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覚え書:「書評:視線とテクスト 多木浩二遺稿集」、『東京新聞』2013年3月3日(日)付。


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視線とテクスト 多木浩二遺稿集

2013年3月3日

◆「もの」に探る人間の意味
[評者] 高島 直之 美術評論家・武蔵野美大教授。著書『中井正一とその時代』など。
 一昨年に八十二歳で亡くなった著者の、いまでは眼に触れにくい七〇年代の初期評論を中心に集めた全七章立ての浩瀚(こうかん)な書だ。著者は、近代の日常生活に滲(し)みこんだ無意識の視線や知覚のありようを探るために都市論やメディア論、視覚表現や映像イメージ論などに広く分け入ったが、本書は建築とデザインの領域に絞っており、いわば多木批評の出発点を示す企図がある。
 その建築・デザインの戦後過程を通して著者が向き合った課題とは、これまで生産と消費の経済的合理性を優先しそこに技術的な解決を求めていくことで「もの」が形成されてきたが、時間と場を考慮した人々の生と世界とが交じり合う環境を調整して回復すること(第一・六・七章)。その技術的システムによる「もの」は自分の機能のなかに孤立しており、このバラバラの「もの」を生き生きとした場所に共存させ、それを調和させていくのが人間の可能性であること(第三・四・五章)。そのふたつである。
 著者はこのことを論証するために「もの」の記号論を導入する。家具を論じる第二章では、椅子は、背・座・脚の身体機能から作られるが、そこでは皮膚のこすれや骨のうずきのような触覚を刺激することにおいて、場に包まれた主観的な身体感覚も生み出す。そこで人は椅子によって人間存在の新たな意味を発見し、自己自身を超え空間を編成しなおしていく経験を得る、というのである。
 著者の、行為-想像力-事物が絡みあった日常の「もの」の記号分析は先駆的な試みであった。一九二八年生まれといえば、戦中の皇国史観を経て、戦後のロシア-ソ連型社会主義とアメリカ型消費資本主義を受け入れた世代であろう。それらのもつ啓蒙(けいもう)主義的進歩史観から発する反映論的イデオロギーへの忌避と強い批判意識が、著者をして筆を執らせる動機となったのではなかったかと思われた。
たき・こうじ 1928~2011年。評論家。著書に『生きられた家』『都市の政治学』など。
(青土社・3990円)
◆もう1冊 
 磯崎新・多木浩二著『世紀末の思想と建築』(岩波書店)。急速な変化を遂げた二十世紀末の建築の社会状況・文化を問う対談集。
    --「書評:視線とテクスト 多木浩二遺稿集」、『東京新聞』2013年3月3日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013030302000167.html


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