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覚え書:「今週の本棚:養老孟司・評 『なめらかな社会とその敵』=鈴木健・著」、『毎日新聞』2013年03月24日(日)付。

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今週の本棚:養老孟司・評 『なめらかな社会とその敵』=鈴木健・著
毎日新聞 2013年03月24日 東京朝刊


 (勁草書房・3360円)

 ◇生命とネットから現代の思考様式を問う

 久しぶりに野心的な本を読んだ。若い世代がこういう本を書く時代まで生きたのは、年寄り冥利に尽きるというべきか。

 著者が目指すところを終章の二つの文章から紹介しよう。「本書は革命的な何かを為(な)そうとしているのではない。革命に死をもたらすという意味において、革命を、真に新しい意味での革命を起こそうとしている」「本書が目指すところは、仏教哲学のひとつの実装形態といっても過言ではないのかもしれない」

 現代社会の一般常識と、それを支える思考様式には、どこか根本的に問題がある。そのことに多くの人が気づいているはずである。ではいったいどう考えればいいのか。

 本書の柱となる考え方は複雑系の科学である。根本的にヒト社会を考えるには、生物としてのヒトから論理を立ち上げるしかない。その際に使えるのは複雑系の科学である。生物を理解しようとするなら、単純に物理化学的な因果関係で語ることがほぼ不可能であることは、生物を調べた人なら、本音ではだれでもわかっているはずである。

 もう一つ現代社会で起こっている具体的な大変化がある。コンピュータとネットの発達である。現代人は日常のきわめて長い時間をパソコン相手に費やしている。それが人と社会を変えていかないはずがない。

 著者は生命の特徴から書き始める。膜と核である。その背景には網の目としての化学反応の存在がある。そこに膜が生じることで内外の区別ができ、これがいわば私的所有の始まりとなる。核は中枢であり、小さな自由度が大きな自由度の制御を可能にする。というふうな紹介をすると、多くの人が読むのを諦めるかもしれない。それでは困るのでむしろ原文をゆっくり読んでもらうことにしよう。決して難解ではない。これまでの「常識」にとらわれずに、ゆっくり読んでもらえたら、だれにでも理解できる内容である。

 ヒト社会を生命から考え、そこにネットの発達を加えることで、著者は大きく四つの点を議論する。一つは貨幣である。新しい貨幣として著者は伝播(でんぱ)投資貨幣を提案する。詳細は原文に譲るとして、経済学者の意見を聞いてみたい。しみじみそう思う。第二は分人民主主義である。個人を一個の独立の単位とするのは、ルネッサンス以降の西欧で生じた幻想である。しかし個人はかならずしも一人ではない。それは神経科学ではすでに知られた事実である。それならたとえば投票では分人民主主義があっていい。著者はそれを具体的に伝播委任投票システムという形で論じる。

 第三は知性である。われわれはコンピュータを単純に計算する機械として考えがちである。しかしインターネットが爆発的に普及した現在では、人は単に結節点となり、いわゆるソーシャルネットワークという、巨大なコンピュータが出現したとも見える。それなら社会を一つのコンピュータとして見たら、どうだろうか。そこではたとえばメディアとは何かという問題が見えてくる。第四は法と軍事である。ここでは表題にある敵と友、社会の見方が論じられる。

 社会全体の見方を変えようとする本だから簡単な紹介では済まない。

 一つだけ付け加える。戦前の日本の「植民地」経営で、唯一に近く成功したのは後藤新平による台湾統治である。その後藤は赴任するにあたって「生物学的原理でやる」といったという。ヒトが生きものであることはあまりに当然だが、それを現実に応用できる思考は決して当り前ではない。現代社会に問題を感じている人のすべてに勧めたい本である。
    --「今週の本棚:養老孟司・評 『なめらかな社会とその敵』=鈴木健・著」、『毎日新聞』2013年03月24日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130324ddm015070002000c.html

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なめらかな社会とその敵
鈴木 健
勁草書房
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