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覚え書:「今週の本棚:渡辺保・評 『完本 浄瑠璃物語』=信多純一・著」、『毎日新聞』2013年03月03日(日)付。


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今週の本棚:渡辺保・評 『完本 浄瑠璃物語』=信多純一・著
毎日新聞 2013年03月03日 東京朝刊

 (和泉書院・3150円)

 ◇日本文化の源をなす「死と再生の神話」を知る

 日本の三味線音楽には大きく分けて二つの流れがある。一つは浄瑠璃、一つは唄。二つの違いはストーリーの有無による。浄瑠璃にはストーリーがあり、唄にはない。浄瑠璃の代表的なものは、義太夫、常磐津、清元、新内。唄は長唄、地唄、端唄、小唄である。

 この浄瑠璃のもとが中世に成立した「浄瑠璃物語」すなわち本書である。浄瑠璃とは本来清浄な瑠璃の玉をいい、浄瑠璃世界といえば、その玉に飾られた世界--薬師如来の浄土をいう。そこから転じて薬師如来の神将の一人の生まれかわりの、この物語のヒロインの名前になった。浄瑠璃御前。彼女の物語を語る旅芸人を浄瑠璃語りといい、これが三味線と結びついて浄瑠璃の水源となり、一大水脈をつくった。

 信多(しのだ)純一によれば、その水源はまず物語--文学にはじまり多くの物語に影響を与え、詩歌をとりこみ、末は西鶴に及ぶ。その一方では音楽になり、三味線と合体し、演劇に進出した。さらにもう一方ではこの本にも挿入されている美しい絵巻になり、奈良絵本になってついには浮世絵の題材になった。すなわち文学、音楽、美術、演劇と、ほとんどあらゆる文化領域の底流になったのである。

 しかしあまりにその拡散が広範囲にわたったために、その大もとの「浄瑠璃物語」の本体は今日まであきらかではなかった。

 そこで信多純一は、新しく発見した比較的まとまった善本と他の異本の断片を照合し「定本」をつくった。この作業によって伝説のなかにあった「浄瑠璃物語」の全貌があきらかになったのである。信多純一はさらにこの「定本」の現代語訳を行って本書をつくった。現代人の読み物になったのである。

 浄瑠璃御前は、三河の国の平安貴族と矢作(やはぎ)の宿(しゅく)の遊女の間に、薬師如来から授かった十四歳の美少女である。遊女の娘といっても、金殿玉楼に住み、何十人もの女性にかしずかれる娘である。一方鞍馬山で修行中の源義経(牛若丸)が奥州の藤原秀衡(ひでひら)の配下金売り吉次(きちじ)に伴われて、東海道を下ってくる。十五歳。矢作の宿で義経は彼女を見染め二人は結ばれる。その恋物語であるが、この本を読めば、これが単なる恋物語でないことはあきらかである。私がそう思う理由は、第一にその描写が現実離れしていること。たとえば御前の住居の絢爛(けんらん)豪華なありさま、あるいは恋の描写の複雑さ。その複雑さは十四歳と十五歳の若い男女の恋ではなく幻想的かつ文学的な空間である。
 第二に義経は歴史上の人物像とは全く違っているばかりか、ここには神仏はもとより天狗(てんぐ)の如(ごと)き化け物が登場して、人間と異界の区別がほとんどない。

 すなわちこれは民衆の作り上げた幻想世界であり、神話であった。神話だからこそ文化の広い領域にひろがる水源になったのである。

 私は、この文章を読み、美しい絵を見て、この物語になぜ人々が心を動かされたかを思った。そこにはこの物語に救済をもとめた民衆の心が流れている。すなわちこの物語は、死と再生の神話--浄瑠璃御前も義経も死と再生を体験している--の原型であり、歴史の底辺で大衆が求めたものを示している。

 読みながら私は、レヴィ・ストロースがアメリカ大陸の先住民の仮面をたどって、神話分析を行った『仮面の道』を思い出した。そういう研究がこの本からもつくられるべきである。そうすればさらにこの神話の意味、日本文化のもう一つの原点があきらかになるだろう。その可能性を含めてこの本の出現は文化史上の一つの「事件」である。
    --「今週の本棚:渡辺保・評 『完本 浄瑠璃物語』=信多純一・著」、『毎日新聞』2013年03月03日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130303ddm015070045000c.html

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