影した無頼派

 大阪・釜ケ崎は日本有数のドヤ街として知られる。昭和30年代、幾度か暴動も起きた。当地の写真を撮ったことで名を馳(は)せた井上青龍の評伝である。周辺の人々への丁寧な取材と相まって、社会派カメラマンが生きた時代の匂いが濃厚に立ち上ってくる。
 井上は高知の人。関西写真界のボス、岩宮武二に師事し、ドヤ街に住みつきながら写真を撮った。個展では「人間そのものが泣きたくなるほど好きになり、死んでしまいたいほど嫌いになる場所」という言葉を寄せている。「結局、釜ケ崎を変えることはできなかった」という言葉も残している。
 「狼(おおかみ)が抜き身で歩いているような」男であったが、シャイで俳句に親しむ文学青年でもあった。釜ケ崎以降、テーマに行き詰まる。人間にレンズを向けるとはきつい行為である。とりわけドヤ街においては。長い空白はその“受傷”故でもあったのか。
 旧式のボロカメラを手にCM撮影へ、終われば競馬場へ。無頼風のスタイルを貫く。釜ケ崎の写真集が刊行されたのは25年後のこと。ようやく新しいテーマ、南島・奄美に取り組みはじめた矢先、水難事故で世を去る。
 晩年、井上は大阪芸大の教員ともなった。机に一升瓶をどんと置き、講義が済むと学生を引き連れ、釜ケ崎のホルモン屋へと向かう。いまゼミ生の何人かはドキュメンタリー写真の道に進み、韓国のジャーナリズム界で活躍している。学生たちは、どこかで“無頼教師”が宿す心根を受け取っていったのだろう。
 著者は、井上とはスタンスが異なるが、在日の女性、内地の沖縄人、ハンセン病などのテーマに仕事を重ねてきた写真家である。井上への違和や作品批判を率直に述べつつ、それでもなお行間から伝播(でんぱ)してくるのは、写真を撮るとは何かという問いを抱え続けて生きた先達への、くぐもった共感と哀惜の念である。
    ◇
 ブレーンセンター・2940円/おおた・じゅんいち 50年生まれ。写真家。『ハンセン病療養所 隔離の90年』など。
    --「書評:写真家 井上青龍の時代 [著]太田順一 [評者]後藤正治(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2013年02月17日(日)付。

-----

http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013021700006.html


302_2>


写真家 井上青龍の時代
太田 順一
ブレーンセンター
売り上げランキング: 12,707


ハンセン病療養所隔離の90年
太田 順一
解放出版社
売り上げランキング: 1,098,120

| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:南原繁研究会編『平和か戦争か 南原繁の学問と思想』to be出版、2008年。


101

-----

 南原は、その生涯において一度だけバルトと出会っています。一九五二年にヨーロッパを回ったとき、ドイツでは歴史家フリードリヒ・マイネッケやヒトラーと闘ったバルトの盟友マルティン・ニーメラーなどと出会い、とても共感を覚えています。

 「私がドイツについて、また彼が日本について、考えていたことが、不思議にも完全というほど一致したことを、驚き且つ喜んだのであった。なかんづく、過去における両度の大戦に顧み、且つ今後相対峙する二つの強固な陣営の間にあって、将来世界の恒久平和策として、ドイツ之中立を説くところは、私の心から賛同を惜しまなかった点である」(29)。

 しかし、なによりも、バーゼルで出会ったバルトの印象は強烈だったようです。

 「ニーメラーとともに、あるいはそれ以上に、現在ドイツの精神界に重きをなしているのは、神学者バルト博士(Karl Barth)であるであろう。博士は、戦前ブルンナー博士と並んで、「危機の神学」の双璧としてわが国にも紹介され、当時ある人々からはこの神学思想をナチス全体主義となんらかの内的関連があるように解釈されたが、その誤りであったことは、われわれの当初観ていた通りである。……
 この碩学が私に与えた印象は、短い顎髭を蓄え、人懐こい眼をした、ユーモアにも富んだ、人間としての素朴さと善良さであった。しかも、この人が、ドイツ再軍備のはじめて問題となったとき、これを促す米国の政策を論難して火のような言葉を吐いたのであった。「終戦後、ドイツ国民に戦争の玩具まで禁止し駆逐した同じ権力が、いまにわかに道徳、殊に神聖な義務の名において歳武装を説くことは、まさに神聖の冒涜である」と。そして、私に語ったところによれば、博士自身はパシフィストではない。それは、このようなドイツ国民にとっての根本的な精神問題を当面の政策の道具とする似而非道徳と機会主義に対する憤激と抗議にほかならない。けだし、現代ドイツ精神界の汚れなき真理と良心の声といえるであろう」(30)。

 私は、南原がバルトのユーモアに印象づけられたということに大いに注目しました。
 「力強く落着いてユーモアをもって」というのはバルト愛好の言葉でした。終末論的希望から生まれる心のゆとりのゆえに、世界の現実を、そのあるがままにリアルにみる勇気と力とを与えられるというのです。そこに時代の状況に流されない真実なリアリズムが出てくるのでしょう。
 バルトの挑発的とも言うべき時代批判の発言--冷戦の只中で東西世界の間に立つ中立を説いて、当時、ヨーロッパ中で悪評の的となったバルトの姿に、私には、全面講和論をかかげて曲学阿世と罵られた南原の姿が重なります--にひそむ預言者的カリスマ的な証しは、高度の知性に裏づけられた政治的リアリズムをともなうものでした。
 今こそ私たちは南原の思想的遺産を--国際政治の現代的状況を見据えた坂本講演の鋭い指摘のように--批判的に継承する者として生きなければならないでしょう。その際、終末論的希望に立って--さらに一般化して言えば、普遍的な価値に開かれた地球市民としての連帯性への希望に立って--日本と世界とを覆う怪しげな雲行きの只中にあっても、なお「力強く、落着いて、ユーモアをもって」、この時代精神に断固として反対する姿勢を問われているのではないでしょうか。
(29)南原繁「今後の世界をつくる人々--ドイツを中心として」(一九五二年)『著作集』第八巻、所収、一一四頁。
(30)南原、前掲書、一一五-一一六頁。なお、ついでに言えば、『南原繁書簡集』(福田歓一編、岩波書店、一九八七年)の一つには、このときのバルトとの出会いの思い出が感慨深く記されています(日原章介宛、昭和四三年一二月一六日付け書簡、同上書、四七三頁)。
    --宮田光雄「南原繁とカール・バルト」、南原繁研究会編『平和か戦争か 南原繁の学問と思想』tobe出版、2008年、48―50頁。

-----

ツイッターのまとめで、しかも書評というよりは、南原繁とカール・バルトから何を学ぶのかという話に近いのですが、とりあえず残しておきます。

南原繁研究会編『平和か戦争か 南原繁の学問と思想』to be出版。本書の肝は、2つの講演。坂本義和「南原繁とその後」、宮田光雄「南原繁とカール・バルト」。両先生とも南原門下。坂本先生の講演では、「昭和」天皇観、国家観、憲法九条観、宗教観の4つの功罪(先見性と限界)をスケッチする。

坂本義和「南原繁とその後」。ロサンゼルスで生まれ上海で育った坂本先生らしい。カントの「世界公民」の意義を念頭に置きながら(南原もカントを高く評価)その限界を私たちの課題として提示する。真理立国と民族共同体への愛のバランスはいかに。

一昨年、坂本義和先生が上程された(自伝といってよいでしょう)『人間と国家――ある政治学徒の回想』(岩波書店)は積読なので、近いうちに紐解きます。

坂本義和先生は、南原門下の丸山眞男ゼミ出身。お父様の坂本義孝氏は、東亜同文学院教授。東亜同文学院は、近衛文麿のオヤジの近衛篤麿によって創設だから、いろいろな意味で、入れ子関係になっていると思う。こういう面倒くさい関係をスルーすると、敵か味方かという二元論が政争によって利用される。

最近、色んな人から「氏家さん、撤退したんすかw」って言われるけど、自分自身、徹底追及は辞めていないけどtwとかで3.11ネタのポストは減ったと思う。しかし、そうした空間における言語流通において「撤退したんすかw」っていうのも違うとは思うんだよね。人によって使い方は千差万別だけど

宮田光雄「南原繁とカール・バルト」。カントの批判哲学と無教会主義に立脚する南原と、文化主義を否定しキリスト論中心のカール・バルトの「この世を撃つ」相似をスケッチした意欲的な講演。「この世」を絶対化する動員が南原、バルト共通の敵。

両者の翠点はバルト「今日の神学的実存」(1933)。南原の主著とレーヴィットの知見をもとに、発想の枠組みの同一意識を、短い講演録で証示する宮田先生の力量には驚く。南原・バルト門下だからさもありなん。

キリスト教に限らず世界宗教の眼目とは何か。私見によれば、仮象にすぎないものを仮象であると示唆することであろう。彼岸にも此岸にも撤退する必要はない。丸山眞男的に表現すれば「あまのじゃく」だ。籠絡をさせ、絶えず水平思考を促す。

そうしたアンチノミーの「自覚」が割愛されてしまうと、容易に人間は人間を毀損してしまう。「危機の神学」とは、人間存在の危機でもある。そこを単純化することを退け、丁寧にあるしかない。

さて、バルトの危機意識にも似た南原のそれは、やはり内村鑑三の「再臨」信仰に尽きる(それ自体がまさに「キリスト論」中心)。残念なのは戦前昭和のバルト主義者が雪崩をうって国家主義に関与したことだ。

このへんは、めんどくさい話なんだけど、ネタは準備しているので、そのうち論文に仕上げて……うわやめろ。


102

平和か戦争か 南原繁の学問と思想
南原繁研究会
to be出版
売り上げランキング: 722,317
人間と国家――ある政治学徒の回想(上) (岩波新書)
坂本 義和
岩波書店
売り上げランキング: 227,716
人間と国家――ある政治学徒の回想(下) (岩波新書)
坂本 義和
岩波書店
売り上げランキング: 221,938



南原繁著作集セット(全10巻)
南原 繁
岩波書店
売り上げランキング: 1,519,399

南原繁著作集〈第1巻〉国家と宗教 (1972年)
南原 繁
岩波書店
売り上げランキング: 1,196,534


南原繁書簡集―付南原繁宛書簡
南原 繁 福田 歓一
岩波書店
売り上げランキング: 1,256,442

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:革命の季節―パレスチナの戦場から [著]重信房子/オウム事件 17年目の告白 [著]上祐史浩 [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年02月17日(日)付。

201

-----

革命の季節―パレスチナの戦場から [著]重信房子/オウム事件 17年目の告白 [著]上祐史浩
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年02月17日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 

■空虚さ漂う自省、歴史の歪み続く

 1960年代後半から70年代にかけての学生運動、80年代から90年代の宗教活動。その二つの世代の異様に特化した組織の幹部執筆の書、それが相次いで刊行された。学生運動の尖端(せんたん)で国際根拠地建設のもと世界革命を呼号した日本赤軍、超能力者を自称する人物に帰依してサリン散布で大量殺人を企図したオウム真理教、革命と宗教、そこに特別の共通点がないかに思えるが、実はそうではない。
 彼らは既存の体制、思想、規範、さらには価値観を解体するにはあらゆる手段が許容されると考える。ある一面に並外れた感性を持つが、その半面に冷酷な計算が見え隠れしている。この共通点がいみじくも両書の各頁(ページ)から窺(うかが)える。同時にそれぞれの運動の指導部に列していたがゆえに、史実への自省、自戒もまた記述されている。が、そこに空虚さが漂っているのも否めない。
 重信書は、自らがなぜ学生運動に飛びこんだか、赤軍に加わり、やがてレバノン、そしてパレスチナに向かうが、その間の日常を淡々と記述する。とくにポイントを置いて明かしているのは、テルアビブ空港での3人の日本人学生による乱射事件である。著者は、この事件をリッダ闘争と称し、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)の闘争の一環としてどのように行われたかを詳細に説明している。奥平剛士の動きを中心に安田安之やその周辺で動く日本人学生たちの意識や言動を知ると、戦後日本社会の多数派とは異質の価値観をもっていたことがわかる。
 重信書によると、奥平の両親への遺書を託されたというが、特攻隊員に通じる心理の機微に驚かされる。著者が巧妙にヒューマニズムを鼓吹していることに気づくと、初歩的な疑問(テルアビブ空港で亡くなった24人への哀悼の欠落)が大きくなってくる。表面上は謝罪するとの言もあるが、「パレスチナの受難の歴史と70年代という時代の中でその問題を捉(とら)えたい」というのは、はたして説得力を持ちうるのか。
 上祐書はオウムが起こした各種事件をすべて自己批判、サリン事件は、麻原の予言的中演出のために強行されたとの自説を披瀝(ひれき)する。「麻原は極度の誇大妄想と被害妄想の人格障害(精神病理)だった」との断言にあるように、いわば憑(つ)きものが落ちての自己省察の書である。なぜ麻原に魅(ひ)かれたか、私はオウム人だった、の分析で語り続ける。ただオウムは大日本帝国やナチスと共通点があるとの分析がくり返されるが、一面的、皮相的であることは否めない。
 二つの世代体験者が記憶する同時代の史実、両書にふれても未解明のままだが、歴史の歪(ひず)みの連続性だけは見てとれる。
    ◇
 『革命』幻冬舎・1785円/しげのぶ・ふさこ 45年生まれ。元日本赤軍最高幹部。殺人未遂などの罪で服役中。『オウム』扶桑社・1680円/じょうゆう・ふみひろ 62年生まれ。オウム真理教を経てアレフ代表。脱会後、「ひかりの輪」代表。巻末に有田芳生氏との検証対談。
    --「書評:革命の季節―パレスチナの戦場から [著]重信房子/オウム事件 17年目の告白 [著]上祐史浩 [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年02月17日(日)付。

-----


http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013021700003.html

202


革命の季節 パレスチナの戦場から
重信 房子
幻冬舎
売り上げランキング: 6,904


オウム事件 17年目の告白
上祐 史浩 有田 芳生 (検証)
扶桑社
売り上げランキング: 8,573

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:ふたつの講演―戦後思想の射程について [著]加藤典洋」、『朝日新聞』2013年02月17日(日)付。

301


-----

ふたつの講演―戦後思想の射程について [著]加藤典洋
[掲載]2013年02月17日   [ジャンル]社会 


 鶴見俊輔や吉本隆明らの「戦後思想」は圧倒的な外来思想への抵抗だった。それを受け継ぎ、その先に出るには、「戦後」がなくても善悪を考えられる足場を築くことだ。9・11は「戦後」でなく「世界」という枠で考える必要を感じさせ、3・11で世界は、資源や環境の「有限性」から考えなければならない「リスク近代」に入った??。
 『敗戦後論』などで過去とのつながりを考えてきた著者が、未来とのつながりも考えるようになった。その道筋が大まかに描かれている。ゼロからはじめ、世界に向きあうこと。「いま、私は、何か小学一年生のような言い方になってしまうのですが、世界のことを考えたいと思っています」という文が印象的だ。
    ◇
 岩波書店・1785円
    --「書評:ふたつの講演―戦後思想の射程について [著]加藤典洋」、『朝日新聞』2013年02月17日(日)付。

-----

http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013021700007.html

302


ふたつの講演――戦後思想の射程について
加藤 典洋
岩波書店
売り上げランキング: 8,515


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「今のところ小康状態を保っていると言っていいのかと思います」が、またしても悪夢再来という拳(涙


101

-----

 昨年は第三回のシンポジウムをはさんで、教育基本法の改正、改悪と言ってもいいのですが、それが衆議院、参議院で可決されて、通ってしまいました。その時私共は、来年はひょっとしたら憲法改正が大きな話題になるのではないかと恐れておりましたけれども、幸いなことに参議院で与党が大負けをして、しかも安倍総理が退陣しましたので、今のところ小康状態を保っていると言っていいのかと思います。
 私は一昨日、「日本の青空」という映画を見ました。これは南原研究会のメンバーも大勢見ておりますが、これによっていろいろなことを考えさせられました。今日は長くなるから申し上げませんけれども、同時に、最近私は九州大学医学部出身の浜清先生という優れた解剖学者で日本学士院の会員でもあられますが、その方から、「われわれがあとに残すべきもの、それは今の子どもや孫たちが三〇年後、五〇年五に笑顔で過せる世界である。それを残すために絶対にやってはいけないことがある。それは核戦争、核兵器の使用だ。」と伺いました。浜先生は、昭和二〇年八月、九大生の一年生の時にちょうど長崎で原爆が投下されたのに遭遇されました。長崎大学が爆心地だったのです。当時は長崎医大といったはずですが、全滅して九大に応援を求められて、一年生の学生が本当に修羅場ともうしますか、爆心地に乗り込んだ。その経験は一生忘れられないことで、絶対に核兵器を使ってはいけない、とおっしゃっておられました。
    --鴨下重彦「まえがき(第四回南原繁シンポジウム開会の挨拶)」、南原繁研究会編『平和か戦争か 南原繁の学問と思想』tobe出版、2008年、2-3頁。

-----


先の自公政権下で、改悪された教育基本法の骨子を構想したのが、政治学者南原繁。さすがに南原はこうした揺り戻しを見る前に鬼籍に入ることになったものの、その意志を継ぐ人々の時代認識は、『平和か戦争か』とのタイトルどおり、よろしい方向に向いていないという危惧が先立ってしまう。

そしてわたしもそのひとり。

うえのシンポジウムは、今から6年前の2007年の晩秋に学士会館で開催されたもので、引用はその挨拶から。

教育基本法から次は憲法改正へという筋道は、自公政権の崩壊によって、「遠のいた」感はあるものの、昨年年末の選挙によって、「悪夢」の「再来」をまたしても予期させるものとなりつつあるのが今現在ではないでしょうか。

再び総理の座に返り咲いた安倍首相は、政権枠組みにとらわれず、まずは憲法を改正しやすくするための超党派連合を模索し、タカ派政治家たちは、その合従連衡にやぶさかでないという。

政権交代後、メディアは鳴り物入りで「景気回復」内閣のような吹聴にまわっているが、参院選がおわれば、実際にどう動くのかわかったものではない。

「平和か戦争か」

戦争をのぞむ人間というのは、決して「自分がいく」とは「決まっていない」から戦争をのぞみ、政策論争としてすり替えてしまう。

現実には、おどらされた人間が戦地へいき、血を流させ・自らも流していく。

そのときになって

「なんで・・・」

と誰何したとしても、火付け役は、

「おまえたちが信任したからではないか」

と居直ることが歴史の常なんじゃないでしょうか。

いろいろと勘弁してほしいことが多いので、警戒的になってしまう。


102

平和か戦争か 南原繁の学問と思想
南原繁研究会
to be出版
売り上げランキング: 713,143

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:小島ゆかり・評 『月の名前』=文・高橋順子、写真・佐藤秀明」、『毎日新聞』2013年02月17日(日)付。


201


-----

今週の本棚:小島ゆかり・評 『月の名前』=文・高橋順子、写真・佐藤秀明
毎日新聞 2013年02月17日 東京朝刊

 (デコ・2625円)

 ◇「銀の皿」に寄せる古今の詩歌のゆたかさ

 詩人・高橋順子と写真家・佐藤秀明のコンビによる『雨の名前』『風の名前』『花の名前』(小学館)は、常にわたしのかたわらにあって、開くたびに眼と心に潤いをもたらしてくれる。今度は、その二人による『月の名前』が刊行された。うれしい。

 「四季の月」「月のかたち」「月の伝承」「暦の月」「月とことば」の五章から成る。四百語にも及ぶ月の言葉と、古典から現代に至るさまざまな詩歌のゆたかさ。

 まず「1章 四季の月」を開く。ただいまの冬の月では、冷たく美しい「月の氷(こおり)」(澄みきって氷のように見える月。また水に映った月がきらめくさま)や、幻想的な「青月(せいげつ)」(青白く凄(すご)いような月)に出会い、まもなくの春の月はというと、めずらしい「油月(あぶらづき)」(空中の水蒸気のために月の光がたゆたい、月の周りにまるで油を流しでもしたかのように見える月)や、「烟月(えんげつ)」(けむったように見える月)に出会う。

 また「3章 月の伝承」の「月の異称」では、神秘的な現代俳句「月魄(つきしろ)や出入りはげしきけものみち」(真鍋呉夫)や、素朴な越後の童謡「ののさまどつち。いばらのかげで、ねんねを抱いて、花つんでござれ。」を楽しむ。

 「月魄(げっぱく/つきしろ)」の「魄」は魂。「月魄」は月の精、また月のこと。俳人が「月代」や「月白」ではなく「月魄」を選んだのは、おそらく「けものみち」と関わりがあるだろう。

 「ののさま」は、幼児語。月ばかりでなく、太陽や神仏にもいう。「ののさん」「のんのさま」「のんのちゃん」とも。そういえばわたしの祖母は、「のんのさま、のんのさま」と言っては月を拝み、仏壇に手を合わせていた。

 ゆっくりとページをめくりながら、進んだり戻ったりしていると、ところどころに、味わい深く風通しのよい詩とエッセーがひっそりと置かれていて、この詩人の魅力にしばらく立ち止まる。

 たとえば、エッセー「初恋を偲(しの)ぶ夜」は、井伏鱒二の詩の一節「今宵は仲秋明月/初恋を偲ぶ夜/われら万障くりあはせ/よしの屋で独り酒をのむ」(「逸題」『厄除(よ)け詩集』)をひいて、こんなふうに書く。

 十五夜ころの月のさやかに照る晩、作家は東京新橋の「よしの屋」に足が向く。作家の「初恋」は遠い彼方に月のように光っている。いまとなっては美しい思い出である。「われら」と言いながら「独り酒をのむ」というのがいい。(中略)作家はそれから「蛸(たこ)のぶつ切りをくれえ」と声をあげる。俳諧的な滑稽(こっけい)さがある。「それから枝豆を一皿」と注文する。こちらは「豆名月」を意識しているのか、いないのか。

 たとえばまた、詩「銀の皿」は、こんなふうにはじまる。

  月は銀の皿

   さらさら

  銀の皿には何を盛りましょう

 佐藤秀明の写真は、美しくなつかしく、ときに幻想的に、月の言葉たちに時空の奥行をもたらしている。

 「この本は地上にいつまでも止まってはいられぬ者が捧(ささ)げる月への讃歌(さんか)である」(まえがき)という。月面に人の足跡がしるされてのちも、「銀の皿」に盛るべき、わたしたちの物語は終わらない。
    --「今週の本棚:小島ゆかり・評 『月の名前』=文・高橋順子、写真・佐藤秀明」、『毎日新聞』2013年02月17日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20130217ddm015070005000c.html

202


203

月の名前
月の名前
posted with amazlet at 13.02.19
高橋順子
デコ
売り上げランキング: 3,632


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:川本三郎・評 『江分利満家の崩壊』=山口正介・著」、『毎日新聞』2013年02月17日(日)付。

301


-----

今週の本棚:川本三郎・評 『江分利満家の崩壊』=山口正介・著
毎日新聞 2013年02月17日 東京朝刊

 (新潮社・1470円)

 ◇切実な覚悟で記した、亡き両親の私小説

 山口瞳が死去したのは一九九五年(平成七年)。

 子息である著者と、母親の二人だけの暮らしが始まった。四十代なかばになる著者は独身。母子二人の静かな生活が始まると傍目(はため)には思われた。知人は「これからは自分のやりたいことをやりなさい」と励ましてくれた。

 しかし、そうはならなかった。母親が大変な病気を抱えていたから。山口瞳が『江分利満氏の優雅な生活』のなかで「テタニー」という病名で触れている心因性の厄介な病気である。不安神経症、パニック症候群。

 何よりも一人でいられない。いつもそばに誰かが付いていなければならない。乗り物恐怖症でバスに乗れない。近くに買物に行く時もタクシーを利用する。風呂場に一人でいるのを怖がり入浴も嫌がる。

 著者が中学生の頃、こんなことがあった。ある夜、睾丸(こうがん)が痛み出した。あいにく父親は外出している。あまりの痛さに母親に救急車を呼んでくれと頼むと、なんと母親は「知ってるでしょ、ママは知らない他人の車に乗って、知らないとこへ行けないのよ」と突き放す。息子が痛がると、自分もヒステリックに叫ぶ。

 こんな母親だから著者は書く。「今にして思えば、僕の半生はこの母の神経症との戦いの日々だった」。母親を置いて自由に外出が出来ない。取材、とりわけ海外取材の仕事にも支障が出る。

 それでも発作が出ない時の母親はしっかりしている。多忙な夫を支えたし、その死にもきちんと対応した。ただそれがいつ急変するか分らない。正常と異常の落差が大きい。

 著者は、この母親の病いを赤裸々に語ってゆく。日本の近代小説の特色である私小説が、家族の秘密をあえて書くことなのだとすれば本書はまさに私小説と呼んでいい。書いてはいけないことを書く。その思い切った覚悟が本書を力強い読みものにしている。

 母親が宿痾(しゅくあ)というべき不安神経症になったのはなぜか。著者は、原因は母親が若い頃に二度、中絶をしたことにあるのではないかと推察する。後年、母親は著者にその話をし、「パパが反対しなかったんだよぉ」と絞り出すように言ったという。

 とすれば母親の心の病いには父親、山口瞳にも責任がある。著者は、そこからさらに思い切った「秘密」を明らかにする。ちょうど山口瞳が『血族』によって実家が遊廓(ゆうかく)であったことを書いたように。

 母親が中絶のあとに精神的に落ちこんだ時に父親はこう言った。「あなたの家はみんなおかしいから、あなたも、いつかおかしくなると思っていました」。本人は軽口だったのかもしれないが、この言葉が母親を深く傷つけた。

 「今現在の僕は、母の一生を決めてしまった乗り物恐怖症に代表される、母の生涯を通しての精神の病の本当の原因は、この父の心ない一言だったと確信している」

 といっても著者は父親を批判しているのではない。まして二〇一一年に癌(がん)で亡くなった母親を嘆いているのでもない。自分の愛する両親はこうだったと息子として冷静に事実を書いている。無論、時に筆が乱れることがあったとしても。

 後年の山口瞳に『人殺し』という小説がある。銀座のホステスとの交情を描いたもので、当然、母親は衝撃を受けた。

 二〇〇九年に癌と分かり、余命一年と宣告されたあと、母親が始めたことは、『人殺し』で書かれたことが事実であったかどうかを調べて明らかにすることだった。あれはフィクションだったという願いをこめて。弱ってゆくなか、夫の“無罪”に立ち向かおうとするこの気力には圧倒される。

 ここにも私小説が持つ、身を削ってこその感動がある。両親とも、息子に自分の「秘密」を書いてほしくなかったかもしれない。しかし息子である著者はあえてそこに踏みこんだ。両親の本当の姿を書かなければいま以上に亡き両親のことを愛せないのだから。

 現在、還暦を過ぎた著者は明らかに覚悟を決めて本書を書いている。その切実さが静かな感動を与える。時には穏やかなユーモアさえあるのに驚かされる。

 母親は余命一年を告げられたあと思いがけずしっかりしている。最後の正月に息子に「今年は大変なことになると思うけど、あんたも頑張って」と優しく言葉を掛ける。死の準備もする。最期の時は、入れ歯をきちんと入れ、口を開かないようにしてほしいと細かな指示も与える。遺影も用意する。

 その母親が他方で病院の枕にボールペンで「死ナシテ」「死ニタイ」と書いた。胸を衝(つ)かれる。「母さん、これが絶筆じゃ、悲しいよ」。死ほど人を厳粛にさせるものはない。

