« 覚え書:「書評:放射能問題に立ち向かう哲学 [著]一ノ瀬正樹 [評者]鷲田清一」、『朝日新聞』2013年02月24日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「書評:『暮らしのイギリス史』 ルーシー・ワースリー著 評・平松洋子」、『読売新聞』2013年2月24日(日)付。 »

我国ニ在テハ宗教ナル者、其力微弱ニシテ、一モ国家ノ機軸タルベキモノナシ


101


-----

 ではキリスト教に対する態度はどうであったか。キリスト教に対する迫害、ないし禁教の動きは秀吉に始まる。家康の対キリスト教政策もほぼこれを踏襲するものであって、海外貿易の利はおさめ、キリスト教は禁ずるというものであった。家康のブレーンの僧崇伝のしるした一六一三年(慶長十八年)のキリシタン禁令が禁教の理由としてあげたのは、(1)キリスト教は侵略的植民政策の手先である、(2)在来の神仏に対する信仰を誹謗する、(3)人倫の常道をそこなう、(4)日本の法秩序を守らない、ということであって、秀吉の禁教の理由とほぼ同じであった。スペイン船の水先案内から洩れた情報にもとづいて秀吉は禁教政策をとった。だが彼は本当はスペインの侵略をおそれていたのではなく、それを口実として利用したにすぎない。この場合もそれと同じだろう。だとすれば国内秩序の維持ということが禁教の最大の理由であり、この点ではキリスト教は一向宗以上に怖るねこ宗教勢力とみなされていたのである。
 その後島原の乱がおこり、キリスト教は少数の隠れキリシタンを除いてほぼ完全に弾圧された。もう政治権力に対抗しうる宗教はなかった。またこの乱以後、仏教の諸寺院が戸籍係の役目をして、政治権力の末端組織の役割を果たすようになってからは、仏教の無力化は目にあまるものとなり、表面の繁栄のうちに仏教はその宗教的生命を失っていった。
 このことはどう評価されるべきか。近代化の迅速さという観点からは、宗教戦争の可能性がなくなったこと、あるいは宗教が政治や学問を妨害することがなくなった、等の利点もあげられよう。しかし宗教のもつ政治を批判し浄化する可能性が消え、この宗教の無力は、明治憲法起草当時の伊藤博文の「起案ノ大綱」にみられるように、天皇制設立の間接の原因となっていることも見逃せない。すなわち伊藤はヨーロッパの憲法政治を精神的に支える機軸としてのキリスト教に注目するとともに「我国ニ在テハ宗教ナル者、其力微弱ニシテ、一モ国家ノ機軸タルベキモノナシ」として、宗教の代替物を皇室に求め、天皇の大権を普通の立憲君主国家における君権では考えられないほど強化し、いわば天皇制の疑似宗教化をはかった。
    --源了圓『徳川思想小史』中公新書、1973年、14-16頁。

-----


近世~現代の日本宗教史の本質をつく一文なので、抜き書き。

しかし、いわゆるキリシタン禁教の4つの理由は、1890年(明治23年)に勃発した内村鑑三不敬事件に端を発する「教育と宗教の衝突」論争における、キリスト教排撃論とほとんど同じ「理屈」だから驚いてしまう。

そしてその4つの理由は、江戸最初期においても、近代日本においても「口実」にすぎない点も同じだ。その口実によって何を実として取るのか。

すなわち「国内秩序の維持」にある。

宗教のもつ「地の塩」をそぎおとしていくのが日本宗教史の歩みとっても過言ではない。

宗教への無関心としての無宗教であることが「フツー」とされ、宗教によって「耕された」批判精神は、全て「反社会性」として片づけられてしまう。
※もちろん、論外の事例はあるがここでは横に置く。

では、日本における「宗教の社会性」の特色の一つはどこに見いだすことが可能なのか。それはまさに「国内秩序の維持」を遂行することにほかならない。例えば、「政治権力の末端組織の役割を果たす」ことが、宗教の公共性、社会性と同一視される風潮を権力と民衆自体が構築してきた。


批判によって機軸を建てることも可能であるにもかかわらず……。


この点は忘れてはならないだろう。


http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/814826/1

102


徳川思想小史 (中公新書 (312))
源 了円
中央公論新社
売り上げランキング: 139,028

|

« 覚え書:「書評:放射能問題に立ち向かう哲学 [著]一ノ瀬正樹 [評者]鷲田清一」、『朝日新聞』2013年02月24日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「書評:『暮らしのイギリス史』 ルーシー・ワースリー著 評・平松洋子」、『読売新聞』2013年2月24日(日)付。 »

神学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 我国ニ在テハ宗教ナル者、其力微弱ニシテ、一モ国家ノ機軸タルベキモノナシ:

« 覚え書:「書評:放射能問題に立ち向かう哲学 [著]一ノ瀬正樹 [評者]鷲田清一」、『朝日新聞』2013年02月24日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「書評:『暮らしのイギリス史』 ルーシー・ワースリー著 評・平松洋子」、『読売新聞』2013年2月24日(日)付。 »