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覚え書:「今週の本棚:五百旗頭真・評 『カウントダウン・メルトダウン 上・下』=船橋洋一・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

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今週の本棚:五百旗頭真・評 『カウントダウン・メルトダウン 上・下』=船橋洋一・著
毎日新聞 2013年02月24日 東京朝刊

 ◇五百旗頭(いおきべ)真・評

 (文藝春秋・各1680円)

 ◇フクシマ-死の危機に直面した国家の記録

 『同盟漂流』で冷戦後の安全保障を書き、『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』で北朝鮮の核危機を描いた著者が、本書では福島原発事故に立ち向う。

 日本には自然災害が異常なほど多い。とりわけ18年前の阪神大震災から地震活動の活性期に入り、地球温暖化とあいまって、忘れるいとまもないほどに天災が頻発している。苛酷な自然災害にあって若干の救いがあるとすれば、多くの災害が一過性を特徴とする点にあろう。短時間に終了する災害の直後から救援と復興のプロセスを開始できるのが普通である。ところが、東日本大震災は大地震のあと約30分後の大津波の追撃により海辺のまちを廃墟と化すとともに、東京電力福島原発の冷却システムを破壊した。それは放射能の持続的猛攻を解禁した。

 何が起ったのか。この途方もない災害に対して、日本の政府と社会はどう戦ったのか。本書は、死の危機に直面した日本国家が不思議にも生き延びる同時代史についての精細にして優れた記録である。

 2011年3月11日、午後2時46分に発生したマグニチュード9の大地震に対し、福島第1原発で稼働していた1~3号機は設計通り自動停止(スクラム)した(4号機と第2原発の5・6号機は定期点検中で発電を休止していた)。ところが大津波が1~4号機の全交流電源を破壊し、原子炉冷却が不可能となった。核分裂による発電は停止しても、原子炉の燃料棒は高熱を発し続ける。それを水で冷却するシステムが失われれば、空だき状態となって、メルトダウン(炉心溶融)に至る。使用途中の燃料棒は、1号機に292体、2号機は587体、3号機に514体、加えて使用済み燃料を貯蔵する4号機のプールに1331体があった。これらが沸騰すれば大連鎖爆発を招き、チェルノブイリの何百倍かの放射能をまき散らす大事故となる。米国海軍のシミュレーションでは、周囲200マイルが放射性雲(プルーム)に浸され、東京も住めなくなると危惧された。

 1号機は12日午後3時36分に、3号機は14日午前11時に水素爆発を起し、それぞれの建屋を吹き飛ばした。現場で指揮をとる第1原発の吉田昌郎所長は剛直にして有能なリーダーであった。決死隊をもって戦う覚悟を持ち、部下からあつく信頼されていた。その吉田が14日夕には「もう駄目かもしれません」と東電本社と官邸に連絡する事態となった。次なる爆発が憂慮される2号機に水が入らない。最前線司令部である免震重要棟から必要最小限の人員以外を退避させる措置を吉田は講じた。東電の清水正孝社長は、第1原発から退避する許可を、14日夕から官邸に求めた。

 菅直人首相は15日午前3時に起され、官邸の側近たちと深夜の会議を開いた。東電が撤退を求めているのに対し、最強硬論者は菅首相自身であった。撤退などありえない。それは日本の死を意味する。東電は決死隊を組んでも戦うべきだ、と首相は怒りを露(あら)わにした。未明に清水社長を官邸に招致して、撤退不可を言い渡し、さらに東電本社に乗り込んで、怒りに震えて演説した。結論は、政府と東電による事故対策統合本部を東電本社内に開設し、細野豪志首相補佐官を配して対処プロセスを掌握することであった。菅首相が東電にいた午前6時10分、2号機の爆発が起り、4号機の建屋の一部も吹き飛んだ。メルトダウンする原子炉に敗れて、日本は終りを迎えるのか。

 建屋が吹き飛んだことは逆にヘリから水を注入する可能性を開いた。ここまで来れば、自衛隊しかない。北澤俊美防衛大臣に随(したが)って菅首相を訪ねた折木良一統合幕僚長は、国民の命を守るのが自衛隊の任務であり、全力を尽すと語った。16日午後4時、大型ヘリが30メートルの高度まで降りて偵察したところ、4号機の燃料プールに水が入っていると見えた。米国側は4号機プールの水喪失を最悪シナリオの主要素としていたが、プールは生きていたのだ。幸運といわねばなるまい。高線量のため、16日のヘリ放水は中止されたが、折木ら自衛隊トップは、17日には何であれ決行する決意を固めた。

 放水は焼け石に水の感もあったが、日本国家の戦う意志を示す行為となった。下げ続けていた株価は急反発し、米国は日本の本気を見た。それに続く高圧ポンプ車による建屋越しの放水が応急的な冷却をもたらした。それでしのぎつつ、東電と関連会社の作業員がなお線量の高い中電源を運び、冷却システムを再建した。実は、第2原発も第1原発と紙一重の冷却システム喪失事態に陥りかけた。それを的確な対処により救ったのは増田尚宏所長であった。

 おびただしい内外関係者へのオーラル・ヒストリーによって、この重大問題をめぐる事実関係を手にとるように提示、解明した本書である。加えて、日米同盟のありがたさと微妙さを事実の重味をもって語り抜く。またメディアに酷評された菅首相の問題点を「菅という不幸」と認めつつも、「菅という僥倖(ぎょうこう)」があの危機の中で劣らず有意性を持ち得たとの大局観にも感銘を覚える。
    --「今週の本棚:五百旗頭真・評 『カウントダウン・メルトダウン 上・下』=船橋洋一・著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130224ddm015070006000c.html

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