 「瞳の元に早く行きたい」と言い続けていた母親は、夫と同じホスピスで二〇一一年三月十三日に逝った。東日本大震災直後の混乱のなかで、死を看取(みと)れなかったことを著者はいまも悔んでいるという。
    --「今週の本棚:川本三郎・評 『江分利満家の崩壊』=山口正介・著」、『毎日新聞』2013年02月17日(日)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20130217ddm015070018000c.html


302


303


江分利満家の崩壊
江分利満家の崩壊
posted with amazlet at 13.02.19
山口 正介
新潮社
売り上げランキング: 4,014

| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:イレーヌ・ネミロフスキー(野崎歓、平岡敦訳)『フランス組曲』白水社、2012年。


101_3


イレーヌ・ネミロフスキー『フランス組曲』白水社、読了。著者はロシアから亡命したユダヤ人資産家の才女。作家デビューして十年、第二次世界大戦が始まった。「国が私を拒絶するなら、こちらは国を平然と観察し、その名誉と生命が失われていくのを眺めていよう」。本書は歴史の激動をめぐる証言。

舞台は40年のドイツ軍の侵攻から始まる。フランス中のあらゆる階層の人々が本書には登場する。ドイツ人将校と不倫する銃後の婦人は極めて美しく描かれている。食料を奪い合う浅ましき人々の一方で、堪え忍ぶ人間の気高さが冷静に綴られている。


作家が死を意識しつつ、書きとどめた証言は、まさに一編の「組曲」である。「アウシュヴィッツに散った作家のトランクに眠っていた、美しき旋律」(帯)。


102_2

フランス組曲
フランス組曲
posted with amazlet at 13.02.17
イレーヌ ネミロフスキー
白水社
売り上げランキング: 22,560

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:中村桂子・評 『百年の手紙-日本人が遺したことば』=梯久美子・著」、『毎日新聞』2013年02月17日(日)付。

201_2


-----

今週の本棚:中村桂子・評 『百年の手紙-日本人が遺したことば』=梯久美子・著
毎日新聞 2013年02月17日 東京朝刊

 ◇『百年の手紙-日本人が遺(のこ)したことば』

 (岩波新書・840円)

 ◇心を許す人へと宛てた思いが、時代を語る

 東日本大震災から二年がたとうとしているのに、暮らしやすい社会へ向けての道を歩んでいるとは到底思えない。その中で、これからの生き方を考えると、どう生きるのがよいかという前向きの問いとどう生きられるのだろうかという不安とが混じり合う。

 このような時は、「百年の来し方を振り返り、歴史の節目を生きた日本人の肉声に耳を傾けることは、それなりに有益」と考えた著者が、二十世紀の百年間に書かれた手紙百通ほどを紹介しているのが本書である。手紙は、家族や友人、恋人など身近な人に宛てた個人的なものだが、それゆえにその時代のありようを明確に、正直に見せてくれることがわかり面白い。

 一九〇一年十二月十日に書かれた田中正造の明治天皇への直訴状から始まる。天皇に渡すことはできなかったが、内容は「鉱毒に苦しむ渡良瀬川下流域の農民の実情を訴え、銅山の操業停止を求めるもの」だった。その中から著者がとりあげた文は「田園荒廃シ数十万ノ人民ノ中(う)チ産ヲ失ヒルアリ」だ。これで、一時世論が盛り上がったが、まもなく熱は冷め、銅山の操業停止はなかった。まさに今の福島だ。驚くのは、大逆事件で死刑となった唯一の女性管野(かんの)すがが、獄中から幸徳秋水のための弁護士の世話を依頼する手紙である。一見ただの半紙を光にかざすと、無数の小さな穴があり文字が見える。二〇〇六年にしみ一つない状態で発見されたとのこと、歴史がひそんでいる。

 この二通を含む「1 時代の証言者たち」には、一九五四年ビキニ環礁で被曝(ひばく)した第五福竜丸の無線長久保山愛吉の「おとうちゃんも、だんだん元気がでてきました」「あめふりに かわへ おちないよう」という子どもたちへの手紙がある。帰宅することなく亡くなった久保山は、妻子に手紙を書き続けたという。

 「2 戦争と日本人」も多くを語る。「ハヅメテ、タマノナカヲ、クグリマシタ。タマハ一ツモアタリマセンデシタ(中略)オカサンノオイノリト、フカク、カンシャイタシテオリマス」と書いた農民兵士の母は「ヘイタイサイカネデスムモノナラ、ゼニッコナンボ出ステモヨ」と語っている。また妻が夫へ、「敵弾があたりませぬように」だけでは勝手すぎるので「一日も早く平和のきますよう」祈っていると書く。この手紙は届かぬまま夫は戦死した。戦争で多くの命を失なった二十世紀、手紙ほどその中での一人一人の思いを伝えてくれるものはないという思いを強くした。

 3は「愛する者へ」。これこそ手紙の真骨頂発揮の場である。恋人、妻や夫、子ども、友人へと送られたどの手紙も心に響く。冒険家植村直己は婚約者に「一生を棒にふってしまったとあきらめて下さい」と書く。そして孤独を打ち明け、あなたにだけはよくやったと言ってもらいたいと求めるのである。本音の本音だ。

 最後の4は「死者からのメッセージ」。夭折(ようせつ)した人の言葉が悲しい。童話作家新美南吉は巽聖歌(たつみせいか)に草稿を送る失礼を詫(わ)び「もう浄書をする体力がありません」と書く。二十九歳である。病いの他、遭難、戦争などでその後の人生を絶たれる人、自ら命を絶った人とさまざまだが、死のもつ意味は一人一人違いながらまた同じでもあると気づいた。

 手紙は、最も心を許している人へ宛てて思いを語るものであるだけに時代を語るのだ。とにかく本音で考えよう。本音で語り合おう。最初にあげた問いへのとりあえずの答が探せた。
    --「今週の本棚:中村桂子・評 『百年の手紙-日本人が遺したことば』=梯久美子・著」、『毎日新聞』2013年02月17日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20130217ddm015070041000c.html


202_2


203

百年の手紙――日本人が遺したことば (岩波新書)
梯 久美子
岩波書店
売り上げランキング: 512

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:ふたつの講演 戦後思想の射程について=加藤典洋・著」、『毎日新聞』2013年02月17日(日)付。


301_2

-----

今週の本棚:ふたつの講演 戦後思想の射程について
加藤典洋著

(岩波書店・1785円)

 書名の通り、著者が昨年3月と5月におこなった二つの講演(ただし、一方は2日にわたるもの)の記録を中心に編まれた本。こういうと軽い本のようだが、内容にはずっしりとした重さがある。著者の問題意識は、日本の戦後思想と、「3・11」以後に明らかになってきた21世紀世界の思想的課題を貫くところにあり、そのエッセンスが平易に、しかし真正面から語られているからだ。
 ウルリヒ・ベックの「リスク近代」、見田宗介の「有限性」という二人の社会学者の考え方をヒントに、著者は未来構想を探っていくが、足がかりとしたのは、自身の『敗戦後論』における思想的格闘である。
 戦後50年の1995年に最初の論文が論争を呼んだ『敗戦後論』で著者は、「持国の戦争の死者」に、「過去とのつながり」をもつための「固有の存在」を見いだした。一方、放射能汚染された地に生まれてくる「福島の子どもたち」に対し、著者は「自分は有責である」と感じ、そのような関係の「固有性」が「未来とのつながり」を考えさせると書く。
 現在を基点に、ねばり強く過去と未来を意味づけていく真摯な思考が、読者を揺さぶる。(壱)
    --「今週の本棚:ふたつの講演 戦後思想の射程について=加藤典洋・著」、『毎日新聞』2013年02月17日(日)付。

-----


302_2


303


ふたつの講演――戦後思想の射程について
加藤 典洋
岩波書店
売り上げランキング: 4,301


敗戦後論
敗戦後論
posted with amazlet at 13.02.17
加藤 典洋
講談社
売り上げランキング: 116,523

敗戦後論 (ちくま文庫)
加藤 典洋
筑摩書房
売り上げランキング: 319,566

現代社会の理論―情報化・消費化社会の現在と未来 (岩波新書)
見田 宗介
岩波書店
売り上げランキング: 26,113

| | コメント (0) | トラックバック (0)

研究ノート:「内村鑑三は、近代の日本文学を否定することによって、近代文学に寄与した」。

101_2


-----


 逆説的な言い方をするならば、内村鑑三は、近代の日本文学を否定することによって、近代文学に寄与したのである。内村に接した文学者たちは、多かれ少かれ、この内村の文学観を知っていた。それが、結果的には、たとえ無意識にせよ、彼らの文学の彫りを深めることになったように思われる。
 内村と文学者たちとの関係を、内村のきびしい倫理主義や人間的狭量さからの離反、もしくは「背教」としてのみとらえず、接した時期による相違と、両者の間にある共通性と、文学者たちの精神の展開過程のうえで、全体的に扱おうとしたのが本書の課題であった。本書でとりあげた文学者たち(引用者補足……国木田独歩、正宗白鳥、魚住折蘆、小山内薫、有島武郎、志賀直哉、長与善郎、太宰治、亀井勝一郎、中里介山、芥川龍之介ほか)は、内村に接した時期により三群に大別することができる。
 第一の群は、内村が、『国民之友』や『東京独立雑誌』で活動していた時期に、その「大文学」論や、人間いかに生きるべきかの論にひかれた人々である。この人々は、その後身近に内村と接したことにより、内村の人間性に疑問を生じて離れる。この時期は、内村の方も、ややもすれば人と衝突し、社会に対して多くを責める時期でもあった。
 第二の群は、雑誌『聖書之研究』が創刊され、それを読むとともに角筈で開かれていた聖書研究会に出席した人々である。これらの人々は、内村のところで「自然」のキリスト教を見出し共感を示すが、それが同時に離反の一因ともなる。だが、その離反は「背教」というよりは「霊の父」からの自立の傾向の強いものでもあった。文学史上白樺派を形成することになる人々が、これに属する。
 第三の群は、内村の没後、その思想にふれた人々であって、主として日本浪漫派に属する人々である。彼らは、内村のなかに、近代日本の傑出せる「精神」と「近代」の批判をみた。
 これらの三群が、それぞれ内村に接した時期により反応の相違をみせたものの、相互に他と共通する面もある程度有することは当然である。若き日の人生の遍歴の途上に内村と出会い、やがてそのもとから去ることにはなるが、内村に対する尊敬の念は終生持ち続けた人が多く、彼らの生き方や作品にも、少なからぬ影響をとどめ、屈折や陰影を与えている。超越的存在の思想、独立心、天職への模索、「近代」および「近代人」への批判、キリスト教よりもキリストへの関心等々にそれは表れている。ただし、彼らと内村との間における大きな違いは、彼らが、内村のように、罪とキリストの福音については、明らかに語ることのなくなることである。しかし、本書で私は、文学者たちの信仰につき、高所より有無を断定するつもりはない。信仰の表明に関しては、多様な表現形式がありうる。内村はキリスト者の表現形式によりそれを語り、文学者たちのなかには、それぞれ文学的な表現形式により、それを語らんとした人々もいるからである。
    --鈴木範久『内村鑑三をめぐる作家たち』玉川大学出版部、1980年、177-179頁。

-----

内村鑑三の反教養主義……特に19世紀以降「制度化」「パッケージ化」された知の体系に対する批判……は、その再臨運動と軌を一にして深まってゆく。

この世のものをすべて無効化する内村の信仰のあり方から振り返ってみるならば、義戦論から非戦論への転回と同じく、その消息には納得がいくものである。

しかしながら、内村の弟子となった人間や縁した人間、そして離反した人間の文化人のなかには、内村と相反するように「教養主義的知識人」が多いことに驚いてしまう。

もちろん、個々の事例に即してケースバイケースであることは言うまでもないけれども、その相反する受容の特色の一つとしては、まさに内村の強烈な反教養主義との対峙すなわち「逆接」、その縁した人間の教養主義を涵養することになったとはいえるのではないだろうか。

翻って新渡戸稲造の場合、その教養主義に特色がある。しかし、その縁した人間は、新渡戸の教養主義よりも、(もちろんこれは新渡戸の教養主義とワンセットではあるところの)「修養倫理」を「順接」したケースが多いように思う。

時間のある時に、個々の事例で検証してみたい。

102

内村鑑三をめぐる作家たち (1980年) (玉川選書〈135〉)
鈴木 範久
玉川大学出版部
売り上げランキング: 1,321,708

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:一四一七年、その一冊がすべてを変えた [著]スティーヴン・グリーンブラット [評者]荒俣宏」、『朝日新聞』2013年02月10日(日)付。

201


-----

一四一七年、その一冊がすべてを変えた [著]スティーヴン・グリーンブラット
[評者]荒俣宏(作家)  [掲載]2013年02月10日

■教会も受容した死を超える快楽

 イタリア・ルネサンスの大物が活躍する半世紀ほど前の15世紀初頭、教皇秘書として古典写本の蒐集(しゅうしゅう)翻訳に携わったポッジョ・ブラッチョリーニが、立場を逸脱してまで救済した一冊の「超奇書」にまつわる歴史物語である。
 込み入った内容だが、逸話やイメージを随所に提示する手法のおかげで、流れの勘所を見失う不安はない。たとえば巨匠ラファエロの大フレスコ画「アテナイの学堂」が出てくる。古代ギリシャからアジアに及ぶ多彩な哲学者たちが、サンピエトロ大聖堂に参集し自由に議論を闘わせる空想的な場面である。この絵が、教皇の書庫兼執務室の壁に飾られた理由は明白だ。カトリックがどんな哲学や思想をも内部に取り込めるという自負を示したものだからだ。この開明性こそは、ルネサンスを推し進めた精神なのである。
 ところが主人公ポッジョは、すこし早く生まれてしまったために、教会はまだ異教弾圧時代であった。そんな時期に彼は、キリスト教どころか、世界の宇宙観を覆すほどの劇薬詩、ルクレティウス作「物の本質について」を、偶然に発見してしまう。が、これは救命薬にもなる可能性があった。
 本書の著者グリーンブラットによる本の発見が、ポッジョと重なる。学生時代のある日、著者は天上界のシュールな性行為が表紙に描かれた本を在庫処分品の山から救いだす。価格10セントの見切り品を、読みだしたら没入した。春になってヴィーナスが訪れると、天候は晴れやかに輝き、全世界が子孫を繁殖させようと狂おしい性的衝動に満たされる。この世は生と死の無限連鎖にすぎず、知的な設計者もいないし、人間の死など宇宙の関心事ですらない。
 著者は激しい衝撃を受けたという。彼の母は若い頃から死への恐れを抱き続け、母の怯(おび)えが息子にも重荷を負わせた。あの「死への恐怖」とは、何だったんだ?
 約600年前、ポッジョが抱いた疑念も、教会による「死への恐怖」の植え付けと、その救済法を独占することで権威を保つ体質だった。「快楽主義」の開祖エピクロスは性的な遊戯にふける淫猥(いんわい)な人物に貶(おとし)められ、その思想を宣伝するルクレティウスの詩をポルノに矮小(わいしょう)化され、作者も「媚薬(びやく)のせいで頭がおかしくなり、四十四歳のとき自殺した」と吹聴され、いったんは抹殺が成功したのである。
 さあ、ポッジョは原典再発見を機に、「死に打ち勝つ快楽」の思想をカトリック教義に同化できるのか? ルネサンスの知られざる暗闘は、やがて詩文を視覚化したボッティチェッリの名画「春」を生み、エピクロスをも加えた「アテナイの学堂」を教皇の書庫に掲げさせるまでになるのだが。
    ◇
 河野純治訳、柏書房・2310円/Stephen Greenblatt 43年米国生まれ。米ハーバード大学教授。世界的なシェイクスピア学者。本書で昨年のピュリッツァー賞ノンフィクション部門受賞。邦訳書に『シェイクスピアの驚異の成功物語』『悪口を習う』など。
    --「書評:一四一七年、その一冊がすべてを変えた [著]スティーヴン・グリーンブラット [評者]荒俣宏」、『朝日新聞』2013年02月10日(日)付。

-----


http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013021100013.html


202

一四一七年、その一冊がすべてを変えた
スティーヴン グリーンブラット
柏書房
売り上げランキング: 1,131

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:月―人との豊かなかかわりの歴史 [著]ベアント・ブルンナー [評者]横尾忠則」、『朝日新聞』2013年02月10日(日)付。


301

-----

月―人との豊かなかかわりの歴史 [著]ベアント・ブルンナー
[評者]横尾忠則(美術家)

■多くの優れた芸術生み出す

 キース・ヘリングは恋人に呼び掛けるように月に想(おも)いを語り、それをTシャツに書いた。フェデリコ・フェリーニは映画「ボイス・オブ・ムーン」の中で月が自分を呼ぶ声を耳にした男を描いた。
 ヘリングもフェリーニも、芸術家はアポロ計画によって神秘のベールを剥ぎ取られ物理的な土の塊としての現実となった月には全く関心を示そうとはしない。
 本書は、月の探究を通して私たち自らの謎の解明に迫ることが可能では、という試みでもある。確かに月は、人間の長い歴史の中で芸術家でなくとも想像力の源泉としてあり、月を主題にして多くの優れた芸術作品が生み出されたが、その記録の書である。
 人格化または神格化としての月はわが「竹取物語」に代表されるように、人間の運命にも深く関与している。天体と地球の関係は幻想を超えてもっと身近に体感してきた。日頃われわれは月の存在とその重要な働きにはほとんど無関心でいるけれど、月が地球の地軸のバランスをとってくれていることで地球の生命が今の姿で存在しているという事実を知れば知るほど月を見る目も変わるのではないだろうか。
 だけれど、一方ではかつての米ソ冷戦時代の対立の中での駆け引きによって皮肉にも人類が驚くほど早く月に立つことができた。このことで夢が未来に一歩前進したかもしれないが、われわれが心の中に宿した人格としての月との対話を失ったことは確かだ。かつての想像力の対象としての月に比べれば「月は退屈」(カール・セーガン)な代物になってしまったのも事実である。
 「ボイス・オブ・ムーン」のラストで、野原の井戸に耳をすます主人公に、月の声が囁(ささや)いていたのを思い出した。「もう少しの静寂があれば、皆も静かにしていれば、囁きの意味がわかるかもしれない」
    ◇
 山川純子訳、白水社・2625円/Bernd Brunner 64年生まれ。ドイツの文筆家・編集者。著書に『熊』など。
    --「書評:月―人との豊かなかかわりの歴史 [著]ベアント・ブルンナー [評者]横尾忠則」、『朝日新聞』2013年02月10日(日)付。

http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013021100011.html


302


月: 人との豊かなかかわりの歴史
ベアント ブルンナー
白水社
売り上げランキング: 73,787

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いまやわれわれの学問は、国家権力の目的に奉仕するためにではなく、真理は真理として自由に研究し、自由に発表することでなければならない


101

-----

 いまやわれわれの学問は、国家権力の目的に奉仕するためにではなく、真理は真理として自由に研究し、自由に発表することでなければならない。かくあってこそ、大学は真に国家の再建と人類の福祉に貢献し得るのであろう。政治家が、「理論人」である学者の研究と批判を喜ばず、現実政治の問題は、彼ら独自の領域であるとして、そこに学者の「立入禁止(オフ・リミッツ)」を要求しかねまじき状況である。昔ドイツに「それは理論上は正しいかもしれぬが、実際においては役に立たぬ」ということわざがある。これを現在日本の一部政治家の間の擁護をもってすれば、「それは理想としては何人も異論はないが、現実においては空論に過ぎない」ということになるでもあろうか。カントは、このドイツのことわざについて一つの論文を書いている。彼の主張の核心は、それが国内政治と国際政治の問題であろうとも、およそ「理性的根拠から理論において妥当することは、また実際においても妥当する」というにある。これはカントの有名な実践哲学の中心命題「汝為すべきが故に汝為し能う」という同じ論拠から引き出されたものである。ここに、実際政治は常に学問的真理を尊重し、それによって導かれねばならず、それを実現すべく不断の努力を傾けるところに政治家の任務があるわけである。
    --南原繁「学問と政治」、『南原繁著作集』岩波書店、第七巻、年、341-347頁。

-----

昨日は、南原繁研究会の月例研究会に参加させて頂きました。

私自身の個人研究が日本キリスト教思想史、もっと狭く限定するならば吉野作造研究になります。吉野作造と、内村鑑三門下の南原繁は、学問の師匠が小野塚喜平次と共通し、ふたりとも、新渡戸稲造から薫陶をうけたことも共通しております。

東大法学部政治学の「良心の系譜」といってよいでしょう。そして丸山眞男自身は、キリスト者ではありませんが、「心情・クリスチャン」として、その系譜につらなり、日本的問題性を「相対化」させるその視座を憧憬したといいます。

昨日は山口周三さんの近著の書評会でしたが、大いに刺激と啓発を受けたスリリングなひとときでした。

このところ、くそくだらない「銭稼ぎ」の連続で、もういやになっちゃうというのが正直な心情でしたが、真摯に研鑽される皆様の姿勢に襟を正した次第です。

今後の課題や、吉野研究の次の展望、日本キリスト教思想史における社会と宗教の関係等々……クリアになった部分があります。

短い時間ではありましたが、ありがとうございました。

また、今後ともどうぞよろしくお願いします。

筆主敬白。
 

12

南原繁著作集〈第7巻〉文化と国家 (1973年)
南原 繁
岩波書店
売り上げランキング: 973,668
南原繁の生涯―信仰・思想・業績
山口 周三
教文館
売り上げランキング: 317,341

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:『ルイ・ヴィトン 華麗なる歴史』 ポール=ジェラール・パソル著」、 評・畠山重篤(カキ養殖業)」、『読売新聞』2013年02月03日(日)付。

201

-----

『ルイ・ヴィトン 華麗なる歴史』 ポール=ジェラール・パソル著

評・畠山重篤(カキ養殖業)
「職人技」への矜持と敬意


 一昨年5月、東日本大震災による大津波被害の直後、まったく思いがけず、ルイ・ヴィトンから支援の申し出を受けたのである。

 カキ養殖漁民とは対極的な位置にある世界最大のファッションブランドがなぜ……。

 支援する側と受ける側の関係は微妙である。三陸漁民の誇りを損なうような兆しが感じられるなら遠慮させてもらおうと思っていた。

 五代目当主パトリック・ルイ・ヴィトン氏との面談があった。

 「私は手業で仕事ができるということが、仕事の中でいちばん美しいと思っています。ルイ・ヴィトンにはそういった職人技に対する矜持を大切に扱うメンタリティーがありますから、今年、三陸のカキ養殖文化を支援することは、とても自然な流れだったと思います。ぜひ養殖場を復活させて下さい。そのプロセスは私たちにとっても大きな刺激になるでしょう」


 漁民による森づくり“森は海の恋人”運動の魂とヴィトン精神に共通するものを感じた。

 本書は150年を超えるルイ・ヴィトンの歴史を、完全収録した唯一の本という触れ込みだ。558頁、800点に近いオールカラーの貴重な図版が挿入されている。前半は創業者ルイの生い立ちと革命的なトランクを考案し成功の道をかけ上がってゆく様子が記されてゆく。


創業者ルイ・ヴィトン
 創業者ルイ・ヴィトンは1821年、フランスとスイスの国境のジュラ県アンシェ村に生まれた。ヴィトンという名は、ドイツ起源のごくありふれた名で“固い頭”つまり石頭の意味だという。頑固な職人魂から使いやすく丈夫なトランクが生まれた理由は“石頭”に由来していることがわかるとナルホドと納得する。だが複雑な家庭環境から、13歳で家を出なければならなかった。その生い立ちを知ると、その後の度重なる危機から立ち上がるハングリー精神がこの時養われたのだと思う。

 二代目ジョルジュの代になり、トランクメーカーとしての名声が高まると共に、偽造という深刻な問題が発生し、シンボルデザインの必要性が生まれる。そしてLVというイニシャル、菱形で中央に4枚の花弁を置いたもの、この花をポジで拡大したもの、円の中に4枚の丸い花弁のある花を透かし模様で入れた、あのデザインが誕生するのだ。

 日本人にこのデザインが愛されるのは、日本の家紋に似ているからだと言われているが、ジャポニスムがどう影響したか、興味ある考察が記されている。

 三代目ガストンの時代になり、旅の形態が単に移動することから楽しみを伴ったものになり、世界に広がっていった。それはファッションの世界への参入を意味する。ガストンの娘婿、アンリ・ラカミエが社長に指名されると、世界進出が始まった。1978年、日本にも直営店が生まれたのである。

 世界の主要都市の一等地であのような商売がどうして成り立つのだろう。その答えは本書にある。価値ある4キロ・グラム、558頁である。

 昨年11月、カキ養殖復興の様子を視察するため、「ルイ・ヴィトン マルティエ」社長、イヴ・カルセル氏が気仙沼の海辺を訪れた。ゴム合羽姿で働く20人のおばさんたち全員がヴィトン製のネッカチーフを巻いて出迎えた。“働く者にこそヴィトンは似合う”と紹介した。イヴ・カルセル氏の眼に光るものを感じた。岩澤雅利ほか訳。

 ◇Paul-Ge´rard Pasols ル・モンド紙、ル・フィガロ紙などで活躍した後、代理店でルイ・ヴィトンの予算管理を担当し、2002~04年には経営にも携わる。

 河出書房新社 1万6000円

評・畠山重篤 はたけやま・しげあつ 1943年生まれ。宮城・気仙沼湾でカキ、ホタテの養殖業を営む。著書に『森は海の恋人』など。
    --「書評:『ルイ・ヴィトン 華麗なる歴史』 ポール=ジェラール・パソル著」、 評・畠山重篤(カキ養殖業)」、『読売新聞』2013年02月03日(日)付。

-----


http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130204-OYT8T00964.htm

22


ルイ・ヴィトン 華麗なる歴史
ポール=ジェラール パソル
河出書房新社
売り上げランキング: 196,603

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:『想起のかたち』 香川檀著 評・岡田温司(西洋美術史家・京都大教授)」、『読売新聞』2013年02月03日(日)付。


301


-----

『想起のかたち』 香川檀著

評・岡田温司(西洋美術史家・京都大教授)
ホロコーストと芸術家


 過去の記憶をいかにして保全し想起するか、それは、言葉とイメージを操る人間にとって永遠のテーマであると同時に、きわめて現代的な課題でもある。

 とりわけ20世紀以来、人類は未曽有の現実に直面した。ヒロシマ・ナガサキとホロコーストは最たるものだ。本書はまさにそのホロコーストの記憶に、現代の芸術家たちがいかに向き合い、どんな表現の可能性を模索しているかを、詳細な作品の分析を通して検証する。

 犠牲者たちを英雄視して美化したり、悲劇的な感傷に浸ったりすること、あるいは反対に、想像を絶する体験であるがゆえに表現などできないと居直ったりすることは、ある意味でたやすい。そのいずれにも堕することなく、過去を想起し、死者たちと邂逅し、記憶を共有すること。そうした「想起のかたち」あるいは「記憶アート」を著者は、「痕跡採取」「標しづけ」「交感」「集蔵」と名づけて分類し、それぞれを論じていく。たとえば、隠蔽され抹消されようとしていたミュンスターの忌まわしい牢獄を全く新たなかたちで甦らせたレベッカ・ホルン。一見して脈絡のない故人の遺品の断片をつなぎ合わせて「読み取らせる」ジグルドソン。匿名性や非人称性にあえてこだわろうとするボルタンスキー、等々。一般の読者にはなじみの薄い芸術家たちの名前が登場するが、それに惑わされる必要はない。

