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覚え書:「今週の本棚:富山太佳夫・評 『文学におけるマニエリスム』=グスタフ・ルネ・ホッケ著」、『毎日新聞』2013年03月31日(日)付。


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今週の本棚:富山太佳夫・評 『文学におけるマニエリスム』=グスタフ・ルネ・ホッケ著
毎日新聞 2013年03月31日 東京朝刊

 (平凡社ライブラリー・2310円)

 ◇精神史の「地下」に文化現象の謎を求めて

 大学紛争の時期をはさむ今から四〇数年前のことであるが、ドイツの学者グスタフ・ルネ・ホッケによる西欧文化史の本というのか、美術史、思想史、文学史というのか、ともかく途轍(とてつ)もない二冊の本が翻訳された。『迷宮としての世界』と『文学におけるマニエリスム』がそれである。私も読んだ。そして、あの頃の思想の動きとは別の方向に突出してかけめぐるその内容に感心したことを覚えている(もっともあの頃私が熱中していたのはルカーチやベンヤミン、そして小説家のギュンター・グラスであったが)。

 ただ感心するだけにとどまらず、その主張に賛同して、さまざまの領域でそれを自己流に活用するひとたちもいて、「ホッケ教徒」と呼ばれたりもした。そんなホッケの二冊目の本の文庫化である。書評としては少し異例かもしれないが、今回はこれを取りあげることにする(『迷宮としての世界』も最近岩波文庫に入った)。

 ともかく『文学におけるマニエリスム、言語錬金術ならびに秘教的組み合わせ術』を開いてみることにしよう。

 「ヨーロッパ文学におけるマニエリスムの源泉は古代の<アジア的>文体に遡(さかのぼ)る。このマニエリスムが、たんに一五二〇年と一六二〇年頃との間の狭く限られた意味でのマニエリスム的様式期のみに限定されない<表現身振り>として眺められるなら、そのとき私たちはヨーロッパ精神史の反古典的常数ならびに反自然主義的常数と関わることになるはずである。調和的なものよりは変則的なるものを好む様式(ステイル)であるこの様式は、全ヨーロッパ文学史のうちに例証できる……それはくり返し特殊な文学、芸術作品、作曲のうちにあざやかに表明される」

 問題は、この洞察をいかにして具体的に論証していくのかということだろう。その場合に作家論や階級論を土台とする分析ではとてもうまくいくはずがない。ホッケはそのことを明確に理解している。「文学的マニエリスムはわけてもその形式上(、、、)の諸特性において認知することができる」--内容ではない、形式こそが重要なのだということである。少なくとも形式、かたちこそが突破口になるというのだ。そうだとすれば、これはフォルマリズム批評の一種になりうるということだろうか。
 学生のときにこの本を読んだときには、その異様なばかりの迫力に圧倒されて、そんなことは考えもしなかった。しかし、今、ロシア、英米、フランス等でのフォルマリズム批評の成果を思い返してみると、ホッケの批評も基本的にはそれらと同じ方を向きながら、更に一歩踏み出しているようにも見えるのだ。彼が眼(め)を向けたのは、古典主義的な美や調和に対してではなく、「変則的なものにたいする傾向」や、「不調和なるものの崇拝」に対してであった。そのときには、例えばグロテスクなものにしても単純に拒否、排除してよいものではなくなる。そうだった、ほぼ同じ時期にヴォルフガング・カイザーの『グロテスクなもの』も日本語訳されて話題になっていた。

 ホッケは「ヨーロッパの精神史における<地下世界>」の特性を明るみに出そうとする。それは、「古代アレクサンドレイアの諸神混淆(こんこう)主義から今日の大都会の大衆文化にいたるまでの」諸々の文化現象の背後にあるものを明らかにする試みともなるはずである。

 勿論(もちろん)ここで多くのひとたちは苦笑してしまうことだろう、そんなことが本当にできるのかい、と囁(ささや)いて。しかし、それをやってのけたのがこの本なのだ。「実例、典拠参照、直接証拠」を駆使して、やってのけたのだ。あとは、読んでもらうだけである--そう書いてこの書評をおえてもいいのかもしれないが、もう少しサーヴィスするほうがもっといいかもしれない。そこで小見出しを幾つか紹介してみることにしよう。「超-書物と綺想(きそう)主義」、「<断片の天才>」、「異-修辞学」、「音楽のカバラ学」、「迷路小説」、「現代の<怪物たち>」、「カントとヘーゲルの判決」。

 最後には、「ヨーロッパの綺想体」という小見出しのもと、使われた作家名と引用とが並んでいる、ゴンゴラ、ウンガレッティ、ランボオ、マラルメ、シェイクスピア、イエーツ、ジョイス、エドワード・リア、マヤコフスキー、パウル・ツェーラン等々が。

 訳者種村季弘のあとがきの中には、来日したホッケとの楽しい出会いのことが紹介してあるし、高山宏の見事な解説は日本におけるマニエリスムの影響をマニエリスム的にまとめたもの。『不思議の国のアリス』をこの方向から読み直すことにも、彼は熱中した。そして、そう、八木敏雄『マニエリスムのアメリカ』(南雲堂、二〇一一年)は、その考え方をメルヴィルやポオに適用し、アメリカ・インディアンの描かれ方の分析にも活用したもの。見事である。(種村季弘訳)
    --「今週の本棚:富山太佳夫・評 『文学におけるマニエリスム』=グスタフ・ルネ・ホッケ著」、『毎日新聞』2013年03月31日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130331ddm015070040000c.html

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