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覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評 『「つながり」の進化生物学』=岡ノ谷一夫・著」、『毎日新聞』2013年03月17日(日)付。

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今週の本棚:村上陽一郎・評 『「つながり」の進化生物学』=岡ノ谷一夫・著
毎日新聞 2013年03月17日 東京朝刊

 (朝日出版社・1575円)

 ◇生物の行動から導き出す「こころ」の効用仮説

 ハダカデバネズミという、かわいそうな名前をつけられた動物を、こともあろうに書物の標題にした著作(岩波科学ライブラリー)で、二〇〇九年の科学ジャーナリスト賞を得た著者が、今度は高校生を相手にした講義の書物化という形で、読者に挑んだのが本書である。高校一・二年生の男女十六名が参加した都合四回の講義が土台になっている。主題はコミュニケーションだが、副旋律あるいは通奏低音として流れ続けているのは、「こころ」であり「意識」である。

 「こころ」の存在を、デカルトは「我」については明証的に語ったが、その後、それはしょせんは「機械の中の幽霊」(『心の概念』の著者として有名なG・ライルの表現)に過ぎない、という考え方から、山川草木一切が「こころ」あると考える一種のアニミズムまで、「こころ」を巡っての議論は、歴史上果てしがなく続いていると言ってよい。今流行の脳科学も、あるいはロボット工学も、この問題に、新たな切り口を提供しつつある。著者は、動物行動学の立場から、「こころ」あるということの意味を生徒に考えさせようと、様々な事例と、様々な現象を紹介していく。それだけでも、極めて興味ある展開が見られる。

 小鳥の「さえずり」の研究が、研究者としての出発点であったという著者は、ジュウシマツなどの小鳥の「ことば」ばかりではなく、問題のハダカデバネズミの啼(な)き声の分別でも、一般には知られていない豊富な知見を披露する。また、そうした啼き声の区別を通じて、彼らの社会的特性(階級、役割分担などなど)をも、平易な言葉で語ってくれる。

 そうした場面では、オスとメスの区別や、オスとメスとがツガイになる際の行動特性などが、重要な鍵になるのは、子孫を残すことが根本の原理である、一般の生物を相手にしたときには、判(わか)りやすい道理だが、高校生たちは、率直に語られるそうした「性」を巡る問題に、臆(おく)せずに、また変に恥じらわずに、反応しているのも、とても印象的である。語り手である著者の人柄や、語り口にもよるのだろうが、期せずして(あるいは期されたのかもしれないが)良質の性教育の趣さえある(著者は本文の最後のあたりで、「下ネタが多かった」という文句があっても、というようなことを書いておられるが)。

 本書から読み取れる著者の一つの結論はこうである。生物のもろもろの行動を見ていくと、進化の過程で、他者に「こころ」があるという前提で社会生活をやっていく方が、明らかに適応度が高まる。そのことは、自分の「こころ」の問題とは切り離して、はっきりさせることができるはずだ。

 この考え方は、「こころ」の効用仮説とでも名付けるべき、興味ある性質のものである。それにしても、話のなかで、著者の引用する書物の種類と数は、驚くべきものである。もともと、文科と理科のはざまにいた、と自己描写する著者ならでは、なのだろうが。

 自己描写と言えば、本書冒頭でのエピソードも、印象深い。というのも、生徒たちに初めて接したときに、「自己紹介」ではなく、見ず知らずの隣の生徒がどんな人か、外見だけで思ったことを述べよ、つまり、他者描写を強いる著者の戦略も、非常にユニークで啓発された。その背後には、他者の「こころ」は、突き詰めれば、他者の外見と振る舞いの所産であることを、気づかせたいという著者の思いが働いているのだろう。
    --「今週の本棚:村上陽一郎・評 『「つながり」の進化生物学』=岡ノ谷一夫・著」、『毎日新聞』2013年03月17日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130317ddm015070040000c.html


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「つながり」の進化生物学
岡ノ谷 一夫
朝日出版社
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