 肝心なのは彼らが、通常期待される記念碑建設や証言記録のようなありきたりの形式ではなくて、いかなる「想起のかたち」を提起しているか、という点である。彼らの試みは、近年の文化研究における記憶への関心や、トラウマや哀悼をめぐる精神分析の理論とも無関係ではありえない。当然それはまた歴史認識の問題でもあるから、政治性やジェンダー性も絡んでくる。とはいえこれは、どこか遠い国の過去の話なのではない。私たち自身が過去や死者といかに向き合うかという、身近な問題に通じるテーマでもあるのだ。

 ◇かがわ・まゆみ=1954年、東京生まれ。武蔵大学人文学部教授。著書に『ダダの性と身体』など。

 水声社 4500円
    --「書評:『想起のかたち』 香川檀著 評・岡田温司(西洋美術史家・京都大教授)」、『読売新聞』2013年02月03日(日)付。

-----

http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130204-OYT8T00859.htm


32


想起のかたち―記憶アートの歴史意識
香川 檀
水声社
売り上げランキング: 166,732

| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:木村涼子『〈主婦〉の誕生 婦人雑誌と女性たちの近代』吉川弘文館、2010年。


101

-----

 近代社会が提示した女性の新しいライフスタイルは、社会的な孤立を女性に強いるものであった。「男は仕事、女は家庭」という性分業によれば、学校卒業後、男性は高等教育機関や軍隊、官庁、工場、会社など、その他の近代的な組織に参入していくのに対し、女性の場合は専業主婦という新種のカテゴリーに囲い込まれてゆき、家庭の中で孤立することになる。産業化によって、それまでオナ磁場で行われていた生産と消費が分離され、職場=公的、家庭=私的という区分が生じ、女性は公的領域から排除され、その役割を私的領域である家庭に限定されたのである。そうした男女の分業体制の確立とともに、女性も生産・共同作業の場に参加していた前近代社会において成立していた女性独自のコミュニケーション世界、「女の世間」(宮本-一九六〇)も縮小あるいは消滅していくことになる。一方、新たに登場した近代的主婦については、その職業に必要とされる実用知識や技能およびモラルの体系が未確立であるにもかかわらず、それらを構築し伝達、共有する職場集団は当然のことながら存在しなかった。役割の私的領域化による女性の社会的孤立が、マスメディアによって構成される準拠集団の形成を必要としたのである。
    --木村涼子『〈主婦〉の誕生 婦人雑誌と女性たちの近代』吉川弘文館、2010年、102頁。

-----


「男は仕事、女は家庭」という性別役割の分担と主婦というライフスタイルは近代に確立する。本書は、社会装置としてのメディア(婦人雑誌)に注目し、近代社会の形成とその再生産のプロセスの特徴を明らかにする好著。

素材として取りあげるのは、1920年代に大衆化した商業婦人雑誌(主として『婦人公論』と『主婦の友』)。本書は、「主婦」が「第一の職業」として生成され、女性自身によって受容されたプロセスを明らかにする。概念が相互に生成された経緯には驚く。

20~30年代の婦人誌の特徴は、「技能」「規範」「ファンタジー」といった重層的な構造をもって、女性に対するニーズ(有益・修養・慰安)に応じるだけでなく、ニーズを引き出し、「主婦」という概念を相互に生成していく。主婦とは「魅力的」なのだ。

当時の婦人雑誌が「読者欄」に力をいれていたことに驚いた。読者から雑誌への人格に対する如き反応は「主婦を育てつなぎとめる共同体」の役割を果たす。雑誌という社会装置による先験的な概念生成だけでなく、女性の側からの適合的な社会化も要因の1つ。

婦人雑誌という社会装置がいかに近代的なジェンダー秩序形成に寄与したのか、そして資本主義社会におけるメディアというイデオロギー装置の特徴を明らかにする本書を読むことは、「かつての事」を学習する以上の意義がある。メディア論としてもお勧めの1冊。

日本出版学会 近代日本における〈主婦〉の誕生  木村涼子 (2011年6月2日) 
http://www.shuppan.jp/bukai12/438-201162.html

「本書が,マスメディア研究においても,ジェンダー研究においても,小さくとも新たな一歩を付け加えることができていればと願っている」。


102

“主婦”の誕生―婦人雑誌と女性たちの近代
木村 涼子
吉川弘文館
売り上げランキング: 70,856

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私たちが「自明である」とか「それが自然なんだ」と考える規範というのは、太古から連綿するのではなく創造されたもの


101

山極寿一『家族進化論』東京大学出版会、読了。霊長類研究の第一人者が霊長類の社会における「家族」の萌芽について様々な側面から論じた一冊。人類が「家族」を創造するきっかけになったのは多産。そして共感能力(歌と身振り)が共同体を形成した。自然科学の知見が現代を鋭利に写す一冊だから驚く。


次は、山際寿一『暴力はどこからきたか―人間性の起源を探る』(NHK出版)を読んでみようと思う。

下記は朝日新聞書評(柄谷行人)。

http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011071703960.html

「類人猿のふるまいをみるとき、われわれは励まされる」。

人間は暴力的なのか。動物から学ぶことが多い。

しかし、私も門外漢だからわからないのだけど、こうした自然科学からの「家族」論の成果と、家族社会学における「家族」論の成果が相互に学ばれると、より豊かな議論になっていくのじゃないのかなあ、とは思う次第。

家族というシステムは人間が人間になるとき創造されたものであるとは思うが、その紐帯をめぐる神話は、国民国家の誕生と軌を一にする。結婚して家庭を持ち子どもを育てるのが「みんな」という現象はここ数百年のこと。人口学を紐解けばいいのでしょうが、人口増とも関連してるのでしょうね。

例えば、誰しも結婚して子どもを育てていくと発想しがちですが、国民国家が成立以前は、ひとりで死んでいく人間の割合の方が高かった。そういうことに耳を傾けると、私たちが「自明である」とか「それが自然なんだ」と考える規範というのは、太古から連綿するのではなく創造されたものだと理解できる。

じゃあ、現在の存在する全ての規範は「まやかしに過ぎない、ゴルァ」ってちゃぶ台をひっくり返して「はい終わり」という「簡単なオシゴト」では、それぞれが抱える問題の解決にはならないとも同時に思う。何度も言及してますが、それが「~に過ぎない」という認識から組み立てるしかないのじゃないか。

私は国民国家に所属する○人意識をよく「クレジットカード」に喩えます。創造されたもので実体はないから「クレジットカード」。しかし「現金」と同じ「力」は持っている。そもそも「良い/悪い」というナショナリズム自体が糞とは思うが、過度に寄りかかると破綻はする。国民国家以外でもそうでしょう。

まあ、いまは全否定が大流行だから、こういう議論は、「利敵行為」とやらになるのだろう。しかし、そのひとの信念に真実があるとすれば、「利敵行為」などと批判する必要もないのだろうにとは思ってします。


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「告発の真相:女子柔道暴力問題 山口香・JOC理事に聞く」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)、02月11日(月)付。

201


-----

女子柔道暴力問題:山口香・JOC理事に聞く/上 特定の選手、見せしめ
2013年02月10日

 ◇対応鈍い全柔連…もともと彼らの中では軽い問題

 柔道全日本女子の15人が告発した暴力、パワーハラスメント問題。選手から相談を受け、告発を後押しした柔道日本女子初の世界王者で、日本オリンピック委員会(JOC)理事の山口香・筑波大大学院准教授(48)が毎日新聞のインタビューに応じた。問題の真相、柔道界が抱える課題とは。2回にわたって紹介する。【聞き手・藤野智成】

 --選手の告発をサポートすることになった経緯は。

 ◆サポートではなく、最初に全日本柔道連盟(全柔連)に訴えたのは私です。ロンドン五輪も終わった(12年)9月の終わり。何人かの女子選手との雑談の中で体罰が話題に上がった際、ある選手が「ナショナルチームでもあるよね」って。話を聞き出すと、園田隆二・女子監督(当時)の代表合宿での暴力やパワハラの話が出てきました。暴力の標的として、声を上げるのが苦手な一人の選手の名が挙がりました。他の選手や周辺のコーチに確かめると、おおむね同じ答えが返ってきました。程度の問題もあるので、男性コーチに問うと「ボコボコ」という表現を使った。これは手ではたいた程度の話ではない、暴力だろうと考え、すぐに全柔連幹部に伝えました。

 --全柔連の対応は。

 ◆全柔連は園田監督に事実を確認し、園田監督は暴力を認めました。幹部は被害を受けた女子選手からも聞き取りし、謝罪しました。しかし、その後の海外遠征の時です。園田監督は集合の際、その選手に「何か文句があるのか」と言い、その選手が試合で好成績を出すと、皆の前で「勝てたのは、厳しく指導したからだ」というような話をしたと、選手たちから聞きました。

 --再び全柔連に抗議を?

 ◆私には女子柔道が恵まれない時期から取り組んできた自負がある。殴らなくては強くならないなんて、ふざけるなと思いました。女子選手がこんなふうに扱われるのが許せませんでした。16年リオデジャネイロ五輪に向けた新体制の人選の時期であり、園田監督の交代を訴えました。でも幹部の回答は「園田には情熱がある、指導力がある」。そのまま全柔連は11月5日に園田監督続投を発表しました。

 --そして告発へ。

 ◆私がいくら訴えても全柔連は、私を納得させようとするばかりで、事態は動かない。仮に私が騒いで、監督を交代させられても、そこに何の意味があるのかと思いました。選手はまた同じような目に遭った時、また泣きつくのか、と。「あなたたちで声を上げるしかない。でなければ、抑止力にならない」と伝えました。私が全柔連と激しくやり合うのを見る中で、彼女たちは変わってきました。他人でもこんなに怒るんだ、と。特定の選手が見せしめのように殴られ、空気が張り詰め、周囲の選手も見ているだけ。ビクビクして監督の顔色をうかがう。ある選手は「我慢しなくてはいけない、文句を言ってはいけないと、まひしていました」と言いました。そして、告発を決断したのです。

 --全柔連の対応が鈍かったのが、事態を重くした。

 ◆全柔連は事態を隠蔽(いんぺい)したわけでも、軽く扱おうとしたわけでもないと思います。もともと彼らの中では、軽い問題なのです。園田監督が「(現役時代、指導者に)たたかれたことがあるが、体罰と思ったことはない」と記者会見で語ったように、殴られることは当たり前なのです。今も「世界に出て行くんだから、当たり前だろ。何を騒いでいるんだ」と考えている人は少なくないでしょう。

 --全柔連の指導者3人が辞任した今の15人の心境は?

 ◆彼女たちも傷ついている。園田監督の記者会見を涙して見たと思う。どれだけ痛めつけられても、監督は親みたいなもの。自分たちが我慢していればよかったのでは、と感じていると思います。

 --15人の氏名を公表すべきだという意見が一部にある。

 ◆今回の件で、彼女たちになんら非はないと私は思っています。その彼女たちの氏名を誰に、何の目的で公表すべきだと言うのでしょうか。百歩譲って、彼女たちの氏名を公表して公の場で闘う理由があるなら、それは双方の意見が食い違っている時です。既に園田監督らは事実を認め、謝罪しています。私がメディアの取材を受け、矢面に立つのは、彼女たちが更に傷つくことは避けたいからです。

■人物略歴 ◇やまぐち・かおり  64年、東京都生まれ。筑波大時代の84年世界選手権女子52キロ級を制し、日本女子初の世界選手権覇者に。公開競技の88年ソウル五輪で銅メダル。89年に筑波大大学院を修了し、現役引退。現在は同大学院准教授。JOCでは理事、女性スポーツ専門部会長。
    --「女子柔道暴力問題:山口香・JOC理事に聞く/上 特定の選手、見せしめ」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。


告発の真相:女子柔道暴力問題 山口香・JOC理事に聞く/下 暴力撲滅の宣言を
毎日新聞 2013年02月11日 東京朝刊

 ◇「日本スポーツ界は変わる」世界に訴えよ

 柔道全日本女子の暴力問題で、15人の告発を後押しした日本オリンピック委員会(JOC)理事の山口香・筑波大大学院准教授(48)に聞くインタビュー企画。後半は、この問題を機に、日本柔道界、スポーツ界に求められる変革について聞いた。【聞き手・藤野智成】

 --柔道界で暴力を容認する風潮があったのはなぜか。

 ◆格闘技の性質上、他のスポーツより暴力への境界を飛び越えやすいのかもしれません。講道館柔道の創始者、嘉納治五郎の教えの基本に「精力善用」とあります。「社会の善い方向のために力を用いなさい」と。今回、暴力に陥った理由を「選手を強くしたかったから」と釈明されていますが、日本柔道界が嘉納師範の教えに学んでいないということを示しています。

 --柔道界はこの問題をどう受け止めるべきか。

 ◆この平和な世の中で柔道をスポーツとして発展させていくには、指導者が心して掛かる必要があるでしょう。柔道の技も使い方を誤れば、暴力になりうる。絶対に暴力を振るう人間でないことを示さないと、柔道なんて教えるな、危険な人間を作るな、という論調になる。中学校で必修化された武道の選択科目からも柔道を外せ、となる。柔道の根幹に関わる問題なのです。

 --男性だけで構成する全日本柔道連盟の理事に女性の登用を求める意見もある。

 ◆今は上下関係が厳しく男性でも自由に物を言えない空気がある。柔道界の常識は世間の非常識ということも多々ある。女性というより、今後は組織としての多様性が求められる。外部有識者も入れていくべきです。

 --代表選考の明確な基準作りも必要?

 ◆代表選手選考についても、これまで海外で戦える選手を選ぶという建前で、基準があいまいにされ、議論を呼ぶ選考もありました。選手が暴力を受けながら抗議できなかった背景には、指導者が選考に影響力を持つゆえ、声を上げるのをためらったと思われます。誰が見ても、納得のいく基準が求められます。競泳では、00年シドニー五輪で千葉すずさんが代表選考から漏れ、日本人として初めてスポーツ仲裁裁判所に提訴しましたが、それを機に選考基準が明確化され、今では北島康介選手ですら特別扱いは受けない。競泳陣が成果を出している背景の一つだと考えます。

 --改めて柔道に求められる人づくりは。

 ◆欧州ではスポーツで何を学んでいるかといえば、自律です。やらされるとか、指導者が見ている、見ていないとかではなく、ルールは自分の中にあります。ゴルフがいい例で、スコアはセルフジャッジ。ラグビーやテニスも近くに監督はいません。自律と自立を併せ持つ人づくりにスポーツが有用とされており、それこそ成熟したスポーツと言えます。

 --現在、日本オリンピック委員会(JOC)を中心に、各競技団体が暴力の実態調査を進めている。

 ◆過去をほじくり返しても仕方がないと思います。まずスポーツ界全体で、暴力撲滅の宣言をすることが重要です。体罰や暴力が発覚することにビクビクとするのではなく、過去には、体罰や暴力があったことを認めた上で、JOCや各競技団体が宣言に署名し、今後は愛のムチなどというものは一切認めない、見聞きしたら、厳しく処罰すると誓うのです。現在、暴力を訴える勇気がなく、苦しんでいる人たちには光となります。

 --今回の暴力問題は、東京が目指す20年夏季五輪招致と絡めて語られることが多い。

 ◆こういう状況で、スポーツが夢や感動を与えるなどと上っ面のことは言えません。日本スポーツ界は変わります、と世界に宣言し、だから20年五輪で必ずそれを見せます、と訴えるのです。1964年東京五輪の際は、体罰を容認している時代。(国民が)歯車の中にあり、「我慢しなさい、苦労しなさい、根性だ」という時代背景がありました。でも日本は変わりました。今は世界に並ぶ先進国になり、スポーツ先進国とはどういうものか、20年五輪で必ず見せます、と世界に向けて宣言するのです。15人の選手の告発で、くすぶっていたものが表面化した今、その覚悟が我々に突きつけられています。
    --「告発の真相:女子柔道暴力問題 山口香・JOC理事に聞く/下 暴力撲滅の宣言を」、『毎日新聞』2013年02月11日(月)付。

-----


http://mainichi.jp/sports/news/20130210mog00m050052000c.html

http://mainichi.jp/select/news/20130211ddm035040105000c.html

202


203


204

女子柔道の歴史と課題
山口 香
日本武道館
売り上げランキング: 303,295
嘉納治五郎―私の生涯と柔道 (人間の記録 (2))
嘉納 治五郎
日本図書センター
売り上げランキング: 264,107

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:『abさんご』 黒田夏子著 評・管啓次郎」、『読売新聞』2013年02月03日(日)付。


301

-----

『abさんご』 黒田夏子著

評・管啓次郎(詩人・比較文学者・明治大教授)
成長と感情教育の歴史


 文字列の異様な現れ、異形の作品。だが一瞥してそう判断し、この話題作を敬遠してはもったいない。

 長い懐胎の期間があったに違いないが、そんな熟成のための時など存在しなかったと事もなげに思わせるみずみずしい傑作だ。

 横書き。カタカナがまったく使われない。漢字語の多くが、規則があってかなくてか、ひらがなで表記される。その効果としての区切れのつかみがたさが読みにくさと感じられても、それは見かけのことにすぎない。

 そもそも題名の「abさんご」とは何なのか。ひとりの人間が同時に2つの地点にいることはできない。aに行くかbに行くか、あるいはどちらにも行かないか。この原則に立って緩慢な成長をつづけるのが人生という「珊瑚」なのかもしれない。あるいは文章によってみずからを生み直した作者の「産後」? 三々五々小学校に通う児童の群れ? 「散語」すなわちとりとめなく書き散らされる言の葉?

 正解は知りがたいが、この小説が漠然とたどるのはひとりの女性の成長と感情教育の歴史であり、その回想は、安易に言語化されて抽き出しにしまわれがちな記憶を言語そのものの見直しによりもういちど現前させる冒険をともなっていた。

 漢字を習得中の小学生は独特におもしろい漢字かなまじり文を書くものだが、作者のひらがな使用にはそんな気配が感じられる。ひらがなの使い方そのものが言語習得の歴史をそのつどその場でたどり直させ、いくつもの年齢段階を同一の文に書き込む結果につながっている。

 そして「傘」や「家」の代わりに「天からふるものをしのぐどうぐ」という言い方を開発するとき、作者は再び彼女にとっての世界の始まりに立つ。それは再発見だが、元々の発見が忘れられた後の再発見。そこにむかって持続する意志こそ、この緻密な作品にみなぎる力の秘密なのだろう。

 ◇くろだ・なつこ=1937年、東京生まれ。小説家。「abさんご」で第148回芥川賞を史上最高齢受賞。

 文芸春秋 1200円
    --「書評:『abさんご』 黒田夏子著 評・管啓次郎」、『読売新聞』2013年02月03日(日)付。

-----

http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130205-OYT8T01064.htm


302

abさんご
abさんご
posted with amazlet at 13.02.15
黒田 夏子
文藝春秋
売り上げランキング: 266

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「異論反論 戦争を子供たちに伝えるのは困難です=城戸久枝」、『毎日新聞』2013年02月13日(水)付。

101

-----

異論反論 戦争を子供たちに伝えるのは困難です
寄稿 城戸久枝

当事者の声を聞かせたい

 この数年間、「戦争や中国残留孤児のことを伝えるために私に何ができるのか」をテーマに据えて活動してきた。講演などで家族の歴史を知るようにすすめると、「家族と向き合うのは難しく、城戸さんのようにはなかなかできない」と切り捨てられることもあったが、思いが伝わったときの喜びも大きかった。
 大阪で講演した際、在日韓国人3世の女性に声をかけていただいた。彼女は「私の父親も自分のことを本に書きたいと言っているんです。娘として、手伝ってあげなければと思いました」と、込み上げる涙を抑えながら話してくれた。

子供たちの知らない歴史
まずは伝えることが大切

 子供が生まれてからは、特に、子供たちにどう歴史について伝えていくべきかを考えるようになった。
 昨年末には、東京都立小山台高校定時制で開かれた「ふれあいスクール」に呼んでいただいた。同校の定時制には、日本人以外に、外国出身、親が外国出身、あるいは海外からの帰国生など、15カ国につながる生徒200人が通学している。中国残留孤児2世で高校の講師を務める先生と私との対談式で、講演をすることになった。
 同じ中国残留孤児2世といっても、日本生まれの私と、18歳で親に連れられて帰国した先生は全く立場が違う。彼女は言葉の壁を乗り越え、教員免許を取得して講師として長くつとめている。自分にとって祖国はどこなのか、自分が何人なのか……さまざまな思いを抱えながらひたむきに日本社会で生き抜いてきた彼女は、夢をもって頑張ってほしいと生徒たちに語りかけた。
 多様なルーツをもつ生徒たちには、私たちの話がどのように伝わったのかはわからない。中国出身の生徒の中には、複雑な感情を抱きつつ、話を聞いた人もいたようだ。
 事後アンケートによると、中国残留孤児の存在について、8割が「知らなかった」と記していた。この数字に、知っている人が少ないとは決して思わない。それよりも、この機会に、今まで知らなかった生徒たちがまず、知ることが大切なのだと思う。ある生徒が、このような感想を書いてくれた。
 「知ろう、知りたい。この気持ちってすごく大事だなと思った。原動力の源になるし、ただ、やらされているよりは自ら進んで取り組んでいる分、やる気が全く違ってくるんだなと感じた」
 ある中学校の先生から「教育の場で戦争を取り上げるのは、さまざまな立場があり簡単ではない」と聞いたことがある。小山台高校の取り組みのように、当事者たちに声を直接子供たちに伝える機会を増やしていくことが必要だと感じた。すぐに理解することは難しいかもしれないが、子供たちの心のどこかにきっと残るはずだ。そしていつか彼らが大人になったとき、その声を思い出す日がくるかも知れない。
きど・きさえ ノンフィクションライター。「確定申告の時期がやってきた。青色申告を始めて7年。毎年、地道に準備しておけばよかったと後悔しているにもかかわらず、今年もまだ作業が始まっていない。ラストスパートにかけています」
    --「異論反論 戦争を子供たちに伝えるのは困難です=城戸久枝」、『毎日新聞』2013年02月13日(水)付。

-----
 

102


103


あの戦争から遠く離れて 私につながる歴史をたどる旅 (文春文庫)
城戸 久枝
文藝春秋 (2012-09-04)
売り上げランキング: 55,798

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『abさんご』=黒田夏子・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

201

-----

今週の本棚:鴻巣友季子・評 『abさんご』=黒田夏子・著
毎日新聞 2013年02月10日 東京朝刊

 (文藝春秋・1260円)

 ◇翻訳文法を思わせる日本語“侵犯”文学

 芥川賞受賞の表題作は、ひらがなを多用した横書きである点などで話題になっている。

 横書き文学というと、石黒達昌の通称「平成3年5月2日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士、並びに、……」、水村美苗の『私小説 from left to right』、福永信の『アクロバット前夜』等がある。しかし『私小説』はバイリンガル小説、「平成……」は科学論文の体裁なので横書きの必要があり、『アクロバット……』は装幀(そうてい)家の意向で横組みにされた。どれも、やむなく横を向いたのだ。「abさんご」の横書きの必然性は後述する。

 (和製)漢語、やまとことばの別なく、ランダムにひらがな表記が採られている、と読者の目には映るだろう。「おぼめかせる」といった古語もあれば、「そのうっくつを賃金のたかでおぎなう」と書かれれば、「鬱屈」するより生々しく感じもする。「ひかり」「ふろがま」「どろぞこ」という字面を見れば、長いこと漢字に身を窶(やつ)していたことばが音や響きそのものに返っていくような錯覚もあり(錯覚である。漢字からひらがなが出来たのだから)、また、そこに長らく被(かぶ)さり続けた漢字が競うように前に出てきてひらがなとぶつかる、というようなスリルを味わいもした。

 固有名詞も性別も一切出てこない。朝、目覚めて鳥の声を耳にした語り手の脳裏に失われた半世紀の歳月と幾たびかの岐路が甦(よみがえ)る。五歳のころ片親が没し、遺(のこ)された親子が「三そうの家」から「小いえ」に引っ越して十年後、新しい住込みの「家事がかり」が来る。この人物はいきなり親子の食卓に交ってきて退こうとしない。自分も家族と思っているはずがないが、どういう立場のつもりか? 親子は雇い入れた外部者に闖入(ちんにゅう)されるという奇妙な不条理に陥る。この闖入者はすぐに雇い主を好きになり、やがて家計管理、家の改装などにも手を出し、子が二十代前半に家を出て十年ほどすると、雇い主の「法的配偶者」に納まり、主人が没した後も家で暮らし続ける。一方、子は住居と職を転々と変え、充分に喪服も調わない暮らしを送る。

 もちろん、こんな時系列順にも書かれておらず、「ふつう」のことばや文法も使われていない。なかでも興味深いのは「まさぐりとどく」「からめきおちる」「匂いさざめく」のような造語めいた複合動詞や、「このおもいちがいもとっさにあきらめられた」といった不思議な受け身の多用、または「もっとしたたかな死のけはいを、無いことのうちに顕たせたはずの夏は、そのことじたいをさえ見さだめきれなさのおぼろの中へ翳りかすませる」といった生硬な感じすらする独特の構文である。

 違和感のあるこれらのことばや文が、日本語の規範を引っ掻(か)きながら小さく破っていく。あるいは、「正しい日本語」という芝生に外からやって来て--ことばは悪いが--ちょっと踏み拉(しだ)いていく。このようなささやかなトレスパス(侵犯)を繰り返しながら日本語を変えてきたのは、翻訳という行為である。翻訳文学が担ってきたことを、黒田夏子の「abさんご」は行っている。大江健三郎、片岡義男、村上春樹、池澤夏樹といった作家が翻訳と接しながら日本語を変えてきたように。

 本作は古風・和風に見えて、そのことば、言い回しの少なからぬ部分は西洋語を源とし(題名はabcを意識し「さんご」にはcoralの頭文字が潜んでいる)、構文的にもその翻訳文のシンタクスに強く統べられているようだ。何度も「原文」を想像しながら読んだ。いっそ、外国語文学といってもいい。だから、自然と横書きになったのかもしれない。
    --「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『abさんご』=黒田夏子・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20130210ddm015070008000c.html

202


203


abさんご
abさんご
posted with amazlet at 13.02.13
黒田 夏子
文藝春秋
売り上げランキング: 176

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:五味文彦・評 『海から見た歴史-東アジア海域に漕ぎだす 1』=羽田正・編、小島毅・監修」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

301_hatenaupsumi

-----

今週の本棚:五味文彦・評 『海から見た歴史-東アジア海域に漕ぎだす 1』=羽田正・編、小島毅・監修
毎日新聞 2013年02月10日 東京朝刊


拡大写真
 (東京大学出版会・2940円)

 ◇現在へとみちびく三つの「海の時代」の構図

 一五九一年、スペイン領フィリッピンでは、膨大で安い中国の綿布や絹が運ばれて、先住民の産業が衰退したことから、先住民が中国製衣料を着るのを禁じる政令が出された。

 これは今を遡(さかのぼ)る四百年以上前のことだが、今とあまり変わらぬ事態が起きていたことには驚かされる。しかもこの少し前の一五七一年、スペイン人がマニラに都市を建設して、メキシコとフィリッピンを結ぶ太平洋航路が生まれており、ここに世界経済のネットワークが形成され、グローバリゼーションの始まりとなっている。これまた今と何と似ていることであろうか、驚きである。

 現今、東アジアに起きている事態を考えてゆくためには、歴史を遡ってみてゆかなければわからない。特に日本という視点だけから見ていては、わからない問題が多々ある。本書はそのような東アジアの海域の歴史を、共同研究により探った成果の第一冊。

