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覚え書:「今週の本棚:中村達也・評 『現代日本の労働経済-分析・理論・政策』=石水喜夫・著」、『毎日新聞』2013年03月03日(日)付。


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今週の本棚:中村達也・評 『現代日本の労働経済-分析・理論・政策』=石水喜夫・著

毎日新聞 2013年03月03日 東京朝刊

 (岩波書店・2940円)
 ◇人口減少の現実を見極める「政治経済学」

 熱い想(おも)いの込められた書である。著者は、六年間にわたって『労働経済白書』の執筆に携わり、現在は大学で労働経済論を講じる立場にある。日本の労働経済の現実に分け入り、あるべき政策を構想し、その実現のための方策を模索してきた。そんな中で痛感したのは、労働経済を分析するための経済学が、あまりに日本の実態とかけ離れた机上の理論なのではないか、ということ。

 確かに労働力は商品であるにはちがいないが、他の商品一般とは異なる性質を幾重にも具(そな)えたいわば擬制的な商品である。働くという人間の営みは、市場の論理と用語だけで語ってしまうと、重要な多くの事柄がこぼれ落ちてしまう。それぞれの国ごとに賃金や雇用や労働をめぐる様々な規制や法体系や慣習が形成されてきたのも、もちろんそのことと関連している。

 ところが主流派の経済学は、労働力を、他の商品一般と同じ論理によって説明づけようとする。賃金という価格は、他の商品の価格と同様に伸縮的でなければならず、労働力の需要と供給も、市場の流動的な調整が可能となるよう、できるだけ規制を取り外さなければならない、等々。しかも、こうした主張を、OECDなどの国際機関も大々的なキャンペーンを張って展開してきた。例えば一九九六年、OECDの委員会が日本の労働経済を分析して、いささか強硬とも思える提言をまとめたことがある。長期雇用や年功序列などに象徴される日本の労働慣行は、市場の調整機能を著しく損なうものであるから、解雇規制を緩和し労働者派遣事業を拡大し民間の人材ビジネスを拡張すべし等々、市場の調整機能を強調するものであった。現に、構造改革の名の下にそうした政策が推進されてきたのは周知のこと。その過程で非正規雇用が増え、平均賃金が下落を続け、労働の世界が流動化と不安定化と劣化の度を強めてきたのであった。本書の第1部が示すとおりである。

 著者は、労働問題を歴史的・社会的条件から切り離して商品一般の論理で説明づけ政策を構想する経済学を、「市場経済学」と呼んで厳しくこれを問い質(ただ)す。そして、それに対置さるべき経済学を「政治経済学」と呼び、その典型をケインズ経済学に見いだす。両者を対比させつつ労働問題の解明を試みたのが、本書の第2部と第3部である。興味深いのは、ケインズの一九三七年の講演「人口減少の経済的帰結」が問いかける意味を強調していること。ケインズは、人口減少が投資機会を狭め経済の停滞と失業の可能性を高めると見たのであるが、そうした問題意識を引き継いだハロッドの『動態経済学序説』は、戦後の世界的な経済成長の中で次第に忘れ去られてしまった。しかし、現在の日本は、まさに人口減少のさ中にある。先進諸国の多くは、人口が微増ないし定常の状態にあり、二一世紀半ばまでに人口減少が見込まれているのは、ドイツ、イタリア、韓国ぐらい。そんな中で、とりわけ急速に人口が減少している日本の現実を見極めるための貴重な手立てとして、ケインズとハロッドの指摘を改めて思い起こすべきではないのか。

 スミスと現代の「市場経済学」をいささかストレートに結びつけている点が気になるし、労働力商品の特殊性を強調するのであれば、何はともあれマルクスを避けて通ることはできないはずだが、そのことへの言及が見られないなど、いくつか尋ねてみたい論点はあるけれど、著者の熱い想いに満ちたこの問題提起が、ぜひとも生産的な論争へとつながってほしいと思う。
    --「今週の本棚:中村達也・評 『現代日本の労働経済-分析・理論・政策』=石水喜夫・著」、『毎日新聞』2013年03月03日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130303ddm015070002000c.html


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