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覚え書:「今週の本棚:五味文彦・評 『江戸絵画の非常識』=安村敏信・著」、『毎日新聞』2013年04月07日(日)付。

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今週の本棚:五味文彦・評 『江戸絵画の非常識』=安村敏信・著
毎日新聞 2013年04月07日 東京朝刊


 (敬文舎・2940円)

 ◇十三の「常識」を越えて生み出された入門編

 常識は難しい。常識を知らねば、知識不足が指摘されよう。しかし常識に囚(とら)われれば研究は進展しない。本書は江戸絵画におけるその常識がいかにつくられ、それをいかに乗り越えてゆくべきかを考えたものである。

 著者が江戸絵画の常識としてとりあげたのは十三、それぞれに常識とされる評価を掲げ、これらが果たして常識なのかと疑い、検討してゆく。非常識というタイトルがついているが、それは常識を疑うという意味であろう。

 まずとりあげるのは、「俵屋宗達の『風神雷神図屏風(びょうぶ)』は、晩年に描かれた傑作である。」という「常識」への挑戦。

 江戸絵画に先駆的研究を担ってきた山根有三の提唱になるもので、広く認められてきた。しかし著者は、その根拠は山根の直観に基づくものであり、根拠はないとして疑う。宗達晩年の作品ならば「法橋(ほっきょう)宗達」の落款があってしかるべきなのにそれがない。そこで宗達の生涯を追うなかから、宗達壮年期の作品と見るべきである、という結論に到達する。

 直観だけに頼らずに周辺の資料をきちんと読み込み、研究することの大事さがよくうかがえよう。続く第二章では、宗達を真似(まね)た尾形光琳について、「光琳は宗達を乗り越えようとして、琳派を大成した。」という常識に挑む。

 琳派の祖である光琳は、宗達に学びそれを乗り越えようとした、その芸術家の強烈な執念によって『紅白梅図屏風』を制作するにいたったという。

 これも山根有三の説に疑問をなげかける。先には直観の危うさに疑問を抱いたが、ここでは絵師を芸術家として捉えることの危うさに注目している。

 両者の技法のありかたの違いや、光琳の職人画工としての生き方を探った上で、光琳は宗達を乗り越えようとして琳派を大成したのではなく、工芸と絵画の世界をつなぐ独自の世界をつくろうとして、結果的に琳派を大成した、と結論づける。

 ともに著者の方法には説得力があるが、しかし山根にしてみれば、折角(せっかく)、直観により新たな視点に基づいて論を立てたのに、従来の常識に引き戻されてしまった、という思いにかられることであろう。常識を覆すことの難しさがそこにある。越えたところで、再び新たな常識が作られてゆくことになるのである。

 以下、狩野派、円山応挙、谷文晁(ぶんちょう)、秋田蘭画、浮世絵などに関する常識について、吟味してゆく。なお、まだ常識にはなっていないが、新たな常識が作られてゆく恐れを表明したのが、十一章の「奇想派があった。」である。

 これは岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲(じゃくちゅう)、曾我蕭白(そがしょうはく)、長沢蘆雪(ろせつ)、歌川国芳などの画家をとりあげ、奇想の画家ブームをもたらした辻惟雄(のぶお)の論が一人歩きするようになり、あたかも奇想派という派があったかのような常識が生まれるのではないかという慮(おもんぱか)りから、書かれている。その上で他にも奇想の画家が多くいることを紹介している。

 こうして本書は江戸絵画の新鮮な入門編となっている。整然と説明されても、なかなかわからない江戸絵画の世界を身近に感じさせる趣向である。

 著者が常識に挑戦する背景には、東京の板橋区立美術館にあって長年にわたり常識に挑戦して美術展を開いてきたことがある。常識に沿って開いた美術展などは全く面白くない。新たな視点から、また新たな画家や絵画に目を注いで企画してきた、野心的な企画展の開催への努力から本書『江戸絵画の非常識』は生み出されたのである。

 このチャレンジ精神を私も見習いたいものだ。
    --「今週の本棚:五味文彦・評 『江戸絵画の非常識』=安村敏信・著」、『毎日新聞』2013年04月07日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130407ddm015070022000c.html


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