 そもそも東アジアとは何か、海域とは何か、そして東アジアという地域的な特性とは何か、まずは編者がプロローグで示した後、本文では長い海域の歴史を三つに時期に絞って検討を加えてゆく。

 最初は一二五〇年から一三五〇年の百年間、次が一五〇〇年から一六〇〇年の十六世紀、三つ目が一七〇〇年から一八〇〇年の十八世紀である。それぞれの時期の特徴を「ひらかれた海」「せめぎあう海」「すみわける海」と捉えて、時代の構図を描き、交流を担った人とモノ、情報について語ってゆく。

 最初の時期では、モンゴルによりユーラシア大陸のみならず、東アジア、南アジアの海路が開かれてゆき、それとともに東アジアの海域では何が起こったのかを見る。日本ではモンゴル襲来と南北朝の動乱期に相当するが、それを東アジア海域の歴史から見てゆく。主に活動するのは華人海商であり、南アジアのムスリム商人であった。

 その開かれた海が、明(みん)の採用した海禁と朝貢政策によって閉鎖的になるのが、続く百五十年ほどで、この時期については、本書では直接に扱わず、次の時期の前提として扱われる。

 その「せめぎあう海」では、様々な勢力、華人海商や倭寇(わこう)、ムスリム商人をはじめヨーロッパ人までが活動を繰り広げて、彼らがせめぎあうなか、最初に見たようなグローバル化の出発点ともなった。日本は戦国時代に相当するが、それを東アジア海域の歴史から見てゆく。

 やがてその「せめぎあい」のなかから東北アジアで新たな国家権力の形成が進む。日本での幕藩制国家、明に代わっての清の誕生となってゆくのだが、この時期についても本書では直接に扱わず、次の「すみわける海」の前提として扱われる。

 日本の幕藩制国家と、清、さらに朝鮮・琉球によって、東北アジアでは「海域のすみわけ」がなされるが、東南アジアではそれがなされぬまま「せめぎあう海」が続くことになる。やがて国家の領域の問題が、東北アジアにおいて引き起こされてくることを告げて、本書は終わる。

 多くの地域を扱う本ではどうしても難しい表現が多くなりがちだが、本書は共同研究をまとめるスタイルをとっていてわかりやすく、また単調な通史に陥るのを防ぐために、三つの時期を設定してメリハリを付けるなど、全体に読んであきさせることがない。現在の東アジアの状況を古く歴史に溯って考える上で好適な本となっている。

 もちろん、三つの時期区分が妥当か、もう少し突っ込んだ分析がほしい、といった注文はあるが、それらは今後に続くシリーズの課題に託されてゆく。
    --「今週の本棚:五味文彦・評 『海から見た歴史-東アジア海域に漕ぎだす 1』=羽田正・編、小島毅・監修」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20130210ddm015070039000c.html

302_2


303

東アジア海域に漕ぎだす1 海から見た歴史

東京大学出版会
売り上げランキング: 73,501

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「みんなの広場 食事をするということは」、『毎日新聞』2013年02月07日(木)付。


101


-----

みんなの広場
食事をするということは
中学生 13(東京都目黒区)

 先日、1年生で「お肉の情報館」という所を見学しにいった。そこでぼくは、命の大切さについて考えさせられた。はじめに牛や豚が殺されて食肉になる所の映像を見た。最初は、気持ち悪く感じた。だが後から、かわいそうに思えてきた。人間のために殺されたのだ。生きていたのに人間のために命をくれたのだ。ぼくが好きな焼き肉やハンバーグ、ステーキ等は全部、命だったのだ。魚や野菜も全部命だ。
 人間は食べなければ生きていくことができない。生きていくために命をいただいているのだ。食事をするということは、命をいただくということだ。人間のために失われた命に感謝しなければならない。いつも料理を作ってくださる人たちに感謝しなければいけない。僕は、一つ一つの命や、料理を作ってくださる人たちに感謝しながら食べていきたい。
    --「みんなの広場 食事をするということは」、『毎日新聞』2013年02月07日(木)付。

-----


102


103

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:沼野充義・評 『冷血 上・下』=高村薫・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。


201

-----

今週の本棚:沼野充義・評 『冷血 上・下』=高村薫・著
毎日新聞 2013年02月10日 東京朝刊

 (毎日新聞社・各1680円)

 ◇生と死の深みに突き刺さる超リアリズム

 『冷血』と言えば、アメリカの作家、トルーマン・カポーティの代表作として知られる「ノンフィクション・ノヴェル」、つまり実際にカンザス州のある村で起こった恐るべき殺人事件を描いた作品である。裕福な農夫の一家四人(夫婦と二人の子供)が残忍な方法で殺害され、やがて逮捕された二人組の犯人は結局、死刑を執行されるのだが、どうして彼らはそのような血も凍るような不可解な犯罪を犯すまでに至ったのか? 長年の取材を重ねて、カポーティは犯罪者の生い立ちと心理を綿密に追究した。

 高村薫の小説は、カポーティの名作を明らかに踏まえて設定を現代日本に移したもので、殺害される家族の構成や、犯人二人組の年齢などもカポーティ版『冷血』に意図的に合わせている。しかし、翻案とかリメイクといった性格のものではない。むしろ偉大な先人に対する果敢な挑戦と言うべきだろう。

 高村版『冷血』の舞台となるのは東京都北区西が丘の閑静な住宅街。時はクリスマスを間近に控えた二〇〇二年の暮れ。夫婦と一三才の娘、六才の息子の四人が無残に殺害されているのが発見される。夫婦はそろって歯科医師、二人の子供も筑波大附属に通っているという、エリートを絵に描いたような恵まれた家庭である。とはいえ、カポーティ版『冷血』の場合と同様、このような凶暴な犯行に及んだ犯人の動機がよくわからない。怨恨(えんこん)とも思えないし、金品目的とも考えにくい。素人っぽい不用心な手口のせいで、二人の犯人はすぐに逮捕され、犯行の全容は比較的簡単に明らかになるのだが、肝心の「動機」がなかなか見えてこないため、警察も検察も犯人を有罪にするためのストーリーを組み立てることに腐心する。

 などと説明してしまうと、「犯罪小説なのに、ネタバレ書評を書いていいのか?」とお叱りを受けそうだが、ご心配は無用。じつは、携帯の裏サイトの「一気ニ稼ゲマス」という書き込みで結びついた井上克美と戸田吉生(よしお)という三十代前半の二人の男たち(どちらも懲役刑の前科がある)が、車を盗んでまず郵便局のATMを襲って失敗し、つぎにけちくさいコンビニ強盗として暴れてから、最後には偶然が重なってついに裕福な歯科医師宅に押し入るという流れは、作品の第一章「事件」で最初から詳細に示されているのだ。この部分だけでも独立した現代小説としても読める出来映えで、特に一三才の娘の視点から描き出される裕福な歯科医師一家の小市民的で平和な、しかし型にはまった日常生活と、転落を続けていく二人の男たちのどこにたどり着くか分からない無軌道さの対比が見事である。

 そして小説は第二章「警察」で事件捜査の過程と犯人が逮捕されるまで、第三章「個々の生、または死」で警察や検察による取り調べから裁判、そして犯人の一人の病死、もう一人の刑死までが描かれるのだが、こちらの主役として登場するのは、高村小説でおなじみの合田雄一郎だ。現在、警視庁の「特4」(第二特殊犯捜査4係)に所属する彼は、この事件の捜査にかり出され、犯人の不可解な心理と動機に向き合うことになる。

 犯罪の事実は明らかで、逮捕された容疑者も否認していない以上、簡単な事件のようにも思えるのだが、ここで司法の制度が必要とするのは分かりやすい動機である。しかし、二人をいくら問い詰めても出てくるのは、「何となく」「勢いで」「何も考えずに」といった曖昧な説明ばかり。せめて公文書に「ほんとうのこと」を記録して欲しくないのか、と問いかける合田に対して、井上は「何がほんとうのことで、何がそうでないか、俺自身が分からない」と答えているほどだ。

 このような過程を経て見えてくるのは、じつは不条理な殺人の動機を問うことは、我々がなぜ生きているのかを問うことでもあり、生も死も分かりやすい定型句では決して説明できないということだ。合田は考える--「人の死はおおよそ生と区別されて死になるだけで、少しも絶対的なものではない」。そして殺人犯から驚くべき生への希求がほとばしる--「子どもを二人も殺した私ですが、生きよ、生きよという声が聞こえるのです」。

 こういった生と死をめぐる哲学的なドラマの背景となっているのが、自動車や、スロットマシンや、歯科医学に関する超リアルとも言うべき緻密な調査と描写である。逆に言えば、この超リアリズムという人並み外れた技に支えられてこそ、高村文学の哲学論が空転しないで、生と死の深みに突き刺さって行くのだろう。

 最後に見逃されがちな点を一つ指摘しておこう。「冷血」とは、カポーティの場合もそうだが、残忍な殺人犯のことだけを必ずしも指しているとは限らない。高村版『冷血』では、「骨が震えるほどの冷血」の持ち主として登場するのは、じつは殺人犯ではなく、敗血症になった殺人犯に対してあまりにも冷酷な態度をとる医師のほうである。この一点をとっても、高村薫の小説世界の奥深さが分かるのではないかと思う。
    --「今週の本棚:沼野充義・評 『冷血 上・下』=高村薫・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20130210ddm015070003000c.html


202


203


冷血(上)
冷血(上)
posted with amazlet at 13.02.12
高村 薫
毎日新聞社
売り上げランキング: 1,084

冷血(下)
冷血(下)
posted with amazlet at 13.02.12
高村 薫
毎日新聞社
売り上げランキング: 940

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:気になる科学 元村有希子・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。


301

301


-----

今週の本棚:気になる科学 元村有希子著
(毎日新聞社・1575円)

 毎日新聞社科学環境部といえば、思い出すのは日本の科学と科学者の現実を生々しく追って私たち科学者にはちょっと切なくもあった、『理系白書』である。その著者たる毎日新聞科学環境部記者の、これは楽しくてときどき重いエッセイ。あの学者やその現場で聞いた話から、思考や話題が拡がる。食品、日用品、老い、エコやネットや宇宙や自殺と、日頃触れるテーマがジャンジャン出てくるのは痛快だ。そりゃー違うでしょ?と著者のツッコミもなかなか。
 筆者は科学記者だから科学情報や統計をたくさん持っていて、それがこのエッセイに深みと面白さを与えている。社会現象でも政治でも、ほとんどの問題は「科学的思考と分析、これに尽きる」と考える著者は、もとは理科が苦手で心理学を学んだとか。なるほどと、『理系白書』の面白さを納得した。あれは、「理系人間」には書けません。
 大震災で、筆者の生活は一変。調べるほどにボロボロ出てくる東電や政府のごまかし。「考えなくちゃいけないことがこんなに?」と自問しつつ泊まり込みが続く日々、それでも少しはオシャレも思い出し、「私」も大事にとがんばる著者でした。(海)
    --「今週の本棚:気になる科学 元村有希子・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

-----


302


303

気になる科学 (調べて、悩んで、考える)
元村有希子
毎日新聞社
売り上げランキング: 1,639

理系思考
理系思考
posted with amazlet at 13.02.12
元村 有希子
毎日新聞社
売り上げランキング: 76,348

| | コメント (0) | トラックバック (0)

むかしの東京も、マドリードに劣らぬほどの緑に包まれていたのだよ


100


101_2

-----

緑陰

 数年前の晩夏に、スペインの首都マドリードへ行ったとき、同行の若い友人のS君が、石造りの大建築群を圧倒するような濃い緑にびっくりしていたが、私は、こういった。
 「むかしの東京も、マドリードに劣らぬほどの緑に包まれていたのだよ」
 「ほんとうですか?」
 「ぼくは東京の下町に育ったのだけれど、緑に不足はなかった。蝉や虫や蝶々や、蛍や蝙蝠とも友だちだったのだ」
 「まさか……?」
 「ほんようだよ。川の水と樹々のない町なんて、町としての機能がないも同然なのだ。むかしの政治家や役人は、よく、それを心得ていたのだろう」
 「まさか……?」
 「いまの東京の緑は、車輌とマンションとビルに追いはらわれてしまった。夏の涼風までも消えてしまった」
 「ほんとうに、風が来ませんねえ」
 「緑がある空間にこそ、風が生まれるのだからね」
 「もっとも、夏は冷房がありますけど……」
 「冷房は、夏に冬をむりやりによぶだけのものさ。人間の躰が狂ってしまう」
 「日本の都会が緑に埋まるようなことって、もう、ないんでしょうか」
 「木々の緑はカップ・ラーメンとはちがうよ。大自然が失ったものを取り戻すまでには二十年も三十年もかかる」
 「でも、東京にいる政治家や役人は、みんな田舎から出て来たんでしょうに……」
 「あの連中は、自分の故郷にさえ、緑があればいいという考えなのだろうよ」
    --池波正太郎『新 私の歳月』講談社文庫、1992年、26-27頁。

-----


祝日の11日は久しぶりに休日でしたので、たまった書類仕事を片づけて、資料を読み直すかと思っていたのですが、家人より、歴史好きの子どもをどこかに連れて行こうということで、

江戸東京博物館・開館20周年記念特別展「尾張徳川家の至宝」へ足を運びました。

http://www.tbs.co.jp/owari-tokugawa2013/

http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/2012/01/index.html

http://www.tokyo-np.co.jp/event/bi/owari-tokugawa/


東京に長らく住んでいながら訪問するのははじめてでしたが(汗、ひさしぶりに「本物」を鑑賞できたように思います。

個人的に印象深く鑑賞したのは、茶器と火縄銃。

お茶をしていたのでアレですが、なかなかの逸品に驚くばかり。

火縄銃には、武器でありながら、徳川家の使用するそれには、漆塗りで葵の御紋が施されており、江戸時代の「形式化」の両方の側面を象徴する一品だと実感しました。

まず最初に特別展に足を運んでから、常設展をまわり、特集展へ。

江戸時代の風俗をその当時の生活道具とセット、それからミニチュアでの再現に子どもが喜んでおりました。水都“江戸”の息吹を感じることができのではないかと思います。

特集展は、「広重・東海道五拾三次」、「雑誌にみる東京の20世紀」。


http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/feature/2012/02/index.html

http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/project/2012/02/index.html


前者は宿場順に広重の作品を紹介するもので、宿場を重ねるたびに、東海道を旅する気分が味わえ、後者は、明治から現在に至る「雑誌メディア」に表象される「東京」を概観する企画展。

近代日本思想史(キリスト教学)が専門ですから、明治維新以降の雑誌メディアには注目するのが「仕事」になりますので、わりとなじんだ雑誌が多かったのですが、やはりここでも「灯台もと暗し」。

明治・大正・戦前昭和の雑誌は目を通することが多いのですが、昭和後半の雑誌は未チェックが多く「目から鱗」のひとときでした。

パンフにも掲載されている『ステップ・イン新宿 創刊号』(新都心新宿PR委員会、
昭和50年10月10日)の表紙絵に時代を感じると共に、『月刊 光が丘』(協同クリエイティブ)では、原武史さんが、団地の自生的民主主義を近著『団地の空間政治学』(NHKブックス、2012年)をはじめとする労作で明らかにした、メディアと自治とはこういうものだったのかと驚くばかりでした。

入館料が少々高いかなと思いつつも、充実したひととき。

最初は面倒だなと思いましたが、家族に感謝です。

102_2


103_2


104_2


105_2


10x


新・私の歳月 (講談社文庫)
池波 正太郎
講談社
売り上げランキング: 354,371

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:アウンサンスーチー 愛と使命=ピーター・ポパム・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

201_3


-----

今週の本棚:アウンサンスーチー 愛と使命
ピーター・ポパム著

(明石書店・3990円)

 スーチーさんは今年六月十九日に六八歳になる。生涯の三分の一近くの自宅軟禁などで自由を奪われながら、ビルマ民主化の象徴的リーダーとしてようやく国際舞台にも登場し、政治活動が注目される(彼女は軍事政権によるミャンマーという国名を使用しない)。著者は英国『インデペンデント』紙の記者。5年間にわたり数多くの関係者にインタビューを重ね、毎日新聞連載「ビルマからの手紙」も活用し、クジャクがはばたくように民主主義を求めて生きてきた彼女の精神の深部に迫り、説得力のある大著となっている。
 不自由な軟禁生活中、スーチーさんは仏教の教えに基づく瞑想に多くの時間をさいた。そこから導き出されたのが、慈しみの心であり、非暴力を掲げて戦う精神だと説く著者の着眼は新鮮だ。英国人の夫がオックスフォードで死を迎えようとしている時、出国すれば二度と母国に戻れなくなると覚悟し、国民に対する慈しみの心を優先して過酷な運命に耐えた経緯を綴ったレポートも読ませる。翻訳は宮下夏生、森博行、本城悠子。宮下さんは若き日のスーチーさん一家の英国滞在中から親交があり、ビルマ支援運動にも関わる。(義)
    --「今週の本棚:アウンサンスーチー 愛と使命=ピーター・ポパム・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

-----


202_2


203_2

アウンサンスーチー 愛と使命
ピーター ポパム
明石書店
売り上げランキング: 82,871


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:張競・評 『名作うしろ読み』=斎藤美奈子・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

301

-----

今週の本棚:張競・評 『名作うしろ読み』=斎藤美奈子・著
毎日新聞 2013年02月10日 東京朝刊

 (中央公論新社・1575円)

 ◇最後の一文から「権威」を笑い飛ばす

 日本の小説は国内だけでなく、海外でも人気を博している。だが、創作が健闘しているのに比べて、批評の方はいたって元気がない。戦後を振り返ってみると、おおよそ五年か、長くて十年おきには出色の文芸批評が必ず現れていた。その影響は文学にとどまらず、広く思想界や社会全体に及ぼすものも少なくない。しかし、この十年来に印象に残った批評が果たしてあったのだろうか。

 ところが、本書を読むと、文芸批評が時代の主旋律になるのはもはや過去の歴史になったのではないか、と思うようになった。文学が文化ピラミッドの頂点から転落した以上、批評も時代の変化に適応せざるをえないのであろう。

 本書もそうだが、斎藤美奈子の文芸批評は一貫して権威性に対する懐疑と挑発に主軸が置かれている。文学を神棚から引きずりおろすのが目的だから、「正統的」な批評の凋落(ちょうらく)はむしろ著者の望むところであろう。挑発の稜線で踊り続けられるのは、批判が揶揄(からかい)という糖衣に包まれているからだ。難解な批評を楽しい読書に変えることで、読者の歓呼に迎えられることになった。かねてから文学は商品だと主張しているから、批評を商品としてラッピングすることをあえて拒まないのであろう。

 「名作」を対象にすることに、語りの戦略が隠されている。本来、名作とは何かは難しい問題だ。出来栄えがいいことを指す場合もあるし、たんに有名な作品、売れる作品を意味することもある。いずれにせよ、人によって基準は必ずしも同じではない。価値観や審美眼が異なれば、評価もおのずと分かれるのであろう。本書ではそうしたことをとりあえず不問にし、世間一般の基準にしたがっている。そのかわり、作品の中身が果たして名作の名に値するか、とことん問い詰める。俎上(そじょう)にのせられたのは、二百年前の欧米小説もあれば、つい三十年前に発表された日本の作品もある。小説にかぎらず、詩や自伝や随筆なども含まれている。

 名作だからといって、世間の評判を鵜呑(うの)みにすることはしない。文豪であろうと、ノーベル賞受賞者であろうと、筆の誤りがあれば、著者一流の嘲笑と皮肉は情け容赦がない。ときには魔女的な哄笑(こうしょう)を浴びせることもある。いずれも勘所を押さえているから、読者もその辛口の批判に共鳴するのだろう。何よりも笑いを誘うユーモア精神には脱帽する。『妊娠小説』以来の鋭い舌鋒(ぜっぽう)はなお健在だ。

 小難しい文学理論を大上段に振りかぶらないところは心地よい。権威的な文学論から遠く離れたからこそ、文芸批評の潜在的な可能性を引き出すことができた。「うしろ読み」とはあくまでもそのための仕掛けに過ぎない。コロンブスの卵、といえばやや大げさだが、これまで誰も気づかなかった発見があったのは確かだ。上野千鶴子流の言い方をもじれば、「うしろ」にも派手な劇場があった。

 たとえば『坊っちゃん』。最後の一行から読み解くと、小説のイメージが一変した。『走れメロス』も、「激怒した」で始まり、「赤面した」で終わる点に注目すると、この退屈な作品はがぜん面白くなる。評者は林芙美子『放浪記』の瑣末(さまつ)さに辟易(へきえき)したが、著者がいう通りに「うしろ」を端折(はしょ)って読みなおすと、なるほど当時の文学界にとって爆弾的な効果があったことがよくわかるようになった。

 一作につき、原稿用紙わずか三枚弱の短いものだが、虚飾的な文芸批評より遥かに面白くて肯綮(こうけい)に当たっている。
    --「今週の本棚:張競・評 『名作うしろ読み』=斎藤美奈子・著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。


http://mainichi.jp/feature/news/20130210ddm015070014000c.html

302


303


名作うしろ読み
名作うしろ読み
posted with amazlet at 13.02.11
斎藤 美奈子
中央公論新社
売り上げランキング: 1,297

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2.10新大久保デモを拝見して。「『フツー』としか形容する以外にない」「あなたの隣人」が「死ね」とか連呼する日常世界


101


-----

 在特会に「思想」は存在しないし、その活動は「レイシズム」以外の何ものでもない。言葉の暴力をためらいもなく浴びせるが、しかし、彼らは特異な人々ではない。「『フツー』としか形容する以外にない」「あなたの隣人」なのだ。著者の指摘に留意しつつ、評者は哲学者アーレントの「悪の陳腐(ちんぷ)さ」という言葉を想起した。ユダヤ人大量殺戮(さつりく)を指揮したナチの戦争犯罪人の裁判に臨んだ彼女は、被告人が典型的な極悪人ではなく「普通の人々」であることに注目した。「人の良いオッチャンや、優しそうなオバハンや、礼儀正しい若者の心のなかに潜(ひそ)む小さな憎悪が、在特会をつくりあげ、そして育てている」。

 彼らの罵声(ばせい)と苛立(いらだ)ちの気分は別の世界に実在するのではない。「私のなかに、その芽がないとも限らない」。目を背(そむ)けることのできない戦慄(せんりつ)すべきルポルタージュである。

    --拙文、安田浩一『ネットと愛国』(講談社)、『第三文明』2012年8月、第三文明社、92頁。

http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20120701/p1

-----


昨日の日記にも少し書いたが、9日、拝外主義のレイシスト集団・在特会が東京の新大久保で「死ね、死ね」と罵声を上げつつ示威行動を行った。10日の今日も開催されるということで、その現場に臨むことにした。

参加するわけでもないし、挑発しようというのでもない。しかし、その空気を感じることは大事だと思ったからだ。仕事の都合で途中までの「目撃」になったが、なんともいいようのない一日になった。

それが幾重にも入り組んだ入れ子構造の上に成立する「マジョリティー」の「まなざし」であることは重々承知しているし、私自身に罪責性が存在することも理解している。

加えて、言説を全体に回収することこそ唾棄すべきことは分かっているけれども、その日その時「見た」ことは、今の日本の現実だから、その印象を「記録」として残しておく。

15:00ちょっとまえ、歌舞伎町はずれの公園に集団が集合し、注意事項を周知していた。今回は、首都圏反原連のしばき隊を「意識」してゆえか、「こちらからは手を出すな。手をだされたら、正当防衛でやりかえせ」との話。

しかし、それちゃうやろ。

そして昨日の反省ゆえか。今回は、「北朝鮮による拉致被害者を返せ」を全面に掲げ、示威行動が開始された。

しかし、横田めぐみさんのご両親が、苦慮していたように、それはイコール在日コリアンのひとびとに直接的・構造的暴力を繰り返すことで達成されるものではないことはいうまでもないのだが、彼らの行動をみていると、結局は自身の承認欲求を満たすためには(そしてそれだけではないでしょうし、ルサンチマンも大きく要因しているのでしょうが)、「拉致被害者」までも「手段」として「動員」「利用」するということに浅ましさを感じてしまった。

さて、エールを繰り返す初老の女性主導者のかけ声に合わせて、

「北朝鮮に国軍を派遣して被害者の奪還を」
「スパイ防止法の成立を」
「安倍政権を支持します」

などなどの「スローガン」が連呼されてる。

しかし、その合いの手を打つように、

「出ていけ」
「死ね」
「はげはげ」
「でてこいやー」

などなど。

途中でハングルの罵倒もあった。何をいっているのか分からないけど、その後の「解説」のようなもので「日本語で表現できない汚い言葉です」・・・・と続く。

大久保通りを早稲田方面から攻め、仕事の時間ぎりぎりまで、追跡し、JR新大久保駅で離脱。

その日は、13:00過ぎに知人と集合して、新大久保の街へ。
降りて、遊山するのは10年以上ぶりでしょうか。街がかつての陰鬱さがなくなり、かわって華やかさに包まれていたのに驚いた。

そして休日のせいもあり、楽しむひとたちで街は「笑顔」であふれていた。昼食を焼き肉やさんでとってから、くだんの示威行動を追跡したわけですが、もはや「示威行動」というよりは、「犯罪」そのもの。

彼らが通り抜けるたびに、町は凍り付いていった・・・。

ヘイトスピーチは表現の自由以前のものだと戦慄した。

途中離脱ですが、経緯を列挙すると以上の通り。

さて・・・

昨年の夏に安田浩一さんの『ネットと愛国』(講談社)の書評を書いた。そこで僕は、うえのように書いた。

ハンナ・アーレントとは『人間の条件』『全体主義の起源』で名高いユダヤ人の女性思想家だ。アーレントで有名なのは、そしてその評価を二分する「事件」といってよいのが、アイヒマン裁判の傍聴記録といってよい『イェルサレムのアイヒマン』だ。

ユダヤ人絶滅作戦を指揮したアドルフ・アイヒマンが戦後20年近く経て逮捕されたとき、世界は戦慄し、そして落胆した。

アイヒマンは「極悪人」でなければならなかった。しかし、逮捕されたアイヒマンは命乞いを請う「小男」に過ぎなかったからだ。

アーレントは端的に「悪の陳腐さ」と表現した。「小男」であろうが「大量殺戮」に手を染めたことは間違いない。しかし、その「小男」であることを一見すると「あざ笑う」かのように筆致したアーレントに対して、数々の難癖をつけたのは、ユダヤ人が多かったという。

アーレントが描いて見せたのは何だろうか--。

確かにスターリンやヒトラーのような「凶人」がなすべきことをなすのは世の常であろう。しかし、それ以上に、そうしたものごとを対象化してしまう「ふつうのひと」もそれ以上のことをなし得ることを喝破したといってよい。だから「陳腐」なのだ。

さて、日本では、このアーレントの解釈を、なかば親鸞の「悪人正機」と重ね合わせて、誰もが犯すのであれば「いたしかたないんだな、人間だもの ○○を」式に流用されるケースが多い。

しかしそれこそがアーレントの「発見」を矮小化させる何ものでもない。このことは明記しておかなければならない。

対象を悪魔化して、私たちとは関係のないことがらとして、対岸の火事と決め込むことこそ、負の連鎖を増幅させることのトリガーになる。と、同時に、誰もが成し得るから「免罪されてしかるべき」も同じであろう。

私もあなたも犯しえるのであれば、言動・行動に自戒的であらねばならないし、ヘタを打ったのであれば、それを引き受けなければならないのは言うまでもない話だ。それは寛容以前の話である。

ヘイトスピーチを繰り出す人間は「悪魔」ではない。人間である。しかし同じ人間だからといって免罪されるものではない。

「悪魔化」や「無罪化」(全体への回収)は一見すると、両極端の立場のように見えてしまう。しかし、それぞれが極端な態度であるがゆえに、実は同じ要な性質をもっている。

それは何か。端的に言えば、人間を人間として取り扱わない立場だ。ヤスパースがいうならば、それは「抽象化された立場」であろう。

私は、完全な何かが正義にせよ悪にせよ先験的に実在するとはなかなか実感できない。しかし、目の前で進行していることに「眉をひそめる」だけでおわってしまう、「私たちとは関係ない頭のおかしい日本人だよね」ですませることはできない。そして同じ人間だからといっても無罪化できない。

そういうエートスを生成していくしかない。

そう再び決意する3時間であった。。。

さて、小賢しく書いてもと思うので、最後に蛇足しておきます。

ちょうどデモの様子を見ていると、いきなり殴られそうになりました。殴られそうというか、男がいきなりつっかかってくるといいますか、飛びついていくるといいますか。

その方は、デモの最中、要所要所で通行人や、様子をうかがうひとに飛びついて喧嘩をうるというか、胸ぐらをつかむようなことをしていたひとで、警察もある程度マークしていて、僕のときも、警官が制止しました。

で、最初の瞬間、何が起こっているのかわかりませんでした。何かが急に接近してくるっている認識だけの無音の世界。

それから音が回復して、状況を整理しはじめ、同行者から「氏家さん、ターゲットにされましたね」と言われて、事を理解した。

そんで、恥ずかしい話ですが、ものすごく「恐怖」を感じました。

「恐怖」ですよ、文字通りの。

彼らは、やたらめったら、「死ね」だの「殺すぞ」など連呼しては、つっかかってくる。相手が大人であろうが子どもであろうが容赦はしない。

つまり、卑近な話ですけど、僕が感じた「恐怖」が常にそこには存在し、ある意味では「野放し」にされているっていう話なんですよ。

このことは留意しなければと思います。

しかし、ほんとに、「怖かった」。

大げさかもしれませんが「死の恐怖」を感じたのは事実です。

支離滅裂ですいません。

少し雑感を書き殴りました。

102


103


104


105


106


107


108


ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)
安田 浩一
講談社
売り上げランキング: 5,691

ネット右翼の矛盾 憂国が招く「亡国」 (宝島社新書)
やまもと いちろう 中川 淳一郎 安田 浩一
宝島社
売り上げランキング: 5,051
イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告
ハンナ アーレント
みすず書房
売り上げランキング: 58,962
人間の条件 (ちくま学芸文庫)
ハンナ アレント
筑摩書房
売り上げランキング: 5,167

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「悼む ベアテ・シロタ・ゴードンさん 元GHQ民政局員 憲法起草の議論知る『最後の語り部』」、『毎日新聞』2013年02月09日(土)付。


201

-----

悼む ベアテ・シロタ・ゴードンさん 元GHQ民政局員
憲法起草の議論知る「最後の語り部」
膵臓がんのため 2012年12月30日死去・89歳

「私の人生で最も悲しい日の一つになったわ」。受話器の向こうから伝わる寂しげな言葉に、ベアテさんの思いが詰まっていた。06年2月、かつて連合国軍最高司令部(GHQ)民政局の同僚として日本国憲法の第1章を起草したリチャード・プール氏(享年86)の訃報を伝えたときだった。戦後60年の特集取材でニューヨークの自宅を私が訪ねたのは、プール氏が亡くなる3日前。直前に取材したプール氏から「よろしく伝えて」と伝言を預かっていた。
1946年2月、部屋に充満したたばこの煙、鳴り響くタイプライターの音、連日の缶詰の食事……。「人権の条項を草案してくれ」とケーディス民政局次長から指示されたベアテさんは、プール氏と戦後日本の一角で時間を共有した。彼女の死は、GHQ内の憲法起草の議論を知る語り部が一人もいなくなったことを意味する。
「眠気など感じる時間もなかった」。1週間以上にわたる徹夜の作業を屈託のない笑いで表現した。任せられた女性の権利について「男女平等」の理念(24条)は認められたが、草案にあった妊婦と乳児への国の支援など社会福祉に関する条項は削除された。日本の女性のためにと戦った22歳の女性は、失望し、怒り、泣いた。「でもケーディスさんは、私が彼の肩に顔をうずめて泣いたって言うけど、それは覚えていないの」とほほ笑んだ。
08年に来日した際、各地で講演し、憲法制定過程などの話を講演した。戦争放棄を定めた憲法9条を含めて日本国内の憲法改正の動きを批判し、「こんなすばらしい憲法こそ、世界中に広めるべきだ」と説いて回った。戦後日本の礎を間違いなく築いた人だった。【及川正也】
    --「悼む ベアテ・シロタ・ゴードンさん 元GHQ民政局員 憲法起草の議論知る『最後の語り部』」、『毎日新聞』2013年02月09日(土)付。

-----


202


203


1945年のクリスマス―日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝
ベアテ・シロタ ゴードン 平岡 磨紀子
柏書房
売り上げランキング: 10,741

ベアテさんのしあわせのつかみかた
ベアテ・シロタ ゴードン
毎日新聞社
売り上げランキング: 179,151
ベアテと語る「女性の幸福」と憲法
Beate Sirota Gordon
晶文社
売り上げランキング: 178,474


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:堀江敏幸・評 『ぼくは覚えている』=ジョー・ブレイナード著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。


11

-----

今週の本棚:堀江敏幸・評 『ぼくは覚えている』=ジョー・ブレイナード著
毎日新聞 2013年02月10日 東京朝刊

 (白水社・2520円)

 ◇些末な情景の反復が生む「半生のコラージュ」

 拘束が逆にかぎりない自由を生み出す。たとえば一文のはじまりを同じ文言にし、主語と動詞を変えず、あとにつづく名詞や節だけに変化を許すこと。

 美術家ジョー・ブレイナードが一九七五年、三十三歳の折に発表した『ぼくは覚えている』は、その最も印象的な事例のひとつだ。きわめて単純な構文のなかに彼は半生の断片を落とし込み、それらを一見したところ脈絡なく並置してみせた。内容的なつながりや、語から語への詩的な連想に動かされて進んで行く頁(ページ)もあるとはいえ、ひとりの人間の人生を形づくっているのは一枚の帯のような時間ではなく、途切れ途切れの、些末(さまつ)な情景の寄せ集めだと言わんばかりに。

 ぼくは覚えている。そう述べたあと、目的語にあたる器にどんな光景を添えるのか。数頁読んだだけで、ブレイナードが意識的に行おうとしている半生のコラージュの仕組みと、記憶はけっして「覚えている」ものに限定されないという事実が、ある種の痛ましさとともに理解される。記憶とは、「覚えている」と書き付けたあとで、「思い出す」ものでもあるのだ。

 実際、ここに読まれる断章群は、生々しい過去の再現ではなく、主語がかつてそのような時間を過ごした可能性を、いままさに思い出そうとしている、その過程の反復なのである。

 「ぼくは覚えている。一度だけ母が泣いたのを見たことを。そのときぼくはあんずパイを食べていた」

 「ぼくは覚えている。ボストン公立図書館で読んだすべての本の四十八ページ目を破り取ろうとして、すぐ飽きたことを」

 「ぼくは覚えている。レストランのテーブルの裏を触ってみたら、そこらじゅうにガムが貼りつけてあったことを」

 「ぼくは覚えている。ひざについた芝生のあとを」

 語り手以外の人間にはなんの意味もなさそうな情景が、少しずつ読者の身体に染み込んでくる。一九五〇年代のアメリカを支えた固有名の数々が、親しみのある常備薬みたいに効きはじめるのだ。

 同性愛者だったブレイナードの視線を明かしてくれる、性的な関心や危うい体験を語った断章も数多い。早くから自身の性向に気づき、それに忠実であろうとした彼にとって、郷里のオクラホマ州タルサという保守的な田舎町の空気は耐えがたいものだったにちがいない。

 ところで、本書のいちばん最初に掲げられているのは、次のような断片である。

 「ぼくは覚えている。封筒に『五日後下記に返送のこと』と書いてある手紙をはじめて受け取ったとき、てっきり受け取って五日後に差出人に送り返すものと思いこんだことを」

 訳注によれば、これはアメリカの書留郵便に付されている注意書きの文言で、五日とは受取人が不在の場合の留置期間を意味するという。それを過ぎると差出人に戻される決まりなのだが、この断章が幕開けに選ばれているのは、ブレイナードにとって、過去の記憶は差出人からも受取人からも離れた宙づりの「留置期間」にしか存在しないからではあるまいか。

 ただし、彼の著作は、先鋭な書式として確実に受取人のもとに届いていた。フランスの作家ジョルジュ・ペレックによる仏語版『ぼくは覚えている』を筆頭に、記憶を揺さぶり言葉を発動させるための契機として、教育の場にも影響を与えている。本書を閉じたあと、読者は自分のものではない記憶の痕(あと)がひざについているのに気づき、言葉の差出人との不意の同化を、戸惑いながら受け入れることになるだろう。(小林久美子訳)
    --「今週の本棚:堀江敏幸・評 『ぼくは覚えている』=ジョー・ブレイナード著」、『毎日新聞』2013年02月10日(日)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20130210ddm015070042000c.html

Resize0535


Resize0536

ぼくは覚えている (エクス・リブリス)
ジョー ブレイナード
白水社
売り上げランキング: 31,591

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ひたすら対立する現実という幻想は、人間を極端に矮小化させ、主役として考える自由を奪ってきたのである


101

-----

 カデル・ミアはムスリムの犠牲者として死亡したが、彼はまた困難な時代に家族が生き延びるために、わずかな仕事と少しばかりのお金を必死に求める働き口のない貧しい労働者として死んだとも言える。どんな共同体でも、最下層の人びとがこのような暴動でいちばん犠牲になりやすい。彼らは日々の糧を探し求めて、まったく無防備のまま出歩かなければならないし、あばら屋は暴力集団に容易に押し入られ、荒らされがちだからだ。ヒンドゥー・ムスリム暴動では、ヒンドゥーのならず者がムスリムの貧しい弱者を簡単に殺したし、かたやムスリムのならず者も困窮したヒンドゥーの犠牲者を勝手に殺害した。むごたらしく犠牲となった双方の人びとの共同体アイデンティティはかなり異なるが、彼らの(経済手段に欠く貧しい労働者としての)階級アイデンティティはほぼ同じなのだ。だが、単一基準の分類ばかりが注目される、偏った見方がなされていた時代には、宗教的民族性意外のアイデンティティは重視されなかった。ひたすら対立する現実という幻想は、人間を極端に矮小化させ、主役として考える自由を奪ってきたのである。
    --アマルティア・セン(大門毅編集、東郷えりか訳)『アイデンティティと暴力 運命は幻想である』勁草書房、2011年、240-241頁。

-----


安田浩一さんが労作『ネットと愛国』(講談社)で暴き出したように、いわゆる東アジア出身の日本在住の外国人のひとびとを「殺せ」と罵る「ネット右翼」と呼ばれるヒトたちの批判の根拠は、ウソとねつ造に基づくものだし、そうがい旋するひとびとは、「実際に、何かやられたわけではない」ともいう。

ねじれた承認欲求と連帯することで得られる高揚感。こういったものが彼らを突き動かし、その所行はますますエスカレートしていくばかりだ。

この土曜日・日曜日は、新大久保界隈でデモをやっているという。

そのレポートは以下の通り(2/9・土曜日ぶん)。

http://togetter.com/li/452920

さて……と。
差異による「対立」とは、ほとんど場合、為政者によって都合のいいように“ねつ造”され、権力を補完するために動員されたものといってよい。世界各地でのさまざまな対立も根を辿っていくと、根拠はほとんどない。しかしひとびとは、自分とは異なる相手を、その特異な一点にのみ集中して理解しようとする。それでは十全な人間理解など不可能だ。

もっとも対象を十全に理解するということ自体が、哲学の狭い話でいえばナンセンスなのでしょうが、それを言ってしまうともともこうもない。それは、哲学の持つ「権力性」批判において有用な議論だからだ。その意味では、人間生活世界において十全な理解に近づく努力をしたいという複眼的思考と言い換えた方が正確だと思いますが、一点にのみ集中して理解仕様とするのは、いうまでもなくナンセンスでしょう。

インドや中東における宗教の違いによる殺戮。
これが遠い世界ではなく日本でもいま現在進行形で進んでいる。もちろん、アマルティア・センのように「目の前でなぶり殺し」にされた事例にまでは至ってはいない……かも知れない。

しかし1mm隔てたぎりぎりのところまでは進んでいることは承知しておくべきなのではないだろうか。

そして、上品に留まり「野蛮なひとたちね、おほほ」という、最終的には、フライコールが「容認」されてしまう結果にはならないような態度を取っていくしかないのではないかと昨今思う。


-----

疑う余地のない命題に対して反論しようとする者には、『馬鹿げている』と言うだけでよいだろう。つまり答えるのではなく、正気づけてやるのだ(四九五)。

    --ウィトゲンシュタイン(黒田亘訳)「確実性の問題」、『ウィトゲンシュタイン全集9』大修館書店、1975年、124頁。

-----

まさに「馬鹿げている」と思うのでなく、「正気づけて」いかないといけない。

102

アイデンティティと暴力: 運命は幻想である
アマルティア・セン
勁草書房
売り上げランキング: 90,850
ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)
安田 浩一
講談社
売り上げランキング: 7,336

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「吉野作造:仙台出身の甘粕大尉が命狙う? うかがわせる歌、雑誌に掲載 /宮城」、『毎日新聞』2013年02月08日(金)付、地方版(宮城県)・電子版。

201

-----

吉野作造:仙台出身の甘粕大尉が命狙う? うかがわせる歌、雑誌に掲載 /宮城
毎日新聞 2013年02月08日 地方版

 1923(大正12)年9月、関東大震災後の混乱に乗じて無政府主義者の大杉栄ら3人を殺害した陸軍憲兵大尉・甘粕正彦(仙台市出身)が民本主義者、吉野作造の命を狙っていたことをうかがわせる歌が掲載された雑誌(コピー)が、大崎市古川の吉野作造記念館に所蔵されている。

 反軍部の姿勢を明確にしていた吉野は22年2月、「陸海軍大臣が内閣から独立して天皇に直接上奏する権限を有するのは(明治)憲法違反」と新聞紙面で軍部を批判。18年に始まったシベリア出兵以来、吉野の軍部批判はやまなかった。

 雑誌は、24年1月発行の陸軍憲兵隊の機関誌「軍事警察雑誌 第18巻第1号」。甘粕に近いとされる憲兵、野村昌靖の作で「甘糟(粕)大尉 琵琶(びわ)歌」が掲載されている。琵琶歌は、琵琶の伴奏に合わせて歌われる。

 琵琶歌は七五調で約200行。大杉らの殺害を容認し、甘粕をたたえる内容。甘粕は、軍部批判を繰り返していた吉野に反感を募らせていたとされ、歌には「(前略)大過(杉)夫妻のみにては 主義者の根絶 思いもよらず 博士悪森はじめとし 残徒どもの根を絶やし(後略)」との部分がある。「悪森」は甘粕らが使った吉野の蔑称とされる。

 震災時に警視庁警務部長だった正力松太郎は24年、軍部に吉野暗殺計画があったことを証言している。

 雑誌は同館館長だった田中昌亮さんが数年前に入手していた。【小原博人】
    --「吉野作造:仙台出身の甘粕大尉が命狙う? うかがわせる歌、雑誌に掲載 /宮城」、『毎日新聞』2013年02月08日(金)付、地方版(宮城県)・電子版。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20130208ddlk04040243000c.html

田村貞雄「大杉栄虐殺と吉野作造暗殺計画」

http://members2.jcom.home.ne.jp/mgrmhosw/oosugisakae1.htm


203

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「戦時下のベルリン―空襲と窮乏の生活1939-45 [著]ロジャー・ムーアハウス [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年02月03日(日)付。


301

-----

戦時下のベルリン―空襲と窮乏の生活1939-45 [著]ロジャー・ムーアハウス
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年02月03日


著者:ロジャー・ムーアハウス、高儀進  出版社:白水社 価格:¥ 4,200


■史料と証言で描く首都の恐怖

 第2次世界大戦の期間、ナチス体制のもとでベルリン市民はどのような感情を持ち、いかなる生活を送っていたのか。1968年生まれの英国人著述家が長年の取材と未公刊の回想録・日記を駆使してまとめた〈戦時下ベルリンの社会史〉である。類書がないだけに貴重な書でもある。
 ベルリンは大戦の「恐怖をじかに経験した、ヨーロッパでごく数少ない首都の一つ」という理解を土台に据えて、戦時下市民の醒(さ)めた空気(開戦初期にはヒトラーの外交交渉で戦争終結を望んでいた)、灯火管制と配給生活、英国空軍の夜間爆撃(戦争末期には米国空軍の昼間爆撃)、ベルリン都市改造のゲルマニア計画、ラジオというメディアの登場、占領地の強制労働者の収容施設の現実などを史料と証言で畳みこむように描写する。意外なことだが、ベルリンにとどまるユダヤ人、そのユダヤ人を匿(かくま)う非ユダヤ人、あるいは地下に潜る反ナチの人たちの動きが冷静な筆で描かれることに新鮮な驚きがある。個々の史実に著者が息吹を与えているためだ。
 戦況の良い時には、ベルリン市民には平穏と落ち着きがあったのだが、戦況の悪化と共にこの首都にも暴力の地肌が露呈してくる。戦争の末期(43年秋以降)になると、恐怖という感情が街全体を支配していく。ゲシュタポの拷問と暴力、それにもめげずに反ナチのリーフレットを配布する市民、街には死体が氾濫(はんらん)し、戦争に萎(な)える空気を、著者は卑劣な密告、勇気ある抵抗など「人間」の行動を示すエピソードを通じて紹介する。
 ナチスが国民に信頼されたのは、ドイツの名誉を復権させたことと39年からの戦争の拡大にあったとの指摘、それが対ソ戦で崩れ、やがて凄(すさ)まじい暴力の応酬を受ける様は、章の見出しにある「因果応報」、あるいは「狂気の果て」なのか。本書で語られる、数多くの人間的な葛藤図に黙考せざるをえない。
    ◇
 高儀進訳、白水社・4200円/Roger Moorhouse 中央ヨーロッパ史、現代ドイツ史。『ヒトラー暗殺』
    --「戦時下のベルリン―空襲と窮乏の生活1939-45 [著]ロジャー・ムーアハウス [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年02月03日(日)付。

-----


http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013020300009.html


303


戦時下のベルリン: 空襲と窮乏の生活1939-45
ロジャー ムーアハウス
白水社
売り上げランキング: 16,700

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「みんなの広場 五輪招致より選手の人権尊重」、『毎日新聞』2013年02月07日(木)付。


101

-----

みんなの広場
五輪招致より選手の人権尊重
無職 74(長崎市)

 柔道全日本女子の園田隆二前監督のロンドン五輪代表選手らに対する暴力や暴言は誠に残念である。日本は20年夏季五輪の東京招致を目指しているが、今は柔道女子だけでなく全競技で選手の人権を尊重する指導を徹底することが最優先である。それに向けた態勢が整わない限り、開催都市への立候補は辞退すべきだ。
 近代五輪の理念であるオリンピズムは「スポーツを人類の調和のとれた発達に役立てる。その目的は人間の尊厳を保つことに重きを置く、平和な社会を推進することにある」としている。暴力や暴言を繰り返す指導を見直さないまま、五輪開催を目指すのは矛盾するのではないか。選手に手を出してきた指導者は園田前監督だけではないはずだ。
 にもかかわらず、指導者教育の必要性を訴える声が聞こえてこないのは遺憾である。五輪招致やメダルを取ることも大切だが、今は競技の現場で、人絹尊重に徹することが優先されなければならない。
    --「みんなの広場 五輪招致より選手の人権尊重」、『毎日新聞』2013年02月07日(木)付。

-----


Resize0522


103

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「【書評】私の日本古代史(上)(下) 上田正昭著」、『東京新聞』2013年02月03日(日)付。


201

-----

【書評】私の日本古代史(上)(下) 上田正昭著

◆<中華>目指した施策を解明
[評者] 岡部 隆志 共立女子短大教授、古代文学。著書『古代文学の表象と論理』。
 本書は、日本の古代を縄文時代から律令(りつりょう)国家成立まで通して論じた歴史書である。ポイントは二つある。一つは、日本古代史を一貫してアジア、特に中国、朝鮮とのかかわりのなかで見つめること、もう一つは天皇制の成立を古代の中の近代とも言うべき律令国家成立の問題として把握することである。アジアとのかかわりは上田史学の一貫したテーマだが、すでに縄文文化からアジアとのかかわりなしには成立せず、アマテラスの神話から律令国家成立も含めて朝鮮を経由した大陸文化の大きな影響を受けていると説く。特に朝鮮からの影響を重視するのが本書の特徴であろう。
 それにしても日本は何故貪欲に影響を受けようとしたのか。それは、日本もまた中国に対抗して<中華>たらんとしたからだという。例えば、日本書紀には「新羅、中国に事(つか)へず」(雄略天皇七年)とあるがこの中国は日本を指す。つまり、日本は新羅を下に見て自らを「中国」と称したのである。日本という国号を使ったのも天皇と称したのも、中国、朝鮮との複雑な外交関係の中で、一方の<中華>たらんとして近代律令国家を成立させた天武・持統朝の施策だと解き明かしていく。
 こう見ていくと、日本の古代史は中国、韓国との領土問題を抱えた難しい外交関係の中で国家を強化しようとしている現代日本とそのまま重なりあうだろう。このことを照らし出すのも本書の意図であるようだ。本書は上田史学のコンパクトな集大成といった趣だが、現代日本のあり方を古代史を通して問おうとしている意欲作でもある。
 それにしても日本の古代史は面白い。今年は伊勢式年遷宮があるが、これも起源は古代に遡(さかのぼ)る。天皇制の向こう側には自然を神とみなすアニミズム文化をいまだに抱える日本があるだろう。本書にないものねだりをすれば、そういった日本の古代史をもっと論じて欲しかったということになろうか。
うえだ・まさあき 1927年生まれ。歴史学者。著書に『日本神話』『古代伝承史の研究』など。
(新潮選書 ・ (上)1575円、(下)1470円)
<もう1冊>
 森浩一著『古代史おさらい帖』(ちくま学芸文庫)。考古学の成果・知見と古事記などの文献を重ね合わせて古代史を再検証する。
    --「【書評】私の日本古代史(上)(下) 上田正昭著」、『東京新聞』2013年02月03日(日)付。

-----


http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013020302000147.html

202

古代史おさらい帖―考古学・古代学課題ノート
森 浩一
筑摩書房
売り上げランキング: 154,437

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「【書評】それでもわが家から逝きたい 沖藤典子著」、『東京新聞』2013年02月03日(日)付。


301

-----

【書評】それでもわが家から逝きたい 沖藤典子著

◆介護する家族見守る
[評者]森 清 労働問題研究家。著書『働くって何だ』『大拙と幾多郎』など。
 人はどこでどう逝くか、実際には本人も近親者も分からない。「わが家で自然に」が大方の願望。七十九歳、前立腺がん他の病を持つ評者もそう思っている。
 二〇一二年度から「定期巡回・随時対応サービス」が始まった。同年は介護職の簡易医療行為の解禁元年。痰(たん)の吸引などは介護職の仕事になる。いずれも課題は多い。介護を主題にとり組んだ本の蓄積の上で、高齢当事者としての目配りも加えて、本書でも現場を踏まえた見事な分析とさまざまな提言をしている。
 これまでの介護問題は、介護者育成が先立っていて被介護者と介護する家族双方の介護の知識と体験への配慮が不足していた。家族介護や在宅介護を見据える本書を読んで、改めてそう思った。介護は専門家に任せればいいという問題ではない。また介護する家族をケアする専門家が必要という意見も。大切なことだ。
 最終章で「尊厳ある死は尊厳ある生の線上にあるべき」と主張し、「看取(みと)りの文化」を専門家と市民で共有する時代が来ていると指摘。重要な課題である。「わが家」とは、安らぎのある空間のことではないか。場は種々あっていい。安らぎには生活の安定や医療・介護サービスだけでなく宗教心も必要だろう。「看取りの文化」と共に、逝く時を静かに見据えた「逝く文化」も高まってほしい。
おきふじ・のりこ 1938年生まれ。ノンフィクション作家。著書『あすは我が身の介護保険』など。
(岩波書店 ・ 2100円)
<もう1冊>
 上野千鶴子著『老いる準備』(朝日新聞出版)。老いに向き合う姿勢や介護保険、介護と家族について語る。
    --「【書評】それでもわが家から逝きたい 沖藤典子著」、『東京新聞』2013年02月03日(日)付。

-----

http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013020302000145.html


392

それでもわが家から逝きたい――在宅介護の現場より
沖藤 典子
岩波書店
売り上げランキング: 27,524
老いる準備 介護することされること (朝日文庫)
上野 千鶴子
朝日新聞出版
売り上げランキング: 89,753


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「私が私である」ことは、「私」以外のものによってしか証明されない。


101


-----

 先日わたしは、ある高名な画家の手になる詩を何編か読んだが、独創的なもので、ありきたりのものではなかった。たとい主題が何であっても、このような詩句のなかに、魂はいつも何かの戒めを聞きとるものだ。これらの詩句がそそぎこむ情感は、詩句にふくまれているかもしれぬどんな思想よりも価値がある。自分自身の思想を信じること、自分にとって自分の心の奥で真実だと思えることは、万人にとっても真実だと信じること、--それが普遍的な精神というものなのだ。内面的なものは時いたればもっとも外面的なものとなり、われわれの最初の思想が、最後の審判のらっぱによって、われわれのところへ返されるからだ。精神の声は誰にとっても親しいものだが、われわれがモーセやプラトンやミルトンのもっともすぐれた長所だと思うのは、彼らが書物や伝統を無視して、世人がではなく、自分たちが考えたことを語ったという点だ。詩人や賢者が星のようにいならぶ天空の輝きよりも、内部から閃いておのれの精神を照らし出すあの閃光を、人間は目にとめ、注視できるようにならねばならぬ。それなのに人間は、自分の思想を、自分のものであるだけに、かえってあっさり見捨ててしまう。
    --エマソン「自己信頼」、坂本雅之訳『エマソン論文集(上)』岩波文庫、1972年、193頁。

-----

先日、子どもが「サザエさん」を見ていたら、お父さんの波平さんが、オートバイの免許を取ろうとする話だった。話の筋は割愛しますが、「免許があれば身元を証明するときに便利」云々というの取得目的で、なんだか印象的だった。

私自身、自動車・オートバイの免許を取得していないので、本人確認をしなければならないときは、いろいろと面倒くさい。たしかに免許証というのは、私が私であることを証明するうえで有用なアイテムだということは理解している。

しかし、少し立ち止まって考えてみると、「私が私である」ことは「私」によっては証明できないのが人間の世界なのかもしれない、とふと実感してしまう。

それがモノであれヒトであれ、「私が私である」ことは、「私」以外のものによってしか証明されない。

だとすれば、「私が私である」ことは、戸籍のような「登録情報」としての「データ」という意義だけでなく、「私が私である」ことは、他者によって不断に生成されるものともいえる。

デリダによれば、「私が私である」ことを自分の耳で聞きたい欲望を人間は持っている。それは、ひょとすると他者によって規定されることへの抵抗なのかもしれない。しかし、それは「私が私である」ということを証明しえないにも関わらず……。

もっとも、自己同一性の問題に関しては、過度の実在論も過度の相対論も早計ではありますがね。

当たり前といえば、当たり前の話にもかかわらず、このパラドクスは日常生活に考えるヒントが山積していることを物語っているのではあるまいか……などと・・・ネ(苦笑

102

エマソン論文集 上 (岩波文庫 赤 303-1)
エマソン
岩波書店
売り上げランキング: 265,102
声と現象 (ちくま学芸文庫)
ジャック・デリダ
筑摩書房
売り上げランキング: 102,020

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:『大原孫三郎』 兼田麗子著 評・尾崎真理子」、『読売新聞』2013年01月27日(日)付。


201


-----

『大原孫三郎』 兼田麗子著

評・尾崎真理子(本社編集委員)

 クラボウ、クラレ、中国電力などを築いた岡山の企業家、大原孫三郎(1880~1943年)は労働環境の改善と文化事業で名を残した。

 篤志家の資質は互助精神が根づく倉敷の風土が育んだのか。あるいは東京遊学でこさえた莫大な借金で義兄を疲弊、急逝させた痛恨事が、キリスト者となったその後の精進を支えたのだったか。いずれにしろ、息つく暇もなく氏が進めた広範で先見性に富む事業と社会貢献。その全容を見渡すことができた。

 岡山孤児院への支援に始まり、英国の田園都市を模した工場、社宅、病院、学校の整備。農業と社会問題と労働科学、三つの研究所の設立と実学者の育成。さらには私費を投じて大原美術館と日本民芸館に実を結んだ、芸術家への援助。土光敏夫をはじめ戦後の人材を輩出した奨学生制度。すべてに「金は出すが口は出さぬ」の基本線を貫いたというが、激しい反骨と複雑な性格も行間から伝わる。

 著者は地域文化や経営、政治史などを幅広く学び、一族の調査研究を重ねてきた。新書に収めることで一層、大原の個性が凝縮した。(中公新書、880円)
    --「書評:『大原孫三郎』 兼田麗子著 評・尾崎真理子」、『読売新聞』2013年01月27日(日)付。

-----

[http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130128-OYT8T00943.htm:title]


203


大原孫三郎―善意と戦略の経営者 (中公新書)
兼田 麗子
中央公論新社
売り上げランキング: 28,808

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:『コモンウェルス』 アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート著 評・宇野重規」、『読売新聞』2013年01月27日(日)付。


301

-----

『コモンウェルス』 アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート著

評・宇野重規(政治学者・東京大教授)
高まる〈共〉の重要性


 ネグリとハートの著作『帝国』が話題になったのは、2000年のことである。冷戦終焉後のグローバル化の中で、新たな権力形態が生まれつつあるのではないか。世界にネットワーク状に拡がった権力の姿を論じた二人の著者は、現在をどう捉えているのだろうか。

 たしかにアメリカの単独行動主義はイラク戦争と金融危機で挫折に終わった。とはいえ、多国間の協調主義が復活したわけではない。むしろ国境を越えて拡がった<帝国>の権力によって、世界に新たな分断線と階層構造が作り出されていると二人は論じる。

 このような状況に対し、どう立ち向かうべきであるか。もはや生産手段の国有化による社会主義はもちろん、一国的な枠内で社会保障の充実を目指す社会民主主義にも可能性はない。

 ここで出てくるのが、<共>(コモン)である。それでは<共>とは何か。私たちはしばしば公的か私的かの二者択一を排他的に捉える。が、彼らによれば、このような捉え方は、社会主義か資本主義かの二者択一と同様に有害である。

 この世には資本家が所有するものと、国家が管理するものしかないのか。そんなはずはない。現に、人々は多くのものを共にしている。大地や海洋、空気や生命は<共>である。知識やイメージ、人々の生き方も<共>である。

 ネグリらがとくに重視するのが、後者の<共>である。現代の労働では、この意味での<共>の重要性が高まる一方である。情報化やコミュニケーションの発達とともに、私たちはより多くの知識やイメージを共にし、そのことによってさらに情報を豊かにしている。

 このような意味での<共>の搾取や独占を許してはいけない。コモンウェルス(共通の財産、そして共和国)を人々の手に取り戻すことを通じて<帝国>の革命を目指す二人の思想家は、ますます意気盛んである。水嶋一憲監訳、幾島幸子、古賀祥子訳。

 ◇Antonio Negri=イタリアの政治哲学者◇Michael Hardt=アメリカの政治哲学者。

 NHK出版 上下各1400円
    --「書評:『コモンウェルス』 アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート著 評・宇野重規」、『読売新聞』2013年01月27日(日)付。

-----


http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130128-OYT8T00930.htm


303


コモンウェルス(上)―<帝国>を超える革命論 (NHKブックス No.1199)
アントニオ・ネグリ マイケル・ハート
NHK出版
売り上げランキング: 101,940


コモンウェルス(下)―<帝国>を超える革命論 (NHKブックス No.1200)
アントニオ・ネグリ マイケル・ハート
NHK出版
売り上げランキング: 109,033

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「遊覧・もうひとつの現代史」、『毎日新聞』2013年02月06日(水)付。


11

-----

遊覧・もうひとつの現代史
東京都「中野」周辺
苅部直

「学校」と住宅地
消される記憶 残る地名
 近代史の研究をしていれば何度も名前に接しているのに、改めて考えると場所を知らない施設がいくつかある。豊多摩監獄(のちの刑務所)もその一つである。大戦中は中野刑務所と呼ばれているから、JR中野駅(東京都中野区)のそばだろうというくらいにしか思っていなかった。
 これは、大杉栄、河上肇、小林多喜二といった思想犯が多く囚われていた場所としても有名である。終戦直後に三木清が悲惨な獄死をとげたのもここであった。中野という名前に中途半端ななじみがあったために、改めて所在地をたしかめようともしなかったのである。
 刑務所それ事態は、府中刑務所に引き継がれたため、いまはない。広大な敷地も平和の森公園・中野水再生センター・法務省矯正研修所に変わっているが、矯正研修所の北端に、刑務所のかつての門が保存されていて、外からその姿を見ることができる。
 一九一五(大正四)年に建てられた豊多摩監獄の最初の建物は、監獄らしからぬ優美なデザインで注目を集めた作品であった。この門も、説明がなければ教会堂の一部かとも思ってしまうような、赤煉瓦のしゃれた造りである。見えるのは門の裏側なので、ちょうど収容者たちと同じ角度から、これを眺めているわけである。
 刑務所といえばお次は軍隊、と連想が働いてしまうのも何だか不思議ではあるのだが、中野の名を関した有名な施設としてはもう一つ、陸軍中野学校がある。後方勤務要員つまりはスパイの養成所として一九三八(昭和十三)年に設立されている。これもまた、不勉強にして場所をよく知らなかったのだが、中野駅のすぐ北にある中野区役所の西に広がる一帯がその跡地であった。
 ここはつい最近、大規模な再開発が行われている地帯であり、三つの大学が新たなキャンパスを開設準備中。とても軍関係の施設があった空間には見えないのだが、やはり新築された東京警察病院の敷地の隅に、「陸軍中野学校址」と刻まれた小さな石碑がある。よく整備された植え込みのなかに建っているので、かえって見落としてしまいそうであった。
 このように、刑務所や軍関係の施設は、建物がほかの用途に転用されないかぎり壊されても、それに伴いあたりの風景も一変してしまう。駅から刑務所へ向かう道ぞいも、かちてはにぎやかな商店街だった気配を感じさせるのだが、いまや店はまばら。刑務所跡が「平和の森公園」となり、中野学校跡に設けられた新しい公園も「中野四季の森公園」と過去の記憶をやっきになって消そうとするかのような命名である。
 これに対して駅の南側、中野三丁目あたりには、かえって古い歴史を感じさせるたたずまいが残っている。かつては桃園町と呼ばれた一帯で、高台の高級住宅地として戦前に開発・分譲された地域であった。いまでも当時の区画をそのまま残しているような大邸宅や、古い屋敷がそこかしこに並んでいる。現在は社宅になっているが、二・二六事件に連座して処刑された北一輝が最後の半年間住んでいたのも、この地域の南端であった。
 旧桃園町の高台から南へと下り、古い地名を残す桃園川緑道へ。すでに川それ自体は暗渠と化しているが、道路と交差する地点には古い橋の石造りの欄干が残っていて、橋の名前も刻まれている。その一つ、宮園橋は一九三二(昭和七)年に造られた古いもので、橋のアーチを模した欄干の形がかわいらしい。
 小さな構造物であるし、再開発のしようもない、すきまのような空間だから、かえって古いものが残ったのだろう。こういう細部にだけ、かつての優雅な地名が残っているのは皮肉とも思えるのだが、変化の激しい東京では、むしろ保存されているのを多とすべきなのかもしれない。(かるべ・ただし=東京大学教授、日本政治思想史)
    --「遊覧・もうひとつの現代史」、『毎日新聞』2013年02月06日(水)付。

-----


12


13

移りゆく「教養」 (日本の“現代”)
苅部 直
NTT出版
売り上げランキング: 28,485
歴史という皮膚
歴史という皮膚
posted with amazlet at 13.02.06
苅部 直
岩波書店
売り上げランキング: 293,477
安部公房の都市
安部公房の都市
posted with amazlet at 13.02.06
講談社 (2012-09-28)
売り上げランキング: 18,067

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「みんなの広場 現政権は不戦の誓い忘れたか」、『毎日新聞』2013年02月05日(火)付。


101


-----

みんなの広場
現政権は不戦の誓い忘れたか
無職 89(和歌山市)

 憲法を改正し、集団的自衛権の行使を認め、自衛隊を国防軍に変えようと主張する現政権の考え方は、戦争につながる危険性をはらんでいる。
 1941(昭和16)年12月8日の開戦の愚、45(昭和20)年8月15日の敗戦の悲惨。この苦難を体験し、戦争の愚かさを反省して不戦を誓ったのは、私たち名もない市井の人々の願いであった。それは新憲法制定以前からの大衆の声であり、「憲法9条」を超越した民族の祈りであったはずだ。
 現在の東アジアにおける緊張は、稚拙な日本外交に起因しているのではないか。戦争に踏み切るより困難な道のりだが、平和外交と草の根交流による解決の道は存在する。
 悲痛な体験に基づいて主張できる人もわずかになってしまった。しかし、不戦の誓いは核兵器廃絶とともに、全世界へ伝えるべき日本国民の歴史的指名である。日本だけでなく、世界の人々が再び20世紀の轍を踏んではならない。
    --「みんなの広場 現政権は不戦の誓い忘れたか」、『毎日新聞』2013年02月05日(火)付。

-----


102


103

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『日高六郎・95歳のポルトレ』=黒川創・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

201

-----

今週の本棚:井波律子・評 『日高六郎・95歳のポルトレ』=黒川創・著
毎日新聞 2013年02月03日 東京朝刊


 (新宿書房・2310円)

 ◇戦後という異郷を生きた知識人の軌跡

 日高六郎は独自の姿勢によって、戦後日本の社会運動に関わってきた正真正銘の知識人にして、すぐれた社会学者である。本書は、一九七〇年代末、十代のころ、日高夫妻と出会い、以来三十有余年、彼らと親交のある作家、黒川創が聞き手となり、その問いかけに答えて、日高六郎がみずからの生の軌跡をいきいきと語ったもの。対話の進行とともに、日高六郎の考え方や感性の「原形質」が浮き彫りにされるさまは、圧巻というほかない。

 日高六郎は一九一七年(大正六年)、五人兄弟の四男として中国の青島(チンタオ)で生まれた。父は東京外国語専門学校(現在の東京外国語大学)で中国語(北京語)を学び、北京の日本公使館に勤務したのち退職、独立して貿易商となる。中国人との信頼関係を何より重視する気骨のある人物であり、母は白粉(おしろい)けのない聡明な女性だった。また、東京文理科大学に入学、学生新聞の主筆となった、十歳余り年上の長兄のもたらす知識も、日高六郎に陰に陽に影響を与えた。

 こうした家庭に育った彼は、多様な人種が共存する都市、青島のインターナショナルな雰囲気もあって、十代の初めからクロポトキンやトルストイを読んだという。青島時代にスポットをあてた冒頭のくだりは、青島という「外地」つまりは異郷において幼少期を過ごしたことが、日高六郎のユニークな感性を養ったことを明らかにする。

 旧制中学卒業後、旧制東京高校を経て、一九三八年、東京帝国大学文学部に入学して社会学を専攻、卒業後、陸軍に召集されるが、病気のため除隊、一九四二年、東大の副手となる。以来、一九六九年、全共闘運動のさなか、東大に機動隊が導入されたことに抗議して、東大教授を辞職するまで、二十七年にわたって在職した。在職したとはいえ、日高六郎は社会学の旗手として活躍する一方、さまざまな社会運動にコミットしつづけた。その間、彼は一貫して一元化的な発想を否定し、多種多様な考え方が共存しうる磁場を求める姿勢を崩さなかった。あの青島の町がそうであったように。

 こうしてみると、日高六郎は長らく在籍した東大に対して、ひいては戦後日本の社会状況に対しても、つねに一体化できず、違和感を抱きつづけてきたように見える。彼にとって、青島が根本的に異郷であるのと同様、日本もまた異郷にほかならなかったのであろう。

 日高六郎は東大辞職後の一九七一年、パリに居を移すが、三年後、暢子夫人が日本赤軍への協力容疑で逮捕されるというハプニングがおこる。容疑は数日で晴れたものの、帰国のやむなきに至り、十五年間、長期滞在のビザがおりず、パリに戻ることができなかった。その間、京都の大学で教鞭(きょうべん)を取り、ようやく一九八九年、パリに戻る。かくして十七年が経過するが、夫妻ともども体調すぐれず、二〇〇六年また京都へ。まさに波瀾万丈(はらんばんじょう)の軌跡である。

 しかし、こうした軌跡を語る口調は、「春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)」といいたくなるほど、穏やかそのものだ。日高六郎は「僕は、戦前、戦後を見てきた。つまり、僕にとっての戦後史というものも、僕という人間を通じて、体内をくぐって現われる戦後史だからね。単純に言えば、体内にある感覚や判断が、僕の思想であったり、ものさしであったりする」という。

 何物にもよらず、自らの身体感覚によって、九十五年の歳月をみじんの湿っぽい感傷もなく、晴朗に生きぬいてきた、この知識人のポルトレは稀有(けう)の輝きに満ち、まことに感動的である。
    --「今週の本棚:井波律子・評 『日高六郎・95歳のポルトレ』=黒川創・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20130203ddm015070005000c.html

202

203

日高六郎・95歳のポルトレ―対話をとおして
黒川 創
新宿書房
売り上げランキング: 5,427


日高六郎セレクション (岩波現代文庫)
日高 六郎
岩波書店
売り上げランキング: 261,579

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:鹿島茂・評 『シモーヌ・ヴェイユ--犠牲の「思想」』=鈴木順子・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。


301

-----

今週の本棚:鹿島茂・評 『シモーヌ・ヴェイユ--犠牲の「思想」』=鈴木順子・著
毎日新聞 2013年02月03日 東京朝刊

 (藤原書店・3780円)

 ◇「永遠の義務」論を説いた根源的思想家

 ミュージカル映画『レ・ミゼラブル』が大ヒットし、場内は涙、また涙だという。歌声が琴線に触れるからだといわれるが、どうもそれだけではなさそうだ。未婚の母ファンテーヌの嘆きや、孤児コゼットに無償の愛を注ぐジャン・ヴァルジャンに人が涙するのは、むしろ、哲学的な理由があるからではないか? つまり、悲惨な人々(レ・ミゼラブル)を目の当たりにしたとき、人はなぜ涙を流すのかというかたちで問いは立てられなければならないのだ。

 この問いに対して、これ以上はないというほど根源的な答えを出したのがサルトルの同時代人シモーヌ・ヴェイユである。

 高等中学で哲学者アランの薫陶を受けたヴェイユは師範学校卒業後、教職に携わるかたわら、労働運動、工場労働、スペイン内戦、レジスタンスなど様々な実践活動に加わり、一九四三年に三十四歳の若さで没したが、戦後、その膨大な覚書『カイエ』が公開されるや、世界は震撼(しんかん)した。これだけ深く考え抜かれた思想はめったにないからである。しかし、その一方、左右両翼の全体主義に対する強い批判を展開する前半生の政治的言動と、神秘体験以後の後半生の宗教的側面があまりに隔たっているように見えたため、読者は「二つのヴェイユ」が存在するかのような印象を受けることとなる。

 著者はこうした分裂したヴェイユ像を統一する視点として「犠牲」と「義務」の観念に着目し、「思想的変化のきっかけとなったと推測される彼女の神秘体験が、彼女の生涯変わらない一貫した動機」に基づいている事実を『カイエ』の検討により証明してゆく。

 著者によれば、晩年のヴェイユが集中的に批判したのは、ムーニエやマリタンなどのカトリック系知識人が展開した人格主義であったという。なぜなら、ヴェイユから見れば、「理性や自由意志を持って屹立(きつりつ)する人間主体」という意味の「人格」は恵まれた境遇の人間にだけ現れるある種の「特権」であり、不幸に打ちひしがれるレ・ミゼラブルは人格など持ちえないからだ。「人格の尊重」とは「社会においてその人が他者から優越する部分を尊敬すること」であるのだ。

 では、われわれは何を社会の基盤にすえるべきなのか? ヴェイユは人間の中の非人格的部分であると主張する。それは、「なぜ人は私を苦しめるのか」と問うイエスの嘆きであり、「ぶたないで!」と叫ぶ子供の悲鳴である。「『人間の非人格的部分』とヴェイユが呼ぶその中心には、他者からの善意を求めてやまない子供っぽい願望、他者からこの願望を裏切られれば傷つけられるであろう感受性、そしてその願望・感受性と深く結びついた善への希求とが存在する」

 そして、ここから、ヴェイユ独特の義務と権利の観念が生まれる。ヴェイユによれば、権利は人格と結びついた観念であって、特権を有する人の専有物である。たとえば、無理やり売春宿に押し込められた少女がいたとすると、この少女は「あなたがたはわたしにこんなことをする権利はない」と主張するだろうか? 決して言いはしない。「なぜか。それは、権利という言葉が、もともと周囲の他者によって認められて初めて現実的効力をもつ言葉であるにもかかわらず、この少女の置かれた状況においては、そうした周囲への期待は最初から完全に裏切られているからである」

 では、ヴェイユは権利に代わって何を社会の基礎とすべきと主張するのだろうか?

 義務である。義務こそは権利を支える観念なのである。著者は「義務の観念は権利の観念に優先する。後者は前者に従属し、依存する」というヴェイユの言葉を受けて、次のように言う。「こうしてヴェイユは『自分は義務を負った』と考える存在があって、初めて権利が存在する、その逆では決してありえない、ということを強調した」

 では、人は何に対して義務を負っているのか? 「相手を救うことができる時、飢えで苦しんでいる人をそのままに放っておかないことは、人間に対する永遠の義務の一つである」

 しかし、この「永遠の義務」を履行し、他者を生かそうとすれば、人は自身のなにがしかを犠牲にせざるをえない。ヴェイユはまさにそうした義務から発生する犠牲を、神秘体験をきっかけに内的動機として生きたのである。「徹頭徹尾『他者を生かす』思想としての犠牲論を自分でも生ききったのがヴェイユの特徴である」

 というわけで、ミュージカル映画『レ・ミゼラブル』を見て涙するわれわれは、人間が生まれながらにして負っている「義務」を無意識のうちに自覚し、ジャン・ヴァルジャンの「犠牲」に心打たれていると考えられるのである。

 一筋縄ではいかない思想家ヴェイユを「犠牲」と「義務」から一元的に捉えようとした秀作。自分の言葉を使っているのでヴェイユ論にしては非常に読みやすい。
    --「今週の本棚:鹿島茂・評 『シモーヌ・ヴェイユ--犠牲の「思想」』=鈴木順子・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20130203ddm015070020000c.html


302


303


シモーヌ・ヴェイユ 「犠牲」の思想
鈴木順子
藤原書店
売り上げランキング: 16,518


「レ・ミゼラブル」百六景〈新装版〉 (文春文庫)
鹿島 茂
文藝春秋 (2012-11-09)
売り上げランキング: 368

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「女子柔道暴力問題:『監督だけ』不本意 選手側声明、抜本改革求める」、『毎日新聞』2013年02月05日(火)付。

401

-----

女子柔道暴力問題:「監督だけ」不本意 選手側声明、抜本改革求める
毎日新聞 2013年02月05日 東京朝刊

 柔道女子日本代表の園田隆二前監督(39)の暴力行為などを告発した女子選手15人の代理人を務める辻口信良弁護士(大阪弁護士会)らが4日、大阪市内で記者会見を開き、選手側の声明文を公表した。この中で、「選手、監督・コーチ、役員間でのコミュニケーションや信頼関係が決定的に崩壊していた原因と責任が問われなければならない」と指摘し、全日本柔道連盟(全柔連)の指導体制の抜本的な改革を求めた。現時点で訴訟などは考えていないことも明らかにした。

 今回の事態を巡り、選手側の考えが明らかになったのは、間接的とはいえ、これが初めて。声明では、告発の理由を「憧れだったナショナルチームへの失望と怒りが原因。指導の名の下に、または指導とはほど遠い形で、園田前監督によって行われた暴力行為とハラスメントにより、私たちは、心身ともに深く傷ついた」と説明した。

 今後については「(吉村和郎)前強化委員長をはじめとする強化体制やその他連盟の組織体制の問題点が明らかにされないまま、ひとり前監督の責任という形をもって、今回の問題解決が図られることは私たちの真意ではない」とした。

 15人は、昨年12月に日本オリンピック委員会(JOC)に園田前監督の暴力行為を告発する文書を提出。全柔連は、園田前監督を戒告処分とするだけで留任させる方針だったが、本人が1日に進退伺を提出して辞任が決まった。【中村有花】


◇「失望と憤りで告発」--声明文要旨

 私たちが全柔連やJOCに対して訴え出ざるを得なくなってしまったのは、憧れであったナショナルチームの状況への失望と怒りが原因でした。園田前監督によって行われた暴力行為やハラスメントにより、私たちは心身ともに深く傷つきました。互いに切磋琢磨(せっさたくま)し励まし合ってきた選手相互間の敬意と尊厳をあえて踏みにじるような連盟役員や強化体制陣の方針にも、失望し強く憤りを感じました。

 決死の思いで、未来の代表選手・強化選手や、未来の女子柔道のために立ち上がった後、その苦しみはさらに深まりました。私たちの声は全柔連の内部では聞き入れられることなく封殺されました。その後、JOCに駆け込む形で告発するに至り、一連の報道で、ようやく皆様にご理解をいただき事態が動くに至ったのです。前監督による暴力行為やハラスメントは、決して許されるものではありません。柔道をはじめとする全てのスポーツにおいて、暴力やハラスメントが入り込むことに、断固として反対します。

 選手、監督・コーチ、役員間でのコミュニケーションや信頼関係が決定的に崩壊していた原因と責任が問われなければならないと考えています。前強化委員会委員長をはじめとする強化体制やその他連盟の組織体制の問題点が明らかにされないまま、ひとり前監督の責任という形をもって、問題解決が図られることは、決して私たちの真意ではありません。

 今後行われる調査では、私たち選手のみならず、コーチ陣の先生方の苦悩の声も丁寧に聞き取っていただきたいと思います。競技者が安心して競技に打ち込める環境が整備されてこそ、真の意味でスポーツ精神が社会に理解され、2020年のオリンピックを開くにふさわしいスポーツ文化が根付いた日本になるものと信じています。
    --「女子柔道暴力問題:『監督だけ』不本意 選手側声明、抜本改革求める」、『毎日新聞』2013年02月05日(火)付。

-----


http://mainichi.jp/select/news/20130205ddm041040149000c.html


402


403


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:藤原辰史『稲の大東亜共栄圏 帝国日本の〈緑の革命〉』吉川弘文館、2012年。


101

藤原辰史『稲の大東亜共栄圏 帝国日本の〈緑の革命〉』吉川弘文館、読了。

本書は帝国日本の「コメの品種改良の歴史にひそむ、『科学的征服』の野望」を明らかにする一冊。品種改良に取り組んだ農学者の軌跡は、「生態学的帝国主義」の歴史である。緑の革命はモンサントの現在だけではない。

品種改良と導入は殆どの場合において植民地アジアの抵抗を受けている。新品種の抵抗するにも、改良品種不適応の場合にも、実害を受けるのは一人一人の農民であった。そして育った利潤は、商人や日本の肥料企業が吸収していくのである。

農学者の善意は→「育種技術が社会の矛盾を温存して人間と空間を人間の生活実感を通して支配するこのシステムは、警察権力や軍事力で人間を支配するよりもいっそう持続的で摩擦が少なく、それだけに、かえってとてつもなく厄介な統治システムでもある」。

食に直結する技術改良の輝きに私たちは注目しがちだが、その裏側には(日本においても)帝国主義・植民地主義と深く結びついた負荷が存在する。そしてそれが戦後のアメリカの食料戦略とも関連し合っている。生-権力の眼差しを見つめ直す必要を諭す一冊。

本書は稲の品種改良を行ない植民地での増産を推進した「帝国」日本の実像を明らかにする一冊。著者の『ナチスのキッチン』(水声社)と併せて読みたい。

102

稲の大東亜共栄圏: 帝国日本の〈緑の革命〉 (歴史文化ライブラリー)
藤原 辰史
吉川弘文館
売り上げランキング: 340,162
ナチスのキッチン
ナチスのキッチン
posted with amazlet at 13.02.05
藤原 辰史
水声社
売り上げランキング: 338,821

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:ディケンズ朗読短篇選集(II)=小池滋・西條隆雄編」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

201

-----

今週の本棚:ディケンズ朗読短篇選集(II)=小池滋・西條隆雄編
(開文社出版・1890円)

 読んで聞かせるといえば、大人や先生が子どもや生徒にということになりそうだ。それこそドストエフスキーやジョイスが読者に読んで聞かせるということは、ちょっと考えにくい。それなのに、大作家が読者の前で朗読して聞かせた?
 約一二年間で、合計四五〇回も? それを聞きに来た日との数は二千人を超えることもよくあった? まともな音響装置もマイクもなかった時代に? そんなこと……。
 そんなことが可能になる国はと言えば、おそらくイギリスしかない--ディケンズだ。勿論ありとあらゆる修辞法を自由自在に使いこなし、長編小説を連発した彼の作品を人前で朗読できるはずはない。どうしたのか。ディケンズ本人が朗読用に書き直したのである。「本邦初訳作品七篇」とあるのは本当である。
 たとえば、こうなるのだ。「大金持ちのミスター・ドンビーは、生まれて四十八年、大金持ちのミスター・ドンビーの息子は生まれて約四十八分。」 この父親は息子に「流通手形とか、通貨とか、貨幣の価値下落とか」について話してやりたいのだが、その息子の返事は、「お金って結局のところ何ですか」。(太)
    --「今週の本棚:ディケンズ朗読短篇選集(II)=小池滋・西條隆雄編」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

-----


202

203


ディケンズ朗読短篇選集〈2〉

開文社出版
売り上げランキング: 100,833

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:池内紀・評 『ツヴァイク日記 1912-1940』=クヌート・ベック編」。『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。


301


-----

今週の本棚:池内紀・評 『ツヴァイク日記 1912-1940』=クヌート・ベック編
毎日新聞 2013年02月03日 東京朝刊


 ◇池内紀(おさむ)・評

 (東洋出版・4200円)

 ◇亡命作家“その人”を赤裸々にのぞかせた記録

 作家シュテファン・ツヴァイク(一八八一-一九四二)の日記は一九一二年から四〇年までにわたっている。三十一歳から死の二年前まで、二段組六〇〇ページあまりに日付入りでつづられている。

 ウィーンのユダヤ系の富裕な家に生まれ、早熟の詩人として出発した。ドラマを試みたのち小説に転じ、一挙に才能を開花させた。『ジョゼフ・フーシェ』『マリー・アントワネット』『人類の星の時間』、さらに多くの優れた短篇。その著書は出るとすぐに各国語に訳され、ツヴァイクはドイツ文学のなかで、もっとも「成功した作家」のひとりだった。日本語訳の『ツヴァイク全集』(みすず書房)は全十九巻をかぞえ、何度も版をあらためた。

 「特別の日というわけではないが、今日からまた日記を書き始める。これで何度目になるだろうか!」

 「一九一二年九月十日 火曜日」の日付。「以前に書いたものを読み返した」ともあるから、書かれた日記の多くが失われたことがわかる。一九三三年のナチス政権成立後、ユダヤ人ツヴァイクはつねに生命の危険にさらされていた。一九三八年、祖国オーストリアがナチス・ドイツに併合されるのをみてロンドンへ逃れた。その後、フランス、アメリカ、ブラジルへと移り、一九四二年、再婚した若い妻とともにブラジルの保養地ペトロポリスで自殺した。公刊を意図しなかった書き物が散佚(さんいつ)したとしても不思議はない。

 だが、そういった事情はどの亡命者にも共通していた。『ツヴァイク日記』の特徴は「今日からまた」「これで何度目」にある。

 「突然ではあるが、しばらくの中断を経て、私はふたたび日記を書くことにした」(一九三一年十月)

 さらに中断、再開、中断をはさみ、一九四〇年五月二十日に再開。第二次世界大戦が始まって二年目。ドイツ軍は、電撃戦で北欧、ベルギー、オランダを席巻。六月十四日、パリ入城。亡命作家ツヴァイクの判断と分析をぜひ読みたいところだが、ほぼひと月後の「フランスでぞっとするような出来事が進行」の翌日でとぎれる。失われたというよりも書かれなかったせいではなかろうか。後世が知っている続篇は「私は、この性急すぎる男は、お先にまいります」の挨拶(あいさつ)をもつ遺書である。

 ツヴァイクは日記の再開ごとに「記録文書を残すこと」の使命感を述べているが、その記録性は、時代よりもむしろツヴァイクその人にある。第一次大戦中の四年間分が全体の半分以上を占めているのは、自分が生き、また文学の源泉とした古き良きヨーロッパの消滅を意味していたからだ。それはまたひそかな性愛はたやさないエロスの人や、ロマン・ローランとともに反戦を訴える一方で、ドイツ軍の戦況に一喜一憂する愛国主義者の半身を伝えている。

 一九三五年から三六年にかけては、ヒトラー独裁とユダヤ人弾圧の世相を身近に見ていたはずだが、ニューヨーク、パリ、ロンドンを旅する人の見聞にとどまっている。四〇年にはあらためて「時代の姿をとらえ、後日のために記録」を自分に言いきかせながら、「冴(さ)えないニュースばかり」で「すっかり気落ちした」自己報告で終わりをみた。

 同じ亡命作家トーマス・マンが同じ時代に、ほぼ一日も欠かさず書きとめた厖大(ぼうだい)な日記とは、対極のようにことなっている。ツヴァイクの自殺に際して、マンは「甘やかされた弱い男」と一刀両断に切ってすてた。そんな強い人に満腔の敬意を払う一方で、弱い男が人間性を赤裸々にのぞかせる日記もまた捨てがたいのだ。(藤原和夫訳)
    --「今週の本棚:池内紀・評 『ツヴァイク日記 1912-1940』=クヌート・ベック編」。『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20130203ddm015070027000c.html

302

303

ツヴァイク日記 1912~1940
S・ツヴァイク
東洋出版
売り上げランキング: 69,761

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人間は、定点観測をしていないと、つまりその前を知らないと、それがどんなふうに変わったのかということも分からない


101

-----

 人間は、定点観測をしていないと、つまりその前を知らないと、それがどんなふうに変わったのかということも分からないわけです。前を知らないと、破壊の後のすさまじい被害の状況を見ることしかできない。僕は、自分の知っている土地が、震災後の歳月の中でどんなふうに変わっていくのかを、これからもずっと見続けていきたいと思っています。
    --佐伯一麦『震災と言葉』岩波ブックレット、2012年、65頁。

-----

宮城県在の異色の作家・佐伯一麦さんの講演録を読んでいたら、シモーヌ・ヴェイユが『重力と恩寵』のなかにしたためた言葉を思い出した。

すなわち……、

「注意は、もっとも高度な段階では、祈りと同じものである。そのためには、信仰と愛があらかじめ必要である」。

「完全にどんな夾雑物もない注意が祈りである」。

佐伯さんは、震災によって断絶された「時間」と「言葉」という「日常」をどのように取り戻すのかという議論において、日常生活における「定点観測」に言及されていた。

たしかに、人間は、特異な例を除けば、殆どの場合、ルーティーンな、何の変化もないような生活を「繰り返し」ている。

しかし、それはそう自分で思っているだけなのかも知れません。

例えば、考えるには値しない、

検討するには値しない、

わざわざ考えるまでもない……等々。

しかし、宗教的な存在論の立場から説明するまでもなく、人間の生活世界には「不変」のものなどありやしない。

そう、わたしたちは、「注意」を注いでいないだけ。「定点観測」をしていないだけなのじゃないのかな、と。

物事は変わっていないと決めつけているのは、人間の側の問題なのかも知れませんね。

ヴェイユ(田辺保訳)『重力と恩寵』ちくま学芸文庫、1995年、193頁。


102

震災と言葉 (岩波ブックレット)
佐伯 一麦
岩波書店
売り上げランキング: 438,690
ショート・サーキット (講談社文芸文庫)
佐伯 一麦
講談社
売り上げランキング: 158,434
還れぬ家
還れぬ家
posted with amazlet at 13.02.04
佐伯 一麦
新潮社
売り上げランキング: 120,604
重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫)
シモーヌ ヴェイユ
筑摩書房
売り上げランキング: 7,544
シモーヌ・ヴェーユ著作集〈3〉重力と恩寵―救われたヴェネチア
シモーヌ ヴェーユ
春秋社
売り上げランキング: 383,581

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:荒川洋治・評 『庶民烈伝』=深沢七郎・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

201

-----

今週の本棚:荒川洋治・評 『庶民烈伝』=深沢七郎・著
毎日新聞 2013年02月03日 東京朝刊

 (中公文庫・740円)

 ◇隠れたものに向きあう文章と心

 「楢山節考」で知られる深沢七郎(一九一四-一九八七)が一九六二年から一九六九年にかけて書いた、連作の短編七編を収める。ほぼ約半世紀前のものだが、いまも心を強くとらえるものばかりだ。

 深沢七郎の文章には「(そうか)」とか「(ハテナ)」とか「(まずいな)」とか、いまや子どもの作文にも出てこないような安手な表現があちこちにあるので、ふつうの文学とは別の空気が漂う。本書の、二番目に置かれた「おくま嘘歌」は、鶏を飼う六三歳の女性、おくまさんの話だが、「おくまは今年63で、」という書き出し。「六三」ではなく「63」なので、文学の裾野にしがみつくぼくは(こまったな)、漢字の「六三」あるいは「六三歳」にしてほしいと思うが、そうはしないのだ。こういう無造作なことばでいつのまにか話は始まり、とても深い空気のなかへ入っていく。

 夫は亡くなったが、おくまさんには、息子と娘、二人の子どもがいる。嫁いだ娘にも、孫がいる。おくまさんはときどき孫(シゲオ)の顔を見に、娘(サチ代)の家へ。でもそれは「嘘」で、ほんとうは娘の顔を見たいのである。「ちょっくら、行って来るけんど」と家を出て、娘の家に向かうのである。

 <サチ代が、

「あれ、おばあちゃんが来たよう、坊(ボー)の顔を見たくて」

 と言ってこっちを向いた。孫の顔を見たくて来たのだとサチ代は思ってるので、

「坊の顔を見たくて来たのオジャンけ」

 とおくまは嘘を言った。>

 そのあとの場面--。

 <「あれ、よかったよオ、まったく、坊は」

 とおくまは意味もないことを言いながらシゲオを背負(おぶ)った。

「あれ、まったく、よかったよオ」

 と言いながらおくまはのろのろ廻り歩いた。>

 おくまさんは、いっしょに暮らす息子夫婦に冷たくされているので、出かけるのではない。嫁も、もったいないほど、いい人で、その点に問題はない。サチ代がわが子シゲオが可愛いように、おくまさんも自分の娘サチ代が可愛いので、会いたいのだ。でも「シゲオの顔を見たくて来たと言った方がサチ代は喜ぶだろうと思った」のである。「よかったよオ」と、「意味もないことを言いながら」と深沢七郎は書く。これら、ちらちらとつづく文の、なんと美しいことだろう。

 孫も見たいが、娘の顔を見たい。それは、こうした年齢の母親のごくふつうの感情かもしれない。その「娘に会いたい」気持ちがここまでしっかりと抱きとめられ、誰もの心に届くようにつづられた形跡は、これまでの日本文学にはなかった。あまりに自然で純粋なあまり、隠れがちなものがここではすくいとられるのだ。この情景を目におさめるだけで、人は、半年や一年、何もなくても生きていけるのではないか。ここには「1人」の心の、すべてを見通す目がある。いまは知ることも、見ることもできない人間の目であると思う。

 「べえべえぶし」は、いつも「べえべえぶし」をうたっていた父親の死。そこへ、小さな子ども「4人」を自転車にくっつけて、おぶって(すごい)、かけつける娘の姿は、いつまでもまぶたに残る。「安芸(あき)のやぐも唄」は、天地を変える大きなできごとのあとの「1人」の感覚をこれまでにない受けとめ方で書きしるし、深い感動へいざなう。深沢七郎は、いろいろな「1人」の話を書いた。隠れた心を表した。
    --「今週の本棚:荒川洋治・評 『庶民烈伝』=深沢七郎・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20130203ddm015070009000c.html


202


203


庶民烈伝 (中公文庫)
庶民烈伝 (中公文庫)
posted with amazlet at 13.02.03
深沢 七郎
中央公論新社 (2013-01-23)
売り上げランキング: 1,133


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:辻原登・評 『アラビアン・ナイトと日本人』=杉田英明・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

301


-----

今週の本棚:辻原登・評 『アラビアン・ナイトと日本人』=杉田英明・著
毎日新聞 2013年02月03日 東京朝刊

 (岩波書店・1万9950円)

 ◇「千年の伝承物語」をパノラミックに洞察する

 『事物の声 絵画の詩--アラブ・ペルシア文学とイスラム美術』でイスラム世界の文学と美術を微分・積分して、イスラムに対する包括的な視点を準備したあと、『葡萄(ぶどう)樹の見える回廊--東・地中海文化と東西交渉』では日本とイスラムを結ぶ、文化の失われた環を探った著者は、今回は『アラビアン・ナイト』一本にしぼって研究の成果と蘊蓄(うんちく)を存分に披露した。それは、きらびやかなレトリックと深い洞察・卓見で埋め尽くされた巨大なパノラマだ。

 『アラビアン・ナイト(千一夜物語)』は九世紀から十九世紀に至る千年の間に、アラブ世界で徐々に成長を遂げた口承と書写によって民衆のあいだに伝承されてきた物語である。千年かけてつくられた物語!

 十七世紀初に、『ドン・キホーテ』の作者セルバンテスは、自分は、騎士道小説を諷刺(ふうし)した作品を書いたにすぎないと考えていた。その前、コロンブスは西に航海することによってインドに到達したと思い込んでいた。ところが、両者とも全く別の世界を、つまりコロンブスはアメリカを、セルバンテスはフィクションの新大陸--近代小説を発見したのだが……。さて、セルバンテスは、『ドン・キホーテ』の原作者はアラビア人歴史家シーデ・ハメーテ・ベネンヘーリで、元来アラビア語で書かれていたと言明している。むろんセルバンテス一流の韜晦(とうかい)なのだが、当然、ドン・キホーテの冒険の数々には、『アラビアン・ナイト』の多彩な物語が下敷きとなって埋め込まれていることがうかがえるのだ。

 この本では、まずこの信じられないような長大な時間の中で生長してきた物語の歴史と変遷がたどられ、それがヨーロッパにどのように受容されていったかがスケッチされる。

 最初のヨーロッパ語への翻訳はガランによる仏語訳、これが十八世紀初頭。このガラン訳から独語訳、伊語訳、オランダ語訳、露語訳など重訳が出た。

 十九世紀半ば、アラビア語原典が刊行されると、マルドリュスの仏語訳、バートンによる英語訳が登場して、『アラビアン・ナイト』市場は一挙に花開く。

 日本人で、最初にこの物語に大きな興味を示したのは南方熊楠(みなかたくまぐす)。彼はバートン版を入手して、これを類稀(たぐいまれ)なる好色文学として愛好し、喧伝(けんでん)する。つづいて芥川龍之介。彼は上海の古本屋からバートン版十七冊を取り寄せ、耽読(たんどく)。再話の形で子供たちに読み聞かせるべき素材として、『ドン・キホーテ』、『神曲』、シェークスピア、そして『アラビアン・ナイト』を挙げている。

 だが、最も影響を受けた作家は谷崎潤一郎で、『蓼喰(たでく)ふ蟲(むし)』は主人公の一人、要(かなめ)が上海から高額でバートン版を購入するエピソードに始まり、そこに描かれた「バグダツドの三人の貴婦人と門番の話」から夫婦交換(スワッピング)のアイデアを得、それを小説の構造に据えるのである。

 あるいは、オーストリアの詩人・作家ホフマンスタールの『千一夜物語』論の中で、彼が絶讃(ぜっさん)する「アリー・シャールとズムッルドとの物語」から、我らが三島由紀夫が如何(いか)なるインスピレーションを得たかを明らかにする章など目が離せない。

 とまれ、著者の野心は、中東へのまなざしをヨーロッパを経ないで、直接経験することにある。それは、前嶋信次・池田修による『アラビアン・ナイト』アラビア語原典からの直接訳(平凡社東洋文庫版十八冊、一九六六年~一九九二年)の刊行を俟(ま)ってはじめて我々にも可能になったのだが、現在の日本人は急速に『アラビアン・ナイト』への関心を失っているようにみえるのはなぜなのか。著者と共に考えてみたい。
    --「今週の本棚:辻原登・評 『アラビアン・ナイトと日本人』=杉田英明・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20130203ddm015070029000c.html


302


303


アラビアン・ナイトと日本人
杉田 英明
岩波書店
売り上げランキング: 848,419


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:水島治郎『反転する福祉社会 オランダモデルの光と影』岩波書店、2012年。


101_2


水島治郎『反転する福祉社会 オランダモデルの光と影』岩波書店、読了。働き方と社会福祉に関するオランダの取り組みは、社会的「包摂」の理想とされるが、同時に「移民排除」と「移民統合(同化)」を強固に推進している。本書は対極に見える現象の背景に目を向け、社会変容を浮き彫りにする。

本書は冒頭で建国以来の伝統(「身軽な国家」と中間団体による扶助)とオランダ型福祉国家の形成を概観する。その上で、「光」(大陸型福祉国家の限界からワセナール協定、そして現在)と「影」(不寛容なリベラルというパラドクス)の経緯を追跡する。

労働や市民生活への積極的参加を要求する「参加型社会」は同時に、参加「見込みの薄い」移民を排除へと動いた。「権利」の前提としての「義務」「責任」の高調がその背景に存在する。勿論、移民・難民排除はオランダだけではない。光と影から何を学ぶのか--。

注目したいのは「あとがき」。ポスト近代社会とは「人々の積極的な参加を前提とし、コミュニケーションを重視する」。しかしその有無が個々人の社会的価値に容赦なく連動する。KY、コミュ力等々…。オランダ社会の変容は決して対岸の現象ではない。了。


-----

 なお、本書の範囲を超えるテーマではあるが、この「コミュニケーション能力」に対する思える依存は、現代社会のさまざまな場面において、看過できない問題をはらんでいるように思う。
 たとえば、「大学で何を勉強してきたのか」をまともに問わず、むしろ「コミュニケーション能力」の有無ばかり重視されることもある、考えてみれば奇妙な就職面接。あるいは、状況をわきまえない発言をする人に一方的に貼られるレッテルとしての、“KY(空気が読めない)”。さらには、知的能力に問題がない場合が多いにもかかわらず、言動・行動のあり方に問題を見出され、コミュニケーションに難があるとして「障害」とみなされるようになった「発達障害」の出現。精神科医の青木省三は、『時代が締め出すこころ』のなかで、近年増加している「発達障害」の背景として、「産業構造の変化や地域社会の変容」のもと、従来求められてこなかった「コミュニケーション能力」が要求されるようになったことがあるのではないか、と示唆している(青木、二〇一一)。現代において「コミュニケーション能力がない」と判定されることは、身近な仲間集団から全国レベルの労働市場に至るまで、あらゆる場面で「排除」の対象とされる危険を意味しているのである。
 しかし、教育社会学者の貴戸理恵が論じるように、「コミュニケーション能力」とはそもそも判定が困難な「能力」である。コミュニケーションが成立するかどうかは、当人の置かれた状況、他者との間の「関係性」に強く依存するものであって、個々人の能力に還元するには無理があるからである(木戸、二〇一一)。その相対的な「能力」が、あたかも絶対的な重みをもって規範的に作用するならば、「排除」のスパイラルは終わることなく続くだろう。
    --水島治郎『反転する福祉社会 オランダモデルの光と影』岩波書店、2012年、216-217頁。

-----

103_2

反転する福祉国家――オランダモデルの光と影
水島 治郎
岩波書店
売り上げランキング: 110,521
時代が締め出すこころ――精神科外来から見えること
青木 省三
岩波書店
売り上げランキング: 99,436

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:スウェーデン 高齢者福祉改革の原点=イーヴァル・ロー=ヨハンソン・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

201x

-----

今週の本棚:スウェーデン 高齢者福祉改革の原点
イーヴァル・ロー=ヨハンソン・著
(新評論・2940円)

 スウェーデンの老人ホームの現状を批判した、有名なヨハンソンの古典的な本『スウェーデンの高齢者』(一九五二年)がはじめて邦訳され、同じ著者の『老い』(一九四九年)のなかの写真も一部が収められている。
 これを読むと出版当時の事情がわかる。出生率の低下によって人口構成が変わり、老人一人を支える働く人の数が少なくなったのである。と同時に「老人ホーム」が救貧院時代の考えから完全に脱却していない時でもあった。西欧版姥棄山が、かつてあったことに驚く人もいよう。
 くり返し批判sれているのは、老人ホームに精神異常者、慢性疾患者が多数入居していることである。ヨハンソンは、高齢者が今までのように、できるだけ社会とのかかわりを持ち続ける生活を、社会が支えるべきであると考えていた。今日のノーマライゼーションの先駆である。
 ヨハンソンは施設充実中心主義を批判しているが、この本にはアルツハイマー病の問題がない。日本では良い施設の充実も急務であろう。今日のスウェーデンは、ヨハンソンの批判を受けてから大きく変わっている。それを詳しく解説で書いてほしかった。 =西下彰俊ほか編訳(鷺)
    --「今週の本棚:スウェーデン 高齢者福祉改革の原点=イーヴァル・ロー=ヨハンソン・著」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。

-----

202_2


203_2


スウェーデン:高齢者福祉改革の原点: ルポルタージュからの問題提起
イヴァル・ロー=ヨハンソン
新評論
売り上げランキング: 12,572

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「ニュースの匠:体罰問題で入試中止=鳥越俊太郎」、「大阪・高2自殺:桑田さん『恐怖心では根性育たぬ』 大阪・教職員向けに研修」、『毎日新聞』

301_2

-----

ニュースの匠:体罰問題で入試中止=鳥越俊太郎
毎日新聞 2013年02月02日 東京朝刊

 ◇王様の言いなりに

 私は直感的に「裸の王様」というアンデルセンの童話を思い起こしました。

 大阪・桜宮高校で起きた体罰と生徒の自殺、そしてその後、橋下徹・大阪市長が入試中止を声高に叫んで実行させたこと。この一連の経過を見ていて、私はやはりこれは「裸の王様」だな、と思ったのです。

 改めてその童話のあらすじを書いておきます。

 新しい服が大好きな王様の元に、ふたり組の詐欺師が布織り職人という触れ込みでやって来ます。彼らは、ばかには見えない布地を織ることができるという。王様には当然布地は見えません。しかし、家来の手前「見えない」とは言えない。褒めるしかない。家来も褒めるしかない。結局、王様は見えない衣装を着てパレードに臨みますが、見物人もばかと思われたくないので褒めそやす。そんな中で小さな子供の一人が「あ、王様は裸だ!」と叫びました……というのがアンデルセンの鋭い寓意(ぐうい)を含んだ童話の核心部分です。

 さて、今回の桜宮高校の入試中止事件。きっかけとなったバスケットボール部顧問による自殺した主将生徒への激しい体罰は、報道で見る限り、これは体罰の域を超え暴力行為ですね。

 体罰については指導のあり方の問題としてきっちりと議論をし、改善すべきところは改めなければなりません。

 橋下市長は当初、体罰一般は否定しないという趣旨の発言をしていましたが、一転、「入試中止」という極端な発言に変わりました。発言がブレるというのは原発問題や先日の選挙時での太陽の党との合併問題などを見ていて、橋下市長の傾向ではあります。が、今回はブレたことが問題ではありません。体罰問題と入試の問題はどう考えてもつながりません。論理的に飛躍があります。

 橋下市長は「学校の伝統や空気を一新させる」ために体育科とスポーツ健康科学科の入試を中止させるのだと主張していますが、これは常識的に見て無理がある理屈です。入試をやめれば体罰問題が解決するなんてことはあり得ません。

 橋下市長の入試中止措置に真っ向から反論したのは桜宮高校の在校生たちだけでした。

 「全く納得できません」

 裸の王様に大人は言いなりになっただけでした。
    --「ニュースの匠:体罰問題で入試中止=鳥越俊太郎」、『毎日新聞』2013年02月02日(土)付。

-----


http://mainichi.jp/opinion/news/20130202ddm012070017000c.html


-----

大阪・高2自殺:桑田さん「恐怖心では根性育たぬ」 大阪・教職員向けに研修、体罰一掃訴え
毎日新聞 2013年02月03日 大阪朝刊

 大阪市立桜宮高校の体罰問題を受けて、市教委と大阪府教委のスポーツ指導に関わる教職員向け研修が2日、同市内で開かれ、元プロ野球選手の桑田真澄さん(44)が講演した。桑田さんは講演後の記者会見で「痛みや恐怖心で根性がついた実感はなく(体罰を受けた経験が)マウンドで僕を助けてくれたことは一度もない」と体罰一掃を訴えた。

 研修は非公開で、桜宮高を含む市立、府立の中学、高校の運動部顧問ら513人が参加。桑田さんがスポーツ指導者のあるべき姿について約1時間話をし、教職員と意見交換をした。

 桑田さんは記者会見で「学生時代に体罰を見るのも嫌だった。絶対服従の関係で体罰をするのはひきょう」と指摘。メジャーリーグ在籍時に訪問したアメリカの小学校や大学では、コーチが怒鳴ったり殴ったりせず選手がのびのびと野球をしていたといい、「体罰なしでもすばらしい選手が育つ証しだ。主体的に考えられる選手を育てる方法を勉強しないといけない」と語った。【原田啓之】
    --「大阪・高2自殺:桑田さん『恐怖心では根性育たぬ』 大阪・教職員向けに研修」、『毎日新聞』2013年02月03日(日)付。


-----

http://mainichi.jp/area/news/20130203ddn041040011000c.html

302_2


303_2


304_2


試練が人を磨く 桑田真澄という生き方 (扶桑社文庫 く 8-1)
桑田 真澄
扶桑社
売り上げランキング: 21,037


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「『橋下維新』は3年で終わる 民衆に「消費」される政治家たち』 川上和久著」、『第三文明』2013年3月、第三文明社、96頁。


401


-----

『橋下維新』は3年で終わる 民衆に「消費」される政治家たち』
川上和久著

宝島社新書 780円

ふわっとした民意の危うさ

 著差は明治学院大学教授で「戦略的コミュニケーション論」を専門とする政治心理学者。本書の特色は橋下徹氏を教材として、日本を弱体化させる負の連鎖(政治不信のストレス解消を強力な指導者への「期待」と「失望」の々で図ろうとする行為)を心理学的アプローチから論証している点にある。
 本書が目指すところは橋下氏の政治手法を感情的に批判することでも手放しに賞賛することでもない。なぜ橋下氏が政治の表舞台に躍り出ることができのか、また「民意」という名の政治権力を与えた「ポピュラー・センチメント(ふわっとした民意)」が、これからの日本に一体何をもたらすのかといった点を読み解くところにある。
 プロパガンダ(政治宣伝)の巨人エドワード・バーネイズや、PRの父アイビー・リーなどの思想を紹介しながら、「ネーム・コーリング(政敵へのレッテル貼り)」や「華麗なる一般化(人権や平和など反論できない価値を提示し自己正当化する)」といった専門的な用語を、わかりやすく解説している。橋下氏を支持する人も批判的な人も、冷静に今の状況を見ることができるだろう。
 著者はさまざまな機会をとらえて「熟慮の民主主義」の大切さを語っている。成熟した民主主義は意思決定に時間がかかる。異なる価値観同士がぶつかり合い、対立のなかからお互いの合意を見いだすためである。「政治を前に進める」ためにもっとも必要なことは強力な独裁者の誕生ではなく、有権者一人一人の冷静な思索と懸命な投票行動だということがあらためて実感できる好著である。
(ライター・山下真史)
    --「『橋下維新』は3年で終わる 民衆に「消費」される政治家たち』 川上和久著」、『第三文明』2013年3月、第三文明社、96頁。

-----


402


403


情報操作のトリック その歴史と方法 (講談社現代新書)
川上 和久
講談社
売り上げランキング: 60,421
プロパガンダ[新版]
エドワード・バーネイズ
成甲書房
売り上げランキング: 84,111
プロパガンダ教本
プロパガンダ教本
posted with amazlet at 13.02.03
エドワード バーネイズ
成甲書房
売り上げランキング: 368,770

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 就活に見る親の経済格差」、『毎日新聞』2013年02月01日(金)付。


101


-----

くらしの明日
私の社会保障論
就活に見る親の経済格差
山田昌弘 中央大教授

階級社会が到来するかも
 大学3年生の就職活動がスタートした。そんな中、大手書店で「親の就活コーナー」を見つけた。親のための就活の心得といった内容の本が大量に置かれている。子どもの就職が心配な親が手に取るのだろう。今の就職状況の厳しさを語り、親が出来ること、言ってはいけないことを示すといった内容である。
 確かに、今の学生の親が就職した時代はバブル景気の中、寝ていても大丈夫とはいかなくても、正社員として就職ができないことなど考えられなかった。今は大学が保護者向けの就職講座を開く時代である。ある女子学生は、就職懇談会に参加した母親から「こんなに就職が大変なら、早くお嫁にいってしまえば」と言われたそうである。
 ただ、今結婚相手を見つけるのは就職以上に難しい。学生の親のための婚活講座が開かれるかもしれない。人気企業の説明会の椅子を確保するため、本人と両親がエントリー開始と同時に申し込み、父親の方が当たったと喜んでいた学生もいた。
 深刻な例もある。ある学生の父親が失業し、仕送りができなくなった。彼は学資、生活費を稼ぐためにアルバイトを増やし、就職活動に時間が割けなくなり、就職先が見つからないまま卒業せざるを得なかった。父子ともども失業者になったのである。今の就職活動にはお金と時間がかかるから、今のうちにアルバイトをして貯金しておくという2年生もいる。
 親の経済力には格差がある。そもそも大学に進学する時点でも格差がある。そして高卒者の非正規雇用率は大卒者よりはるかに高い。そして、大学進学後も親に経済的ゆとりがあれば「就活」に専念でき、そうでなければ内定をとれない確率が高まる。特に、大都市で就活をしなければならない地方学生には深刻である。学力に差がなくても、親の経済力が子の就職に影響する時代が到来したのだ。


 私が99年に「パラサイト・シングルの時代」(ちくま新書)を出版し、親の経済状況による若者の経済格差を指摘した時、「親が貧しければ子どもも貧しくなって当然だ」という匿名の手紙が届いた。成人後も、学費も含めて親が子どもの生活の面倒をみるというシステムは、学費が安く就職が容易な時代ならうまく機能したかもしれない。
 今度の税制改革で「孫の教育費なら1500万円まで贈与税を免除する」という案が出された。そんなお金持ちの祖父母がどこにいるのかという議論はさておき、この案は「高等教育費は親負担が当然」という前提に基づいている。このままだと、匿名の手紙で言われたように、親の経済格差が子どもに引き継がれるという階級社会が、日本に到来する日が来るかもしれない。

ことば 大学生の生活厳しく 全国大学生協連が1963年から実施している学生生活実態調査の直近20年比較によると、大学生の1カ月の仕送り額は91年の9万450円が2011年には6万9780円に減った。家電・家具などの耐久消費財支出(半年間)も6万600円(91年)から1万7000円(11年)に激減。逆に奨学金受給率は上がり続けている。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 就活に見る親の経済格差」、『毎日新聞』2013年02月01日(金)付。

-----


102


103


パラサイト・シングルの時代 (ちくま新書)
山田 昌弘
筑摩書房
売り上げランキング: 187,863

新平等社会―「希望格差」を超えて (文春文庫)
山田 昌弘
文藝春秋
売り上げランキング: 51,036
「婚活」時代 (ディスカヴァー携書)
山田 昌弘 白河 桃子
ディスカヴァー・トゥエンティワン
売り上げランキング: 133,346

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「【書評】はだしのゲン わたしの遺書 中沢啓治 著」、『東京新聞』2013年01月27日(日)付 + α


201

-----

【書評】はだしのゲン わたしの遺書 中沢啓治 著

◆最期まで被爆を伝え
[評者]岸本 葉子 エッセイスト。著書に『「そこそこ」でいきましょう』など。
 『はだしのゲン』は、広島で被爆した少年が主人公の漫画だ。貧困や偏見を乗り越え生き抜く姿を、作者の体験をもとに描いた。その作者、中沢啓治さんの自伝が本書である。視力が衰え漫画の筆を折った後、病のため生の残り時間を意識しながらまとめられた。
 意外なことに、漫画家となっても原爆をテーマにしようとは考えていなかったそうだ。振り返るには酷(むご)すぎる記憶。後遺症や死の不安、被爆者への差別に苦しむ中、「原爆のことから逃げてばかりいたのです」。母の死をきっかけにこのテーマと取り組む。終戦から二十一年後のこと。以来断続的に描き継いで、執筆を断念するまで次の構想を練っていた。
 怒りが自分を突き動かしてきたと述べる。危機感もあっただろう。雑誌連載時、読者の反響から、原爆の実態がほとんど伝えられていないことにショックを受けた。福島の風評被害をニュースで知ったときは、放射能がいまだ正しく理解されていないことを痛感したという。
 少女期に『はだしのゲン』を読んだ私は、もう「卒業」した本のような気になっていた。が今なお、あるいは今こそ読むべきではと再認識する。わかりやすい文章と漫画の抜粋とによる構成。ふりがなの多用。大人にも子どもにも届けたいという作者の思いが伝わってくる。
なかざわ・けいじ 1939年生まれ。73~85年「はだしのゲン」を雑誌に連載。昨年12月死去。
(朝日学生新聞社 ・ 1365円)
<もう1冊>
 原民喜著『夏の花』(集英社文庫)。米軍の原爆投下で地獄絵と化した広島の姿を書き残した表題作を含む作品集。
    --「【書評】はだしのゲン わたしの遺書 中沢啓治 著」、『東京新聞』2013年01月27日(日)付。

-----


http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013012702000139.html

-----

みんなの広場
「はだしのゲン」を後世に
高校生 17(神戸市北区)

 広島原爆で被爆した自らの体験を基にした漫画「はだかのゲン」の作者、中沢啓治さんが先月亡くなった。戦争と原爆の恐ろしさ、平和の尊さを伝えようとされたのだと思う。
 漫画では、戦争で家族がばらばらになったり、大切な人が相次いで死んでいったりする中、主人公のゲンがたくましく生き抜こうとする描写が強く印象に残っている。大量のガラス片が体に突き刺さり、助けを求めてもがき、また水を求めてさまよう様子などが描かれ、あまりの惨状に凝視できないページもある。しかし、それは私たちに戦争のありのままを教えてくれているのだ。
 戦後70年近くになり、戦争を知らない人たちがほとんどを占める。この日本で、多くの人が亡くなった恐ろしくて悲惨な戦争があったということを次の世代に伝えていくためにも、大切な漫画だと思う。
    --「みんなの広場 『はだしのゲン』を後世に」、『毎日新聞』2013年01月30日(水)付。

-----

202


203


はだしのゲン わたしの遺書
中沢 啓治
朝日学生新聞社
売り上げランキング: 1,609

はだしのゲン (1) (中公文庫―コミック版)
中沢 啓治
中央公論社
売り上げランキング: 124,978
はだしのゲン 文庫全7巻 完結セット (中公文庫―コミック版)
中沢 啓治
中央公論社
売り上げランキング: 90,199
夏の花・心願の国 (新潮文庫)
原 民喜
新潮社
売り上げランキング: 119,711
小説集 夏の花 (岩波文庫)
原 民喜
岩波書店
売り上げランキング: 328,533

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「擬人化カエル、平泉にも 『鳥獣人物戯画』そっくり 同時期の作か」、『毎日新聞』2013年01月27日(日)付。


301


-----

柳之御所遺跡:擬人化カエル、平泉にも
毎日新聞 2013年01月27日

岩手県平泉町の柳之御所遺跡で発見されたカエルが描かれた木片=共同

 奥州藤原氏の政務の拠点があった岩手県平泉町の国指定史跡「柳之御所遺跡」から、擬人化されたカエルが墨で描かれた木片が見つかり、県教育委員会が25日、発表した。国宝「鳥獣人物戯画」(平安-鎌倉時代)に似ており、同時に出土した遺物から12世紀後半のものと推定されるという。

 鳥獣人物戯画を所有する高山寺(京都市)は「擬人化した動物の絵が、同時期に存在していた例は聞いたことがない」と話し、県教委も「当時最先端の都の文化が、ほぼ同時期に平泉まで伝わっていたことを示す貴重な資料。奥州藤原氏について知る手掛かりにもなる」としている。

 県教委によると、木片は縦10センチ、横4センチで「折敷(おしき)と呼ばれる盆の断片。擬人化されたカエルが右手に扇、左手にススキのようなものを持った絵が描かれていた。
 絵の左側に片仮名とみられる文字があったが、判読できていない。折敷として使われた後に、絵が描かれたと見られる。木片はその後、再加工されたらしく、カエルの絵も右側が切れている。
 鳥獣人物戯画には似たような構図のカエルやウサギの絵がある。筆致などから今回発見された絵は、専門の絵師ではなく、武士や僧侶などが描いた可能性が高いという。
 木片は昨年10月下旬、柳之御所遺跡を囲む堀があった場所から出土した。2013年度以降に一般公開する予定。
    --「擬人化カエル、平泉にも 『鳥獣人物戯画』そっくり 同時期の作か」、『毎日新聞』2013年01月27日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/select/news/20130127k0000m040116000c.html


302

303


鳥獣戯画―国宝絵巻 (双書美術の泉 6)

岩崎美術社
売り上げランキング: 474,693


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「東京都青少年の健全な育成に関する条例」に基づく「不健全図書類のお知らせ」

2101


-----

……人類の意見がほぼ一致していて、たったひとり異論を唱える人がいる場合、そのひとりを沈黙させるのは、意見の違うひとりが権力を握っていて圧倒的多数の意見を沈黙させるのと変わらないほど不当な行為である。意見というものがそもそも本人以外にとって何の価値もなく、ある意見をもつことを禁じられても本人以外は何の被害も受けないと仮定すれば、被害を受ける人がごく少数なのか多数なのかで、ある程度の違いがあるともいえよう。しかし、意見の発表を禁じることには特別の害悪があり、人類全体が被害を受ける。そのときの世代だけでなく、後の世代も被害を受ける。そして、発表を禁じられた意見をもつ人以上に、その意見に反対する人が被害を受ける。その意見が正しかった場合、自分の間違いをただす機会を奪われる。その意見が間違っている場合にも、間違った意見にぶつかることによって、真理をそれ以前よりしっかりと、活き活きと認識する機会を奪われるのだから、意見が正しかった場合とほとんど変わらないほどの被害を受けるのである。
    --ミル(山岡洋一訳)『自由論』光文社古典新訳文庫、2006年、4142頁。

-----


別に、『告白・性体験』やら『男と女の交差点』を読みたいとは思わないけれども、「ある意見をもつこと」を禁じられることが何を意味するのかについては、深慮することが必要不可欠だと思う。

何が善くて・何が悪いのかは、「政府」が決める占有物なのだろうか。得てしてそれは「政府」が設定し、私たちの日常生活の「常識」を規定する。そしてその“ねつ造”された「常識」が、厚顔無恥なる精神の圧迫になることは、歴史を振り返れば明らかなわけなんだけれども、そのコードにしたがうことが素晴らしいと錯覚されているのが現状なんでしょう。

ぎゃふん。


2102


2103


2104


自由論 (光文社古典新訳文庫)
ジョン・スチュアート ミル
光文社 (2012-06-12)
売り上げランキング: 83,446

自由論 (光文社古典新訳文庫)
ミル
光文社
売り上げランキング: 331,484


自由論 (岩波文庫)
自由論 (岩波文庫)
posted with amazlet at 13.01.31
J.S. ミル
岩波書店
売り上げランキング: 16,142

自由論 (日経BPクラシックス)
ジョン・スチュアート・ミル
日経BP社
売り上げランキング: 26,510

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「フランクル『夜と霧』への旅 [著]河原理子 [評者]後藤正治」、『朝日新聞』2013年01月27日(日)付。

2201


-----

フランクル『夜と霧』への旅 [著]河原理子
[評者]後藤正治(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年01月27日

■豊かな時代にも「人生の意味」求め

 いわゆる“この一冊″に、ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』(原題は「一心理学者の強制収容所体験」)をあげる人は少なくない。アウシュビッツなど四つの収容所をくぐり抜けて生還はしたが、両親、妻、兄を失った。極限的な受難を被りつつ、フランクルは告発を封じ、人間存在への深い考察を記した。
 著者は、『夜と霧』の翻訳者、出版人、研究者、読者たち、そして収容所跡やゆかりの人々を訪ねつつ書の意味を探っていく。
 ウィーンで出された初版の部数は3千部。やがて絶版となったが、その後40の言語に翻訳され1千万部を数えるに至った。日本では、戦時中に特攻機を見送った体験をもつ臨床心理学者、霜山徳爾が留学先の西ドイツの本屋で薄い原本を見つけ、翻訳する。本邦でも旧新の翻訳を合わせ100万部に達している。
 大戦と収容所は歴史となっても書は読み継がれてきた。人はいつの時代も「不条理を抱え」、「人生の意味」を求める。それに応える普遍の書であったからだ。
 豊かな時代においても「実存的空虚」は消えない。生きる意味を捉えかねる私たちに、フランクルは答える。「人間が人生の意味は何かと問う前に、人生のほうが人間に問いを発してきている」。意味は自ら見出(みいだ)さねばならない。すべてを奪われてもなお「個の態度」という価値がある。「それでも人生にイエスと言う」と。
 著者にとってフランクルへの旅は、自身への旅でもあった。大学時代、『夜と霧』と出会う。収容所を撮った写真は強烈だったが、文章は遠かった。新聞記者となり、母となり、歳月を経て再び本書と出会う。
 「……後世の若い読み手だった私にとって、この本は、くり返し読んでいくなかで、書かれていることに気づく、触れていく、もっと奥まで手が届くようになる、そういう本だった」
 書物とはそういうものなのだろう。そういう作用を持つものが書物という名に値するのだろう。
 どこの国だって別のホロコーストを引き起こす可能性があるのです--フランクルの言葉である。
 著者は、収容所の痕跡が消えたバイエルンの森を歩きつつ、「事態が少しずつ進んでいくとき、自分はどうふるまえるだろうか……」と自問する。あるいは「社会がなだれを打つときにあらがえるかどうか」とも記す。
 『夜と霧』は、世のありようを問い、自身の生き方をまさぐる人々に、小さくも確かな灯としてあり続けていくだろう。考察は柔らかくて内省的であり、文章は簡素で抑制的である。久々、言葉が胸に染み入る本だった。
    ◇
 平凡社・2100円/かわはら・みちこ 61年生まれ。朝日新聞編集委員。社会部記者として性暴力被害の取材をきっかけに、事件・事故の被害者の話を聴く。著書に『犯罪被害者 いま人権を考える』(平凡社新書)、共編に『〈犯罪被害者〉が報道を変える』(岩波書店)。
    --「フランクル『夜と霧』への旅 [著]河原理子 [評者]後藤正治」、『朝日新聞』2013年01月27日(日)付。

-----


http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013012700009.html

フランクル『夜と霧』への旅
河原 理子
平凡社
売り上げランキング: 2,156
夜と霧 新版
夜と霧 新版
posted with amazlet at 13.01.31
ヴィクトール・E・フランクル
みすず書房
売り上げランキング: 202
それでも人生にイエスと言う
V.E. フランクル
春秋社
売り上げランキング: 1,603

2202

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「アホウドリと「帝国」日本の拡大 南洋の島々への進出から侵略へ [著]平岡昭利 [評者]上丸洋一」、『朝日新聞』2013年01月27日(日)付。

2301


-----

アホウドリと「帝国」日本の拡大 南洋の島々への進出から侵略へ [著]平岡昭利
[評者]上丸洋一(本社編集委員)  [掲載]2013年01月27日

■南方進出の出発点を検証

 「アホウドリ」で思い出すのは、史実に材をとった吉村昭の小説「漂流」だ。江戸時代後期、しけにあって鳥島に流された土佐の船乗り長平が、アホウドリの肉を主食に12年半を生き延び、八丈島、江戸を経て、ついに故郷への帰還を果たす物語だ。
 明治になって、そのアホウドリが日本人を南の島へと招き寄せる。日本の南方進出の出発点にアホウドリが存在した。本書は、その事実を歴史的に検証したユニークな研究書だ。
 八丈島の大工だった玉置半右衛門が鳥島に上陸したのは、1887(明治20)年のことだった。目当てはアホウドリ。人を恐れぬこの大型の海鳥は捕獲が容易だった。15年間に600万羽を捕獲したというからものすごい数だ。羽毛を欧州に輸出して、玉置は巨万の富を得た。
 その後、アホウドリで一獲千金をもくろむ人々が、南海の無人島開発に次々と乗り出していった。その足跡は南鳥島、尖閣諸島から硫黄島、さらには中部太平洋ミッドウェー諸島、北西ハワイ諸島などにまで及んだ。
 しかし、乱獲がたたって、アホウドリは、どこでも数年で捕獲数が激減した。1905年ごろからは、肥料の原料となるグアノ(鳥のフンが堆積(たいせき)して固まったもの)やリン鉱が、アホウドリにかわって、南方進出の目的となる。
 著者が、この研究にとりかかったのは40年ほど前。地理学のフィールドワークで、沖縄本島東方の南大東島を訪れたのがきっかけだという。
 明治期、南大東島を開拓したのは八丈島から来た人々だった。何のために人々は、はるか1200キロの海を越えて、無人の南大東島にやって来たのか? 著者は「長い探究の旅」を続け、本書を書き上げた。
 尖閣諸島の開発者、古賀辰四郎については、その履歴をめぐって通説に事実誤認があると指摘している。
    ◇
 明石書店・6300円/ひらおか・あきとし 49年生まれ。下関市立大教授。人文地理学、島嶼(とうしょ)地域研究。
    --「アホウドリと「帝国」日本の拡大 南洋の島々への進出から侵略へ [著]平岡昭利 [評者]上丸洋一」、『朝日新聞』2013年01月27日(日)付。

-----

http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013012700019.html


2302


アホウドリと「帝国」日本の拡大
平岡 昭利
明石書店
売り上げランキング: 18,894


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:「山口周三『南原繁の生涯 信仰・思想・業績』(教文館)、『第三文明』2013年3月、96頁。


101_2

-----

「現実的理想主義者」の実像を生き生きと伝える

 近代日本の思想的系譜において、良心と良識を担うチャンピオンは内村鑑三と新渡戸稲造である。この二人の師から直接の薫陶を受けたのが本書の主人公・南原繁である。戦後初の東大総長として教育改革を指揮したことで有名である。
 戦後日本を設計した南原の生涯を学ぶ意義は、どこにあるのか--。それは私たち自身の来(こ)し方を学び直すことにある。浩瀚(こうかん)な南原伝である本書は、その有力な手掛かりを与えてくれる。お薦めの一冊だ。
 南原といえば戦前・戦中の「洞窟の哲人」としての学問的苦闘と真摯なキリスト教信仰に注目しがちだが、本書は戦後の展開に光を当てている。南原の歩みとは、良心と良識を実現させていく「現実的理想主義者」のそれである。たとえば、時の首相・吉田茂は南原の全面講和論を「曲学阿世」と退けたが、南原自身は、当時のソ連・中国へ足を運び首脳と対話を重ねている。南原なくして後の国交回復もあり得ない。一体、どちらが「現実的」で「曲学阿世」なのか。
 本書は膨大な文献を渉猟し、南原の生涯を立体的に描き出している。しかも南原を師と仰ぐ一市民の手によるものだから、驚くばかりだ。南原の弟子・丸山眞男は「一刻の学問をになう力は--学問に活力を賦与するものは、むしろ『俗人』の学問活動ではないか」と指摘した。若き日、南原の一首が機縁になり、その元を訪れた著者の研鑽は「学問に活力を賦与」する労作へと結実した。
 南原繁の実像を生き生きと伝えてくれる現時点でもっとも完成度の高い信頼のおける一冊である。(神学研究者・氏家法雄)
    ----拙文「山口周三『南原繁の生涯 信仰・思想・業績』(教文館)」、『第三文明』2013年3月、第三文明社、2013年、96頁。

-----


102_2


103

南原繁の生涯―信仰・思想・業績
山口 周三
教文館
売り上げランキング: 168,461
資料で読み解く南原繁と戦後教育改革
山口 周三
東信堂
売り上げランキング: 950,977

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評 『ヨレハ記』=小川国夫・著」、『毎日新聞』2013年01月27日(日)付。


201_2

-----

今週の本棚:村上陽一郎・評 『ヨレハ記』=小川国夫・著
毎日新聞 2013年01月27日 東京朝刊


 (ぷねうま舎・5880円)

 ◇「旧約」の精神を帯びた“戒律と赦し”の物語

 難しい仕事を引き受けてしまったという思いである。小川国夫の、成り立ちにも色々といきさつのある小説、しかも、六百ページを超える極めて大部な本書と取り組んでみての思いである。題材から言っても、成り立ちから見ても非常に特異な、この小説の刊行に踏み切った書肆(しょし)にも敬意を表したい。

 小川のこれまで発表された作品のなかの、かなり多くが、新約聖書に題材をとったものであったことは、あるいは彼のもう一つの重要なジャンルである紀行文でも、その多くが、キリスト教に絡んでいることは、よく知られていることだろう。本書に収められている「後記」という文章のなかで、小川は、ドストエーフスキーの作品には、常に「生きて働く神」の顕現という趣がある、という意味のことを述べている。キリスト者としての小川が、そうした作品を目指していた、というのが強すぎれば、そうした作品から刺激を受けていた、ということも、確かだろう。しかし、本書以外の小川の宗教的作品が、新約聖書を背景としていたのに反して、本書は、旧約聖書に基礎を置くという点で、例外的な作品であり、日本では稀有(けう)のことでもある。

 そういえば、トーマス・マンには『ヨゼフとその兄弟たち』という、旧約聖書を題材とした長編がある。小川がどれだけマンを意識していたか、それは判(わか)らないが、両者には、どこか重なるところがある。ただマンの作品が、確かに旧約の記事を題材としているのに対して、小川の本書は、旧約の精神を背景としていながら、完全なフィクションと言えるところが異なる。文芸の世界では、SFつまりサイエンス・フィクションというジャンルがあるが、本書はRFつまりレリジャス・フィクション(宗教フィクション)とでも名付けるべきものではないか。

 本書の成り立ちに複雑ないきさつがあると書いた。本書の主体は、もともと、文芸誌『すばる』に、一九七六年から七八年まで連載されていた九本の小説を、その順序で「ヨレハ記」として纏(まと)めたものである。もっとも、「連載」と書き、後に述べるように、著者がそれらを一編の「長編小説」として纏める意図を持っていたこともはっきりしているが、一つ一つの稿は、これも後に触れるように、時間の流れと並行した連載ではなく、各稿の内容が時系列に沿っていない、という点から見ても、それぞれが、幾分か独立している感がないでもない。

 もちろん、長編小説の内容が、常に時間の流れに沿う、という約束は、どこにもない。時間の倒錯は、小説の一つの技法ですらある。ただ、「硫黄 ヨレハの死」という連載の最終回の章に付記を添えて、小川は、「構想したすべての部分を書き了(お)え」たが、「発表の順序が若干前後し」たことを読者に詫(わ)び、「単行本にまとめる際、その点に留意しつつ、長篇小説として組み上げます」と締め括(くく)っている。その点を勘案すれば、一つの小説として考えたときには、著者自身が、内容の時系列的な展開という、判り易(やす)い構成に改めようという思いを持っていたという推測は成り立つ。また、小川が、その段階で、小説の出来上がりに完全に満足してはいなかったらしい点も見えている。

 実際その後、小川は、改稿と再構成を試みたようだが、それが未完のまま世を去ることになった。本書は、未完のままの改稿は、すべて反映されているが、各稿の順序に関しては、すでに書いた通り、発表の順番を踏襲している。したがって、読者は、その点に配慮しつつ読み進めるべきことになる。さらに、小川が、本稿を執筆後に、個別に発表した三つの、共通する題材を扱った作品を、「ヨレハ記」の後に、「神に眠る者」というタイトルで纏めて掲載しているために、本書はかくも大部になったとも言える。

 書誌的な説明だけで、すでに相当の紙数を費やしてしまって、本書の主体である「ヨレハ記」を紹介する余裕が残されていないが、場所はイスラエルらしい架空の国(町)キトーラ。ヨレハという「革命的な」予言者(作者は本作では「預言者」を使わない)を巡って、ヨレハに付き添うマジ、富裕なギヅエとその買われた妻エフタ、そこに絡むサヤム(ヨレハを廃して、自らヨレハを名乗る)、ヨレハに傾倒するギサウとその子ゼトらを巡る、複雑な人間と神との、そして人間どうしの関係が、主として、それぞれ異なった一人称形式で描かれる。旧約聖書でも、聖なる文典と言うにはあまりに人間臭い、憎しみや嫉妬に彩られた世俗の世界が表現されているが、本書でもそうした旧約の世界をほうふつとさせるような世俗性が、硬質な文体によって描写される。同時にそこには、戒律と厳しさの旧約的な宗教性と、新約における赦(ゆる)しと優しさを軸とする宗教性の双方に通じるような、独自の境地をよむことができるように思われる。本書の個々の記述の中に、旧約聖書に織り込まれる様々なエピソードを裏付けてみるのも一興であろうか。
    --「今週の本棚:村上陽一郎・評 『ヨレハ記』=小川国夫・著」、『毎日新聞』2013年01月27日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20130127ddm015070043000c.html


202_2


203_2

ヨレハ記―旧約聖書物語
小川国夫
ぷねうま舎
売り上げランキング: 62,661

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「書評:『ケインズかハイエクか』 ニコラス・ワプショット著 評・中島隆信」、『読売新聞』2013年1月20日(日)付。


301


-----

『ケインズかハイエクか』 ニコラス・ワプショット著

評・中島隆信(経済学者・慶応大教授)
ノーガードの応酬


 経済が不況に陥ったとき、政府が積極的に市場介入すべきか、それとも市場の自然治癒力に委ねるべきか。本書は、この論争の生みの親ともいうべき二人の経済学者ケインズとハイエクを中心として描かれた壮大な経済ドキュメンタリーである。

 これほど読者を引きつける経済書も珍しい。当事者二人によるノーガードの議論の応酬は、次にどんなパンチが繰り出されるかわくわくさせる。そして、ケインズ亡きあとも続く場外乱闘。アメリカ経済学界を舞台に、若手ケインズ派とハイエクの後継者たる古典派学者らが壮絶なバトルを繰り広げる。そこに保守派の共和党とリベラル派の民主党の政権争いが絡み、レーガノミクスなる副産物まで誕生する。一方、現実経済では、スタグフレーション、ソ連崩壊、さらにリーマンショックなど変動が起きるたびに両派への信認は揺れ動く。著者の筆は休むことなくその動きを追い続けていく。

 経済学の巨匠たちによる数々の名言も本書の読みどころだ。均衡重視の古典派経済学に対する「長期的には、われわれはみな死んでいる」(ケインズ)、不況時の貨幣供給量増大策への「今までより長いベルトを買うことで太ろうとしている」(ケインズ)、保守派に向けた「国家主義的、権力崇拝的な傾向において保守主義は真の自由主義よりも社会主義に近い」(ハイエク)、そしてケインズ派のリーダーがその絶頂期に発した「私はある国の経済学の教科書さえ書けるなら、その国の法律を誰が書こうが構わない」(サミュエルソン)などその表現の巧みさと鋭さに思わず唸
うな
ってしまう。

 昨年末の総選挙の結果、大規模金融緩和策と公共事業拡大を政策の柱とする安倍・自民党が政権を担うこととなった。このアベノミクスが今後の経済にどのような影響を与えるか注視していく意味からも、今の時期にこそ本書の一読を強くお勧めしたい。久保恵美子訳。

 ◇Nicholas Wapshott=1952年、英国生まれのジャーナリスト、作家。「タイムズ」などで活躍。

 新潮社 2400円
    --「書評:『ケインズかハイエクか』 ニコラス・ワプショット著 評・中島隆信」、『読売新聞』2013年1月20日(日)付。

-----

http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130121-OYT8T00763.htm


302


303

ケインズかハイエクか: 資本主義を動かした世紀の対決
ニコラス ワプショット
新潮社
売り上げランキング: 3,856

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »